【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖> 作:水奈川葵
翔太郎は自分の家の前で、しばらく立ち尽くしていた。
じい、と門構えを見上げる目は珍しく真剣で、少し迷っているように見えた。
「翔太郎くん、どうかしたの?」
随分と長い間立っているので薫はそろそろと尋ねた。「やっぱり私、ご迷惑なら……」
「薫さん、俺、勘当されてるんです」
ボソリと翔太郎は言った。
「勘当?」
コクリと翔太郎は頷く。
「鬼殺隊に入る時、反対されて。どうしても入るんなら勘当だって、言われました。それでも行くって言ったら、蔵に閉じ込められて……千寿郎に手伝ってもらって蔵から抜け出して、その足で育手の所を回って弟子にしてもらったんです」
薫は驚いた。
普段の軽口を叩く翔太郎からは想像できない。
「じゃあ、今日は…」
「いや。今日は大丈夫なはずです」
言いながら門をくぐり、紺鼠色の飛び石を歩いていると、庭の方から女の子が走ってきた。
「兄様! お帰りなさい!」
六、七歳くらいだろうか? 嬉しさを満面に、弾む足取りで駆けてくると、翔太郎に飛びついた。
「うおっ! デカくなったじゃねぇか、チビ」
「チビじゃないです!」
「うん、そうだな。ただいま、
翔太郎は抱き上げた妹をそうっと降ろすと、薫に少し恥ずかしそうに紹介した。
「あ……妹です。清子っていうんですけど……」
清子は薫を見上げて、じいぃーっと見つめている。目元が翔太郎に似ていた。
薫はしゃがみこんで清子の目線に合せると、挨拶をした。
「初めまして、清子ちゃん。私は森野辺薫です。お兄さんと同じ鬼殺隊の隊士です」
「……女の人?」
清子が首を傾げながら問うと、翔太郎は「はあぁ?」と怒鳴った。
「女に決まってんだろ! どこにこんな綺麗な男がいるんだよ!」
「いるもん。この前、お芝居で見たもん」
「あんなモン、
薫は内心、複雑だった。
甘露寺蜜璃もそうだし、以前に任務で助けた女の子もそうだったが、どうやら自分は女の子から高い確率で男と間違えられる。それは都合のいい時もあったが、反対につきまとわれて困ることもあった。
まぁ、たいがいは女だとわかった途端にガックリ肩を落として去っていくのだが…。
「翔太郎!」
玄関から呼声がして、丸髷の女が現れた。鶯色と黒の縞模様の着物に、水仕事の途中だったのか、前掛けで手を拭きもってやって来る。
年格好から、すぐに母親だろうと察しが付いた。
案の定、翔太郎が叫ぶ。
「母上!」
女は翔太郎を上から下までゆっくり見ると、額にあった傷に手を伸ばした。
「大丈夫なのかい?」
「かすり傷だよ、こんなの」
翔太郎は笑うと、千寿郎にしたようにくるりと一回転してみせた。
「ホラ。これが隊服だ。正真正銘、鬼殺隊士」
「まあぁ……。本当だったんだねぇ。手紙を読んだ時には、どうせホラ半分だろうとばかり…」
「なんでだよ」
「あんた、すぐ大風呂敷広げるから……」
翔太郎の母親は笑いながら言いかけて、少し離れた場所に立っていた薫に気付くと、「まあ!」と叫び、転びそうになりながら走り寄ってきた。
「しょ、翔太郎がお世話になりまして……」
「いえ。そんな…」
「迷惑かけてますでしょう? この子。すぐに考えなしに突っ走るんです。お調子者だし、勉強もしないし、そこいら中駆けずり回って、近所の子供集めて戦ごっことかして。小さい頃、一人っ子の時代が長かったせいで、父親に甘やかされちゃって、どうにも我儘なところがあって……」
つらつらと翔太郎の悪口を言っているのだが、嫌味ではなく、どこか滑稽だった。薫はこらえきれずに、思わず笑ってしまう。
「やめろって、そういうの!」
「だって、アンタ絶対迷惑かけてるんだろ? 今のうちに謝っておかないと。あ、なんかしたらすぐに拳骨でどうぞ。殴ってもこれ以上悪くなりようもない頭ですから」
薫はどうにか笑いを収めると、「そんなことはないですよ」と朗らかに言った。
「翔太郎くんは、機転もきいて、作戦行動でもとてもいい働きをしてくれてます。助かっていますよ」
