三次創作(独り相撲1話)   作:1話

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【作者コメント】
読む人のこととかは全く考えずに書いちゃいました。だから展開が急過ぎて置いてけぼりになるかと思われます。
1話という立場を任された上でこんなことを言うのは申し訳ないのですが、主人公と沙綾との間にはこんなワンシーンもあったのかもしれないな、という認識で読んでくだされば幸いです。


第1話

 僕の幼馴染み、戸山香澄は人気がある。

 学校中から注目を集めるような存在ではないけれど、それでもクラスの中ではモテている方だと思う。

 そんな彼女の幼馴染みというアドバンテージは、友人たちにとってはいたく羨ましく見えているようだった。

 

「──で、昼休みにさ。戸山って結構いいよなって言われて」

「ふんふん。それで、なんて答えたの?」

 

 隣を歩く山吹沙綾さん──別の言い方をすれば、僕のバイト先、『やまぶきベーカリー』の先輩が相槌を打った。

 夕方五時、帰り道。僕らはそのバイト先へと向かっている。

 その縁もあって彼女と下校を共にする数は多く、それだけに彼女は、プライベートなことであっても何でも話してしまう友人となっていた。

 それに加えて、山吹さんは香澄と同じPoppin’Partyのメンバーの1人だ。話す内容は必然的に香澄のことが多かった。

 

「いつも通り、香澄は変わらないって」

「あちゃー……。当ててみようか? それ不評を買ったでしょ」

「すごいな、当たりだよ」

 

 ──うわ、幼馴染の余裕だ。

 それが友人たちの言葉だった。随分と無責任なことを言ってくれる。

 余裕があれば、どんなに良かっただろうか。

 

「でもいいなぁ、幼馴染みって」

「どうして?」

「他人だけど家族みたいな関係ってすごい理想じゃない?」

「……まあ、そうかもね。だからこそ、香澄はそういう目では見られないんだけどさ」

 

 そういう目では見られないんだけどさ。

 僕のできる最高の笑顔を彼女に向けた。あくまで自然体で、決して顔など引き攣らないように。

 香澄の告白を聞いてからというもの、随分と嘘も上達していた。

 

「……へぇ。だから体操服も貸せるって訳なのかな?」

「ッ!?」

「いや知ってるってば。香澄があんなに大きな声出してたんだから」

「……知ってても言わないのが優しさじゃない?」

「私、そんなに優しい女の子じゃないのですよ」

「さいですか……」

 

 いたずらっ子のように山吹さんははにかんだ。

 その笑顔で僕も幾らか緊張がほぐれる。

 たしかクラスの男子の誰かが、山吹さんは太陽のように可愛くて好きだと言っていた覚えがある。当時はチープなポエマーだと心の中で嘲ったものだけど。

 案外彼は本質を捉えていたのかもしれないと、彼女の笑顔を見て思った。

 

「けど、香澄が恋愛対象じゃないっていうのは驚きだなぁ」

「……もしかしてそう見えてた?」

「いいや。でも私が香澄なら、多分私キミのこと好きになってるから」

「そんなに幼馴染みって理想的かな」

「そりゃあもう! 体操服を貸し借りする関係ですし?」

「そろそろ忘れてくれないかなぁ」

 

 まだまだ追及の手を緩めてくれそうにない彼女に苦笑いする。

 同時に、今度は自然に笑えている自分がいることにも驚いた。

 いや、山吹さんはこういう人だ。彼女と話していると、不思議と僕の心の奥深くに根差している香澄への重たい感情が、だんだんと和らいでいくような心地がするのだ。

 

「逆にさ、山吹さんって好きな人とかいるの?」

 

 そういえば、お互い高校生だというのに恋愛話をしたことはあまりなかった。香澄の話だけでも盛り上がるというのに、バイト先が同じでクラスも同じという有様だったから優先度が低くなっていたのか。

 僕の問いに彼女は少し黙りこんだ。

 

「いや、別にいないならいいんだけどね」

「んー……。好きな人ってより、好きなタイプのお話をしましょうか」

「へぇ。うん、そっちの方が興味あるかも」

「そうだなぁ……。私をずっと支えてくれて、辛い時そばにいてくれる人、とか」

 

