【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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▼今回、残酷描写ややあります。



第五章 激情(三)

 事前の情報によれば、その寺で一番最近に行方不明になったのは、太田しの、という十五歳の娘だという。

 

「いつぐらいですか?」

「一週間前。紫陽花(あじさい)を見に来てたらしいわ」

「紫陽花?」

「紫陽花寺って別名があるらしいわ。この時期だと見頃らしくて、よく人が訪れるらしいの」

「……そうですか」

 

 当初、佐奈恵の予定ではこの太田しのの親戚ということで寺に入って探ってみようという話であったが、薫は変更を申し出た。

「親戚ということで、寺側に警戒されるかもしれません。むしろ、単に紫陽花を見に来たというだけのことで行った方がすんなり運ぶと思います」

 

 鬼殺隊が政府公認の組織でない以上、「お聞かせ願いますか?」と真正面からいってまともに取り合ってくれるはずがない。むしろ不信感を抱かせるだけだ。それは既に行った鬼殺隊士が為す術なく戻ってきたことでもわかる。

 寺の中に入り込み、内情を探る以上は、余計な疑問を抱かせず、なんなら向こうが垂涎するような条件下で、それと知らず、()()()()()()()()()()()()()()

 

「なるほど…」

 佐奈恵は頷き、予定を変更することに同意した。

 二人は姉妹となり、隣町の叔母の家へと向かう途中で紫陽花を見に訪れた――――という、ありきたりの設定を決めた。

 

 藤家紋の家で旅装姿の娘となり、風呂敷に隊服を入れて包み、杖の中には刀を仕込んだ。

 家を出る時に、女主人に切り火をしてもらい、寺へと歩き出す。

 

 人家がまばらとなり、鬱蒼とした山に入り林道を通り抜けると、長い石段が上へと伸びている。この先が(くだん)の寺であった。

 聞いていた通り、紫陽花を見に来る人がいるようだ。

 上から降りてくる男女であったり、親子連れだったりが、何人かいた。それでも先程から降り出した雨のせいか、登ってくる者は薫達の他は誰もいない。

 

「けっこうな降りになってきましたね。こんな天気なのに参詣するなんて…不審がられないでしょうか?」

「それはねぇ……理由があるのよ」

 佐奈恵は言いながら、上を向いてしばらく考える。

 

「そうね、私達姉妹は箱入り娘で、そうそう家から出してもらえないの。そんな物知らずではいけない、っていう叔母の意見で、隣町までお遣いがてら、旅に行かされるわけよ。二人で旅に出るなんて初めてで、せっかく見頃だという紫陽花寺の話を聞いたのだから、少々の無理はするわけ」

 佐奈恵の即興の思いつきに薫はクスっと笑う。「日村さんは前世は紫式部ではないのですか?」

「えぇ? なんで?」

「だって、普通、そんなことすぐに思いつきませんよ」

「なんてことないわよ。ごっこ遊びの延長よ。あ、それと日村じゃなくて佐奈恵姉さま、ね」

 

 楽しげな雰囲気で二人で石段を登り切ると、境内には誰もおらず、道々に沿って種々の紫陽花が白、紫、赤と咲き誇っていた。

 

 本堂の軒下で雨で濡れた笠を外していると、中から若い坊主が出てきた。

「この雨の中をわざわざお越しいただきまして……」

「いえ。すみません。このあたりで見事な紫陽花が咲き乱れるお寺があると聞きまして。信心よりも物見遊山で訪れまして、仏さまがお怒りになられたのでしょうね。すっかり雨にやられまして……」

 見事なくらいにスラスラとしおらしい様子で佐奈恵が話す。

 薫は内心で舌を巻いた。

 

「御仏は罰を与えることはいたしませんよ。どうぞ、お風邪でも召されるといけない。中で温まっていかれるとよろしい」

 坊主はいかにも人の良さそうな笑顔を浮かべて中に促した。

 薫と佐奈恵は軽く頷いて、「ではすみません」と中へと入っていく。

 

 梅雨ではあるが、少し肌寒い。通された部屋で油断なく見回しながら、雨合羽を脱いで着物姿で待っていると、先程の坊主が茶をもって現れた。

 

「どうぞ。粗茶でございますが」

「ありがとうございます」

 二人揃って礼を返しながらも、手はつけなかった。

 

 佐奈恵はいかにも珍しげに部屋を見渡しながら、床の間に掛けられた仏像の掛け軸について話をしたりしつつ、坊主の反応を伺う。

 

