ニシオニストによる聖杯戦争、あるいはただの蛇足   作:堂升

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日常、あるいはただの仮初

 14,

 

 なるほど、あの娘は美しい。

 しかし、美しいと思うのはお前の心なのだよ

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

さて。

 

時間は飛んで、朝。学園への登校時間である。

士郎は心身ともに困憊しながら、道すがら一見おとなしそうに見えて、実は熾烈な争いを続ける桜と凛を連れて通学路を歩いていた。

 

「ほら、時間もないんだし、項垂れてないで急ぐわよ」

「ちょっと待ってくれよ………昨日の今日でこっちは疲れてるんだからさ」

「そんなこと言ってられる暇ないでしょう。早くいかないと万が一遅刻にでもなったら―――」

「へぇ………遠坂先輩って、疲れてる人に鞭打って急かすような人だったんですね、もっとしっかりした人だと思ってたのに………私、知りませんでした」

「―――ふぅん。それってどういうことだか説明してくれるかしら、間桐さん?」

「いえ、別に………言葉のとおりですよ。他意なんてありません、ただ少し―――人のことを慮れない人間って器が小さいって言いますよね。特に関係ない雑談ですけど」

「―――じゃあ私も関係ない話をするけど、男の人を考えているように心の中を代弁する人って、男の方からしたら重いって感じるらしいわよ。別にだから何ってわけではないけど、ね」

「………………………遠坂先輩は何が言いたいのか、私にはわかりかねますね」

「そういう間桐さんの言いたいことも私にはわからないわ」

 

ギスギスしていた。

空気が軋みを上げてギリギリと音をたてるまである。ちなみに士郎の心もまた同様にギリギリと締め付けられていた、心労で。

 

「さ、桜………と、とりあえず、先行かないか? ほら、遠坂も―――」

 

士郎の呼びかけに桜はにっこりと嬉しそうに笑い、凛は怒りを込めて士郎を睨みつけた。

 

「衛宮君、名前」

「はぁ? でも」

「でももなにもない。いいから名前で呼びなさいって言ったでしょう?」

「………………り、凛―――これでいいか」

「―――ん。結構」

 

なぜか満足げな顔をする凛。それに桜が動いた。

 

「せーんぱいっ」

「なんだ、今度は桜か。何のようだ?」

「………………さくら、桜―――ふふふ。いえ、何でもないですよっ。ただ呼んでみただけです」

「? 変な桜だな」

「ふふふふ………」

「ふん!」

 

なぜか勝ち誇った顔で妖しく笑う桜に、冷たい一瞥を投げかけるとそっぽを向く凛。

仲良くなるとは思ってなかったものの、それなりに気の合いそうな二人が睨み合う現状に思わず士郎は

 

「なんでさ………」

 

と、頭を抱えた。

 

あの後。

 

士郎が急いで玄関に向かうと想像通りの光景が浮かんでいた。

 

昨夜、同盟を組んだからには一緒に行動した方がいいと一方的に宣言し、家主である士郎の許可を取る間もなく、外泊の準備を整えた凛だったが、しかしその後のことは特に考えてなかったらしく、敢えなく、甲斐甲斐しくも朝食作りに来た桜と見事鉢合わせしていた。

 

うっかり属性持ち、遠坂凛。

ツンデレやお嬢様キャラだけでなく、多才な美少女だった。

 

とは言ったものの、よくよく考えれば部活動を一時期共にしていただけの先輩のところに、足繁く通い、あまつさえ朝食を一緒に食べるなんて、さながら漫画かゲームの世界ですら今時無い展開を、士郎が当然のように甘受していると誰が想像し得よう。

 

仕方のないことだとも、言えなくはない。

ただ、鉢合わせ後の展開は士郎にとって、仕方ないで済ませられるようなことではなかったのは確かだ。

 

その内容をここでは詳しく描写しないが、もしも知りたいのであればfate/syaynightのアニメをご視聴頂くか、原作ゲームをプレイしていただければ幸いである。

 

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メタネタだった。

 

