【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第二章 煉獄家と風波見家(五)

 翌朝、薫は早々に風見家から出発した。

 翔太郎は昨夜は遅くまで――――というより、明け方近くまで、あの巻物と本を夢中で読んでいたらしく、まだ寝ていた。

 

「すいません。本当にだらしない子で……」

「いえ。久しぶりの帰省ですから、ゆっくりさせて上げて下さい。確か、翔太郎くんは明日まで休みを取っているようですし。お世話になりまして、ありがとうございました」

 

 頭を下げると、おかっぱ頭の清子(きよこ)と目が合う。

「ん」

 清子が折り鶴を渡してくれた。

「あら。ありがとう」

 受け取って、頭を撫でると薫は手を振りつつ、風見家を後にした。

 

 墓参りを済ませて、汽車に乗る時に時刻表と懐中時計を見合わせながら思案する。

 途中で、東洋一(とよいち)のところに寄れないこともない。

 

 汽車に乗って、久しぶりに馴染みの駅に降り立つと同時に鴉を飛ばし、立ち寄ることを伝えた。

 

 一時間ほど歩いて、懐かしいその家にたどり着くと、東洋一は庭先で小さな手毬桜の木を眺めていた。のどかな陽光の中、白い花びらがハラハラと落ちている。

 

 薫は声をかけようとして、一瞬、言葉を呑み込んだ。

 決してその姿がみすぼらしくなっていたわけでも、気力が失せて見えたわけでもない。だが、年をとった……と思った。少しだけ、痩せたようにも見える。

 

「おう、来たか」

 東洋一は薫に気付くと、相好を崩した。

 薫はその場にしゃがみ、立膝になって頭を下げた。

「久しぶりでございます」

「堅苦しいの~。そんなんえぇから、はよ入れ。なんぞ、見てもらいたいもんがあるんだろ?」

 

 薫は玄関から入ると、用意したお茶を飲む間も惜しんで、胸のポケットから翔太郎の家の蔵で見つけた写真を東洋一に見せた。

 

「この写真、見覚えありますか…?」

 東洋一は煙草盆の抽斗(ひきだし)から小さな眼鏡を取り出すと、その写真をしげしげと見つめた。

 一瞬だけ、険しい顔つきになった後、フッと笑う。

 

「若いな~、儂」

「やはり、その…左の男の人は」

「うん。儂だな。十五、六といったとこか? 横のが師匠じゃよ。当時の風柱でな。―――――しかし、なんぜお前さんがこんな写真持っとるんだ?」

 

 東洋一は眼鏡をとると、不思議そうに薫に問うた。

 薫は翔太郎の家に行ったこと、隠し部屋を見つけ、そこにあった指南書の注釈本に挟まれてあったことを伝える。

 

 東洋一は聞きながら、翔太郎が鬼殺隊士になったことを知ると、少しだけ眉を寄せた。

 

「……結局、なりよったのか。あの坊主」

「先生のところに最初に訪ねたけれど、断られたと言ってました。翔太郎くんは大お祖母様(ばあさま)に言いつけられたんだろうって…」

「まぁ、そうだ。御内儀様(おないぎさま)に――――この写真の師匠の奥様だ―――キツく、言われておってな。今後、風波見の人間が弟子になりたいと言ってきても、決してとるな、と」

「やっぱり…そういうことですか」

 

 薫が得心して頷くと、東洋一は煙草に火を点けて吸い始めた。

 紫煙を(くゆ)らしながら、遠い目をする。

 

「御内儀にはもう身内は少ない。息子であった賢太郎も死に、孫の晃太郎も生来、体が弱かったが、自分よりも先に亡くなってしまって……曾孫まで、また鬼殺隊に入って、早々に亡くなることを惜しんだとしても、不思議はない。これ以上、鬼殺隊と関わりを持ちたくない、と……それは固く決心されておったのでな。儂は尊重したんだが……もはや風波見のことを知らぬ風の育手も多いからなぁ。そういう人間にしてみれば、やる気も器量も備わった少年をとらぬ理由もなかろうな」

 

 やはり東洋一もまた、亡き師匠の御内儀(おくがた)の胸中を斟酌した上で断ったのだ。

 だが、翔太郎の熱意は老人達の思いとは裏腹に、若く青いまま突き破っていく。

 

