15,
信じるところ道はある。誰かの歩いた道がな
◆◇◆◇◆
阿良々木暦が今次聖杯戦争に召喚されたサーヴァントにおいて、随一の、そして唯一の真っ当な人間だったというのは語るべくもないことだ。
それは彼が特筆すべき、讃えられうるほどの聖人だった、とかそういう話ではない。
ただ単純、参加者に真っ当でない人間が多すぎたというだけだ。
己が欲望を持つ人間が。
己が願望を秘める人間が、多すぎただけの話だ。
しかし、灯蛾光のごとく、欲望を持つものを集める無限の願望機が、引き寄せるは本来そういった性質を持つものが殆どである。
何にも変えて、それを叶えたくて。
何にも増して、それを手に入れたい。
誰とも知れぬ他人を、蹴落としても、踏み躙っても、傷つけても、苦しめても、殺しても、裏切っても、嘲笑っても、助け利用しても、勝ち得たい。
そういった願望こそが、参加すれば死か栄光しかない聖杯戦争を生き残る力となるのだから。
たとえ悪人であったとしても、胸に秘める願望さえあれば聖杯は適切な
閑話休題。
阿良々木暦の話である。
彼は真っ当な人間だった。
それは、怪異に巻き込まれながらも、吸血鬼に魅入られながらも、それでも人間という枠組みを保っている―――という意味ではなく。
彼の持つ精神構造そのものが真っ当だった、ということだ。
清廉。誠実。真摯。
曲がったことを許せず、困った人を見逃せない。
されど、不用意に人の心にまで踏み込もうとしない、正義感がやや強い、普通で真っ当な人間。
正義、という言葉を聞くと、正義の味方に
倒せない敵には分を弁え、助けを求める相手を助けられず涙し、それでも彼の周りに集まる大切な仲間には命を賭してもその手を伸ばす。
それが、阿良々木暦だった。
だからこそ、彼が。
幸薄で、薄弱で、吹けば飛んでしまうような、というより跡形も亡くなってしまうような、間桐に捕らわれた少女、己がマスターである間桐桜を助けようと思ったのは、当然のことだった。
そして、また同様に。
ひ弱で、脆弱で、己が内に住む怪異に助けられなければ、少し鍛えた普通の学生程度の力しか持たず、相対する敵の力量も読めぬ阿良々木暦が、五百年という彼の二十倍以上の歳月を生きる不死の怪物に、僅かな望みを、託した願いを、ただ無造作に踏み潰され、無遠慮に陵辱され、無価値に砕かれたのも―――また、必然だったのかもしれない。
「何を、勘違いしておったのかのぅ………使われるが精々のサーヴァント風情が」
時間は巻き戻り、聖杯戦争初日。
淀み濁った、薄暗い蟲蔵のなかで。
濡れそぼった音を立てて、飛翔する蟲に貫かれた肉塊が崩れ落ちた。
―――否。
「がぁ………」
それは、阿良々木暦の―――ライダーの成れの果てだった。
左腕は千切れ跳び、右脚は喰い潰され、臓腑は滴り落ち、その機能をすでに果たさない。
辺りに撒き散らされた血液はすでに人が内蔵する血液量をとうに超えていた。
しかし、
「う、う、うううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ……………」
「ほう! まだ死なんのか、存外にしぶとい」
およそ人体の機能にはないその再生能力は、ライダーのばら撒かれた四肢を繋ぎ、あるいは足りない部品を復元し、本来の姿を再現する。
もはや、呪いといっても差し支えない、類まれな再生機能。
吸血鬼の眷属としての、治癒能力。
それが、ライダーを辛うじて生かしていた。
生理的嫌悪を催す地を這う蟲は、ライダーの血液を―――エーテル体で構成された、それらにとっては至極の栄養を貪り、戦闘続行はおろか生存すら危ういライダーは死のうにも死ねない責め苦にあう。
そこはまるで地獄だった。
「間桐………臓硯………ッ」
それでもライダーは、落ちた刀を拾い、欠けた左脚の再生を待たず、地べたを這ってでも一矢報いようと彼の敵を目指す。
しかし。
「健気よの。見ていて飽きんわい」
「ぐぁ………………」
コツリと、臓硯の握る杖が鳴ったとともに、襲いかかる蟲に更にもう一本、左腕を喰われ、その歩みは止まる。
再び、再生が始まり、ライダーの左腕が再構成されようとして―――止まった。
「ふむ、魔力切れかの。その無限とも思える再生能力にも限界はあるわけじゃな」
「………………」
