【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第五章 昔日 -暁風篇- (四)

「ジゴさん! 柱就任、おめでとー」

 そう言って東洋一(とよいち)が近づくなり、鳴柱・桑島慈悟郎は後ずさった。

 

「なんだ今更……何の用だ?」

 警戒する慈悟郎を、東洋一はニヤニヤ笑って追い詰める。

 

「まぁまぁまぁ。就任祝いと行きましょう」

「何が就任祝いだ! 柱になってから一年以上、()っとるわ。お前、俺にタカってるだけだろうが!」

「嫌だなー。そんなケチなこと言うもんじゃないですよ、柱が。久しぶりに会った後輩を(ねぎら)ってくださいよ、柱なんだし」

「柱、柱と……安く言うな!」

 

 とは言いつつも、結局、慈悟郎は押し切られ、気がつけば行きつけの居酒屋で祝杯を上げていた。

 祝われているが、おそらく支払いは自分だろう。

 苦虫を噛み潰しながらも、実のところ東洋一と呑むのは嫌いでない。

 

 初めて会った時から、どこかしら人をくったような…それでいて妙に憎めぬ男であった。

 

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「あ、どうも。篠宮東洋一といいます。よろしくお願いします」  

 

 道場で居並ぶ先輩を前に、その男は軽く挨拶した。

 そのふてぶてしい様子に、慈悟郎を含めて皆、少しイラッとしたのだろう。

 

「オイ、新入り! 稽古をつけてやる」

 

 その場にいた一人が怒鳴りつけ、道場で暇をしていた人間が修練場へと向かった。

 慈悟郎は任務中に破けた着物にツギ当てしていたのだが、しばらくすると、一人の隊士が呼びに来た。

 

「慈悟郎……お前、行ってくれよ」

 腹に打撃を受けたのか、押さえて時々うぅと呻いている。

「なんだよ…お前ら。自分らで連れて行っておいて、やられてんのか?」

 慈悟郎は笑いながら、面白そうだと思って修練場へと向かった。

 

 そこには三十人ほどが集っていたが、その半分がさっきの男のようにうぅぅ、と呻いて隅に転がっていた。

 

「桑島! 来たか!」

 出入口に現れた慈悟郎を見るなり、まだ立合前だった隊士の一人が走り寄ってくる。

「あ、アイツ…やっつけてくれ」

 

「お前ら……新入り相手に何やってんだ?」

 情けない姿に嘆息しながら、慈悟郎は壁にかかってある木刀を取った。

 

「桑島慈悟郎とまともにやれるヤツなんざいねぇんだ!」

「鬼殺隊の厳しさを知れよ、新入り!」

 

 横から野次を飛ばす同僚を慈悟郎が睨みつけると、彼らはピタリと口を閉ざした。

 まったく恥ずかしいヤツらだ。自分らが敵わないからって、俺にやらせようなんざ……。

 

 慈悟郎は深呼吸して、その新入り――――篠宮東洋一とやらと向き合う。

 

「やりますか?」

 肩に木刀を担いで、東洋一は余裕の笑みだった。なるほど、これはムカつくだろう。

「構えろ」

 慈悟郎が低く言うと、東洋一は刀を構えた。まだ、不敵な笑みを浮かべている。

 

 しばらく無言で見合い、慈悟郎はゴクリと唾を飲んだ。

 久しぶりだった。人間相手にジワジワと足元を這い上がってくる、この戦慄(ふるえ)

 

 東洋一もまた、慈悟郎と向き合ううちに何か感じたのであろう。

 笑みが消え、鋭い双眸がじっと慈悟郎を見つめていた。

 

 双方、同時に気合を叫ぶと、慈悟郎は凄まじい勢いで相手の胴へ、東洋一は慈悟郎の小手に打ち込んでいた。

 倒れたのは、東洋一の方だった。わずかに避けきれなかったらしい。

 雷の呼吸を遣う慈悟郎に速さで及ぶ者はいない。

 だが、慈悟郎も木刀を落とした。

 

「くっ、桑島の勝ちだ!」

 同僚が叫ぶと、「うるさいっ!」と慈悟郎は一喝した。

 

「大丈夫か?」

 慈悟郎が声をかけると、東洋一はニコッと笑った。

 さっきまでのニヤニヤした笑い方と違い、少年らしい愛嬌のある笑みだった。

 

