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その日の夜は、思わず見惚れてしまうほど美しい三日月だった。
月見……時期でもないのに、そんな言葉が浮かび上がる。
出来れば、あの子たちと……みんなで一緒に茶を啜りながら見たいものだ。
花柱──胡蝶カナエは人知れず頬を緩めて夜の町を駆ける。
きっと、楽しい時間になる。
きっと、素晴らしい時間になる。
そう思わずにはいられない。
そこには彼もいて、悲鳴嶼さんもいて……もういっその事、鬼殺隊全員でもいい。
夜道を照らす月明かりの下でカナエは任務中だというのに、どうも関係のないことばかり考えてしまっていた。
……恐らく、彼と良く顔を合わせることが多いからだろう。
相変わらず、他人行儀でこちらのことなど知らない素振りをする彼だけど、その表情は何処か困惑していて──少しだけ嬉しそうだった。
片や風柱。こちらは花柱。
どちらも、というより半年に一回ある
恐らく、何度目の会議の時に……いや、もっと前からお館様は気がついていたに違いない。
妹──しのぶも何度か任務先で会った、という話を良く聞く。
見えない配慮が有難い。少しずつ
今度、会ったら無理矢理にでも捕まえて話し合ってみよう。いい加減、過去のことを精算しよう。
こうして、お膳立てしてくれているのだ。今の状況は、きっと
周りの気遣いに嬉しく思いつつも、少し気恥ずかしかった。
そんな浮ついた考えを吹き飛ばすように、頭を振って思考を切り替える。
今は任務に集中しなければ。
カナエは注意深く気配を探りながら、人気の無い路地を歩く。
ここ最近、この地域で行方不明者が立て続けに増えていた。隊員も何人か行方不明となっている。
間違いなく鬼、だろう。この付近に鬼がいる。
それも、
「──やあ、こんばんは。今日は月が綺麗だね」
曲がり角を曲がった先でヤツはいた。
【──花の呼吸 肆ノ型
“フゥゥゥゥ”という独特な呼吸と共に繰り出された円を描く刀筋は、確実に鬼──
が、しかし。それは鈍い金属音と共に刀の先から伝ってくる堅い感触。
「危ない、危ない」
童磨の持つ手には意匠が施された対の“扇”。
それが、日輪刀を頚の寸前で割って入っていた。
「っ!」
防がれた。反撃が来る。
童磨のもう片方の腕が動いたのに気がついたカナエは瞬時に飛び退く。
そのもう一つの手には攻撃を防いだ扇と全く同じ物。
童磨はそれを緩慢な動きでさっと広げて見せると、口元を隠して目を細める。
「【花の呼吸】……うん、懐かしいね。昔に食べたその子も可憐で可愛い子だったよ!」
前任、いや、もっと古い時代の【花の呼吸】の使い手を……っ。
「えーっと、名前は……なんだったっけな? いや、そもそも聞いて無かったかも。あ、そうだ。キミの名前は何て言うの?」
「っ……教える必要性がありますか?」
鬼とは何度か話したことがある。会話というものをしたことがある。
だから、思わずにはいられない。
話し合えるのだから、きっと分かりあえる鬼もいるはずだ、と。
不可能だ、とみんな言うだろう。
中には逆上する人もいるかも知れない。
鬼はと
相容れることは決して無い。
カナエ自身、鬼と仲良く出来ると言ってはいるが、やはり心の奥底では、少なからず両親を殺された怒りが渦巻いている。
だけど、ほんの少しだけ希望を抱いていた。そういう鬼もいてもいいはずだ、と。
だが、
刃を交わる前に少しだけ対話したが、この鬼は正真正銘“鬼”だ。
