【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第四章 花柱・胡蝶カナエ(一)

 約一年ぶりに訪れた東京は、ますます夜がきらびやかになり、人の往来も以前に比べてずっと増えるようになっていた。

 とはいえ日の落ちた後の、明るくはあっても太陽の光とはまったく違う光は、鬼にとって何の害にもならない。

 むしろ、食料となる人間が暗闇を怖がらずに外にノコノコ出てくるだけ、有難いくらいだろう。

 

 まだ春になる前の肌を突き刺す寒さの残る中。

 大通りから少し脇道にそれた路地裏を歩いていると、クン、と血のにおいが風に乗って運ばれてくる。

 

 すぐさま薫はにおいのする方向へと走り出した。

 行き止まりの先に、倒れた人がいる。死んでいるのかどうかわからない。それよりも、その前で言い争っている鬼が二匹。

 

「コイツは俺の獲物だあぁぁ!」

「うるせぇ! ここいらは、私の縄張りだよッ」

 どうやら、男と女の鬼が人間を取り合っているらしい。男の鬼は女の顔を長い爪で掻き切り、女は男の胸を何かでザックリと切り裂いている。

 

 薫には気付いていないようだった。

 すぅ、と静かに呼吸を始める。気配を押し殺し、より心を研ぎ澄ませて鬼の殺気を感じる。

 タッと軽く踏み込んで―――――刀が鞘走る。

 

 鳥の呼吸 伍ノ型 森閑俊捷(しんかんしゅんしょう)

 

 次の瞬間には男の鬼の首は落ちていた。女の鬼は、飛び退って避けている。

 

「……気付いてないとでもお思いかィ?」

 どうやら男鬼と争っている間に、気付いていたらしい。

 薫はもう一つの刀を抜く。両刀を顔の前で交錯させて、鬼との間合いをとった。

 

「鬼狩り共が……いちいち面倒なヤツらだよ」

 鬼は吐き棄てるように言うと構えた。手に、鼈甲の三味線バチが見える。

 

 女の鬼がバチを振るうと同時に、ヒュウッと音が鳴って、薫がさっきまでいた場所をえぐった。まともにくらっていたら、真っ二つにされていたろう。

 息をつく間もなく、女の鬼は斬撃を放つ。間合いを詰めることができない。

 

 女の鬼もまた、身軽に逃げ回る薫に苛々していた。

「ちょこまかちょこまかとォ…なんだィ、最近の鬼狩りは逃げるのが仕事かィ?」

 こちらを怒らせようとしているのか、紅い目が細く伸びて、真っ赤に紅をさした唇がニイィと歪んだ。

 

 薫もまた不敵な笑みを浮かべる。

「そちらこそ、疲れたんですか? お年ですか?」

 それは女の鬼に禁句だったらしい。

 

 なんの振りもなく、手に持った鼈甲のばちを平行に振ると、ヒュウッという音がしたと同時に、薫は何かが自分の身体に巻き付いてくるのを感じて、瞬時に後方へと宙返りした。

 躱しきれずに、足の甲が切りつけられ、態勢が崩れる。

 

「……っ!」

 さっきから、バチでない何かがここまで伸びてきていたが、やっとわかった。

 三味線の(いと)だ。

 

 気付いたものの、方策を考える間もなく、女の鬼がまた無数の弦の斬撃を放ってくる。

 先程傷ついた足の甲の鈍い痛みのせいで、躱すのが難しい。時々、鋭い痛みが背中や腕に走る。

 

 不意に女の鬼は動きを止めた。スンと鼻をならして、訝しげに薫を見る。

「……お前…妙な匂いがするね………」

 意味がわからなかった。

 女の鬼は眉を顰めて、しばらく薫をじいぃと見つめていたが、急に面倒くさくなったようだ。

 腕を振り上げて、また攻撃を始める。

 

 四方から襲いかかる弦の攻撃を必死でかわしつつ考えた。

 このままでは駄目だ。この鬼の隙を狙う前に、自分がへばってしまいかねない。

 薫は呼吸を整えた。多少、傷ついても長引かせるよりはいい。

 

 鳥の呼吸 肆ノ型 円環狭扼

 

 一足飛びに鬼の鼻先まで近づくと同時に、交差した刀をその首へと当てる。

 円環が鬼の首に巻き付こうとする前に、鬼は素早く自分の弦を自分の首に何重にも巻きつけた。

 

 斬れない――――!

 

 グッと、薫は踏ん張った。ここで切り落とさなければ、今度は自分が殺られる。

 

「ギイィィィ!!!! こンの…小娘があアアァァァ」

 鬼が叫びながらバチを振り上げた時、その手が空中で斬れた。

 鬼にも、薫にも何が起きたのか一瞬、わからない。

 

 混乱の合間に、その人は薫の後ろに立っていた。

「私の呼吸と同時に、避けて」

 囁いた言葉が柔らかく耳朶をうつ。

 戦闘場面に似合わぬような、かぐわしい梅の匂いがフワリと漂った。

 

 応諾もないままに、薫は背後からその人の呼吸音が聞こえると同時に、斜めの方向へと刀を引き、そのまま地面に一回転して鬼の間合いから離れた。

 

 花の呼吸 壱ノ型 椿ノ火影(つばきのほかげ)

 

 振り返った時には、女の鬼の首は落ちていた。

 首に、弦は巻き付いたままだ。

 

 薫が見上げると、塵となって消えていく鬼を哀しげに見つめる女隊士がいた。まるで蝶の羽のような模様の、淡い緑と紅色を端にぼかし染めした羽織を着ている。

 

「……あの」

 声をかけると、その女隊士が振り向いた。

 真正面から初めて顔を見ると、天女が舞い降りたのかと思うほどに美しい。

 思わず息をのんだ。

 

