10,
世の中は、君の理解する以上に絶望に満ちている
◆◇◆◇◆
さて、再起を図ろうとする士郎たちの前に、それを阻むキャスターこと戯言使いの登場と相成ったわけだが、少しばかり時間を巻き戻すことにする。
回想、だ。
といっても、何週間も遡るわけではない。
戯言遣いがイリヤに拾われた次の日のことである。
あの後。
腹をすかせた野良猫を拾うがごとく、マスターを失い魔力供給を絶たれた戯言遣いがイリヤにつれられた場所は、冬木の森深くに存在するアインツベルの居城のひとつだった。
ただひたすらに大きいその西洋洋式の城は、辿り着くまでの広大な森も相まって、まるで別世界のようにも感じられた。
気分はまるで川端康成である―――いや、トンネルは存在しないのだが。
それはともかく。
圧倒するかのような存在感の城に通され、とりあえず夜も遅いからということで話はまた次の日に、ということになり、戯言遣いはその城の中で一夜を明かした。
そして、その次の日。
どこの城だと見間違わんばかりの、豪華絢爛という文字が踊っていそうな一室に、戯言遣いはいた。
というか、正しく城の一室なのだが。
そこにはこの城の主であるイリヤとお付のメイドと思しきふたりの女性が、戯言遣いの他にいた。
イリヤは美女と言って差し支えないふたりの女性を侍らして、戯言遣いに問うた。
「気分はどうかしら。魔力供給は万全のはずだけど」
「問題はないよ―――というより、そもそも問題を感じないといったほうがいいかな。どうやら、ぼくは他の英霊に比べて燃費が良いようだから」
といったものの、戯言遣いは英霊。その魔力消費は他の使い魔とは比較にならぬ量である。だとしても、単独行動スキルも持っていないにも関わらず、マスターからの魔力供給も無しに三時間ばかり現界できたのは、ひとえに彼の燃費の良さを示しているのだろうが………
「そう。問題ないならいいわ。じゃあ、昨日の続きといこうかしら。貴方はこのバーサーカーを扱う手段を知っていると言ったけれど―――」
「その話に移る前に、待ってくれ。ひとつ、聞きたいことがある」
「………………なにかしら?」
話を遮られ、少しだけ不満そうにするイリヤ。
戯言遣いとて、雇い主の機嫌を無駄に損ねたいと思っているわけではない。
ただ、確認しなければならないことがあっただけだ。
戯言遣いにとって、それはイリヤを怒らせる可能性があってもいの一番に確認していおきたいことだった。
「実のところ、昨日は魔力が不足していたからか、しっかりした記憶が無いんだ」
「………魔力不足で記憶喪失なんて、そんなの聞いたことないわ」
「じゃあ、単純にぼくの記憶力が悪いだけかも知れないけれど―――」
非難するように眉をひそめるイリヤに、戯言遣いはあっけからんと自分の非を認める。
その言葉はさらにイリヤの機嫌を悪化させた。
「―――それはさておこう。ぼくが聞きたいのはひとつだ。ぼくのマスターはいったい誰なのかな?」
「………それは今知らなくちゃいけないことなの」
「大事だろう、サーヴァントにとっては」
マスターが誰か。
それは英霊と言っても、今は従者であるサーヴァントにとっては重要なことである。
確かに戯言遣いはイリヤと約束したが、それは形式上のもの。
サーヴァントの優先順位としては、マスターが第一位に来るのは当然のことだ。
仮にそのマスターがイリヤに手を貸すなと命令したのなら、一介のサーヴァントは従う他無いわけである。
―――と、まぁ、長々と語ったわけだが、しかし戯言遣いはそんなことを考えて聞いたわけではなかった。
そも、彼はマスターに抗命して―――奪命して、ここにいるのだ。マスターが誰であるかというのは彼にとって、比較的どうでもいいことだった。
「マスターはこの子よ。セラ、挨拶しなさい」
イリヤは後ろに控えていたメイドの片割れを指し示し、指示する。
セラと呼ばれた女性は一歩前に出ると、戯言遣いに深く頭を下げた。
「セラです。以後、貴方の魔力供給を務めます。どうぞよろしくお願いします」
「………ふぅん。あ、いや、これはご丁寧にどうも。戯言遣いことキャスターです。よろしく―――けど、そうか。なるほどなるほど………」
