【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖> 作:水奈川葵
食事を終えると、翔太郎は蔵へと薫を案内してくれた。
「でも、翔太郎くん前に言ってたわよね。大お
薫が尋ねると、「まぁ、そうなんですけど」と言いながら、翔太郎は蔵の鍵を開ける。
中は真っ暗だったが、カンテラを持って行き、電灯の紐を引くと、カチッと電気がついた。
漬物の壺や、鍬や斧などの生活用品の他に、長持や古い箪笥、書棚には雑誌や新聞、本がバラバラと置かれてあった。
見る限りにおいて、風の呼吸の事蹟を伝える何らかの書物などはないようだ。
「この書棚にびっしりあったらしいんですけどね。ときどき虫干しなんかして。でも、今はもうありません」
「じゃあ……」
「ただ、大お祖母様にも手出しのできない部屋があって…」
言いながら、翔太郎は奥へと進んでいき、壁に据え付けられた書棚の前に立った。
そこにも本や小間物が並べられていたが、中段の右端だけ本が飛び出ている。
翔太郎がその本を取り出すと、そこには木枠があり、一合枡くらいの大きさの穴が空いていた。
「ここ、隠し部屋っぽいんです」
「隠し部屋?」
「父上が言うには、昔、一度だけ中に入ったことがあったらしいです。まだ祖父が生きていた頃に」
「まぁ……大お祖母様は入られたことはないの?」
「ないみたいです。ここに入ることが出来るのは柱のみ、って言われてたみたいで。それにここを開ける鍵があるんですけど、それと知らずにそれこそ育手達に渡してしまったらしくて」
「じゃあ、開かないのね」
薫は少し残念だった。
確かに翔太郎の言う通り、他の書物については育手達の元に渡ったとして、この中のものについて、何かしら重要な文書なりがあってもおかしくない。
しかし翔太郎はニヤリと笑った。
「開かないなら、薫さんを連れてきたりしませんよ」
「え?」
翔太郎は懐から一合枡ぐらいの小さな箱を取り出した。
「鍵は、これです」
「鍵? でもこれ……」
所々、何か黒く彫り込まれてある以外は、ただの木箱にしか見えない。
「これ、実は俺の育手の所にあったんです。ものすごい偶然なんですけど。ただ、師匠はこれが何かよくわかってなくて、納戸に積んであった箱の片隅に放っておかれてたんですよ。俺が整理してたら見つけて。俺の師匠は若いんで、俺の家のことはよく知らないんです。風波見が鬼殺隊から抜けてから、入ってきた人なんで。まぁ、だから俺を引き取ってくれたってのもあるんですけど」
言いながら、翔太郎は慣れた様子で箱をバラしていく。
どうやら寄木細工の秘密箱らしい。
「どうして先生はあなたを弟子にしなかったのかしら……?」
薫は首をひねった。
「そりゃ、大お祖母様に言いつけられていたんでしょう、たぶん。篠宮先生ぐらいの古株だと、風波見家でそれこそ俺の曽祖父から教えを受けてたらしいですから。自分の師匠の奥方の頼みを聞き入れないわけにもいかなかったんじゃないですかね」
あっけらかんと言う翔太郎に、薫は少し驚いた。
「……翔太郎くんは、わかってたのね?」
「まぁ、さすがに訪ねて行った先の育手にことごとく断られたもんで……途中で何でだよーって、喚き散らしたら、そういう事なんだって諭されました。今の師匠も、本当は大師匠からは止められたみたいなんですけど、押し切りました―――――ヨシ、できた」
翔太郎はバラした箱をきれいに組み立てて、薫に渡した。
立方体の一つの面に、彫り込まれてあるのは隅切り角に八つ矢車菱。
「これ、ウチの家紋です」
翔太郎は指差して言うと、薫の手から箱を取り上げ、書棚の中段にある木枠の中へと押し込んだ。ピッタリと嵌まる。
「やっぱりだ。そんな気がしたんだよな」
どこかで歯車がキキキと音をたてながら回っている。ギ、ギ、とゆっくり書棚が動き始めた。
いくつかの本が落ちて、ゆっくりと書棚と壁の間に空間ができる。
書棚が止まると、ポッカリと穴が開いたように、確かに小さな部屋があった。
光が少しだけ差し込んでいたが、奥は暗かった。翔太郎がカンテラを持って入ると、薫も後に続く。
そこは方丈の部屋だった。
真ん中に机があり、その横には刀掛けに一振りの大刀が置いてある。机の上には埃をかぶった漆塗りの箱。
「これは、誰のものかしら…?」
薫は刀を見て聞いたが、翔太郎も首をひねる。
それより翔太郎にとって気になっているのは、漆塗りの箱の方であった。紫の紐で封印されており、いかにも何かありげであった。
「開けても…いいですよね?」
翔太郎は一応訊いた。今更ながら勝手に開けていいのか、心配になった。
「そりゃ、あなたの家のものなんだから」
薫は安心させるように笑う。
翔太郎は紐を解いて、ゆっくりと文箱を開いた。
そこにあったのは、一本の巻物と一帖の冊子。巻物の
翔太郎は巻物の紐を解いて、机の上に広げた。
