【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第五章 激情(二)

 その寺は県境の山中にあるらしい。寺に向かう前に、近くにある藤家紋の家で用意を整え、一泊することになった。

 

 妙齢の女性と、通いで手伝いにきている老婆以外は誰もいないひっそりした家である。いつも京都でお世話になる藤家紋の家とはかなり趣は異なるが、居心地は悪くなかった。無口な女主人の所作は手慣れており、決して動作が早いわけでもないのに、淡々とこなしていく。

 

 久しぶりに風呂に入り、布団の上に横になる。

 昨日は野宿、一昨日は農家の納屋で眠らせてもらった身に、布団の柔らかさが身にしみた。

 

 佐奈恵は布団の上で軽い柔軟をしながら、おしゃべりを開始した。

「私ね、本当はこの任務断ろうかと思ってたんだ」

「そうなんですか?」

 後ろから背を押してやりながら、薫は相槌をうつ。

 

「うん、そう。実はさ、隠になろうかって話をしてて」

「隠…ですか」

 隠は鬼の討伐後の事後処理を主に行う部隊だ。しかし実際には職務は多岐にわたっており、鬼の情報収集と分析や、隊士服の縫製なども行っているらしい。

 

「薫ちゃん、今は? 階級」

「え……」

 佐奈恵はやれやれというようにため息をつくと、薫の腕を持ち上げた。

「ハイ、確認確認」

 仕方ないので階級を示すよう腕に力をいれると、『己』の文字が浮かんだ。

「うーわ。もう上がってるし。(つちのと)だし」

「………」

 佐奈恵の声には嫉妬や羨望はないのだが、言われてもどう返せばいいのかわからない。

 

「薫ちゃん、自分であんまり興味ないからさ。みんな、こんなモンだとか思ってない?」

「それは…どうなんでしょうか」

「ないから。五十人いて、二、三人だから。こういう階級の上がり方すんの。ってかさ、薫ちゃん、不死川が基準になってんじゃないの?」

 また不意に実弥の名前を出されて顔が固まる。

 

 佐奈恵は薫の腕を離すと、わかりやすいなぁ…と内心ではあきれつつ、指をたててビシリと言った。

「言っておくけど! アレも例外だから。あんなん、異常だし! あれと肩並べようとか思ってやってたら、確実に死ぬからね!」

「………」

 佐奈恵の勢いに薫は戸惑った。

 特に肩を並べようとは思ってないのだが、端から見ると、そう思われるのだろうか。

 

「だいたい、アイツ、特殊体質らしいからね。鬼を酔わせてさ」

「特殊体質? 不死川さんが、ですか?」

「知らないの? 聞いたことない?」

 佐奈恵は心底意外そうである。薫は首を振った。「なにも、特に」

「不死川って、稀血らしいよ」

「稀血?」

 稀血…鬼にとっては一人で三十人、時には五十人分食べたぐらいの栄養となる、特殊な人間のことだ。聞いたことはあるが、実際に会ったことはない……と思っていたが。

 

「不死川の稀血ってのは、普通の稀血よりも、もう一つ図抜けてるらしいんだよね。その血の匂いを嗅いだ鬼が、酔っ払ったみたいにフラフラになっちゃうんだって。ま、猫にマタタビってヤツ? 鬼殺隊に入る前から、それ利用して鬼を狩りまくってたらしいから」

「利用して、って………それって、一歩間違えたら」

 

 薫はゾッとなった。

 そんな貴重な稀血の持ち主であれば、鬼にとってはご馳走以上のものだろう。その人間を一人食することで、力はとんでもなく増幅される。たまらなく魅惑的な美餐であろう。

 

「不死川さんは、いつも自分の血を使って鬼狩りをしているんですか?」

「いやー。最近はさすがにしてないみたいよ。昔はよくマッさんが注意してるの見たことあったけど。あ、私、昔あの二人と同じ担当地区だったからさ。あの頃は、やたらめったら自分の体を傷つけて鬼狩りしてたもんだから、上からも睨まれてさぁ。吉野の方に治療所があるんだけど、まぁ、容赦なくぶっ叩かれてたよねー。そんな小手先の能力(ちから)で鬼狩りすんじゃないよッ! て。で、やめたみたい。みんなもさー、最初は『稀血なんか使って鬼狩りなんぞズルイ!』とか、陰口叩いてたんだけど、結局、そういうことやめてからの方がトントン拍子に出世してくし、誰も文句言えなくなっちゃった。――――まぁ、最初から面と向かって文句言える奴なんていなかったけど……」

 

「そう……ですか」

 とりあえず、ホッとする。

 自分の血を餌に鬼狩りをすることをやめたのであれば、無用な危地に立つことはないだろう。止めてくれて本当によかった……。

 