いや失敬。間違えた。

メタメタである。

修羅場に巻き込まれた士郎の心が。

 

………まぁ、この状況で自分は蚊帳の外のはずでただ巻き込まれただけだ、と思ってる士郎はやはりどこかおかしいし、当然の結果だと思うが。

 

閑話休題。

 

士郎が必死で心身の鍛錬と割り切り、長い、いつもよりひたすらに長く感じられる坂を上がっていると、ようやく目的地である学園が見えてきた。

 

時間ギリギリということもあり、士郎たちは閉じられようとする門へ滑り込みように入る。

 

「間に合ったわね………」

「あぁ………」

 

肩で息する凛に士郎はおざなりに答え、その足を己が教室に向けた、その時である。

 

「おいおい、遅刻ギリギリに登校とは随分悠長なことだな、衛宮」

 

聞き慣れた声がした。その瞬間、凛はいったいどこから取り出したのか疑問に思うほど完璧な猫を被り、桜は声の主から逃げるように士郎の身体に隠れる。

 

「………………慎二」

「なんだよ、確認するように呟いて。そうだ、僕だ。間桐慎二だよ」

 

顔を上げるとそこには、士郎の友人であり、桜の義兄である間桐慎二の姿があった。

ひとりではない。いつものように、取り巻きの如く何人もの女生徒を侍らせていた。

その全てが士郎に敵意の目線を向けていた。

 

士郎から見て友人であっても親しくしたいとは思わない性格を持つ彼だが、しかし校内での人気は存外高い。

 

規律を重んじ、不公平を嫌い、女の子に優しい。あとひとつ、友情に篤いとつけば満貫だ。

これはとある生徒の証言だが、実際、普段の慎二はそれに違わぬ振る舞いをしている。

ただし。あくまで、間桐慎二自身が絡まなければ、という但し書きがつくが。

 

「………………」

「本当に鈍臭いやつだな。お前は時間通り起きることすら出来ないのかよ」

 

間桐慎二はプライドが高い。

上記の優しさは、あくまで自分が優秀ゆえに周囲を下に見る上下関係ありきの優しさであり、自分に匹敵すると認めた―――好敵手(ライバル)視された者に対しては厳しく、容赦がない。

 

「………………」

「おい、衛宮。黙りこくってないで、何か言えよ」

 

そして、幸か不幸か、士郎は慎二に認められていた。それが嬉しいことかどうかはともかく。

だからこそ、士郎を見る慎二の眼には敵意が多分に含まれていた。

 

それはいつものことである。

しかし、どういうわけか、その周囲にいる女生徒からも睨まれているのはわからなかった。

 

「僕もお前の阿呆面を見るが趣味って言う訳じゃないんだ。いいから渡せよ」

「………なにをだ?」

「………………ちっ。鍵だよ、弓道場の鍵だ。昨日、お前に貸したろうが」

「あ………」

 

ようやく思い至る。

そういえば、昨日慎二から掃除するために部活動の終わった弓道場の鍵を借りていたことを思い出した。

その後の記憶が鮮明だったため、完全に士郎は失念してた。

 

「悪い、忘れてた」

「忘れてたぁ………? おいおい、どうしたら忘れられるんだ、衛宮。お前の頭は昨日のことすら忘れてしまうほど貧弱なのかよ」

「いや、昨日色々あってさ………」

 

懐から鍵を取り出し、慎二に渡す。

 

「まったく、お前のせいで朝練に遅れたんだぞ、どうしてくれるんだよ」

「それはすまなかった」

「謝って済めば警察なんかいらないんだ。言われたこともまともにこなせないのかよ、使えないなお前」

「………………」

 

不機嫌そうな慎二の罵りを士郎は黙って甘受する。

鍵を渡し忘れたのはまごうことなき士郎の失態だったし、口でどうこう言って納得するようなやつじゃないことは士郎も知っていたからである。

それをいいことに慎二は言葉を続けた。

 

