【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 元花柱・那霧勝母(一)

 身体への複数にわたる裂傷と、全身の筋肉疲労、頭部挫創、肋骨骨折、毒による左足の麻痺。

 

 薫は重傷であると判断され、奈良吉野にある元花柱・那霧勝母(なぎりかつも)の元へと運ばれた。

 勝母は育手でもあり、主に関西方面で任務にあたる隊士が重体に陥った場合に、診療を行う医師として鬼殺隊に所属していた。

 薫が宝耳にもらった毒消しの薬を作ったのも勝母である。

 

「ま、もう大丈夫だね」

「っ、痛っ」

 思い切り傷口を叩かれて、匡近は呻いた。

 勝母はハハハと豪快に笑う。

 

「これぐらいで痛がるんじゃないよ。紙で小指を切るほどにも痛かないだろう」

「そんなワケないでしょう。痛いですよ」

「わざと切られたんだから、自分が悪いのさ。もうちょっと上手くやればいいのに」

 

 勝母はフンと鼻をならす。

 匡近の怪我を診察する際に、だいたいの経緯は聞いている。

 

「手負いの妹弟子のために体張ってやるのはいいがね。もうちっとやりようもあったもんさ」

 匡近は隊服を着ながら、ため息をついて反論する。

「仕方ないじゃないですか。あの時は咄嗟のことで、それしか思い浮かばなかったんですから」

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 洞窟の奥にあった扉らしきものを、呼吸の技を使ってぶち破って出てきた薫は、怒りに我を忘れた猛獣になっていた。

 匡近の声も届かなかった。

 地べたに腰を抜かせて必死に命乞いする坊主だけしか見えず、しかもそれは殺意の対象であった。

 

 当然ながら、人殺しは罪である。鬼殺隊でなくとも、それは当たり前のこと。

 

 普段の薫であればそんなことはありえない。だが、あの時の薫はその禁忌すらも破っても構わないほどの憎悪が溢れていた。

 

 後になって、あの寺の坊主共の非道を知って、匡近とてもその所業に怒りを感じたが、それでも薫に人殺しになってもらいたくはない。

 

 あの時、薫の振り下ろした剣に対して、匡近は応戦することはできた。だが、それでは暴走した薫を鎮めることはできない。

 とにかく薫に正気に戻ってもらう必要があったのだ。

 すみやかに。

 鬼のことも教えてもらわねばならなかったし、もう一人行ったという隊士の行方も聞かねばならなかった。

 

 自分を盾にしたのは、ある意味、卑怯なことだ。薫の罪悪感を利用したのだから。

 

 見開いた目。

 凝と匡近を見つめ、その瞳に匡近が映っているのに、何も見えていない。

 己のやったことに混乱し、何が起きているのか理解できないようだった。

 

 倒れ込んだ薫を隠に託した後、壊れた扉の前に立った。

 分厚く、自分の背の二倍はある高さの扉である。これをたとえ呼吸の力だとはいえ、ここまで破壊するのは生半(なまなか)の剣士にできることではない。薫が自身をそこまで鍛えた証だろう。

 

 扉の残骸を越えると、暗い鍾乳洞が続いていた。

 道沿いに蝋燭がぽつぽつと灯り、足元を照らしている。

 奥の行き止まりは開けた場所となっており、戦闘の痕跡が見て取れた。

 

 そこで日村佐奈恵が死んでいるのを発見した。大量に失血し、血溜まりの中に横たわっていた。

 近付いて見た顔は、うっすらと微笑んでいるように見えた。

 

 まさかこの二人の共同任務とは思わなかった。薫から時折もらう手紙でも、単独任務の話ばかりだったのだ。

 もしかすると、今回が初めてだったのかもしれない。

 だが、日村佐奈恵のことだ。知らぬ仲でもなし、今回のこの任務をきっかけに、薫への距離をぐっと詰めて、友達のような間柄になっていただろう。

 

 おしゃべりだったが、無遠慮に相手の心に踏み込んでいくことはしない。その場にいるだけで、雰囲気が明るくなり、風通しがよくなるような…悠揚とした心の広い人間だった。

 

 匡近は瞑目し、やってきた隠に後のことを任せると、寺を出た。

 

 何度も経験しても慣れるものではない。

 仲間を失うことは。

 いつか自分が死ぬ立場になった時、誰かを同じような気持ちにさせてしまうのだろうか……。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

「それで、薫は?」

 あの後、ここに運び込まれて三日ほどで薫は目を覚ましたらしい。

 

 匡近は簡単な応急手当てをしてもらった後、すぐに別の救援任務が入って、この百花屋敷に来たのは三週間ぶりである。

 

「毒はほぼ抜けたよ。多少、元気がないようだがね」

 勝母はズズズと、独特の匂いのする特製のお茶とやらを飲みながら、のんびり言った。

「早めに毒消しを()んだのがよかったね。足の方は後遺症も残らないと思うよ。肋骨の骨折は日にち薬だし、あとは、全身の疲労回復がどこまでできるかだね。あの子はなかなか優秀なようだが、まだ全集中の常中ができていない。自己流である程度のところまでは会得しているようだが」

 

 全集中の常中は柱を目指す隊士ならば、誰もが通らなければならない関門である。

 匡近とても、一朝一夕にできなかった。隊士になってからも修練を重ね、会得するまでに一年近くかかっている。

 