 坊主は笑みを絶やすことなく、それでも仔細に二人の身元やここに来た理由等を、自然な会話の流れで聞き出していた。無論、佐奈恵は先程の作り話に適当な装飾を加えて話す。

 いかにも世を知らぬ、それでいて好奇心旺盛な向こう見ずの、田舎者の令嬢姉妹。誘拐には格好の獲物であろう。よほどに用心深くなければ、おそらく食いつくはずだ。

 

「この雨は夕方まで降り続きそうでございますから、よろしければしばらくお休みになるとよろしいですよ」

 坊主がそう言った時、チラと佐奈恵は薫を見てから、慇懃に頭を下げた。

「まぁ、すみません。ほんの少しの寄り道のつもりでしたのに……ご迷惑をおかけします」

「いえ、いえ。どうぞ、ごゆっくりなさってください」

 坊主が下がると、佐奈恵と薫は二人寄り合った。

 

 ふん、と佐奈恵が小さく鼻をならす。

「升田もたまには当たるのね。確かに胡散臭いわ」

 ヒソヒソと話す。

 先程来、どこからか視線を感じる。おそらく誰かが薫たちの動静を見ているのだ。

 

「……そうですね。あれはお弟子さんのようですが……住職はどこにいるのでしょう?」

「さて、どうしたものか、な」

 チロリと上唇をなめると、佐奈恵は「あっ!」といきなり呻いて、お腹をおさえた。

 薫はびっくりした。が、すぐに佐奈恵が目配せする。

 

「………お姉さま! どうなされました?!」

 あわてた様子で薫は大声で言った。

「気にしないで。いつものにわかの疝痛(せんつう)よ。イタタタ、痛い痛い!!」

 大声を聞きつけたのか、さきほどの若い坊主がやってきた。

 

「どうなされました?」

「申し訳ございません。持病の腹痛がぶり返しまして……お恥ずかしい話でございますが、手水場(ちょうずば)を少々拝借できますでしょうか?」

「それは大変だ。こちらへ」

 坊主に肩を貸してもらいながら、佐奈恵は部屋を出ていった。薫に目で指示する。薫もほんの少しだけ顔を傾けた。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 一人取り残された薫は、とりあえずソワソワした様子で部屋の中をうろつき回った。落ち着かないふうを装って、視線がどこからなのかを特定する。

 ふぅ、とため息をついて、ぺたんと座り込む。お茶に手を伸ばしながら、息をつめて感覚をこらす。

 視線が背後からのものであることを確信して、行動を開始した。

 

「まったく姉さんたら、外に出たらいつもこうなんですから…」

 怒っている妹のフリをしながら、お茶を口元に持ってくる。思っていた通り。ふわりと漂うお茶の香ばしい匂いに混じって、何か別の匂いが紛れ込んでいる。

 

「あぁ、疲れた」

 お茶を呷って、空っぽになった湯呑を座卓の上に置いた。しばらくすると、眠気が急にやってきたように欠伸をして、パタリと倒れ込む。

 そのまますやすやと眠り始めた薫を見て、襖がそろりと開いた。

 

 さっきとは違う弟子が二人、入ってきた。

「和尚様」

 弟子が眠り込んだ薫を確認すると、部屋の外で待っていた老人に声をかけた。

 老人とはいえ、まだ精力の充満したような、脂ぎった顔つきである。太く長く伸びた眉を顰めて、いかにも峻厳な様子だが、薫の顔を見ると口元がニヤリと歪んだ。

 

「おい、お前ら運べ」

「はい」

「姉の方はどうした?」

「どうも腹痛らしくて。厠にこもっているみたいです」

「そっちはお前達にやってもえぇ。ホレ早う、このオナゴを運ばんかい」

「かしこまりました」

 薫は弟子二人によって持ち上げられ、連れてゆかれる。

 

 薄暗い廊下にボンヤリとした蝋燭の灯りが規則的に並んでいる。そのゆらめく橙の明かりの下、弟子達は薫を運びつつ、好奇に満ちた目で見つめている。

 運ぶ途中、裾がめくれて露になった太腿に淫靡な視線が集中する。

 

 和尚の寝所に着き、つややかな絹の(しとね)の上に薫を下ろすと、弟子達は無言で部屋を出ていった。

 もはや好色を隠そうともしない和尚の卑猥な眼差しが薫に注がれた。

 

「ちょうど()ェ。こちらの方が好みじゃて。ヒヒ、久しぶりに別嬪さんが来たのぉ。今回は久々に長ぅ可愛がってやろうかいのぉ。どうせ主様に差し上げるにせよ、あたら若い身体を味わいもせずに喰いよるなど、まこと鬼とは愚かなる生き物よ……」

