【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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作中にて未成年者飲酒場面が出てきますが、当時の習俗からのあくまでフィクションです。推奨している訳ではありません。


第五章 昔日 -暁風篇- (二)

 その鬼は八本ある手のそれぞれに、おそらくはそれまで喰ってきたであろう受験者達の刀を持っていた。

 

「………ったく、なんだぁ、この鬼。千手観音じゃあるまいに」

 

 東洋一(とよいち)はつぶやくなり、タタッと走って近くの木の枝に飛び乗る。と、同時に蹴って、より高い枝に、隣の木にと飛び移り、鬼からの攻撃を避けながら、あちこちに鬼の目を分散させた後に、技を繰り出した。

 

 風の呼吸 伍ノ型 木枯らし颪

 

 渦巻く風が刀を手にした鬼の腕を斬り、渦の中心部にすっぽりと入った鬼の首が千切れて飛んだ。

 ボタボタと鬼が持っていた刀が地面に落ちて散らばる。

 

「………あ」 

 

 大きな椎の木の下で、鬼にやられて動けなくなっていた少年…おそらくは東洋一と同じ受験者が、よろよろと立ち上がると、一つの刀を拾ってまじまじ見つめていた。

 

「どうした?」

 

 東洋一はその少年の後ろに立って尋ねたが、答えない。

 しばらくすると、声を押し殺して泣いているのがわかった。

 

 そのまま見守っていてやりたかったが、鬼はこちらの事情など斟酌しない。

 

「泣くのは後にしようぜ。もう、奴ら来てやがる…」

 

 言うなりものすごい速度で走ってきた鬼の爪を躱し、斬りつける。

 もう一匹……と、刀を構えて警戒したが、そちらはさっきまで泣いていた少年が相手していた。

 泣きべそをひっこめて、冷たく鬼を睨みつけている。

 

 霞の呼吸 肆ノ型 移流斬り

 

 それは遅くさえ見えた。だが、そうではない。

 緩やかな構えの姿勢から、相手へと間合いを詰める時は、一瞬。その緩急に惑わされ、鬼は動けない。動けないまま、あっさりと首を斬られた。

 

「へぇ、大したもんだ…」

 

 東洋一がつぶやくと、その少年は決まり悪そうにフイと背を向けた。

 手にはさっき拾い上げていた刀を持っている。

 

「オイ、その刀どうすんだ?」

 東洋一がまた尋ねたが、少年は無視して先へと進んでいく。

 

「おーい。他のはいいのか~?」

「大声を出すな!」

 

 少年は振り返ると、ギロリと東洋一を睨みつけた。

 

「鬼が寄ってくるだろう……馬鹿か、お前は」

「いやぁ……聞こえてないのかと。すまんすまん」

「だから…デカいって言ってるだろう! 声が」

「え? そうか? いや、お前も割と大きいぞ……」

「それは、お前のせいだろう!」

 

 そんなやり取りをしていると、横からカッと光が一条差し込む。

 途端に山の端から出てきた太陽が、見る間にあたりを光のある世界に生まれ変わらせた。

 

「明けたな……」

 

 ボンヤリしながら東洋一は言ったが、特に返事を必要としたわけではない。

 終わりなのか…というのがわからなかった。

 昼夜逆転の、しかも尋常でない緊張感を持って数日過ごしたせいで、時間感覚がおかしくなっていた。今は、いったい何日目だろうか?

 

 東洋一に答えるように、鴉が頭上を飛びながら宣言する。

「最終選別、終了ォォ~。残ッタ者ハ鳥居ニ集マレェ~」

 

◆◆◆

 

 東洋一はその霞の呼吸を遣う少年と共に鳥居をくぐったが、その後に現れたのは一人だけだった。

 赤みがかった金色の髪をした、独特の面貌の少年だった。

 

 玉鋼を選び、鎹鴉を送られ、藤襲山のふもとにある藤家紋の家に向かうよう指示された。

 そこで任務用の着物の寸法を測るらしい。その後は着物が出来上がるまで三日間ほど休むようにとのことだった。

 

「お、久々にあったけぇ布団で寝れるのか?」

 東洋一が無邪気に喜ぶと、金の髪の少年が「うむ! 久しぶりにゆっくり眠れそうだ!」と、力強く叫ぶ。

 霞の剣士である少年は振り返って二人を渋い顔で見ていたが、無視してスタスタと歩き始めた。 

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

「各々名前を言い合おう。私は煉獄(れんごく)康寿郎(こうじゅろう)だ。炎の呼吸を遣っている。君たちは?」

 

