【完結】金木犀匂ふ<鬼殺隊列伝・森野辺薫ノ帖>   作:水奈川葵

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第六章 昔日 -青嵐篇- (一)

 およそ二週間後、賢太郎と浩太は無事に最終選別から戻った。

 二人ともに無傷ではなかったのものの、後遺症の残る怪我もなく、日輪刀を受け取ると、それぞれ散り散りに担当地域へ旅立った。

 賢太郎が関西、浩太は北陸の方だった。

 これについては、おそらく周太郎が意図的に風波見(かざはみ)家から遠方を指示したものと思われる。

 

 それから二年。

 

 賢太郎は地道に戦績を重ね、己に昇進することになった。同時に管轄も関東近辺に変更になり、十五になった千代と結婚することになった。

 

 

◆◆◆

 

 

 祝言の日の前日。

 

 東洋一(とよいち)は任務のため、祝宴に行けなくなったことを知らせるついでに、一応、賢太郎達に言祝(ことほぎ)でも伝えようかと久しぶりに風波見家に立ち寄った。

 

 庭には周太郎の趣味である丹精された菊花が鉢に植わって並んでいた。

 あでやかな姿と匂いを賞でながら歩いていると、蔵の方から切迫した声と、パンと乾いた音が響いた。

 

「………馬鹿っ!」

 

 千代の声だと気付いたと同時に、東洋一は物陰に隠れた。

 すぐに蔵の横から千代が泣きながら走ってくる。そのまま東洋一に気付かず、門の方へと走って行った。

 呆然として見ていると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「東洋一さん…」

 

 ぎょっとなったのは、いきなり声をかけられたからではない。

 そこに立っていた賢太郎の顔がひどく陰鬱で、どことなく苛立しさも含んでいて、しかもそれを隠そうともしていなかったからだ。

 

「……どうした?」

 東洋一が尋ねると、賢太郎は軽く溜息をついた。

 

「別になにも……今更言っても仕方ないことを言い出すから……どうしようもない、って言っただけです」

「どうしようもない? なにが?」

 

 賢太郎はしばらく考えた後、冷たい顔で言った。

 

「千代が僕のことを好きかどうかわからない…って言ってきたんです。それで結婚してもいいのか、って」

 

 東洋一は首をひねった。確かに、祝言の前日に言い出すことでもない。

 が、それより賢太郎の反応が気になった。もっと親身になって千代をなだめるなり、励ますなりしそうなものだ。

 当事者の一人であるにしては、賢太郎の反応は少し冷たかった。

 

「お前、千代のこと嫌いなのか?」

「そんな訳ないです。母上からは選別の後に千代が許嫁(いいなずけ)だと聞かされてましたし……そういうことなら、そうなるしかない」

 

 賢太郎の言い方はどこか投げやりだった。

 

「いやいや……お前…それはちょっと……」

 東洋一は苦笑して、ふと思いつく。

 

「あ、お前…誰か他に好きな女でもいるのか?」

「……は?」

「違うのか? 千代は勘がいいからな…お前が隠してても、そうと気付いたんじゃないのか?」

 

 賢太郎は無表情に黙り込んでいたが、フゥと疲れたように溜息をつくと、思いもかけぬ話を始める。

 

「いつだったか…東洋一さんが、花街に連れってくれたでしょう?」

「へ? あ、うん…」

 

 賢太郎が隊士になってしばらく経った頃、他の隊士と一緒に京都の島原に連れて行ったことがあった。

 そういう場所が初めてなのはわかっていたが、終始、真っ赤になって俯いて酒も呑まずにいたので、

「お前、とっとと行っちまえ!」

と、その場にいた敵娼(あいかた)に頼んで、女と一緒に送り出した。

 

 その後のことは聞いてないが、まぁ無事に済んだのだろう。今でも時折そういう場所に出入りしていることは人づてに聞いている。

 

「なんだ? お前、情けでも拾ったか?」

 てっきり知り合った遊女にでも本気になったのかと思ったが、賢太郎はあっさり否定した。

 

「まさか。あそこの女達(ひとたち)は、誰も本気じゃないでしょう? 好きだと百遍言ったって、一度たりとして客を好きになんかなったりしない」

「うーん…? まぁ……そう、かな?」

 

 その女達に何度となくフラれている東洋一には耳の痛い箴言である。

 だが賢太郎はもっと辛辣なことを言った。

 

「あれぐらいの方がいいな、と思ったんです」

「は?」

「好きでもない相手の方が、よっぽどいいと思ったんです。そういう関係になるのなら」

「………ちょっと…待て」

 