「これで満足かしら」
「うん? あぁ、納得いったよ―――てっきり、イリヤちゃんがマスターっていう線もあると思ったんだけど」
「バーサーカーを抱えながら、貴方の面倒も見るなんてとんでもないわ」
「ま、それもそうか」
イリヤの言葉に、戯言遣いはあっさり頷いた。
そして、セラに向き直る。
「とりあえず、サーヴァントとして確認しておこう。セラさんはぼくにイリヤちゃんの手伝いをすることを許してくれるのかな」
「………………」
「もちろんです。異論などございません」
「なるほど、それならいいんだ」
「意外ね」
セラとのやり取りを見てイリヤは少しだけ驚いたように言う。
「何が?」
「貴方の律儀さに、よ。英霊ってもっと、自分勝手なものだと聞いていたから」
確かに。
と、戯言遣いは考える。
マスターである魔術師に、令呪というサーヴァントに対する絶対的優先権が付与されるのは、得てして現代の魔術師では英霊を御しきれないからだ、と聞いている。
最初期の聖杯戦争では令呪が無いため、凄惨な殺し合いにまで発展し、痛い目をみた御三家が新たに創りだした、サーヴァントを使役するシステム。
それが令呪だ。
令呪はただ、サーヴァントの強化や魔力消費の肩代わりために存在しているわけではない。
己がサーヴァントを縛る鎖ともなるのだ。
それは取りも直さず、サーヴァントはけっして従順ではないことを示している。
飼い主の手を噛む猟犬は、意外に多い―――ということだろう。
イリヤの疑念も、もっともだと言えた。
「まぁ、ぼくは誠実だからね」
「嘘吐きなのに?」
「敵には、ってだけだよ」
先の自己紹介を引用するイリヤに、戯言遣いは苦笑した。
まさか、覚えているとは思っていなかったのである。さらりと流されたものだと思ってた言葉がここでついて出てくるなんて、戯言遣いとしては虚を突かれた気分だった。
「―――さて、寄り道してすまない。本題に戻ろうかな」
「そうね。それで、貴方の進退も決まるわけだし」
「まさか、ぼくが口から出任せを言ったとでも?」
「さぁて、どうかしら?」
笑みの形に口を歪めるイリヤを戯言遣いは少しだけ怖いと感じた。
やるといったらやる。
目の前の、年端もいかぬ少女からはそんな気迫を感じた。
「それで、貴方が―――貴方だけが知ってるバーサーカーの扱い方について教えてくれるかしら」
「もちろん。方法は簡単だ。それは―――」
「それは?」
タメを作る戯言遣いにイリヤは興味の色を隠しきれず繰り返す。
イリヤの姿は幼い容姿も相まって、玩具に興味を示す子供のようであった。
そんな彼女に戯言遣いは少しだけ笑うと、指を一本たてて―――答えを口にした。
「―――令呪を使って、その都度魔力を補強すれば………」
「やっちゃいなさい。バーサーカー」
「うあっ………待って、待って、待ってくださいお願いします!冗談です出来心です悪戯心ですごめんなさい」
平謝りだった。みっともなく、土下座までする勢いである。
見た目十代前半にしか見えない椅子に座る少女に靴を舐める勢いで土下座する男という、なんだか特殊性癖者が喜びそうな図式が、そこにはあった。
ちなみに、戯言遣いとしては必死である。
怒るイリヤの後ろには世にも恐ろしい最強がちらりちらりと見え隠れしているのだ。ここで必死にならないなら、彼の人生で必死になる機会など無いと思わんばかりである。
「………その程度の案、考えなかったと思うの?その方法じゃ、都合三回しかバーサーカーに戦わせられないじゃない」
イリヤは呆れたように言う。
事実だった。
令呪とは上記したようにサーヴァントの強化にも使える。それは取りも直さず、魔力をバカ食いするバーサーカーの魔力供給を肩代わりすることだって可能だということでもあった。
しかし、敵だけでなく自身のサーヴァントに大しても令呪は切り札である。
しかも、イリヤが従えるは狂化により理性を失ったバーサーカー。
令呪の守りがなければ、そのまま捻り殺されるのを覚悟しなければならない―――ひとえに令呪は命綱でもあるのだ。
