【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第五章 昔日 -暁風篇- (五)

 齢十三で柱となったことで、隊内をザワつかせた五百旗頭(いおきべ)勝母(かつも)と、東洋一(とよいち)が初めて共同任務に当たることになったのは、居酒屋での最悪の初対面から一ヶ月後のことだった。

 

 最初、東洋一を見た勝母はひどく困惑した表情だったが、すぐに以前と同じ憮然とした顔になった。

 

 東洋一はたいがいの人間と仲良くなるのに、さほど時間はかからないのだが、どうにもこの勝母という少女には話しかけづらかった。

 

 無言のまま鴉の案内で進んでいき、夕闇の中、竹林を歩いていると、突然鋭い鳥の啼き声が響いた。

 同時に、頭上から影が落ちてくる。

 

 東洋一は飛び退くと同時に抜刀して、その影の一部を斬っていた。

 ギャアアと耳障りな甲高い悲鳴が辺りに響き渡る。

 

 東洋一の足元に朱色の鱗に纏われた、人間の男の腕ほどもある三本爪の鳥の足が落ちた。

 鳥は飛行して逃げると、竹藪の上を旋回して、再び向かってくる。

 十分に引き寄せてから、東洋一は技を繰り出した。

 

 風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐

 

 竜巻のように巻き上がった風の刃が鳥を包み込む。

 キイィィと耳障りな啼き声が響き、ボトリと首が落ちた。

 

 術が解けて、元の鳥の姿に戻ると、小さな頭蓋骨だけが残されていた。

 鬼が血鬼術で小動物などを變化(へんげ)させ、下僕として使役することがある。この鳥もその類であった。

 

「使いか…」

 忌々しくつぶやいて、勝母は振り返りざま、技を繰り出した。

 

 花の呼吸 肆の型 紅花衣

 

「キャウッ!」

 背後から迫っていたその鬼は、その抜き打ちの攻撃に甲高い悲鳴を上げた。

 

 数本の竹と一緒に斬りつけられて、ボトリと右腕が落ちた。

 翼のようになっているが、先端に五本の骨のような指とその先には鋭い爪がついている。

 顔以外は朱色の鱗と白と茶の鳥の羽根に覆われていた。身の丈は八尺ほど。

 既に人としての知能が失われているのだろうか。目の焦点は合っておらず、少しばかり尖った口は開きっぱなしでダラダラと涎が垂れていた。

 

 鬼は真ん丸なその目を(しばた)かせると、一目散に逃げ出した。

 竹藪の中を飛行するかのように、縦横無尽にすり抜けていく。

 

 勝母と東洋一はほぼ同時に追っていったが、暗い竹藪の中ではどうしたって鬼に利があった。

 所々に伸びてきた筍に足を取られそうになる。

 

 そうこうするうちに、前方にほのかな灯りが見えてきた。

 東洋一は焦った。

 竹林を抜けると、確か花街の近くに出る。下手すると人がいる。

 

 竹藪から抜け出た鬼は用水路を越えて、小路へと入っていった。

 

「キャアアア」

 

 女の悲鳴が聞こえた。

 勝母はチッと舌打ちすると、粗末な板葺きの屋根に飛び乗り、屋根伝いに走り出した。

 曲がりくねった道を行くより、直線で鬼の場所に辿り着けると思ったのだろう。

 

 この辺りは花街の外れで、掘っ立て小屋ばかりが並んでいた。昔は局女郎(つぼねじょろう)が店を出していたが、今は役人に追い立てられてほとんど無人だった。

 

 一瞬、考えて東洋一は迷路のような小路を走り出す。勝母との体重差を考えると、同じことをすれば腐った屋根を破って、足がはまりこみかねない。

 

 屋根を伝っていく勝母の姿が消えた辺りを目指して行くと、女の悲鳴がまた響く。

 その声のした方へと向かうと、ちょうど勝母が花の呼吸を使って技を繰り出そうというところだった。

 

 鬼はキイィィとまた耳障りな啼き声を響かせつつ、咄嗟にへたりこんでいた人間の女を掴んで勝母の前へと出した。

 急に人間を盾にされ、勝母は呼吸を中断せざるを得ない。

 

「くっっ!!」

 

 身体を捻って、技を女から逸らせたものの、形勢を逆転させた鬼の攻撃と、自らの攻撃のあおりを食らって、地面に叩きつけられた。

 

「花柱!」

 

 東洋一が走り寄ると、脳震盪を起こしているらしく気を失っている。

 