「だいたい、桜も遅刻したのはどうせお前のせいだろう。そのせいで桜も朝練に参加できなかったんだぞ。まったく、だから僕は言ったんだ、衛宮なんかのところに桜を送るべきじゃないって―――」

「義兄さん!!」

 

慎二の言葉を遮るように士郎の後ろに隠れていた桜が大声を上げた。

 

「遅刻したのは私の準備が遅れたからですっ!先輩は関係ありません」

 

やや怯えつつも毅然と慎二を睨む桜。慎二はわずかにたじろぎ、迷うように宙に視線を這わせると憎悪でギラつく瞳で士郎を睨んだ。

 

「くそっ―――馬鹿にしやがって………! 衛宮ぁ………覚えてろよ………」

 

捨て台詞を吐き捨て、慎二は鼻息荒く去っていった。追従するように取り巻きの女たちも去っていく。

 

一難去った。

 

というところだろうか。

重圧に耐えかねて張っていた肩を下ろして、士郎はため息を付いた。

 

「義兄がすいません………」

「いや、あれは俺が悪いんだから仕方ないよ。それより、慎二と家で会うことになる桜のほうが心配だ」

「いえ………それは、多分大丈夫だと思います………」

「なんでさ。とりあえず、放課後にも俺が慎二にもう一度謝ってくるよ、あいつも悪いやつじゃないんだ。話せばわかってくれると思う」

「すみません、先輩………あっ、もうすぐ授業が始まりますから、私もう行きますね」

 

申し訳無さそうに謝りながら去っていく桜を見送る。残された士郎と凛のふたりはそれを並んで見送った。

そして、声の届かないところまで桜が言ったのを確認すると、さきほどから貝のように黙っていた凛がようやく口を開いた。

 

「話せばわかってくれるって、衛宮くん。前から知ってたけど、貴方って随分とお人好しみたいね。あんなに睨んでた人が簡単に許してくれるとは思わないけど」

 

眉根を寄せて、険しい表情を作り、士郎を批判気に見やる。

 

「だいたい、あれだけ言いように言われてよくトモダチでいられるわね。私だったら、絶交よ」

 

確かに。

間桐慎二は友人として付き合っていくのに苦労する種類の人間だろう。実際、彼がらみで士郎が被害を被ったのは一度や二度ではない。

 

しかし、士郎が慎二のことを友人だと思っているのは事実だった。

人が良い、のかもしれない。

お人好しと言われてもしょうがないことだろう。

だけれど、士郎にとっては大事な友人のひとりであることに変わりはなかった。

ただ、それを他人に正確に伝えるのは困難だと、士郎は思う。

あくまで士郎の感情の問題であり、繊細な感情論を言葉にするのは難しい。

 

「………まぁ、慎二もあれで良いところもあるんだよ」

 

だから、士郎は凛の愚痴ともつかぬ物言いに、言い訳するようにそう答えるだけにとどめた。

ふぅん、と興味無さそうに遠坂は呟くと

 

「まぁ、衛宮くんが誰と仲良くしようと私には関係ないけど―――だけど、間桐くんだけはやめときなさい」

「なんでさ。遠坂はそんなに慎二のことが嫌いなのか?」

「確かに、ああいう口先だけの調子のいい男は嫌いだけど―――じゃなくて! 好きとか嫌いの問題じゃないのよ」

「じゃあ、どういう問題なんだ?」

 

純粋に興味本位で聞く士郎に対して、凛は酷く真剣だった。

 

「―――間桐は魔術師の家系よ。間桐くんが聖杯戦争のマスターの可能性は十分あるわ」

「―――バカな」

 

その言葉に士郎は絶句した。言葉も出なかった。

慎二がマスターかもしれないから―――

だけではない。

 

「そういうことだから、学校では極力間桐くんと会わないほうが―――」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ! 間桐が魔術師の家系!? ホントか!?」

「ええ、そうよ、だから間桐くんには―――」

「―――それだけじゃない! それって、もしかして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()|ってことじゃないか!」

 