であるならば、戯言遣いが言ったように令呪を使用して戦わせるなど自殺行為にも等しい。
「もし、それが貴方の言うバーサーカーを従わせる方法なら、少しばかり貴方に対する評価を下方修正しなければいけないようね」
「令呪で負担を肩代わりする、か―――それもいいけどね。僕の案は違う―――人の話は最後まで聞くものだと教わらなかったのかい?」
「………どういうこと?」
苛立ち混じりのイリヤの声。しかし、戯言遣いは特に気にもせず、続けた。
「簡単な話だよ―――令呪を使ってバーサーカーを弱体化させればいいのさ」
「なっ………………!?」
逆転の発想だった。
本来、強化やサーヴァントを従わせるために使う令呪を逆に弱くさせるために使うなんて―――サーヴァントに強さを求めるマスターとしては冒涜的とまで言える手段。
尖すぎる刃物は、得てして使用者すらも傷つける―――であるなら、その刃物を鈍らせればいい。
そう、戯言遣いは言った。
絶句するイリヤに戯言遣いは続ける。
「けど、弱めればいいってものじゃない―――適度に、最強を失わぬままに弱体化させなきゃいけない………。そこでぼくの出番というわけだ」
「………………貴方の、出番」
「ぼくは彼女を知ってる。召喚して、意識のない彼女を使役する君たちよりは何百倍も―――ともすれば何万倍も知っている―――」
「だからこそ、貴方しか知らないバーサーカーの制御方法ということね」
ようやく得心がいきイリヤは頷いた。
初めて戯言遣いがバーサーカーを見た時の反応は少しだけおかしかったと、イリヤは回想する。
まるでありえないものを見るかのようで。冒涜で許されざるものを見てしまったかのような反応で。
それも戯言遣いがバーサーカーの生前の知り合いなら、なるほど納得も行く。
「じゃあ、それを教えなさい。どうすればバーサーカーを使役出来るのかを―――」
「ちょっと待った」
と。
勢い込んで話を続けようとしたイリヤを戯言遣いは押しとどめる。
「まずはその、バーサーカーと呼ぶのをどうにかした方がいい、。彼女は狂っているような逸話を多々持つ人だったけど―――それこそ頭の螺が吹き飛んでるんじゃないかと思う行動をする人だったけど―――だけど、
「………使役するサーヴァントが喜ぶかどうかでいちいち呼び方を変えていたら、聖杯戦争にならないわ」
「いいや、変えた方がいい―――というよりも変えなかったら、意味が無い。彼女を二つ名で呼ぶ相手はおおよそ敵だった―――であるなら、バーサーカーと呼ぶ君を敵だと認識する可能性は大いにある」
「………………」
「それと、ひとつだけ間違いを訂正しておこう。ぼくらは彼女を使役するんじゃない―――彼女に請け負って貰うんだ」
「………請け負う?」
「そう。この聖杯戦争で君を勝利へ導くサーヴァントを請け負って貰うのさ」
―――なぜなら、彼女は人類最強の請負人だからね。
と、戯言遣いは言う。
「じゃあ、なんて呼べばいいの?」
「………潤さんと。名前を呼べばいい。彼女を名前で呼ぶものは皆、身内で―――そして哀川さんは身内に、甘い」
「………ジュン」
「そう、その通り」
確かめるようその名を呟くイリヤに戯言遣いは満足そうに頷いた。
「さて、哀川さんに依頼しようか―――『哀川潤として戦え』ってね」
戯言遣いは、そう嘯いた。
そして、バーサーカーこと哀川潤は今次聖杯戦争で最強になったのだった。
◆◇◆◇◆
時間は戻る。
士郎は湧き出る焦燥を隠そうともせず、セイバーたちの戦いを見つめていた。
「くらえ―――っ!」
虚刀流、『鷺草』から『柘榴』まで混成接続。
一度に繰り出されるセイバーの技を、しかしバーサーカーは力づくで全てを打ち払う。
巨木もなぎ倒さんという手足から伝わる衝撃をセイバーは上手にいなして、バーサーカーの懐へと飛び込んだ。
虚刀流、『野苺』。
両肘を突き出しての打撃に勢い押され、バーサーカーは一歩後退した。
―――その瞬間を見逃すアーチャーではなかった。
押しこむように放たれた銃撃は雨あられ、一部の隙もない銃弾の壁。
しかし、バーサーカーはいつの間にか拾った小石を羅漢銭のごとくいくつか飛ばすと、自身に命中しそうだった弾丸を全て撃ち落とした。