「いやぁ、久しぶりにやられた。康寿郎(こうじゅろう)にやられて以来だ」

「康寿郎?」

「同期です。あ、飛鳥馬(あすま)にも一回やられたか」

「飛鳥馬?」

「あ、同期です」

「………お前さんの同期は、なかなか優秀なのが揃ってるんだな。お前さんとやり合って勝つとは」

「ジゴさんも相当ですよ」

 

 言いながら、東洋一はフーッと息を吐いて立ち上がった。それで、もう治っているのだろう。おそらくこの男は既に全集中の呼吸・常中を会得している。

 

 しかし……

 

「ジゴさんて、俺のことか?」

「そうですね」

「俺、先輩だぞ。年はいくつだ、お前?」

「十五です」

「五つも年上だぞ!」

「そうですか。まぁ、いいでしょ?」

 

 屈託ない笑顔で言われて、慈悟郎は言い返せなかった。

 結局、それ以来「ジゴさん」と呼ばれ…… 

 

----------------------

 

「……あの時しっかりコイツに先輩だということをわからせてやっておけば………」

 慈悟郎はフーと溜息をついて酒を呑む。

 

 その後、担当地区が同じであったために共同任務にあたることもあり、道場でまともにやり合える相手が互いしかいない、ということもあって、気がつけば篠宮東洋一は一番仲の良い後輩となっていた。

 

 何度か呼び方についての不満も言ったのだが、うやむやのうちに定着してしまい、その内、ほかの隊士からも呼ばれるようになった。

 もっとも、柱となった今ではさすがに遠慮して、皆「鳴柱様」と呼ぶようになったというのに、東洋一には関係ないらしい。

 

「ジゴさんも入ったし、また新しい柱も入ったんだろ? いやー、良かった良かった」

「お前な。もうちょっと柱に対する尊敬というか…」

「尊敬なんて、柱になる前からしてますよ。あともう一本つけてもらったら、もっと尊敬しまくります。――――おーい。銚子もう一本追加~」

「いい加減にしろよ、お前。何本目だ? まだ半時も経ってないんだぞ」

「そうなんですか? まだまだ呑めますね」

「そういうことじゃない!」

 

 言っていると、田楽とねぎまの鍋が運ばれてくる。

「おい! どれだけ頼むんだよ!! こんなに食えるか!」

 既に膳にはこれでもかというくらいに皿が並んでいる。

「仕方ないでしょ。食べ盛りなんだから、コイツ」

 言いながら東洋一は大根の田楽を一つ、取って食べた。

 隣の天狗の面を頭に乗せた男は、ジロリと睨んで、こんにゃくの田楽を食べ始める。

 

 最近、東洋一とよくつるんでいる後輩らしい。

 名前は鱗滝左近次と挨拶された。

 さっきから入ってくる客が二度見するくらい、優しげな、整った風貌の男なのだが、本人はまったく気付いてない様子だ。

 楽しいのか楽しくないのかわからない顔で、黙々とひたすら食べている。

 慈悟郎は首をかしげた。

 

「酒も呑まんのに、この男にくっついて来て…お前さん、この男に弱みでも握られてるのか?」

「どういう意味だよ。失礼だな、ジゴさん」

 

 ムッとした様子で言う東洋一を無視して、慈悟郎は左近次に尋ねた。

 

「コイツに金を貸したりしてないか? 博打で有り金とられたとか、美人局に引っ掛かったとか言って……」

「えぇ、はい」

 左近次はあっさりと頷いた。

 

「やっぱりか!」

「ついでに言うと、遊郭(さと)にも無理に付き合わされます」

 ねぎまのマグロを食べながら、左近次はしれっとした表情で東洋一の悪行を述べる。

 

「なにやっとんだ、お前。後輩にまで迷惑かけよって…」

「いやー。だってさ、ジゴさん。コイツ連れていくと女受けがいいのよ。後で行こうか? 久々に。深川あたり」

「要らん! これ以上、金は出さん」

「私も嫌です」

「なんだよ~、ケチ! 女もなしに男でつるんで呑んで何が楽しいってんだーっっ」

 

 酒が回り始めたのか、東洋一はいきなり叫び声を上げた。店内の客があきれた視線を投げかけた。

 慈悟郎は深く溜息をつく。

 

「……なんなんだ? いきなり」

「気にしないでください。またフラれただけです」

「ハァ? またか」

「まぁ、いつものことです」

「ったく……相手してもらいたいなら、商売女を口説くなよ、お前は」

「うるせーやい! 向こうだって恋文くれってたんだぞ」

「私ももらいましたよ」

 

