17,
不義理と非情によって不意打ちいたす
◆◇◆◇◆
生えていた刀が萎むように床下へと―――否、二階へと消えていく。
その光景を見て、士郎はようやく戦いが終わったことを実感した。
「終わったんだな………」
「あぁ。しかし、また厄介な敵だったぜ。近接戦闘はどうにも苦手だったみたいだが、こんな手段でその穴を埋めてくるなんてな。まさか、床から刀が生えてくるなんて思いもしなかった。俺も驚きのあまり、奥義を使っちまった」
「奥義って。派手な技は使わない約束だったろ」
「まぁ、そうなんだけどさ。どうにも、このライダー。俺の見立てより堅いような気がしてな………………しかし、実際に虚刀流奥義の『落花狼藉』をまともに食らって、あの程度で済んでいるところを見ると、俺の判断もそう間違ったものじゃなかったってことなのかな―――」
その言葉に、士郎は床に伏し、血に絶えているライダーの姿を見やった。
肩口から腰にかけて、なにか鋭利なもので切り裂かれたように、ざっくりと痛々しい傷跡を露出しており、その姿は既に死人そのもの。
一応、荒い呼吸に合わせて胸部が前後しているので生きてはいるようだが、しかし立つことすらままならない、文字通り虫の息である。
あの程度。
刀もなく、武器と呼べるものすら持っていないセイバーは、この大怪我をあの程度と宣った。
それは取りも直さず、本来の威力はこの程度ではないということの証左で。
士郎は改めて、サーヴァントというものの規格外さを―――そして、その規格外なはずの相手に、一撃でこれほどの手傷を負わせられるセイバーの能力に慄いた。
今考えると、士郎がマーダーに挑んだあの行動は自殺以外の何物でもなかったことが知れる。
今日の戦いひとつとっても、なんの役にも立てず、足手まといであったことは明白だ。
士郎ができたことと言えば、己が身を守ることのみである。
もしあの場所に士郎がいなかったら。
セイバーは生え出る大太刀・『心渡』など意に返さず、直ぐ様決着を付けられただろう。
それほどの力を彼は持っている。
対して士郎は身を守ることすら覚束ない。
しかし、それも当然なのかもしれない。
これほどの力を持つ
士郎程度が割って入れるものではないのだから―――
(―――いや、違うッ!!)
そんな、自分の無力さ加減に言い訳するような思考を、士郎は頭を振って追いやる。
それは、心の弱さだ。
未熟な自分に甘んじる自分がそこにはいるからだ。
と士郎は断じる。
そうしなければ、やっていけなかった。
そうしなければ、折れてしまいそうだった。
そうしなければ、砕けてしまいそうだった。
士郎の
錆びて、曲がって、使い物にならなくなってしまう。
『正義の味方』になると、間違いなく願ったのに。
自分はただただ無力で、天高く飛ぶ彼らには到底追いつけなくて、それを見上げるしかなく、ひたすら後悔し、絶望し、熱望し、懇願し、与えられるだけの存在に成り下がって、けどそれも仕方ないよな、だってあいつらと俺は違うんだからなんて、諦めと慰めと決別の言葉を口にしながら、周りにある確かに掲げたはずの理想とは違うものの、少しだけ、ほんの少しだけ似通った何かに拘泥して、束縛して、代替して、無卿を慰めるような、そんな惨めで、苦しくて、悲しくてどうしようもない未来にある自分を、士郎は想像して―――
(認められるか―――ッ!そんなものッ!!)
ギラつく瞳で一蹴する。
(俺は確かに誓ったんだ、『正義の味方』になるって。いつかどこか誰かのために、この身を捧げるって!その想いに届かず、絶望することはあっても、でもッ!決して諦めないって、そう切嗣に願ったんだ!)