「…………これ、風の呼吸の指南書の……原本ね」
時折、絵なども交えて書かれている。
表装は新しいもののようだったが、中の紙は古く黄ばんでいた。墨の色も褪せている。
肆ノ型までで、一度紙は切れている。その後に、別の筆跡で伍、陸ノ型。次にまた別の筆跡で漆、また別の紙と筆跡で捌ノ型。比較的最近だと思われる紙には玖ノ型について書かれてあった。
『玖ノ型
此の技を以て風の呼吸の最終奥義と為すべく完成を目指す――――』と、ある。
「最終奥義?」
翔太郎は興奮を抑えるように息を呑む。
ざっと読んだところ、実際の呼吸法や動きについての記載はなく、考案した技について、その攻撃様態や範囲などが大まかに書かれているだけだった。
最後には『創技 風波見周太郎』と記されていた。
「周太郎…? 翔太郎くんのお
「いや。祖父の名前は賢太郎です。たぶん、この人は先々代―――曽祖父ですね」
「風の呼吸って…玖ノ型まであったかしら?」
薫は東洋一の家にあった指南書は読み込んだが、風の呼吸の玖ノ型についての記載はなかったはずだ。
「ないです。俺も習ってない……」
翔太郎はつぶやきながら、もう一度、巻物を食い入るように見つめた。
何かあると思ってはいたが、とんだ掘り出し物が見つかった。これで―――――あの、不死川という男を出し抜くことができる。
薫は一緒にあった冊子を手に取った。
表紙には『書附』とだけある。
めくってみると、こちらは比較的新しいもののようで、呼吸の指南書についての細かな注釈と、それに玖ノ型に関する試行錯誤の覚書が記されてあった。
どうやら玖ノ型というのは、まだ開発段階だったようだ。覚書も読む限り、完成する前に記載が途切れ、その後は白紙となっている。
「それは、なんですか?」
翔太郎が覗き込んできた。
「呼吸についての解説本、かしらね。あとは玖ノ型の実質的な手順の覚書があったけど……」
薫が言いかけると、翔太郎は「貸して下さい」と奪うように取り上げた。
パラリ、と本の間から何かが落ちたが、翔太郎は気付かなかったのか、今度はその冊子を熱心に読み込んでいる。
薫が拾い上げるとそれは写真だった。
セピア色のその写真には、見事な枝振りの松の前に並ぶ五人の人物。
それは客間から見えた、庭にある松の木だと思われる。
壮年の男性が真正面を向いて腕組みして立っている。その横には男性よりも背の高い、今の薫と同じ年頃くらいの少年。二人の前には子供が三人。
真ん中には髪をお
三人とも少し強張った表情でこちらを窺うかのように見ていた。
「翔太郎くん、この写真……」
薫が尋ねると、翔太郎は顔を上げて写真を見た。
「……誰だろ?」
「心当たりはない?」
「うーん。………後ろに立ってるのが、お祖父様なのか、大お
薫はじいっとその写真を見て、もしかするとこの男性と並んで立っている少年が
「翔太郎くん、この写真、借りては駄目?」
「え?」
「見せたい人がいて……」
翔太郎はもう一度写真を眺めると、「この人、篠宮先生ですかね?」と少年を指差し、薫が考えていたことを言う。
「そうじゃないかと思うんだけど……」
翔太郎はしばらく考えて、「まぁいいですよ」と、写真を薫に渡した。
「ありがとう。先生に訊いたら、返すわ」
「いやぁ…もし、それが篠宮先生なんだったら、そのまま渡してもらっていいです。俺が持っててもわからないし、大お祖母様に見つかって燃やされでもしたら意味ないし」
「……いいの?」
「いいですよ。それより、この巻物と本は俺持っていくつもりなんですけど……いいですよね?」
翔太郎が伺うように尋ねてきて、薫はきょとんとした。
「それは、もちろん。あなたの家のものなんだから。ただ、その巻物は原本だろうから大事に扱ってね」
「えぇ。それで……その……この巻物のことっていうか…玖ノ型のこと……黙っておいてもらえますか?」
「え?」
「不死川さんとか、粂野さんとかに…話さないで欲しいんです」
「どうして?」
翔太郎は決まり悪そうに俯くと、しばらく黙り込んだ。
やがて口を開いて出てきたのは、炎柱――――煉獄家のことだった。
「炎の呼吸には煉獄の名を冠した最終奥義があるんです。これは煉獄家代々に伝わるもので、炎の呼吸を使う隊士であっても煉獄家の人間でないと使えない。この――――玖ノ型も最終奥義って書かれてあったじゃないですか? だから……俺が継ぎたいんです」
薫は少しばかり残念に思えたが、曾祖母の反対を押し切って、必死の思いで隊士となった翔太郎の気持ちも理解できた。それに、まだ型としての完成を見ていない以上、いずれ匡近や実弥の手助けを必要として、自分から教えを乞うこともあるだろう……。
「わかったわ。頑張ってね」
薫が頷くと、翔太郎はホッとしたように笑った。
「絶対、モノにしますよ!」
<つづく>
次回の更新予定は2021.05.01.になります。