五条悟の次に強いやつって言われたいじゃん 作:五条悟のディスク
まあ今回のお話は、たかが転生者があの地獄をこんなうまく生きてくことはできないでしょっていう件についての答えです。
肉と骨がきしむ音が響く。圧倒的な痛みが甚爾を襲っているはずだが、その胴が完全に裏返ってしまう前に円李が指定した座標から大きく飛びのいた。術式の作用点から逃れたこともあり、致命傷ではあるが甚爾が再起不能なほどのケガをしたかと言われればそうはならなかった。
円李から距離を取り追撃がないことを確認した甚爾は武器庫呪霊から応急処置の呪符を取り出す。これは、巻きつけた個所の状態をそのままに保つもの、けがをそれ以上広げないため、本格的な治療が受けられるまでの状態保持を目的とするものだ。口に刀を咥え、いつ襲われても撃退できるように警戒を行ったまま患部に呪符を巻きつける。
ジグジグと体の中心をえぐるような痛みが絶えず甚爾を襲うが動けないほどではない。刀を構え肩をぐるぐると回しまだ動けるのだと確認をして円李のほうを見る。
壁に背を預けたまま項垂れる円李だが、さっきのこともあるのでその首を断ち確実に死んだことを確認するまで油断はできない。
刀を再度握り直したその時、指先がわずかに動いたように見えた。
刹那、地下空洞を埋め尽くす圧倒的な呪力。甚爾が動くよりも一手早く床の広い範囲が沈んだ。通常時では多少の負荷では問題なく動けただろうが、体の真ん中に傷がある状態ではそうともいかない。ここで甚爾は用意していた"念のため"を使うこととした。
特級呪具『
材質不明、特殊な技法によって鍛えられた苦無。柄の部分には罅割れた呪符が巻き付けられ、刃は三叉槍の切っ先に似た形状をしている。この呪具の機能は至極単純、掌印をキーにして呪具の保有者を呪具のある地点に置換する形で瞬間移動させる。戦闘中の運用としては、苦無をばらまき状況に応じて瞬間移動をすることで攻撃の回避にも敵への接敵としても使うことができる。すべてで何本あるのかは明らかにされていないが、甚爾はその中の七本を所有していた。
円李の術式、天重維谷を回避する方法は簡単だ。円李が術式を発動させる際に行っている範囲指定により定義された地点から離れればいいだけだ。とはいえ、負荷の大きい状況でそこに気が付き離脱できたものは今までいなかったが。
甚爾は戦いの中ですでに飛来閃雷を仕掛けていた。
掌印を結ぶ。目指すは円李の横、無防備にあるその首。一太刀で首を切断する。
甚爾が睨んでいた通り、今回の術式の範囲は先ほど受けた重力負荷により沈んだ地面のあたり。円李の周辺の地面には変化がないことからそのあたりは術式の範囲外であろうと思っていた。転移ののち、急に負荷が消えたため若干バランスを失うが些末な問題だ。目の前には意外にもてこずらせてくれた呪術師、節円李の首。
「手間かけさせやがってよ...あの世で五条悟によろしくな」
そうして振った刀は意識がないはずの円李によって受け止められた。意識のないはずの円李が行動を起こす、刀を受け止めたのと反対側の腕を軸に回転し呪力によって強化された回し蹴りを放つ。甚爾はすぐさま掌印を結び離脱する。
転移した地点を瞬間で判断し、円李の方を向くが視界には呪力をまとった拳で埋め尽くされた。
ゴッ、と鈍い音を放ち円李の拳が甚爾の頬に刺さる。そもそもの身体能力に加え耐久力も底上げされている甚爾であったが流石に今の一撃は効いた。再び転移をし今度は甚爾が体勢を整える番となったがその先で円李が拳を振りかぶっているところだった。向かってくる拳を刀の刃で受ける。
(また速くなった!!)
