キミのためなら死ねる   作:haku sen

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今回、一番長いです。
それと、感想、評価並びに誤字脱字報告ありがとうございます。



IF 鬼化ルート

 

 

 

「──しのぶーーっ!! カナエを連れて逃げろ!!」

 

【──風の呼吸 弐ノ型 爪々(そうそう)科戸風(しなとかぜ)

 

 四つの風の爪が地を切り裂きながら、扇を構える“鬼”に襲い掛かる。

 

【──血鬼術 ()蓮華(れんげ)

 

 しかし、いとも容易く防がれる風の刃。

 悪鬼羅刹を切り裂くはずの旋風は弱まり、消えていく。

 風が止んで、パラパラと氷の結晶が舞い落ちる中で“鬼”はほくそ笑んだ。

 

 振るう刀は扇で弾かれ、旋風は氷に阻まれる。

 こちらは傷を負い、あちらは傷が完治していく。

 

 何体もの、鬼の(くび)を切り落としてきた刀が、剣術が──自身の持ちうる“全て”がこの鬼には通用しなかった。

 

「──ぐっ、がっ……!」

 

 胸をねじ切らんばかりの激痛と共に吐き出されるのは、吸った酸素と粘り気のある血液。

 体液混じりの血液を吐き出した後に、漏れ出るのは白く可視化出来る息と荒い呼吸だった。

 

「ああ、キツいだろうに……もう諦めて良いんだよ」

 

 優しく、慈悲深く、耳障りの良い声が鼓膜を揺らす。

 

「そんな痛いことも、苦しい思いも、辛いことだって……だから、俺が救って(たべて)あげよう!」

 

 ……そうだ。死ねば楽になる。

 怪我をして、痛みで眠れない夜を過ごさなくて済む。

 周りの期待と信頼に心身をすり減らさなくて済む。

 命のやり取りに恐怖をすることもなくなる。

 

 あの約束(・・)からも解放される。

 

 それは、とても素晴らしいことだろう。晴れやかな気持ちになれるだろう。

 何もかも、全て放り出すことが出来たなら、どれほどの開放感があるのだろうか。

 

 死にたい。

 

 楽になりたい。

 

 全てから逃げ出したい。

 

 だが、本当にそれでいいのか? 

 

「──とっととくたばれ、糞野郎」

 

 疲労と寒さによって震える腕に力を込め、しっかりと刀を握り直す。

 そして、動くたびに痛みという悲鳴を上げる身体を動かして、刀を構え直した。

 たった、この程度の一連の動作で死にたくなるほど、辛く、苦しい。

 しかし、この身体が動くのならば。

 この天沢(あまざわ)一颯(いぶき)という男の身体が動く限りは、あの約束を果たそう。

 

 ──何があろうと二人を守る。

 

 その約束が、呪いとも言えるその言葉が一颯を動かしていた。

 

【風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐(しょうじょうさじんらん)

 

 巻き上がる幾十にも重なった斬り風が鬼──童磨に襲い掛かる。

 だが、それを童磨は緩慢な動きで避けて見せた。

 受ける必要性も無ければ、防ぐほどのことでも無い。

 攻撃が荒く、狙いも的外れ。最初の時のようなキレも無ければ、威力も無い。

 

 死ぬ。この鬼狩りはこのまま死ぬであろう。……そう、童磨は感じた。

 何もせず、ただ日輪刀を避けているだけで、この鬼狩りの身体は地面へと斃れるだろう、と。

 そんな状態であるにも関わらず、この鬼狩りは戦っている。

 

 何故? と、童磨の中でそんな疑問が浮かんだ。

 

 鬼狩りとしての役目を果たすため?

 

 それとも、単純に死にたくないから?

 

 きっと、どちらもあるだろう。その二つの理由で刀を振るうには十分だ。

 しかし、それだけでは足りない。

 それだけでは、血反吐を吐きながら刀を振るう理由にはなり得ない。

 

 何が……一体何が、彼を動かしているのだろうか。

 

【血鬼術 枯園垂(かれそのしづ)り】

 

【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)

 

 激しくぶつかり合う扇と刀。そして、氷と風が混ぜ合って一つの災害のような環境へと周囲が変化した。

 小さく細かい氷の破片が服を裂き、肉を抉り、骨を殴打する。

 そんな竜巻が二人を傷つけるが、童磨の身体は傷を負うごとに再生していくのに対して、一颯の身体から鮮血が舞い、体温を徐々に奪っていった。

 

