【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖> 作:水奈川葵
四月になり、薫は一年ぶりに東京に向かった。
去年に引き続き、墓参りができるだけ有難い。
ただ、今年は関東方面での仕事が一件だけ入っていた。
「人使い荒いですよねー、本部も。こっちに来るついでに鬼狩りしろってさー。これじゃ休暇じゃないよォ」
口をとがらせて言う翔太郎に、薫は微笑んだ。
「信頼されて、任されているのよ」
偶然、同時期に休暇願いを出して、実家に帰省予定だった翔太郎と一緒に、任務に当たることになっていた。
いつもなら一人の道中が、翔太郎のお陰でにぎやかだった。
翔太郎は前に道場を訪れた実弥達によほど関心があるらしく、根掘り葉掘り訊いてくる。それも主に実弥のことを。
あの時、薫と行った立合がよほどに衝撃的だったのだろう。
「それじゃあ、不死川さんって、篠宮先生とこに弟子入して、一年もしないで最終選別に行って合格してるってことですか?」
「そうみたいよ。先生も、不死川さんには期待しているみたい」
「……柱ってことですか?」
「さぁ…? それは特には言われてないけど」
翔太郎は少し考え込んで、すぐに別の話を持ち出す。
「不死川さんを鬼殺隊に連れてきたのは粂野さんだって、聞いたんですけど?」
「ええ、そうみたいね。たまたま匡近さんが、鬼に襲われそうになっていた不死川さんを助けたみたいで…」
翔太郎の
「あの、一つ訊いていいですか?」
「なに?」
「なんで、不死川さんは不死川さんなのに、粂野さんは匡近さん、なんですか?」
薫はきょとんとしてから、「あぁ」と頬を緩めた。
「そういえば、そうね。注意されたんだけど……どうしてかしら? 匡近さん、って呼びたくなったの。兄弟子だし、本当は敬意を払うべきなんでしょうけど……本当に、お兄さんだったら良かったのになぁって」
「お兄さん?」
「そう。だって、優しいし、頼りがいもあるし。ああいう人がお兄さんだったら、良かったと思わない?」
「……はぁ、まぁ」
「不死川さんは、本人から名前で呼ぶなって怒られたから。でも、匡近さんと話している時は実弥さんって言ってしまうわね。匡近さんが『実弥』って呼ぶから、つられてしまって」
楽しげに笑う薫に、翔太郎はその後、少しだけ無口になった。
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東京に着くと、すぐに鴉の案内で任務にとりかかる。
鬼の居場所はすぐに知れた。
血鬼術も使えない、まだ鬼になってからの日数は浅いと思われる鬼だったが、非常にすばしこい。
薫が突き技で足止めさせている間に、翔太郎が首をとった。特に打ち合わせをしたわけでもないが、見事に連携できた。
翔太郎は最近、みるみる強くなってきている。
薫が以前に筋力が足りないことを指摘すると、すぐさま工夫して筋肉増強をはかり、その後は以前に比べ、格段に技の威力が増すようになった。
「翔太郎くんは稽古熱心だから、すぐに追い抜かされそうね」
薫がそう言ってニッコリ笑うと、翔太郎は素直に喜んだ。
「いやー。目標が出来たんで」
「目標?」
「そうです。俺、風柱になります。絶対」
翔太郎は本気で言ったが、薫はそれを翔太郎なりの己への鼓舞だと受け取った。
「そう。頑張ってね。それじゃあ――――」
道辻で別れようとした薫に、翔太郎があわてて声をかけた。
「薫さん、この後どうされるんですか?」
「今日は適当な宿屋を探して寝るだけよ。明日に墓参りを済ませて、発つつもり」
「じゃあ、ウチに来たらいいですよ! 宿の布団よりは柔らかいし、虫もいないですから、かまれて痒くなることもないですよ」
「え? ……それは、悪いわ」
「いや。実はもう母上に言ってあるんです。たぶん支度して待ってると思うんで」
翔太郎は用意周到だった。
薫との東京行きが決まってから、鴉を飛ばして、実家に連絡をとっていたのだ。
薫は迷った。
いきなり後輩の家にお邪魔するのは気が引けるが、既に準備してくれているのかと思うと、申し出を断るのも悪い気がしてきた。
その上、翔太郎は薫の向学心をくすぐることも言い添えてくる。
