【悪鬼滅殺】の四文字が刻まれた“柳色”の刀が振るわれる度に暴風が巻き起こる。
通常より少し刀身が長い、“長刀”が振るわれる度に周囲の木や枝、そして鬼の身体を無数に切り刻む。
まるで、台風だ。ヤツを中心にして台風が出来ている。
そんなことを思いながら焦燥が身を焦がす。
無数の擦り傷を作りながらも、その鬼は必死に鋭利な刃物と化した旋風を避け、天敵たる日輪刀から大きく離れようと動いていた。
憔悴しきった表情を浮かべ、必死に“下伍”と刻まれた瞳を忙しなく動かす。
落ち着け、落ち着け、大丈夫だ。あれほど技を出しているんだ。
きっと、すぐ息切れを起こす。体力が無くなる!
鬼と人。その違いは多種あれど、もはやそれは生物として大きくかけ離れていると言えるだろう。
鬼とて生物。確かに限界はある。
だが、それは鬼としての限界だ。人間としての限界ではない。
人が十秒程度、全速力で走ると息切れを起こすのと違って、鬼ならば一日中走っても疲れはしないだろう。
そもそもが、天と地ほどかけ離れている。
加えて、その鬼は【十二鬼月】と呼ばれる無数の鬼がいる中でも上位の存在。
柱がなんだ。たかが、ちょっと強い
今にでも──
「──はっ?」
炎に灼かれたかのような激痛が喉元に走る。
じくじく、と痛む喉元から熱く色鮮やかな鮮血が流れ出てきた。
何で、今、確実に避けたはず……っ!
【風の呼吸 壱ノ型
しかし、そんなことを考えている暇など鬼にはない。
螺旋状の風を纏って向かって来る目の前の天敵に、鬼は底知れない恐怖を感じながら先ほどよりも大きく避けた。
先ほどいた場所の大木が捻れ、削られ、中ほどから折れる。
それは、折れるというよりかはねじ切れたと言った方が正しいだろう。
ゾッとする。鳩尾から頭の天辺まで駆け巡る恐怖。
ここまで来て、これほどのピンチになって鬼は相対する人間が自分の実力を大きく上回っていることに気がつく。
否、気がついていた。だが、それを自身のプライドが、自身に流れる、
【風の呼吸 陸ノ型
今度は巻き上がるような鎌鼬の竜巻。
範囲が広く避けづらい、が大きく飛び退けば──
ガクン、と視線が低くなる。
何が、と思う前に理解する。
右足から来る激痛。
身体を支えていた何かがなくなった感覚。
それは、まるで足を踏み外したような感覚に近い。
いや、足を踏み外した。その支える足を切られることで
避けたはずだっ! 確実に、俺は回避することが出来たはずなのにっ!?
片方の支えを失った身体は自然にバランスを崩して、腰を落とさせる。
鬼も瞬時に足を再生させようともがくが、その時やっと気がついた。
ずずっ、と身体動いていた。ほんの少し、切っ先が当たるか当たらないかのほんの少しの距離を、まるで吸い込まれるように引き寄せられている。
ここに来て、鬼は信じられないものを見たかのように意識の一部が空白に変わる。
鬼狩りを中心に風が逆巻いている。台風の目のとなっているヤツを中心に万物が引き寄せられている。
何時から? そんなもの最初からだ。
だから、何度も技を繋げて出していたんだ。
とんだ化物だ。どんな腕力をしている。
──本当に台風を作り出すなんて──っ!!
