ニシオニストによる聖杯戦争、あるいはただの蛇足   作:堂升

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最強、あるいはただの最凶

 9,

 

  我最強、最強故に理由なし

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

闇が支配する閑静な住宅街の三叉路で―――

その少女は姿を現した。

 

 

年は十代中頃だろうか。

全身をもこもことした防寒着に身を包み―――というよりも埋もれているようであった。街灯の光を受け絹糸のように光るその銀髪は、流麗な川のように腰まで伸びている。少女の現す多彩な感情表現をあますところなく伝えるはずのその真紅の瞳は綺麗に輝き、浮かべる不敵な表情と相まって面妖な怪しさに満ちていた。

 

思わぬ来訪者に動けない士郎と凛をよそに、少女は一歩、前に踏み出した。

 

瞬間。

 

「………………」

「――――――」

 

士郎の脇に居たセイバーと、何処から現れたアーチャー、ふたりのサーヴァントが遮るようにマスターの前に立つ。

そんな献身的な彼らの動きに、少女は驚いたように目を見開くと、クスクスと可愛らしい笑いを上げた。

 

「随分と嫌われたものね。ちょおっとだけ、お話しようと思っただけなのに」

「『不良(よからず)』。もし、ただ話すだけなら、その後ろにいる者を下げてもらおうか」

「あら………彼女に気がつくなんて、貴方なかなか優秀なサーヴァントなのね」

「こいつが優秀かどうかはさておくとしても―――しかし、俺にだってそれぐらいは判るぜ。なんだよ、この殺気。隠す気なんて微塵もないじゃねえか」

 

そういうセイバーの頬を伝い落ちる冷や汗を、士郎は確かに見た。

マーダーを前にしても、余裕を保っていた彼が焦るほどの事態。

それほどの危険性を目の前に少女が持っていることに遅まきながらに気がついた。

 

「強烈ゆえの存在感、やつらしいわ。どうにも、霊体化するぐらいじゃ、隠し切れないなにかを彼女は持ってるんですって―――まぁ、これは人から聞いた話なんだけれどね」

 

少女は無邪気に笑った。

その姿にセイバーとアーチャーは、より一層、警戒を強める。

 

その言葉にようやく衝撃から立ち直った凛が某方かを呟いた。

 

「白磁器のような肌に、星を散らしたかのような銀髪………。なによりも赤いその瞳………!まさか、アインツベルンのホムンクルス―――ッ!」

 

「正解よ、凛………。どうも、はじめまして。私が今次の聖杯戦争のため、作られたホムンクルス―――アインツベルンの名代、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ。短い付き合いだろうけど、よろしくね」

 

「アインツベルン………」

 

確かと。

士郎は記憶を手繰り寄せる。

さきほどの凛との会話で聞いた名だった。

始まりの御三家、遠坂、間桐、そして―――アインツベルン。

聖杯戦争を作り上げた名門のうちひとつ。

 

―――目の前の少女が、そうなのか?

 

どこからどう見ても、大人に守られるべき小さい矮躯は、精々が中学生程度のもの。ともすれば、小学生にしか見えかねない。

 

しかし、その少女が―――正確にはその少女が従えている者が、だが―――セイバーを恐れさせるのは疑いようのない現実。

大の大人が―――それも、聖杯に呼ばれ参上した英霊二騎が恐れ、警戒する雪のような少女。

イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。

 

どうにも、現実感がない光景だった。

―――その考えがいけなかったのかもしれない。

―――もしかしたら、彼の信念がそうさせたのかもしれない。

 

「君が、本当に聖杯戦争のマスター………? もしかして、君は誰かに無理やりやらされてるんじゃ―――」

「うるさいわね、やっちゃいなさい、ジュン」

 

信じきれなかった士郎は思わず、疑問を口にしながら、セイバーを押しのけてイリヤに近づいた。

 

―――瞬間、暴風が吹き荒れた。

それに対応できたのは、セイバーとアーチャーの二騎のみ。

 

「しろう―――ッ!」

 

―――否。

アーチャーは察したものの己がマスターを守るのみで精一杯。

士郎の身を救ったのは、セイバーの直感による行動だった。

 

虚刀流、足技がひとつ、百合。

 

それを、士郎に放つ。

本来、高速胴回し回転蹴りを繰り出す技だが、セイバーは士郎に当たる寸前で減速させ、つま先に士郎の身体を引っ掛けると、勢い良く後方に引き倒す。

その威力は凄まじく、男性平均体重ほどある士郎の身体を遥か後方まで吹き飛ばした。

頭から街路樹に突っ込む。

しかし、その際にできた打ち身がある程度で士郎に大きな怪我はない。

頭を振りながら立ち上がる士郎が見た光景は想像を絶するものだった。

 

