五条悟の次に強いやつって言われたいじゃん 作:五条悟のディスク
伏黒甚爾は気絶していたその身に襲い掛かる脅威を察知し、本能で意識をたたき起こした。すぐさま状況判断のために視線を周囲に配るが、自身を取り巻く環境の異常を感じた。
先ほどまで自身が立っていた高専地下の大空洞ではなく、どこか見知らぬ土地だった。
「アメリカ...?」
右側車線で走る古い型式の車、道沿いに並ぶ店々のショーウィンドウに置かれた自由の女神像のフィギュア。サッカーボールを蹴る金髪の子供に日本人にはない鼻の高いご婦人、極めつけは掲げられた星条旗。
「これが噂に聞く領域展開ね」
呪術の極致、自身の生得領域を術式を込めて現世に持ってくる奥義。領域内での攻撃は必中となり、領域内に取り込まれた時点でほとんど詰みだ。しかし甚爾は領域をどうにかできる術をその手にしていた。
特級呪具、天逆鉾。
術式を強制的に無効化するこの呪具はすべての術式に対するジョーカーだ。当然術式の付与された空間を広げる領域展開でもその能力は有効でその領域を強制的に閉じさせることができる。
しかしそこで一つの疑問が浮かぶ。
領域が展開されているのになぜ必中の攻撃がまだ自身に届いていないのか。長い時間気を失っていたわけではないが、領域の中に連れ込まれた時点で死んでいてもおかしくはない。胴に開けられた傷に動かすたびに軋む痛みは領域展開より前に受けた攻撃によるもので今新たに受けた攻撃はない。
攻撃が来ないならむしろ好都合、さっさと領域を抜けて星蒋体を持って帰ったほうがいい。
地面に向けて天逆鉾を振り下ろそうとしたその時、金髪の子供が間違えてサッカーボールを蹴り上げてしまった。呪具を持っていないほうの手で宙を舞い向かってくるサッカーボールを受け止めようとするが、気が付いた時には左手が
「...は?」
一瞬のことで理解が及ばなかった。光速に近い速さで動く円李の攻撃を見切れるのだ、理解はできないが状況は目で追えていた。とんでもない速さでサッカーボールが飛来して受け止めようとした左手もろとも砕いたのだ。
そうして明らかな異常に気が付く。
瞬きをする間に空に浮かぶものが切り替わる。雲一つない青空と太陽、輝く星々と満月。余りの速さで繰り返される天体運動によって太陽と月の光はそれぞれ帯となり空を駆ける。
さらに気が付けば左腕を含む半身が削られていた。頭上にあった看板が甚爾の左腕ごと巻き込んで落下していったためだ。驚くことに体外にあふれ出た血はすでに凝固しており、もう出血部分が止血されていた。飼っている呪霊もしっぽが巻き込まれた形にはなるが、まだ問題なく使える様子だが今はそれどころじゃない。
看板をよくよく見れば、接続部分が錆と風化によってボロボロになっていた。少なくとも甚爾が最初見たときはすぐにでも落ちてくるほど劣化は進んでいなかった。
歩行者用の信号機は瞬きの間に表示を変え赤と青に交互に点滅し、街頭の少女が持つアイスクリームは口をつける前に気化してなくなってしまった。そして公園の時計はありえない速度で回転していた。もはや長針の動きを目でとらえるのは難しいほどに。
「これが、無限に加速する世界。この世界に適応できるのはこの俺ただ一人」
目の前には先ほどまで戦闘を繰り広げていた呪術師、節円李。全身から血を流しなぜ立っているのかがわからないほどの傷を負っている。しかしさっきまで目の前には誰もいなかった。瞬きの間に気が付くことすら難しい速度で現れたのだ。
「この術式で今お前をこの場で殺す」
気が付けば今度は甚爾の背後に立っている。
なるほど、この世界に適応できるということは高速で飛来する物体には当然当たらないだろう。それすなわち円李自身が常にその速度以上で動けるということ。常にあの速度で動かれればこちらに勝ち目はないだろう。だが手がないわけじゃない。
「ハッ、こんなクソみてぇな世界はさっさと出るに限るよ」
何を言っているんだと目を見開く円李、ニヤリと笑みを浮かべる甚爾。そうして甚爾は自身の隠し玉の一つである天逆鉾を放り投げた。
すべての術式を無効化する特級呪具、それを捨てる行為を円李は理解できないがその真意に気が付いた時にはすでに手遅れだった。
サッカーボールに看板、アイスクリームや太陽。これらに共通するのはすべて生物ではないという点。時間を加速させるのであれば甚爾本人の時間を加速させて寿命を消して殺すなどの手段のほうが確実だろう。だというのに今まで甚爾が受けた攻撃は無機物の風化や加速による二次的な被害のみ。
円李のみがこの世界に適応できる。その他の生き物はこの世界に適応できず翻弄される。生き物でないものの時間のみが加速している、それを見抜いたが故の行動。
生き物である甚爾の手から離れた天逆鉾はもはやただの無機物。加速するときの流れにより、円李が止めるよりも先にこの領域内の地面を貫いた。
「今何時だ...」
呪力のないわけのわからん黒髪と戦って、それでどうなった?夏油先輩と天内の遺体が見当たらない。夏油先輩は無事なのか?天内はどうなったんだ?いまだに思考はまとまらないが、徐々に思考がクリアになってくる。全身のあらゆる個所が悲鳴を上げているが大きく怪我をした部分については黒の布が巻かれ応急処置が施されていた。この処置は誰がしてくれたのだろうか。
「おや、目が覚めたかな?」
声のするほうを見れば既視感、そこにはこちらをのぞき込むように家入先輩が立っていた。
「いえ、いり先輩?」
「はろー円李君。比較的意識ははっきりしてそうだね。今から治すからね~」
家入先輩は呪術師では現状唯一といっていいヒーラーだ。反転術式を他人へ行使することで傷や損傷を治癒することができる。
「夏油先輩と天内は」
「夏油ならさっき治してきたところ。五条のところに行くって言ってたかな。星蒋体についてはごめんわからないや」
「......っそうですか」
「たぶん夏油が応急処置して行ったんだろうね、やりやすくてたすかるわー」
あの黒髪は仕事と言っていたか。仕事とは何だろうか、天内の殺害だけか?いや、遺体がなくなってるところを見ると遺体の回収も仕事の内なのか?
