12,
人生を、台無しに生きろ
◆◇◆◇◆
冬木協会奥底の一目のつかぬ一室にて。
薄暗く、仄かに蝋燭照らす揺らめく明かりに浮かび上がるは、着流しを纏った狐面の男と粛然とした神父のふたり。
「聖杯戦争初日が終わったようだが―――どう見る綺礼?」
洋酒の注がれた杯を傾け、狐面の男は神父―――綺礼に問うた。
「どう見ると言われてもな。私は全てを知るわけでもなし、大したことは語れんよ」
「『私は全てを知るわけでもなし、大したことは語れんよ』か、ふん。そういうお為ごかしはいいんだよ。俺だって全てを見通す眼を持ってるわけでもないんだ。こんなのは気軽でいいんだ気軽で」
「そうは言ってもな………」
「さながら、胡散臭いコメンテーターが適当に日本社会の今後を語るように気楽にやろうぜ」
その言葉に答えず、綺礼はグラスの洋酒を飲み干した。
そして湿らせた口から滑るように言葉を紡ぐ。
「では、まずわかっていることを整理しよう」
「いいんじゃねえか。俺もここまでこんがらがるとは思ってなかったし」
「こんがらがらせた貴様が言う言葉では無いと思うがな」
狐面の男は「ふん」と不機嫌そうに鼻息を鳴らす。
「しょうがないだろう。ここには手駒も手足すらも無いんだからな―――こんなことなら木の実ぐらい召喚しとけばよかったぜ」
「サーヴァントはマスターとして認められない。それは貴様も知っているだろう」
「言葉のあやだよ………ま、足りたい手足でやりくりするのはいつものことだ―――『死んでない』だけまだ動きようもあるってもんさ」
狐面の男はぐいっと盃を傾けると、おかしそうに―――犯しそうに笑った。
「それで?」
「それで、とは?」
「『それで、とは?』だと? ふん。とぼけるんじゃないぜ、状況の整理をするって言ったのはお前だろう、綺礼」
「その話、続けるのか」
「続けるとも。酒には肴が必要不可欠だ―――聖杯戦争の趨勢なんてまさに持ってこいじゃないか」
「聖杯戦争を肴にしてしまうやつは貴様だけのものだろうな」
「面白きこともなき世を面白く―――それが俺の座右の銘だ。辞世の句にしようとすら思ってるぐらいだ」
「それはもろかぶりだろう」
誰とまでは。
言わなかったが。
「そんな冗談は良いんだよ、前置きが長い。そろそろ本題に入ろうぜ、これじゃ退屈してちまう」
「貴様が、か?」
「ふん………。この茶番を見てる誰かさんが、だよ」
―――どうでもいいことだがな。
と、狐面の男は言う。
「お前がやらないっつぅんなら、俺がやるぜ?」
「いや―――いい。貴様の言葉だと、やや主観が入りすぎる―――特にキャスターのこととなるとな」
「『特にキャスターのこととなるとな』か、ふん。当然だろう。奴は俺の―――生涯の『敵』なのだから」
―――『的』と言い換えてもいいがね。
と、面白くもなさ気に狐面の男は言った。
やはり、この男の言ってることはよくわからないな、と。
綺礼はその言葉を無視して話を進めることにした。
「では、まずはそのキャスターからといこうか。奴はマスターであった外来の魔術師を殺した後、アインツベルンの軍門に下った」
「アインツベルン………アインツベルンね。確か、御三家のひとつで―――」
「―――そして、此度は優勝候補の一角バーサーカーを有している………まぁ、本来弱卒の英霊を強化するクラスに、あれほどの傑物を召喚すれば当然だが。これでキャスターバーサーカー二騎を有するアインツベルン陣営が一つ頭抜けた様子だな」
「ふぅん。さすが、俺の敵と言うべきか。物語を違えても、ただ徘徊しただけでアイツを引き寄せるその強運―――もしくは凶運と言うべきかもしれないが―――はさすがの一言だぜ」