「………………ッ」

 

―――道路が、無かった。

先ほど士郎が立っていた場所にあったはずの道路が抉れ砕かれ、おおよそひとひとりが収まりきれる大きさの大穴がそこにはあった。

 

もし、あの時あれに巻き込まれていたら。

もし、セイバーが手助けしてくれなかったら。

それを想像して士郎の身体は、意図せず震えた。

 

「………………ぁ」

 

その現実感の無い光景に士郎は思わず言葉を失う。

わずかに漏れ出るは恐れの言葉。掠れ、千々れ、薄れ、戦場に拡散した。

 

―――だが、それに気を取られるほど余裕のあるものはこの戦場にいなかった。

 

「おいおい、アレが本当に俺と同じ英霊か―――」

 

セイバーは、大穴を開けた下手人を見て、掠れた声で呟いた。

アーチャーは無言で己が獲物に力を籠める。

 

―――そこにいたのは、真っ赤な女性だった。

 

真っ赤、真っ赤、真っ赤っ赤。つま先から頭の天辺まで、残らず真紅。仄かに身体から立ち上る狂気の魔力すらの赤く思えた。身長は男性から見ても大柄なセイバーよりも、高い。百人が百人とも認める極上の体型を持ち、こちらを見ず虚空を眺めるその瞳は三白眼じみていて目付きが悪かった。

 

しかし、その言葉のどれもが彼女を説明する上で、後付けの供え物でしかない。

 

―――最強。

一目見るだけで―――否、視界に映すだけで、世界が歪むほどの存在感。ただ、そこにいるだけで辺りを押さえつける強力さ。

さきほど、イリヤは強烈ゆえの存在感だ―――と言ったが、それは間違いと言わざる得ないだろう―――なぜなら、彼女は最強なのだから。

一定以上の強者―――ランキングで言えば上位百位に含まれるだけなら誤魔化しようもあるのだろうが、しかし彼女は常に一位―――常にひと目を突く存在を、一体どうやって誤魔化せというのだろう。

 

ざりっと。

地面が鳴る。

 

「――――――ッ!!」

 

バーサーカーがただ一歩踏み出した音に、セイバーとアーチャーは過剰とまで思える反応をした。

―――全力での後退。

セイバーは単独で、アーチャーは凛を抱えて、遥か後方である士郎の場所まで退がった。

攻撃の一切を捨てた英霊とは思えない行動に、しかしふたりは後悔した様子はない。

 

彼らは正しく理解していた。

なまじ、力があるばかりに。

一定以上の強者であるために。

 

目の前の敵は、文字通り次元が違うところにいるということを、ただ理解して―――そして、当然のように受け止める。

 

策もなしに戦うのは自殺行為以外の何者でもないことを、ふたりは直感していた。

しっかりと対策を練り、弱点を抑え、多人数でかかり―――それでようやく五分に持っていけるか、という強烈さ。

―――そも、目の前のバーサーカーに弱点があればという前提があるのだが。

 

「かっは………」

 

英霊二騎の行動にバーサーカーは意味があると思えない声を出した。

―――否。

 

「きひひひひひひふふふふふふふかははははははげらげらげらげらげらげらあははははははくふふふふふふぎゃははははははは」

 

それは、笑い声だった―――しかも単一のそれではない。それぞれ、別人かと思うほど精巧に真似られた声帯模写。彼女の有する膨大な才覚の一端。幾重にも何十にも織りなされた笑いの残響。

 

それが、ひとりの女性であるバーサーカーの口から漏れている。虚空に向けるその目は虚ろで何も移してないように見えた。

 

「はははははは―――。………………」

 

笑い声が、止まった。

 

瞬間。

 

「―――ッ、来るぞ!」

「言われずともわかっている!」

 

バーサーカーがいたはずの地面が、爆ぜた。と同時に、セイバーアーチャーの二騎はイリヤに向けて跳躍する―――いや、察するにバーサーカーの跳躍の速度が早すぎて、その余波である衝撃による事象しか士郎の目に映らなかったというだけの話だったのだろうが―――そして事実、バーサーカーの行動に見事に英霊たちは対応してみせたのだが―――それは士郎に多大な衝撃を与えた。

 

挙動が見えなかった、というのはそれほどの速度を持っていたということだ―――それ以上でも以下でもない―――バーサーカーは狂化され、強化された英霊で、小手先の技というのは度外視した存在なのだから。

 