 東洋一は苦笑いを浮かべた。

「しかし……隠し部屋か。そういやあったな。御内儀様もあそこには手出しできなかったか。賢太郎が閉じてしまったんだな」

「先生、知っていたんですか?」

「そりゃあ、よく入ってたさ。だいたい、昔はあそこは御仕置部屋だったんだ。悪さしたら、いれられてなぁ」

「え?」

 

 翔太郎の話だと、柱以外の人間は入れなかった……と言っていたと思うが。

 そう訊いてみると、東洋一はきょとんとした。

 

「は? 昔は開けっ放しだから、入りたい放題だったぞ。たまに悪戯して閉めたはいいものの、箱がうまく組み立てられなくて、開けられなくなって、師匠に泣きついて、しこたま怒られる奴もいて………いやー懐かしいなー。そうそう。確かに俺が隊士になってからは、師匠があそこで新しい技の研究について、色々と書きものをするようになってたな。儂も色々と試しにつき合わされてなぁ」

「……あの、先生。先生はもしかして、玖ノ型…『風破観(かざはみ)』についてご存知なんですか?」

 

 薫はなんとなく東洋一の話を聞きながら、そんな気がしてきた。

 翔太郎はあれが曽祖父が最終奥義として風波見家における一子相伝の技として作り上げたと思っているようだったが、あるいはさほどに秘密裡に作られたものでないかもしれない。

 果たして、東洋一はあっけらかんと頷いた。

 

「そりゃ、知っとるさ。師匠は体を悪くされていたからな。考案したはいいが、自分で試せるだけの力がなくなってきてて、儂が概ね試しとったんだ。その中でどうにも無理なとこは師匠に言って、師匠がそれを修正してっていう……」

「ということは、先生と共同で玖ノ型は作られていたということですか?」

「いやぁ、儂はああいうのを考える頭は持っとらん。技を考えていくのは、一種の才能でな。儂には出来んよ。師匠は柱の仕事でお忙しい中でも考えておられたんだからな…大した御方よ。今更ながらに頭が下がる」

「でも、書附(かきつけ)を見る限り、型は完成されてませんでした。先生が後を継がれたのではないのですか?」

 

 東洋一は肩をすくめ、煙草をゆっくりと()む。

 

「頼まれはした。が、無理だと思ったんでな。賢太郎に委ねた」

「賢太郎……というのは、翔太郎くんのお祖父様ですか?」

 

 東洋一は煙草をくわえると、さっきの写真を持って、右端にいる少年を指差した。

 

「コイツさ。師匠の息子でな。おとなしいヤツだったが、出来は良かった。すぐには無理でも、じっくり腰を据えて練ってくれるだろうと思ってたんだが………」

 

 言いながら、東洋一はまた写真を眺めた。

 懐かしい顔をしていたが、眼差しは少し寂しそうだった。

 鬼殺隊にある限り、明日の命の保証がないのはわかってはいても、まさか自分よりも年下の、師匠の息子であり、柱ともなった男が、先に逝ってしまうのは考えられなかったのだろう。

 

「この隣の、真ん中の女の子が賢太郎の嫁さんだ。さっきの坊主――――翔太郎だったか? そいつからしたら、祖母ってことだな。ハハハ。信じられんな、あの賢太郎と千代の孫ってなぁ……」

「その隣の人は?」

 

 東洋一は左端で睨むようにこちらを見ている少年を、しばし無表情に見つめた。

「浩太は…隊士になったが……これも鬼に殺られた」

 

 抑揚のない、疲れたような声だった。

 しばらく俯いて何事かを考えているようだったが、写真をまた座卓に置いて、煙草をふかす。

 

「この中で残ってるのは儂だけ、という訳か。年もとるはずだ………」

 

 東洋一は自嘲めいた笑みを浮かべた。

 俯き丸めた背中に、以前のような溌剌さがなくなっている。

 

 薫はここ最近の東洋一のことを思った。

 

 薫がここを出てから一月もせぬ内に、里乃は亡くなった。

 庭の手毬桜の木は、元は里乃の家の庭にあったもので、遺言で世話を頼まれたために、こちらに移植したのだという。

 それから何人かの弟子志願者も来ていたのだが、どれも三ヶ月以上保たずにやめていっている。

 最近は骨のあるヤツが本当に少なくなった……と、前に手紙でボヤいていたが、誰か早く気骨のある若者が来てくれないものだろうか。このままだと、どんどん東洋一の気が弱ってしまいそうだ。

 

「ま、さっきの玖ノ型だがな。賢太郎も完成させずに逝ってしまいおったし、御内儀が鬼殺隊と縁を断ってしまわれたから、このままだと未完になるだろうと思ってな、後は実弥に任せてある」

「…………え?」

「アイツは儂の師匠と似とってな、案外とそういうのを考える頭を持ったヤツなんじゃ。なんというか、妙に細かい計算ができるというか、わりと理論詰めて考えられるというか。なんで、頼んどいた」

 

 薫は考え込んだ。

 確か、翔太郎は風波見家の最終奥義だから、黙っておいて欲しいと言っていたが……つまり、もう実弥は知っている?

