【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 元花柱・那霧勝母(四)

 その胡蝶カナエと、勝母についての話を聞いたのは、百花屋敷で厄介になるようになってから一ヶ月が過ぎた頃だった。

 

「女の育手はね、今は三人しかいないの」

 

 話しながら、律歌(りっか)は名も知らぬその小さな青紫色の花をブチブチ採っては、ザルへと入れていく。何かの薬の原料らしい。

 百花屋敷という名称に違わず、ここには花が群れるように咲いている。中には見慣れない外国からの品種もある。

 薫もまた、隣に植えられた独特の匂いのする灌木から、若い葉だけをブチブチ千切って採取していた。

 こんな日常の隙間で、律歌は薫の知らない鬼殺隊の裏事情やら昔話をよく語ってくれた。

 

「そうなんですか?」

「そう。しかも一人はもうかなりのご高齢でね、最近では弟子はとってらっしゃらないと聞くわ。水の呼吸の方なんだけど。だから実質的にはウチのおっ母様(かさま)とあと一人。この人は元々はおっ母様の弟子だった人で私の姉弟子。耳と腕をやられて、鬼殺隊を引退した後に育手になったの」

「その方も花の呼吸の遣い手なのですか?」

「うーん? 一応ね。最初は使ってたみたいだけど、キヨさん…あ、その姉弟子ね。キヨさんは私やおっ母様と違って体も小さくて力も弱くてね。随分と苦労して工夫していたようだから、最終的には花の呼吸とはちょっと違うものになってしまったのよ。あなたと一緒ね」

 

 昔からある呼吸というのは、元々男であった剣士が生み出したものであるため、それを女が極めるというのはなかなか難しい。

 花の呼吸の創出者は女で、史上初の女の柱であったという。

 

 律歌は摘んだ花をザルの中でコロコロと転がして、余計な葉などをつまんで落とした。この花は、傷などを負った時の緩和剤の原料らしい。

 

「カナエには妹がいてね。あ、会った?」

「はい。しのぶさん、でしたか?」

 

 薫のことを男と勘違いして、最初は厳しい目を向けていた女の子だ。

 確か、胡蝶しのぶと名乗っていた。

 カナエとはまた違った可愛らしい子だった。

 

「そうそう。しのぶちゃんよ。お姉ちゃんっ子でねぇ…。今はカナエの継子(つぐこ)になってるけど、元々はキヨさんの弟子だったの。あの子もホラ、わりと身体が小さいでしょ? それでおっ母様がちょうどいいだろうってことで」

「じゃあ、二人離れ離れになってしまったんですか?」

 

 それは少し、カナエはともかく、お姉ちゃん子でまだ小さかったであろう…しのぶには、不安だったことだろう。

 しかし、律歌は肩をすくめた。

 

「だって、悲鳴嶼くんが別々に育てて欲しいって、いきなり連れて来てさぁ……あ、悲鳴嶼くんっていうのは、私の同期ね。今は岩柱やってるわ」

 

 さらりとすごいことを言われたような気がしたが、律歌は気にせず続けた。

 

「二人別々に修行するのが、約束だからって。あの二人もそれで納得して、それぞれ頑張ったのよ。しのぶちゃんの方は私は知らないけど、カナエは……まぁ、すごかったわよ。見てるこっちが心配になるくらい。普段はまぁ……ちょいとばかし悪戯(いたずら)っ子だったけど、稽古となったら、あなたと同じくらい真面目で、しぶといヤツだったわね」

 律歌は薫を振り返ると、ニマッと笑った。

「きっと、柱になると思ってたら…その通りになったわ」

 つまりは律歌は胡蝶カナエの修行においても、指導を行っていたということだろう。

 

 それにしても律歌といい、そのもう一人の育手であるキヨという女性といい、現花柱である胡蝶カナエといい、勝母は相当、育手として優秀なのだろう。

 

 律歌もそう思っているようだ。それから勝母の昔話になった。

 

「おっ母様はね、突然鬼殺隊を辞めたの。しかも、私やキヨさんみたいに身体不自由につき、って訳じゃないのよ。五体満足で、まだまだやれるって時に、よ」

 なぜだと思う? と、律歌が無言で訊いてくる。

「え………?」

 

 薫は思案するが、まったく思い浮かばない。

 基本的に鬼殺隊士が辞めるのは、死ぬときか、戦闘不能なほどの状態になってしまった時だ。

 

 佐奈恵のように自分の才能の限界を感じて辞める者もいるだろうが、勝母に限って自らの才能に見切りをつけて……というのは考えにくい。もしそうなら、育手もやっていないだろう。

 

「薫、呼吸、呼吸」

 律歌が鋭く指摘する。 

「す、すいません。………わかりません」

 全集中の呼吸をしながら、若葉を選って摘んで、勝母の辞めた理由まで考えるのは難しい。

 

 律歌は同じ体勢でいるのに疲れたのか、一度大きく伸びをした。

「……出産です」

 普通に言われて、薫は最初それが答えだとわからなかった。

 

「はい?」

「おっ母様が柱を…鬼殺隊を辞めた理由は、出産です」

「……しゅっ…さん、というのは……子供を産むということですか?」

 

 あまりにびっくりしすぎて、奇妙な質問をしてしまう。

 律歌は笑った。

 

