【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

70 / 247
第七章 自覚(八)

「ハイよ。ご苦労さん」

 勝母(かつも)はそう言って、実弥の腕から針を抜いた。すぐさま用意していた酒精綿を刺していた場所に貼り付ける。

 

「助かったよ。この男も運がいい…。たまたまアンタがこっちにいたなんてねぇ」

 

 実弥の隣の布団には、包帯でぐるぐる巻きにされた、傷だらけの隊士が、様々な輸液を点滴されながら、横たわっていた。

 鬼の討伐中に瀕死の重傷を負って勝母の元へと運ばれたのだが、ちょうど向かう途中で、こちらは難なく任務を果たした実弥に遭遇し、一緒に来てくれたのだ。

 

「終わったんなら、俺は帰る」

 起き上がって帰り支度を始める実弥に、勝母は一喝した。

「馬鹿お言い! あんな大量に輸血して、まともに歩けるもんかね。歩けたとしても、途中でへばって逆戻りになるだけさ。今日はしっかり臓物の煮込み食べて、ちゃんと寝て、血を造りな!」

 

 臓物の煮込み……という言葉に実弥はウンザリした。

 

 東京の蝶屋敷でもそうだが、実弥の稀血は相当貴重なものらしく、鬼に対する新しい薬の材料だったり、今回のような重傷者の輸血要員として、しばしば呼ばれた。

 特に輸血は、基本的には患者と献血者の血の型が合っていないと、劇烈な拒絶症状を引き起こすこともあるらしいのだが、実弥の血は誰のどの身体に注入しても拒絶反応が起きない。

 これは非常に稀なことで、この事こそが稀血であるという所以(ゆえん)なのかもしれない……と、勝母などは考察していたが、実際のところ、どうしてなのかは不明だった。

 

 いずれにしろ、ただ寝たままでいるというこの状態だけでも、実弥にとっては苦痛なのだが、その上(くだん)の『臓物の煮込み』というのが、本当に…本当に勘弁してほしいくらいに、不味(まず)い。

 

「いつもありがとね」

と、東京の蝶屋敷でも、胡蝶カナエがにっこり笑って出してくるのだが、感謝のわりには、あまりありがたくない馳走だった。造血の為とはいえ、もう少しどうにかならないのか……? 

 

 げんなりした実弥の前に、例の『臓物の煮込み』が姿を現す。

 生臭いにおいがまた、食欲を減退させる―――――のが、常だったのだが……?

 

 おかしなことに、いつもは鼻をつまんで食べていたはずの『臓物の煮込み』が、妙にいい匂いをさせている。味噌の香ばしいにおいだ。

 

 いつもは白い皿に濁った血のようなスープ、その中に臓物であろうという姿そのままに気味悪い肉片が浮いていた。

 しかし今、目の前にある緑釉の器に盛られたそれは、まるで別物。

 赤味噌で照りがつくまでくたくたに煮込まれた臓物と、大根や人参、こんにゃく。上には白髪ネギがふんわり盛られ、七味がかかっている。

 信じられないことに――――うまそうに見える。

 

「おいしそうでしょ?」

 運んできた律歌(りつか)がニンマリ笑った。「先生にご教授いただいたのよ」

「先生?」

「料理のね。彼女が育手のところにいる時に、近所のお婆ちゃんに教わったんですって」

「……?」

「まぁ、食べなさいよ。ごはんが進むわよぉ」

 そう言うと、律歌は重傷隊士の方に輸液の交換に向かった。

 

 実弥はそれでもやや警戒しつつ、その『臓物の煮込み』に箸をつけた。ほんの少しだけつまんで口に入れると、確かに味噌が濃くて、こってりとした甘辛の、ご飯が食べたくなる味だ。

 ようやく、まともな料理になった気がする。

 

 きれいに平らげると、空の器を取りに来た律歌が「お、完食~」と嬉しそうに言う。

 

「前は吐きそうな顔して食べてたのに~」

「やめろ。思い出す」

「ハハハハ! いやぁ、アレは不味かったよねぇ…。私もこの前、違う隊士の子に輸血することがあってさ。その後で食べなきゃいけなくってぇ、その時に作ってもらったのよ。もう、おいしいのなんのってさァ……。同じ食材使ってるのに、ここまでおいしくなるのかって、びっくりしちゃったぁ」

 

 血液の型さえ合えば、同型の人間がいれば輸血を行える。そのため、鬼殺隊士の中でも献血者となる人間はたまにいた。ただ、同定する検査に時間がかかるため、危急の時には実弥の血は非常に重宝されるのだ。