臓硯の、まるで実験動物を見るかのような感想に、ライダーは言葉を返さない。
いや、返せない。先ほどの攻撃で声帯を喰われてしまったのだから。
「ふむ、それでは、魔力を分けてやろうかの………桜」
「………はい、お祖父様」
ライダーのマスターが、臓硯の後ろから現れた。
その目は虚ろで、もはやどんな光景も映してないに違いなかった。
「これを飲みなさい」
そう言って、臓硯が差し出したのは先ほどライダーの血を吸い、まるまる太った気色悪い蟲の一つ。
通常の女性なら、いや男性であっても、触れるにも見ることにすら嫌悪感を抱くその形状の蟲を、桜は一瞥すると、力を失った人形のように頷き、それを
「がはっ―――はーッ………はーッ………はーッ………」
途端に魔力供給が開始され、ライダーの身体が治っていく。
ギシギシと彼の骨格を戻し、ドクドクと血潮を流し、ギュルギュルと巻き戻るように治っていく。
ライダーは身体の欲するままに酸素を取り込み、よろめきながらも身体を起こす。
その姿を眺めながら、臓硯は深くため息を付いた。
「まったく、義臣の書を作ろうと赴いて見れば、まさか手飼のサーヴァントに噛まれるとはのぅ………英雄というやつは、まったく度し難いわい」
「―――ッ、忍!」
そんな臓硯をライダーは睨み、無手に新たな刀を創造した。
大太刀・『心渡』。
本物ではないものの、彼の奴隷にして主人であるキスショット・ハートアンダー・ブレードが持つ創造能力で創りだした、真に迫るレプリカ。
「う、お、おおおおおぉぉぉぉおおお!!!!」
それを握り、ライダーは初撃を入れた時と同様に、疾走する。
虚を付いたその一撃はまごうことなく、臓硯の肩口を切り裂き―――
「―――しかし、さすがに飽いたわい」
次の瞬間、別の場所に新たに形作られた臓硯が放つ蟲に吹き飛ばされ、その壁に縫い止められた。
腕ごと。あるいは、
「………また、蟲が無駄になりおったか。まったく、手間をかけさせおって」
「………………」
まただ。
と、ライダーは思う。
最初の攻撃も、今しがたの一撃も間違いなく臓硯の身体を貫いていた。
引き裂いて、切り裂いていた。
彼の振るう大太刀・『心渡』は物質的存在は殺せなくても、怪異や魔術といった神秘的存在には類まれなく特効を持つ。
それはつまり。
魔術回路という神秘的器官を持つ魔術師を斬れば、身体を傷つけず、魔術回路のみ壊せるということで―――
しかし、魔術師であるはずの間桐臓硯は何くわぬ顔で、そこにあり続けている。
切り裂いたと思った瞬間には、違う場所へと移動している。
まるで、実態のない幽霊のような存在だ―――
と、ライダーは思う。
「………なんじゃ、睨みつけてきおって? もしかして、まだやるつもりなのかの? 力量差もわからぬほどの暗愚でもなかろうて………」
「………その子を開放しろ………間桐、臓硯………」
「開放?」
壁に縫い止められながらも、しかしライダーは毅然とした態度をとった。
それが面白く無かったらしく、臓硯は鼻を鳴らした。
「なんというか、十年前を思い出すようじゃのぅ。あの時も同じことを儂に宣った男がいたんじゃが―――」
―――今はすでに儂の腹の中よ
カカカッ、と。
間桐の怪物は笑った。
「なればこそ、儂もその時と同じ言葉を返そう―――聖杯を手に入れれば、そのこと、考えてやってもいいぞ?」
「聖杯………」
「そうじゃ、貴様が喚ばれた本来の理由。まさか、この小娘ひとりを助けるために召喚に応じたわけではあるまい?」
聖杯戦争。七人七騎による純粋な願望機の奪い合い。
勝者に与えられるのは、この世全ての願いを叶えうる無限の願望機、聖杯。
確かに、それはライダーが求めていたものかもしれなかった。
しかし。
今日この瞬間をもってすれば、ライダーにとってそれはどうでもいいことでしか無かった。
「それが………」
「うん?」
「それがあれば、桜ちゃんを開放してくれるんだな………?」
ライダーの言葉に、臓硯は再び、カカカッと嘲笑う。
その笑いように、ライダーは大事なものを汚された気がして、顔を歪めた。
「そうじゃのう、その通りじゃ。貴様が、しかと手に入れられればの話じゃが」
「………だったら、手に入れてやるさ。誰でもない、この僕が」