 あまり覇気のある声ではなかった。どちらかというと、言いたくないことを絞り出しているような声だった。

 

「ごめん、ちょっと湿っぽくしちゃったね」

「……いや。見つかるといいね、そのタイプの人」

「……そうだねぇ」

 

 少し、寂しそうに彼女は言った。

 久しぶりに長く話してしまった。やまぶきベーカリーまでの道のりが遠い訳ではないが、こんなにも彼女と話し込むのはいつぶりだろうか。

 

 ──そうだ、確かあの時も同じような話をしていた。

 僕が香澄を彼女にしようと自己研鑽を日々積み重ねて、彼女に「なんだか変わったね」と言われた日だった。その時僕は、漠然と「カッコよくなりたい」と返した。この心の内は誰にも知られたくなかった。

 そして彼女は、「もう十分じゃない?」と僕に言ったんだっけ。

 けれど僕は、「まだ足りない」と不満げに語っていた。

 

 たしかその時も、彼女は寂しそうな顔をしていた。

 

 

 * * *

 

 

 

「お疲れ様! そろそろ上がりましょうか」

 

 バイト先の店主──山吹さんの母親、千紘さんの声が店の中に響き、山吹さんが一息つく。

 今日はいつもより忙しい一日だった。普段なら勤務中であっても香澄のことを考える余裕くらいはあったものだけど、今日は常連の青葉モカさんが同じバンドのメンバーを連れてきたのだ。

 さらに、どうやらその中の宇田川さんという人が町内でも顔の利く人らしく、それからはずっと人がごった返して目が回りっぱなしだった。

 

「お疲れ様……。良かったらご飯食べてかない? お腹減ってるでしょ」

「ありがとう、お言葉に甘えようかな……」

 

 その答えに山吹さんは満足したようで、ニッコリと笑い台所の方へ歩いて行った。

 彼女の家で夕食をお世話になるのは、何も初めてのことではない。それでも、単なる一クラスメイトの女の子から手料理を振る舞われるというのは変な気分だ。

 自分で作るものより数倍手の込んだ料理がでてきて、美味しいのがあったり少し口に合わないのがあったりして、ちょっとそれを口に出してしまうと彼女が不機嫌になったりして、冗談だと言うとお互いに笑いあったりする。

 ──もし、これが香澄だったら、なんて。

 

 台所から匂いが流れてくる。

 いつもと変わらない香ばしい匂いだ。

 彼女は料理が上手い。特に好物だというペペロンチーノは、レストランで食べるものと遜色ないほどに美味しいものだ。

 僕も少し料理を嗜むが、彼女を参考にさせてもらったことも何度かあった。同じ台所で、同じ料理を共に作ったことも何度かあった。

 失敗作を何度も生み出して、その度に彼女と笑いあった。

 

 ガスコンロの切れた音がした。

 

「できました! なんだと思う?」

「ペペロンチーノ?」

「……キミさ、もしかして私をそれしか能の無い女だとか思ってない?」

「いやいや。ごめん、冗談だよ。酢豚かな」

「お、当たり! さすが、一緒にたくさん作ってきただけあるね」

 

 彼女はそう言って笑い、テーブルの上をセッティングしに行った。

 僕は僕で、彼女にそう言われる程に、山吹さんと同じ時間を過ごした数が多いことに驚いていた。

 家族の分までいそいそと食器を運ぶ山吹さんを見て、慌てて彼女を手伝いに行く。千紘さんがソファから笑顔で僕らを見ているのが目に入った。

 

「あ、そうそう。デザートに食べて欲しいものがあるんだけど」

「デザート?」

「うん、新作のパンなんだ。改良版チョココロネ」

「今のままでも美味しいと思うけど」

「ちょっとクリームを変えてね。甘くしてみた」

「もう十分じゃない?」

「まだ足りないかな、私的には」

 

 楽しみにしてるよ、とにこやかに返し、食卓につく。そのまま彼女の妹と弟を同じように食卓につかせて、皆でいただきますと言う。

 何度繰り返したかわからない、最早マニュアル化された作業だ。

 料理で手を離せない山吹さんが妹弟の面倒を僕に見させて、この子たちが僕の言うことを聞いてくれて、僕に笑顔を向けてくれることでさえ全てがマニュアル通りに進んでいる。

 