 

「あの、師匠。確か巻物にはこの玖ノ型は風の呼吸の最終奥義って書かれていたと思うのですが……」

「巻物? あぁ…賢太郎が清書したのかな? まぁ……そうだな。それくらいの意気込みで作ってはいたんじゃないか?」

「一子相伝のもの、とかではないのですか?」

「そんな大層なものじゃない。現に儂が知っとるだろうが。あの師匠がそんなことにこだわる訳ないさ。ちゃんと壱から捌までの風の呼吸をしっかり会得して、その上で常中の呼吸が備われば、できる技ってことなんだから。確かに銘を『風破観(かざはみ)』とはしてあったが、あくまで仮のもので、ちゃんと完成すれば、別の名前をつけとったかもしれん」

 

 薫は脱力しそうになった。

 なんだか、興奮していた翔太郎が可哀相に思えてくる。

 しかし考えてみれば、あの巻物の壱から捌までのことも、本にあった注釈も、東洋一の蔵にある指南書にはすでに書かれていたことで、特に秘匿されていた内容ではないのだ。

 あくまでもあれは原本に過ぎない。

 

「どうした?」

「いえ……あの、それで実弥さんは完成されたのでしょうか?」

「わからん。何も言ってこんからな。ま、出来たとしても意気揚々と教えるようなヤツじゃなかろうし……聞いたところで、儂ももう次の弟子に教えるのは無理だろうからな。アイツが自分の弟子なり、匡近なりに教えて、匡近が育手にでもなれば伝わっていくんじゃないのか?」

「そう…ですね」

 

 薫は複雑な気持ちだった。

 この事を翔太郎に言えば、きっとがっかりするだろう。

 風波見家に伝わる秘伝の書、くらいに思っていたようだから。

 

「儂も、それなりには工夫したが、おそらくは師匠の思い描いていたものとは別物だろう。もし今その技を使えば、命を縮めかねん。もう、できんな」

「それは……少し、見てみたかったです」

 薫が言うと、東洋一はハハハと笑った。

「あと、十年…いや、この写真の頃くらいならなぁ……出来たろうが、ジジィにはもう無理じゃて。昔とった杵柄とばかりに勢い込んで、ぎっくり腰にでもなったら………」

「そしたら、勝母さんにお知らせしましょうか?」

 いたずらっぽい目で薫が言うと、東洋一はブルリと身を震わせ、呆れたように言った。

「お前さん、いつからそんな恐ろしいことを言うようになったんじゃ?」

 

 二人で大笑いした後、薫は辞去を告げた。

 

「なんじゃ、あっという間じゃの~」

「すいません。今日中には戻らなくてはいけないので…」

 

 軽く頭を下げて立ち上がりかけた薫に、東洋一は写真をつまんで尋ねた。

「……この写真は?」

「それは宜しければ、先生がお持ちなって下さい。翔太郎くんが是非に、と言ってましたから」

「………そうか」

 

 再び写真を見て、懐かしそうに微笑む東洋一の顔を見た時、薫は翔太郎からもらってきてよかったと思った。なんとなく喜んでくれそうな気がしたのだ。

 

「今度はもっとゆっくり来い」

 東洋一は表の道まで見送りに来ると、ふと真面目な顔になった。

 

「その…翔太郎というのの実力は……お前の見る所どうだ?」

「え?」

 

 薫はいきなり言われて戸惑った。

 だが、苦い顔つきになる東洋一を見て、励ますように笑った。

 

「先生。翔太郎くんは、頑張っていますよ。本人も自分の家のことはそんなに気にしてませんし、どうか一隊士として応援してあげて下さい。やる気のある、いい子なんですから」

 

 東洋一はまた、少し淋しげに笑った。

「そうさな。もう、時代は変わっとる…」

 

 薫は何度も振り返っては大きく手を振って、懐かしい家を後にした。

 小さくなっていく東洋一の姿が、とても淋しげで、夕焼の茜色の空に溶けて消えそうだった。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

 時間が少し戻る。

 

 薫が去った後、翔太郎は寝過ごした自分に悪態をついたが、言ってもしようがなかった。

 

 懐かしい母の手料理を満腹まで食べた後、再び蔵に向かい、隠し部屋へと入った。

 窓のないその部屋は昼間でも暗い。翔太郎はカンテラを地面に置いて、刀掛にあった大刀に手を伸ばした。

 

 昨夜は机の上の箱が気になって、こちらの検分を忘れていたが、この刀は一体なんなのだろう?

