【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖> 作:水奈川葵
鬼殺隊に入ってもうすぐ一年が過ぎようとしていた。
最初の鬼を倒して以降は、長く治療を要するような怪我もなく、任務遂行ができていた。
これが運がいいといって喜んでいいのかどうか、薫には判別しかねた。自分に仕事を選別する権限はない。
今日もまた、元は庄屋屋敷だっという廃墟に巣食った鬼を退治した。
その帰り道のこと、懐かしい声に呼び止められた。
「や、ようやっと会えたな」
兄弟子の粂野匡近であった。
「粂野さん、久しぶりです」
お辞儀をすると、匡近は柔和な表情で「仕事終わりか?」と尋ねてくる。
「はい。今、帰るところです」
「帰る……ってことは、この辺に家があるの?」
「あ、いえ。京都にある藤家紋の家にご厄介になっています」
「へぇ、そうか。ってことは、だいたい関西方面が君の担当地区ってわけだ」
「そうですね。四国に行くこともありますが」
「そっか。な、寄ってかないか?」
「寄る…?」
「近くに道場があるんだ。そこで隊士達は鍛錬しつつ、寝泊まりも出来る。知らなかったか?」
「はい」
「そっか。まぁ、女の隊士は敬遠するかな。男ばっかでクサいらしいから。今は三人ほどいるけど、離れで寝泊まりしてるよ」
「はぁ……」
「ま、一回来てみろ」
匡近の朗らかな笑顔に思わず乗せられて、薫は後をついて行く。
道場とやらに向かう途中でも匡近は色々と話しかけてきた。
「で、今は階級は?」
「え?」
「階級だよ。さすがにまだ癸ってワケでもないだろ」
「あぁ……この前見た時は辛だったと」
「辛かぁ! やるな。頑張ってるな」
「そう……なんでしょうか」
薫は階級にはまったく無頓着なので、匡近の感嘆がよくわからない。そんな薫を見て、匡近が思い出したようにクスクス笑った。
「そういや、実弥もそんなんだな。短期間で上に行くヤツってのは、そんなことに興味なんぞないもんなのかな? 俺の同期なんか………」
不意に実弥の名が出て、顔が強張る。そういえばこの二人は仲が良いのだ。だとすればこの行き先にも実弥がいる可能性がある。
「おーい? どしたー?」
不意に立ち止まった薫に気付き、匡近が呼びかけた。ハッと顔を上げて、薫は必死にいつもの微笑を作ろうとするが、うまくいかなかった。
「いえ。あの……さね……不死川さんも、いらっしゃるのでしょうか?」
「へ? 実弥? いや、昨日から任務で出てるよ」
その返事にホッとなる。同時に、チクリとなにかが胸を刺す。
匡近は近寄ってくると、呆れたような笑みを浮かべた。
「なに? 実弥の奴、やっぱ言ってきてる?」
「え?」
「やめろー、って」
「いえ………」
言ってくるも何も、あれから一度も会ってない。
硬直した薫を見て、匡近は「ま、よかったよ」とにこやかに言う。
「君が最終選別に向かうっていう話を聞いたら、すぐさま止めに行くって、飛んで行っちまって、それで結局、説得できずに
薫は匡近に気付かれぬよう、ゆっくりと息を吐いて、甦りそうになる感覚を打ち消した。それでも我知らず、左手で右の腕をギュッと掴む。
「……どうした?」
匡近が不思議そうに尋ねた。
「いえ」
薫は手を離し、無理やりに笑顔を作った。
「私が合格したのを聞いて、少しは安心されたでしょうか…」
「うーん……微妙だな。とりあえずホッとはしてたみたいだけど。でも、そのうちやめさせるって言ってたよ」
「……そうですか」
薫は静かに答えるしかなかった。匡近はそんな薫の態度を見て、意外な話を持ち出した。
「あいつさぁ、弟がいるんだけど、その子も鬼殺隊に入る、とか言ってるらしくてさ」
「弟……?」
脳裏に寿美とよく言い合っていた玄弥の姿が浮かぶ。
「玄弥くんのことですか?!」
薫は思わず大きい声になった。
匡近はびっくりして目を丸くしながら、頷いた。
「う、うん……。なんか知り合いの家に預けてたらしいけど」
「そうですか。よかった……やっぱり生きてたんだ……よかった」
実弥に再会した時に聞きそびれて、そのままになっていたのだ。