「………ふむ。では、交渉成立じゃな。そうと決まれば、話が早い。儂が、お主を万全に戦えるように、バックアップしてやろう―――まずは義臣の書製作と行こうかの」
「―――あぁ」
カカカッと。
機嫌よく笑う臓硯に、ライダーはさきほどから既視感を覚えていた理由に思い至る。
「………あぁ、そうだ。あの笑い方は―――」
―――忍野忍のそれに似ているんだ。
それに篭められる感情は、醜悪さは、あるいは無邪気さは、似ても似つかない。
しかし、どこか似ている。
笑い方だけでなく、そう、在り方と言うべきか。
そういったものが、類似して、近似している。
その事実にライダーは大事な何かを汚染された気がして、耐え切れずその場に吐いた。
カカカッ。カカカッ。カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ―――と。
土壁に覆われた笑い声が反響する地下室のなかで。
ライダーの耳は笑い声に犯され続けていた。
◆◇◆◇◆
時は戻って、聖杯戦争二日目。夕刻、穂群原学園にて。
カカカッと。
笑い声にも似た奇妙な音を、士郎は敏感に聴きとった。
しかし、それは笑い声じゃないことを士郎は知っている。
そんな、
己が感覚を信じ、士郎はその場から、正確を期すならさきほどまで士郎が立っていた教室の床から、飛び退った。
瞬間。
リノリウム張りの床を貫いて、何本もの刀が
にょきにょき、なんて可愛らしい擬音ではなく。
ざくざくと。
刀身が士郎を狙って飛び出した。
「セイバー―――ッ!」
「おうッ」
躱しきれないことを悟った士郎の掛け声に呼応し、セイバーが士郎に迫るものだけを選びぬき、その刀身を蹴り、砕いた。
「―――ッ」
その間隙をついて、生えた刀とまったく同等の刀を、ライダーは投擲する。
遠心力を直進する力に変え、セイバーの腹を見事狙った一撃は、柄を狙って放たれたセイバーの手刀で辛うじて弾かれた。
狙いを逸れて彼方に飛んでいった刀は、床から生える刀とぶつかり、からりと甲高い音を立てる。
その光景を見ながら、すでに数十本以上生えている刀身に触れぬよう、士郎は慎重に着地した。
そして、自分の教室だった場所を見やる。
教室内はすでに刀で埋もれていた。
否、刀で埋め尽くされていた。まるで、野に咲く花のように。
刀の刀身だけが、教室中に張り巡らされている。
リノリウム張りの床のありとあらゆる場所から、その上にある机や椅子を透過したように斬り跡ひとつ付けず、およそ二メートルほどの刀の刀身が覗いている。
三十人ほどが一箇所で授業を受ける教室は思いの外、広い。
しかし、翻って今の教室はどうだろう。
細く、しなやかな刀身が席巻するここは、むき出しの刀身の圧迫感もあって、いつもよりも狭く感じた。
閉じ込められているような。
刀を突きつけられているような、圧迫感。
それを士郎は感じていた。
その光景にセイバーは億劫そうにため息をついた。
接近戦のエキスパートである彼だが、それはつまり近づかなければどうすることもできないということに他ならない。
剣山のように生える刀はどこをどう通っても、引っかからざる得ない配置になっている。
ため息をつきたくなる気持ちも、分からないではなかった。
と。
「オイッ! しっかりとあいつらに躱されてるじゃないかよ! 使えないサーヴァントだな、お前は!」
「………………」
ライダーの後ろでただ立っていた慎二が声を荒らげた。それにライダーは鬱陶しそうな顔をして、見向きもしない。
「慎二っ!!」
「あん?」
かわりに士郎が声をあげた。
「なんで、こんなことになってんだよ!俺らが戦う必要なんてないだろ!」
「何言ってんだ、お前。少し考えろよ、えーみーや………。これは聖杯戦争なんだぜ? お前はマスターで、俺もマスター。殺しあうには十分な理由だろ?」
「そんな………俺らは友達だろ!?」
「はぁ?」
士郎の言葉に慎二は一瞬眉をひそめると、その物言いがツボに入ったのか大声で笑い出した。
「アハ、ハハハハハハハ、ハハハハハッ―――ゲホッゲホッ………。おいおい、笑わせんなよ、気道に入っちゃったじゃないか」
「慎二………?」
「僕とお前が友達? ハッ………これはこれは、面白い言葉が聞けたな。笑わずにはいられないよ」
嫌らしい笑みを浮かべ、慎二は言う。
「お前は友達
―――打倒するべき壁だ。