 彼女に良い印象を持たれるのも、仕事を手伝うのも、気丈に振る舞うのも、全てが簡単だった訳じゃない。それでも、香澄のためだと思うと万事がするりと上手くいった。

 彼女や千紘さんにはいつも感謝される。病弱な千紘さんを支え、妹弟の面倒を見ながら学業にも打ち込み、香澄たちとのバンド活動にも顔を出す山吹さんの心労は僕などが推し量れるものではない。

 僕一人の存在が、この一家の大きな支えになっていることは薄々勘づいていた。

 だから感謝される。理屈はわかる。

 

 けれど。違う。

 僕がそうまでして彼女を支える理由は、彼女のためじゃない。

 彼女のやることなすこと全てが上手くいって、当初諦めていたバンド活動を再開しようという気持ちになってくれれば、きっと香澄は喜ぶだろうと思った。

 そして、香澄は僕に感謝してくれるだろう。そんな心が僕の裏側で渦巻いていた。

 

 いっそのこと、この気持ちを全て吐き出して彼女に心の底から嫌悪されれば、この罪悪感に塗れた気持ちも清々しくなるのだろうか。

 僕はきっと非情になりきれていない。それでも、香澄のためと思えばこんな醜い行動を繰り返してしまう。

 

 目の前で山吹さん達が、いかにも模範的な家族間での談笑をしていた。

 彼女の弟が、いつもお姉ちゃんといてくれてありがとうと言ってくれた。妹が、お姉ちゃんと付き合ってるのと聞いてきた。

 それを山吹さんと二人で笑いながらやり過ごし、横目で見ている千紘さんは微笑ましく僕らを見守っていた。

 

 あまり、嬉しくなかった。

 

 

 * * *

 

 

「チョココロネがあるんだっけ」

「そう! 覚えててくれたんだね」

「たった一時間前の話を忘れるわけないだろ。ずっと楽しみにしてたよ」

「……ふふ、そう身構えられると照れますね」

 

 食後、彼女と二人でそんな会話を挟みつつ洗い物を済ませる。

 甘いものは好きな方だ。ここやまぶきベーカリーの新作を試されたことも幾度となくあった。

 もちろん商売なのだから忌憚のない意見を言わせてもらうが、必死にパンを作っている山吹さんの姿をいつも見ているものだから、どうしても情が入ってしまうこともある。けれど、事実彼女のパンが美味しいのもあって。

 

「はい、チョココロネだよ。召し上がれ!」

「ありがとう、いただきます」

「どう、どう?」

 

 口をもごもごと動かしている僕に、容赦なく彼女は問い詰めてきた。

 答えをすぐに言わないことは知ってると思うんだけど。

 

「……。少し考えさせて。30分くらい」

「ちぇー。またですか」

「商売だからね。愛の鞭ってやつ」

「……ま、ウチのこと考えてくれてるのはホントだもんね。あ、今日の英語の復習しない?」

「英語……ペアワークのやつ?」

「それそれ。〝途方に暮れる〟なんてカッコいい訳しちゃってさ」

「たまたま知ってただけだよ」

 

 I am at sea. 日本語に訳すと、〝途方に暮れる〟。

 中世大航海時代、船の上は死と冒険が隣り合わせだった。一度海に出てしまえば、もうそこに安全な場所は無い。

 口の中に残っているチョコレートクリームを、舌でゆっくりと味わった。

 甘い。

 

 もう時刻は九時にさしかかろうとしていた。

 僕の家は両親が留守にしていることが多く、おそらく今日も万札1枚とメモが机の上に置かれているはずだ。だからこんな遅い時間まで彼女の家のお世話になるのは、さほど珍しいことではなかった。

 そういえば、この時間まで香澄の家に居させてもらうのも、さほど珍しいことではなかった。

 

 クリームが唇の上に付いているのに気付いて、舌で舐めとろうとした。

 けれど、口の中でべっとりとクリームのついた舌が、唇の汚れた範囲をただ増やすだけとなった。

 