だが、それに気がついた時にはもう遅い。何とか足を再生させたとしても到底避けられる体勢じゃなかった。
血鬼術でも防げそうにない。
「くっ、う、あああああああっ!?」
【風の呼吸 㭭ノ型
渦巻く旋風が鬼を取り囲み、刻み、切り裂き、その日輪刀は正確に鬼の頚を切り離した。
風に巻き上がり、徐々に崩れていく鬼の身体を背にして彼──
白色の羽織りが風に煽られ、ゆっくりと重力に従って下に落ち、落ち着いていく。
それと同時に一颯は歩き出す。
柱として、鬼殺隊員として、職務を全うしていた一颯は森の隙間から見える町の明かりに目を細める。
最初は町から鬼を引き離なすことを念頭に置いて戦っていたが、気がつけばもう町のすぐ側だ。
もし、もう少し時間が掛かっていたら町にも被害が出ていたかも知れない。
その事実に一颯は小さく嘆息する。
最初は良いが、戦っていく内に周りが見えなくなってしまうのが一颯の悪い癖だった。
戦いの昂揚感、とでも言えばいいのだろうか。
一度、共同戦線をした音柱こと
ふと、背後を見れば痛々しい森林破壊の跡。
まあ、人外との戦闘痕なのだから多少の被害は当たり前だ。
それに、隠の人も言っていた。
「まあ、風柱様の痕はまだ台風とか竜巻とかの被害と言い張れるので楽です」……と。
そう、これは致し方ないことであり、自分は良心的な方だと自身に言い聞かせる。
最も、柱の中では一番周囲に被害を出しているのは一颯だったりするのだが、それは本人のあずかり知る所ではなかった。
下弦を倒し、意気揚々と町の方へ下りていこうとする一颯に、頭上の木陰から飛び出した
「ここから北に三キロ先で隊員が戦闘中ゥ! 戦闘中ゥ! 複数の鬼に囲まれ危険! 危険! 負傷者も出ているゥ! 至急救援に迎えェ! 迎えェ!」
救援要請。さほど珍しいわけではない。
寧ろ、柱となってからは増えたと言っていい。
下弦との戦いで軋む身体に鞭を打ち、一颯は走り出した。
「負傷者の数は? 隊員の名は? 階級は? それと詳しい状況を」
恐らくは、先ほど狩った下弦の配下……いや、どちらかと言えば余り物にありつこうとしていた雑魚鬼たちか。
はたまた、本当に偶然の
どちらにしろ、急がない理由もない上に、情報を少しでもいいから欲しい。
「ウ、ぅ……い、急げェ! 急げェ! 囲まれているゥ! 囲まれているゥ!」
だが、しかし。
少しでも情報を聞こうと何時ものように聞いたが、イマイチ鎹鴉の反応がよろしくない。
「
何時ものと様子が違う鎹鴉に一颯は名を呼びながら、問いかける。
しかし、その返事は返ってこず、何処か気まずそうな声を上げながら北の方向へと飛んで言ってしまった。
分からない。
が、今はそんなことよりも救援だ。柱として己の職務を全うしなければ。
速度を上げる。もっと強く踏み込み風を切って地を駆ける。
すると、数分もしないうちに聞こえてくる怒号と刀を振るう音。
いや、振るうというよりこれは……。
「──ハアァっ!」
【蟲の呼吸
速く、そして鋭いその一撃は深々と鬼の胸を貫いた。
「ッッ!!?」
声も上がらない鬼の絶叫がその表情から見て取れる。
貫いただけではない。深く抉り、胸骨をも砕くほどの突き。
だが、それでは死なない。鬼は頚を斬られなければ死にはしない。
故に、その鬼は自身の胸に深く突き刺さる刀を握りしめようとして、口から大量の血を吐き出した。
「っ? あ、え?」
吐き気がする。頭痛も酷い。
視界がかすむ。平衡感覚が分からなくなる。
なんだ、何を食らった?
──この女、何をした?