 

 柄を持ってカンテラにかざすと、翔太郎がまず気付いたのは鍔だった。

 風切羽を八枚、円形に並べた意匠。これは風波見家で教えを受けた剣士達に特有の鍔なのだという。

 今となっては一部の育手以外、風の呼吸の剣士であっても誰も持つことのないものだが、翔太郎の刀を作ってくれた刀鍛冶は勉強熱心で、翔太郎が風波見の人間だと知り、翔太郎の刀にもこの鍔をつけてくれていた。

 

 ゆっくりと鞘から抜くと、曇りのない銀の刀身があらわれた。

 刀身の下の部分に『悪鬼滅殺』の刻字がされている。柱の刀である証だ。

 ずっと持っていると、翔太郎の刀同様の若葉色へと変化していく。

 

「そなたにそれを持つ資格はありませぬぞ」

 

 背後から厳しい声で言われ、翔太郎はビクッと刀を落としそうになった。

 曾祖母はいつの間にか翔太郎の背後におり、手拭いを持った手でそっと刀を取り上げると、慣れた様子で鞘の中へとしまった。

 

 カンテラの明かりに照らされた曾祖母の顔は相変わらず厳しく、眉間の皺がますます深くなっていた。

 額から頬にかけて三筋の傷痕が残り、醜く膨れ上がったまま固まって、顔の陰影に奇妙な影をつくっていた。

 

「ようも帰ってこられましたな。それとも、もう諦めたか」

 

 翔太郎はぐっと唇を引き結ぶと、静かに深呼吸した。

 八十の歳に近付いた曾祖母は、存在だけですでに時間を超越した不気味な生き物であった。

 翔太郎が生まれた時から老婆であり、今に至るも老婆。落ち窪んだ目に何を映しているのか、表情はほとんど変わらず、考えは全く読めない。

 

「……お久しゅうございます、大お祖母様(ばあさま)

「………その呼び方は、そなたが鬼狩りを辞めれば許す。さもなくば、()く去れ」

「辞める気はありません。それと、ここにある物はその刀だけです。これも誰かにやるのですか?」

 

 すでに巻物と本は翔太郎の荷物の中にある。もし教えれば、竈の中にでも放り込みかねないので、決して言うわけにはいかない。

 しかし曾祖母はそのことについては深堀りしなかった。

 大刀を捧げるように持つと、一礼する。

 

「これは、我が夫のものじゃ。このような場所においてあっては、錆びさせる故、きちんと手入れせねばならぬ」

「大お祖父様(じいさま)の?」

 

 聞き返す翔太郎を無視して、曾祖母はその部屋を出て行く。

 翔太郎が追っていくと、外で曾祖母はくるりと振り返った。上から下まで翔太郎をじっと見つめると、フと軽く息をつく。

 

「まだ、大怪我はしておらぬようじゃな。せいぜい、足をやられた程度か」

「すごい! どうしてわかったんです?!」

「そんなもの、見ればわかる。右足を庇った立ち方をしておる。無意識にそうなっておるのなら、努めて治すことじゃ。医者には見せたか?」

「……一応、怪我をした時には」

「傷を庇う癖がついておる。見苦しい」

 

 ピシャリと言われて、翔太郎は唖然としながらも、少し嬉しくなった。

 やはり曾祖母は柱の奥方であったのだ。幾人もの弟子を世話し、曽祖父や祖父達と一緒に育ててきた。その眼力は失われていない。

 

「お、大お祖母様。俺、風の呼吸の剣士としてがんばります。お祖父様や、大お祖父様に負けないぐらい……いや、絶対に追い越すぐらいになって、いつか柱になりますから」

 

 翔太郎の決心を、曾祖母はしかし冷ややかに見た。

 フゥと溜息をつく。

 

「大見得をきることよ。そなた今の階級は?」

「か、か、庚です」

 

 本当は辛なのだが、思わず嘘をついてしまった。少しでも大きく見せたい、という欲が出た。

 曾祖母は眉を少し上げた。しばらく黙り込んで、翔太郎を見つめる。

 

「…戊まで上がれば育手としては十分であろう。それで辞めるがよろしかろう」

 つぶやくように言うと、踵を返して母屋へと歩き出す。

 

 ―――――それは、俺には無理だということか…っ!