だから、魔術的なにかで姿を消したというわけではないようだった。

 

早く、速く、ただ疾い。そして、士郎の目には止まらなかった。

―――たとえ、英霊同士の戦いであれ、その一挙一動を見落とすことはあっても、違えることは無かった士郎が、だ。

 

彼の視力は尋常ではない。

おおよそ、英霊として召喚されれば千里眼:Cのスキルを得るだろうほどの純然たる視力の良さ。または、動体視力の反応。

経験が浅く思考も浅い士郎の戦いにおける感性は、未熟なひな鳥のそれに等しい。けれど、純粋な眼の良さは変わることのない、普遍の身体的特徴である。

 

だとするなら、バーサーカーは今まで士郎が見てきた英霊三騎に比べ格段に疾いということで………

 

「――――――ッ」

 

思考を遮るように轟音が響き渡る。イリヤに向かった英霊二騎をバーサーカーが文字通り身体で受け止めた、衝突により生じた音だった。

 

士郎の眼にようやくバーサーカーの姿が映る。

 

彼女は一般男性と比べても大きいセイバーとアーチャー英霊二騎をひとりで止めていた。

片手でひとりずつ。

むんずとその頭を掴んで、止めていた。

 

ただの一度の衝突で判る力量差。

まるで赤子をあやすようであった―――いや、赤子の頭を掴んであやすとか、いったいどんな虐待だという話だが。

 

それはともかく。

 

「―――ッ、巫山戯んな!」

 

怒声とともに放たれるは、虚刀流の技、『梅』。

端的に言えば回し蹴りであるそれは、しかし虚刀流であるセイバーが使うだけで木々をなぎ倒すほどの一撃となる。

が、しかし。

 

「げらげらげら―――っ!」

 

少女のものと思しき姿に似合わぬ奇妙な笑い声を上げると、バーサーカーはするりと手を離し、放たれた足刀を力づくで抑えこむと―――そのまま宙に放り投げた。

 

「なぁっ―――!」

 

はるか上方、およそ高さ十メートルほど飛ばされたセイバーは奇声を上げ、驚く。

それを横目で見つつ、アーチャーは両手に構えた『炎刀・銃』を無造作にバーサーカーに向けて、放った。

 

音速を超え、迫る銃撃にしかしバーサーカーは

 

「きししし―――っ」

 

これまた姿に似合わぬ男性と思しき笑い声を上げると、その銃弾を掠めるように全て()()()()()()()

 

「バカな………」

 

そうアーチャーが呟く頃には、もう遅い。掴んだ拳そのままに、アーチャーを殴り飛ばす。まるで風に吹かれた凧のごとく、アーチャーは空を舞い―――凛の側に着地する。

ちょうど、セイバーも合わせたように士郎の前に着地した―――どうやら、怪我はないらしい。しかし、両者に与えた衝撃はいかほどのものなのか―――

 

と。

ここまででようやく一瞬、である。

どうやら想像を絶する危機感に、士郎の脳は走馬灯のように加速されていたようであった。

 

その一瞬の交錯のうちに上下関係はしっかりとこの場にいる全てのものに刻まれてしまった。

―――すなわち、バーサーカーが上でそれ以外が有象無象の下である。

 

「なんだよ、アレ………。勝てないとかいう次元の話じゃないぜ―――そもそも、勝負が成り立つのか―――」

 

そう、呟いたのはこのなかで、近接戦においては随一の力量を持つセイバーである。

彼の頬を伝う汗を士郎は見逃さなかった。

 

「『不否(いなまず)』、だ―――虚刀流。貴様でも歯がたたないとは、魑魅魍魎の類か―――」

 

答えるアーチャーの言葉は平然平素とした冷静な声音だった。それがたとえ強がりだったとしても、今の士郎にとっては頼もしい心地になるほど。

 

それほどの、強敵。

それほどの、最強。

 

「むちゃくちゃよ………………」

 

「くふふふふふふふ―――」

 

バーサーカーは怖じる彼らを未だ見ようともせず、ゆらりゆらりと揺れてた。

 

「あはははは。やっぱり、私のサーヴァントは最強ね。二騎を相手にして手も足も出ないなんて―――彼女の前にはどんな英霊だって霞むわ!」

 

そう豪語するイリヤを誰が止められよう―――彼女を守るように配するバーサーカーを抜けねばならないのだから………。

 

と。

 

「ぎゃはははは―――っ!」

 

「――――――ッ!」

 

絶望する士郎たちに追い打ちをかけるように、紅い最強が動き出す。

 