「………貴様の入れ込みようは知っているが、しかしキャスターはこの聖杯戦争でおよそ最弱だぞ?」
見合わぬ戯言遣いの評価に見かねたのか、綺礼は横槍をいれた。
「ま、たしかに俺の敵は最弱だろう―――その接頭語の人類、と加えてもいい。が、しかし、侮って良い相手だとは思わないぜ」
「………そこまでのやつか」
「『そこまでのやつか』か、ふん。
わけのわからぬことを口にした狐面の男は、解説もなしに次を促す。
「次は、セイバー陣営だ」
「ほう。あのお前が気にしてる小僧のところか。俺から見れば、理想に狂ったただの狂人にしか見えないが………」
「それがいいのだよ。あれほど歪んだまま素直な存在などこの世に数えるほどしかいない―――だからこそ、壊れた時の愉悦もまた一興と言うわけだ」
「ふん。まぁ、人好き好きだ。せいぜい、俺の関係ないところでしめやかにやってくれ」
「言われずともそうするとも。これだけは誰にも譲らんよ―――さて、セイバーのことだったな」
「あぁ、俺はアイツを確認してから見てないんだよ。見つかると怖いからな」
「貴様にも怖いものがあるのか」
「『貴様にも怖いものがあるのか』だと? ふん。当たり前だろう。特に人類最強と謳われた娘の反抗期になんて怖くて一歩も外に出れなかったぜ―――嘘だけどな。まぁ、そんなことはどうでもいい。あの後どうなった?」
「どうもこうもない。めちゃくちゃだよ。惨敗と言ってもいい」
「なんだよ。セイバーっつうのは最優のサーヴァントだろ。さすがに勝てないまでも、アイツに一矢報いる程度のことできないのか」
「それは無茶と言うものだよ、人類最悪。貴様の娘に勝てる奴など、世界を探してもそういないだろう―――むしろ戦いになったことを褒めてやるべきだ」
―――とはいえ、アーチャーがいなかったらどうにもならなかっただろうがね。
と綺礼は言う。
狐面の男は文句をつけながらも特に期待してなかったのか、機嫌を悪くする様子もなく頷いた。
「まぁ、そりゃそうだ。それでどうなったんだ?」
「ふむ。よくはわからなかったが、どうやらアインツベルン側に不都合が生じたのか、戦いの半ばでバーサーカーが撤退したようだ。セイバーたちからしたら、九死に一生を得た、といったところか」
「序盤でほいほい死なれちゃ、こっちとしても都合が悪い。ま、いいことじゃねえか」
「………敵は少ないほうがいいと思うがな」
「そりゃ、まだわかんねえだろう。もしかしたら、味方になるかもしれない―――いずれにせよ、盤上の駒は多いほうが退屈しないってのはある」
「貴様の嗜好もよくわからんな」
「そりゃ、お互い様だぜ、綺礼」
そういって狐面の男は邪悪に笑った。
「それもそうか―――話は戻すが、セイバーのその後だが、どうやらその場にいたアーチャーと同盟を結んだようだ」
「同盟、同盟ね………。これで英霊を二騎抱える陣営がふたつ、できたわけだ。なかなかわかりやすい展開になったじゃねえか」
「―――さて、ふたつで済めばいいがな」
「ん? どういうことだ、ここに来て情報の出し惜しみはナシだぜ」
意味深な綺礼に台詞に狐面の男は食いついた。
これは未確認なんだがな、と前置きをして綺礼は続ける。
「間桐臓硯がマーダーたちに接触したらしい。やつらもバーサーカーの戦闘を監視していたからな、危機感でも抱いたのだろう」
「『危機感でも抱いたのだろう』とは、けったいな言い様だな。あの娘を見て危機感を抱かないやつがいるのかよ」
狐面の男の言葉に肯定するでも否定するでもなく、綺礼は洋酒を注いだ。