 助け起こす暇はなかった。すぐに鬼が攻撃してくる。

 東洋一は勝母を蹴って隅へと身体を押しやると、クルクルと後方へと宙返りし、崩れかけた塀の上に飛び乗って鬼の攻撃から逃れた。

 

 敏捷な動きで攻撃を躱す東洋一に苛ついた鬼は、キィィィィと甲高く嘶いた。

 その口から無数の蝙蝠のような、黒い小さな鳥が飛び出てくる。いや、口から飛び出したというより、音が蝙蝠の姿をとったと言った方がいいかもしれない。

 無数の羽音がさざめき、東洋一を取り囲もうとする。

 

 風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹

 

 技で散らしたものの、かいくぐった小さな蝙蝠が腕や足を切り裂いた。傷自体は大したことはなかったが、切られた箇所がジワジワと痺れてくる。

 

 ―――――まずい…

 

 毒だと認識できたが、解毒薬を服んでいる暇はない。

 東洋一はスィィィと深く息を吸い込んだ。

 

 まずは、あの鬼の手にある女をどうにかしないと、巻き込んでしまう。軽く跳躍して、東洋一は鬼の腕を狙って、技を放った。

 

 風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐・(ひとえ)

 

 教えられた通りならば、その技は下から上へと斬り上げる大きな斬撃と同時に、無数の細かい斬撃からなる合わせ技なのだが、それだと女を傷つけてしまう。

 刀の持ち方と振りの角度を少し変え、東洋一は一つの斬撃でもって鬼の腕を斬り落とした。

 

 ドサリと腕と共に女が落ちたことを確認すると、すぐさま次の技を繰り出す。

 

 風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐

 

「ギギィィィヤアアァァ!!!!!!!」

 

 断末魔の悲鳴と共に、鬼の首が落ちた。

 咆哮と共に飛び出した無数の蝙蝠が一つの形となって、東洋一の背後から襲いかかる。

 だが、寸前でそれも霧散した。

 

 花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬

 

 いつの間にか意識を取り戻していた勝母が、鋭い連撃で薙ぎ倒す。

 

「おぅ……ありがとよ」

 東洋一が軽く礼を言うと、勝母は眉間に皺を寄せた。

 

「最後まで油断するな」

「そうだな……」

 

 東洋一はフッと笑って刀を仕舞おうとしたが、ガチャンと落とした。

 どうやらさっきの毒が回ってきたらしい。

 

 勝母が怪訝そうに見た。

 

「どうした?」

「いや…毒が……」 

 

 言い終わる前に、勝母は腰にかけてあった巾着から小さな瓢箪を取り出すと、栓を開けて、無理やり東洋一の口に突っ込んだ。

 

「飲め! 解毒薬だ」

「う……ぐぐ」

 

 息が止まりそうになりながらもなんとか飲み下す。

 勝母は瓢箪を東洋一の口に押し付けたまま、助かった女の方へと歩いて行った。

 

「無事か?」

「あ……あ……」

 

 女は恐怖のあまり、言葉がでなくなっているようだった。

 

「立てるか?」

 

 勝母が問うと、女はブルブルと首を振った。

 

 東洋一は瓢箪の中の薬を全部飲むと、二人に近寄った。そこで、女が失禁していることに気付いた。無理もない。あんな異形の者に掴まれて、刀を目の前で振り回されては。

 

 東洋一は羽織を脱ぐと、女の膝の上へと放り投げた。

 

「それ腰に巻いてな、娘さん。今からアンタを家まで送り届けてくれる奴を呼ぶから」

 

 そう言って東洋一が鴉に任務完了の印をつけて飛ばすと、さすがに町中であるため隠は早くに訪れた。

 後の始末を隠に任せて東洋一は勝母と一緒に歩き出す。

 

「……薬は効いたか?」

 勝母は振り向くことなく尋ねた。

 

「あぁ、おかげさんで。ちょいと指先に痺れが残ってるだけだ」

「……そうか」

 

 それからしばらく無言だったが、堤防の上を歩いている時に、また勝母が声をかけてきた。

 

「………随分と、身軽だな。デカい身体の割に」

「まぁ、風はそういうもんだろ」

「そうでもないだろう。お前以外の風の呼吸遣いとも仕事をしたことはあるが、動き方はもっと鈍重だった」

「言うねぇ…花柱。まぁ、俺は元は曲芸師の息子だったからな。そのせいじゃないの?」

「曲芸師?」

「父親がな。俺は小さい頃から梯子やら一本竿によじ登って(しゃち)とかやってたのさ」

 