どんなに考えを巡らせようと今の俺にとってはすでに後の祭り。もっと早くここに来れていたら、反転術式を俺が使うことができていれば。天内は死ななかったのかもしれないのに。
身体が疲労しているからだろうか、タラれば話にネガティブな思考がとめどなく溢れてくる。
反転術式、負のエネルギーである呪力を掛け合わせることで正のエネルギーを生み出す高等な呪力操作によって行使される。掛け合わせることによって生成されたエネルギーで肉体を治癒する。術式と呼ばれているがその実は、エネルギーによる単なる作用。生まれながらにして刻まれた生得術式とは異なり、ようは呪力と呪力の掛け合わせさえできれば反転術式は使えるということ。
しかし、家入先輩が唯一と呼ばれていることからもわかるように、呪力の掛け合わせの難易度は相当高い。
どうして俺は反転術式が使えないのだろうか、そんなことを考えているあいだに治療が終わったようだ。すでに痛みは気にならない程度まで収まっていた。
「何に悩んでるのかなんて私にはちっともわからないけど君にできる全力を果たしたんだろう?それともどっかで手抜きでもしたのな?」
「そんなことあるわけ...!!」
「だったら二度と同じ過ちを繰り返さないことだけを考えなよ、失われた命は回帰しないんだからさ」
家入先輩の言うことはもっともだ。でも、確かにそうだったとしても俺自身がどうしても納得できない。空港でわざわざ屋上を経由するのではなく最短で高専に向かえたら。いやもっと前だ。もしずっと天内たちと行動を一緒にしていたら。五条先輩と夏油先輩と一緒ならあの黒髪を退けることもできたんじゃないのか。
何が独学で呪術を極めた天才だ。たった一人の女の子すら守ることができない男を最強の次に最強だなんて言えるものか。
自分自身が納得できない限り、ずっと過去にとらわれ続けてしまう。納得できなければ前へ進むことすらできないのだから。
じゃあ死者蘇生でもできれば俺は納得できるのか。
嗚呼そうか、富士樹海で最強の次に最強らしく救える命は救うなんてかっこつけたが結局は自身の周りにいる人に死んでほしくないだけ。呪術師に満足のいく死などない、呪術師として戦うのなら民間人が無残な死を迎える姿を看取ることがあるというのもわかっていた。
結局俺には呪術師としての覚悟なんてなかった、ただ単に強くなれればいいとしか。強くなればみんな助けられると。
「そういえば円李君、君って反転術式使えたの?」
「いや、使えないですけど」
「ふーん...いやなんで致命傷じゃないんだろうなーって思ったんだけど、なんか反転術式の痕跡があるんだよね」
「……マジですか?」
「君、もし無意識で使ってたなら五条より天才だよ」
五条先輩も一向に使えなかった反転術式を使えただなんて。そうなればより一層なんであの場で使えなかったのだと考えてしまう。
『反転術式が使えるとね、いいことがあるんだよ。傷を治すだけじゃない、正のエネルギーっていうのは要は呪力の反対さ。術式の反転、術式の反対現象を持ってくることができるんだよ。といっても、俺もまだ練習してる最中なんだよねー。なかなかうまくいかんのよこれが。ちゃんと術式を起こせる確率は五分ってとこ。俺の術式の反対って言ったら弾くってかんじ』
ふと高専に入学して間もないときに五条先輩と話したことを思い出す。そうだ、俺の場合はどうなるんだろう。術式反転、俺の場合反対にあるものは何なんだろうか。
今日初めて領域展開をしてはっきりとわかった。俺の生得術式の正体は時間の加速。過去に時間に干渉するのは重力操作の延長だと思っていたが違う。相対性理論より時間の流れは重力の影響を大きく受けていることが証明されている。おそらく天重維谷などの重力を操る能力については、時間の干渉を現実世界に持ってきた際に生まれるずれを重力の大きさを変えることで埋めているのではないだろうか。
まあこれが本当に数学的にあってるかはわからない。そもそも呪術なんて言うよくわからないものを扱っているんだ、俺もあってる自身はない。ただ確かにわかること、それは俺の本質が時間の加速であるということ。じゃあその反対は?