母親は「はぁ…」と吐息をもらすと、
「翔太郎、良かったわねぇ…アンタ。理解のある先輩さんで」
と、ほれぼれしたように言う。
翔太郎は眉間に皺を寄せ、何となく感じ取ったのだろう。母親に告げた。
「言っとくけど、薫さんは女だからな」
「えっ!?」
やはり勘違いされていたのか、と薫は内心でまた溜息を漏らした。
女とわかるよう、胡蝶カナエのように髪飾りでもしておいた方が、いいような気がしてくる。
「まぁ、鬼殺隊って女の人もいるの? まぁ、危ない仕事だというのに……ご苦労様ですねぇ」
刀を振り回している女が想像できないのか、考えてみればそれは一般的な反応だった。
それにしても、翔太郎は入る前には『勘当された』と言っていたが、見る限りとてもそんな様子には思えなかった。母も妹も、久しぶりに帰ってきた息子を歓待しているではないか。
だが、翔太郎はその二人との再会から一息つくと、母屋を窺いながら母親に尋ねた。
「大お
途端に母親がヒソヒソ声になった。
「湯治ですよ。最近、腰痛がひどいって。だから、アンタを入れられるんでしょうに」
「ああ、良かった」
フーと息をついて、翔太郎は玄関へと向かっていく。
「あ……あの、どうぞどうぞ」
母親が先へと促すと、清子が薫の手をとった。
「行こ!」
薫は笑ってその小さな手を握り返すと、連れ立って母屋へと入って行った。
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中の客間に案内されてから、薫は改めて翔太郎の母親に自己紹介をすると、母親もまた
「私は翔太郎の父親の世話係と手伝いでこの家に来まして……大お
松子はそれまで一度として聞いたことのない鬼狩り達について、本当にそんなものがあることが信じられなかったし、鬼という存在すらも物語の中にしかないと思っていたために、どこか現実感がなかった。
「それでも、近くに煉獄さんの家がありましたでしょう? そこの奥方様に色々と教えていただいて、それで何となくはわかったんですけど、どちらにせよウチにはもう関係のないことだって、大お祖母様に言われまして。大お祖母様はあの家ともあまりつき合うのは良しとしなかったんです」
「じゃあ、翔太郎くんを勘当したというのは…」
「はい…大お祖母様は鬼殺隊に入るなど、絶対に許さないって……蔵に閉じ込めたんですが、私は無駄だと思ってました。あの子、小さい頃から蔵に忍び込んでは近所の子とかくれんぼしてましたからね。どうせ、どうにかして出て行くんだろう…と。案の定、清子を使って千寿郎くん呼んで抜け出して………後で弟子になったと手紙をもらった時には、我が息子ながらあっぱれだと思いました。小さい頃から父親の膝の上で、ずーっと言われてましたからねぇ。翔太郎はきっとお
「翔太郎くんのお父上は…?」
「あの人は…翔太郎が
どうやら聞く限り、松子には鬼殺隊に対してのわだかまりはない。亡くなった父親もまた、翔太郎に勧めていたのなら、むしろ鬼殺隊への憧憬があったと見るべきだろう。
宝耳が前に言っていた、
「あの人も、きっと喜んでいるでしょう。ずっと翔太郎が鬼殺隊に入るのを楽しみにしてましたから。きっと生きていたら、これで
翔太郎は今、その父親の霊前で報告をしている。
さっきのように、隊服を見せびらかしていることだろう。
「どうしてその、大お祖母様という方はそんなに反対なさったんでしょう?」
薫が尋ねると、松子は少しばかり哀しげな表情を浮かべた。
「それはやっぱり……息子さんを亡くされて、よほど悲しかったのでしょう。目が醒めたと仰言ってました。それまでは……鬼殺隊に尽くすことこそ本分だとして、奉公するのが当然と思っていたけれど……間違っていたと……」
親の身で子を失うことは、きっとよほどに辛いだろうとは想像できる。
けれど、それまで柱を世襲してきた家の、おそらくは風柱の夫人であった人の言葉にしては随分と感傷的な気がする。
そんな理由で鬼殺隊との縁を切ったというなら、少しばかり勝手が過ぎないか……?