笑われようとも、蔑まれようとも、諭されよとも、その想いを否定することだけは―――自分が諦めてしまうことだけは絶対に許せない。
と、士郎は思う。
―――それは。
ともすれば、分岐点だったのかもしれない。
彼が『
あるいは、『
その分岐点で、士郎は確かに踏みとどまった。
あるいは、更に一歩踏み出してしまった。
引くことを知らず。
省みることさえ無い。
それが、彼にとって不幸なことだったかどうかは。
彼が死んだ後に理解ることだった。
「それでどうするんだ」
と。
士郎がそんな思索に陥っている最中、セイバーの声が聞こえた。
意識を浮上させ、セイバーに焦点をあわせる。
「それでって言うのは?」
「なんだ、聞いてなかったのかよ、しろう。戦いが終わって気を抜くのはいいけどさ、しかし一番危険なのはまさにこの時なんだぜ。戦い終わって疲れた時を狙うっていうのは、戦いにおける初歩の初歩みたいなもんだ」
不満気に口を尖らせるセイバーに、士郎は手刀を切って謝る。
「悪かったよ、ちょっと考えごとをしてて」
「なら、いいけどよ………」
と言ったところでセイバーははたと何かに気がついたように表情を変えた。
「………もしかして、無理してるんじゃないだろうな?」
「無理?」
「そうだよ、ライダーから一刀貰ってたろ?物質を透過するっていう性質には納得したが、しかし透過された物質が無事で済むなんて保証はないんだぜ。遅れてくるダメージなんてものがあるかも知れないし」
心配そうに士郎の身体を見聞するセイバーに、苦笑する。
「いや、何も問題は無いよ―――問題がないというと語弊があるけど。つまりは、セイバーとの魔力パスが切れていること以外は問題ないってこと」
「それなら………いいけどな」
疑わしげに士郎を眺めながら、セイバーは一応といったように頷いた。
「それで、何の話だったんだ?」
「あぁ、そこに戻るのか。簡単なことだ―――ライダーにトドメを刺さないのかっていう話だよ」
その言葉に士郎は息が詰まった気がした。
「………なんだって?もう一度言ってくれないか」
「だから、トドメだよトドメ。相手の生命を確実に奪う行為のこと。ライダーは間違いなく重症で、放っておけばものの十分もしないうちに現界できなくなるだろうけど、しかしその十分でやれることはたくさんあるぜ。向後の憂いを断っておくためにも、トドメを刺しといた方が、俺はいいと思うんだけどな」
士郎は緩慢な動作で、ライダーを再び見やった。
セイバーの見立てでは十分もしないうちにライダーは現界できなくなるという。
それも無理からぬ話だろう。
士郎の目から見ても、ライダーに助かる見込みは皆無だし、というよりも今現在死んでいないほうが不可解なぐらいだ。
そんな彼に、セイバーはトドメを刺せという。
怪我人に追い打ちをかけろという。
その意味に士郎は躊躇した。
曲がりなりにも『正義の味方』を目指す士郎は、いろいろな意味で一途で潔白だ。
それはただ、理想に一途であり、理念に潔白に染められているという歪なものだが、しかしそれはそれ。
彼の性質自体が変わるわけではない。
だから、士郎は少しだけ迷った。
相手は武器も持てず、抵抗する意思もない怪我人。更言ってしまえば、放っておけば死に至る重体である。
はたして、そんな相手に追い討ちをかけることは『正義の味方』として正しいことなのか。
いや、聖杯戦争に勝ち残るという考えからすれば間違っていない。
ライダーは敵で、それも無辜な誰かを犠牲にして生き延びる可能性だって否定出来ないのだ。
―――しかし、彼が人間だとすれば?
ただ大怪我を負い、地に伏し死に絶えた士郎となんら変わりない人間だったとするならば。
それは助けざる得ない。
たとえ、敵だったとしても。
それこそが士郎の目指す『正義の味方』で、しろうの中では矛盾なく成立する行為なのだから。
だからこそ、士郎は迷った。
一体どちらを取ればいいのか、逡巡した。
しかし、士郎は決断する。
百を救うために、一を切り捨てなければいけないなら、迷わず一を切り伏せる。
それが『正義の味方』。
それが士郎の目指す理想。
「そう、だな………あまり気が進まないけど。セイバー、ライダーの息の根を―――」
止めろ。
と。
最後まで言えなかった。
それは遅すぎた。あるいは、迷わず直ぐ様決断していれば間に合ったかもしれないが、ここでイフの話をしても無駄だろう。
ともかく。
士郎が最後の言葉を発しようとした瞬間。
士郎にいた三階の床が砕けた。
あるいは、二階の天井が壊れた。