 金の髪の少年―――――煉獄康寿郎は、一眠りしてすっかり気力も充填されたようだった。

 

 藤家紋の家に着き、畳に敷かれた布団を見るなり、三人はバタリと倒れ込んで寝入った。

 そのまますやすやと眠って、起きれば夕暮れ。

 久しぶりに風呂に入り、七日間の埃や垢を落とした後にはご馳走が用意されていた。

 

 三つならべられたお膳の前で、ようやく三人は揃った。

 

 康寿郎の後に続いたのは、洗い終えた黒髪をきちんと髷に結った総髪の少年だった。

 

(一方の東洋一はというと、月代(さかやき)の部分は既にボウボウと草が生えたように髪が伸び、洗い髪を大して拭くこともせずに無造作に垂らしていた。そのだらしない様子に総髪の少年は席に着くなり眉をひそめていた。)

 

「俺は…香取(かとり)飛鳥馬(あすま)。霞の呼吸をやっている」

 

 二人はそのまま東洋一が言うのを待っていたが、その時、東洋一は食べるのに夢中だった。咀嚼音だけが響き、我慢できなくなった飛鳥馬が怒鳴りつける。

 

「おい! さっさと自己紹介しろ! 我々は二人ともしたんだぞ!」

「あ? えぇと……ひごぃやほごいい……」

 モゴモゴと話そうとする東洋一に、康寿郎はハハハハと笑った。

 

「気にするな! しっかり咀嚼してから言うといい。香取、我々も食べよう。腹が減っては戦はできん!」

「……何言ってんだ、ようやく終わったばっかだっつーのに」

 東洋一はようやくご飯と芋の煮っころがしを飲み下すと、呆れたように言う。

 

「そういえば、そうだな。だが、一難去ってまた一難だ! いつでも用意は怠らないようにしないとな」

「今日くらいは勘弁してくれよ……」

 言いながら東洋一は用意されていた酒をお猪口に注ぐ。

 

「おい」

 飛鳥馬が眉間に皺を寄せて、東洋一を睨んだ。

 

「ん? なんだ? あ、呑む?」

「呑まん! さっさと自己紹介しろ!」

「あぁ。悪い悪い。篠宮東洋一。風の呼吸な。――――おい、煉獄。……煉獄って呼び捨てにすんのなんか怖いな。炎柱様に怒られそうだ」

「そうか? 気になるなら康寿郎と呼んでもらって構わん」

 

 屈託なく言うので、東洋一は名前で呼ぶことにした。

 

「おう、康寿郎。お前、呑むか?」

「うむ……普段はあまり呑まないが……今日は祝いの席だ。特別に呑むことにしよう!」

「おう、呑め呑め」

 

 東洋一は康寿郎の猪口に酒を注ぐと、もう一度、飛鳥馬に尋ねた。

「どうだ? 呑むか? まぁ、呑めないなら無理すんな」

 

 ギリ、と飛鳥馬は歯噛みすると、猪口を差し出す。

 半分ほど注いで上げようとすると、「なみなみと注げ!」とまた怒鳴られた。

 なんか音量のデカいヤツばっかだな……とは思いつつも、久しぶりに楽しい気分なので、気にしないことにする。

 

 しばらく七日間の空腹を満たすべく、三人は黙々と食べた。

 

 

「篠宮東洋一! ようやく会えたな!」

 

 おおむね食べ終えると、康寿郎がいきなりそんなことを言い出したので、東洋一はきょとんとした。

 

「風波見家の門下生だろう? 風波見家は私の家から半里ほどだ。風柱には何度かお会いしたこともある。父上が存命の時には、よく来ておられた」

「へ? あぁ…そうかい」

「風波見ってお前……あの風柱様の継子なのか?」

 

 飛鳥馬は驚いたように訊いてくる。

 

『あの風柱』―――――と呼ばれる所以(ゆえん)は、東洋一の師匠である風波見(かざはみ)周太郎(しゅうたろう)が隊内においては生ける伝説として語られていることによる。

 

 五年ほど前に、岩柱と鳴柱が相次いで鬼に殺られたことで、柱の数は三人にまで激減した。

 残った水・炎・風柱はその後の五年間をたった三柱だけでやっていかねばならないほど、鬼殺隊は追い込まれた。

 伝説の三柱と呼ばれる中で、水・炎は途中で代替わりしたものの、風波見周太郎は一人生き残って未だ健在であり、鬼殺隊最強と呼ばれるに至っている。

 故に、隊内において柱の中でも風柱は一種特別視されているのだ。

 

