【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第一章 鬼殺の人々(ニ)

「ええい、面倒な鬼狩り共めが……!」

 鬼は薫達の姿を見た途端、ギリギリと歯軋りし、恨みのこもった眼差しを向けた。

 

 その鬼は長い時間、四国の地で虐殺を繰り返していたらしい。

 今まで知られずにいたのは、山深い小さな村を襲い、村人すべてを喰っていたから。

 そうして一村まるごと喰い尽くすと、洞窟の奥底へと潜み、また別の土地へと向かう。

 山間に住む杣人(そまびと)や、山々を渡る猟師の間に細々と伝わる噂話を聞きつけ、鬼殺隊の人間が誰もいなくなった村に着いた時には、鬼のいた痕跡すらも曖昧で、記録にもほとんど残らない。

 

 そうして今まで、鬼殺隊からの追跡を逃れて、生き延びてきたのだろう。

 おそらくは数百の人間を食べてきた老獪な鬼である。

 

 肩まで伸びた白髪頭の頭頂部からは一本角。白目のない、まるで紅玉のような目。

 真っ白な肌に大小の青い斑点が左右対称に顔にも腕にも足にもある。

 何より特徴的なのがナマズのように、鼻の下から二本伸びた長い白髭。ゆらゆらと、触手のように蠢いている。――――嫌な感じだ…。

 

「あまり間合いを詰めては駄目!」

 薫は真っ向から行こうとする翔太郎に呼びかける。

 翔太郎はあわてて止まると同時に鬼の攻撃を躱すために、技を使った。

 

 風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹

 

 鬼の手を斬り裂いたが、鬼にとっては紙で指を切ったのと変わらなかったろう。

 薫は冷静に見て、翔太郎がまだ実弥や匡近の域まで到底及んでいないことを理解した。斬撃の強さの度合いがまるで違う。技が未熟というよりも、力不足だ。膂力が足りてない。

 技の勢いを使って、翔太郎は後ろへと一回転して間合いをとり、体勢を整えた。

 

 薫は素早く周囲を見回す。

 無人となった集落。粗末な茅葺きの家が点在している。

 鬼が立っているのは集落のほぼ中心にある、おそらくはこの村の統治者の家の前だった。

 一番しっかりとした造りの家だったが、それでもこの数ヶ月の間に無人となった家屋には、様々な動物が入り込んで荒らし、風雨にさらされた縁側は腐って穴が空いていた。

 月の光に照らされた庭は雑草が茂り、家人のいる間は丹精されていたであろう梅の花が根本から抉り折られて枯れている…。

 

 鬼がユラリと動いたと同時に薫は跳躍した。鬼の背後にあるその平屋建ての家の屋根に飛び乗り、その場から大声で指示する。

 

「四方から挟み撃ちにする。哲次さんは東、秋子さんは西、翔太郎くんは後ろに下がって、間合いをとって」

 秋子達はその場から散った。鬼が彼らに攻撃しようとする前に薫は技を放つ。

 

 鳥の呼吸 肆ノ型・改 双環狭扼(そうかんきょうやく)

 

 ヒュウゥッ、と二刀を振ると空気が唸って、二つの円環が鬼の首に絡みつく。素早く締め上げて、ボタリとあっけなく鬼の首は落ちた。

 

「そのまま動かないで!」

 駆け寄ってこようとする翔太郎に叫ぶと、薫は眉をひそめて屋根から飛び降りた。

 

 鬼の首が転がっている。だが……煙とともに消えない。胴体も頭も、塵と消えず、乾いた地面の上に転がっているだけ。

 薫も誰も、緊張を解かなかった。

 

 果たしてまもなく、鬼の哄笑が響く。

「グワハッハハハハ!!! 鬱陶しい鬼狩り共め。我が術にて贄となるがいい」

 

 薫の周囲の地面に罅が入り、ボコボコと土が動く。

 さっき薫が首をとった鬼とそっくりの鬼が数十体、地面を割って現れた。

 

「………分身か」

 薫はつぶやいて、刀を構え直す。

 あっという間に周囲が鬼だらけになっていた。

 

「オラアァァッ!」

 哲次の気合が響いた。

 薫だけでなく、四方に散った秋子らにも鬼の分身が襲いかかっている。

 援護に向かおうにも、まずは自分の周囲にいる鬼を倒さねばならない。

 

「ギイィィィ……」

 長く伸びた爪で切りつけようとしてくる鬼の首を、薫はすぐさま薙ぎ払った。 

 だがすぐに次の鬼達が間断なく襲いかかってくる。

 

 鳥の呼吸 弐ノ型 破突連擲(はとつれんちゃく)

 

 攻撃してきた四体の鬼に素早い突き攻撃を行い、動きを止めると同時に、横に薙ぎ払って首を一気に落とす。

 次に攻撃してきた鬼二体も、爪を躱しつつ、くるくると回転しながら首を落とした。次々に襲撃してくる鬼を、ひらひらと避けつつ二刀を素早く振るって斬り落としていく。

 