 その度に切っ先がブレて、童磨の振るう鋭利な扇を弾き損ねる。

 そして、弾き損ねた扇が一颯の肩を、腕を、足を、腹部を、次々と切り裂いていった。

 

「一颯く──」

 

「逃げろって言ってんだっ!」

 

 彼の聞いたことも無い怒声が響き、二人の少女の身体が強張る。 

 

「あちゃー、今ので腹部の傷が広がっちゃたねぇ」

 

【血鬼術 蓮葉氷(はすはごおり)

 

「ッッ!!」

 

【風の呼吸 伍ノ型 木枯(こが)らし(おろし)

 

 飛び退きながら技を放ち、蓮の華を形取った氷を切り刻む。

 だが、避けきれなかった童磨の扇が左肩を掠めており、その傷は一颯の左腕を使い物にならなくするには十分だった。

 

 力無く垂れ下がる左腕。全身に大小様々な切り傷。

 腹部からは致死量とも言えそうなほど、大量の血が流れ出た後がシミとなって隊服を汚していた。

 満身創痍。半死半生。

 もう、今すぐにでも倒れてしまっても可笑しくない。

 それでも、彼は片腕を持ち上げ、刀を構えて見せる。

 

 その後に、ポツリと彼は後ろにいる二人に言った。

 

「──頼む。逃げてくれ」

 

 それは、とても自分たちを逃がそうとしている風には聞こえなかった。

 寧ろ、それは自分自身のために、言ったように聞こえた。

 

「……っ!」

「しの、ぶ……! 待っ、て……! 一颯くんがっ!」

 

 無駄には出来ない。

 彼の決死の覚悟と約束を守らんとする信念を無駄にすることは絶対に出来ない。

 必死に一颯へと手を伸ばす姉の身体を支えながらも、引きずるようにその場から離れる。

 

 体格に恵まれず、鬼の頚を斬れない、非力な自分でもどうにか抑えられるほど、カナエに力は残ってなかった。

 あのまま固唾を呑んで見ていても、きっとカナエは助からない。直ぐにでもちゃんとした場所で治療が必要だ。

 

 例え、それが大切な人を失うことになろうとも、片方が助かる見込みがあるのならば……。

 

「──うっ、あぁぁ……っ」

 

 涙が止まらなかった。

 溢れ出る涙のせいで前が見えなくなるぐらい、溢れ出す悲しみが止まらなかった。

 

 何と、残酷なのだろうか。この世界は。

 もし、神や仏がいるのならば恨んでいたに違いない。

 何故、何時も私たちから大事なものを奪っていくのか。

 

 真夜中、二人の少女の小さな嗚咽が響き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「姉さん……」

 

 しのぶはベッドに横たわる姉の顔を見ながらそう呟く。

 カナエは治療が早かったお陰で一命を取り留めた上に、剣士としてまだ戦える状態にまで回復できた。

 それが良いことなのか、悪いことなのかは本人にしか分からない。

 だが、きっと姉は刀を手に取るであろう。まだ、戦えるのならその命尽きるまで戦うはずだ。

 

『鬼を倒そう。一体でも多く、二人で』

 

『私たちと同じ思いを他に人にもさせない』

 

 そう約束した。姉と二人でそう約束したのだ。

 

 ……もし、もしここにあの人(・・・)も居てくれたら──

 

 ふわり、とやわらかな風が吹いた。

 病室のカーテンが揺れ動き、今にも朝日が見えてきそうな、白みかがった空が見える。

 

「──っ、いぶ……う、宇随さん?」

 

 咄嗟にあの人の名を呼び、振り返る。

 だが、そこにいたのは輝石をあしらった額当てをした男──『音柱』宇随(うずい)天元(てんげん)だった。

 

「……わりぃな、天沢(アイツ)じゃなくて」

 

 病室に入ってきた天元にしのぶは慌てながら目頭を拭って、立ち上がった。

 それに、宇随は特に何も喋ることも無く、しのぶの側まで近寄ると、両手から少しはみ出るぐらいの大きさがある白い布を手渡してきた。

 

 白い布に包まれたソレ(・・)を手渡されたとき、数秒の空白が脳を巡った。

 

「お館様がいの一番に渡すべきだろう、ってよ……胡蝶、スマン」

 

 それだけ言うと、天元は何も言わず直ぐさま病室を……蝶屋敷を離れていった。

 しのぶは渡された白い布に包まれたソレを持って困惑する。

 

 天元が最後に謝罪の言葉を言った理由が分からない。

 何故、彼が謝る必要があったのだろうか。

 

 ……分かっているだろうに。

 理解しているはずだ。分かっているはずだ。

 その白い布の中身が何なのか。

 

