ニシオニストによる聖杯戦争、あるいはただの蛇足   作:堂升

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聖杯戦争零日目
序章、あるいはただの人物紹介


 0,

 

 さぁ、パーティの始まりだ

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 冬木市第三の霊脈であり、今は協会となっている小高い丘の上に一人の男がいた。

 着流しという和服を纏った壮年の男である。

 

「―――あぁ、良い月だ」

 

 協会の屋根上で彼はその象徴である十字架をその背に持たれ、杯を片手に月を眺む。

 ひゅうっと風が吹いた。冬木の街の空気を流すその風は生暖かく、わずかに湿っぽい。

 

「やはり、物語の始まりはこうでないといけない―――それがいくら蛇足じみててもな」

 

 男は杯を傾けると、酒を喉に流し込む。そして、実にうまそうにほぅっと感嘆を上げた。その仕草はいちいちどこか色っぽかった。

 乾かした杯をわずかに湿らせる酒を眺めながら男は誰に語るまでもなく言う。

 

「結局はこの酒みたいなものだ。宴はたけなわ、祭りは終わり、すでに事後処理の段に入っている。全て世は事もなし。井の中の蛙大海を知らず。されど天の広さを知る―――。全く、付き合わされる演者にとってみれば、迷惑も甚だしい話だぜ」

 

 ―――いや、そこには誰かがいる。彼はそう確信している。

 切って捨てる彼の姿は、しかし言葉と裏腹にどこか楽しげだった。

 

「同窓会みたいなもんさ。皆で集まりどんちゃん騒ぎ。この縁は一生ものってな。終わりに向かおうと、結構なことじゃねえか。騒いでる間は誰も彼もがそれに夢中だ」

 

 そう語る彼の表情は、しかしはっきりとしない。まるで周りを拒絶するように、世界に拒絶されるように、被られた―――狐の面。

 それはかつての彼の象徴であり、そして今は意味のないものでもあった。

 

「物語は終わったはずだった。俺の敵との邂逅。戦い。そして、終焉。物語の終わりはハッピーエンドで誰も彼もが綺麗に笑う。ほんの少しの悲しみと、それを上回る嬉しさで辺りは笑顔に包まれ、そして終わりを告げた―――そう!そのはずだった!」

 

 男の手からするりと杯が落ちた。重力に惹かれたそれは滑り落ちるように落下すると、あえなく地面とぶつかり甲高い音を上げ砕け散る。それは、男の抗議の声にも聞こえた。

 

「―――いや、いいんだ。そういう蛇足じみたものも嫌いじゃあない―――終わった物語の続きが気になるのは、もう人の性だ。容易に止まるものじゃあない。だからこそ俺は―――」

 

 その続きを口にしようとして、狐面の男はその言葉が本当に意味のないものだと気がついた。

 ―――なぜなら、それは。

 彼がここにいること、それそのものが意味していて。

 狐面の男は、酷く蛇足じみていると感じた。

 

 しかし―――いや、だからこそ彼は言葉にする。

 

 

「―――この世界を壊そう。この世界を愛そう。この世界を終わらせよう。この世全てを俺が見てやる。だから―――また、世界の終わりまで辿り着いて見せようじゃないか」

 

 

 なぜなら、きっとそれはそう。

 それこそが、彼の存在意味だと知っていたからだ。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 同時刻。

 新都の片隅にひっそりと佇むその屋敷は、聖杯を作り上げた始まりの御三家のひとつ、間桐のものだった。

 その地下深くに作られた蟲蔵に間桐桜はいた。

 蟲蔵の影には蠢くように這いずりまわるナニカがいる。もし夜目がきいたなら、その醜悪にして吐き気をもよおす怖気の走る蟲の姿がはっきりと写ったことだろう。もっとも、仮に効いたところで桜が蟲に眼をやることはなかっただろうが。

 

「桜よ。さぁ、始めなさい」

 

「はい。お祖父様」

 

 間桐の初代当主にして、間桐家そのものと言っていい『怪物』、間桐臓硯の言葉に従って、桜はほのかに光る魔法陣の上に立った。その際どうにか蟲を視界に入れないようにする。見てしまったら、かつてあわされ、今でも続いている陵辱と拷問の日々を思い出していしまいそうになったからだ。

 