 東洋一は一瞬、意味がわからなかった。

 目の前にいる賢太郎が、一気に遠くなった気がした。

 

「お前……千代のこと、好きなんだよな?」

「好きですよ。家族だし」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 言いかけて、東洋一は止まった。

 家族だと言った賢太郎と同じように、東洋一の中でも賢太郎も千代も、まだ弟と妹で、男女として見ることは難しい。

 賢太郎は目を逸らすと、自嘲するよう笑った。

 

「おかしいかもしれないけど……僕は持ちたくないんです。そういう感情は」

「………」

 

 東洋一は言葉を失くした。

 あまりにも大人びた顔で、子供のじみたことを言う……。

 

 賢太郎の中では、あの母親の度を越した溺愛も、父母間のねじれた関係性も、あまりに重苦しい男女間の情念の結果で、自然とそこを忌避するようになってしまったのだろうか。

 

「……肌を合わすようになりゃ自然と……湧いてくるだろ」

 掠れた声で言うと、賢太郎はまた長い吐息をもらす。

 

「そうなれば……いいんですけど」

 ぼんやりと虚空を見てつぶやく。

 

「それこそ千代には好きな男でもいるのかもしれません。もし、そうなら、可哀相なことですね」

 そう言いながらも、賢太郎はまるで興味がないようだった。

 

 自分の気持ちも、千代の気持ちも、この婚姻においては無視されて当然だと、最初から諦観しているようだ。

 

 何も言えなくなった東洋一を見て、賢太郎は「すいません」と、いつもの微笑みに戻った。

 

「千代には、謝っておきます。明日のこともあるので」

 

 心のない謝罪で千代が納得するわけもない。

 だが、結局賢太郎の言う通り、今更どうしようもなかった。

 

 

◆◆◆

 

 次の日。

 

 祝言はつつがなく執り行われた。

 特に問題らしい問題も起きず、終始和やかな中、二人は満場の祝福に包まれて微笑んでいたという。

 

 だが、その中で千代と賢太郎ともう一人、複雑な思いを抱えて列席していた人間がいたことを東洋一はその夜に知る。

 

 

 任務を終えてから、宴席もそろそろ終わっているかもしれない…とは思いつつ、東洋一は風波見家へ向かいブラブラ歩いていた。門の外からでも、祝言が無事に終わっているだろうことを確かめたかった。

 

 途中、橋の上を歩いていると、月に照らされた河原を横切り、川へ向かっていく男がいた。

 東洋一は眉をひそめて、しばらく立ち止まり、男を見た。

 

「……浩太?」

 

 浩太は乾いた石ころの上を千鳥足で歩いていく。やがて、川の中へとざぶざぶ入って行った。

 東洋一は顔色を変え、橋の上から河原へと飛び降りた。

 

「おい! 馬鹿!」

 

 怒鳴りながら川の中に入っていくと、浩太を引っ張り上げる。

 そのまま砂利の上に放り出すと、浩太は大の字になって仰向いたまま、しばらく夜空を見つめていた。

 

「お前……何やって…酔っ払ってんのか?」

 

 東洋一が息を切らしながら尋ねると、浩太はどこか投げやりな口調でボソリとつぶやく。

 

「放っといてくれりゃよかったのに……」

「阿呆。お前な……酒呑みが酔っ払って川で溺れるのは案外、多いんだぞ」

「……そうだよ。酔っ払って、溺れて、死んだ……間抜けな男にしておいてくれりゃよかったのに……」

「ハァ? なーに言ってんだ、テメェ」

 

 東洋一は拳を振り上げたが、浩太の顔を見て止まった。

 泣いている。瞬きもせずに星を見ながら、浩太は泣いていた。

 

「どうした……? お前」

「……昨日さ、千代のヤツ、泣いてやがってよ」

 

 ハッと昨日の賢太郎の顔が浮かぶ。

 そういえば、千代は賢太郎をひっぱたいた後に泣いて出て行ったのだった。その後、浩太に会ったのだろうか。

 

「わんわん泣いて…もう、嫁になんか行きたくねぇとか言ってたくせに……今日は、ニコニコ笑ってやんの。ホント、女って意味わかんねぇや……」

 

 震える声で言う浩太を、東洋一はまじまじ見つめた。

 

「お前………千代のこと好きだったのか?」

「……違う」

 浩太は否定して、ゆっくりと起き上がった。

「賢太郎といずれ一緒になるのはわかってたんだから……そんなモン、考えねぇよ」

 