やはり、人類最強。
そんな印象が士郎の中に浮き上がって消えた。
全弾回避されたアーチャーはそれを確認する前に離脱、再び姿を消す。
それに一瞬気を取られたバーサーカーを追撃するようにセイバーが再び肉薄する。
虚刀流、四の奥義『柳緑花紅』。
極端に身体を捻り、それを開放して拳を繰り出す。内部に浸透し鎧越しにでさえ衝撃を伝えるはずの強力な奥義。
まともに喰らったはずのバーサーカーはニヤリとニヒルな笑いを浮かべ
「かははは―――っ」
腹部に突き刺さるセイバーの腕を握り―――まるでコマのようにぶん回すと放り投げた。
「うおっ………」
「セイバー!!」
危うく、街路樹に頭から飛び込むところだったセイバーは空中で体勢を立て直すと、綺麗にその木に着地する。
圧倒的強者。
まさしく、最強。
―――が、おかしい。
なんだか―――どういうわけだが、最初よりもバーサーカーが弱くなっているように士郎には感じられた。
そう。
遥か高みからわざわざ同じ土俵まで降りてきた。そんな雰囲気すら感じる。
そして、その直感は概ね間違いではなかった。
事実、セイバーとアーチャーはバーサーカーと戦えていた。
最初の、勝負を台無しにするようなめちゃくちゃな強さをバーサーカーからは感じない。
頑張れば、手の届きそうな―――むしろ、この場合はバーサーカーのほうから手の届く位置まで降りてきたと称するほうが正しいように思えるがさておき―――そんな力量差だった。
―――が、それは勝てるという意味ではない。
あくまで戦えるというだけ。むしろしっかりとした勝負になっただけ、セイバーたちは苦戦しているように見えた。
「全く、あの人の悪い癖だ。強すぎるゆえの慢心………もしくは長く戦いを愉しむための工夫か―――『あの人として戦う』という令呪がこういうふうに作用するなんてね。腐っても最強―――狂っても最強ってことか。まぁ、いずれにしてもそれで勝ててしまうのが、人類最強と呼ばれる所以なのかな」
―――結局、戯言なんだけど。
と。
結界内で戯言遣いは呟いた。
そう、結界。
士郎と凛はこのキャスターを名乗った少年に結界で閉じこめられるままだった。
凛が小声で教えてくれたところによると、そこまで強固な結界ではないとの事だったが―――しかし、目の前に敵がいるのに悠長に結界を破壊している暇などない。
結果。
士郎たちは互いに睨み合う形で、相手の出方を伺っていた。
しかし、このままでもいられない。
結界の外では刻一刻と心身を削られるような戦いをセイバーたちは繰り広げているのだ。
ここで動かなければジリ貧である。
攻撃するタイミングを図るため凛と士郎はわずかに眼をあわせた。
「………さて。ぼくとしてはこのまま黙ったまま、彼らの戦闘を見守ってもいいんだけど―――どうやら許してくれないらしいね」
と。
士郎と凛が眼をあわせた―――すなわち、目の前の敵から眼を離した瞬間、戯言遣いは一歩踏み出した。
「――――――ッ!」
士郎はすぐさま投影を開始し、凛は掌に宝石を抱いた。
「そう構えないでくれよ。このぼくはキャスター、接近戦には覚えがないんでね。さらに言えば、召喚されたサーヴァント中最弱の自信がある―――まぁ、魔術師の君たちでも少し頑張れば勝てるだろう」
「………自分から弱いっていうやつなんて信用出来ないってのが、経験則よ」
「なるほど、確かにそれは真理かもしれない―――しかし、事実だよ。ぼくは弱い。それこそ、この聖杯戦争になぜ呼ばれたのかわからないぐらいには、ね。ただ一歩、君たちに近づいたのだって、話をするのにちょうど良かったからでしかない―――」
「話ってなんだよ、この状況で―――あんたが俺らを拘束した状態で交渉も何も無いだろ」
「それは話し方次第といったところかな。僕からの用件はただひとつ―――この場でただ五分だけ待って欲しい。それだけだ」
「………貴方、馬鹿なんじゃないの?」
一見和やかに見えるが、外ではサーヴァント三騎による死闘が繰り広げられている。現状、なぜかバーサーカーが弱体化して拮抗状態に持ち込めているが、しかしそれはセイバーとアーチャーの奇妙な連携が続いているからこそ。