「な―――っ」
「しろう!!」
セイバーはどうやらいち早く察知し躱せたようだが、しかし
崩落する床とともに、重力に従ってそのまま二階へ落下する。
苦悶の表情を浮かべながら、空中でどうにか体勢を立て直そうとして―――失敗し無様に転倒する。
しかし、それでも落石から頭だけは守った。
「いってぇ………………いったい何が起きたんだ………」
ぱらぱらと降り注ぐ天井の破片を振り払いながら、士郎は立ち上がり―――そして見た。
そこにいたのは、ひとりの少女だった。
年の頃は十二歳から十三歳。
小学生から中学生に上がろうかという年齢。
さらさらと風に揺れる金髪は、最後の輝きとばかりに光る朱の太陽に照らされて、きらきらと星空のように光っていた。
まるで絵画か彫刻かと見紛うばかりのその容姿は青白く透き通り、引き立つように引かれた赤い健康そうな唇とくりくりと愛くるしいその金の瞳は、可愛いを通り越して既に可憐。
そして最後に。
子供特有の小さく赤いその手には、見覚えのある大太刀が一振り、収められていた。
士郎の持つ模造品なんかではなく。
本物の大太刀・『心渡』。
夕陽が暮れ闇夜に世界が塗り替えられる中、見惚れる士郎に、少女はふんと鼻を鳴らし、降ってきた拳大のコンクリート塊を開いた手で
「よくも、主様をやってくれたな―――この小僧が」
言葉が士郎の耳に届いた瞬間には、すでに少女はそこにいなかった。
「―――ッ!」
とっさに士郎が無事に保持していた大太刀・『心渡』を構え―――
両者は激突した。
それは比喩なんかじゃなく。
文字通り激突し、衝突した。
拮抗なんてものはそこになく。
戦いなんてものは、端から存在しない。
まるで強大な暴力に気圧されたように。
ただただ、純粋な奔流に流されるように。
士郎は木っ端のごとく、廊下を一直線に吹き飛んだ。
「がはっ―――」
廊下の先にあったとある教室の扉にぶち当たって―――それでも衝撃は止まりきらず、扉を吹き壊して教室の中に叩きこまれた。
「ぜひっ―――ぜひっ―――ぜひっ―――」
胸から溢れる奇妙な呼吸音。
おそらく、肋骨をやってそれが肺に刺さったのだろうか。
いや
身体全身に力が入らない。
否、
本当に。
本当に俺はまだ
死んで幽霊になり、自分の死骸を俯瞰していると言われたほうが現実感はある。
士郎は必至に眼球を巡らせて、自分の身体に四肢がついていることを確認し、わずかに安堵する。
手足全てがそこにはあった。
それを目で確認しなければわからないほどの前後不覚。
それほどの一撃。
それほどの衝撃。
絶望的だった。
あんなものに適うわけないと、足裏に触れることすら叶わないと士郎は思う。
そんな彼のもとに、ぺたぺたと。
裸足でリノリウム張りの床を歩く音が聞こえた。
身体を緊張させ―――ようとして出来ず、せめても精神だけでも、と辺りに気を配る。
そして、少女は現れた。
金髪の
「なんじゃ、存外脆いの―――魔術師というのはもう少し骨のある奴らじゃと思っておったのじゃが―――あの爺が例外なだけか」
血のように赤い唇を薄く伸ばし、笑みの形に変えた少女はそんなことを言う。
せめて適わないまでも、セイバーが来るまで時間を稼がなければ。
そう思い、何か適当に気を引けそうな言葉を口にしようとして―――初めて士郎は言葉が出せないことに気がついた。
「ん?………あぁ、なんじゃ。何か喋ろうと思ったのじゃな?無駄よ、無駄。儂の一撃を受けて動くことはおろか喋れるものなぞ、そういまいよ。大体が、まずもって耐え切れず死んでしまうのじゃし―――ふむ、そう考えると小僧は一般人よりいささか頑丈だということじゃな」
カカカッと。
何がそんなにおかしいのか、少女は嘲笑う。
それに士郎はただ震えるしかない。
「まぁ、十分じゃの。そなたが話せるようになるまで、最低でもそれぐらいの時間が必要じゃ―――儂の気を引こうと思っておったのじゃろうが………残念だったの、小僧。さて―――」
少女はそこで一度言葉を切ると、睨めつけるように士郎を見やった。
あるいは、見定めるように。
品定めるように。
「―――いったいどうやって、お主は喰らってやろうか。伝統に則って、枯れるまで血を吸うか………あるいはエナジードレインで手早く済ませるか………考えものじゃのう」
ゆっくりとこちらに歩きながら少女はそんなことを言う。
その途中、ぴくりと何かを察知したように教室半ばで足を止めるとにやりと笑い、振り返った。
「のう―――そうは思わんか、剣の従者よ」
「―――今すぐ、しろうの側から離れろ」