 東洋一は眉を寄せた。

「それ、好きなんじゃねーか」

「違う、()ってんだろ! わかったように言うなよ!」

 

 浩太は怒鳴ると、右の眉上にある大きなほくろを乱暴に掻き毟った。動揺した時に、いつもその癖が出る。

 

 東洋一はしばらくの間、混乱している浩太を見守っていた。

 昨日の賢太郎に比べれば、浩太の感情はある意味、素直だ。

 

 ずっと一つ屋根の下で暮らしていれば、そういう気持ちになるのも仕方ない。

 だが、その相手は最初からもう一人の幼馴染の許嫁と決まっている。浩太は必死で考えないようにしていたのだろう……。

 

 東洋一は立ち上がると、ベシっと浩太の頭を叩いた。

 

「馬鹿野郎。グダグダ言ってないで、さっさとフラれろ」

「…え?」

「みじめに泣きわめいて、さっさと忘れろよ。女にフラれた男のやる事なんざ、それくらいだ。川に入って溺れ死のうなんざ、ご大層なんだよ」

 

 呆れたように言い放つと、浩太は目を丸くしてしばらく東洋一を見つめていたが、フッと笑った。

 

「本気で死のうなんて思ってねーよ」

「そーかよ。ほら、立て。呑み直すぞ。烏森まで繰り出すか?」

「あー……最近はそこに贔屓がいるの? 入り浸ってるらしいね」

「うるせぇなぁ……」

 

 東洋一はチッと舌打ちすると、眉間に皺を寄せてつぶやいた。

 浩太はハハと力なく笑い、星空を見上げた。

 ふぅ、と溜息がもれる。その顔はどこか途方に暮れているようだった。

 

 隊士になって二年。

 浩太の昇進は賢太郎に比べ遅れていた。

 風波見家の弟子であった頃には、確実に剣技においても体力においても、賢太郎を上回っていたのだが、最初の任務で重傷を負った後、怪我が相次いで、今ひとつ実力を発揮できていない。

 

 反対に賢太郎は実戦において順調に戦績を積み重ねており、若手の中では頭一つ飛び抜けている。

 さすがは『伝説の風柱』の息子…としての面目は保っている、といったところだろう。

 

 浩太は賢太郎の出世については素直に喜んでいたが、一方でくすぶった自分を持て余しているのは明らかだった。

 最近では稽古にも身が入ってない…と聞く。

 

「つまらねぇ噂に聞き耳立ててる暇があんなら、稽古しろ。ちょっとは」

 どうも浩太や賢太郎には、兄のような気分になって小言が出てしまう。

 

「そうだな……そっちの方がいいかな」

 浩太は立ち上がると、刀を振るう真似をする。

 

 東洋一は「面倒くせぇなァ…」と不満気に言いつつも、近くにある道場に行って木刀を借りると、人気のない原っぱで久しぶりに二人で徹底的に打合った。

 

 明烏が鳴き始めるまでやり合って、浩太は「もう無理だー」と叫んで倒れた。

 

「……くそーぉっ! なんでそんなに強いんだよ!」

「出来がいいからだ」

「……なんの?」

(ツラ)の」

「フザけんなよ! 鱗滝さんの前で言ってみろ!」

「うるせぇ。今は天狗じゃねぇか」

 

 浩太はハハハッと笑うと、澄んだ目で段々と白みはじめる空を眺めながら言った。

 

「あの人もスゲェよな。身体に全然力が入ってないんだ。それなのに、硬い鬼の首をスッパリ斬っちまう。カッコイイよ。あと、炎柱様とも一回…任務で鉢合わせたことがあってさ。たまたま見たんだけど、鱗滝さんとは正反対で、全身が火の玉みたいに豪快な剣さばきだった。凄かったなぁ」

 

 東洋一は目を細めた。

 浩太は昔から他人の剣技を観るのは好きなだった。今更、他流派でやり直すのは難しいだろうが、自分なりに吸収して、色々と試していくのはいいことだ。

 

 そう思っていると、浩太はむくりと起き上がり、宣言した。

 

「俺、もっと強くなるよ」

「お?」

 

 浩太は立ち上がると、朝日に向かって宣誓する。

 

「もっと強くなる……絶対に」

 

 それは浩太が自身に向けて言ったものだった。

 東洋一は返事することなく、東雲(しののめ)色に染まった雲が流れてゆくのを眺めていた。

 

 

<つづく>

 

 







次回は2021.06.30.水曜日の予定です。

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