先ほど刀の軌道をずらされた瞬間と同じ感覚。瞬きの間円李が高速で動いたのを感知、気づいたときには受けていると思っていた拳は刀の側面を打っており100万円ほどした名刀がへし折られていた。
刀は側面からの衝撃に弱い。当然甚爾もそれについては了承していたがここで刀折をされるとも思っていなかった。柄で受けるべきだったかと後悔するもののその後の判断は速い。折られた刀を円李に投げつけることでわずかに生じた隙、反対の手で飛来閃雷を振り牽制している間に武器庫呪霊から次の武器を引き抜く。
同じく特級呪具、
この少しの時間で円李の戦闘パターンをなんとなくわかっていた。刀などの得物は使わない、加速により相手より早く呪力により強化した一撃を打つ近接型。そう思い込んでいた。先ほど戦った呪霊使いとは全く別、ここまで追いやられて式神の一匹も出さないのはそもそも持っていないからだと。
「...黒猫」
『ミャオォオォオォォォォオオンンンン!!』
円李の足元の影が大きく膨らみ形を成す。広がった影は甚爾の足元まで及び、影から甚爾を拘束しようといくつもの腕が伸びる。呪霊とは呪力によって形成された固体、であるならば天逆鉾で触れるだけで消し飛ばすことができる。甚爾を襲うすべての腕を切断しこの場から逃れようと掌印を結ぼうとするが指一本一本に影が絡むことで阻まれてしまった。
呪力を持たない甚爾は当然呪力を感じることはできない。しかし、底上げされた五感がわずかな変化を読み取り感知することのできない呪力を読み取り対応することができる。この刹那のやり取りで呪力を大きく放つ腕と最小限の呪力だけを持つ腕を混ぜ合わせ本命を斬られることなく瞬間移動のキーとなる手の自由を封じたのだ。
「ブラフかよ!!」
その指にまとわりつく影を消そうと天逆鉾を振るうが同様に隠された腕によっていつの間にか両腕の自由が奪われていた。床に広がった影は空間を侵食していき甚爾を取り囲むようにドーム形状を形成するように広がっていく。
時間のずれによる現実世界からの切り離し。甚爾はこの術式の全容を当然知ってはいないが、身動きが封じられている以上どんな攻撃だろうと致命傷になりえてしまう。意識がないはずなのに動いてくるなど底が見えない相手、今捉えている術式がすべてなのかもわからない状況ではなおさらだ。天逆鉾で触れることさえできればすべて消し去ることができる。ペン回しの要領で天逆鉾の持ち手を変え空へ放る。くるくると宙を舞う刃の柄をまるで曲芸師のように口で受け取り、拘束の緩かった足を筋力で無理やり自由にする。地面から延びるそれぞれの影を無理やり引っ張り天逆鉾で切り裂く。
自由になった手で再び天逆鉾を持つと、全身を覆うドーム状の影もろともすべて引き裂いた。そうして開けた視界、目前には苦無。
円李が黒猫の消滅と同時に放ったのは富士樹海を出る際に熊から貰った呪具の一つ、円李はただの丈夫でやたらと呪霊に対して切れ味抜群な苦無としか見ていなかったがその神髄はその程度ではない。
文字通り神の一部を加工して作られたそれは特級呪具に据えられるほどの効果を持つ。ある意味では天逆鉾の完全上位互換ともいえるその効果は、神の威圧。切っ先の方向にある術式を一定時間威風をもってして
呪具とはあくまでも術式の込められた道具のコト。天逆鉾に関しても術式を強制的に無効化するという術式が込められた小太刀ということ。この苦無『
例えば木に生った林檎が枝から切り離されたらどうなるか。当然、万有引力の法則に従って地面に落ちていくだろう。
例えば視界の悪い夜道、段差があるがそこに近づいていく男性はそれに気が付いていない。おそらく彼は段差につまずいて体勢を崩すだろう。
これらの事象は結果を見ずとも事前に何となく予想ができるはず。これらは簡易的な未来予測であるといえる。今まで円李を幾度となく生存させてきた超人的な第六感の正体はこの簡易的な未来予測の積み重ねによるものだ。
視界に入ったすべての情報、体の皮膚やそのほかの感覚器官で得た情報。それらを組み合わせ後に起こる当たり前の事象を予想することにより危機を察知し、勘という形で円李の本能が彼に伝えていたのだ。