 しのぶは震える手でゆっくりと布を解いていく。

 そして、その中身を見た瞬間、膝から崩れ落ちた。

 

「っ、う、あああぁぁぁぁぁぁぁ……っ!」

 

 血に濡れた半ばから折れた“柳色”の日輪刀と血に染まった白い羽織り。

 

 それが、何を示すのか。

 天元が悔しそうに謝罪の言葉を述べた理由が。

 

 この折れた日輪刀とあの人の羽織りが痛いほど教えてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『風柱』天沢一颯の訃報から一ヶ月たった。

 当初は酷く動揺が走った鬼殺隊であったが、鬼には関係の無いことだ。

 その一ヶ月間という期間の間でも鬼は活動を続け、一颯の死を悼む暇も、時間も、鬼殺隊には無かった。

 

 ただ、それがある意味良かった者たちもいた。

 かつてのように笑わなくなった『花柱』胡蝶カナエと、その妹である胡蝶しのぶにとって、悲しむ暇も与えない方が結果的には良かった。

 

 ただ、この日を除いて。

 

 この日……今日というこの日だけはお館様の一言で、カナエとしのぶは蝶屋敷で待機していた。

 詳しいことは分からなかったが、お館様のことだ。きっと何か理由があるのだろう。

 久しぶりの休日とも言える時間に、二人は縁側に肩を寄せ合って座り、空に浮かぶ満月を見る。

 二人の間に会話は無く、ただただ眩しいぐらいに明るい月を見ているだけ。

 

 そんな二人の間にサァー、と涼やかな風が肌を撫でる。

 気持ちの良い風だった。春に吹く穏やかな風を彷彿とさせる。

 

 そして、何処かあの人(・・・)を彷彿とさせる風だった。

 

「……しのぶ」

 

「……なに、姉さん」

 

 今は話しかけないで欲しかった。故に、何処か棘のある返事を返してしまう。

 そんなしのぶにカナエは何処か納得したような表情で言った。

 

「──もっと、声に出して泣いて良いのよ」

 

 思わず頬を触れる。

 すれば、指先に当たる感触が何時ものとは違うことに気がついた。

 少し湿った頬の感触。そのことを認識できたとき、初めて自分は泣いていると気がついた。

 

「……ううん、姉さん。私はもう大声を上げて泣いたから……これでいいの」

 

 あの日……大切な者を失ったあの時、周りのことなど気にせず声を上げて泣いたのだ。

 だから、今の自分はもうこれでいい。もう声を上げて泣けるほど心は乱れていない。

 自分でも不思議に思うほど、心が落ち着いていた。

 

「それに、その言葉は姉さん自身が聞くべきだわ。最近、全く寝てないでしょう?」

 

 カナエを見れば、それは酷く窶れた顔をしていた。

 目の下の隈、荒れた肌、赤く腫れた目、誰が見ても一目瞭然だろう。

 

「……そうね。そう、かもしれないね。私、何処か信じられなくって……もしかしたら、フラっと帰ってくるんじゃないかって」

 

 そんなこと嫌と言うほど想った。いや、願った。

 何事も無かったように帰ってくるんじゃないかって、そう夜な夜な願ったし、想い続けた。

 

 だが、現実は違う。

 帰ってきたのは折れた刀と血に染まった羽織り。

 そして、それが落ちていた場所には地面に染みこんだ致死量(・・・)の血痕だけ。

 死体が残らなかったが故に、こうして想い、願ったわけだが、なまじ医学を学ぶ身からすれば、あの人の死を否応無しに理解させるきっかけになったのも事実だった。

 

 だからこそ、あの人の死を受け入れたからこそ、自分は気持ちの整理が付いたのかも知れない。

 だが、その変わり膨れ上がった憎悪が常に身を焦がしていた。

 

「──姉さん。絶対に仇を取ろう。あの人を……一颯くんを殺した鬼を二人で一緒に……」

 

 頭から血を被ったような鬼──。

 にこにこと屈託なく笑い、穏やかに優しく喋る──。

 その鬼の使う武器は鋭い対の扇──。

 

 きっと忘れないだろう。あの鬼のことは。

 今でも奥底に焼き付いている奴の顔と、一颯の背中を。

 ふつふつ、身体の奥底が熱くなるのを感じる。

 

 殺してやる。絶対に、そして、確実に殺してやる。

 

 両膝に置いた刀の柄を握り潰すが如く、強く……強く握りしめた。

 

 そんな日だった。そんな風に新たに復讐という名の決意を決めた日だった。

 