急場の連携が崩れた時。
それがリミットだった。
であるなら、たった五分でも士郎たちには惜しい。それを無為に過ごせという戯言遣いの提案は見過ごせないものだった。
「まぁ、ぼくとしてもただで受けてもらえると思ってない。だから、交換条件だ―――ぼくとバーサーカーの名前を教えてあげよう」
「――――――ッ」
それは破格の条件だ。
聖杯戦争において、真名とは弱点にも等しい。目の前のひ弱なキャスターはともかく、英霊二騎を相手取れるバーサーカーの真名を知れるのは、たしかに条件として釣り合う。
士郎は凛に目線を向けた。
未熟なマスターである彼としては、御三家であり昔から準備を重ねていた凛に任せる気であった。
凛はわずかに逡巡し―――ちょうどアーチャーが放った銃弾をバーサーカーが全て礫で撃ち落とした戦場を横目で確認する。
そして―――
「………三分よ。それ以上は待てないわ」
そう判断する。
それが彼我の戦力差を鑑みた結果、ギリギリのラインだった。
「………ふぅん。ま、いいよ。ただし、こちらからも条件を付けさせてもらう―――三分ただ黙って待つのも暇だ、問題形式にしよう。ぼくの名前による問題を君たちに出す。そこから、ぼくの名前を推測してもらおう」
「………そういって、容易に答えの出ない問題にするんじゃないの?」
「そんなことはしないさ。ただの暇つぶしだよ、別に答えられなくても、君が欲しい情報―――あの人の名前は教えてあげよう。ただし、答えられなければ、ぼくの名前は無しだ」
「………………」
士郎と凛が一番に欲しいのは、あくまでバーサーカーの真名、弱点。言に違わず、全てのステータスがEを記している目の前のサーヴァントの真名などなくてもいいぐらいである。
「良いでしょう。問題を出してみなさい」
凛はそう啖呵をきる。
それに戯言遣いはひとつ頷くと、問を口にし始めた。
「ぼくが呼ばれたことのあるニックネームは『師匠』『いーたん』『いっくん』『いの字』『いー兄』『いーの』『いのすけ』『戯言遣い』『詐欺師』」
「………………………衛宮くん」
戯言遣いの言葉を聞き流しながら、戯言遣いに気付かれぬよう凛はこっそりと士郎に声をかけた。
「名前をローマ字で記した場合、母音の数は八、子音は七」
「………………………なんだ、遠坂」
「………………私が結界を破壊するために結界の基点を探すから、貴方はその問題とやらを解くふりをして時間を稼いで」
後ろ手に隠し持った宝石をちらりと士郎に見せながら、そんなことを宣う。
凛が提案した三分はもちろん、外にいるサーヴァントたちが持つと判断した時間でもあったが、それと同時に閉じ込められている結界の基点を探しだすことが可能な時間でもあった。
その言葉に士郎はわずかに驚いた。
「………………………まともに待たないのか?」
「………………………信用ならないもの。三分経ったとしてもキャスターが結界を解かない可能性もあるわ」
「………………………なるほど」
士郎は了承したとひとつ頷いた。
「『あ』を1、『い』を2、『う』を3……そして『ん』を46として、ぼくの名前を数字に置き換えた場合、134になる―――さて、ぼくの名前はなんでしょう?」
質問を出し終えた戯言遣いに士郎は凛を隠すように一歩前に出た。
そして、凛の言うとおり時間稼ぎを開始した。
「随分とややこしいんだな。到底三分で解ける問題とは思わないんだが」
「そう言われてもね。事実この質問だけで、わずかな逡巡もなく解いたとある『策士』を知ってるからね―――これ以上の問題は出せないよ」
「生憎だが、俺はその策士とやらじゃないんだ。もっと、情報をくれないか?」
「それはできない相談だ。君たちは三分待つかわりにぼくが出す問題に答える―――ま、答えられても答えられなくても、精々ぼくの名前を知れるかどうかだ。大局には影響しないと、ぼくは思うけど」
「それでも、敵の弱点を知れたらそれだけいいだろ。それに………俺はそれほど、あんたを過小評価してないぜ―――この状況、あんたが造りだしたんだろ」