 とりあえず自分の周囲にいた鬼を全て斬り倒して、再び屋根の上へと跳躍した。

 その場から素早く秋子らの状況を確認する。

 それぞれに対応しているが、この鬼の多さに体力が()つかが心配だった。

 

 寝不足で疲れているだろう。

 四国に着いてから、鴉の先導で鬼が出現するらしい場所を回って三日間。

 ほとんどが過疎か、無人の村で、野宿が続き、食料も十分でなかった。

 一度、町に戻って食料を確保しようと話して野営していたところに、鬼が現れたと鴉が告げてきたのだ。

 

 薫は再び地面に降り立つと、一番体力の損耗が激しい秋子の元へと向かう。

 駆けながら、スゥゥゥゥと深い呼吸を始める。

 集中を研ぎ澄ますほどに、体内を流れる血が熱く、脈拍が早くなる。

 

 鳥の呼吸 陸ノ型 迦楼羅千翔(かるらせんしょう)

 

 強く土を踏み込むと同時、砂埃が舞い上がる。

 

 秋子は呆気にとられた。

 渦巻いた砂塵がこっちに向ってきたと思ったら、中から飛び出した薫が、両手の刀を振るうと同時に、無数のかまいたちのような斬撃が鬼達を斬り裂いた。

 

 秋子が相手していた十体の鬼が、土の上にドタドタと(なます)のように切り刻まれて落ちた。

「あとは…」

 残るは二体。

 短く言って、薫は翔太郎の方へと向かう。秋子はグッと奥歯を噛みしめて、呼吸を深める。

 

 水の呼吸 肆ノ型 打ち潮

 

 秋子が二体の分身の鬼を斬った頃、翔太郎は薫に怒鳴られていた。

「落ち着きなさい、翔太郎くん!」

 あまりに多い数の鬼に焦って、遮二無二刀を振り回し、型が乱れ、もはや呼吸の技としての体をなしていない。

 

 瞬く間に四体の鬼の首を斬った後に、薫はドスッと翔太郎の腹を柄で突く。

「呼吸! 基本ッ」

「はっ、ハイ!」

 翔太郎はあわてて全集中の呼吸を思い出し、肺へと空気を送り込む。

 

 風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹

 

 暴風が巻き起こり、翔太郎の周辺にいた鬼達が切り裂かれる。

 首の残った鬼がまだ攻撃してくるのを、翔太郎は今度は冷静に、確実に首をとっていく。

 

 その頃には薫は哲次の方へと向かっていたが、辿り着く頃には哲次は自分に攻撃していた全ての分身の鬼を葬っていた。

 

「………本体は?」

 近づいてきた薫に、哲次は息も切れ切れに問うた。

 

 連続して呼吸を遣うと、通常の人間ならばその負荷に肺も心臓も耐えきれない。

 いかに修行し、実戦において鬼と戦う(すべ)を身につけた鬼殺隊士であっても、個々人の能力においてその差は歴然と現れる。

 

「………」

 薫は答えず、油断なく辺りを窺う。隠れている。おそらくは……

 息を吸いこみ、伍ノ型を発動させようとした刹那に、土の中から白い細長いモノが飛び出して、哲次の首と右腕に巻き付いた。

 

「うああぁぁぁっっ!」

 締め上げられて、哲次が悲鳴を上げる。

 

 メキメキメキっと土が割れ、とうとう本体の鬼が地表へと現れた。

 最初に気になったあの白く長い髭が伸びて、哲次の腕と首をへし折ろうと絡みついている。

 

「…恨ミ深キ鬼狩リ共メガ……我ニ向コウテ屍ヲ重ネルカ………」

 

 その声はもはや人としてのそれではなかった。地の果ての底から響き渡るかのような、不気味な、抑揚のない声。

 

 薫は鬼の正面に立つと、再び息を深く吸いこみ、集中を研ぎ澄ます。

 この瞬間、身の毛がよだつ。それは恐怖にではない。自らの行使しようとする力への昂揚。

 高く―――――飛び上がる。

 

 鳥の呼吸 壱ノ型 鷹隼空斬(ようしゅんくうざん)

 

 その時、秋子は駆けつけながら呼吸を整え、哲次に絡みつく髭を技で断ち切る。

 

 水の呼吸 弐ノ型 水車

 

 翔太郎は薫が地面を蹴って跳躍したと同時に、鬼が空中から落下する薫を捕らえようと伸ばした腕に技を当てる。

 

 風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風

 

 ―――――全てのことは秒単位で行われた。

 

 ザンッ! と薫の刀が鬼の首を刎ねた。

 

 鬼の断末魔の咆哮が、無人となった集落の中で響き渡る。

 

「…鬼狩リ…共…メ……イズレ……死ヌ………死ネ……」

 怨嗟を口にしながら、鬼は灰となって消えていく。

 薫は無表情にその姿を見ていたが、後ろで翔太郎が「わっ!」と声を上げた。

 

「なんだ、これ? こけし……?」

 辺りを見回すと、無数の木彫りのこけしが、胴と頭を寸断されて転がっていた。

 

「これ……分身の正体?」

 秋子が転がっていた頭を一つを手に取る。

 古くなって木がもろくなっていたのか、ボロボロと落ちていく。

 