この鬼こそ絶対に倒さなければならない存在だと本能的に理解した。
「えーっ、さっきまで楽しく話していたじゃないか……そんな怖い顔したら折角の可愛い顔が台無しだぜ?」
酷く不快だ。この鬼の言葉は神経を逆撫でする。
【花の呼吸 陸ノ型
身体を捻り、大きく振りかぶる。
それに対して童磨は刀に合わせるようにして対の扇を払う。
何処無く、冷たい空気……いや、これは──
【血鬼術
童磨に近づいた瞬間に感じた異常なほどの冷気。それと同時に現れる蓮を形取った“氷塊”がカナエを襲う。
咄嗟に危険を察知することが出来たカナエは、刀を振り切るのを辞めて、くるりと刀を持ち替えた。
【花の呼吸 二ノ型
無数の連撃で襲い掛かる氷塊を打ち壊し、そして一歩また踏み込む。
「おっと──」
【花の呼吸 伍ノ型
技を繋げての連撃。
カナエの剣は童磨の身体を捉え、皮膚を、筋肉を切り裂く。
手応えはあった。
しかし、その刃は頚には届いていない。
頸を狙ったはずの攻撃は関係の無い箇所を切り裂いている。
「いいねぇ! スゴい
「──っ」
傷がもう塞がる。童磨につけた無数の傷が瞬時に塞がっていく。
治りが早すぎる。上弦ともなるとやはり自分たちの常識を遙かに上回る化物らしい。
それに、手を抜かれているのが嫌というほど分かる。
先ほどの攻防もそうだ。わざと攻撃を受けている節がこの鬼にはあった。
余裕があるのか。それとも、また別の目的があるのか。
……どちらにせよ、戦わない理由はない。
この鬼を生かしておくわけにはいかない。
日輪刀を構え、呼吸を──
「──ゴホッ! ゴフッ!?」
呼吸が────。
「あー、吸っちゃった? 俺の血鬼術」
間の抜けた声が耳に響いたが、その言葉を理解することは出来なかった。
肺が痛い。胸が張り裂けそうだ。
呼吸による痛みではなく、もっと違う外的要因が多分に含まれた痛み。
異物感。それが、一体何なのか分からない。
だが、全集中の呼吸をしようとすれば肺が激しく痛みを発するのが分かった。
「ほら、分かるかな? 見えるかな?
童磨は悪戯が成功した子供のような表情を浮かべて、真上に扇いで見せる。
そうすれば、微かにキラキラと月明かりに照らされて光る結晶のようなものが見えた。
「【
「ね?」と童磨は苦しげに咳き込むカナエを見ながら笑みを浮かべる。
「痛いよね? 苦しいよね? 辛いよね? ──大丈夫! 俺がしっかりと
平然と、そも当然のように童磨はそう言った。
「苦しみも悲しみも全部、俺が受け止めて、共に永遠の時を生きてあげよう。……あっ、話すのも辛いんだったね」
「ごめん、ごめん」と近づいてくる童磨。
慈悲深い笑みを浮かべて、ゆっくり近づいてくる姿はまるで仏のようだ。
──まさか。
こんな頭から血を被ったような鬼が仏のものか。
狂いに狂った悪鬼という言葉が良く似合う。
カナエは痛む肺を無理矢理動かして、刀を構える。
「ああっ、無理しなくていいよ! 大丈夫。俺がすぐに
「──けるな」
「ん? どうしたんだい?」
“フゥゥゥゥ”と言う呼吸音が童磨の耳に響いた。
【花の呼吸 二ノ型 御影梅】
不意打ちに近い形で技を繰り出したカナエ。
童磨もよもや、死に体の状態から反撃がくると思っていなかったのか、片腕の肘から先を切り落とされる。
「ふざ、けるな……っ! それが救いなものか!」
普通の呼吸をするだけで激痛が走る。
足を動かすだけで、身体がぐらつく。
正直、今にも刀を落としそうになる。
だが、それがどうした。
あの日、約束した。約束したのだ。
『鬼を倒そう。一体でも多く、二人で』
