【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第三章 呪鬼(一)

 新緑匂う五月の清しい季節だというのに、ここ数日、冷たい雨が続いていた。

 その日も朝からしとしとと降る雨に濡れながら、山間の道を進んでいる。

 

 最近、この峠道で行方不明になる者が続いていた。

 最初は杣人(そまびと)、それからは行商人、山菜採りに出た(おうな)

 もしかするともっと被害は多いのかもしれない。以前は昼であればそれなりに人気のあった峠道に、今は誰も寄り付かなくなった。

 

 まして月が皓々と照る夜更けともなれば、その道を歩く者は鬼狩りぐらいしかいない。

 

「いかにも~って感じだなぁ」

 翔太郎は進むにつれ暗さを増していく道の先を眺め、げんなりとした表情になった。

 

「オイ、翔太郎! 気を引き締めていけよ」

「ンなこと言ったってなぁ~。一緒に行くのがこれじゃな~」

 チラと振り返って、自分と似たりよったりのどんよりした顔の男共を一瞥し、はぁーっと溜息をつく。

「せめて薫さんと一緒だったら、まだやる気にもなるけど……」

 

「うるせぇよ! 俺らだってそうだ!」

「ホンマじゃ! 誰がこんなしょっぱい野郎共と行きたいワケあるかい!」

「だいたい女なんてただでさえ少ないのに、森野辺さんと一緒に行くとか贅沢すぎんだよ!!」

 

 合田、下野、赤川が三者三様に言い返してくる。

 どれも翔太郎よりも年上の先輩なのだが、階級は翔太郎が上位なため、今回の任務の班長は翔太郎となっている。

 

 薫と一緒に任務をして、鍛錬にも付き合ってもらっているうちに実力がついたのはいいのだが、そうなったらそうなったで、自分よりも階級下の連中と組まされることが多くなり、必然、薫との任務が少なくなってしまった。

 柱になるためには強くなって上の階級へと進みたいが、そうなると薫との逢瀬が減る………ということで、翔太郎としては二律背反(ジレンマ)に陥っている。

 

 おまけについていないことは重なった。

 東京から帰ってくるなり、薫がすまなそうに言ってきたのだ。

 

 

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「……翔太郎くん、あの玖ノ型なんだけど………」

「はい? え? なんスか?」

「篠宮先生に聞いたんだけど、もう知っているみたいなの」

「………は?」

「あの型は先生と、大先生―――――あなたの大お祖父様(じいさま)よね、二人で作っていたみたいなの。それでその後は先生も研究されてはいたみたいなんだけど、結局、実弥さんに任せた……って」

 

 翔太郎は帰りの汽車の中で描いた未来設計がバラバラと崩れていく音を聞いていた。

 呆然としながら、どうにか頭を動かして薫に聞き返す。

 

「え……っと、じゃあ…あの、薫さんの兄弟子の方々は、あの奥義……玖ノ型についてご存知ってことですか?」

「そうみたい。今、どういう進捗状況なのかは匡近さんに手紙で聞いているところなんだけど、もし、まだだったら一緒に作っていくっていうのもいいだろうし、もう完成させているなら、教えてもらえると思うから」

 

 薫なりに気を遣って言ってくれているのだろうが、それは本来、翔太郎が願っていた道筋ではない。

 

「冗談でしょ! 絶対、無理ですよ」

「どうして?」

「いや俺、別に篠宮先生の門下生じゃないですから」

「そんなの関係ないわよ。あぁ、実弥さんに言いにくいなら、匡近さんに聞いたらすぐ教えてくれると思うわ。私の方でも口添えしておくから」

 

 薫は笑って言ってくれたが、ありがた迷惑な話だった。

「いいです」と答えた翔太郎の返事をどう受け取ったのか、数日後、道場に現れた粂野匡近に声をかけられた時、翔太郎は嫌な予感がした。

 

「よぉ。風波見(かざはみ)翔太郎…だったっけ?」

「………一応、今は風見翔太郎になってます。登録は」

「あ、そうそう。そう言ってたな。――――いや、薫から聞いたんだけど」

 

 相変わらずの呼び捨てである。そういう所にも翔太郎はピリッと引っ掛かる。

 その薫はというと、午後から任務でいなかった。

 

「玖ノ型について調べてるんだって? さすが宗家だな。呼吸の書と注釈本の原本なんて、先生の家にもなかったものなぁ。書き写された指南書はいっぱいあったけど」

「……でしょうね」

 