杯を満たすそれを狐面の男は黙って眺めた。
「どう返答したかまでは知らんがな。まず間違いなく、同盟の誘いと思って間違いない」
「ふん。これで御三家がみっつに別れて戦う構図が出来上がったわけだ―――結局、外来のマスターはその他数合わせってことかねぇ」
「どうかな。ひとつの陣営が崩れれば、一気に戦況は動くだろう―――その際にまだ同盟関係が維持出来てるかどうかは―――」
「わからない、か。ふん、まるでこの杯に注がれた酒のようだな」
と、狐面の男はなみなみと注がれ、いつ零れ落ちるとも知れない杯を見つめる。
「と、まぁ、こんな具合でどうかな。この状況で予想もなにもあったものじゃないと思うが」
「戦力的にはアインツベルンが圧倒してるが、地の利は間桐遠坂両家にある―――強者を抱えるゆえに、必然打って出ざる負えないアインツベルンとしては悩ましいところだな」
「ひとまず、様子見の時期が続くのかも知れんな」
初めてと言っていい綺礼の予測にしかし狐面の男は否定した。
「『様子見の時期が続くのかも知れんな』か、ふん。それはどうかな。キャスターってのは時間を与えれば与えるほど厄介になるってのが通説なんだろう? 俺の敵にその能力があるのかはともかくとして、だ。ただ黙って穴蔵決め込むやつは、この聖杯戦争にいないはずだぜ。それに―――」
「それに?」
「そんな、お利口だけがマスターでも無いだろうさ―――」
「………………」
綺礼は狐面の男を一瞥すると、ありえないとばかりに首を振った。
そして、席を立つ。
「もう終わりかよ」
「話すべきことは話したろう。後は貴様の言うとおり、馬鹿が動くのを待つだけだ―――」
そう言って話を切り上げ、綺礼は扉に手をかける。
が。
「おいおい、まだ大事なことを話しちゃいないだろう。途中で切り上げられる暴露話ほど興ざめなことはないぜ」
「………これ以上いったい何を話せと言うんだ。戦況の予測もままならんこの状況で―――そも聖杯戦争における予測がためになった試しなど―――」
「予測なんてどうでもいい、あんなの状況整理のための口実に過ぎないんだよ」
「じゃあ、なんだ。何を話せばいい。もう私が知ることなど―――」
「―――あるだろう、最後のサーヴァント、アサシンのことがな」
と。
その言葉に反応して綺礼の足がピタリと止まった。
「事態は逼迫、どこも二騎のサーヴァントを抱え、張り詰める緊張のなかで―――おい、最後のサーヴァントはいったいどうしてるんだ」
「………………」
「どう考えてもまともじゃないぜ、そいつ。どこにつくにしたって早い方がいい―――小規模勢力はそうそうに潰しておいたほうが楽だからな。様子見と言ったが綺礼。今後はどの陣営もアサシン探しに夢中になるだろうぜ―――仲間に引き入れるにしても排除するにしてもな」
狐面の男はそう言うと、ギリギリまで満たされた杯の端を掬うように指でなぞる。
辛うじて、保たれていた表面張力は瓦解し、零れた酒は滴るようにぽたぽたと机を汚した。
「―――こういうふうに。ちょっと姿を現すだけで崩れ去る均衡だぜ? 何もしないってのは―――そりゃねえだろうよ」
「………………」
「いったい、何を考えているのかねえ、アサシンのマスターは………」
「………………」
その言葉に綺礼は。
感情を見せぬその顔を一瞬愉悦に染めると、
それを見送ると狐面の男は。
「全く、俺の敵なら『戯言だ』とでも言うのかね………」
そう呟き、残った杯を乾かした。
一日目おしまいです
それと同時に書き溜めがなくなりました
もしかしたら、更新が滞るかもしれません