 が、東洋一には関係ない。周太郎(ししょう)は確かに尊崇されて然るべき対象だが、自分はただの弟子に過ぎない。

 

「あぁ、うん」

 手を休めることなくご飯を食べる東洋一に、飛鳥馬が興味津々という顔で尋ねてくる。

「じゃあ、柱を継ぐのか?」

 

 柱の弟子は継子と呼ばれるが、東洋一はただの弟子である。跡継ぎは賢太郎と決まっている。

 

「まさか! 俺はただの弟子だ」

「そうとも限らないだろう!」

 

 真っ向から否定したのは康寿郎だった。

 

「確かに風波見家は我が家と同じく世襲の柱だが、それはたまさか柱たるにふさわしい人間がその家系から輩出されたに過ぎない。実力もない人間が柱になることは許されないからな! 風柱様も、特に世襲にはこだわっていないはずだ!」

 

「えぇ~…??」

 東洋一は聞きながら、ヒラヒラと手を振った。「冗談だろォ、やめてくれよ~」

 康寿郎は不思議そうに首を傾げた。

 

「何故だ? 篠宮東洋一は強いと聞いている。継子の中でも特に優秀だと仰言られていたので、手合わせ願いたいと何度か伺ったが、いつも貴君は御内儀(ごないぎ)に頼まれた用事の使いで留守だったのでな……今日まで会えなかったが、ようやく会えた! 手合わせ願いたい!」

 

「いや…今度な。今、酒呑んでるだろ」

「うむ。そうだな…では明日」

 康寿郎はそう言って、グイと酒を呷る。

 

 飛鳥馬は康寿郎と東洋一をそれぞれに見つめた。

「あの炎柱の息子と……あの風柱様の継子………」

 つぶやいてハアーッと溜息をつくと、一人手酌で酒を呑み始めた。

 

「おい…慣れてないなら、そう()いて呑むなよ」

「うるさい! なんでお前らみたいなのが同期なんだ。どうせ俺が一番先に殺られて終わりだ」

「何言ってんだ?」

 

 東洋一には飛鳥馬の苛立ちが理解できなかった。

 ともかくも怒っている奴に話しかけても損なだけなので、東洋一は康寿郎に話を向ける。

 

「そういや、お前、父親が炎柱ってことは…今の炎柱は?」

「叔父だ! 父亡き後は私の師匠でもある! 私を育ててくれた恩人だ!」

 

「…大したものだな。伝説の三柱である炎柱二人共に薫陶を受けて……」

 飛鳥馬は脇息に凭れかかりながら、拗ねたようにつぶやく。

 

 伝説の三柱――――ではあるが、炎と水は途中で代替わりしたため、人数としては五人いる。

 

 少しばかり嫉妬の入った飛鳥馬の言葉に、だが康寿郎はまったく悪意を感じなかったらしい。

「うむ! 我ながら、幸福なことだと思う!」

「………」

 すかされた飛鳥馬が呆気にとられる。

 

 東洋一がゲラゲラ笑うと、じっとりした目で見てきた。

「お前……なんで継子なのに、師匠の奥方にコキ使われてるんだ?」

 

 赤くなっている顔を見て、東洋一は飛鳥馬が酔ってきていると確信した。

 さりげなく飛鳥馬の傍にあった銚子を離しておく。

 

「いや、コキ使われているワケじゃ……たまたまっつーか」

「そうではないだろう!」

 否定したのはなぜか康寿郎だった。

「風柱の御内儀が貴君を邪険にしているのは明らかだ! 君の兄弟子も言っていたぞ。御内儀は篠宮東洋一が自分の息子にとって将来、邪魔になるから嫌っていると!」

 

 ぐっさりと芯をえぐりつつ、あくまで朗らかな康寿郎に、東洋一は乾いた笑いを浮かべた。

「いや…まぁ…そりゃ……あれだ。ちょいとばか虫の居所が悪かったんだよ、御内儀様の。だいたい将来って…なんだよ。柱とか、あり得ねぇよ」

 

「どうしてだ? お前の方が強いなら、お前が柱になって然るべきだろう。師匠の息子だからと遠慮でもしているのか?」

 まるで自分のことのように怒った様子で飛鳥馬が訊いてくる。

 東洋一は困惑した。

「そういうワケじゃない。賢太郎はまだ小さいし……遠慮するとか…だいたい、今やっと隊士になったばっかだろうが」

 