 しかし、蟲蔵の壁に至るまでびっしりと這いまわる蟲たちを見ないようにするには目を閉じるほかなく、桜は諦めて魔法陣の正眼に身体を動かした。

 

 その間、桜は間桐臓硯の好色そうな視線を感じていた。精神的トラウマの対象である蟲に桜が無駄な対処をするのを楽しんでいるのだ。

 それは桜にとって不快以外の何物でもなかったが、抗議が出来るような立場でもない。

 桜はその視線を黙って受け止め、臓硯の用意した英霊を呼ぶ触媒を手に呪文を唱え始めた。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

  降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 学校では小さく可愛らしいと評判の桜の声が厳かに、そして荘厳に響き渡る。

 その詠唱はサーヴァント召喚の儀。その死後、世界に召し抱えられ英雄と呼ばれる者への請願の言葉。

 

「閉じよ《みたせ》。閉じよ《みたせ》。閉じよ《みたせ》。閉じよ《みたせ》。閉じよ《みたせ》。

 繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 とはいえ、桜はサーヴァントの召喚を心から請い願ってはいなかった。得も知れず、この身は臓硯という不死の化物に嬲られるもの。それを助け出せる存在などこの世には存在しない。

 

 そのため、桜の心には諦観が見え隠れし、その顔に浮かぶは薄い冷笑のみ。

 

 この魔術も彼女の所有者である臓硯の指示によるもの。やる気など欠片もなかった。むしろ、失敗しろとさえ願っていた。桜の行動であの化物に苦渋の表情を浮かばせられるのなら、それもまた一興。

 

 その結果、臓硯の苛立ちの捌け口になるのは自分だと知っていたが、その昏い衝動は抑えきれるものではなかった。

 

「――――告げる。

  汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

  聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 だからこそ、どうでもいい。臓硯の望むサーヴァントが召喚されようと、はたまた愚鈍で橋にも棒にもならぬサーヴァントが呼び出せれようと、桜はなんの感慨も浮かばない。

 

 どちらにしたって同じ。自分はこの蟲蔵で腐り、間桐の呪縛に繋ぎ止められ続けるだけ。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者―――」

 

 だが。

 もし―――

 もし、かなうならば。

 自分に降りかかるその悲劇を止められる英雄がいるとするならば。

 私の呼び声に応えて欲しいと、そう思った。

 

 ―――それはきっと、純粋な願いと言うもので。

 請い願う汚れきった彼女の姿は、その瞬間この世で一番綺麗なものだったに違いない。

 

 求めよされば与えられん。

 なればこそ、世界はそれを正しく理解する。救済を願う乙女がいるとするならばそれを助く英雄がいないのは、嘘だ。

 

 だから、世界は正しく流転する。邪から聖へ。生から死へ。懇願こそが、立ち向かえぬ脅威に対してできることのただひとつであるのだから。

 

 そして―――

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」

 

 ―――はたしてサーヴァントは召喚された。

 

 魔法陣から生まれる辺りの闇を覆い潰さんとせんばかりの強い発光。

 思わず目を閉じた桜が恐恐と目を開けると、そこには彼がいた。

 

 年の頃は十代後半。

 その背丈は小柄であり、その身にはなぜだか詰め襟の学生服を纏って、その姿からはとても高潔な英霊だとは連想できない。

 整った顔立ちであるそれを半分隠すように垂れた黒髪は存外長く、頭の頂点にちょこんと立つアンテナのようなアホ毛はトレードマークのようであった。

 ―――鬼の角のようでも、あった。

 

 全身から発するその魔力は現代では到底辿り着くことのできない英霊のそれ。

 男というよりも、少年と言ったほうが似合う彼は辺りを一瞥すると、その視線を召喚者である桜に向け口を開いた。

 

「召喚に応じ参上したライダーだ。君が、僕のマスターか?」

 

 こうして、桜の聖杯戦争が幕を開けた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「お姉さんが俺のマスター?」

 

 闇夜が支配する冬木の中央、新都の一角。

 科学が席巻する街の片隅にひとつの寂れた家屋で召喚された彼はバゼットを認めると開口一番そう言った。

 

 そう、言ったはずだ。言ったような気がする。いや、言ってないのかもしれない。待て待て。それは決してバゼットの願望なんかじゃない。それに間違いは無いと………信じたい。

