少女とは電車を降りて軽く手を振って別れを告げた。彼女もまた、ここに用のある、ここで暮らさなければならない人だろう。だけどあえて踏み込まなかった。踏み込まなかった。まだ他人でいる内に。知り合うことはお互いに望まないことだから。それに手を伸ばす資格すら持ち合わせていない。
夕日が赤くコンクリートの廃墟を、建物たちを照らし、その影の中を歩く。あれから十分。
ようやくスラムに到着だ。スラムと言ってもちゃんとした建物も多く、プレハブだらけではない。あの事件から、ここから出て行った人々がほとんどで、今はよく分からない人から何やらまで跋扈している。多くの人が死に、出て行き、また、多くの人が入ってきた。きっと受け入れる場所はどこだって必要なんだろう。
真っ暗な路地裏を入っていく。もう少しで集合場所だ。私は先の連絡で行かないと伝えてあるけどね。いつもは危険だから絶対に一人では来ないんだろうけど。今日私は呼ばれてもない。だから護衛も何もない。そもそも契約が切られたんだから、そんな事ははなからどうだっていい。本当にただ意味も無く考えも無しに来ただけだ。ここで引き返してもいいし、まだ出来てない別れの挨拶をしてもいいだろうし。、、、をやめることを伝えることだって選択肢にはある。
なぜか怖くはない。あの頃と比べると大分大きくなったと思う。守られてばっかりだったのが、今でもそうだけども、少しだけ守ることの出来る力をもてた。
それに、また、危険な目に遭ったなら助けてもらえるような気がしたのだ。もう一度あのときに戻って、もう一度同じ場所にループできるような。根拠のない願望が今私を突き動かしてるのかも知れない。
全く人の気配の無い路地裏を歩く。夕日はすでに沈み、赤紫、青紫の夜空が広がる。ぼんやり眺めていると急激に周りの温度が下がるのを感じた。
(まずい!)
急接近したかのような殺気に急いで臨戦態勢を取る。距離は?位置は?武器は?逃げようにも方角が分からない。そもそも私に気づいているの?やっぱり一人は無謀だったかもしれない。手が震えるばかりでまともに武器を、扱い慣れてない短刀を手に取れない。
(ここまで恐怖に支配されてるの!?一体私に何が起きてるの!?落ち着け、落ち着け、落ち着いて!)
しばらくちゃんと立つと言う感覚を忘れていた。それほどだった。息をとめいつでも逃げる体勢を保い続ける。
「やぁ」
金縛りが解けたのは聞き覚えのある声が聞こえたからか。
「奇遇だね。こんなところで。あぁすまない。あんまりにも無防備な人がいたからね。首を手土産しちゃうところだったよ。ハハハッ」
だけど決して油断してはならない人だ。ラップランド。今当てられている気は明らかに以前とは違う。一切の友好も感じられない。
コツコツとゆっくり歩み寄る。私はそれを黙って動かないままでいるしかない。いるしか出来ない。
「冗談だよ。ねぇ君。テキサスがどこに行るか知らないかい?今日ここら辺をぶらついてると痕跡があったんだよね。君について行けばいいのかな?でもそれだと面白くないかなぁ?どうせあいつらみんないるだろうし」
「どうしてここに?」
「あぁ、ここらにね、昔なじみがいるって噂でね、会いに来たんだよ。どう?一緒に来るかい?面白いものが見られるけど?といっても趣味の悪いのが大半だけどね。あぁ趣味が悪いといっても別に人を取って食ったりとかそう言うのじゃないよ。異形の像をあがめててねぇ。変な像を沢山持っているのさ」
「いえ。結構です」
「そうかい。なら仕方ないねぇ。あぁ、それと、それでは、と言う前に言っておきたいことがあるんだった」
コツコツと音が響き暗闇の中で銀色に輝く姿が目の前にゆっくりと迫ってくる。いつもなら平常を保てていたが今は分からない。
「武器を持たずにこんなところに来ないほうがいいよ。格好の餌さ。わざわざ襲ってくれって言ってるようなものじゃないか。出来すぎていて罠を疑うかも知れないけどねぇ。」
その銀狼は目の前にいた。彼女は恐ろしく冷気を放つようでいて、いや、冷気を放つからかも知れないけど、まじまじと分かったのは彼女の体の芯はとても熱いということだ。私の体はすっかり冷え切って、熱なんて感じられないのと違って。
「これじゃあ、腹を空かせた獣の前に現れる子豚、いや、ちがうか。目の前で勝手にこけて動けなくなる兎だよ」
多分きっと全部、見透かされているのかも知れない。そうであっても驚きはしないが。自分が浅すぎるのは分かっているから。
「君は守られていたと言うけどね、もうそうではないんだろう?君が一匹狼に成れるか知らないけど、まぁ、この様子を見る限り無理だろうけどさ」
「ねぇ、いつまでテキサスの周りをうろつくつもりだい?君は変化を生んでくれると思ったんだよ。過去を忘れて逃げようとする彼女に、過去にとらわれ続ける阿呆だなんて全く最悪の組み合わせだと、そう思わないかい?正直がっかりしたよ。君ってただごっこ遊びがしたかっただけだろう?もっと強く求めていたのかと勘違いしていたよ。勘違いしたボクが悪いんだけどさぁ。」
「ねぇいつまで遊んでいるつもりだい?なにもしないなら、鬱陶しいから消えてくれないか?いっその事消してもいいんだけど?君はもう関係ないんだろう?只の、何の関わりもしない他人さ。まぁ、今日のところは帰るけどさ、、、次はないと思え」
「ではね。また会うときは五体満足で会えることを祈るよ」
嵐のように私を荒らしてゆっくりと闇夜にコツコツという音と共に消えてゆく。私を黙らせてうつむかせていたのは恐怖でも、怒りでも悔しさでもなかった。
核心を突かれるのが嫌だった。触れられてほしく無かった。今の私は何者でも無い。
折角忘れようとしてたのに。火を消したのは私だ。今ではその燃えかすを必死に燃やそうとしている。燃えてくれと。燃えないそれはひどく記憶に残っていて、きっと頭のどこかではまだ燃えていると思っているのかも知れない。
しばらくして歩き出し広いところに出ると少し明るくなった。上をみれば半月が傾いていた。雲一つ遮る事無く放たれる月光はひどく寒う、まだ闇夜の方が暖かい。