教室の入口、少女の視線の先にいたのはセイバーだった。
すでに臨戦態勢である。
虚刀流一の構え、『鈴蘭』。
相手の突き攻撃に対応する静の構え。
取りも直さず、接近戦のプロであるセイバーがその構えを選んだということは―――虚刀流七の構え『杜若』を始めとする動の構えを取らず、相手の動きを受けてから対応するという静の構えをとったということは、すなわちこれ以上近寄るのは危険だと、彼の直感が告げていたことを意味する。
目の前の少女は危険だと。
無闇矢鱈に接近するのはマズイと、判断したことに他ならない。
よく見ると彼の額にはびっしりと珠のような汗が浮かんでいた。
ライダー戦では飄々としていた彼が、驚くことはあっても焦ることは無かった彼が。
確かに今。
焦っていた。
目の前の少女を警戒していた。
そんな彼の行動を見て、少女は薄く笑った。
「………懸命じゃの。全く出来た従者じゃ―――お主の予想通り、一歩でもそこから中に入ればこの小僧の生命は無かったであろうな―――」
その言葉に士郎は絶句する。
セイバーが止まったのは、士郎の命が危ないからで。
それはつまり―――
(俺はまた足手まといということか―――)
その事実に士郎は憤慨する。
ただのひとつも何も出来ず、身を守ることすら覚束ない。
いったい、そんな自分に何の価値があるのかと。
そんな自分が『正義の味方』になれるのかと。
せめても足手まといにならぬようにと、自分のことは気にせず彼女を倒せと叫びたいにも関わらず、声すら出ない。
ただそこには、
士郎は自分の無力さを噛み締め、その事実を呪った。
そうして、彼が自分を責めてる間にも話は進む。
まるで士郎は愚にもつかぬ
「―――そういうあんたこそ動くなよ。一歩でも動いた瞬間に、俺は全力を持ってあんたを切り刻む」
「ふぅむ、それは確かに避けがたい結果のようじゃ―――儂が全盛期の力を持っているならともかく、今のままではお主に遠く及ばんようじゃし」
「………………」
「しかし、なんじゃ。酷く、厄介な状況じゃの―――確かに儂はお主に殺されきる前に、そこの小僧を都合二十回ほど括り殺せるが―――しかし、またそれはそちらも同じじゃろう」
「………………あぁ、あんたみたいな子供ひとり斬り殺すぐらい、両の手で数える暇もなく達成できるぜ」
「儂が小僧の命を握り、お主が儂の命を握る―――硬直状態、というやつじゃな。本当に、厄介な状況じゃ―――」
と、少女は億劫そうに呟いた。
しかし、次の瞬間、可愛げのあるしかしどこか悪意の篭った笑みを浮かべた。
「―――そこで、儂から提案じゃ」
「………提案?そりゃ、あんたが泣いて俺に許しを請うってことか?」
「バカモノ。誰が謝るか―――いや、なに単純な話じゃよ、それでいてこの硬直状態を打破できる素晴らしい妙案じゃ」
少女は一度言葉を切ると、尊大に笑った。
そして―――
「―――
「逆だろ―――
ふたりの言葉がぶつかった。
互いに譲らぬ意地の張り合いせめぎ合い。
一歩でも自分が譲れば、それすなわち死であるかのような緊張感。
どちらも言っていることは同じなのに、どこか食い違ったふたりの言葉は互いの耳に突き刺さり、そしてそのまま抜けていった。
「論外じゃな」
「論外だな」
次の瞬間、互いが互いの提案を否定する。
そこに一切の妥協はない。
「のう、よく考えて見れば得じゃと理解るじゃろ、剣の従者よ。結局、どちらが先かの問題でしかないのじゃぞ?」
「そのどちらが先か、っていうのが一番の問題だと、俺は思うけどな」
説き伏せるように問いかける少女の言葉を、セイバーはそう切って捨てた。
出来の悪い子供を見るような目でセイバーを見やると、少女はひとつため息をつく。
「はぁ………。儂としては、このまま二時間でも三時間でも、いや夜が開けるまでこうしててもいいのじゃぞ?まぁ、別に止めはせんがな。しかし、小僧からの魔力供給を失ったお主はいったいどれだけの時間、現界しつづけられるかのう………時間が経てば経つほど不利になるのはお主のほうじゃ」
「さて、それはどうかな。残念ながら俺の意見は間逆だ―――確かに俺はしろうから魔力を受け取ってないが、しかしそれでも二時間ほどなら現界し続けられる自信はあるぜ。そして知らないようだから一応言っておくが、俺らには協力者がいる。いずれ敵になる共闘者といったほうが正しいような気もするが、しかし今は味方だ。そいつらが、二時間も帰ってこない俺達の心配をして、ここに来ないとなぜ言える―――時間が経てば経つほど不利になるのはあんたのほうだぜ」