 そんなことを考えながらバゼットは大きくため息を付き、気持ちを切り替えた。

 

 とりあえず、今は現状の対処が先だ。その言葉の真偽は後でゆっくりと考えることが出来る。もっとも、()()()()()()()()()()()だが。

 

 その未来を裁断するように目の前の少年が振るう致死の一撃。

 バゼットは迫り来る凶刃を躱しつつ距離を取る。

 

 しかし、相手も簡単に逃してくれはしない。代行者歴代最高と言われるバゼットの移動に追従するように、目の前の少年は距離を詰める。

 

 そして放たれる正確無比に喉を狙う一閃。掌ほどの刀身を持つナイフは持ち主の意を十全に受け止めその刃を煌めかせる。

 

 バゼットはルーンの魔術で強化された拳で紙一重のところで打ち払うとようやく反撃にでた。

 脇を閉め、一般女性のそれより長い手足を使った連撃。

 封印指定執行者であるバゼットの攻撃は鋭く、並の魔術師なら掠っただけで内蔵を綯い交ぜにしてしまうほど強力なものである。

 

 しかし、バゼットと戦う少年はひゅぅっと口笛ひとつ吹くと、難なく攻撃を躱し距離をとる。

 

 バゼットの歩幅で僅か七歩。

 戦闘の間合いとしては無いも同然である場所に少年は位置し、その手にもつナイフをだらりとおろした。

 

 戦闘放棄ともとれる少年に行動に、しかし次の攻撃に備え警戒を緩めないバゼット。

 そんな彼女の姿を見て少年は凶悪にそして獰猛に笑った。

 

「かはは。やるねぇお姉さん。あんまりにも想像以上で嬉しさにチビッちまいそうだぜ」

 

「お褒めに与り光栄、と言えばいいのでしょうか」

 

 軽口を叩く少年の全身を全て視界に収め、バゼットは答えた。

 改めてバゼットは少年を観察する。

 

 年の頃は十代後半。

 小柄な身体は今にも折れてしまいそうで、さきほどみた斬撃を繰り出せるようには到底思えない。

 白く脱色して斑に染めた髪に、片耳には三連ピアス、もう片耳に携帯ストラップ、そして顔面には顔半分を覆うように刺青が彫られており、おおよそ一般的な感性とかけ離れた風貌をしている。

 これがサーヴァントで無いならば、最近の若者文化というのはわからないものだとバゼットは嘆いたことだろう。

 右手に軽く握られた薄い刀子のような刃物は神秘の欠片も感じることができず、本当にこの少年は通りすがりの殺人鬼かなにかなのではないかと思ってしまう。

 

 しかし、そんなはずはない。

 

 通りすがりの殺人鬼程度に封印指定執行者であるバゼットが遅れを取ることはありえない。

 日夜、それをはるかに上回る狂気じみた魔術師共を相手にしているのだ。

 やはり、目の前にいる少年はサーヴァントなのだと、さっきのは妄想なのではないかと思う心のなかにいる自身を叩きのめす。

 

 バゼットの内心での戦いなどいざ知らず、少年はバゼットの言葉に笑った。

 

「人の言葉は素直に受け取っておくもんだぜ。そうじゃなきゃ、俺みたいになっちまう」

 

「それは嫌ですね。貴方みたいになるくらいなら、その前に腹を切って死にます」

 

「かはは。こりゃ、随分と嫌われたもんだぜ。お姉さんって、意外と俺のタイプなんだよね。何がいけなかったのか、参考までに教えてくんねえかな」

 

「全部ですね。出会いも口調も振る舞いも。全てが零点です」

 

「こりゃきびしーね。俺たち、最初からやり直せねえかな?」

 

「それはお断りします―――ッ!!」

 

 ピクリと少年が動かしたナイフに反応しバゼットは機先を制するため一瞬で肉薄し右拳を突き立てる。

 

「そりゃ、残念ッ―――!!」

 

 少年は軽く上体をスウェーして躱すと、伸ばされたバゼットの腕に滑らせるように鋭いナイフの刃先を突き立てる。

 

 しかし、それはバゼットの予想通りだった。もう一方の手でナイフの背を叩きずらしながら、その長い足で渾身の蹴りを叩き込む。

 腕に気を取られていたはずの彼には不可避の一撃。

 