 ──彼が“鬼”なって現れたのは。

 

「蝶屋敷襲撃ィ! 蝶屋敷襲撃ィ! 複数の鬼が蝶屋敷を襲っているゥ!」

 

 突然、鎹鴉が現れ、焦るようにそう言葉を発した。

 それと同時に、背後から慌ただしく響いてくる足音。

 

「花柱様! 鬼が──」

 

 包帯を巻いた女性隊士が既に抜刀した状態で駆けつけて来たが、その後ろには異形の鬼が迫ってきている。

 

【──花の呼吸 肆ノ型 紅花衣(べにはなごろも)

 

 カナエの円を描くようにして振るわれた日輪刀は寸分狂わず、駆けつけた女性隊士の背後に襲い掛かる鬼の頚を切り離した。

 美しく、優雅に頚を斬られた鬼は、どうやって自分が斬られたのか理解出来なかっただろう。

 

「っ! あ、ありがとうございます!」

「怪我は……無いみたいね。状況は?」

「はい、と言っても私も何が何だか……と、とにかく多数方面から急に鬼が現れてっ!」

 

 なぜ、蝶屋敷(ここ)の場所が……。

 今まで、歴代の花柱たちを含めて、恐らくこのような襲撃は初めてだろう。

 見つからない、というより、この周辺にまず近寄れないはずだ。

 

 藤の花をどうやって突破した? それに、念には念を入れて、藤の花の香炉は焚いていたはず。

 そもそも、鬼が群れを成して襲ってくるなど──。

 

 疑念は膨れるばかり。しかし、今はそれを考えている暇は無い。

 

「直ぐに、戦えない者は退避を。戦える者は無理しない程度に。お館様には報告が言ってる?」

「は、はい! 既に鎹鴉たちは各地に飛び立ってます!」

 

 未だ治療中で動けない隊員たちが心配ではあるが、退路は確保出来ている。

 鎹鴉も既に動いており、直ぐにでも近場にいる隊員たちが駆けつけてくれるだろう。

 ならば、焦る必要はない。確実に、丁寧に。救える命を。

 

「っ、カナヲ!」

 

 しのぶは廊下の真ん中で座る少女を見つけ、直ぐさま駆け寄った。

 

「カナヲっ、怪我は無い? 大丈夫?」

 

 忙しなく聞いてくるしのぶにカナヲは首を横に振る。その表情は相変わらず無表情であったが、恐怖を感じているのがしのぶとカナエには良く分かった。

 

「取り敢えず、退路場所まで行きましょう」

「は、はい!」

 

 女性隊士の返事を最後にカナエ率いる一向は言葉が無くなる。

 誰も喋らず、周囲に気を常に張り巡らせながら廊下を通り、退路へと通ずる座敷へと立ち入った。

 そこまで来て、カナエとしのぶは立ち止まり、更に身を引き締める。

 

「──姉さん、何か可笑しい」

 

 しのぶが直ぐにでも刀を抜けるように構える。

 そして、カナエもしのぶが言う可笑しさ(・・・・)に気がついおり、その手は腰に佩刀した日輪刀の柄を握っていた。

 

「……静か過ぎる」

 

 そう、余りにも静か過ぎるのだ。

 

 鬼が群れを成して攻めてきたにしては、戦闘音が鳴り止むのが余りにも早すぎる。

 

 もう既に、鬼を倒してしまったのか?

 

 にしては、隊員たちの声が聞こえてこない。

 

 鬼が隊員たちを殺し尽くしたというのならば、今頃自分たちが襲われていなければ可笑しい。

 

 何かが、可笑しい。何か嫌な予感が──

 

「──ギャアアアアアア!? 何でだァ! 何でだよォッ!? お前も“鬼”だろがよォ!?」

 

「ッ! 下がって!」

 

 座敷の襖を突き破って現れたのは酷く怯え、動揺している一体の鬼だった。

 尻餅を突き、来た方向を見つめて、恐怖に怯える様は鬼であっても人間とそう大して変わらない。

 そして、その鬼はこちらのことに気がついていないようだった。

 

「ま、待て! あのお方(・・・・)からの指示を忘れたのかっ!?  わ、分かった! 人間はくれてやる! だ、だからァ……ッ!」

 

「──ひっ!」

 

 頚が落ちる。

 女性隊士が小さな悲鳴を上げると同時に、その鬼の頚が目の前に転がってきた。

 その表情は酷く怯え、涙さえ浮かべていた。

 ここまで恐怖と動揺が伝わってくれば、例え鬼ですら思わず感情移入してしまいそうになる。

 