「どうしてそう思うのか、参考までに聞いていいかな」
「どうみても、あの女の子は策を練るタイプじゃない、狂気に侵されたバーサーカーは言わずもがなだ―――キャスターなんて、クラスからも明らかに後方で差配するのが得意そうじゃないか」
「なるほど、確かにその推測は当たりだ―――ぼくがこの戦場をセッティングした………ただ、後方で差配するなんて、さながら某KOEIゲーで知力マックスな策士キャラのように、いわれたくはないけれど」
「そうか? 俺はあんたが出てからすぐに感じたぜ、あんたは最弱最弱言うが、しかし一番厄介なのはあんただってな―――気色悪く、気味が悪い、最悪だよ」
「………………」
「あんたを見てるだけで吐き気がする。ただそこにあるのさえ、我慢できない。まるで、醜悪なものを無理やり魅せられているような―――災厄だ」
吐き捨てるように士郎は言う。
それは相手を激高させ、時間を稼ぐ士郎の拙い策だったが、しかし同様に本心でもあった。
―――最初から思っていた。この少年は危ないと。こんな場所にいてはいけないと。
だが、挑発じみたその言葉に戯言遣いはわずかに眉根を潜るのみにとどめた。
「ふぅん。最悪―――災厄ね。それはぼくの仇名じゃないんだが………まぁ、その素養ぐらいはあるということかな―――」
「? 何言ってるんだ、あんた」
問う士郎にしかし戯言遣いは無視して話を続ける。
「しかし、衛宮士郎くん。現に違わず、ぼくは最弱だ。この世全ての弱さという弱さを固めた存在と言っても過言じゃあ、ない。もし、君がぼくのことをそう見えるのだとしたら―――そう感じるのだとしたら、それは同族嫌悪というものだよ」
「同族、嫌悪………?」
「君はぼくに自分の弱さを重ねてるってことさ。ばくは全ての欠落と、欠点と、弱点と、難点と、短所と、不安と、鬼門と、泣所と、悪目と、足許を持っているんだ―――その中に君自身が抱えているそういった部分を見つけても、おかしくない」
「………まるで、俺が欠陥品だと言ってるみたいじゃないか」
堪えるように拳を握りしめ、士郎は震える声で言った。
同族、同族と言ったのか、この少年は? 俺と?
頭が怒りで煮えかえりそうだった。
時間稼ぎをしなければならない。
冷静な部分がそう告げていたが、しかしそれが士郎の脳に入り込む余地はなかった。
こんなモノと一緒にされるなんて。
それは冒涜だった。誹謗だった。毀損だった。
こんな存在があってはいけないとさえ、士郎は思う。
強く、ひたすらに強く意識した結果、忘我のなかで士郎の手にはいつの間にか短刀が握られていた。
投影魔術。
それを無意識に行使した結果だった。
脳髄の奥が火鉢に突っ込んだような熱を持つが、それに意識している暇はない。
士郎は今、握られた短刀を振りかざすのを静止するのに、全神経を使っていた。
突然刃物を何処から創りだした士郎に、しかし戯言遣いは気にするふうもなく、続けた。
「まるで、じゃなくてそう言ってるのさ。気色悪く、気味が悪い、最悪―――だったっけ。そういったものが、君の中にあるということだよ、気がついてないみたいだけど」
その言葉自体が熱を持って、士郎を揺さぶる。
必死に振り払おうとするが、叶わない。流されるように士郎の頭を侵していく。
「なんだって………?」
「さて、そろそろ三分経ったかな。どうだろう、ぼくの真名はわかったかな―――」
「ちょっと待て、俺の話はまだ終わってないだろ!」
思わず、士郎は戯言遣いの肩をつかもうとする。
それが短刀を薙ぐ行為で無かったのは驚嘆に値することだろう。
強靭な精神力で押さえ込み、伸ばした手は寸でのところで戯言遣いに跳ね除けられる。
「勘違いするなよ。別に君のことなんか、なんとも思ってないんだからね。ただ、ぼくは暇つぶしをしたかっただけなんだからさ」
「――――――ッ!」
そんな巫山戯た物言いに士郎の何かが切れたような気がした。
そして―――
「衛宮くん―――ッ!」
振りかざされた短刀は凛の手によって止められた。
それにようやく士郎は今の状況に気がついた。
自分は何をしていた?