 リビングの方で、山吹さんが妹弟を寝かしつけようとしていた。

 今日はお兄ちゃんが来てるんだから、と駄々をこねて寝ようとしない純くんに、彼女のお叱りが降り注ぐ。

 まだ小学生だった頃、星を見ようと駄々をこねて寝ようとしない香澄に、今と同じような掛け合いをしたことがあった。

 

 唇の汚れがだんだんと増えていった。

 

 今、香澄は何をしているのだろうか。

 また星を見ているのか。だったら僕に連絡があるはずだ。スマホには一切の通知が届いていない。

 ──いや、もしかしたら僕の知らない〝誰か〟にメールが届いているのかもしれない。

 

 ふと窓を開けて、星を見上げた。

 今日は風の強い夜のようで、さっきまで僕の唾液で濡れていた唇が冷える。咄嗟にまた舌を出してしまう。

 汚れる。

 もうチョコレートは完全に飲み込んでしまったし、おそらく僕の舌には何も残っていないだろう。それでも意識だけが色濃く残ってしまう。

 

「──ね、チョココロネ。どうだった?」

 

 横から上機嫌そうに、彼女がひょっこりと顔を出した。

 妹弟を寝かしつけることができたのだろう。

 

「今回のは自信作なんだよね。……ってか、キミって私のパンにバツつけたことあったっけ?」

「一度だけ。あれも確か、甘さが足りないって言ってたやつ」

「あぁー……」

 

 あまり思い出したくないことを思い出してしまったらしく、彼女の顔が曇っていく。

 

「ちょっと唇見てくれない?」

「……え。ど、どうされたんですか」

「チョコクリームついてないかな」

「えーと……いや? けど、ふふっ、なんか唇濡れてるね。中学の頃の私みたい」

「中学?」

「そう。リップクリームが全然上手く塗れなくて、いつもそんな感じだった」

 

 彼女の口元を見つめる。

 ふんわりと柔らかそうな唇だ。思わず触れてしまいたくなるような。彼女も、好きな人のために日々努力してきたのだろうか。

 

 香澄の唇はいつも変わらないままだった。

 おそらく化粧を覚えるのは遅かったのだろう。今でもまともにしているのかどうかすらわからない。

 いつも香澄は変わらなかった。変わらないまま、僕に接してきてくれた。だからこそ、僕は迷わず香澄を追い続けることができた。

 北極星を目指す旅人のように。

 

「パンだけど」

「あ、うん! どうだった?」

「……やっぱり僕は、前の甘さの方で十分だと思う」

 

 迷いは無かった。口に入れた瞬間から、この感想を言うことは決まっていた。

 けれど。さっきまでの彼女の幸せそうな笑顔が凍りつく。

 この結末もわかっていただけに、辛い。

 

「……そ、そっか」

「ごめん。……でも、僕の口に合わないだけだから」

「いや。なんか、なんとなく、わかってたから」

 

 彼女の声が震えていた。

 

「……そろそろ帰る時間じゃない?」

「……そうだね。それじゃあ、純くんと紗南ちゃんによろしく」

 

 今日は風の強い夜だ。

 それこそ、か細い声はかき消されてしまう程。

 千紘さんに挨拶をする。熟睡していた山吹さんの妹弟たちの様子を見る。律儀に玄関まで見送ってくれる山吹さんに一礼して、家を出る。

 マニュアル化された作業だ。

 けれど、一つイレギュラーがあるとすれば、山吹さんが笑っていないこと。

 

 以前同じことがあった。彼女のパンの甘さが少し重くて、僕の口の中が受け止めきれず、思わずパンに否定的な意見を言ってしまった。

 その時も彼女は、このパンが自信作だと言ってくれた。気持ちを込めたと言ってくれた。

 外に出る。風が強い。このパンの甘ささえも、吹き飛ばしてくれそうな程に強い。

 

「……私はまだ、足りないのかな」

 

 そうして、別れ際。

 彼女が言った言葉は、この風の中に消えてしまった。




沙綾ママの病弱設定書くの忘れてました すいません
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