ふたりは視線を交わした。
いや、火花が出るほどぶつけた。
相手の底を見定めようとする、探るような視線。
相手の狙いはなんなのか。
本当の意図はどこにあるのか。
それを必至に探り、暴き、あるいは隠し戦う。
それはすでに一種の戦闘だった。
舌戦ならぬ、視戦。
互いが互いの言葉の弱点を探り、ほんのわずかに重心が移ったのを見て取り意味を類推し、相手の視線が自分の一点に見据えたの感じてバレぬようあらを消す。
達人同士の戦いが一瞬で終わる、とはよく言ったものだが、しかしそれは素人が見て取れる範囲での戦いは、というだけの話だ。
始まる前から戦いは終わっている。
それを察知できないものには死が訪れ、察知できても対処し得なかったものにも同様に死を授けるのだ。
ただそれだけのこと。
故に精々剣道を齧った程度の士郎では、彼らの戦いを理解することは敵わなかった。
しかし、どうやらセイバーが不利らしいことは見て取れた。
その理由も―――すぐにわかる。
士郎の存在だ。
わかりやすく戦闘力のないお荷物な自分がセイバーの足手まといになっている。
さきほどセイバーは、戦えば確実に殺せると言ったがしかしそれは士郎の生死を度外視したものなのは明白だ。
そうでなければ。
無傷で士郎を助け、更に目の前の少女を殺すことが出来るのなら。
こんな問答などしなくていいのだから。
「………………」
だからこそ、士郎は自分を責め―――己ができることを全うすることに決めた。
とは言っても、身体は以前動かずじくじくとした痛みが身体を支配している。呂律も満足に回らず、言葉を話すことさえ適わない。
しかし、考えることだけは。
いずれ訪れるであろう決着に対する心構えを、する程度はできるだろう。
だから、士郎は考える。
少女の狙いを考える。
よくよく考えてみれば、彼女の行動には不自然な点が幾つもあった。
士郎を仕留めようと思ったのならセイバーが追いつく前に幾度と出来ただろうし、そもそも逃げ出そうと思ったのなら初めから士郎を攻撃しなければ良かったはずだ。
それを言ってしまえば、最初の一撃だっておかしい。
と、士郎は、
まるで、撒き餌のごとく。
まるで、峰打ちのごとく。
ともすれば、助けられるんじゃないかと期待させてしまいそうな程度のダメージしかない自分の身体を確認する。
少女はサーヴァントでないためか、そのステータスまで確認することは出来ないが、しかし先ほどの一撃はセイバーに勝るとも劣らないもの。
ということは、衝撃を後方に逃さずその場でぶつけていれば、確実に士郎は死んでいたはずだ。
なのに士郎は生きている。
生きて、セイバーの決断を鈍らせている。
そう考えると、頭の何処かで引っかかっていた彼女の言葉がパズルのように組み合わさっていく。
『まぁ、十分じゃの。そなたが話せるようになるまで、最低でもそれぐらいが必要じゃ』
『はぁ………。儂としては、このまま二時間でも三時間でも、いや夜が開けるまでこうしててもいいのじゃぞ?』
おかしい。
変だ。
どうして彼女は、士郎が十分かそこらで声を出せるようになることを知っていたのに、二時間も待つなんて―――待っている
事実、士郎の身体は少しづつだが痛みを取り戻している。
痛覚を取り戻していて、触覚を正常化させている。
だというなら、無理にでも立つことだって出来ないわけじゃない。
まさか、士郎程度どうとでもなると言うつもりなのか。
いや、そんなはずはない。
少女は今、目の前にいるセイバーに集中している。
さすがに動けば気取られないわけにはいかないだろうが、しかしそこで生じる隙はセイバーにとって値千金。
凛たちが心配して校舎に戻ってくるなんて不確かなことを期待するよりも、まだいくらかマシなぐらいだ。
そう考えると、先ほどまでは理路整然としていた彼女の言動も、こう見ると全てがちぐはぐで、どこか掛け間違っているように思える。
あるいは、敢えて掛け違えて見せているような、そんな気すらしてくる。
多分、こうしていること自体が彼女の罠。
ブラフとハッタリで塗り固められた砂上の対戦。
その砂中にこそ、真の狙いはある。
その狙いを探ろうとして士郎は、少女の言葉を再度思い出す。
彼女の真意を暴き出す。
そして―――
「―――ッ」
ようやく、答えに辿り着いた。
これは、これだけは、確実にセイバーに伝えなければいけない。
そう思い、声帯を震わせ、言葉を紡ぐ。
「セイ、バー………っ」
「お、おい、しろう。無茶すんなよ、助けてやるからそこで待ってろ」
