ニシオニストによる聖杯戦争、あるいはただの蛇足   作:堂升

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無知、あるいはただの未熟

 18,

 

 人生は何もかもが実験だ

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「衛宮くんって本当に馬鹿ね。馬鹿も馬鹿の大馬鹿者よ」

「………今回の件は確かに俺が悪いんだけど、そこまで馬鹿馬鹿言う必要はないんじゃないかな」

「いいえ!これぐらい言ってやらないと気がすまないわ。ちょっと目を離した隙にこんな大怪我を負うんだもの。まだ、野良犬のほうが躾が出来てるわね」

「俺は犬以下か………なんでさ………」

「犬なら自力で自分の部屋まで帰れるでしょ。途中で気絶した衛宮くんがそれ以下なのは明白よ」

「………………」

 

なんて、怒りながらもどこか優しいという相反した言葉に、士郎は沈黙せざる負えなかった。

 

あの後。

士郎がセイバーに抱えられ穂群原学園から離脱し、衛宮邸へと戻ると、士郎は直ぐ様気を失った。

動けない程度のダメージだと士郎は分析していたが、しかしよくよく考えれば鋼板で出来た教室の扉をぶち破るほどの威力を受けたのである。

 

無事で済むわけがなかった。

 

数えるのを断念するほど数ある骨折に、見るも痛々しい内出血。

極めつけは折れた骨の一部が内蔵に突き刺さり、中でひどい有様になっていたことだ。

 

本来であるなら、即座に入院コース。

それも消化器官を傷つけたから、当分お粥など流動食のみの味気ない食事付きだ。

 

そんな最悪の未来が待っていたはずの士郎だったが、凛がいたことが―――そして、彼女が魔術師であったことが幸いした。

どうにも記憶が無かったので定かではないが、献身的に士郎の世話を焼いてくれたようであった。

 

いつの間にか寝かされたのか自分の布団から起き上がる際に額のタオルを変えようとしていた凛の姿を思い出して、士郎はわずかに赤面した。

 

遠坂凛。

 

ツンデレ、お嬢様キャラ、うっかり属性のみならず、通い妻適正も持っているようである。

なかなかに侮れない少女だった。

 

なんて、戯言はともかく。

 

目を覚ました士郎は、あの後どうなったのかを凛から詳しく聞き出し、そして自分が戦った時のことを余すところなく伝えた。

 

情報交換である。

 

といっても、士郎が気を失ってからは大したことは起こらなかったようで、もっぱら士郎が話していただけなのだが。

 

「ふぅん。なるほどね、大体の事情は掴めたわ」

 

士郎の話を聞いて納得したように、凛は頷く。

 

「とりあえず、その金髪の少女っていうのは、ライダーの宝具と見て間違いないわ」

「ってことは、ライダーはあの太刀も含めて最低でもふたつの宝具を持ってるってことか………厄介だな」

「そうね。原則サーヴァントに与えられる宝具は一騎に対してひとつだけ。これは絶対のルールってわけじゃなくて、普通の英霊っていうのは逸話をそう何個も持ってないからそうなるんだけど………」

「ライダーは違う、ってことか」

 

士郎の呟きに、凛は肯定する。

 

「そんなところね。だけど、今はその話はいいわ。それより、衛宮くん、身体の調子はどうなの?」

「もう問題はないよ」

 

士郎は寝かせられていた布団をめくり、健康さをアピールするため肩を回してみせる。

 

「遠坂の治癒魔術のおかげだな」

「それを差っ引いても、もう動けるようになるなんて回復早いわよ。もしかして、衛宮くん、ここに来るまでに自分で治療したの?」

「いや、そんなことしてないけど。というより、俺は治癒魔術なんて使えないし」

 

士郎の言葉に凛は疑わしげな目を向けた。

 

「………何言ってるの?昨日、初めて会った時、治癒魔術使ってたじゃない」

「昨日?初めて遠坂に会ったのは、この家だよな。そんな魔術、俺使った覚えないけど」

「衛宮くんの家?何言ってるの?その前に、貴方は―――って、あ………」

 

そこで何か失態を犯したように凛は顔を手で覆う。

そんな凛を士郎は奇妙に思い、問を重ねた。

 

「その前に、遠坂に会ってたっけ?俺覚えてないんだけど―――」

「いや、いい!違う!私の勘違いだった!この話は終わり!」

「いや、でも、そんな思い違いするなんてこと―――」

「終わりって言ってるでしょ!」

「お、おう………」

 

何かを隠しているのは明白な凛だが、しかしあまりの剣幕に士郎は追求を断念する。

その後なぜか気まずい沈黙が流れ、士郎は話を逸らすために別の話題を振った。

 

「そ、それにしても、魔術っていうのは凄いよな。怪我してた時は腕一本動かせなかったのに、今ではすぐに動かせるようになるなんて」

「まぁね。だけど、万能じゃない。結局、魔術っていうのは今の科学技術で再現可能なもの。今回私が施した治癒だって、あくまで肉体本来の治癒能力を高めただけのものだし。もし、致命傷を負っても回復は出来ないわ」

「ふぅん。それでも凄いと思うよ」

「そういう衛宮くんだって、魔術師でしょ。………そういえば聞いてなかったけど、貴方はどんな魔術を使えるの?」

「俺?」

 