情報を引き出すために三分という、この状況では短くない時間を捨てたのではなかったか。
しかし、なぜそこまで自分が怒ったのか理解できない。まるで、自分で自分を制御できなかったような―――
「大丈夫、衛宮くん?」
「あ、あぁ………」
そこで士郎は我に返る。
気が付くと、隣にいた凛は睨むように戯言遣いを見ていた。
「あんた、衛宮くんに何かしたわね」
「いいや、ぼくは何もしていないよ、見ていたならわかるだろ。勝手に憤って、勝手に我を失って、勝手に狂ったのは彼の方だ。ぼくはなにも悪くない―――ま、それも戯言だけどね」
「そう………。腐ってもキャスターってことね」
「信じてもらえないのは、至極残念だけど―――時間だ。答えを聞こうか」
凛は伺うように士郎を見た。
準備ができた、ということだろう。
幸い、士郎も手には武器がある。とっさに戯言遣いが反撃してきても対処は可能だ。
士郎は凛に頷き返した。
「残念だけど、三分間じっくり考えても答えは出なかったわ」
「それは残念」
「そう?こちらとしては、答えずともバーサーカーの情報がもらえるなら特に残念でもないわ―――貴方が約束を守れば、の話だけど」
「ん? あぁ………。そうじゃない。こっちが残念だ、という話だよ。君たちにはぜひともぼくの名前を知って欲しかったんでね」
意味深な台詞に凛は一瞬困惑を浮かべ、そしてすぐに平素の表情に戻す。
「そんなに名前を知ってほしいなら、名刺でもくれたらどう? 私としては望むところだけど」
「ダメだ。これは取り決めだからね。君たちは問題に答えられなかった。だとしたら、ぼくの名前は明かせないよ」
「そう………それで」
話を切り上げようとする凛を手で制し、戯言遣いは続けた。
「あぁ、わかってる。あの人の情報だろう。もちろん、教えるさ―――彼女は人類最強の請負人。『仙人殺し』『砂漠の鷹』『赤き制裁』とまぁいろんな二つ名があるのだけど―――その本名は哀川潤と言って―――ッ」
「衛宮くん!」
バーサーカーの名前を聞いた瞬間。
凛は警告の一言を士郎に送ると、凛は稼いだ時間で探し当てた結界の基点を狙う。
「
指し示された指先から放たれるは、得意の魔術であるガント。
それは、凛の想定通りに狙い違わず基点を撃ちぬき、結界を崩壊させた。
虚を突かれた戯言遣いは驚く。
「なるほど………強攻策できたのか。それじゃあ、名前を口にさせることは―――ッ!」
「う、おおおおぉぉぉぉ!」
―――その隙を逃す士郎ではなかった。
雄叫びをあげ、片手に魔術で新たな長刀を投影しながら、士郎は戯言遣いに肉薄し、短刀を振るう。
戯言遣いの柔らかい肉に、真っ直ぐ振り下ろされる刀。
しかし、鳴り響いた音は、肉を裂き骨を断つ湿っぽい音ではなく、硬質で甲高い音だった。
「な―――っ!」
「キャスターは、やらせない」
士郎の短刀を防いだのはハルバードを持つメイド姿の女だった。
何処から現れた彼女は戯言遣いを士郎から守るように、両者の間に立っていた。
見た目とは裏腹に強い力を持つ彼女に、士郎の短刀は弾かれ、少しだけバランスを崩した。
「くっ―――」
すかさず振るわれるハルバードを受け止めるように長刀を引き寄せるが、その勢いを殺しきれずそのまま吹き飛ぶ。
「衛宮くん―――ッ」
背中から着地し、酸素を求め喘ぐ士郎の隙を補うように凛がガントを撃つ。
後方にいた戯言遣いを巻き込むその一撃に、さすがに追撃を躊躇したのか、女はその全てをハルバードで撃ち落とした。
そして、戯言遣いを守るように士郎たちと対峙する。
「ありがとう、リズさん。けれど今日はここまで、時間切れだよ」
互いに相手の出方を伺い、生まれた一瞬の硬直。
そこにすかさず、言葉をねじ込んだ戯言遣いに、リズと呼ばれた女はこくりと無言で頷いた。
そして。
「大目標は達成できなかったけど、しかし小目標はクリアってところかな。今日のところはこれでお預けにしよう―――じゃあ、またあう日まで」
そう言うと戯言遣いは闇に溶けるように消えた。霊体化したのだろう。