 勝母の言う通り、東洋一はデカい図体の割には身体が柔らかく、身軽だった。

 また、師匠からは「身体に芯が通っている」とよく言われた。つまり体幹がしっかりしている、ということだ。

 風の呼吸の技は体躯全体を使って繰り出すものが多いので、芯がブレると勢いが削がれるらしい。

 そういう意味では、幼い頃の父との遊びのような練習にも、意味があったということだろう。

 もっともそれは最近になってわかったことだったが。

 

「なるほど……道理で身軽な訳か」

 勝母は得心すると、またしばらく黙り込んだが、次の質問は東洋一の意表をついた。

 

「お前の父親は……風柱ではないのか?」

「………は?」

「そういう噂がある。風柱には息子がいるが、もう一人妾腹に産ませたのがいる、と。しかもその息子も引き取って一緒に暮らしていると」

「いや……ンな訳あるか。俺の父親は根無し草稼業のれっきとした大道芸人だよ。師匠と俺のどこに似たとこがあるんだよ」

 

 勝母はしばらくじいぃと東洋一を見上げて、「確かにな」とつぶやくと再び歩き出す。

 

「それで…お前の父親はまだ、その芸人をやっているのか?」

「あ? いや。俺の父親は鬼に殺されたんだよ。で、そこで助けてくれたのが師匠だ」

「……そうか。それで、風波見(かざはみ)家には恩義があるという訳だ」

「まぁ…そうだな」

「風柱はお前にとっては亡き父の代わりともいえる存在、ということか」

「んあ? 馬鹿言え。師匠は師匠だ。親父は親父。全然違うわ」

 

 勝母はふと足を止めると、振り返った。

 その目は何か複雑な感情を宿していたが、東洋一にはその意味するところはわからない。

 

「……どう違うんだ?」

「どうって……なんでそんなこと聞く?」

「聞きたいだけだ。父親は、お前にとってどういう存在だ?」

「はぁ? 親父? 親父は別に……普通の、なんてことねぇ親父だよ。普通に馬鹿で、間抜けで、お人好しの……」

「随分と悪口ばかりだな…」

「いやまぁ、実際そうなんだよ。そのせいでお袋と弟子に有り金全部持って逃げられるし、芸を見せろって地元のヤクザ者に絡まれて、(ふんどし)一丁で芸させられるし」

 

 思い出しながら、東洋一は笑った。

 今となっては、父親との旅の思い出はどこか間抜けで滑稽なものだった。おかげで未だにネタのように話してきかせると、慈悟郎などは腹がよじれるほど笑ってくれる。

 

 懐かしそうに笑みを浮かべる東洋一を、勝母は憮然として見ていたが、その瞳はどこか寂しげであった。

 

「なんだ? どうした?」

「……なんでもない」

 

 勝母はまた背を向けて歩き出す。

 

 お前の父親はどうなんだよ? ―――と、話を続けても良かったのだが、東洋一はやめておいた。

 

 どうもその先を聞くことは、藪蛇になりそうな気がした。

 

 

 

■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

 

 

 

 一週間後。

 

 隊士達で借りあっている下宿の一室で寝ていた東洋一を、鱗滝左近次が訪ねて来た。

 

「なんだ? 天狗」

と、東洋一が聞いたのは左近次が天狗の面をつけているからだ。

 

 東洋一と一緒に討伐した鬼の後、これ以上鬼に馬鹿にされないために…と天狗の面をわざわざ自分で彫ったらしい。

 寝食以外の時はほとんどつけている。

 

 勿体ないことを…と東洋一なぞは思うのだが、左近次としては快適らしく、無用に声をかけてくる町娘が減ったらしい。聞きながら、ムカついて軽く腹に拳をくらわしたが。

 

 で、その天狗が尋ねてくる。

 

「今、お暇ですよね?」

「何しに来たんだよ? 俺ァ、今朝まで仕事だったんだぞ」

「もう、昼も回りましたし…行きましょう」

「どこに?」

「…………」

 

 返事をせずに、左近次は無理に東洋一を引きずっていこうとする。

 

「待て、オイ! なんだよ、どこ行くんだよ?」

「花柱がお呼びです」

「はぁ? 花柱?」

 

 聞き返す東洋一の脳裏に、仏頂面の少女の姿が浮かんだ。

 

「なんだお前…知ってるのか?」

「当然です。柱になる前には数回一緒に仕事もしましたし」

「そんなん聞いてないぞ」

「言ってませんよ」

 

 相変わらずしれっと言うと、左近次は袖を引っ掴んでどんどん歩いていく。

 