 だが、そんなことよりもこの鬼の頚を斬った者が一体何者なのか、それが問題だ。

 得体の知れない不気味な雰囲気にカナエとしのぶは身体が強張るのを感じた。

 襖の奥、暗がりで全く見えないその先でゆっくりと歩いてくる者がいる。

 その手には刀。恐らくこの蝶屋敷の中にいる誰かしらの日輪刀を携えて、こちらにゆっくりと向かってきている。

 

「──なん、で……?」

 

 ──その正体が分かる直前、風が頬を撫でて、部屋にあった蝋燭の火を吹き消す。

 

 だが、外から差し込む月明かりがその正体をしっかりと映し出していた。

 

「──うん。少し違うが、やはりしっくりくるな。鬼狩りの刀は」

 

 その日輪刀を持つ姿があの人と被る。

 その落ち着いた声があの人を思い出させる。

 襖の暗がりから現れたのは、紛れもない、死んだはずの『風柱』天沢一颯、その人だった。

 

「か、風柱様……? え、あ、風柱様ですよね……?」

 

 信じられないものを見るように女性隊士は口元に手を当てて、涙混じりにそう言った。

 そして、表情を喜色に寄らせて一歩前へと足を出す。

 

「あ、あのっ、覚えていないでしょうが、私は貴方様に救われた──」

 

「危ないっ!!」

 

 キンッ、と金属がぶつかり合う音と散る火花。

 カナエに襟首を引っ張られ、尻餅をついた女性隊士は訳が分からないといった風に、口を開いたままその状況を見ていた。

 自分が先ほどまで立っていた場所で刀が交差している。

 風柱である一颯の刀と花柱であるカナエの刀がぶつかり合っている状況が理解出来なかった。

 

「っ、お願い! カナヲを連れて逃げて!」

 

 胸の奥底から迫り上がってくる動揺を無理矢理抑えながら、カナエは呆けている女性隊士に指示を出す。

 それで発破が掛かったのだろう。女性隊士は「は、はい!」と了承して立ち上がり、カナヲ連れて座敷から素早く出て行った。

 あれだけ動けるなら、きっと大丈夫だろう。ひとまず、カナヲのことは彼女に任せていい。

 

「──チッ、面倒だな」

 

 その瞬間、カナエの本能が危険を察知し、無意識の領域で身体が動いて、その場から飛び退いた。

 

【──風の呼吸 陸ノ型 黒風烟嵐(こくふうえんらん)

 

「っ、くっ!」

「姉さん!!」

 

 何とか致命傷は免れたが、振るわれる刀と一緒に巻き起こった旋風がカナエの腕を切り裂いていた。

 血が流れ、腕を伝い、日輪刀を赤く濡らす。

 

「お前……柱、だな? ちょうどいい。柱の一人も手土産にすれば、あのお方も認めて下さるだろう」

 

 あのお方、あのお方というのは恐らく『鬼舞辻無惨』のことだろう。

 あの人の姿で、あの人の声で……信じられない。信じたくない。

 

「一颯くん……っ! どうして!?」

 

 カナエは先ほどとは打って変わって、心のままに叫びながら問う。

 

「一颯? 違う……違うぞ、鬼狩り。俺には『風狸(ふうり)』という、あのお方から賜った名がある……その名で呼ぶな、吐き気がする」

 

 嫌悪の感情を表情に浮かべて、一颯──風狸は刀の切っ先を二人に向ける。

 その行動は皮肉にも一颯が鬼に対して向ける仕草と全く同じだった。

 

「一目見たときから気にくわなかったんだ、お前ら二人が」

 

 ……やめろ。

 

「吐き気がする。虫の居所が悪い。見ているだけで腸が煮えくりかえりそうだ」

 

 やめろ。

 

「だから、さっさと終わらせよう。俺はあのお方を──守らなければ(・・・・・・)いけないからな」

「──それ以上、あの人を穢すなァァァァァッ!!」

 

【蟲の呼吸 蜈蚣(ごこう)(まい) 百足蛇腹(ひゃくそくじゃばら)

 

 畳を踏み抜き、四方八方うねる動きを交えながら、目にもとまらぬ速度で風狸を肉薄する。

 

【風の呼吸 参ノ型──

 

 ──速い。間に合わない。

 

 技が間に合わず、懐に入り込んだしのぶを見ることしか出来ない風狸。

 それに対して、しのぶは渾身の力を持ってして日輪刀を突きつけた。

 

 ──一颯くん……っ。

 