―――そう。

間桐桜は血のつながりこそ無いものの、間桐の一員である。

一因を持っている。

そして、士郎が切嗣から魔術を教わったように、桜もまた同様に魔術師かもしれないということで………

 

「………そう、ね。あまり考えたくないけど。朝、間桐さんが家に来た時は宣戦布告されるのかもしれないと思って、実のところ私は戦々恐々としてたのよ?」

 

ため息混じりに凛は肯定した。

 

「ただ、登校中の感じを見ると中核には関わってないようだけど―――けれど、油断は出来ないわ」

「………………」

 

凛の言葉に士郎は沈黙する。

どうやら、先ほどのラブコメじみた掛け合いは桜の反応を試すという意味合いもあったらしい。頭の何処かで遠坂が狂ったんじゃないかと思っていた士郎は少しだけ安堵するが―――しかしそれが表層に出ることは無かった。

それほど、士郎にとって『桜が聖杯戦争に関わっているかもしれない』という事実は衝撃的なことだった。

 

間桐桜。

弓道部時代の後輩。健気で大人しい、少女。甲斐甲斐しくも毎朝士郎のために朝食を作りに来てくれる可愛く、ひ弱な女の子。

 

―――そして、敵になるかもしれない、魔術師。

 

「そんな………桜は人殺しなんて出来るような子じゃない! 慎二だって嫌なやつだけど誰かを傷つけるようなやつじゃ………」

「―――それが擬態かもしれない、って私は言ってるの」

「くっ………………」

「認めたくないのはわかるわ。だけど、今後衛宮邸が戦場になる―――それに………あまり考えたくないけど、彼女がスパイの可能性だってある」

 

スパイ。つまりは、敵。

そんなことないと士郎は声高に主張したかったが、乾いていく舌の根がそれを阻害する。

 

「だから………間桐さんはできるだけ遠ざけておいたほうがいいわ―――彼女のためにもね」

 

そういう凛の表情は酷く真剣で―――

だから士郎は一限目のチャイムを聞きながら、項垂れるように頷いたのだった。

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

哀愁ただようチャイムが鳴った。授業は終わり、すでに放課後である。

士郎はもうひとりの友人である柳洞一成に頼まれて、生徒会の書類を職員室まで運ぶのを手伝っていた。

 

衛宮士郎。

備考、正義の味方志望。

 

いくら、聖杯戦争に参加することになっても、初志貫徹、常日頃の役割(雑用)は変わらないのであった。

その際、凛と一緒に登校してきたことを突かれ、「あの女は魔性だ雌狐だ、目を覚ませ、衛宮!」と随分諭されたせいもあり(なんだかわからない、ありがたそうなお経まで上げられた)、手伝いが終わる頃にはすでに日は傾き、斜陽が校舎を赤く照らしていた。

 

すでに凛は帰宅しているはずだ。

生徒会の仕事を手伝うと行った時は、渋面を作り、今がいかに切羽詰まった状況にあるのか、懇切丁寧に説明されたが、頑として譲らない士郎に折れ、「このバカ! もう知らない、私、先に帰ってるから」と一言残し、怒り気味に去っていくのを士郎は見送っている。

 

「まったく、バカはないだろ、バカは」

 

手伝いを終え、鞄をとりに自分の教室まで歩く道すがら、士郎はぼやく。

別に士郎だって、今の状況がわかっていないわけではない。ただ、聖杯戦争のために今まで培ってきた自分の立ち位置(スタンス)が変えることを許容できなかっただけだ。

確かに士郎は関係ない犠牲者を出したくないという一念で聖杯戦争に参加したが、しかしそのせいで普段行ってきた活動(正義の味方の真似事)が疎かになるのは、なにか違うと、士郎は考えていた。

 

「遠坂だって、なんだかんだ言いつつもしっかり学校に来てるじゃないか………。俺と何が違うっていうんだよ」

 

人気のない廊下を歩きながら、士郎は愚痴る。

 