「あの、前にも言ったと思うんですけど、俺の家、元は風柱の家系だったじゃないですか? だから蔵になんか昔の書付とか、本とか…あるんじゃないかなー…っていう。まぁ、薫さんの興味があれば……ですけど」
こう言えば薫がきっと食いついてくるだろうという翔太郎の読みどおり、薫はおずおずと「じゃあ、お邪魔してもいいかしら」と尋ねてきた。
無論、翔太郎はニッコリと笑った。
「もちろんです!」
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風見家に向かう前に、翔太郎は寄っていきたい所があると言った。
「煉獄家にね。俺、ちょっと借りがあるんで。薫さんも、見てみたいでしょ? 炎柱の家」
「見てみたい…って、見世物じゃないでしょう」
「アハハ。まぁ、そうなんですけど」
言いながら翔太郎は弾むように歩いていく。弟子入りのために出て行って以来の帰郷らしい。よほどに嬉しいのだろう。
その煉獄家へと向かいながら、そういえば…と思い出したことがあった。
宝耳が鬼殺隊に引き入れた娘―――――甘露寺蜜璃が、確か煉獄家で修行中なのだ。宝耳の話では薫のことを男と誤解しているのだという。
「翔太郎くんは、甘露寺さんという人を知っている?」
「甘露寺? 誰ですか?」
「今から向かう煉獄家で修行をしていると聞いたのだけど」
翔太郎は途端に眉を寄せた。
「修行? ……なんですか? 薫さんの知り合いか何か、ですか?」
「えぇ、そうね。以前に会ったことがあって」
「………男ですか?」
「え? いいえ。女の子よ。とても可愛い子」
女の子、という返事をきいた途端、翔太郎の険しい顔つきが一気に綻んだ。
「なんだぁ、そうですか。女の弟子なんて取ってるんだ、炎柱」
「あ、炎柱が直々にというわけではなくて、その息子さんに師事していると聞いたけど」
「へぇ、杏寿郎さんがですか? ふん、ま、そうなるか。あの人変わってるけど、教えるのは上手いですよ。駄目なところははっきり駄目って言ってくれるし、いい所はものすごく褒めてくれるし」
「翔太郎くんも教わったの?」
「そうっすねー。子供の頃ですけど。俺の家は素振りもさせてもらえなかったから……」
「え?」
「あ、いたいた。おーい、千寿郎ー!」
翔太郎はブンブンと手を振りながら、門前の掃き掃除をしている男の子に駆け寄って行った。
呼ばれた男の子は、びっくりしながら顔を上げ、翔太郎だと気付くとパアッと笑顔になる。
「ショータくん! 帰ってきたの!?」
「まぁなー。っつーか、ホレ。すげーだろ?」
翔太郎は羽織をバサリと脱ぐと、鬼殺隊の隊服をみせびらかすように一回転した。
「すごい! 本当に、なったんだね!!」
「当たり前だーっ」
大声で叫ぶと、翔太郎は男の子の肩に腕を回して、ぐるぐると一緒に回りだす。
「すげーだろっ!」
「すげー!」
荒々しいが楽しそうに再会を喜びあう二人を眺めていると、ハッとした顔で男の子が薫を見た。
大きな目でじいっと見つめられて、薫は少し不思議に思いながらも、微笑んだ。
翔太郎はボーッとなっている男の子の頬を思い切りつねった。
「痛っ!」
「美人だからって、
「あ……あの、僕は煉獄千寿郎と言います」
箒の柄に隠れようとするような、恥ずかしげな様子で千寿郎は頭を下げた。
「初めまして、森野辺薫と申します。いきなりの来訪で、ご迷惑ではありませんでしたか?」
「いえ……全然」
「大丈夫だよ、この家。門弟を何人も抱えたりしてないし。今は特に、な?」
翔太郎が勝手知ったる様子で言うと、千寿郎は首をすぼめるように頷いた。
「あら。でも甘露寺さんは?」
「甘露寺さん? 蜜璃さんのこと、ご存知なんですか?」
「ええ、少し。こちらにいると訊いて、伺ったのだけど…」
「蜜璃さんは、今、お米を取りに行かれてて」
「お米?」
「あ、えーと……」
千寿郎が答えに窮していると、翔太郎が「なー、とりあえず入ろうぜ」と自分がさっさと門をくぐっていく。
「………あの、どうぞ」
千寿郎に促されて、薫は軽く礼をすると煉獄家の門をくぐった。
<つづく>
次回は2021.04.21.水曜日の更新予定です。