 しのぶの渾身の突きが突き刺さり、そのまま室内から庭まで吹き飛ばされる風狸。

 しかし、所詮はただの突き。

 いくら威力が強かろうと、腹に風穴が空いた程度では傷を負った内にも入らない。

 

 故に、空中で身を捻り、特に危なげもなく着地し──激しく吐血した。

 

「ッッ!!? ぐ、がああああ!!?」

 

 聞いたことも無い絶叫。

 苦しそうに血を吐き、もがきながら皮膚が爛れていく。

 

 目の前にいるのは鬼だ。一匹残らず殺すと決めた悪鬼の内の一人だ。

 鬼殺隊の存在意義。両親の敵。だから、殺さなければいけない。

 この鬼を殺せば、自分たちと同じような思いをしなくて済む人が増える。

 犠牲となる人が減る。

 皆が、苦しまずにすむのだ。

 

 なのに、なんでこんな苦しいのだろうか。

 なんでこんなに胸が張り裂けそうなのか。

 

 あの人の姿で、あの人の声で……こんなことって、あんまりだ。

 

「──なんでっ! なんでよ……私たちが何をしたって言うのよっ!?」

 

 しのぶは涙を流しながら、激情に任せて叫んだ。

 

 生々しいく残る彼を刺した感触が気持ち悪い。

 だが、それ以上に苦しみもがく彼の姿を見ていると、苦しくて、辛くて、呼吸がままならなくなる。

 

「しのぶ……」

 

 そんな妹の姿を見て、カナエは刀を握り直す。

 

 せめて最後ぐらいは、自分たちの手で終わらせよう。

 カナエはもがき苦しむ風狸の側まで寄ると、その頚を斬るべく日輪刀を振るう。

 もう苦しむ姿を見たくない。

 これ以上、あの人の姿で罪を重ねて欲しくない。

 

 ──彼のこんな姿など見たく無かった。

 

 カナエの頬に涙が伝う。そして、そのまま日輪刀を横薙ぎに振るった。

 

「──っ」

 

 しかし、返ってきた手の感触は頚を斬った馴染み深いものでは無い。

 斬ったと思ったはずの……カナエの持つ日輪刀は風狸の頚を斬る直前で止まっていた。

 カタカタ、と震える刀身が自身の状態を良く表していた。

 

 ──斬れない。斬れるはずが無かった。

 

 何が悲しくて大切だった人を斬らなくてはならないのか。

 例え、それが鬼になろうと……自分たちを殺そうとしていたとしても、斬ることは出来ない。

 

 命を救って貰った。

 希望を与えてくれた。

 幸せを分け与えてくれた。

 

 ──私たちを守ってくれた。

 

 何て残酷な結末だ。何ていう悲劇だ。

 だが、このままでは苦しみながら死んでいく彼を──

 

「──グ、ウゥ……はぁ、はぁ、毒……か。小癪な」

「っ、そん、な……!?」

 

 毒が分解された。下弦程度あれば斃しきれるほどの致死量と濃度がある毒を、風狸は分解して見せた。

 未だ、再生は遅いものの、確実に傷が塞がり肌色も良くなっている。

 そして、風狸が強く刀を握りしめる所を見たしのぶは唖然としているカナエに対して叫ぶ。

 

「姉さん、逃げて!!」

 

 地面を削るかのように、下から振り上げられる刀。

 咄嗟にカナエは防ごうと刀を動かすが、明らかに間に合わない。

 

 また、失うのか。

 また、大切な人を失ってしまうのか。

 

 それも、彼の手によって──

 

「──南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)

 

 何処からともなく飛来した鉄球が風狸の右半身を吹き飛ばした。

 

「ッッ!」

 

 日輪刀もろとも吹き飛ぶ肉片とともに、風狸も大きく飛び退く。

 その瞬間、先ほどうずくまっていた場所に叩きつけられる手斧。

 もし、まだそこに居たら間違いなく頚を寸断されていただろう。

 

「大丈夫か、カナエ、しのぶ」

「悲鳴嶼さん……」

 

 カナエを庇うようにして立つ大男。

 鬼殺隊最強と名高い『岩柱』悲鳴嶼(ひめじま)行冥(ぎょうめい)が、かつて両親を殺された日のように、二人の前に立っていた。

 何故、貴方がここに、という疑問は直ぐにでも解かれることになる。

 

「お館様の先見の明のお陰だ。鬼の襲撃だとは思わなかったが……」

 

 行冥は鎖を引いて、鉄球を自分の方へ引き戻すと、ゆっくりとそれを回転させ始める。

 

