【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖> 作:水奈川葵
鬼殺隊士となって、気付けば一年半以上経っていた。
いつもは鴉が告げる指令を、運んできたのは
丹波地方での任務が終わって、いつも世話になっている藤の家に向かう途中の茶屋で、薫は遅めの昼食を取ろうとしていた。
「久しぶり~」
気安い口調で話しかけられ、薫はきょとんとなった。
「えっと……日村、さん?」
「あ、覚えてくれてた? もー、朝になったらいきなりいなくなってるからさぁ、アコちゃんと二人で探し回ったよ」
大阪の道場で、何くれとなく気遣って色々教えてもらっていたのに、礼もせず出てきたことを思い出し、薫はあわてて頭を下げた。
「すみません。本当に」
「ハハハ。ウソウソ。本当はあの後、任務だったんで、探す暇なくってね」
言いながら、佐奈恵は薫の座っている
「マッさんに聞いても、なんか珍しくあの時は機嫌悪くてさ」
脳裏に匡近の顔が浮かんだ。あの時は気付かなかったが、どうやら近くにいたらしい。その後、手紙をもらって知った。
『実弥のことは殴っておいたから、気にするな』と。
無用な心配をかけてしまった。薫には自分のことより、仲の良い二人が喧嘩になってしまったことの方が気がかりだった。
『まったく気にしていない』と返したが、仲直りしているだろうか……?
「今日は、任務ですか?」
「うん、そう。共同任務。山のお寺の調査、で、鬼がいたら討伐」
「共同? 三好さんとですか?」
「違うよ。あ、な、た」
佐奈恵は人差し指で薫の鼻先を差すと、いたずらっぽい目で微笑んだ。
薫は目を丸くした。
「私と?」
「そー。初めて? 共同任務」
「そう、ですね。今までないです」
「そっかー。私らはわりと多いんだけどね。やっぱ違うのかなぁ。皆、次の柱候補じゃないかって噂してたよ。森野辺さんのこと」
「まさか……」
実際に花柱である胡蝶カナエのことを思い出すと、とても自分がその域に至るとは思えない。あれはもう別格の人だ。
「まぁ、先に不死川かマッさんか。あの二人もけっこうな強さだしなー。個人的にはマッさんにお願いしたいわ。不死川が柱になったら、助けてくれなさそうだし」
「そんなことは……ない、と思いますけど」
「不死川に柱は無理ってこと?」
「いえ! それは、たぶん……そうなると思います」
あの時、道場でいきなり前に立っていたときの速度。攻撃を躱すこともできぬ
風の呼吸に熟練せねば、一瞬で筋力を増幅させ爆発的な突進を可能にする、あの動きを手に入れることはできない。
「助けないということは、ないと思います」
佐奈恵はふぅ、と溜息をつくと、しげしげと薫を見つめた。
実のところ佐奈恵はあの時、後輩の
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薫が大阪にある鬼殺隊の道場に来た翌朝。
佐奈恵と秋子は鴉の指令で目を覚ました。どうやら香川県の方まで出向かなくてはならないらしい。
「うぇ~、また船ぇ~?」
船酔いがひどい佐奈恵は朝から一気に憂鬱になった。
「どないします? 食べて行かはります?」
「そんなの無理。吐くだけ」
「ウチ、おにぎりだけでも持って行きますわ」
ボヤきながら歩いていると、練習場の方からドン! と、凄まじい音が響く。
佐奈恵と秋子は顔を見合わせた。これは、確実に誰かが呼吸の技を使った音だ。
「ちょっとぉ~、また床が壊れるじゃないのよぉ~」
佐奈恵は文句を言いながら歩いていく。
途中で誰かが練習場から出てきて、角を曲がり、佐奈恵達と反対方向へと歩いて行くのが見えた。
その時は誰かわからなかったが、後にそれは薫だったのだろう…推定できた。
練習場の板戸は開いていた。中から匡近の声が聞こえてきた。
「……あんまりいじめるなよ。薫だって必死でやってんだから……」
薫、という名前に佐奈恵と秋子は敏感に反応する。どうやら、さっきまでここに薫がいたらしい…。
「アンタがアイツを貰ってやりゃァ、いいんだ」
「はぁ?」
「アンタもアイツも辞めて、二人で暮せばいい。鬼は、俺が殺す」
「おっ…前なぁ……」
匡近が珍しく怒っていた。
口喧嘩することもあるが、たいがいの場合、匡近は笑って受け流すのがほとんどだった。
いつも怒っているのは実弥だけで、そのうち独り相撲に疲れて、最終的には匡近の言うことを聞くことになる……のが、いつものこと……だったのだが。
佐奈恵と秋子は特に気配を消すこともせず、入ってきたその場所で呆然と二人の様子を見ていたのだが、あの、いつもは敏感な不死川ですらも気付いていないようだ。
バキッと鈍い音がした。匡近が実弥を殴っていた。
「馬鹿か、お前は!!」
匡近が手を出すのは本当に初めて見た。
他の隊士に対しても、滅多と声を荒げることもない。ましていわんや、暴力をふるうことなどない人である。
その後、匡近がこっちに向ってきて、佐奈恵達に幾分決まり悪そうな表情を浮かべたものの、すぐに出て行った。
残された実弥はしばらくボンヤリと足を投げ出して座り込んでいた。
これも、また珍しい光景。
気の抜けた不死川実弥など、初めて見た。
薫と、匡近と、実弥と。
一体、何があるのだろう?