と、士郎を睨みつけて慎二は言う。
憎らしげに。あるいは、誇り高く。
「前からお前の行動にはほとほと呆れ返ってたんだ、なんだよ正義の味方って。なに、ほいほい人の言うこと雑用みたいに聞いてんだよ―――気持ち悪いんだよ、お前!」
「慎二………」
「なに、いい人ぶってるんだよ。誰かのために動くとかいいながら、戦いからは逃げて、それで今度は命乞いか? 結局は自分が気持ち良い思いをしたいだけだろうが、この偽善者が」
「………………」
「もういいよ、お前は。ここで死ね―――ライダー!」
慎二は冷たく言い放ち、代わりに無言で頷いたライダーが前に一歩出る。
鏡写しのように、士郎を庇ってセイバーも前に出る。
「続きするのか?」
「悪いけど、あれでも一応は僕のマスターなんだよ。命令とあれば断れない」
「ふぅん………なんか、あんたはそういうの嫌いそうだけどな―――」
「………………」
「だけどまぁ、仕方ないか。俺らは
無理やり納得するようにセイバーは頷くと、辺りを、刀が群生しているような教室を見渡し言う。
「そんなけったいなものじゃない、ただの添えものの―――憑きものの、ついでの力だ」
「ついで、ねえ。そんな安物とは思えないんだけどな、どういうわけか、
「そんなことまで、理解るのか。怖いな、英霊っていうのは」
「お前もその、英霊だろうが」
「僕はそんなんじゃないさ………なりそこないの、出来損ないだよ」
その言葉を皮切りにして、戦いは始まった。
カカカッと。
再び、笑い声にも似た奇妙な音がしたかと思うと、士郎の足元から刀が
「くっ―――!」
「しろう―――ッ!」
走りだそうとしていたセイバーは、士郎の上げた苦悶の声に反応し、身を翻して己がマスターに蹴りを叩き込む。
虚刀流、『梅』。
程よく、威力を抑えられた一撃は士郎の肩に当たると、刀の生えてない教室の彼方に士郎を追いやった。士郎はどうにかして空中で体勢を立て直そうとして失敗し、教室後ろにある木製の棚の上に尻もちをつく。
マスターの安全を確保し終えたセイバーは、ライダーに肉薄しようと身体を前に踊らせ―――
「棚の上が安全地帯と、決まったわけじゃないだろ」
「―――ッ」
カカカッと。
ライダーの言葉に反応して、幾本もの刀が棚を貫いて、床から出現した。
遠くに飛ばしたため、セイバーは間に合わない。中途で体勢の立て直しに失敗した士郎も、自力では避けられない。
「くそッ―――
どうにもできないことを悟った士郎の反応は早かった。すぐさま、近くに張り出していた演劇部かなにかのポスターを引き剥がすと、足元に広げ『強化』の魔術をかける。
これで、即席の盾の完成だ。士郎の魔術により、鉄板程度の硬さを持つポスターは、裂き出る刀に対しての防壁になるだろう。
もちろん、長いこと持つわけではないだろうが、しかしこの一回だけはなんとか凌げるはずだ。そして、その隙に士郎は安全圏に退避できる―――
なんて。
つらつらと考えごとをしていたためだろうか。またはあまりの感触のなさに痛みを伝える電気信号が上手く働かなかったのか。
「しろう―――ッ!」
どちらかはわからないが―――あるいはそのどちらもだったのかもしれないが、士郎がそのことに気がついたのはセイバーの焦燥混じりの声を聞いた時だった。
「え………は………?」
刀が、士郎の腕を貫いていた。
痛みすら感じない。まるでそこから、生まれでた萌木のように士郎の右腕を絶ち、貫いていた。
士郎の魔術がかけられたポスターを貫いて、さらにかざした掌も裂き割って、士郎の二の腕の部分に刀身が突き立っていた。
だというのに。
「な、なんだよ、これ………」
あまりに現実感がなさすぎる。
そこに刃が突き立っているという視覚情報。あるいは、刃が体内に分け入っているという奇妙な感触。それだけが、士郎をその光景が現実だと認識させた。
夢でないと、わからせていた。
「うわ………」
刀が刺さっているという現実を直視し、士郎は思わずその場から飛び退いた。
刀は抵抗なく、するりと士郎の身体を抜けて―――つまりは切り裂いて、抜ける。
後には切り傷も裂傷も内出血すら、存在しない。
よく見ると、貫かれたポスターも斬られた様子はなく、元の通りふわりと落ちる。
「大丈夫か、しろう!?」
「あ、あぁ………」
本当に切られたのか、今でも分からない。