 よほど嬉しいのか、普段からこうなのか、やたら饒舌な和尚である。

 

 言質はとった。

 薫はようやくとばかりに目を開く。

 和尚はあっという間もなく、薫に後ろに回り込まれ、喉元に短刀を押し当てられた。

 

「主様とやらのこと、聞かせてもらおうか」

 低い声で薫は和尚に囁いた。

「愚かな鬼は、どこにいる?」

「ひ……ひ……だ、誰ぞ」

 薫はチクリと切っ先を和尚の顎下に刺した。ツラツラと血が流れ出す。

 

「ヒィッ! 血、血……」

「これくらいでは死にませんよ、心配せずとも。しかし教えてくださらないなら、弟子に聞いてもいいのですよ。その前にあなたは用済みですが」

 なんの抑揚もない、平坦な声音。

 

 薫は心底、この男を軽蔑した。

 正直、佐奈恵の言葉ではないが「頭をかち割って」やりたい。切り刻んで鬼に喰われてしまえばいいとすら思う。

 

 だいたいの経緯は読めた。

 この和尚はやってきた若い女や、美しい男を、自分の慰み者にした挙げ句、鬼に彼らを差し出していたのだ。

 

 奥歯を噛みしめ、必死に自分の中に沸々と湧き出す怒りを必死で抑える。

 こいつが鬼でありさえすれば、日輪刀で一閃、その首を叩き切ってやるものを。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 少し、時間が戻る。

 佐奈恵は厠まで案内してくれた坊主を振り返りざま手刀で気を失わせると、近くの納戸に運んで縛り上げた。それから思い切り横面を張って正気に戻すと、

「さて、聞かせてもらおうかなー」

と、足に忍ばせておいた短刀をその首筋にあてた。

 

 坊主は最初、知らぬとうそぶいたが、「あ、そう」と言って、佐奈恵がその頬を短刀の切っ先でスッと切ると、溢れてくる血にすっかり動転した。

「最初から素直になってほしいわね」

 

 そうして聞き込んでわかったこと。

 

 どうやら和尚が山で鬼と出会い、命を助けてもらう代わりに、その時にいた小坊主を生贄に差し出したのだということ。

 その後も鬼は和尚の命と引き換えに、安全な棲家と人身御供を要求するようになり、和尚も渋々、参詣にくる人の中で、身寄りのない人や一人で来ている人間を狙って差し出すようになった。

 その内に和尚自身の欲目も出てくるようになり、和尚の好みの若い娘や、少年を狙って(かどわ)かすようになり、和尚と弟子達とで慰み者とした後、鬼に供物として差し出すようになったという。

 

「三ヶ月前に、黒い洋装の上に、菖蒲柄の羽織を着たおかっぱ頭の女の子が来たはずだけど……」

「………いた」

「その子も同じようにしたの?」

「お、俺らはしてない。和尚様はひどく手こずったから、薬をのませたと。そのまま鬼の所に置いてきたと言っていた」

「…………」

 佐奈恵は短刀の柄で思い切り坊主の頭を殴り、そのまま坊主は気を失った。

 

 納戸から出て廊下を歩いていると、厠の辺りでウロウロしている二人の坊主の姿を見つけた。

 佐奈恵の姿を見るなり、捕まえようと手を伸ばしてきたところを、一人は手首を掴んで足を払い、床に叩きつける。もう一人は鳩尾に蹴りを食らわせる。

 あっさりと気を失った坊主達を縛り上げ、また正気に戻すと、無表情に尋ねた。

 

「一週間前にいなくなった太田しのはどこ?」

「………」

「面倒ね」

 佐奈恵はサッと二人の顔に短刀を振るった。

 頬から血がだらだらと流れ出し、坊主達は悲鳴を上げた。

「次に黙り込んだり、嘘をついたら頸の血管を切るから。さっさとしゃべってくれる?」

 

 刀の切先を目の前に突きつけられ、それが震えもしないことに坊主達は恐怖した。

 膝をガクガクと震わせながら、坊主達が案内した場所は、地下にある座敷牢であった。

 

 その中に太田しのは長襦袢一枚で横たわり、正気を失った顔でぼんやり中空を見つめていた。

 はだけた胸の間に、醜い陵辱の痕跡があり、佐奈恵はギリッと歯軋りした。

 見回すと、隅にある箪笥の横で憔悴しきった顔で座り込んでいる少年もいた。

 