 天女は足音もたてずに薫の傍に来て、腰を降ろして心配そうに見ている。

「怪我をしているわね」

「あ…いえ。大したものでは」

「駄目よ。ちゃんと手当てすれば、痕も残らないから」

 

 その後は自分が鬼殺の現場にいたことも忘れてしまうくらい、あっという間にその女隊士の指示で現場は隠達によって処理された。

 襲われていた人間は、どうやら鬼達の諍いのお陰で命拾いしたらしい。大した怪我もなく、家へと送り届けられた。

 

 薫は気がつくと、隠におんぶされて大きな屋敷へと運ばれていた。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

「ここは?」

「ここは、蝶屋敷です。花柱様のお住まいで、隊士達の療養所も兼ねています」

 隠は簡単に説明すると、診察室の寝台に薫を置いて、その場から立ち去った。

 

 花柱? さっきの天女が花柱だというのだろうか?

 だが、そうであればあの鬼の首を訳なく落とせた理由もわかる。やはり尋常の才能ではないということだ、柱は。

 

 初めて見る柱という存在に、薫は我知らず興奮して震えた。

 そこに、その花柱がニッコリと笑って現れた。

 

「ごめんなさいね、待たせて。すぐに手当てするから」

「あ、あの……すみません。花柱様にこんなことさせて」

 薫が緊張して言うと、花柱はコロコロと鈴をころがすように笑う。

 

「そんな大層なものにしないで。私の名前は胡蝶カナエよ。そういえば名前を伺ってなかったわね」

「森野辺薫といいます」

「そう。森野辺さん、じゃあ怪我の手当するから……上を脱いでもらっていいかしら?」

 カナエは慣れているのか、手際よく患部を消毒し、薬を塗り、包帯を巻いていく。足の傷は深く、少しだけだが縫い合わせる必要があった。それも手早く、丁寧に縫合していく。

 

「肩と背中の傷は大したことはないけど、足の傷は深いから……飲み薬も飲んでおくといいわ。後で渡すわね」

「……すみません」

 カナエは困ったように薫を見つめた。

 

「そんなに謝るものでないわ。むしろ、ごめんなさいなのは私の方なのに」

「え?」

「私にあの鬼の討伐の任が下っていたの。あの近辺で人喰いが続いていたから。あなたが先に行き合ってしまって、無視できなかったのでしょう? 間に合ってよかった」

「いえ。私こそ任務でもないのに、勝手にでしゃばったから……す」

 すみません、と言おうとして、唇に人差し指を当てられた。

「だ・か・ら。謝るのはあなたではないのよ、森野辺さん」

 自分でも顔が熱くなっているのがわかった。

 

 前に匡近からの手紙で、今度花柱になった人は、とてつもなく強い上に、美しい人であると書いてあったのを思い出す。

 その時は美しさよりも、強さというのがどれほどものか、ということの方が気になって、大して気にも留めなかったが………同じ女でも一瞬、クラリとなってしまいそうになる美しさだ。

 

「あら? 熱が出てるのかしら?」

 カナエの方はまったく自分のせいであるとは思いもよらぬらしく、額に手を当ててきたりする。それも薫にはなんだか気恥ずかしい。

 

「今は任務は?」

 カナエが尋ねてくる。

「あ、いえ。今は休暇でこちらに来ていて……」

「あら。じゃあ、元々こちらが任地ではないのね?」

「はい。明日には京都に戻ります」

 

「そっか。じゃあ、今日はここに泊まっていきなさいな。もしかすると熱が出るかもしれないし」

「いえ! そこまでご厄介にはなれません」

 ただでさえ、自分がカナエの任務にでしゃばって、勝手に怪我を負ったに過ぎないのだ。手当してもらっただけ、有り難いと言わねばならない。

 

 だが、カナエは有無を言わせなかった。

「ここは、隊士の治療所だから。私は所長でもあるの。あなたには今日一晩、ここで治療してもらわないと、任務に出ることを許可できません」

 ニッコリと笑った顔がある意味、暴力である……と、薫は思った。

 

 

-------------

 

 

 その後、カナエは他にも治療中の隊士がいるらしく、回診に向かった。

 病室を案内に来たのは、カナエに似たお人形のような可愛らしい女の子だった。

 

「胡蝶しのぶです」とお辞儀をすると、薫の顔をじぃぃと見つめる。見つめる…というか、睨んでいるような気もする。

 

「なにか?」

 薫が問いかけると、その厳しい表情が少し和らいだ。

「森野辺さんは、女の人なんですよね?」

「え? あ…はい」

 

 この(ナリ)のせいで、男に間違われることは珍しくない。最近ではむしろそれを利用している。女で旅をするよりは、男と思われている方が都合がいいのだ。

 

 しかし、しのぶには男である方が問題があるようだった。

「うん。そうよね。声でわかった。じゃあ、いいわ」

 ホッと安堵したように吐息をつく。

 

「いい…って?」

「男共だと姉さんにやたらと言い寄ってくるのが未だにいるから」

 それは容易に想像できた。ついでにそこらの男共が次々にフラれて撃沈していく様も見える。

 

「顔がいいヤツは特に。だから森野辺さんが男だったら、いっちばん姉さんの部屋から遠い、いっちばん寒い部屋に案内しようかと思ってたけど、女ならちゃんとしたところに案内するわ」

「ありがとう……」

 

 礼を言いながら、自分が男でなくて良かった…と鬼殺隊に入って初めて思った。

 

 

 

<つづく>

 

 

 




<おことわり>

▼花の呼吸 壱の型 は原作では登場していません。してないと、思います。(あったらすいません。教えて下さい)
なので作者の捏造です。すいませんが、ご了承の上、軽く受け流して読んでいただけると幸いです。



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