その後、不死川家の墓参りに久々に訪れた時に、実弥が時々来ていることも、その後に納骨された親族もいないことは聞いていたので、亡くなってはいないだろうと思っていたが……。
「薫は…実弥の弟さんのことも知ってるんだ?」
「えぇ。玄弥くんは、実弥さんのすぐ下の弟さんです。兄弟の中でも特にお兄ちゃん子でした。いつも実弥さんの話ばかりしてて……寿美ちゃんにしつこいって、怒られてました」
玄弥もまた働いていたので、そうしょっ中顔を合わすことはなかったが、時々話すことといえば実弥のことだった。
それも主に兄自慢だった。近所のガキ大将をやっつけた、とか、おはぎの早食い競争で勝ったとか……。
懐かしい思い出に顔が綻ぶ。
だが、すぐに匡近が言った『鬼殺隊に入る』という言葉を思い出した。
「玄弥くんが鬼殺隊に入るなんて………不死川さんが許すわけないですよ」
匡近は苦笑した。まさしくその通りだったからだ。
「そう。早速、馬鹿が…って言ってたよ。あいつも苦労するよ。君だけでなく、弟まで」
「…私の事は放っておいてもらっていいんです」
「………やれやれ」
自分の事になると、途端に鈍くなるようだ。匡近は溜息をついた。
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大通りから少し脇道に入り、小さな川のほとりにその道場はあった。
大きな門構えに、棟が三つある、なかなか立派なものだった。特に表札などはないが、対の門柱には藤の紋所が彫られてある。
中に入ると、板塀に沿って藤棚が作られていた。今は秋なのでもう花はないが、ほのかに藤の香りがした。どこかでお香を焚いているのかもしれない。
「ここが道場。まぁ、単独任務が基本だけど、たまには仲間同士で――――」
匡近が言い終わらない内に、わらわらと道場から男達が出てきた。
「なんだ、なんだ、粂野。女連れ込んで」
「べっぴんさんじゃねぇか」
「女にしちゃ、デケエな。俺と変わらんぞ。花柱様より大きいんじゃないのか?」
薫は今度こそ、うっすらとした微笑を顔に張り付かせた。
なるほど。稽古の後で、汗をかいているのもあるだろうが、臭い。確かに臭い。
「おいおい、妹弟子なんだ。不躾なことはしないでやってくれよ。下手なことしたら、実弥にギッタギタにされても文句は言えないからな」
実弥の名が出た途端、周りを取り囲んだ男達の表情がギョッとして固まった。
匡近はニコニコ笑いながら、遠巻きにいた女隊士に薫を紹介した。
「俺の妹弟子の森野辺薫って言うんだ。道場は初めてだからさ、教えてやってくれ」
正面にいた女隊士は「はじめまして!」と手を差し出した。
「はじめまして」
薫が手を差し出すと、ぐっと握手する。その感触にチラと探るような視線を送ってくる。
しかし何か言うこともなく、自己紹介した。
「私は
「呼ばれてるっていうか……佐奈恵さんが呼んでるだけなんやけど……」
隣にいた丸眼鏡のおさげ髪の子はボソボソ言いながらも、ペコリと頭を下げた。
日村佐奈恵は薫より三歳年上の十九歳。
ハキハキとした口調の、見た目にキツそうな感じを受けるが、嫌味のない言動はむしろ薫からすると爽快であった。
「あなた、階級は?」
いきなり階級を訊いてくる。薫はさっき匡近に聞かれた時と同じ答えだった。
「あ、たぶん辛だと……」
「たぶん、てなに? 確認してないの?」
「特には」
「前に見たのはいつ?」
「………」
「今見て」
佐奈恵に命じられて、右腕を持ち上げ、グッと力を入れる。
階級を示せ、と念じればそれでぼんやりと浮かび上がってきた。
庚。
上がっていた。庚に。
「庚じゃない。隊士になってから、何年目?」
「……一年ほどでしょうか」
「一年……」
サラリという薫に佐奈恵は顔色を失った。
やや離れたところから様子を伺っていた男達もまた、ザワと色めきだった。
「……嘘だろ」
「いや、さっき確かに庚の字が……」
「何者だ? 誰かの継子か何かか?」
どよめきが大きくなってくるのを遮るように、佐奈恵が叫んだ。
「けっこう! こんな機会はなかなかないわ。ぜひ、手合わせお願いするわ!」
<つづく>