「そうじゃ、小僧。手加減したとはいえ、あれほどの強打。生半可な人間なら内臓が零れ落ちとるぞ」
セイバーは心配するように、そして少女は冷笑し、士郎を諌める。
しかし。
『手加減したとはいえ―――』
その言葉で更に士郎は確信を強めた。
「い、いから、聞け、セ、イバー………」
「聞く、聞くから、あんま動くな!吐血してるから、肺に肋骨が刺さってるんだ、無理したら傷口が広がっちまう!」
「………はぁ。従者が阿呆なら、その主もまた阿呆とはな………」
静止の声が飛ぶがそんなことはどうでもいい。
こんな傷など後でどうとでもなる。
取り返しが効く。
危険なのは
そう、確か彼女はこういった。
『―――
だとするならきっとそこには―――
「セイ、バー!!そこ、から、離れろ!攻撃、が、来るぞ………っ!」
その言葉に驚いたのは誰だったのだろうか。
本命、セイバー。
対抗馬、金髪少女。
そして、大穴。
はたして、士郎の意図が正しくセイバーに伝わったかどうかはともかく。
その声を聞いた瞬間、セイバーは直感的にその場から勢い良く前へ転がった。
技なんてものじゃない。
ただただ、無様な前転である。
もし何もなければ、ただ敵に隙を晒すことになるだろう行為は、しかし見事正解だった。
瞬間、セイバーがいたはずの場所に鈍く光る銀閃が走った。
それはあまりにも見覚えの有り過ぎる刀で。
今日この日だけでも百度は見たのではないかと思うほど観たそれは。
―――その銘は、大太刀・『心渡』。
神秘しか斬れない刃がセイバーを狙って振り下ろされた。
二階の天井から。
「ちっ―――主様、敵に感付かれた!見事、避けられたぞ!」
「くっ―――!」
作戦が失敗したことを見て取った少女は舌打ちを打ちつつ、大太刀を引っさげて無様に身体を晒すセイバーへと迫る。
セイバーが無様な前転を選んだことは、攻撃を躱すという一点に置いてこれ以上ない最善の行動だったことは疑いようもないが、しかし次に繋げることを考えるとこれ以下はない失策だった。
敵はライダーだけではない。
目の前の少女もまた同様に、サーヴァントに類まれな特効を持つ大太刀・『心渡』の使用者。
一撃触れるだけで、魔力供給が途絶えたセイバーでは消滅することすらありうる。
セイバーは苦悶の表情を浮かべ、立ち上がろうとして―――立とうにも立てない現状を知る。
ちょうどセイバーの真上には、図ったように剥き出しの大太刀・『心渡』。
学校の一回分の高さが約二メートル八十センチ。
およそ、刃渡り二メートル超のそれが天井から突き出る現状、どう立とうとも必ず大太刀・『心渡』の刃先に触れる。
虚刀流が、いついかなるどんな敵でも打破し得る最強の剣法だとしても、流石に地に伏しながら相手取る方法は存在しない。
万事休すか。
セイバーの実力を知る士郎ですらそう思ったまさにその時。
ひゅぅっという風切音とともに、何処から一本の矢が飛来し、窓を突き破り少女を射抜いた。
否。
射抜くなんて生易しいものじゃない。
明らかに人外の力で引かれた弓は、違うことなく少女の腕に突き刺さり、その勢いのまま腕を縫い止めた。
射線上にある壁に。
ざくりと縫い止めた。
その隙を見逃すセイバーではなかった。
「しろうっ!」
「うわっ―――!」
腰を低くし、這うように士郎の元に近づくと、セイバーは士郎の身体を片手で掴むと、『心渡』に触れないよう気をつけて、窓から外へ士郎を
「おい、ま、マジですか―――!!」
思わず声も出せなかったはずの士郎は、大声を上げながら五メートル強はある校庭へと落下し―――
「よう、無事だったみたいだな」
「セイ、バー………」
一体どうやったのか、士郎より先に着地していたセイバーに受け止められた。
「話は後だ、とりあえず今はここから離脱するぞ」
そう言い切るより早くセイバーは士郎を担ぐと、乗用車に追いつけるのではないかと疑わんばかりの速度で駈け出した。
士郎は載せられたセイバーの肩の中から、遠ざかる校舎を―――セイバーはともかく、士郎は確かに敗北した戦場を見つめていた。
◆◇◆◇◆
「衛宮くんが校舎から出てきたみたいね。セイバーならあそこで追撃に移ると思ったんだけど………」
「『
「………そうね。じゃあ、私達も衛宮くんたちの撤退を支援したら急いでここを離れましょう」
「了解した、阿呆姫」
「だから、阿呆姫言うな!」
同時刻。
校舎より程近い弓道場の屋根上に。
さきほど、これ以上ないベストなタイミングで矢を撃ったアーチャーと凛がそこにはいた。
とは言うものの、別段様子を伺っていたわけではなかった。