 平然と言って、左近次はねぎまを食べ終えると、天ぷらを注文する。

 正直、見てるこっちが気持ち悪くなるくらい食べる……。

 

「てンめェ…俺に誘われて嫌々ってな顔しといて、なに勝手にモテてやがるッ!?」

「……立て替えた揚代、もらってませんけど?」

「だから今日、誘ってやったんじゃねぇか」

「………オイ。その払い、俺だろう」

 

 慈悟郎が睨みつけると、東洋一はヘヘヘと笑いながら猪口に酒を注いで渡す。

 

「ま、おひとつ。よかったですね~、柱」

他人(ひと)の財布で借りを返すな!」

「ケチくさいこと言いなさんなよ~! どーせ金貰ったって、そうそう使やしないんだから、ジゴさんは。たまに後輩と呑んだ時くらいパーッと使いましょ、パーッと!!」

 

 東洋一が大声でまた騒ぎ出すと、後ろでダン! と壁に拳を叩きつける音が響く。

 

 途端にピリピリした緊張感が店内に張りつめた。

 慈悟郎が振り返ると、ゆっくりと立ち上がった下げ髪の少女が、眉間に皺を寄せてこちらに向き直った。

「あっ」と短く声を上げた慈悟郎を、少女はジロリと睥睨する。

 

「なんだい? お嬢ちゃん」

 東洋一がニヤニヤと笑って声をかけた。「子供がこんな店で飲み食いする時間じゃないぜ~」

 

「心配無用。ここの店主とは顔なじみだ」

 少女は冷えた目で東洋一を見ると、大人びた口調で言った。

 

「休息中に邪魔はしたくないがな、他の客もいる。みっともない酒の飲み方は控えることだ」

「ほぅ。随分と上段に構えた物の言い方をなさることだな」

 

 東洋一は腕を組むと、面白そうに少女を見た。ピク、と少女のこめかみが震える。

 

「私を馬鹿にしない方がいい」

「馬鹿にはしねぇ。子供(ガキ)だと思うだけだ」

「…………」

「一番、みっともねぇ酒の呑み方を教えてやろうか、お嬢ちゃん。場を白けさせて、酒呑みを素面(シラフ)に戻しちまうのが、一等、つまらねぇのさ」

 

 少女は一歩進むと、膳の上の銚子を取った。

「だったら、酔い潰れるまで呑め!」

 バシャリ、と東洋一の顔に酒をぶっかけると、少女は足早に立ち去った。

 

「あーあ……勿体ねぇの」

 東洋一は額を拭った手についた酒を舐めながら、チラと慈悟郎を見た。

「知り合いかい? ジゴさん」

 

「あぁ……さっきお前さんも言ってたろ。今度新しく入った柱」

「は?」

「花柱の五百旗頭(いおきべ)勝母(かつも)。聞いて驚け。十三歳だ。柱としちゃ、史上最年少だって話だ」

 

 しばらく東洋一は固まっていた。

 少女の去った戸口を見やり、また慈悟郎を見る。

 

「怒らせましたね、完全に」

 隣で左近次はさっき頼んだ天ぷらを、いつの間にか頼んでいた蕎麦に乗せてすすっていた。そろそろシメてくれるのだろうか…。

 少しホッとした慈悟郎の前で、東洋一が頭を抱えていた。

 

「やべぇ……師匠に怒られる」

「あぁ……そうだな。風柱様は、五百旗頭のことはすごく買っているからな」

 

 五百旗頭勝母は十一歳で入隊後、たった一年八ヶ月で甲まで上り詰め、先頃、下弦の鬼を討伐した。それも単独で、だ。

 その強さと、元花柱であった祖母からの薫陶を受けて、至極真面目で勤勉であるとの評価もあり、十三歳という若さで柱に推挙された。

 ついこの間のことだ。

 

「ただでさえ…この前、博打(ばくち)でスッたのがバレてしこたま怒られたばっかなのに……」

「お前、今年で二十歳(はたち)だろう? 少しは年下を見習え」

 

 慈悟郎は呆れて忠告したのだが、結局その後、東洋一はまた酒をしこたま呑んで、左近次に肩を貸してもらいながら帰っていった。

 

 

<つづく>

 

 

 







次回は2021.06.16.の更新予定です。


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