「ッ、次から次へと……アンタも、そこにいる女ども一緒で、見ているだけで腹が立ってくるな」

 

 風狸は身体を再生させながら、心底忌まわしい、と言わんばかりにそう吐き捨てて表情を歪める。

 相対する新たな敵に殺意をぶつけ、嫌悪をぶつけ、獰猛な獣のような視線を向けた。

 

 それに、行冥は微かに動揺した素振りを見せる。

 

「その声……まさか──」

 

 殺気ではなく、嫌悪でもなく、その言葉でもなく……反応を示したのは聞き馴染みある声。

 いや、そんなことはない。あの子は死んだはず。

 

「っ、悲鳴嶼さん……」

「……そうか……そう──なのだな」

 

 カナエの泣きそうな声で……それだけで十分だった。

 

「ッ!! クソ、がっ!」

 

 風狸は顔を狙って飛んできた鉄球を紙一重で避けつつ、身体ごと横へと傾ける。

 そのまま地面を擦るように疾駆しながら、先ほど落ちた日輪刀を掴んだ。

 

「──ッ! ~~~っ!」

 

 その瞬間、下から頚を狙って飛んできた手斧。

 それを、何とか日輪刀を挟み込むことで防ぎ、死を免れる。

 だが、次はそれに繋がった鎖が蛇のように蠢き、こちらを捕らえんと輪を作った。

 

【風の呼吸 参ノ型 晴嵐風樹(せいらんふうじゅ)

 

 技を使って鎖を弾く。たった鎖を弾いただけで腕が痺れ、反応が鈍る。

 しかし、それで攻撃が終わる訳では無い。

 

 寧ろ、行冥の攻撃は激しさを増していった。

 

【岩の呼吸 弐ノ型 天面砕(てんめんくだ)き】

 

 頭上高くから一息で落ちてくる鉄球。

 風狸は何とか避けることに成功するが、左腕の側面をえぐり取られた。

 だが、抉られただけだ。腕は振るえる。技は出せる。

 

【風の呼吸 弐ノ型 爪々(そうそう)科戸風(しなとかぜ)

 

 風の爪と鎖がぶつかり合い、キリキリと不協和音を立てる。

 

【──岩の呼吸 壱ノ型 蛇紋岩(じゃもんがん)双極(そうきょく)

 

【──風の呼吸 漆ノ型 頸風(けいふう)天狗風(てんぐかぜ)

 

 手斧と鉄球が風狸の脇腹と左足を抉り、千切る。

 対して、風狸の放った技は旋風が鎖を伝って行冥を傷つけたが、それは薄皮一枚程度。服を少し切り裂いただけに過ぎない。

 

「──守るのではなかったのか! そう約束したのではなかったのか!」

 

 行冥は大声で問いかける。問いかけずにはいられなかった。

 そして、風狸はその問いかけに答えて見せる。

 身体を即座に再生させ、刀を握り、全集中の呼吸を止めず答えて見せる。

 

 ──私を守れ。

 

 頭の中に響くのは、あのお方の声とその言葉。

 あのお方が自分の頭に手を置いて、そう囁いてくるのだ。

 

 ──約束(めいれい)だ。私を守れ。

 

「ああ、守るとも! あのお方を、なッ!」

 

【風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風(いだてんたいふう)

 

 ──私のために死ね。

 

 幾十にも折り重なった旋風が上空から行冥を襲う。

 それを行冥は二重三重に鎖を重ねて防ぎ、鉄球と手斧を巧みに操作した。

 

「目を覚ませ、一颯(・・)! お前が守るべき者たちを忘れたか!」

 

【岩の呼吸 肆ノ型 流紋岩(りゅうもんがん)遠征(えんせい)

 

 風狸に──一颯に襲いかかるは鉄球と手斧、それに合わせて鉄の鞭へ変わった鎖が、自身の周囲ごと削るように広がる。

 

 抜けろ。隙間をくぐり抜けて、間合いの内側が手薄となっている鬼狩りを斬り伏せろ。

 地面を滑り、身体を宙で踊らせ、弾いた衝撃を使って身体を捻る。

 多少の傷は無視しろ。そんなもの、どうせ直ぐに治る。

 

 その動きは流石、元柱と言ったところだろう。

 風のように攻撃の隙間へと入り込んで行く様は、頼もしい柱としての姿を思い出させた。

 

 身体が覚えている。身体に染みついている。

 

 ──こうやって、自分は守っていたのだ。

 

【風の呼吸 肆ノ型 昇上砂(しょうじょうさ)──】

 

 ────誰を?