 翔太郎の声はぞんざいになっていたが、匡近は人の良い笑顔を浮かべたまま、薫に頼まれたらしく余計な申し出をしてくる。

 

「実弥に聞いたけど、まだ完成させるまではいってないんだってさ。まぁ、そんな時間がとれないってのが正直なところなんだけど。あいつは座学とか稽古よりは実地が修行っていうヤツだからさ。で、もし君が玖ノ型を一緒に作り上げていきたいっていうんなら、実弥の下で……まぁ、弟子みたいな形で、組んでやるっていうのも――――」

「はああァァァ??!!」

 

 匡近が言い終わらないうちに、翔太郎は思い切り不満げに叫んだ。

 怒鳴ったと言ってもいい。

 

 不本意だった。

 決して受け入れられない案だ。

 なぜ、自分があの男の弟子にならねばならない?

 有り得ない! 絶・対・に! 有り得ない!!

 

 翔太郎は立ち上がると、とりあえず頭を下げた。

 

「ありがとうございます。でも、俺は自分で自分なりに考えたいので、その提案についてはご辞退させていただきます。失礼します」

 

 慇懃な挨拶とは裏腹に、不平不満が満面に出ていたが、気にしなかった。

 早口に言って、匡近の前から立ち去った。

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 そこからずっと苛立ちは続いている。

 薫に悪気はないのはわかっているのだが、正直、余計なお世話だった。できればこの件については放っておいてもらいたい。

 

 とはいえ、本人を目の前にすると、惚れた弱みで強く言うことはできない……。

 

 

「昨日まではヘラヘラ笑っとったくせに……」

「そりゃ、森野辺さんと一緒だったからな」

 

 赤川達は翔太郎の背後をついて歩きながらボヤいた。

 そう。今回は任務は違ったが、向かう方向が同じであったため、さっきまで薫と道行きを共にしていた。

 道中での翔太郎は上機嫌そのものだった。

 

 夕方に街道のややさびれた宿場町で別れて、翔太郎達は山に入って行き、薫達は隣の町へと向かった。

 薫と一緒だったのは先年の選抜で鬼殺隊に入隊したばかりの癸の隊士と、田町信子という一重三白眼の愛想のない大女。翔太郎の同期でもある。

 

 近頃は薫と一緒に回ることが多いらしく、「のぶちゃん」なんぞと呼ばれている。

 なんだって自分ではなく、あの女が薫さんと共同任務なんだ。

 翔太郎はムカムカして歩きつつ、信子との先日のやり取りを思い出す。

 

 

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「なんで、お前ばっか薫さんと一緒なんだよー」

 翔太郎が不満をぶつけると、信子は三白眼の白目を細めて、呆れたように見た。

 

「そら、分散しとんやろ。強い人は限られとんねんから」

「そんなのはわぁーってら」

「やかましなぁ。薫さんは、あんたみたいなぎゃあぎゃあ(やかま)しいのは嫌いやで」

「なんだとぉ!? このオカメ!!」

「そういうとこがガキやねん! 粂野さん見習ぅてみぃ」

「粂野さん? なんで粂野さんが出てくんだよ?」

「粂野さんは落ち着いてはるし、大人やし。なにより薫さんとよう似合ぅてはる」

「はアァァァ!!??」

 翔太郎の大声に、周囲にいた数人が何事かと怪訝に振り向く。

「似合ってるって、なんだよ! お前が何知ってるってんだ!」

 

 がなり立てる翔太郎を、いよいよ面倒臭そうに信子は見つめた。

「そんなン、(ハタ)から見とったらわかるやろ。粂野さん相手にしとる時の薫さんは、明らかにウチら相手にしとる時とは()ゃうわ。安心しきっとる言うか……」

「そんなの兄弟子なんだから当たり前だろ!」

「あーはいはい。そやなそやなー」

 

 適当にいなして、信子はやってられないとばかりに去って行く。

 チッと舌打ちしながらも、翔太郎自身、あの二人を見ているとなかなか割って入ることができない…。

 

 ―――――匡近さん。肆ノ型を見せてもらっていいですか?

 ―――――あれ? やるのか?