実のところ、今日遅刻しそうになったのは、学校に行くことを凛が強硬に反対していたという理由もあった。

士郎と凛はバーサーカーとキャスターを抱えるアインツベルン陣営に顔を見られている。そして、どういうわけかバーサーカーのマスターであるイリヤは士郎のことを知っているふうであった。

ということは、こちらの情報はすでに知れたものと考えたほうが得策だ。

 

まさか、真っ昼間から学校に襲撃をかけるとは思わないが、しかし監視ぐらいはされているかもしれない。

帰り道、人気のない時間帯を狙って強襲をかけてくる可能性は多分にあった。

だからこそ、凛は授業が終わると日が暮れる前に家に帰ったのだ。

すでに日が傾く時間帯まで学校に残っている士郎はかなり危険な状態であることは疑いようもなかった。

 

が、しかし。

 

「………………」

 

士郎を悩ませていたのはそのことではない。

 

―――間桐桜のこと。

あるいは間桐慎二のことだった。

 

時間を見つけて、桜には説明をぼかしながら向こう一週間は家に来なくていいということを士郎は告げていた。

その際、桜は儚げで触れれば砕けてしまいそうな笑みを浮かべていたのが印象的だった。

 

傷つけた、のかもしれない。

 

去り際、涙で瞳と潤ませていた桜の姿を思い返しながら、士郎は思う。

 

こんなに優しい子が凄惨な魔術師同士の殺し合いに関わってるわけがないとも、思う。

 

しかし、凛の言うことにも一理ある。士郎としても聖杯戦争に参加すると決めた時点で―――つまり凛に言われる前から、桜には衛宮邸に近づいてほしくないと思っていた。

ただそれは、あくまで聖杯戦争に巻き込まないために措置で、桜を敵側の魔術師だと思っていたからでは断じて無い。

 

「………………」

 

酷く心が重かった。

自分を慕う純粋な後輩として桜をみることができなくなっているのを感じる。そんなわけがないと考えながらも、滲むように心に広がる疑念はどうすることもできない。

 

「………………ッ」

 

それだけではない。

 

慎二のこともそうだ。

妙に突っかかってくるが、しかし聖杯戦争に絡んでいるわけがないと、士郎は思っていた。

根はいいやつなのだ。

ただ、すこしだけ鼻持ちならないというだけ。

確かに人を悪し様に罵ることはあるが、それだけが彼ではない。

あくまで一面なだけだ。

悪いことは悪いと言えるだけの公平さを持ってるし、道に外れたようなことをするようなやつじゃない。

もしそうであったら、士郎が友人になるはずもないのだ。

―――だから、桜も慎二も巻き込まれているだけに違いない。

 

「………くそッ―――これもあれも、全部聖杯なんてものがあるからいけないんだ………」

 

そう心に淀んだ澱を聖杯に擦り付け、士郎は苛立ち紛れに教室の扉を開いた。

 

赤く照らされた教室にはすでに残っているものはいない。綺麗に整頓された机に残る鞄も士郎のものだけだった。

―――否。

 

「―――よう、衛宮。遅かったな、また柳洞にいいように扱われてたのかよ、本当にお人好しだよなお前」

 

ひとりだけ、いた。

間桐慎二。

士郎の友人。桜の義兄。弓道部随一の成績を持つエース。

―――そして、凛が気をつけろと言った少年。

 

慎二は士郎の机に座り、椅子に足を置いていた。

足蹴にするように。

踏みつけるように。

 

「なんだ、慎二か。どうしたんだよ、弓道部はいいのか?」

 

少しだけ、ほんの少しだけ、緊張しながら問いかける士郎の言葉を慎二は鼻で笑う。

 

「そんなこと、今の僕にはどうだっていいんだよ」

「どうでも良くは無いだろ、試合だって近いんじゃないのか?」

「あんなの適当にやっても、僕なら楽勝さ」

 

慎二はせせら笑うと、座っていた机から飛び退いた。

自信と敵意。

それが適度にブレンドされ、慎二の身体から溢れている。

それに士郎はわずかに警戒する。

慎二は、一歩一歩睥睨するように歩き、未だ教室の入口で固まっている士郎に近づいてくる。

 