「しろう!俺がやつを食い止める!早く安全なところに逃げろ―――」

「上に同じだ、阿呆姫。さっさと行け―――」

 

セイバーとアーチャーは去り際の一言を残し、迎え撃つように飛び出す。

そして、士郎の及び届かぬ戦いが始められる。

 

セイバーが技を放ち―――バーサーカーが力技で捻じ伏せる。

アーチャーが銃撃を穿ち―――バーサーカーが力技で捻じ伏せる。

セイバーが奥義を繰り出し―――バーサーカーが力技で捻じ伏せる。

アーチャーが銃弾の檻を作り出し―――バーサーカーが力技で捻じ伏せる。

 

その繰り返し。

おおよそ、勝負とはいえない児戯に等しき光景。

セイバーやアーチャーが弱いというわけではない。彼らが繰り出す技の数々は研鑽と努力によって培われた至極の数々。

 

しかし、バーサーカーは物ともしない。

 

ただただ、強い。

まるで最強という概念を突き詰めていったようなバーサーカーに、セイバーとアーチャーは太刀打ちすらできない。

 

―――このまま、黙ってみているのか。それで、いいのか。

 

「――――――ッ!」

「ッ!待ちなさい、衛宮くん!貴方、何考えてるの!?」

 

衝動的に飛び出そうとした士郎の腕を凛がしっかりと握り止めた。

 

「止めるな、遠坂!このまま、指を加えて見てられるかよ!」

 

「止まるのは貴方よ!冷静になりなさい!人類最高峰の英霊二騎ですら、足止めになっていないのよ!?未熟な貴方が出て行ってどうするの―――ただ、的になるだけじゃない!」

 

「じゃあ、どうすれば良いんだよ!このまま、セイバーがやられるのを黙ってみていろっていうのか!」

 

やり場のない不満を怒りに変え、そのまま凛にぶつけたところで―――士郎は彼女が震えているのに気がついた。

 

「………………逃げるのよ。セイバーもそう言っていたでしょう。生きていれば、再起のチャンスもあるわ」

 

何かに堪えるようにキツく結ばれた凛の唇からつぅっと血が垂れるのを、士郎は確かに見た。

 

―――自分はなんてバカなことを言ったんだろう。彼女が聖杯に賭ける思いは、乱入者に等しい士郎のそれとは違い、悲願と言って変わりのないものだったはずだ。

 

それを自分は大局を見ようともせず、ただ喚き散らし、当たり散らして、いったい何様のつもりなのか―――

士郎は黙り、自身の内から湧き出る欲望を必死で抑えつけ、そして―――

 

「………………………………………………わかった―――逃げよう。どこに逃げる?」

 

「………………とりあえず、私の家まで行きましょう。そこなら衛宮くんのところよりも、しっかりとした魔術結界が―――」

 

「―――そうはいかない。君たちはここで斃れてもらう」

 

と。

 

少年の声がした。

その瞬間、士郎と凛を囲むように魔術結界が発生する。

気が付きた時にはもう遅い。

ふたりはすでにその結界内に閉じ込められた後だった。

 

―――否。

その中には都合三人―――士郎と凛以外にもうひとり存在した。

 

十代後半。

背は低く、肩までかかる男にしては長い髪を無造作に散らしている。

―――いや、そんなことはどうだっていい。

 

容姿は平々凡々。彼が何処かに紛れた時、見失ってしまいそうな希薄な存在感だった。

―――そんなワケがない。その煮詰まったような気持ち悪さは誰とも相容れない。

 

弱い。一目見てそう確信する。バーサーカーが強さの結晶だとするなら、目の前の少年は弱さの象徴。

―――気味の悪い少年だった。まるで、そう。無理矢理に嫌悪感を抱くものを見せられているような、そんな雰囲気があった。

 

同族嫌悪。

ありとあらゆる弱さを兼ね備えた存在がそこにはいた。

 

「初めまして、ぼくはキャスター。君たちの足止めを()()()出たものだ………」

 

―――戯言だけどね。

 

士郎たちの退路を絶った少年は、そう嘯いた。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

第五次聖杯戦争。

セイバーとマーダーの小競り合いを含めなければ、二戦目。

人類最強の請負人哀川潤および人類最弱の請負人戯言遣いVS旧日本最強にして虚刀流七代目当主鑢七花と尾張幕府直轄内部監察所総監督補佐にして元忍者左右田右衛門左衛門およびそのマスター。

改めバーサーカー対セイバー、アーチャー。

およびキャスター対そのマスターである士郎、凛。

 

一見戦いとも呼べぬその幕は、切って落とされた。

 

 

 

 

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