「心配だった?」

 佐奈恵はゴロリと横になって問いかけた。「危なっかしい真似してって」

「え? いえ……べつに」

「薫ちゃん。あの不死川の心配するのなんか、あなた以外じゃマッさんくらいだよ」

「それは……同門なので」

「ふぅぅん」

 佐奈恵は意味ありげな相槌を打ち、「そういや」と話を変える。

 

「マッさんと、文通してるでしょ?」

「え? あ、はい。でも、隊士になってからはあまり。弟子時代には先生の近況をお報せしたりしていたんですけど」

「あぁ、そうなんだ。前にマッさんがうんうん唸りながら大量に反故紙(ほごし)を作っててねぇ。なーに書いてんのかと思ったら、あれ、たぶん薫ちゃんに送る手紙だったんだよねー」

「そうなんですか?」

 聞きながら匡近の手紙の内容を思い浮かべてみるが、そんなに悩むようなものだっただろうか? と、首をかしげる。

「なんだかんだ悩んだ挙句に、結局、なーんかつまらないこと書いてた気がするなぁ」

 薫はくすっと笑った。佐奈恵の言う、つまらないこと、というのは匡近や他の隊士の失敗談であったりするのだが、薫には楽しい内容だった。

 

「面白かったですよ。粂野さん、書くのがお上手なので」

「そうなの? どんなこと?」

「そうですね……」

 薫はつぶやきながら匡近からの手紙を思い起こした。

 ほとんどが二人に共通する話題で、つまりそれは、東洋一(とよいち)か、実弥に関する事になる。佐奈恵に会ったこともない師匠の話をしても、それこそつまらないだろう……。

 

「……ずいぶん前になりますけど、粂野さんが鬼を討伐して助けた人がたまたま芋農家の人だったらしくて、大量のさつま芋をお礼にもらったそうなんです。ただそれが、重くて持って帰るのが大変だったみたいで。ようやく道場に着いて一休みしてたら、いつの間にか全部、食べられちゃったっていう……」

「あー、あれかぁ!」

 佐奈恵は大声を出すと、自分の額をペシと叩いた。

「覚えてる、覚えてる。年末でさぁ、大掃除してたんだよね、道場の。そこにマッさんが大量のさつま芋背負(しょ)って帰ってきてさぁ。落ち葉集めて焚き火してたんで、ちょうどいいやって、焼き芋したんだよねぇ。一応、マッさんにも一本残しておいたんだけどね、なんせ食い意地の張った奴らがウヨウヨしてるからさぁ。マッさんが一眠りしてる間にキレーになくなっちゃって……申し訳ないことしたよねーってことで、後日一応、芋羊羹を渡したんだけど……しばらく恨まれたなぁ」

 

 薫はくすくす笑った。

 まさか佐奈恵が関わっているとは思わなかった。芋羊羹の後日談は知らなかったが、確かに手紙でもかなり残念がっていた。

 実弥にも愚痴ったらしいが、「知るか」の一言で済まされて、でもその後、ちゃんと焼き芋を買ってきてくれた、と書いてあった。

 ふと、お汁粉を奢ってくれた日のことが思い浮かぶ。ふ、と笑みがこぼれた。

 

「なに?」

 佐奈恵が微妙な変化を感じ取ったのか尋ねてくる。薫はハッとなった。

「あ……いえ。粂野さんは、甘いものは苦手だったと思いますよ」

「へぇ、そうなんだ。何が好物なの?」

「確か……スルメとか…お酒のおつまみみたいなのがお好きだったような気がします。あ、でも前にクリームパンがおいしかった、って言ってましたけど」

「ふぅぅん」

 佐奈恵はまた意味ありげな相槌を返しながら、勢いをつけて起き上がると、腕を組んで薫を見つめた。

 

「なんですか?」

「薫ちゃん、マッさんの話だったら普通なんだねー」

「はぁ……?」

「不死川………の話になったら、固まるよね、顔」

「…………」

「ホラ、今、ソレ」

「……っ、違います」

 薫はあわてて両頬をペチペチ叩いた。「そういうのじゃないですから」

「そーいうのって、どーいうのよ?」

 佐奈恵はしれっとした顔で問い返してくる。つくづく口で佐奈恵にかなう気がしない。

 薫がうろたえていると、佐奈恵は「ま、いいや」と、それ以上の追求はせず、最初の話題に戻った。

 