「そういえば、お前、桜にもう来るなって言ったんだって? 桜、泣いてたぜ」

「………そう、なのか」

「あぁ」

 

食い縛るように何かに耐える士郎とは対照的に、慎二は楽しそうに笑う。

 

「けど、いったいどういう風の吹き回しなんだよ。今のいままで僕が何を言おうとも、桜を避けようとしなかったお前がさ」

「………別になんだっていいだろ」

「なんだっていいなんて冷たいこと言うなよ、僕ら友達だろう?」

「………………」

「なぜなんだろうなぁ………急に桜が疎ましくでもなったのか」

「違う!そんなんじゃない!」

 

遮るように大声を上げる士郎に、しかし慎二は気にするまでもなく話を続ける。

 

「ふぅん………そんなに否定するってことは違うんだろうな。お前は隠し事が出来るようなやつじゃないしな、はははっ」

 

馬鹿にした笑いをあげると、慎二は俯きがちな士郎を指さすと不敵に笑った。

 

「当ててやろうか? お前が桜を遠ざけた理由を―――」

「………………」

「―――それって、聖杯戦争だろ?」

「―――ッ」

 

士郎の身体がピクリと動いた。

慎二に事実を言い当てられたから―――()()()()

 

濃厚な殺気が辺りに充満したからだ―――まるで蛇に睨まれた蛙のような、捕食者に狙われた被捕食者のような、背筋の凍るゾワリとした感覚。

()()()()()()()()()()

それは、生物としての本能が出す警告であり―――正しかった。

次の瞬間、士郎の股下にあるリノリウム張りの床から、刀が()()()()()

 

「なッ………!」

 

そしてそれは、士郎の身体を裂かんと()()し―――

 

「なに、ぼうっと突っ立てるんだ」

 

―――突き刺さる寸前に何処から現れたセイバーの足蹴りによって士郎は引き倒された。

その勢いに押されて尻もちを着きそうになる士郎を

 

「よっと」

 

軽い掛け声とともに引き上げると、セイバーは笑った。

 

「よう、しろう。危ないところだったな」

「せ、セイバー………? なんでここに?」

「なんでって………そりゃ、霊体化して側にいたからに決まってるだろ。つぅか、家を出るときに俺、言ったぜ?」

「あぁ、そうだったのか………いや、朝は忙しかったからあまり頭に入ってなくて………」

「まぁ、別にいいけどな。しろうに死なれちゃ俺も困るわけだし―――」

 

そして、と。

セイバーは不敵に笑った。

 

「―――都合よく敵にも会えたわけだしな」

「………………」

 

その言葉に士郎は顔を上げる。

そこにいたのは、嫌な笑みを浮かべる慎二だけではなかった。

 

もうひとり。

士郎たちのものとは違う、襟詰めの学生服を着た少年がいた。

年の頃は十代後半。小柄。背も低い。

整った顔立ちを半分隠すように垂れた黒髪は存外長く、頭の頂点にちょこんと立つアンテナのようなアホ毛はトレードマークのようであった。

―――鬼の角のようでも、あった。

 

ただの、人間ではない。

先ほどまでそこにはいなかった。姿を消せる人間など、ただの、という形容句がつくはずもない―――間違いなく。

 

 

「俺は、セイバーだ。あんたは?」

「僕は、ライダーだ。よろしく」

「………へぇ」

 

英霊。人類の守護者。超常の世界に生きるもの。神秘のかたまり。あるいは―――聖杯戦争の従者(パートナー)

 

「妬みも恨みも無いけれど、しかし君たちにはここで死んでもらう………それが」

 

―――あの子のためになるのなら。

そう、少年は―――ライダーは、何か諦めたように嗤いながら言った。

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

第五次聖杯戦争二日目。

第三戦。

旧日本最強にして虚刀流七代目当主鑢七花VS鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼に憑かれた少年阿良々木暦。

改め、セイバーVSライダー。

誰も望まぬ戦いが、血のように溢れる斜陽の中で開始された。

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