 

 翔太郎はカッとなると、あわてて曾祖母を追って肩を掴んだ。

「俺には柱は無理ってことですか!?」

 

 曾祖母の表情は揺らがない。

 怒鳴り声を聞きつけた松子と清子が縁側から顔を出し、曾祖母が帰っているのに気付いて、あわてた様子で松子が降りてきた。

 

「お、大お祖母様(ばあさま)! いつお帰りに……? すいません! 申し訳有りません!」

 土下座せんばかりに頭を下げる母親の前に立つと、翔太郎は曾祖母を睨みつけた。

「母上は悪くないですから! 俺が無理を言って入れてもらったんです! あの隠し部屋を見てみたかったから」

「黙りゃ!」

 

 曾祖母が一喝して、水をうったような静けさとなる。

 そのまま母屋へと向かいかけて、曾祖母は思い出したように翔太郎に訊いてきた。

 

「翔太郎、そなた…刀の色はどうであった?」

「え?」

「刀の色は、何色であった?」

 

 翔太郎はこれもまた、曾祖母による何らかの識別がされるのかと戦々恐々であったが、色で柱となれるかどうかが決まるとも思えない。

 素直に言った。

 

「若葉色、と刀鍛冶には言われました」

「ほぅ…賢太郎と同じだの」

 祖父と同じ、ということは柱になれないという訳でもないのだろうか。

 

「大お祖父様は何色だったのですか?」

 尋ねると、曾祖母はしばらく刀を見つめた後に、ボソリと言った。

 

常盤緑(ときわみどり)であった」

「それは……色が濃ければ強いってことですか?」

「……それは知らぬ。聞いたことはない。いずれにせよ、そなたは五体満足の間に、早々に辞めることじゃ」

 

 結局、曾祖母の本音はそこにあるらしい。

 さっきまでの高揚感が一気にしぼんで、翔太郎はガックリした。

 曾祖母はそれ以上は何も言わず、スタスタと母屋へと入っていく。

 

「翔太郎……」

 松子が心配そうに声をかけてくる。

 翔太郎は首をすくめた。

「大お祖母様はやっぱり俺が鬼殺隊にいるのは反対なんだな」

「心配しておられるんだよ。私だって……また、あんたに会えるだろうと思っているから、送り出しているんだよ。嫌だよ。鬼に殺されたりなんかしないでおくれ」

 

 翔太郎はニッコリと笑って、泣きそうになる母親の肩を叩いた。

「大丈夫さ。昨日、薫さんだって言ってくれてたろ? 俺、なかなか優秀なんだぜ。あの人に稽古つけてもらって、今だってどんどん強くなっていってるんだから……来年の今頃には柱になってるかもしれない」

「柱とか、私にゃわからないよ。そんなお偉いものにならなくていいから、とにかく無事にいとくれ」

 

 それは母親として当たり前の言葉なのだが、鬼殺隊という組織に身を置く以上、確約することはできなかった。

 それでも翔太郎は笑って、宣言する。

 

「大丈夫! 今よりもっと強くなって、技を完成させて、そしたらこの家をまた立派に再興するよ! 千寿郎の家みたいに」

 

 それは実のところ、翔太郎の正直な願いだった。

 ずっと、杏寿郎にも千寿郎にも憧れていた。

 羨望もあった。

 

 体の弱かった父のことを恥ずかしく思ったことはなかったが、身近にいた強烈な強さを体現した男を前に、もし父がこうであったなら…と夢想したことがなかったとはいえない。

 

 もし父が壮健であったなら、きっと今でも風波見と名乗り、堂々と風柱としての栄誉を継いでいただろう。

 自分は継子として父から教えを受けて、千寿郎達に対して、奇妙な劣等感を持たずに済んだろう。

 

 杏寿郎を兄として慕い、千寿郎を弟として可愛いと思ってはいても、自分は落ちぶれた柱の、今は鬼殺隊から抹消された一族の末裔でしかない。

 

 そのためにも、自分は必ず柱に上り詰める。

 曽祖父の残した、この最終奥義を我が物として、並居る風の呼吸の剣士を退けて、必ず――――!

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回は2021.05.05.水曜日に更新予定です。

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