「その…息子さんというのは、翔太郎くんにとってはお
「えぇ。若くして亡くなられたそうです。すぐに奥様も後を追って……まだ、その時にはウチの人は
そう言って松子は隣でどら焼きを食べている清子を見つめた。
その瞳に浮かぶ慈愛は、薫にはまだ表しようのない感情だった。
やはり親が子を思う心は、未熟な自分には思いやることはできても、理解は及ばない……。
「なーに湿っぽい話してんのさ」
翔太郎はドスドスと縁側から入ってくると、卓に置かれてあったどら焼きを続けざまに二つ、口に放り込む。
「あーっ! いっぺんにずるいっ!」
清子が立ち上がって怒ると、翔太郎はべーっと舌を出して、また一つ手に取る。
「これ! 翔太郎!! はしたないッ」
松子がたしなめるが、まったく反省の色の見えない息子に早々に白旗を上げた。
「まったく…これですから。我儘で困ってしまいますよ…。大お祖母様もなんのかんの言いながら、翔太郎には甘いですからね、結局。鬼殺隊に入ったっていうのを知った時にも、お墓まで行って、御先祖様に頼まれてね。大お祖母様のご夫君はそれはそれはお強い方だったそうですよ」
「そうそう! 昔ね、ウチに世話になったっていう隠の人が来てさ。教えてくれたんだ。伝説の柱って呼ばれてたらしいんだよ」
翔太郎は嬉しそうに言う。
「伝説の柱?」
「なんか、当時は柱がものすごく減っちゃって……大お
薫は内心で首をひねった。
どうして翔太郎の曾祖母はそうまでしても、鬼殺隊とのつながりを徹底的に排除したかったのだろう?
いくら息子を失くしたと言っても、その息子は柱という地位にあったわけで、当然ながら遺書も記していたろうし、死の覚悟は持っていたはずだ。
その母親――――伝説の柱であった…と言われるほどの人の奥方であった女人が、息子を鬼に殺されることの予想をしていなかったとは思えない。無論、予想はしていても、実際にその時になって『目が醒めた』ということはあるのだろうが……。
「どうしました?」
翔太郎が不思議そうに薫の顔を覗き込んだ。
「あ…いえ。翔太郎くんの大お祖母様はよほど鬼殺隊とは関わりたくなかったのかと思って……。私がここに伺ってよかったのかしら?」
「あ、大丈夫です。大お祖母様は昨日から湯治に行かれて、戻られるのは明後日の予定ですから、それまでは」
松子がうふふ、と少しばかり茶目っ気のある笑みを浮かべる。
さっき『イビられて』と口が滑っていたのを思い出すと、この大お祖母様がいない数日は松子にはのびのびできる時間…ということだろう。
「でも、ちょっと残念かしらねぇ…やっぱり。あんなふうに怒っていても、きっと大お祖母様はあんたに会いたかったでしょうし。隊士になった姿を見たら、やっぱり懐かしく思われたりなさるんじゃないかしら…」
松子が言うと、翔太郎は肩をすくめた。
「ま、そのうちにね。素直じゃないから、あの人」
その様子を見る限り、翔太郎もまた、曾祖母に対してさほどに怒っているわけでもないようだった。
話を聞く限り、どうもこの大お祖母様なる人は、情の深い人なのだろう。
自分を置いて逝ってしまった息子や孫に続いて、曾孫の翔太郎までが若い命を散らすかもしれぬ…と思うと、蔵に閉じ込めても反対せずにはいられなかったのかもしれない……。
「まぁ、とりあえず今日のところは翔太郎が無事に隊士になったお祝いしましょう!」
明るく松子が言うと、翔太郎は「じゃ、鰯の蒲焼き! あと、天ぷら! それとあさりご飯!」と、子供のように叫んだ。
<つづく>
次回は2021.04.28.水曜日更新予定です。