 だが、わかっていましたと言わんばかりに少年は笑うとバゼットの背丈を超すほど大きくジャンプし、飛び上がりざまにバゼットの肩に蹴りを振り下ろす。

 

「くっ―――ッ!」

 

 その曲芸じみた動きに対処しきれず、自分から膝をつき―――そして嫌な予感を覚え、転がるようにその場から退避する。

 肩で息をしながらバゼットが立ち上がると、数瞬前バゼットがいた空間には数本の投擲用のナイフが突き刺さっていた。

 

 それにバゼットはゾッとした。少しでも決断するのが遅かったら、そこにあったのはバゼットの物言わぬ死体だったろう。

 対する少年も、バゼットの判断に少しばかり驚いたようでわずかに目を大きく開けた。

 

「マジで凄えな。今ので終わりだと思ったんだけど。もしかして、お姉さん、魔術師でも強い方なの?」

 

「ええ、それなりのものだと自分でも自負しています」

 

「カッケーな。なにより、そんな言葉を自分で言っちゃう自分への多大な自信がカッケーよ」

 

「な………ッ!?い、いえ、そういう意味で言ったのでは無くてですね!?」

 

 少年の言葉にバゼットは焦り弁解しようと口を開く。しかし、少年はわかってると言わんばかりに、そんなバゼットを手で制し笑う。

 

「かはは。自信、プライド、大いに結構。人間そういうものがひとつあるくらいがちょうどいいよな、やっぱり」

 

「納得してるところ悪いのですが、私がいいたいのは」

 

「いやいや、言わなくていいぜお姉さん。やっぱ、強者のプライドってのがあるんだろ?だって、サーヴァントである俺と生身で殺り合うくらいなんだからな」

 

「サーヴァント………………」

 

 目の前の少年から出た言葉に、バゼットが召喚した際に聞いたものは、嘘やまやかし、ましてや妄想なんてものではなかったことがわかり安堵した。

 しかしすぐに気を引き締めると、何が楽しいのかニヤニヤと笑っている少年に向き直った。

 

「聞きたいことがあります」

 

「うん?いいぜ。今の俺は気分いいしなんでも答えてやるよ。あ、でもスリーサイズは簡便な」

 

「そんなこと聞きませんよ! ………………それで、貴方は聖杯に従って現れた私のサーヴァントなんですよね?」

 

「そりゃ、そうだろうよ。つか、呼び出したのアンタじゃねえか」

 

「まぁ、そうなんですけど、いきなりの貴方の行動に信じられなくなったというか………」

 

「かはは。変なお姉さんだな」

 

「変なのは貴方だと思います」

 

 キッパリと言い切るバゼットの言葉に少年は「おかしいなー」と小首をかしげた。

 おかしいのは貴方だ。そう口にしそうになり―――それでは一向に話が進まないことに気が付き無視する。

 

「では、サーヴァントである貴方はなぜマスターである私を襲うんですか?」

 

 バゼットは気合を入れるように大きく息を吸うと本題を切り出した。

 その言葉に少年はぽかんと口を開けると

 

「別にサーヴァントがマスターを襲っちゃいけないなんてルールは聖杯戦争に無いはずだろ?」

 

 あっけからんに答える。

 

「………………ふざけているのですか?」

 

 少年の言葉にはぐらかされていると感じたバゼットは、苛立ち紛れに問いただす。

 しかし、それに焦ったのは少年のほうだった。

 バゼットが何に怒っているのかわからないとばかりに困惑の表情を浮かる。

 

「おいおい、待ってくれよ。俺はふざけてなんていないぜ」

 

「………では、私がマスターであることに不満でも?」

 

 必死に取り繕う少年の姿にバゼットは本当にふざけていないと感じ、思い至った他の可能性を口にする。

 

 サーヴァントとマスターを結ぶのは令呪と信頼関係だ。そのどちらも喪失したマスターはサーヴァントに殺されても文句は言えない。だからこそ、聖杯戦争のセオリーとしてどんなことがあっても令呪をひとつだけ残すように言われるのだ。

 

 そして、バゼットは召喚されたサーヴァントが満足のいかない魔術師に当たった際にマスターを殺害し、他のマスターに鞍替えする可能性があることを知識として知っていた。

 

 目の前の少年はそれを狙ったのではないか。

 そう思い、バゼットが口にした言葉を少年はわけがわからないとばかりに一蹴した。

 