「こけしを血鬼術で自分の分身にして戦ってたのか…? ……()っ! クソッ! ヒビいってんな、これ」

 哲次は舌打ちしながら、右手の甲を押さえた。

 どうやら先程の鬼の髭で締め上げられた時に、骨を損傷したらしい。

 ポケットから手拭いを取り出して巻こうとするが、片手では上手く出来ない。

 

「下手クソやなぁ…」

 秋子は適当な板切れを拾ってきて、副木(そえぎ)をすると、哲次の手にスルスルと手拭いを巻きつけた。

「アンタ、しばらくは刀持てんな」

「チッ! またか」

 

 哲次は舌打ちした。また、しばらく休まなければならない。

 任務に行けないと、階級は上がらない。

 ただでさえ後輩に抜かれているのに、ますます焦りがつのる。

 

 薫は鬼が消失した後、地面に残されていた着物の間から何かが見えて、拾い上げた。

 黒く汚れた、手のひらよりやや大きいぐらいの、これまた『こけし』だった。

 だが分身の鬼にはならなかったのか、ちゃんと頭はくっついている。

 すっかり汚れてほとんど顔もわからなくなっていたが、胴に墨で何か文字が書かれてあった。辛うじて『イト』と片仮名で書かれているのだけが読めた。

 

 この鬼の形見だろうか?

 そんな事を考えていると、哲次がぶっきらぼうに言った。

「妙な同情するもんじゃねぇよ」

 薫はこけしを手にしたまま、哲次を見た。

 

「鬼が可哀相とでも言うんじゃねぇだろうな、花柱みたいに」

「カナエさんが?」

「……他の野郎はどうか知らねぇが、俺ァあの人は好きになれねぇ。鬼に同情するなんぞ、信じられねぇよ。しかも柱だってのに」

 哲次は苦虫を噛み潰したかのように話す。

 

「鬼に同情? そんな人もいるんですね。俺、鬼殺隊に入る人ってたいがい身内を鬼に殺されて、皆、鬼には恨み骨髄~って感じだと思ってましたよ」

 翔太郎が軽い調子で言うのを、哲次はギロリと睨みつけた。

「そういうテメェはどうなんだよ? 先祖が風柱だから入ってきた…ってか?」

「うーん?」

 翔太郎は上を見上げて考え込む。

 

「俺は……小さい時から父上に繰り返し言われてて……『お前はきっと強くなるだろうから、隊士になって頑張れ』って。だから、なるのが当たり前みたいに思ってました」

「フン! 坊っちゃんが!」

「もう…哲次さんってばさー…戦闘は終わったんですから、気を落ち着かせてくださいよ。ほんっと、血の気が多いからカッカッして……」

「うるせぇ! ったく…所詮は身内を殺されたこともない人間なんぞ、鬼に同情したり、テメェみたいにのんびりしたこと抜かしてやがんだ!」

「ひどいなぁ……一応、殺されてますよ。お祖父(じじ)様は」

「テメェの爺さん、柱だったんだろうが! そんなもん、ある程度当然だろ! お前だって、全然悔しそうじゃねぇだろうがッ」

「そりゃー……だって、会ったことないんですもん」

 怒りっぽくなっている哲次に対して、翔太郎はあくまでも飄々としていた。

 

 ふと、薫は少し離れた場所で、鴉に任務完了の紐を括りつけている秋子を見た。

 空へと飛び立つ姿を追って、見つめている。

 その表情はどこか固かった。

 

「秋子さん? どうしたの?」

 薫が隣に行って尋ねると、秋子はハッとして振り向く。

「あ……いや、えと……花柱って……綺麗なだけやのうて、優しいんやなーって」

 

「ハァ?! どこが優しいってんだ! あんなモン、偽善だ、偽善」

 地獄耳の哲次はやはり戦闘直後で気が立っているのか、いつもよりも少し小さな秋子の声にすら怒鳴りつける。普段はこれで秋子がやり返すのが常だったが、その時は何も言わず押し黙った。

 

「もー、哲次さんってば八つ当たりだよー」

 翔太郎はその微妙な空気には気付かず、のんびりと腕を後ろで組んで、戦闘で強張った筋肉をほぐしながら、薫に問いかける。

 

「薫さんもそう思います?」

「え?」

「花柱が鬼に同情するのは、偽善ですかね?」

「さぁ……」

 正直なところ、薫にも鬼に同情するなんていう心情は理解し難いものだった。だが、カナエにはカナエなりの理由があるのだろう。それを聞かずに(なじ)ることは出来なかった。

 

 とりあえず薫に答えられるのは一つだけだ。

「………私は、違いますよ」

 

 言うなり、薫はそのこけしを空中に投げて、落ちていくこけしの首と胴を真っ二つに切り捨てた。

 そのまま二つが同時に地面に落ちて砕け散る。

 もはやこけしという姿も想像できぬ木屑と成り果てたそれを、薫は鬼を斬った時と同じように無表情に見ていた。

 冷徹にもみえる面に、憐憫など微塵もない。

 

「帰投します」

 短く伝えて、薫は歩き始めた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回更新は2021.04.07.水曜日の予定です。

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