 ―――――いえ。ちょっと工夫できないかと思って……

 

 むろん、二人で稽古しているだけだし、薫は匡近に助言を求めたりしているだけなのだが、信子のように邪推する人間は少なくない。

 だが、あくまで兄弟子としての、そういう好意だと翔太郎は思っている。

 実際、薫も言っていたのだから。

 

 ―――――ああいう人がお兄さんだったら、良かったと思わない?

 

 前文に優しいとか、頼りがいがあるとか言っていたのは除いておいて、つまり『兄』として慕っているだけで、信子が言うような気持ちがあるとは思えない。

 

 だが、薫の方はそうであったとして、粂野側がそうであるとは限らない。

 自分がそういう気持ちを薫に抱いているせいか、わかるのだ。同類は。

 

 

---------------------

 

 

「粂野さん、単刀直入に聞きますけど、薫さんのこと好きですよね?」

 

 前日に玖ノ型での一悶着があったので少々気まずかったのだが、堪えきれなくて、翔太郎はとうとう訊いてしまった。

 

「………え?」

 

 匡近は今日には東京に戻ることになっており、早朝から支度をしているところだった。

 

 任務で一緒になったことはないが、稽古場での粂野匡近はニコニコしつつも厳しい。笑顔だからと油断したら、とてつもなく手痛い反撃を喰らう。

 しかし、稽古場を出ると少しばかり間抜けなところもある、翔太郎にしてみれば、ちょっと頼りない感じすらする先輩だった。

 

 翔太郎の急な質問を予想していなかったのだろう。

 まともに受け取って、匡近の顔が一気に真っ赤になった。

 

「あ、やっぱり」

「いや、違う違う違う違う!」

「違わないでしょ。だいたい、薫さんに会いに来てるんですよね?」

「そういう訳じゃない。こっちで任務があって…」

「本当ですかぁ? 俺知ってますよ。休暇願い出して、こっち来るってなったら、本部からこっちでの仕事を割り振られたりしますもんね。最近は関東方面での鬼の出現が多くなってるから、乙以上の階級の人は、基本あちらにかかりきりのはずでしょ?」

 翔太郎は冷たい視線のまま、問い詰める。

 

「いや。だから……勝母さんのところに毒消しの薬をもらう用事もあって……」

 匡近はモゴモゴと言い訳するが、翔太郎はそんな言葉で納得するほど優しい性格ではない。

 

「そんなん、向こうでも貰えるでしょ。確か、花柱様のいらっしゃる蝶屋敷ってところでも、薬を作ってるって聞いたことありますよ。……ってか、ココに来る前に勝母さんとこも行ってるって、確実に薫さんに会おうとしてますよね」

 

 翔太郎が決めつけるのを、匡近はどうしたものかと頭を掻きながら考えているようだったが、ふと苦笑いがもれた。

 

「……なんです?」

「まぁ、僕の方はね。お察しの通りと言ってもいいが、でもまぁ、最初(はな)から叶うはずもないとわかっているから」

「はぁ?」

「風見翔太郎、だったっけ? 君が薫に憧れる気持ちもわかるよ。薫はいい子だからね。ただ……薫が見ているのが誰なのかは、もうわかってるんだ」

 

 その笑顔は苦しそうで、哀しげで、やさしかった。

 秋の陽だまりのような、寂しさをかかえた温かさだった。

 

 翔太郎は黙り込んでしまった。

 

 

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 あの様子だと匡近もまた片思いだということだろうか…?

 だとすれば、信子の読みは見事に外れているというわけだが、ここで問題となるのが匡近が言った『薫が見ている』『誰』か、だ―――――。

 

 そこで思考は途切れた。

 

 斜め上からの殺気を感じたと同時、翔太郎の体が跳躍した。

 

 さっきまで立っていた場所に、土色の肌の、力士のような重量級の鬼が四つん這いになっていた。

 大きな爪で引っ掻かれた土が、深くえぐれている。

 

「やっと来やがった」

 翔太郎は刀を構えた。

 

「勿体ぶって隠れてんじゃねぇよ! この豚野郎ッ!!」

 

 風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風

 

 刀を一振りすると、三本の爪で引っ掻いたような斬撃が鬼を襲う。

 グハァツ! と鬼の体から血飛沫が飛んだ。

 

「おめぇら! 一気に畳み掛けるぞ!!」

 

 翔太郎の気迫に、鬼の急襲に固まっていた隊士達が次々と技を繰り出した。

 

 楽に勝てる―――――翔太郎を含めた全員が確信していた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 






次回の更新予定は2021.05.08.土曜日です。

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