「不満?そんなの、欠片もねえよ。殺り合ってわかったけどそれなりに戦えるみたいだし。現状でも魔力供給に難は無し。なによりも、お姉さんは割りと好みだし」

 

「ではなぜ私を殺そうとしているのですか?」

 

「ん?殺そうとしてる理由?なんだっけなぁ。多分、今日は月が綺麗だったからとかじゃねえの?もしくは、風が強かったからとか」

 

「………………は?」

 

 バゼットは思わず開口する。開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 

 言葉は通じている。内容も理解できた。しかし、少年の言いたいことはカケラも伝わってこなかった。

 

「………………は?」

 

 もう一度同じ言葉を繰り返す。それは意味がわからないという意思表示だ。

 そんなバゼットの様子に少年は僅かに眉根を顰める。

 しかし、合点がいったのかぽんと手筒を打った。

 

「そういや、自己紹介がまだだったな。―――誰が呼んだか、零崎一賊。生きるために人殺し、話すために人殺す。立てば惨殺座れば死骸、歩く姿は殺人鬼。殺し名序列三位零崎一賊が鬼子、零崎人識。聖杯に従い、エクストラクラス、マーダーとして参上した。―――どうだ、お姉さん。これが聞きたかったんだろ?」

 

「違います。私が聞きたいのはそういうことじゃないです」

 

 ドヤ顔を晒しながらの少年の言葉にバゼットは間髪いれずに否定した。

 

 いや、嘘だ。確かに聞きたかった言葉ではある。少年に殺されかける前までは、という但し書きがつくが。

 そして、その紹介の中にも聞き逃せない言葉がいくつもあった。

 

 零崎一賊とはなにか。エクストラクラスとはなんなのか。いきなり、真名を告げるのはどういった了見なのか。

 

 その真名もどう見ても和名だ。バゼットが触媒にしたのは太古ケルト神話に出てくる大英雄クー・フーリンがルーンを刻んだとされる宝石をイヤリングにしたもの。

 本命でアイルランド光の御子クー・フーリン。そうでなくとも、ケルト神話に連なる者が召喚されるはずだった。

 

 それにそもそも、聖杯のシステム的に召喚されるのは西洋の英霊のみのはずである。これは聖杯の概念そのものが東洋には存在しないからであり、どうあっても覆し得ないルールのはずだ。

 

 それが日本人の少年が召喚されたことは、今すぐにでも問いただしたいことだった。

 

 しかし、バゼットはとりあえずそれを脇に置いた。

 マスターとして申し分なく、不満もない少年―――マーダーがバゼットを殺しにかかったことが気になっていたからである。

 

「だから、私が聞きたいのはなぜ殺そうとしたかの理由で」

 

「理由?………りゆう………………リユウ………」

 

 バゼットに言ってる意味が理解できないと言わんばかりに考え込むマーダー。

 それにバゼットは補足するように自分の考えをねじ込む。

 

「だって、そうでしょう?普通ならば、いきなり理由もなく人を―――しかも、この場合はマスターであり協力関係にあるはずの私を殺そうとしたのです。理由はあってしかるべきだと思いますが」

 

「………………ああ、なるほど!お姉さんはこう聞きたいわけだ。なぜ私を殺そうとしたの、と」

 

「だから、最初からそう言ってるじゃないですか!」

 

 やおら納得し問いかけるマーダーの言葉にバゼットは思わず脱力した。

 

 堂々巡りである。気力の無駄だと言い換えてもいい。

 この僅かな時間にバゼットにあった聖杯戦争への気力が徐々に削がれていくような気がした。

「なるほどなるほど」と繰り返すマーダーに、さっさとこの話を切り上げたくなり、バゼットは先を促した。

 

「………で。結局、なぜなのですか」

 

「いやぁ、悪いなお姉さん。言ってる意味が少し理解できなくてさ。でも大丈夫。今なら簡潔に明潔に明朗に答えられるぜ」

 

「………御託はいいので、その答えとやらをどうぞ」

 

 あれほど聞きたかったことなのに、この緊張が薄れたなかだと聞くのも無駄なような気がしてきたバゼットはぞんざいに扱う。

 マーダーはひとつ、凶悪に獰猛に笑うと

 

