【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第三章 哀憐(一)

 鬼殺隊に入ってもうすぐ一年が過ぎようとしていた。

 最初の鬼を倒して以降は、長く治療を要するような怪我もなく、任務遂行ができていた。

 これが運がいいといって喜んでいいのかどうか、薫には判別しかねた。自分に仕事を選別する権限はない。

 

 今日もまた、元は庄屋屋敷だっという廃墟に巣食った鬼を退治した。

 その帰り道のこと、懐かしい声に呼び止められた。

 

「や、ようやっと会えたな」

 兄弟子の粂野匡近であった。東洋一(とよいち)の家で会って以来である。

「粂野さん、久しぶりです」

 お辞儀をすると、匡近は柔和な表情で「仕事終わりか?」と尋ねてくる。

 

「はい。今、帰るところです」

「帰る……ってことは、この辺に家があるの?」

「あ、いえ。京都にある藤家紋の家にご厄介になっています」

「へぇ、そうか。ってことは、だいたい関西方面が君の担当地区ってわけだ」

「そうですね。四国に行くこともありますが」

「そっか。な、寄ってかないか?」

「寄る…?」

「近くに道場があるんだ。そこで隊士達は鍛錬しつつ、寝泊まりも出来る。知らなかったか?」

「はい」

「そっか。まぁ、女の隊士は敬遠するかな。男ばっかでクサいらしいから。今は三人ほどいるけど、離れで寝泊まりしてるよ」

「はぁ……」

「ま、一回来てみろ」

 匡近の朗らかな笑顔に思わず乗せられて、薫は後をついて行く。

 

 道場とやらに向かう途中でも匡近は色々と話しかけてきた。

「で、今は階級は?」

「え?」

「階級だよ。さすがにまだ癸ってワケでもないだろ」

「あぁ……この前見た時は辛だったと」

「辛かぁ! やるな。頑張ってるな」

「そう……なんでしょうか」

 薫は階級にはまったく無頓着なので、匡近の感嘆がよくわからない。そんな薫を見て、匡近が思い出したようにクスクス笑った。

 

「そういや、実弥もそんなんだな。短期間で上に行くヤツってのは、そんなことに興味なんぞないもんなのかな? 俺の同期なんか………」

 不意に実弥の名が出て、顔が強張る。そういえばこの二人は仲が良いのだ。だとすればこの行き先にも実弥がいる可能性がある。

 

「おーい? どしたー?」

 不意に立ち止まった薫に気付き、匡近が呼びかけた。ハッと顔を上げて、薫は必死にいつもの微笑を作ろうとするが、うまくいかなかった。

 

「いえ。あの……さね……不死川さんも、いらっしゃるのでしょうか?」

「へ? 実弥? いや、昨日から任務で出てるよ」

 その返事にホッとなる。同時に、チクリとなにかが胸を刺す。

 匡近は近寄ってくると、呆れたような笑みを浮かべた。

 

「なに? 実弥の奴、やっぱ言ってきてる?」

「え?」

「やめろー、って」

「いえ………」

 言ってくるも何も、あれから一度も会ってない。

 

 硬直した薫を見て、匡近は「ま、よかったよ」とにこやかに言う。

「君が最終選別に向かうっていう話を聞いたら、すぐさま止めに行くって、飛んで行っちまって、それで結局、説得できずに悄気(しょ)げて帰ってくるからさ……合格したって師匠から教えてもらえるまで、本ッ当に暗いし機嫌悪いし、どうしようかと思った」

 

 薫は匡近に気付かれぬよう、ゆっくりと息を吐いて、甦りそうになる感覚を打ち消した。それでも我知らず、左手で右の腕をギュッと掴む。

「……どうした?」

 匡近が不思議そうに尋ねた。

「いえ」

 薫は手を離し、無理やりに笑顔を作った。

 

「私が合格したのを聞いて、少しは安心されたでしょうか…」

「うーん……微妙だな。とりあえずホッとはしてたみたいだけど。でも、そのうちやめさせるって言ってたよ」

「……そうですか」

 薫は静かに答えるしかなかった。匡近はそんな薫の態度を見て、意外な話を持ち出した。

 

「あいつさぁ、弟がいるんだけど、その子も鬼殺隊に入る、とか言ってるらしくてさ」

「弟……?」

 脳裏に寿美とよく言い合っていた玄弥の姿が浮かぶ。

 

「玄弥くんのことですか?!」

 薫は思わず大きい声になった。

 匡近はびっくりして目を丸くしながら、頷いた。

「う、うん……。なんか知り合いの家に預けてたらしいけど」

 