またそれらを処理するための頭脳も通常のものとは異なる。人間の頭脳はその機能の10%前後しか使われていない、それにたいして円李は脳機能の実に60%を無意識下で運用している。それにより常人では不可能な情報量の処理を行うことができる。また、これに加え術式の処理も行うとなれば戦闘時にかかる負荷は計り知れない。
その中で円李は無意識下で反転術式による治療を同時に行っている。円李の無意識下で行われていること、これは富士樹海の神々による一種の呪いであった。呪霊『百面怨業鬼』を祓った一件は円李が思っているよりも大事だった。当然であるが、あの場で呪術を覚えたばっかりのガキが特級に分類されてもおかしくないほどの力を持った呪霊に太刀打ちできるはずもない。あの時円李には富士樹海の守り神、土地神によるバフが与えられている状態であった。戦闘中に感覚が研ぎ澄まされ、急激に呪術の核心に近づくことができたのも、バフにより開かれた感覚が一秒一秒の経験をすべて吸収したから。
熊のせいであるとはいえあの場であの呪霊に対応できたのは節円李ただ一人、しかも戦う前の円李では『百面怨業鬼』に勝つことができるほどの実力はなかった。かといってこの場で呪霊を倒すことができなければ樹海を守ることもできず、現実世界でも多大な被害を出していたにちがいない。あの時、あの場で円李に倒してもらうしかなかった。
そこで体を持たない神々が下した判断は円李に圧倒的なバフをかけ、底上げされたその術式をもってして呪霊を
望んだとおりうまくことは進み無事呪霊を祓うことができた。本来であれば守り神である熊が果たすべき使命を、本人の自覚はないものの代わって請け負ったのだ。今も神々のバフが円李に根付いているのはこれらの件に関する正当な報酬だ。
また本来であれば受肉していない神々は現世に手を出すことはできない。もし手を出してしまったのならば、現世とその身がずれていくため運命を大きく捻じ曲げてしまうことにつながるからだ。そのため、円李は自発的に反転術式を使うことができない。
今の円李を突き動かすのは伏黒甚爾に対する圧倒的な殺意。意識を失ってなお突き進むのは殺意にかられた本能によるもの。受けた攻撃を解析しすべて自身の経験に変えて飲み込み、自身の術式と身体を最適化していく。
動きを止めることはできた。あとは節円李
ハウリングのような嫌な耳鳴りとともに意識が戻る。
めちゃくちゃになった壁、大きく沈んだ地面。そして目の前には呪具を構えたまま白目をむく伏黒甚爾。
意識が戻ったことにより興奮状態が解かれ一気に体が重くなった。まるで底なし沼を歩いているかのよう、空気をかき分けて前に進みたった一度の術式で目の前の敵を殺害できるというのにその一歩は考えられないほど重かった。
「あとちょっとなんだぞ...ッ!!」
全身につけられた切り傷が痛む。
今自身が感じている痛み、そのすべては勘違いだ。今動けなかったら何のためにいまこの場に立っているのかがわからないじゃないか。そう自身に言い聞かせてゆっくりと進む。
「あ...そうだ、あっちからこっちに来てもらえばいいじゃん」
疲労と苦痛で今にもシャットダウンしてしまいそうな瞼を残り僅かな気力で開く。正常な判断ができない。樹海で領域展開の末端に触れたとはいえ今まで成功したことは一度もない。しかし、今ならできるのかもしれないという根拠のない自信があった。
残り僅かとなった呪力、今できるすべてをもって確実に甚爾を殺す。
これがうまくいったとしてもうまくいかなかったとしても、呪力は完全に空になるため何もできなくなるだろう。
のろのろと両手を合わせ掌印を組む。
自身の心象風景を描け、世界を呑み込め。
無限に加速し続ける世界、有機物の循環、無機物の劣化。
最も月に近い場所、ケープ・カナベラル。
「らせん階段、カブト虫、廃墟の街、イチジクのタルト、カブト虫、ドロローサへの道、カブト虫、特異点、ジョット、
自然と円李の口からこぼれた14の言葉。これに意味があるのか、それは円李本人にもわからなかったが自然と口に出ていた。
風が吹く。破壊によって破片やほこりが円李を中心にして集まっていく。
「領域展開、
今、無限の加速が始まった。