秋子と目を見合わせ、二人で首を傾げた。
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「薫ちゃんさー」
佐奈恵は突然、下の名で薫を呼んだ。
「不死川のこと、どう思ってんの?」
単刀直入に聞かれて、薫は固まった。
―――――どう? とは、どう……いう……
薫にとっては都合良く、佐奈恵にとっては間が悪く、ちょうど頼んでいたうどんが届く。佐奈恵の草だんごも。
聞かなかったフリをして、薫は夢中でうどんを食べた。
幸い、佐奈恵はそれ以上、突っ込んでこなかった。
草だんごを無言で食べ終えると、「さて」と次の任務の話を始めた。
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山奥にある寺に行った人間が帰ってこないらしい。
行方不明者達の家族は当然、その寺に問い合わせるものの、寺の返答は「わからない」「来てらっしゃらない」「帰られました」といういずれか。
寺に何かがあるのか、それとも寺へ向かう道のりで何かがあるのかはわからない。
これまで鬼殺隊士が三名行ったのだが、内二人は寺まで辿り着くも特に何もなく、一人は消息を断った。
「行方不明者達の特長は?」
薫が尋ねると、佐奈恵は渋い顔でため息をつく。
「若い男女。消息を断った隊士もね、この間、隊士になったばかりの女の子だった。十四歳だったかな? 被害者はだいたい平均して十三から二十歳くらいの男女よ。それもわりと見目のいい。
どうやら鬼がいることは確実なのよ。その子、ちょっと特殊能力があってね。鬼がいるとなんか腕に発疹ができるんだって。それは鴉が伝えてきたの。ただ、その後、行方がわからなくなったのよ。
お寺に泊まったみたいなんだけど、そのことを次に行った隊士が尋ねても、『お泊りになった後、帰られました』の一点張り。その隊士は泊まったんだけど、なんにも起こらなくて、そのまま帰投したのよ」
「その人の年齢は?」
「十九だけど、見た目は三十」
「なるほど。食指が伸びなかったんですね」
「髭面のむっさい男だしね。薫ちゃんもご存知の
道場で会った大男の姿が浮かぶ。
あれが髭面になったのであれば、それは確かにうら若い男女を好んで喰らう鬼の好みからは外れるであろう。
「ただ、升田曰く、寺が関係してるのは違いないっていうのよ。坊主がものすごく嫌な感じがしたって。まぁ、あいつの言うことだから、あんまにアテにはならないけど」
「寺が関係してる……でも、そのお坊さんが鬼というわけではないですよね」
「そう。まさか鬼を飼ってるワケないけど、操られている可能性はあるわね」
「…………」
薫の脳裏に
あれは父子の関係と言えるのだろうか。かといって栃野が隷属していたというのでもない。
栃野は息子のために絵を描いた。鬼となった息子は絵の中に血鬼術を張り巡らせた。
その中に子供達を送りこんでいたのは父。その子達を喰らうのは鬼となった息子。
それでも人間である以上、栃野に天誅を下すこともできない。鬼殺隊が殺すのはあくまで鬼、だ。
「薫ちゃん?」
佐奈恵が黙り込む薫を覗き込む。
「あ、すみません」
「なんか思い出すことでもあった?」
「ええ……最初の任務の時に、息子を鬼にされた親が、孤児達をさらって息子に喰わせていたっていうことがあって」
「え? なにそれ」
「私もにわかには信じ難かったんですが、その男は鬼である息子に喰われることもなく、共生していたんです」
佐奈恵の顔が恐怖に歪む。それはそうだろう。薫にしても、あんな任務はそれ以降なかった。
なんとも後味の悪い、救いがたい話だ。
「なので今回の件も、もしかしたら寺の
冷静な口調で薫が言うと、佐奈恵は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「もしそうなら、そいつも頭かち割ってやるわ」
<つづく>
次回、土曜日(2020.01.23.)更新予定です。