「私さー、さっきも言ったけど、隠になろうと思っててね」

「……はい」

「それというのも、なんと! このたび、結婚することになりましてー」

「えっ!?」

 いきなり思ってもみない単語が飛び出して、薫はびっくりした。

「け、結婚??」

「なによー。私みたいなうるさい、口から生まれたような女には、男なんか寄り付かないとでもー?」

「いえ、そういうわけじゃないんですが……」

「まぁ、相手は前にも話したでしょ? 笠沼隆っていう幼馴染です。顔は……覚えてないかー」

「はぁ」

 頷きながら思い返すと、なんとなく気弱そうにも見える穏やかそうな人だった印象がある。あくまでボンヤリしたものだったが。

 

「コイツがまぁ、この前めでたく(かのえ)になったわけですよ。苦節六年、長いことかかりましたよ。で、とうとう私、抜かれちゃってさ。なんか、あーあって思って。これまでね、私がなんでも先だったの。一緒に師匠のところに入門して、呼吸を覚えるのも、初めて技を出したのも、鬼を初めて殺したのも。あいつはいつも私の後ろだったんだけど。……気がついたら、私は今だに(かのと)でね。この前も四人がかりで行ったってのに、まーた(アバラ)とかやられちゃって、傷病休養。もう、どうしていいかわかんなくて。どうやれば、自分がもっと上に行けるのか……っていうか上ってなに? 私、なんのために鬼殺隊入ったんだっけ? ってなっちゃってさ。わかってるんだよ。親の仇を討つためだって。でも、ここにいたらそんなん珍しくないし。その時ね、花柱様に助けてもらってたんだけど……」

 

 宵闇の中に現れたカナエの姿を思い出す。匂い立つような美しさと、目にも留まらぬ早さの御技(みわざ)

 佐奈恵はフーッと長い溜息をついた。

 

「あの人さぁ、私より年下なんだよ。でもぜんっぜん、違うの。まーったく、違う場所にいるんだよ。みんなその鬼にやられて、バタバタ死んでいったのに、あっという間に殺しちゃった。刀一振りで、終わり。その時にさぁ、思っちゃったんだよね。『あ、もうこの人に任せちゃったらいい』って。自分なんかが、どれだけ頑張って鬼と戦っても意味がない気がしてきて……」

 

 佐奈恵の感慨は、薫とても感じることはあった。

 たとえどんなに急いで向ったとしても、薫が任務に就いた時には既に誰かは死んでいる。未然に防ぐことができるのは、カナエに会ったあの時のような偶然でもない限り有り得ない。

 既に死んでしまった人達に黙祷しながら、果たして自分のやっていることがどこまで意味があるのか…という疑問はいつでもついて回る。

 

「もちろん、助けた人に感謝されたら嬉しかったよ。私でも、役に立ったんだって、誇らしかった。でも、なんか、ね。これ以上は無理なんだろうな、って線、引いちゃった」

 佐奈恵はどこか吹っ切れたような、でも寂しげな表情だった。

「そんなこんなの、愚痴をあいつに話してたらさー…そしたらあいつ、いきなり結婚しようとか言い出してさー。なんか…なんかね……いいよって言っちゃった……」

「…………おめでとうございます」

 薫には、そう言うことしかできなかった。

 

 既に佐奈恵の中で去就は決まっている。それはきっと真剣に考えた結果なのだ。

 必死にもがいて自分の望んだ到達点に行き着けず、別の道を考えることは悪いことではない。

 薫もまた、いつかそんな心境になる日がくるかもしれないのだから。

 今はまだ、もがき、あがき続けていくけれども。

 

「軽蔑しない?」

 佐奈恵は薫の顔を窺うように見た。恥じらう顔は、少し赤い。

 薫は首を振って、微笑した。

 

「今まで日村さんが剣士として戦ってきたことも、これから隠として隊のために尽くすことも、笠沼さんのお嫁さんになることも、すべて意味のあることですよ」

「………そう?」

「意味なんて自分ではわかりようがありません。笠沼さんにとっては、日村さんがいてくれるだけで、とても大事な意味があるんでしょうね」

 佐奈恵は驚いたように目を見開いた。

「薫ちゃんに、そんなこと言われるの、意外」

「そうですか?」

 言いながら、ふと明日の任務を思い出す。

 

「日村さん、それだったらこの任務どうして受けたんです? 今からでも私一人でもいいですよ」

「それは、まぁ、ケジメっていうか。任務を受けた日がたまたま母ちゃんの命日でさ。これを最後にちゃんと仕事してこいって言われた気がして」

「でも……」

「薫ちゃんにも会いたかったし。いろいろ話したかったしね。それに薫ちゃんと一緒だったら、大丈夫でしょ!」

 佐奈恵は笑って、薫の両肩をぽんぽんと叩く。

 底抜けに明るい笑顔だ。

 薫は迷いながらも、「じゃあ……お願いします」と、頭を下げた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回、水曜日(2020.01.27.)更新予定です。

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