それと同時にリズも後方に大きく飛び退り、冬木の闇に消えていった。
終わったということなのだろうか。
押していたにしてはあまりにもあっさりとした引き際に、士郎たちが疑念を抱いているとバーサーカーと戦っていたはずのセイバーとアーチャーが姿を現した。
「おい、大丈夫か、しろう!?」
「あ、あぁ………。それよりもバーサーカーは?」
セイバーの手に引かれて身体を起こした士郎は、いの一番に聞きたかったことを尋ねた。
「いや、どういうわけだが知らないけど、いきなりいなくなっちまったんだよなぁ。いつの間にか、マスターだと思う子供もいなくなっちゃうし………まぁ、結構危ないところだったから、こっちとしては助かったんだけど」
そう言って笑うセイバーは、しかしどこか悲壮な色を浮かべている。
いや。
ここにいる四人全てが同じだった。
敵は実質、英霊一騎。
にも関わらず、セイバーとアーチャーのふたりは押し込められた。
刃がたたなかった。
今宵、決闘をするために一緒にいたから良かったものの、もし別々に行動していたらどちらか一騎はすでに聖杯の腹の中である。その想像に士郎たちは打ちのめされる。
しかも、相手はバーサーカー一騎のみではない。あの怪しい戯言遣いこと、キャスターも有している。
未だ脱落者はいない聖杯戦争だが、アインツベルンはすでに王手をかけているに等しい状態だろう。
「………こりゃ、仇討ちとか言ってられねえな」
「
「うるせえ。根暗忍者」
「そうね………。バーサーカーだけでも厄介なのに、時間を与えれば厄介になるキャスターまで、アインツベルンは持っている………」
「じゃあ、どうするんだよ」
士郎の問いかけに凛は鋭い視線を向ける。
「決まってるわ。相手が二騎ならこっちも頭数を揃えるだけよ―――衛宮くん。同盟を結びましょう」
凛は毅然として言った。
士郎にとって、聖杯戦争一日目はこれで終わりを告げる。
まだまだ聖杯戦争序盤の、肌寒い冬の夜のことだった。
◆◇◆◇◆
というわけで。
第五次聖杯戦争、二戦目。
人類最強の請負人哀川潤および人類最弱の請負人戯言遣いVS旧日本最強にして虚刀流七代目当主鑢七花と尾張幕府直轄内部監察所総監督補佐にして元忍者左右田右衛門左衛門およびそのマスター。
改めバーサーカー対セイバー、アーチャー。
およびキャスター対そのマスターである士郎、凛。
その結果はまたも引き分けだったが―――それにより得た利益は双方多大なものだったと、ここに記しておこう。
【CLASS】セイバー
【マスター】衛宮士郎
【真名】鑢七花
【性別】男
【身長・体重】206cm・75kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力C 耐久D 敏捷B 魔力E 幸運C 宝具B
【クラス別スキル】
対魔力:B
三節以下の魔術を無効化。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても傷つけるのは難しい。
騎乗:C
一般的な乗り物であれば問題なく乗りこなす。魔獣・聖獣ランクは乗りこなせない。
七花が特に何かに騎乗したという逸話がないためセイバークラスにしてはやや低め。
【固有スキル】
???:C
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???:B
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虚刀流:B
刀を使わない剣術。己の身体を刀として扱うことで無手でありながら剣法を使うことができる。
その性質上敵の攻撃に正確に対処する必要があるため、回避・防御の際には天性の直感が働く。
七つの奥義はAランクに匹敵し、すべての奥義を同時に発動する最終奥義「七花八裂」は十二の試練を七度突破することも可能。
だが、マスターが未熟なため、本来の力を十全に引き出すことはできていない。
【宝具】
???
ランク:―――
種別:―――
レンジ:―――
最大捕捉;―――