「うむ! やはり強い者がなるべきだ! 私も強くなって、煉獄家の人間としてその名に羞じぬ炎柱となるぞ! 東洋一も励め! 飛鳥馬も! 我々三人で柱となって、無惨を倒すぞ!」

 

 そう叫んで拳を振り上げたかと思うと、コテンと康寿郎は倒れた。

 さっきまで爛々と見開いていた目が閉じて、くぅくぅ寝ている。

 

「……コイツ、酔ってたのか……?」

 東洋一は呆れて溜息をつくと、とりあえず自分の羽織をかけておく。

 

 振り返ると、いつの間にか離してあった銚子が飛鳥馬の横にある。

「おいっ! お前……」

 

 言いかけて、東洋一はギョッとした。

 目の前で飛鳥馬は真っ赤な顔をして、号泣していた。

 

「柱か……柱なんて……ぼ、僕には……うぅ」

 

「おい、もう呑むな」

 東洋一は銚子を取り上げようと手を伸ばしたが、飛鳥馬はひったくるようにして取ると、そのままグイーッと一気に呷った。

 東洋一は天を仰いだ。後悔した。ものすごく。

 コイツらに酒なんぞ呑ませるんじゃなかった……。

 

「僕は…僕も…代々鬼殺隊の出だ。父も、祖父も……兄達も」

 飛鳥馬は泣きながら話し出した。

 

「あぁ、そうか。お前もなんか柱…なんだ、代々霞柱とかか?」

 何気なく相槌を打つと、飛鳥馬はキッと睨みつけて怒鳴った。

 

「そんなワケないだろう! ウチは代々平凡な一般鬼殺隊士だよ! 柱になれるような先祖は一人もいなかった!」

「あぁ……うん」

「僕が柱なんかになれるもんか………兄さんにだって無理だったのに……」

「そうか、うん。無理すんな」

 

 こうなれば、いっそ酒を呑まして康寿郎のように潰すしかない。

 東洋一は飛鳥馬の猪口に酒を注ぐ。飛鳥馬はじーっと猪口の中の透明な液体を見つめた後、グイッと呷って、また突き出す。東洋一は溜息をつきながら、また酒を注いだ。

 

「僕には兄弟が八人いたんだ。兄さん達は皆、死んでしまった。僕が最後の子供なんだ……よかった……生き残れて……よかった」

「うん。よかったよかった」

「東洋一。あの刀……お前が倒してくれた鬼が持っていた刀……な。俺のすぐ上の兄さんのものだ。一番、強かったんだ。僕なんかより…ずっと、ずっと……兄さんだったら柱になれたかもしれないのに……僕なんかより…ずっとふさわしかったのに……」

 

 話しながら飛鳥馬はボロボロ泣き続ける。

 もう涙腺のネジが緩みまくって、外れているのかもしれない。

 

「まぁ、そう言うなよ。兄さんの分も頑張ってみろよ。そしたら柱にだってなれるかもしれねぇだろ」

「簡単に言うな……」

「いや。お前…わりと強いと思うよ。鬼を斬った時の動作もさ……たぶん、鬼の方は斬られたって感覚もなかったんじゃないか? 大したもんだと思ったよ」

 

 東洋一は軽い調子で言ったが、それは事実だった。

 飛鳥馬の身のこなしは、相当な鍛錬を積まねばできない。

 今はこんなだが、普段においては真面目な男なんだろう…ということは、短い時間ながらも感じたことだ。

 

 飛鳥馬はしばらく無言だった。

 頭が垂れている。

 潰れたか? と思ってそっと窺うと、急に顔を上げた。

 

「…………だったらお前も柱になれ。お前の方がずっと強い」

 

 そう言って、じいいぃと飛鳥馬は東洋一を見つめる。というより、目が据わっている。

 酔っ払いにまともな返事をしても無駄だと、これまでの経験で東洋一はよくわかっている。

 

「あぁ、わかったわかった。三人で一緒に柱になろう」

 

 軽く応じると、飛鳥馬はニコーッと笑みを浮かべ、そのまま大の字になって寝た。

 

 ハアァ…と溜息がもれる。

「酔っ払い共が……弱ぇんだよ」

 その後、ひとり酒もさほど続かず、東洋一もそのまま寝入った。

 

 

◆◆◆

 

 

 最終選別を終えた鬼殺隊士がさんざ酒盛りした挙げ句、酔っ払って正体なく寝ていた…。

 その藤家紋の家では、前代未聞のこととして語り継がれ、次の選別からは酒の提供をやめたという。

 

 

 

<つづく>

 

 

 





次回は2021.06.09.水曜日の更新予定です。

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