 

 傷だらけになりながらも、行冥の猛攻を捌ききった一颯は、遂に辿り着いた間合いの内側で硬直した。

 技を出す直前で刀を振るうことを止めて、全集中の呼吸すらもやめて、硬直し、遂には刀を取りこぼした。

 

「う、あぁ……っ! ぎ、がああ……っ!?」

 

 守ると誓った。

 

 ──私を守れ。

 

 そのためなら死んでもいいと思っていた。

 

 ──私のために死ね。

 

 違う。違う。違う。違う。

 

 あのお方じゃない。お前(・・)じゃない!

 

 俺は────

 

『俺が守ってやるよ!』

『えー? 本当に守れるの?』

『ふふっ、大丈夫よ、しのぶ。一颯くんなら……──』

 

 ちゃんと守ってくれる。

 

「──……悲鳴、嶼さん」

「っ!? 一颯……っ! 意識を取り戻したのか!?」

「一颯くん!!」

「っ! 一颯くん!」

 

 寄ってこようとする三人に手を前に出して、近寄るなという意思を示す。

 

「ま、だ、混乱、してる。頭が、破裂し、そうだ……っ!」

 

 無惨と彼女たちの想い出が何度も切り替わり、それがぐるぐると回り続け、思考が定まらない。

 自分の頭を握り潰す勢いで抱え、苦しそうに呻き、瞳から血を流す。

 

 取り返しの付かないことをした。

 人を食った。人を殺した。鬼も斬った。

 もう自分が分からない。何が正しいのか分からない。

 

『──やはり、鬼になるのに時間がかかるか』

 

『──暗示を掛けるのにも骨が折れる。これに対して成果が見込めなければ無意味だな』

 

『──私を守れ。私のために死ね。お前はそのためにいるのだ。“風狸”よ』

 

 あのお方の声。アイツの声が響く度に、脳を直接殴られたみたいな激痛が走る。

 心臓を鷲づかみにされて、心拍数すら操れているかのように、身体の言うことが聞かない。

 

 だけど……ああ、だけど、最後ぐらいは。

 

「──……ごめん。カナエ、しのぶ。俺は──」

 

 ──死ね。貴様は役立たずだった。

 

「──いやあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!??」

 

 まるで何かに握り潰されたかのように一颯の頭部はひしゃげ、そしてもう起き上がることも、再生することも無かった。

 鬼にされ、利用され、その挙げ句、(ちり)のように命を消される。

 

 カナエは唖然としたまま涙を流し、しのぶはうずくまりながら嗚咽を漏らした。

 そして、行冥は唇を噛み締め強く……強く己の武器を握り絞める。

 

 許しはしない。必ず、鬼は滅する。

 

 どんなことがあろうとも……この命、尽きることになっても。

 

 この借りは必ず……────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一颯、何処に行くんだい?』

『そんな所に立ってないで、こっちに来なさい』

 

 ごめん、父さん、母さん……俺はそっち側(・・・・)には、行けないんだ。

 

 身体が燃える。人々の怨嗟の声が聞こえてくると同時に、地獄の業火が身体に纏わり付いた。

 受け入れよう。これが、自分の罪なのだから。

 

 一颯は火に飲み込まれる瞬間、啜り泣く声が聞こえた。

 そして、振り返って見れば血を流して、頭を垂れる二人の姿が見える。

 

 

 ──ごめん、一颯くん。仇を取れなかった。

 

 ──私たちじゃあ、アイツに勝てなかった。

 

 

 こんなこと言う資格はないだろう。

 自分が言えることじゃないだろう。

 

 それでも、この声が届くのなら──

 

 

 ──そんなことはないさ。二人ならやれる。

 

 まだ、刀を振れるなら。

 

 まだ、身体が動くなら。

 

 きっと、二人一緒なら勝てる。

 

 ──頑張れ、カナエ、しのぶ。

 

 

 

 

 

 

「──え、立つの? 立っちゃうの?」

 

 童磨は立ち上がる二人の少女を見て、呆けた表情を浮かべた。

 

「身体が動く限り……」

「刀を振れる限り……」

 

 二人の少女──胡蝶カナエと胡蝶しのぶは日輪刀を持ち上げ、その切っ先を童磨に向けた。

 

「「──とっととくたばれ、糞野郎」」

 

 

 




ちょっと急ぎ足になってしまった所もあるものの、何とか自分なり収めることが出来たかな、と思ってます。
一応、キメツ学園を最後にちゃんとした完結となりますが、一話二話、三話四話を繋げて細かい所を修正するかもしれません。
その時は、ご了承下さい。
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