胸に刺さった針のような刀が引き抜かれる。
それと同時にぐらつく身体。
くるくると回る視界。
鬼はそのまま転倒し、強烈な不快感と倦怠感に苛まれた。
ある意味、その鬼は運が良かったかも知れない。
その直後、迫り来る暴風の恐怖を知らずに頚を斬られて死ねたのだから。
「──っ! い、一颯くん!?」
彼女──しのぶは風で靡く髪を抑えながら突如として現れた一颯に動揺を隠せない。
だが、その周りには鬼がいる。奇妙な──鬼にとっては知るよしもない『毒』の──攻撃をするからといって、それは決定的な隙だった。
「胡蝶っ!」
しのぶのすぐ側で戦っていた一人の隊員が絶叫にも近い声で、名を呼んだ。
鬼が一斉にしのぶに襲い掛かったのだ。
だが、その場に来たのが一颯……鬼殺隊の最高位にて要でもある『柱』であり、五大流派の風の名を襲名した剣士。
故に、しのぶの隙を突いたと思われた鬼の行動は一颯にとっては欠伸が出るほどノロく、加えて鬼とっての決定的な隙であった。
“シイアアアア”と風の呼吸独特の呼吸音がその場に響き渡る。
【風の呼吸 参ノ型
「ギャェア!?」
斬られる腕、ずり落ちた足首。
そして、ずれる視界。
気がつけば頚を斬られていた鬼たちは信じられないものでも見たかのように、目を刮目させ、死への恐怖に揺れる瞳を忙しなく動かしながら、消滅させていった。
速い。ただ、その一言に尽きる。
しのぶの姉──胡蝶カナエも最高位の柱ではあるが、これほど速い剣は見たことがない。
柱として戦う姉の側に、最も近くから見ていたしのぶはよりその強さが分かった。
どれほど、努力したのだろうか。
どれほど、血の滲む修練を重ねたのだろうか。
その背景はきっと自分の想像も付かないものがあるに違いない。
しのぶは脳裏に色濃く残る記憶がフラッシュバックする。
『彼は……私に助けを求めた。足を血だらけにしながら、必死に縋りついてきた。“どうか、彼女たちを助けてください”……と』
──今さら、戻ってきたところでッ!!
──守るって言ったくせにっ!!
「っ、……一颯──」
「あ、ああっ、風柱様! 助かりました!」
しのぶの言葉を遮るように声を上げたのは、背中を預けて戦っていた隊員の一人。
その表情は涙を堪えつつも、心底安堵している表情だ。
苦虫を噛み締めたような表情を浮かべているしのぶとは、真逆だと言ってもいい。
「すぐにでも負傷者の手当てを。動けるか?」
「はい! 大丈夫です」
威勢の良い返事に一颯は頷き返し、背を向ける。
白い羽織りが風に靡く。その羽織りが風とは違う靡きをしたときには、一颯は随分と遠くの方へ行っていた。
「は、速っ……って、大丈夫か!? すぐに蝶屋敷に連れて行ってやるからな! 胡蝶! 頼む、見てくれ! ……胡蝶?」
「……今、行きます!」
終ぞ、こちらに視線を向けることがなかった一颯にしのぶは怒りを感じながらも、その怒りの矛先は大部分が自分に向いていた。
今だからこそ……いや、両親の葬儀を終わらせた時から気がついていた。
逃げ出した彼は悪くない。あの行動は普通なのだ。
寧ろ、鬼に挑まないで悲鳴嶼を呼んできた彼は命の恩人と言って過言ではなかった。
あの時、彼が悲鳴嶼を導いてくれてなかったら、自分は間に合わなかったかも知れない、と今なら良く分かる。
それなのに、自分は……。
きっと、彼はそのことを忘れていないだろう。
寧ろ、恨んでいるはずだ。何とか遺体が残っていた自分たちの両親とは違って、彼の両親は遺体も残っていなかった。
客間全体に広がった血溜まりに衣服と思われる布きれだけが残っていただけだった。
話したい。謝りたい。そして、ちゃんとお礼が言いたい。
願わくば、また昔のように────。
「──朝十郎」
町へと向かう途中で一颯は自身の肩に止まる鎹鴉をムッとした表情で見た。
それに、朝十郎は頭を下げるように身体全体を下に向ける。
「……悪いィ、悪いィ、許せ、一颯ィ……お館様の提案だァ」
「やっぱり、か」
ここ最近、やたらと胡蝶姉妹と顔を合わせる機会が増えたのは、鬼殺隊の本家大元でもあるお館様が一枚噛んでいたらしい。
カナエ、もしくはしのぶにでも相談されたか、それともこちらの身を案じている上での行動か。
どちらにしろ、お館様のことだ。遅かれ早かれこうなっていただろう。
だが、それはある意味
相棒を騙すような行動をして罪悪感に苛まれている朝十郎を、一颯は羽を優しく撫でながら言う。
「嫌な役回りをさせて悪い。……ただ、そろそろこの気持ちにも片をつけるよ」
次回、主人公死す! デュエルスタ──
※12/1 更新は少し遅れます。