『私たちと同じ思いを他の人にはさせない』
一体でも多く倒す。それが、上弦ならばもっと多くの人が救える。
だから、動け。動いて。
私は──花柱なんだから。
【花の呼吸 伍ノ型 徒の芍薬】
「いやあ! スゴいね! 動くのすら苦痛のはずなのに」
そんな言葉を口にしながら、全て対の扇で九連撃を防いでみせる童磨。
呼吸がまともに出来ず、キレも威力も落ちているが、これほど容易くいなされては、いよいよ頚を斬るのも夢のまた夢だ。
だが、それでもカナエは諦めない。
血を吐き、身体を傷つけられようとも、我武者羅に刀を振った。
【血鬼術
広範囲に広がる童磨の血鬼術。しかし、カナエはそれをすり抜けて童磨の胴体を横一文字に切り裂く。
だが、童磨はそれがどうした、とでも言わんばかりに扇を振った。
【血鬼術
【花の呼吸 二ノ型 御影梅】
冷気を纏った扇が弾かれる。そこから斬り返してくる刀。
【花の呼吸 陸ノ型 渦桃】
切り返しの刀が首筋を、頚を斬った。
しかし、届かない。薄皮を軽く斬っただけ。
頚を断ち切らなければ鬼は死なない。
「ははっ、惜しい!」
思わず童磨はそんな言葉が血と一緒に零れ出た。
血鬼術が……効いてない? いや、そんなことは無い。
自分の頚を斬れなかったのがいい証拠だ。
青白くなった肌、口元から吹き出す血。
足も思うように動けておらず、刀を振るう力も最初ほど強くない。
彼女はもうじき動けなくなる。
【血鬼術
伸びる氷の蔓。それを刀で受け流しながらカナエは童磨の懐に入り込もうと足を前へ進める。
【花の呼吸 肆ノ型
狙うは急所の頚。吸い込まれるようにして童磨の頚へと刀が振られた。
──だが、しかし。
「そん──な……っ!?」
刀が、日輪刀が童磨の頚を斬る寸前で半ば辺りからへし折れたのだ。
それと、同時に全集中の呼吸が止まる。足が止まる。
不気味な笑みを浮かべる童磨を前に、カナエは地面に倒れ込んだ。
「あちゃー、惜しかったねぇ……」
限界だった。
無理を押して酷使した肺が遂に限界が来てしまった。
呼吸が、息が、もう続かない。
「良く、よく頑張ったね。俺は感動したよ! さあ、キミは救われるんだ。俺と永遠の時を生きよう」
何の感情も感じさせない涙を流す童磨に、カナエは最後まで睨み付けていた。
こんな所で終われない。
こんな所で負けたくない。
しのぶ、一颯くん──
────風が吹く。
【風の呼吸 参ノ型
「っ、と。危ないねぇ」
伸ばした手を咄嗟に引き戻した童磨は不満げな表情を浮かべて、割って入ってきた人物に目をやる。
白い羽織りを隊服の上から羽織った青年。“柳色”の刀の切っ先が童磨に突きつけられる。
「こんばんは。そして、死んでくれ」
「うわっ、随分な言い草だ。確か初対面だよね?」
困ったように童磨はそう言った。
「──風柱・天沢一颯! “上弦の鬼”ト遭遇! 花柱・胡蝶カナエ、戦闘不能! 繰リ返ス! 風柱・天沢──」
「っ、姉さん!」
鎹鴉の報告を聞いて、瞬時に蝶屋敷を飛び出したしのぶ。
刀を握りしめ、周りの状況も気にせず鎹鴉が飛んでいく方向へと足を動かした。
戦闘不能。それは、まだ姉は死んでいないということ。
だが、それは言い換えれば重傷を負っている、と言っても過言ではない。
ただ、一つ安心できるとすれば、それは駆けつけた風柱・天沢一颯がいるということ。
大丈夫。彼がいるならきっと大丈夫。
彼なら、姉を絶対守ってくれている。そう約束したのだから。
──今さら、戻ってきたところでッ!!
──守るって言ったくせにっ!!