「そりゃ、そうよぉ。アハハ、かなりびっくりでしょう? そりゃ、柱合会議でいきなりそんな理由で辞めますと言われた日には、周りにおられた殿方はよっぽど魂消(たまげ)たに違いないわよねぇ。そんでもって、そんな理由で辞めるなんてことは有り得ない、信じられない! って、相当、批判されたみたい。当時の柱達からはもちろん、一般隊士からも。同じ女の隊士で、仲良くしてた人からも、軽蔑されたそうよ。『鬼殺隊に入った以上、女の幸せなど二の次だ』ーって」

 

 おそらく薫もまたその当時に鬼殺隊にいて、そんな話を聞いたら、きっと同じことを思ったに違いない。

 

 佐奈恵もまた、鬼殺隊を辞めることを考えていたが、その理由はあくまで自分の能力の限界を感じたからだ。

 笠沼との結婚はその後につけ加わっただけ。

 もし、辞める理由が笠沼との結婚であったなら、一応は祝福しつつも、勝母を批判した人間達と同じく、薫もいい顔はできなかったかもしれない……。

 

「でも、おっ母様はあの通りの図太い人ですからね。誰に何と言われようが、意に介さなかったんでしょうね。当時の御館様も笑ってお許しになったというし、なんだったら現在(いま)の御館様にお乳をあげてたらしいから。おっ母様のお子さんと年も近くて、二人でよく遊ばせてたって言ってたな」

「はぁ……」

 一応相槌を打ちながらも、薫の頭の中はすっかり混乱していた。

 

 御館様という人がいることは、一応、薫も東洋一(とよいち)から聞いて知っている。だが、一介の隊士には遠すぎる人であった。

 柱もそうだが、現場の隊士にとってはどこか抽象的な存在で、実在しているのかも時々わからなくなる。会ったことも、見たこともないのだから。

 

 それに子供を持つ、ということがまったく別世界の出来事で、どう返答すればいいのかわからなかった。

 

 薫の戸惑いを知ってか知らずか、律歌はまだ楽しそうに話を続けた。

 

「おっ母様のご主人は、博士号も持ってたぐらい頭のいいお医者様でねぇ。大学でなんかいろいろ研究をしていた先生でね。元は漢方薬を扱う問屋の三男坊だったらしいんだけど。元々花柱っていうのは、鬼に対する薬の研究をしていたのもあって、色々と教えてもらったりしてたみたいでねぇ……」

 

「――――何をベラベラとくっ(ちゃべ)ってんだい?」

 

 いきなり鋭い声が会話を打ち切った。

 律歌はあちゃーと、顔を顰めてみせた。

 

「まったくお前は、昔から喋りだしたら止まらなくなるんだから!」

 勝母は腰に手を当てて律歌を睨みつける。

「っとに……さっさと煮出して、抽出作業しな! 残りが少ないんだから」

 

「はーい」

 律歌はザルをかかえて、ひょこひょこと小走りに去って行く。

 

 勝母は佇んだままの薫を静かに見つめた。

「――――なんだい? 何か聞きたそうだね?」

「いえ……」

 

 否定しながらも、実のところ律歌の話を聞きながら、さっきから気になっていた。

 

 結婚もし、子宝にも恵まれたのなら、どうして勝母は一人なのだろう?

 この屋敷には家族というものの痕跡がない。子供は大きくなって家を出たとしても……大学の先生だっという夫はどこにいるのだろう?

 

「今、聞かなかったら、もう答えないよ」

 勝母は微笑んで言った。「私の旦那と息子の事が気になるんだろう?」

 薫はためらいながらも「はい」と頷く。

 

「死んださ」

 勝母は軽く言った。「麻疹(はしか)でね。二人ともほぼ一緒に逝っちまった」

 

 鬼に殺されずとも、理不尽な死はある。どこにでも。いや、そもそも生き残った人間にとって、納得できる死の有様(ありよう)などあるのだろうか。

 

「…………」

 言葉が出てこない薫の頭を、勝母はヨシヨシと押さえるように撫でた。

 

「アンタ達を子供の代わりにしてるわけじゃあないが、一人でいたらおかしくなっちまったろうからね。先代の御館様も気にかけて、育手になるよう勧めて下さったのさ。今じゃ、あのジャジャ馬でも、話し相手にはなる」

 

「あの……」

 薫は頭の中でなんとか言葉を探し回った。

「私、ここにずっとはいれないと思いますけど、担当はこの辺りなので……ちょくちょく寄せてもらうと思います」

 

 勝母はまじまじと薫を見つめ、ハッハッハッと豪快に笑った。

「そんなに怪我して来られてちゃ困るよ。修行なら、手伝ってやるさ」

「ハイ!」

 それならば、薫にとっても望むところだ。

 

「行くよ」

 勝母は先に立って歩き出す。夕暮れの太陽に向かうその姿の、長い影が薫の足下まで伸びた。

 

 この人が柱であった時、この背に一体何人の人が守られてきたのだろうか……。

 

 勝母の右目は視力がない。鬼との戦闘の末、失ったのだという。

 だが、それからも任務を遂行し、数多(あまた)の鬼を屠った。

 あの白濁した目で睨み据えられ、恐怖した鬼がどれだけいたろうか。

 

 柱というものの凄み。圧倒する存在力。

 彼らは最初から選ばれし者なのだろうか? それとも果てぬ修練の末に身につけられるのだろうか…?

 

 後者であったとしても、その道は果てしなく遠く思われた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回は土曜日(2021.02.20.)更新予定です。

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