そも、帰ってくるのが遅いと不審に思い、凛がアーチャーを連れて穂群原学園に戻ってきたのはおよそ三分前。
外から見てセイバーが誰かと戦っているらしいということがわかったのが、二分前。
そうであれば、とアーチャーが銃では距離が遠いと、どこからともなく弓矢を取り出し、射撃ポイントとしてこの弓道場の屋根上を選んだのが一分前である。
凛たちは知らないが、まさしくギリギリの時間だった。
「だけど、アーチャー。貴方って銃だけじゃなくて弓も使えたのね………なんだか意外だわ」
「『
―――まぁ、忍者の必須技能ではあるがね。
と、アーチャーはニヒルに笑った。
「そういえば、貴方って忍者だったっけ………ということはあれね、時代劇でよく見るどこからともなく射られる矢文ってやつ!」
「『
「恋文って………そんなものに矢文を使うやつなんてどこにいるのよ!」
「インパクト、というのは大事だろう?」
「そんなに狙われた暁には、恋以前に命の心配をするわ………」
頭を抱えため息をつく凛に、アーチャーは小さく、しかし確かに笑った。
どうやら、彼なりの冗談だったらしい。
仲が深まるのはいいことだとしても、どうにも彼のセンスにはついていけない。
そんなことを頭の一部で思いながらも、凛は聖杯戦争について思案する。
「これである程度のサーヴァントが出揃ったわね。貴方に衛宮くんのセイバー。昨日戦ったマーダーと、アインツベルンの二騎、バーサーカーとキャスター。それにあれは………ライダー、ね」
遠目から三階にいた少年のステータスを確認しながら、凛はひとつひとつ指折りながら数える。
「………あの小さい金髪の女の子はサーヴァントじゃないのね。その割に、随分とセイバーを威圧していたみたいだけど………」
「おおかた、ライダーの宝具といったところだろう。本人ではなく、宝具のほうが強いというのもまた難儀な話だが………」
弓を何処かにしまいながら、アーチャーは言う。
それに納得したように凛はひとつ頷くと、思案を続けた。
「ということは、まだわかってないのは一騎のみで………後、残ってる枠はランサーとアサシンね………。どちらが、召喚されてると思う?」
「『
「アサシン、か………」
「『
「だから、阿呆姫言うな!………うーん、だけど本当にそうなら少し厄介ね。二対二だと思って戦いを仕掛けたら、気配遮断で隠れたままのアサシンが背後からブスリ、ってこともあるのかもしれないのか………」
「まぁ、それはどこも同じだ。当面はアサシン探しにどの陣営も注力するだろうな。ならば条件は五分。私達も引けはとらんよ」
渋面を作って頭をかく凛に、特に気負いもせずアーチャーは言った。
「ふぅん?昨日と違って、今日はずいぶんと自信過剰じゃない」
「『
「へぇ………まぁそういうことにしといてあげるわ」
「………………その台詞。いかにも大物ぶろうという賢しい意図が見え透いているが、しかし私はなにも言わないぞ」
「全部言ってるじゃないの!というか、そういうのじゃないから!………もう、先に行くわよ!」
アーチャーの言葉に怒りながら、凛は屋根から飛び降りさっさと行ってしまう。
1人残されたアーチャーは少しだけ思案気な表情を浮かべると、虚空を眺めた。
「ふむ―――さっきは阿呆姫に、ああは言ったものの、しかし私とて己の探知技術に万全の信頼を置いてるわけではない―――ついでに言い訳させてもらえば、どうにもこの街、
アーチャーはそこで一端言葉を切り、そしてついでに虚空から視線も切った。
「―――はたして、姿を見せていないサーヴァントは一騎だけかな?」
そう呟いたアーチャーの言葉は。
冬の肌寒い風に攫われて、何処かに散っていった。
◆◇◆◇◆
とアーチャーが何かに感づいたところで。
聖杯戦争二日目。
第三戦。
旧日本最強にして虚刀流七代目当主鑢七花VS鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼に憑かれた少年阿良々木暦。
改め、セイバーVSライダー。
結果修正。
途中参戦、アーチャーこと尾張幕府直轄内部監察所総監督補佐にして元忍者左右田右衛門左衛門。
セイバー、アーチャーVSライダー。
その結果は双方に手痛い敗北感を植えつけた………
【ステータス公開】
【元ネタ】化物語
【CLASS】ライダー
【マスター】間桐桜
【真名】阿良々木暦
【性別】男
【身長・体重】165cm・55kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力E 耐久E 敏捷E 魔力E 幸運B 宝具EX