「なんだって東洋一(とよいち)はあの()に教えなかったんだかねェ…」

 勝母と、匡近の師匠である篠宮東洋一は、昔馴染みのようで気安く呼ぶ。

 当時、勝母は柱であり、東洋一は階級上位であったとはいえ、一介の剣士でしかなかったのだろうと考えると、二人の仲が不思議だが、詳しいところは匡近にもわからなかった。

 

「入隊して二年待たずに己にまで進むなんてのは、なかなかのモンだよ。素質はあったろうに………。弟子時代はあんまり出来が良くなかったのかい?」

 勝母はギョロリ、と左目だけを動かして匡近に問うた。

 右目は昔、戦闘でほぼ視力を失ったらしい。

 

 匡近は軽く肩をすくめた。

「それはないです。っていうか、歴代の中でも二番めくらいにいいと思いますよ」

「一番はあの悪たれかい?」

 勝母の眉間に皺が寄る。「もう、危なっかしい真似はしてやしないだろうね?」

 

 実弥が鬼殺隊に入ってからも自分の稀血を利用して鬼狩りをしていた時、反撃をくらって、重傷を負い、ここに担ぎ込まれた。

 勝母は烈火のごとく怒った。

 

「そんなモンを利用しないと鬼を殺れないようじゃ、鬼狩りとしちゃ三流どころか外道だね! この馬鹿ガキが!」

 

 ガキ扱いされ、麻酔なしで太い針で傷口を縫われ……。

 あの実弥ですら、この元花柱の婆さんには閉口していた。

 

 匡近はクスクス笑った。

「もう、さすがにね。そこまでするほどの相手に出会ってないので」

 

「だったらいいが……それにしても、対照的だね。一人は問題児で、一人は優等生だよ。礼儀作法もきちんとしているし、なにより所作に品がある」

「まぁ…そうですね。元は子爵令嬢だったらしいです」

「子爵令嬢ォ?」

 勝母の声が裏返る。

「東洋一が女を弟子にしてるっていうのを聞いたときにも驚いたが、そんなお嬢さんが鬼殺隊に入るとはね。しかし、子爵令嬢だろうが何だろうが、才能はあることは認めていたんだろうに、なんで教えなかったんだい?」

 

「師匠は常中は隊士になってから各自で覚えるように…って感じですよ」

「はァ? あの男はまだそんなこと言ってんのかい?」

「えぇ、と…まぁ……」

 指導法は育手によって異なるので、こういう意見の食い違いもあるだろう。

 

 勝母はハァと溜息をつくと、ブツブツと文句を言っていた。

「……ったく、妙に考えが古いんだよ、あの男」

 

 匡近は特にとりなすつもりはなかったのだが、東洋一の面子もあるので一応の言い訳を言ってみる。

「師匠は、本心では薫に鬼殺隊に入ってもらいたくなかったんですよ。そのうち諦めて、普通のお嬢さんとしての人生を生きていってもらいたかったんでしょう…」

 

 フンと勝母は鼻をならした。

「なにが普通のお嬢さんだよ。鬼狩りしてたって、女は女でどうとでもするさ。余計なお世話だね。あたら逸材を勿体ない。まぁ、いいさ。あの()はウチで面倒みることにするよ」

 

 それは薫にとっては有り難い話に違いなかったが、匡近の顔は曇った。

 あの寺の地下洞窟で、怒りに我を忘れ修羅と化した薫を思い出すと、この先も鬼殺隊にいることが不安だった。

 制御できない負の感情は、爆発的な力を秘めているが、その分乗じられやすい。

 

「なんだい? 不満そうな顔して」

 勝母は匡近の顔を覗き込んでいる。「お前さんも、東洋一と同じかい?」

 

「はぁ…まぁ…できれば」

「馬鹿馬鹿しい。男ってのはどうしてそう、上からなんだろうね」

「上から?」

「自分達が守ってやりたいから、でしゃばるなってことだろ?」

「そういう訳じゃ…」

 ない、とも言い切れない。実弥ではないが、薫には鬼殺隊をやめても、普通の女性として一般的な生活を送っていけると思うのだ。むしろ、その方が合っているように思う。

 

 だが勝母は一蹴した。

「大きなお世話だよ。鬼狩りしてたって、惚れた男がいりゃ添い遂げりゃいいし、子供だって産みゃあいいんだ」

「え?」

「お前さんがあの子を嫁にしたけりゃ、すりゃあいい。ま、あっちが願い下げと言うんなら諦めるしかないがね」

 いきなりまったく考えになかったことを言われ、匡近は混乱した。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。何の話ですか?」

「そういうことだろ? あんた、あの娘が好きなんだろ?」

「ち、ち、違いますよ! なんでそういうことになるんですか?」

「チッ! まだるっこしいねぇ……好きなら好きと、ドンと言ぃなァ。(おとこ)だろ」

 だんだん話があらぬ方に走っていっている気がする。

 

「あの、じゃ、俺はこれで」

 匡近はそそくさと上着を羽織ると、診療室を出ていった。

 

 バタンと勢いよく閉まるドアを見て、勝母は肩をすくめると、ゆっくりお茶をすすった。

 自分で自分の気持ちを決めかている…といったところだろうか。なんとも歯痒いが、それもまた恋の習わしというものかもしれない。

 

「………若いねぇ」

 つぶやきながら、フフと笑みが浮かんだ。

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回、水曜日(2021.02.10.)更新予定です。

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