「時間の巻き戻し...?」
そうだ、そうだそうだそうだ!!
時間の巻き戻し!単純な反転術式じゃもう天内を助けられないかもしれないけど、もし状態の巻き戻しができれば?
「家入先輩、死んだ人を反転術式で蘇生することってできますか?」
「うーん、私は成功例を知らないかな。私なりに考えたのは魂が霧散するからじゃないかなって。あれだよ、人が死んだときっていうのはだいたい20g軽くなるんだって。この20gが魂の重さなんじゃないかっていう話。まぁ体の中で溜まってたガスが外に出たとか科学的な解釈をしてる人がいるけど、呪術っていう非科学的な世界にいる私から見ればその考えは全然ありなんじゃないかなって」
魂、いやそれについても考えはある。この地下の大空間、ここにも当然結界が張られているだろう。事前の説明によれば、この空間は天元様直々に張った結界があるのだとか。結界とは要は境界を敷くこと。空間がしきられているのなら、天内の魂もまだこの場に留まっているんじゃないか。
家入先輩の行使した反転術式、正のエネルギーの具体に触れなんとなく感覚は
その時、家入先輩の携帯電話が鳴った。
「もしもし夏油?どうしたの?......うん、うん。さっきおきたところ、代わる?」
こちらをちらりと見た後に携帯を渡される。
「かわりました」
『円李か、無事でよかった。今理子ちゃんの遺体を確保したよ、今から高専に戻る』
「そのことですが、早急に薨星宮に戻ってきてください。天内も一緒に」
『何をするつもりだい?』
「もしかしたら天内を蘇生させられるかもしれません」
「無事で、よかったです」
声のした方を見れば包帯を巻かれ処置を受けただろう姿の黒井さんに天内の遺体を抱える夏油先輩、その後ろに五条先輩が立っていた。
数時間ぶりに対面した五条先輩は血を流してはいるものの、最初に応急処置をした状態より良くなっていた。ただ、明らかに雰囲気が以前の五条先輩と異なっていた。いったい何があったのか。
「……おい円李、蘇生ってどういうことだ」
「俺の生得術式の根本は時間の加速です。術式反転、物体の状態における時間の巻き戻しで天内を死ぬ直前の状態まで戻します」
五条先輩の質問に対してあくまでも成功体験の無い計画を説明する。
時間の巻き戻し、口で言うのは簡単だが本当にできるのかわからない。ただ今は一刻も早く処置に入ってしまいたい。
場所は最初に天内が倒れていた場所。その場にそっと置かれた天内の遺体を確認する。
損傷は頭部のみ。最初に天内が倒れていたところには血しか流れておらず、脳漿がぶちまけられたりはしていなかった。頭蓋骨の損傷?医療に明るくないことがここにきて悔やまれる。
ただ、体の一部が欠陥しているとかでないのであればむしろ好都合だ。状態の巻き戻し、亡くなった部分の修復は巻き戻しの範疇から外れる。
重いはずなのに体が軽い。耳鳴りが響くのに妙に思考がクリアだ。まさか漫画でいうところの覚醒回だったりするのだろうか?知ったこっちゃ無いが、今なら問題なく術式を行使できる。呪力の量も満足とは言えないが足りている。呪力と呪力、負のエネルギーを掛け合わして正のエネルギーを生成しそれを俺の術式に流し込む。
まるで時計を想起させるような円陣が天内を囲むように展開し、呪力が奔った。
しかしそこで気が付く。今の天内には圧倒的にエネルギーが足りない。呪力とかそういうのじゃない、生命が生きるという圧倒的なストレスをはねのけ前に進むための燃料、それが足りない。勘が告げる、このままでは蘇生できたとしても生前の天内とは言えない人形ができるだけだと。
どうすれば足りない分を補填できる、考えろ考えろ。
そこで黒髪が振るっていた刃が半分折れた刀が目に入った。
そうか、足りない分は俺自身で補えばいいんだ。
「おい円李、何をするつもりだ!」
先輩たちの止める声が聞こえるがもう止まれない。むしろここで止めてしまうことの方がなんだか恐ろしく感じる。
ゆっくりと、刃を左肩に当て
一閃。
切り離された左腕は地面に落ちる前に俺の呪力に呑まれ空間に溶ける。
凝固した血液が液体に戻り、天内の体内にむかって飛んでいく。まるで逆再生の映像を見ているかのよう。
術式は完了した。
しかし天内の状態を確認する間もなく俺の視界は真っ黒に塗りつぶされていた。