「そんなの理由なんか無いに決まってるだろ。強いて言うなら、俺が零崎だからかな」

 

 簡潔に言った。

 その言葉にバゼットはまた悪ふざけかと思い、マーダーの瞳を見て―――

 

「―――ッ」

 

 恐怖に固まった。その言葉が真実だと知った。

 

 その目は狂人のそれ。一般的とはかけ離れた逸脱し洒脱し滑脱した、爪弾き者の瞳。

 

 マーダーの瞳の奥底には、悪意と善意と不関心と関心と愛と憎悪と友情と劣情と信頼と不信と共感と決別と同情と侮蔑と、その他多くのありとあらゆる感情が、綯い交ぜになり、どろどろに煮詰まって、ひとつの色になっていた。

 

「ひっ―――」

 

 こんな人間が存在しても、いいのか。

 思わず漏れ出る悲鳴を必死に押し殺し、身体に残る気力を総動員してマーダーを見つめ返す。

 

 そしてバゼットは彼が最初から真実を言っていたのだと理解した。

 彼は本当に『月が綺麗だった』からバゼットの喉を貫こうとし、『風が強かった』からその腕にナイフと突き立てようとした。

 彼には人を殺す理由などそんなものでいいのだ。

 

 目があったから殺す。目があわなかったから殺す。

 殺されそうになったから、ものを盗まれたから、肩がぶつかったから、すれ違ったから、ただ見かけたから、あるいはただそこにいたから。

 あるいはその逆でも。

 

 斬殺し、焼殺し、絞殺し、溺殺し、撲殺し、轢殺する。

 理由があろうとなかろうと―――いや、その理由がないということすらもマーダーには人を殺す理由になるのだ。

 

 殺人という概念をむりやり固めて形をとったような人物。理由なき殺人鬼。

 それがマーダーなのだと、唐突にバゼットは悟った。

 

「かはは。傑作だぜ。この俺に―――零崎であり生粋の殺人鬼であるこの俺に『なぜ殺すのか』を聞くなんてな。ちょっと理解できなくて、俺としたことが変なこと言っちゃったな。謝るよ、お姉さん」

 

 なんて、殺人でできたナニカがバゼットに謝る。

 その言葉にバゼットはそのとおりだと思った。

 

 なんて意味のないことをしていたんだろう、と。

 

 そして、なんて存在を呼んでしまったのだろう、と。

 

 こんな常識外の存在と聖杯戦争を生き抜いて行かなければならないなんて。

 それはちょっとした悪夢だ。

 

 だからそう。

 バゼットが次の行動を責められるものは誰も居ないだろう。

 端から見たら、ただの乱心にしか思えなくても。

 当事者にしたら当然の決断で―――そして英断だった。

 

「どうした、お姉さん?少し、顔色が悪いぜ。ちょっとばかし、横になったほうが」

 

「ッ! 令呪をもって命ずる―――! 『決して、私を殺すな』!」

 

 心配そうに―――本当に心配そうに見えるマーダーの行動に悲鳴を上げそうになる口を必死で制御して、バゼットは宣言する。

 

 瞬間、手袋の下にある令呪の一画が消費され、薄れ消えた。

 それはサーヴァントを縛る言霊。その制約があるかぎりマーダーは無闇にバゼットを殺すことは出来ない。

 バゼットの脳裏にその必要があったのか、と疑問がよぎるが、目の前の少年に映る瞳の色を見て間違いなかったと確信する。

 

 ―――それは安全対策だ。剣を抜身で持ち歩かないように、危険物にはそれ相応の封印処理がされるように。

 このサーヴァントには令呪という安全装置が必要だったのだ。

 

 過剰ともとれる令呪の行使にマーダーがとった行動はわずかに肩をすくめる。

 ただ、それだけ。

 

「了解した。って、そんな怖がることないじゃねえか、お姉さん」

 

「………わ、私の名前はバゼットです、マーダー」

 

「かはは。わかったよ、バゼット」

 

 それは、聖杯戦争が始まる前に使われたどのマスターのものよりも早い令呪の発動だった。

 

「――――――全く、傑作だぜ」

 

 

 

 

 




勝手の分からないハーメルンの仕様確認も含め、色々なことを試してみたいと思います。
「初心者が変なコトやってるな」と生暖かい視線で眺めてもらうと、私が喜びます
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