「なんなのよ、この場所……」

 つぶやきながら、佐奈恵は我が身を抱きしめた。怖気がする。鬼に対するよりも気持ちが悪い。

 ギロリと睨んだ先にいる三人の坊主達は、佐奈恵の眼光の強さに目を逸らして、びくびくと視線をさまよわせた。

 

「この子達をここに置いてるワケは?」

「………」

 誰も口を開かないのに苛々して一番手近にいた出っ歯の坊主をビンタした。

「早く言え」

 ギリギリと耳を引っ張る。この際、耳も千切れたっていいだろうと思う。

 

「おっ、鬼が……鬼が、一回に喰う量がいっぱいあった方が喜ぶからだって……」

「はぁ?」

「毎日一人ずつより、十日ごとに四、五人ぐらいいた方が喜ぶからって……和尚様が言ってたから。それで……」

「…………」

 佐奈恵は絶句した。つまり、この座敷牢は鬼のための貯蔵庫というわけだ。

 もはや言葉もない。

 こいつらを人間扱いするのも嫌になる。

 

 無言で三人の坊主を座敷牢の格子にくくりつけると、坊主達は何を思ったのか「たっ、助けてくれ」と口々に叫びだす。自分達もまた、鬼に喰われる運命になると思ったのだろうか。

 

 正直、コイツらを鬼に喰わせた後に、鬼の首を斬ってもいい。本当にそうしたい。

 誰だかわからない坊主の一人に思いきり拳骨をくらわせてから、佐奈恵は奥に座っている少年の前に立つと、立ち膝になって視線をあわせた。

 

「今、人を呼ぶから…すぐに助けにくるわ。もうちょっとだから待っててね」

 なるべくやさしい声音で呼びかける。少しだけ少年の瞳が動いた。

「しのさん、助けるからね」

 しのにも声をかけ、紺の(かすり)の羽織をかけてやる。

 

 すぐに鎹鴉を送って、隠を呼び、囚われていた少年と太田しのを救出しなければならない。

 

 人が鬼に協力するなど…ありえない話だと思っていた。

 薫から聞いた親が自分の子供のために、孤児達を拾ってきては与えていたなんて話は、聞いたときにゾッとした。

 しかし、ここにいた坊主共は……

 

(クソ)が…」

 階段を登りながら、佐奈恵は我知らずつぶやく。

 おそらくは人生で初めてだろう。鬼よりも人に憎悪した。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 ドタドタと足音がして、襖がガラリと開いた。

 走ってきたらしい佐奈恵が、和尚の喉に刃先を立てている薫を見て、ニヤリと笑った。

 

「さすが」

「そちらは?」

「弟子どもは縛り上げた。地下の座敷牢に置いてある。あと、太田しのさんは一応、生きてる」

「一応?」

「…………。もう一人、男の子が囚われてた。さっき鎹鴉を飛ばしたから、まもなく隠が来てくれると思う」

 しのに対する言葉がそれ以上出なかったのを、薫は察した。

 ギリと歯噛みし、和尚の顎下に突きつけた短刀を持つ手を、もう一つの手で押さえた。そうしなければ、このまま首を切り落としてしまいそうだ。

 

「薫ちゃん、とりあえずこいつ縛るから。隊服に着替えなよ」

 佐奈恵が持ってきた風呂敷包みと杖を渡す。既に佐奈恵は隊服に着替えていた。

「わかりました」

 薫が離れるや否や和尚は逃げ出そうとしたが、すぐさま佐奈恵がその首に縄を放つ。

 

「どうする? このまま私が力をこめたら、輪っかが小さくなってあんたの首が絞まるよ。そうしようか?」

 佐奈恵もまた、この寺で起きていたことを知ったのであろう。いつもの佐奈恵からは想像できないくらい、その目は冷たい怒りに満ちていた。

 和尚がうなだれると、素早く首から垂れた縄を後ろ手にした手首に巻いていく。

 

 薫が隊服に着替え、日輪刀を携えて戻ってくると、和尚は罪人のごとく、首、手、腰に縄をうたれていた。

 

「鬼の棲家に案内してくれるってさ」

 日輪刀を和尚の目の先に構えながら、佐奈恵が言った。

「そうですか。では、参りましょう」

「お、お、お前達……何者だ? まさか…」

 和尚は震えながら聞いてきたが、二人とも答える気がしない。

 

「さっさとしてくれる?」

 佐奈恵は無表情に言って、刀の切っ先を和尚の眉間に軽く刺した。「気が短い方なの、私」

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回、土曜日(2021.01.30.)更新予定です。

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