あの日、あの時の光景や鮮明に蘇った。
「……っ、どうか、間に合って……っ!」
「フゥッ、!」
【風の呼吸 弐ノ型
巨大な風の爪が童磨を切り裂かんとうねりを上げて、たたき込まれる。
【血鬼術
だが、そんな風の爪は氷の蓮花によって阻まれ童磨には届かない。
しかし、それは想定内。
弐ノ型を繰り出し終えた後は、直ぐに次の型へと行動を起こしていた。刀の切っ先を地面スレスレまで下げ、下から巻き上げるように刀を振るう。
【風の呼吸 肆ノ型
童磨の扇と“柳色”の刀がぶつかり合う。
しかし、刀は防げても風の刃は防げない。
童磨は身体に浮遊感を感じると同時に、全身を細かく切り裂かれる感覚を感じた。
竜巻。表すならばその言葉がしっくりくる。
それも、刀を多く巻き込んだ刃の竜巻。
「ははっ、まるで鳥になった気分」
面白おかしく嗤いながら、童磨は空中で扇を素早く振った。
【血鬼術
広範囲に吐き出された氷の煙。キラキラと光る雪崩のような氷の煙に一颯は刀を構える。
【風の呼吸 壱ノ型
正面突破。
中央も中央に螺旋状の風が氷の弾幕を穿つ。
「うーん、これだから風の呼吸の使い手は苦手だなぁ」
迫り来る一颯を見ながら、ぽつりとそんな愚痴を童磨は零した。
花柱・胡蝶カナエを苦しめた……否、呼吸を主とする鬼殺隊の剣士たちを幾人も屠った【粉氷り】が風によって吹き飛ばされてしまう。
これが、普通の使い手ならばいざ知らず。
今回、現れた新たな鬼狩りの青年は風の呼吸を極めし、風柱と来た。
風が大きく、広く、そして何より
鋭さも劣るどころかこちらの血鬼術を切り裂いてしまうほどの風圧を巻き起こしている。
正直に言えば、余り相性は良くないと言えるだろう。
冷静にそう分析する裏で、童磨は笑みを浮かべた。
「まっ、それでも負けたことはないけど」
これまで戦った中には勿論、風の呼吸の使い手がいた。その中には柱の者も含まれている。
太刀筋、風の範囲、威力……強さ的に言えば、自身の知る中で目の前にいる彼が今のところ歴代最強と言える。
だが、それでも所詮は人の範疇だ。
何度も見た。
何度も相手した。
何度も返り討ちにした。
技の規模が大きくなろうと、鋭さが増そうと、関係ない。
【風の呼吸 陸ノ型 ──】
「それは、もう見飽きたよ」
懐に潜り込み、刀を振ろうとする一颯に童磨はそう一言告げて扇を一閃した。
「ッ!? チッ!」
寸での所で扇が刀の側面を辺り、軋む音を上げる。
咄嗟に身体ごと力を逃がしたが、踏ん張りが効かず、そのまま吹き飛ばされる。
「おおっ、スゴい反応速度だ」
刀を折られることは阻止したが、攻撃は読まれた。技を出す前に止められた。
一颯は素早く体勢を整えながら、強く奥歯を噛み締める。
一人一人、癖は違っても刀の振り方は全て同じだ。それが、『型』というものだ。
事実、同じ呼吸を使う仲間と一緒に戦った方が連携は遙かに取りやすい。
互いにどういう技を出すのか、文字通り手に取るように分かるからだ。
呼吸音、刀の出だし、切っ先の向き等、その使い手が強ければ強いほどその型は基本に忠実だ。
故に、こうして止められる。技を封じられる可能性は常にある。
だが、普通は出来ない。鬼の多くがそれを出来ていれば今頃、鬼殺隊は壊滅寸前だったろう。
出来る方が可笑しいのだ。
技を予知し、それを剰え出される前に止めるなど。
一颯はチラリ、と一瞬だけ背後を見た。
そこには、激しく咳き込みながらも必死に折れた刀を手にしながら、立ち上がろうとしているカナエの姿があった。
誰がどう見ても重傷だ。要である呼吸も上手く出来ていない。
急いで誰かが処置しなければ死んでしまうだろう。
故に、一颯は心の中で叫ぶ。
早く。誰でも良い。誰でも良いから早くカナエを連れて逃げて欲しい。
今の自分では、
強くなった。柱にも上り詰めた。
その上で、更に経験を積み、技にも磨きを掛けた。
だが、それでも勝てない。
それは、刃を交えて確信へと変わった。
夜明けまで後、何時間だろうか。
近くに誰か来ていないのか。
早く──
「──考えごとかな?」
「ッ、ぐっ!?」
右肩に走る激痛と喉元まで迫り上がってくる異物感。
力が抜ける。視界が揺れる。
──膝が崩れ落ちる。
本当は童磨さんとカナエさんで多少なりとも会話があったんですけど……無理でした。童磨さんといい、カナエさんといい、キャラクターが掴みきれてない感がハンパない。
色々と設定しくじったなぁ、と猛省しております。
と、まあ、今度こそ。
次回、主人公────。