現実感のない現象。
本当に切られたのかどうかすら、士郎には判別できない。
腕には怪我もなく、支障もない。
ただ、どうしようもないほど、セイバーとの繋がりが消えていた。
まっさらな白紙のように。
全てが最初に戻ったかのように。
セイバーと士郎を繋いでいた魔術回路が、ぷっつりと音を立てず沈黙していた。
それを感じ取ったセイバーは怒声を上げた。
「おい、いったい、しろうに何をした!」
「別に、何もしてないぜ………だけどまぁ、これで一本。斬り減らした、ということになるのかな―――」
ライダーの言うとおり、士郎の身体には変調も予兆もない。
しかし、大事な何かを抜き斬られた感じがして、士郎は思わず拳を握りしめ、ちょうど手元にあった『強化』したポスターがくしゃりと音を立てた。
くしゃりと、音を。
「なっ―――!」
それに士郎は驚く。
『強化』を施していたはずのポスターが、鉄板に相当する硬度を持つはずのポスターが、まるで何もなかったかのように、くしゃりと折り曲げられた。
それはとりも直さず、『強化』の魔術が斬れているということで―――
「まさか………!」
士郎は驚き、教室を埋める刀の群れを見る。
観察し、干渉し、己の中にその情報を取り入れ、貯蔵する。
「いいぜ、また手品みたいなその技出してみろよ。今度は真正面から打ち砕いて―――」
「ダメだ、セイバー! それは、そいつは―――」
「もう気がついたのか、だけど少し遅かったな………。忍、棚の上だ」
「―――神秘に類まれな特効を持ってる! 受けるな、躱せ! 身体ごと、
「―――ッ!」
士郎の声が間に合ったかどうかは定かではないが、しかし。
ライダーの声に呼応して生える刀に、セイバーは叩き砕こうとしていた己を脚を止め、未だ刀の出現しない安全地帯へと士郎を抱えて、退避した。
が。
「出席番号十七だ、忍」
図ったようにその安全地帯に、再び刀が床から出現する。
「―――ッ!」
以前宙にいるセイバーは焦燥を浮かべ。
「おらぁ―――っ!」
手近にあった天井を叩き、方向転換し別の場所に着地した。
刀が生えてこないのを確認して、セイバーははライダーとの向き合った。
「ハハハッ。いいぞ、ライダー! お前もやれば出来るじゃないか! このまま、衛宮のやつを串刺しにしてやれ!」
「セイバー………」
「あぁ、わかってる………これはちょっとヤバイな」
騒ぎ立てる慎二を庇うようにセイバーと向き合うライダーの位置まで、セイバーの歩幅にして、およそ七歩。
間合いで考えれば、極端に離れているというわけではないが、しかしその間を埋めるように剣山のごとき刀の山がそれを阻む。
その刀も、理由は分からないが士郎曰く受けてはいけないそうだと言う。
セイバーはひとつため息をつくと、困ったように頭を掻くと
「なんだかやりにくいな、あんた。どういうわけか、しろうばかり狙ってくるしよ。これじゃ、おちおち攻撃にも移れねえ」
「そうなら、まさに僕の狙い通りだな。というか、素手で刀へし折るやつと真正面から戦うやつなんていないだろ」
「そうか? 俺昨日殴りあったぜ、直で」
「お前も、そいつも人間じゃねえよ………」
「そりゃ、以前はいざしらず、今は英霊だからな」
呆れたような声をだすライダーに、お前もな、とセイバーは笑った。
しかし、とセイバーは続け
「悪いけどさぁ、ちょいと相談したいこともあるし、ここは一度仕切りなおしと行かせてもらうぜ」
言うやいなや、あっという間に士郎を抱え、扉を蹴破り逃走を始めた。
その手際は鮮やかで。
残された慎二とライダーは思わず呆気にとられ、それを見送ってしまう。
ようやく、ふたりが我に返った時にはすでにセイバーの足音は彼方に消えていた。
「あっさり敵を見逃して! ど、どうするんだよ、逃げられたら!? ライダー、お前のせいだ、遠坂にでも知らせでもしたら、二体一で戦わなきゃいけないんだぞ!」
「―――その心配はないさ。あいつらがここから出ることはない」
取り乱す慎二にライダーは冷静に呟く。
「ここはすでに吸血鬼の腹の中だ。蛮勇もなく、勇敢もいらず、逃げも隠れもさせない。最初に言ったとおり、ここでセイバーは倒す」
そして、とライダーは何かをその後呟いたが………。
それは誰の耳にも届かず、風に紛れて消えていった。