 

 どちらにしろ輸血後、造血のために食べることを強要される『臓物の煮込み』は、一部の献血者の間で、伝説的な不味さとして知れ渡り、それは隊内における不確定な噂となり、輸血という行為をのものを忌み嫌う人間は多かった。

 が、今後は改善されるだろう。

 

 律歌は机の上にあった夕食のお盆を片付けると、今度は煎じ薬の入った急須を置いた。こちらは相変わらず、漢方薬特有の臭いが漂っていた。

 とぽとぽと湯呑に入れて、はい、と目の前に差し出される。

 これも造血と、抗炎症薬らしい。

 

 実弥は受け取ると、思い切り眉間に皺を寄せながら、その茶色とも緑とも黄色ともいえぬ、見るからに気味悪い色のお茶を見つめた。

 

「そういや不死川。アンタ、篠宮先生のとこだったよね?」

 飲むのを躊躇(ためら)う実弥に、律歌が尋ねてくる。「あぁ」と実弥は頷くと、ゴクリと一口含む。

 苦さと、酸っぱさ。その後からくる、ツンと鼻に抜けていく刺激。

 わさびでも入っているのか、これは。

 心の中で悪態をつきながらも、また一口、口に含む。

 

 律歌は実弥の返事を聞くと、パンと手を打った。

「じゃあ薫と一緒ね」

 いきなりその名前が出てきて、ゴフッと実弥は噴き出した。

 

「わっ! ちょっとォ、なにしてんのよー! 勿体ない」

「………なんて?」

「勿体ないでしょー! これ作るの大変なのよぉ!!」

 

 言いながら律歌は手拭いを取り出すと、こぼれた薬湯を拭き取る。

 実弥は湯呑を机の上に置いた。

 

房前(ふささき)、アンタなんで知ってる?」

「なにが?」

「………森野辺薫のことだ」

「へ? 薫? あぁ、今ここにいるのよ」

 

 ドクン、と心臓が飛び上がったのかと思えるほどに、大きく拍動する。

 かすり傷程度なら、自分で常備してある薬で治すのが隊士の常である。ここに来るということは、よほどの重傷者だ。

 

 笠沼のことで道場を訪れた後にやられたのだろうか…?

 あの時、ひどく打ちのめされていたようだった。

 それで気が逸れて集中できなかったのか…?

 

 実弥の心配を知らず、律歌が次に口にしたのは、その笠沼と仲の良かった女隊士の名前だった。

 

「日村佐奈恵って、覚えてる? この前、亡くなってしまったんだけど……。その時に一緒の任務にあたってたのが薫でね。肋骨骨折と毒による麻痺と全身の裂傷で運ばれてきたのよ」

「………それ、いつだ?」

「えぇと…もう三ヶ月くらいになるかなー?」

「………ハァァ?」

 ホッとなった途端に、実弥はあきれ半分、苛立ち半分に怒鳴りつけた。

 

「三ヶ月もかかってんのかァ? ――――チッ、トロくせぇ」

「うーわ、ひっど。そこまで言う?」

「……ぅるせェ。だいたいアイツ、この前大阪に来てたぞ。ピンピンしてたじゃねぇか」

「なんだ、会ってんじゃないの」

「………会ってねェ。見ただけだ」

「見たなら声かけりゃいいじゃない」

 律歌が首をひねると、実弥は無言になり、机に置いてある湯呑をとって一気に呷った。

 虫酸の走る不味さが全身に駆け巡る。

 

「薫はねぇ、今、常中の修行中なのよ。だからおっ母様が任務は止めてもらってるの」

「常中? あんなモン、勝手に出来るようになるだろォが」

「……今のアンタの言葉で、篠宮先生の教育方針がよくわかったわ」

 律歌は軽く溜息をつく。

 勝母が案じていたように、篠宮東洋一という人は天才型の剣士だったため、おそらく凡人向けの教練が不得手なのだろう。

 

「だいたいそんなモン、覚えさせる必要はねェ。アイツはもうすぐ鬼殺隊を辞める」

 実弥がムスッとした表情で言うと、律歌は目を剥いた。

「はぁ? なにそれ? 聞いてないけど!?」

「知るか。二年もやってて常中ができねェんなら、素質がねェんだよ。だから辞めさせる」

「なんでアンタが決めるのよ。薫はそんなこと一言も言ってないわよ?」

「うるせェ!」

 

「―――――なんだい、うるさいね」

 怒鳴り声を聞きつけた勝母がフラリと現れる。

 