「そうですか。よかった……やっぱり生きてたんだ……よかった」

 実弥に再会した時に聞きそびれて、そのままになっていたのだ。

 その後、不死川家の墓参りに久々に訪れた時に、実弥が時々来ていることも、その後に納骨された親族もいないことは聞いていたので、亡くなってはいないだろうと思っていたが……。

 

「薫は…実弥の弟さんのことも知ってるんだ?」

「えぇ。玄弥くんは、実弥さんのすぐ下の弟さんです。兄弟の中でも特にお兄ちゃん子でした。いつも実弥さんの話ばかりしてて……寿美ちゃんにしつこいって、怒られてました」

 

 玄弥もまた働いていたので、そうしょっ中顔を合わすことはなかったが、時々話すことといえば実弥のことだった。

 それも主に兄自慢だった。近所のガキ大将をやっつけた、とか、おはぎの早食い競争で勝ったとか……。

 

 懐かしい思い出に顔が綻ぶ。

 だが、すぐに匡近が言った『鬼殺隊に入る』という言葉を思い出した。

 

「玄弥くんが鬼殺隊に入るなんて………不死川さんが許すわけないですよ」

 匡近は苦笑した。まさしくその通りだったからだ。

 

「そう。早速、馬鹿が…って言ってたよ。あいつも苦労するよ。君だけでなく、弟まで」

「…私の事は放っておいてもらっていいんです」

「………やれやれ」

 自分の事になると、途端に鈍くなるようだ。匡近は溜息をついた。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 大通りから少し脇道に入り、小さな川のほとりにその道場はあった。

 大きな門構えに、棟が三つある、なかなか立派なものだった。特に表札などはないが、対の門柱には藤の紋所が彫られてある。

 中に入ると、板塀に沿って藤棚が作られていた。今は秋なのでもう花はないが、ほのかに藤の香りがした。どこかでお香を焚いているのかもしれない。

 

「ここが道場。まぁ、単独任務が基本だけど、たまには仲間同士で――――」

 匡近が言い終わらない内に、わらわらと道場から男達が出てきた。

 

「なんだ、なんだ、粂野。女連れ込んで」

「べっぴんさんじゃねぇか」

「女にしちゃ、デケエな。俺と変わらんぞ。花柱様より大きいんじゃないのか?」

 薫は今度こそ、うっすらとした微笑を顔に張り付かせた。

 なるほど。稽古の後で、汗をかいているのもあるだろうが、臭い。確かに臭い。

 

「おいおい、妹弟子なんだ。不躾なことはしないでやってくれよ。下手なことしたら、実弥にギッタギタにされても文句は言えないからな」

 実弥の名が出た途端、周りを取り囲んだ男達の表情がギョッとして固まった。

 

 匡近はニコニコ笑いながら、遠巻きにいた女隊士に薫を紹介した。

「俺の妹弟子の森野辺薫って言うんだ。道場は初めてだからさ、教えてやってくれ」

 

 正面にいた女隊士は「はじめまして!」と手を差し出した。

「はじめまして」

 薫が手を差し出すと、ぐっと握手する。その感触にチラと探るような視線を送ってくる。

 

 しかし何か言うこともなく、自己紹介した。

「私は日村佐奈恵(ひむらさなえ)というの。よろしくね、森野辺さん。あと、この子は三好秋子(みよしあきこ)。アコって呼ばれてるわ」

「呼ばれてるっていうか……佐奈恵さんが呼んでるだけなんやけど……」

 隣にいた丸眼鏡のおさげ髪の子はボソボソ言いながらも、ペコリと頭を下げた。

 

 日村佐奈恵は薫より三歳年上の十九歳。

 ハキハキとした口調の、見た目にキツそうな感じを受けるが、嫌味のない言動はむしろ薫からすると爽快であった。

 

「あなた、階級は?」

 いきなり階級を訊いてくる。薫はさっき匡近に聞かれた時と同じ答えだった。

 

「あ、たぶん辛だと……」

「たぶん、てなに? 確認してないの?」

「特には」

「前に見たのはいつ?」

「………」

「今見て」

 

 佐奈恵に命じられて、右腕を持ち上げ、グッと力を入れる。

 階級を示せ、と念じればそれでぼんやりと浮かび上がってきた。

 庚。

 上がっていた。庚に。

 

「庚じゃない。隊士になってから、何年目?」

「……一年ほどでしょうか」

「一年……」

 サラリという薫に佐奈恵は顔色を失った。

 やや離れたところから様子を伺っていた男達もまた、ザワと色めきだった。

 

「……嘘だろ」

「いや、さっき確かに庚の字が……」

「何者だ? 誰かの継子か何かか?」

 どよめきが大きくなってくるのを遮るように、佐奈恵が叫んだ。

 

「けっこう! こんな機会はなかなかないわ。ぜひ、手合わせお願いするわ!」

 

 

 

<つづく>

 

 

 

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