 花鹿(かじか)屋敷と呼ばれる花柱の家に入っていくと、ちょうど桜の見頃だった。

 花びらが舞い散って、石畳の上に桜色の模様となっている。庭には見事な松や槇の木の前栽があり、池の傍には杜若(かきつばた)の芽が青々と伸びていた。

 

 しかし花見に呼ばれたわけではないようだった。

 左近次は母屋に入ると、廊下を渡って、道場へと入っていく。

 

 東洋一は立ち止まり、ハアァと長い溜息をついた。

 

「なにしてるんです?」

 天狗がひょっこり顔を出して呼ぶ。「もう、観念してるでしょう?」

 

「オメェのそういうところ、ホント、嫌いだよ、俺は」

「それは傷つきますね」

「誰が誰に言ってんだ、馬ァ鹿」

 

 もう一度溜息をついて、東洋一は中に入った。

 正面で端座していた勝母が、東洋一の姿を見るなり立ち上がる。

 

「よく来たな、篠宮東洋一」

「………花柱殿。一応、言っておくが……俺は今朝まで鬼退治してたんだ」

「そうか。ご苦労だったな」

「労ってもらえるなら、家で寝かせてもらいたいんだが」

「夜明けに終わって今まで寝ていたなら十分だろう。お前と一度、手合わせしたかったんだ」

 

 白い道着を着た勝母は、凛とした女剣士でありながら、まだどこか幼い部分を残していた。柱だとわかっていても、子供相手に打ち合いしたいという気分にならない。

 

 しかしそんな東洋一にお構いなしに、左近次が木刀を渡してきた。

 

「オイ、お前が相手すりゃいいだろ」

「いつもしてますよ。でも、私は今日はこの後、任務があるので」

「だからって、なんで俺に言ってくるんだよ!」

「私が左近次に頼んだからだ」

 

 朗々とした声が響き渡る。

 

「左近次とは以前から何度か手合わせをしていた。正直、私相手に練習台になれる人間は限られているからな。お前ならいいだろうと思ったものの、どこに住んでいるかも知らないし、どうしたものかと思案していたら、思い出したのだ。あの居酒屋でお前の隣に左近次が座っていたのを。鳴柱から頼んでもよかったが、お忙しいのでな、こんな些末な用事を柱に頼むのも悪かろう」

「チッ……ジゴさんだったらうまいこと言って逃げ出したのに」

 

 ぶつぶつとつぶやいた東洋一を呆れたように見て、勝母は言った。

 

「普通は一介の隊士が柱と練習できると聞けば、泣いて喜ぶと思うがな」

「それ、自分で言うか」

「いいじゃないですか、東洋一さん。せっかくの機会なんですし」

 

 いけしゃあしゃあと言う左近次を東洋一は睨みつけた。

 

「お前は俺を人身御供にしたいだけだろ。いくら柱でも、子供相手に本気になれるか」

 

『子供』扱いされた勝母はピクリとこめかみを震わせたが、怒鳴りつけることはなかった。むしろ、フと大人びた微笑を浮かべた。

 

「そういえば……この前の任務ではお前に足蹴にされたんだったな」

 

 いきなり言い出した勝母に、東洋一はえ? と記憶を反芻した。そういえば、なりゆきで蹴り転がしたような気がする。

 

「十三の子供を足蹴にしておいて、本気になれない? 今更何を言ってるんだ?」

「あれは……」

 

 反駁しかけた東洋一を制するように、左近次が更に言い重ねた。

 

「ひどいですね。いたいけな十三歳の少女を足蹴になんて」

「いたいけ…って……だったら、打ち込んで顔に痣でも作るほうがよっぽど悪いだろうが!」

「できるつもりか? 私相手に」

 

 勝母は不敵に笑い、木刀を構える。

 

「もういい……茶番はここまでだ」

 

 言うなり勝母が打ち込んでくる。東洋一は飛び退り、左近次はクルリと回って躱した。

 左近次は天狗の面を少しだけ持ち上げ、チラと東洋一を見る。

 

 ―――――後はよろしく。

 

 目で伝えて、とっとと帰っていく。

 

 あの野郎……今度絶対奢らせる。

 

 東洋一は木刀を握りしめると、花柱との打合稽古を始めた。

 

 

 

<つづく>

 

 

 







次回は2021.06.19.土曜日の更新予定です。

2021.06.18.金曜日に別で鬼舞辻無惨について書いた小説をUPしますので、ご興味ありましたら読んでみて下さい。(但し、R-18とさせて頂きます)


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