「律歌。島津くんの手当頼むよ」

 勝母が指示すると、律歌は不承不承を満面にして部屋から出て行った。

 

 急須の薬湯を湯呑に注ぎ、勝母は実弥に差し出した。

「全部、()みな」

 実弥は受け取ると、また渋面で飲み下した。

 

「やれやれ……薫はどんなに苦い薬も、平気な顔して服んでたよ」

 実弥は湯呑を持ったまま、しばらく黙りこくった。

 勝母が静かに様子を見ていると、やがて神妙な顔をして正座し、顔を上げて向き合う。

 

「………勝母刀自(とじ)

 いつになく殊勝な様子で、敬称をつけて呼ぶ実弥に、勝母はフンと鼻を鳴らす。

 

「まともな言葉も話せるんだね、悪たれ坊主。クソ婆ァといつも悪態ついてるくせに」

「頼みがある」

「………言ってみな」

「アンタ、本部にも意見が言えるんだろう? アイツを……森野辺薫を鬼殺隊から除隊するように、言ってくれないか?」

 

 勝母は実弥を凝視した。

 初めて会った時から、この目だけは好感が持てた。嘘をつけない、不器用な男の目だ。

 フッと目を伏せて、勝母は問うた。

 

「どうして? あの子は優秀だよ。本部も目をかけてる。今回は危なかったが、結果的には鬼は征伐できたし、階級も上がったろうよ。今後は、下位の隊士達じゃ歯の立たない鬼の討伐に回されるだろうから、そう簡単に今までのようには昇級できないだろうがね」

 

 それはつまり、それだけ危険度も増すということだ。

 実弥はギリと奥歯を軋ませる。

 

「……アイツは鬼狩りには向いてねェ」

 つぶやくように言うと、勝母「あぁ、そうだね」とあっさり認めた。

「あの子は自棄になる質があるからねぇ。そこんところがどうにも不安だ。まぁ、それも含めて本部には今後のことを頼むつもりだよ」

 

「今後って……辞めさせねェのかよ!」

「なんだって辞めさせなきゃいけないのさ? だいたい、鬼狩りに向いてないなんて言うなら、坊主、アンタだって向いてないさ」

 唐突に自分を槍玉にあげられ、実弥はギロリと勝母を睨みつけた。

 

「…フザけんな、婆ァ。俺のどこが向いてねェってんだ」

「さぁね。自分で考えな」

 勝母は立ち上がると、縁側に出てから振り返る。

 

「悪たれ坊主、アンタが薫のことを気にかけているのはよくわかったがね、今日は会えないよ。薫は今、風邪を引いてるからね。免疫の落ちたアンタに伝染(うつ)るといけない。今回は我慢しな」

「ッ……誰が会いたいなんっ()ったァ? こンのクソ婆ァッ!」

「そう言ってるようにしか聞こえないんだよ、クソ餓鬼(ガキ)が」

 

 ペシリと障子を閉めると、勝母はスタスタと廊下を歩いていく。

 庭を隔てて向こうの棟で薫は寝ているのだが、聞こえたろうか?

 

 庭に植えられた木々の間から仄かに見える薫の部屋の明りを勝母は見つめた。

 

----------------

 

 カナエが東京に戻る時に、例の悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべて教えてくれた。

「大丈夫ですよ、おっ母様。薫には好きな人はちゃあんといますから」

「そうなのかい?」

「えぇ」

「誰だい? お前、知ってるんだろう」

「おっ母様もお気に入りの悪たれ小僧です」

「んん?」

「不死川くんですよ」

 

----------------

 

 カナエの言うことなので、あるいは冗談かとも思ったのだが、どうやら本当らしい。

 東洋一からの手紙によれば、鬼殺隊に入る以前からの知り合いらしく、単なる兄妹弟子という関係性でもないようだ。

 

 年長者としての気持ちを率直に言うなら、薫には『やめとけ』と言いたかった。

 天邪鬼だし、口も悪いし、抱えるトラウマも重い。

 こういう男は、遊郭(さと)の一夜妻が相手するくらいが一番いいのだ。下手に触れれば、痛い目に遭う。

 

 とはいっても、こればかりは他人の意見などそれこそ馬に蹴られるだけだろう。

 その上、どうやら悪たれ坊主の方も、薫に対して相当に思い入れはあるのだ。でもってそれを認めることは決してしないあたり、面倒なこと此の上もない。

 

 知らず知らず、溜息がもれる。

「やれやれ……前途多難だ……」

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回は2021.03.20.土曜日更新予定です。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。