【クラス別スキル】
対魔力:D
一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
騎乗:C
一般的な乗り物であれば問題なく乗りこなす。魔獣・聖獣ランクは乗りこなせない。
生前特に何かを乗りこなしたという逸話がないため、ライダークラスのわりにそのランクは酷く低い。
【固有スキル】
吸血鬼:E~A
怪異の王、キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードの眷属である証左。またその絆の象徴であり、彼女の所有者であることの証明。
キスショットが血を吸うことによりランクが上がる。日数経過で自動的に下がっていく。
吸血鬼と一口に言っても、星の意志の欠片である型月世界の吸血鬼ではなく、伝承で語られる吸血鬼のこと。
下記のスキルは吸血鬼になったため生じたスキルだが全体からすれば微々たるものであり、その恩恵と弱点は膨大なものである。
怪力:E~A
一時的に筋力と敏捷を増幅させる。魔物、魔獣のみが持つ攻撃特性。
持続時間と上昇値はスキル:怪力のランクに依存する。
そのランクは阿良々木暦の吸血鬼性により変動する
治癒:E~A
身体に負った負傷を回復するスキル。吸血鬼特性による自然治癒力。
高ランクであれば身体の欠損すらも完治することができる。
そのランクは阿良々木暦の吸血鬼性により変動する。
【宝具】
我が心の下に刃あり(キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード)
ランク:E~EX
種別:対人宝具
レンジ:―――
最大捕捉;―――
あらゆる面で規格外と言われた元人間の吸血鬼。阿良々木暦が半吸血鬼である所以。暦の血を吸うことによって暦の吸血鬼性を増加させることが出来る。
吸血鬼の搾りカスとなった彼女は暦の影に封じられており、暦がどれほど吸血鬼に近づいているかによって力が増減する。
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大太刀・心渡(おおたち・こころわたり)
ランク:B
種別:対人宝具
レンジ:1~3
最大捕捉;1人
キスショットの体内に納められている、全長2メートルほどの大太刀。キスショットが『怪異殺し』と呼ばれるようになった原因。
物質を分断することは出来ず、怪異や魔術という神秘性の持つものだけを切り裂くことが可能。神秘への類まれなる特効。
事実上、物理的防御不可能な大太刀。しかし、それはつまり相手からの物理的攻撃が受け止められないことを意味する。
【元ネタ】刀語
【CLASS】セイバー
【マスター】衛宮士郎
【真名】鑢七花
【性別】男
【身長・体重】206cm・75kg
【属性】中立・中庸
【ステータス】筋力C 耐久D 敏捷B 魔力E 幸運C 宝具B
【クラス別スキル】
対魔力:B
三節以下の魔術を無効化。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても傷つけるのは難しい。
騎乗:C
一般的な乗り物であれば問題なく乗りこなす。魔獣・聖獣ランクは乗りこなせない。
七花が特に何かに騎乗したという逸話がないためセイバークラスにしてはやや低め。
【固有スキル】
仕切り直し:C ←NEW!
戦闘から離脱するスキル。マスターの危機の際には離脱の成功率が上がる。
また離脱の際に幸運判定で相手への対策を立てる情報を入手できる。
心眼(偽):B ←NEW!
視覚妨害による補正への耐性。
第六感、虫の報せとも言われる、天性の才能による危険予知である。
虚刀流:B
刀を使わない剣術。己の身体を刀として扱うことで無手でありながら剣法を使うことができる。
その性質上敵の攻撃に正確に対処する必要があるため、回避・防御の際には天性の直感が働く。
七つの奥義はAランクに匹敵し、すべての奥義を同時に発動する最終奥義「七花八裂」は十二の試練を七度突破することも可能。
だが、マスターが未熟なため、本来の力を十全に引き出すことはできていない。
【宝具】
???
ランク:―――
種別:―――
レンジ:―――
最大捕捉;―――
活動報告でも書きましたが、執筆データが飛んでしまったので、これからは少しばかり更新が滞るかもしれません。ご了承ください。
後、なんか勢い良くお気に入り数が増えててちょっと怖い