その問に、士郎は自分の使える魔術を思い出そうとし―――そして思い出すまでも無かったことに気がつく。

 

「俺が使えるのは『走査』と『強化』のふたつだけだ。それしか、爺さんが―――切嗣が教えてくれなかったからな」

―――後は昨日初めて出来るようになった投影もあるけど。

 

と士郎は付け加えた。

その言葉に凛は絶句し、大きくため息をついた。

 

「………いや、私が聞きたかったのは、貴方の属性の話だったんだけど」

「属性?なんだそれ?」

「大抵の魔術師は『地水火風空』の五属性のどれかを持つの。で、それに従って使える魔術の系統が理解るものなんだけど―――」

「へぇ。遠坂はその属性?ってのはどれに当たるんだ?」

「私?全部」

 

平然と言ってのける凛に士郎は驚嘆した。

魔術師にとって属性がどの程度大事なものか、今日初めて知った士郎にはよくわからなかったが、しかしそれは凄いことなんじゃないかと、漠然とした感情を抱く。

そしてそれを当然の事のように言ってのける凛の精神も。

 

そも、聖杯戦争などという魔術師同士の殺し合いに二十に満たない齢で参加するほどである。

よくよく考えなくても十分規格外である。

 

もしかして、遠坂って凄いやつなのかもしれない。

士郎はそう思い直した。

 

「ってそんなことはどうでもいいわ。とりあえず、貴方が私が思っている以上に三流魔術師だってことがわかったから………『走査』と『強化』なんて初歩中の初歩じゃない。貴方の師は何を教えてたのよ………」

「って言われても、切嗣はそもそも俺が魔術を習うことに反対だったからな」

「ふぅん………そういえば、お師さんって衛宮くんの養父なんだっけ―――待って。ということは、もしかして魔術刻印も受け取ってないの!?」

 

問い詰める凛の言葉に、士郎は首を横に降った。

それは魔術刻印を受け取っていないことに対する否定でなく、というか魔術刻印ってなに?知らないんだけど、という意思表示だ。

はたして、凛はそのどちらの意味に取ったかは定かでないが、しかしそれは彼女を呆れさせるに十分な内容だったのだろう。

信じられないとばかりに左右に首を振り、凛は士郎を―――あるいは、その背後に連なる切嗣を見やった。

 

「いったい何を考えていたのかしら、その人………命よりも大事な、祖先からの系譜を自ら潰すなんて………だいたい、そんな大事なものを受け取って無かったのに、衛宮くんはよくセイバーを召喚できたわね。聖杯戦争に関する魔導書でも残ってたのかしら………それとも、その手引だけは貴方に教えてあったのか………」

「えっと。なんだか、難しく考えてるとこ悪いけど、俺は特に何もしてないぜ」

 

その言葉に先ほどまで忙しく頭を働かせていた凛の動きが止まった。

 

「………なんですって?もう一度言ってくれるかしら………?」

 

そして、怖い。

なんと言えばいいのか、なんとも言えずただただ怖い。

その顔はにっこりと可憐な笑顔だが、しかしカケラも目が笑っていない。

 

口だけ笑みに歪めた歪な笑顔。

 

―――悪魔だ。『あかいあくま』がいる………。

 

いったい士郎の発言が、彼女の何に抵触したのかはわからなかったが、士郎の目の前には確かに怒りで震える凛の姿があった。

 

「どうしたの、衛宮くん?私はもう一度言って、と頼んだのだけど」

「あの、トオサカサン………?その笑顔は、ちょっと、怖いかなぁ、なんて俺は―――」

「な、に、か、言ったかしら?」

「いや、なんでもありません!!」

 

伺うような士郎の言葉は、しかし凛の表情筋を戻すことは敵わなかった。

ただひたすら赤い怒りを灯した瞳で、士郎に()()()()()

 

「それで、衛宮くんは私の質問に答えてくれないのかしら………?」

 

ついさっきまでは、普通の女の子だったのに、どうしてこうなった………

 

あるいは、その艶やかな黒髪から角でも出てきそうな凛の様子に士郎は頭を抱え―――ついでに腹もくくった。

 

「………答える、もちろん答えるとも。俺は何もしてないって言ったんだ!マーダーと戦ってたら土蔵に吹き飛ばされて、気がついたら目の前にセイバーがいた。ただそれだけで、サーヴァントをどう召喚したか、なんて俺は全く知らない!」

「土蔵に………………本当?」

「本当だ!………です………いや、本当なんですよ、トオサカサン………」

 

あまりの剣幕に同級生の女の子に敬語を使い、下手に出る士郎の姿があった。

腹をくくるとは何だったのか………

 

そんな意志薄弱、強者に流され弱者に迎合する士郎はともかく、その言葉を聞いて凛は立ち上り、ふすまに手をかけた。

 

その顔がいったいどうなっているか、士郎の位置からは影になって見えず、ただひたすら『あかいあくま』の怒りが収まるのを祈るばかり。

 

しかし時節漏れ出る

 

「………なんで、十年間一生懸命準備した私が引けなかったセイバーを………………」

 

などという不満の声を聞く限りどうやら、その望みは儚いものらしい。

 

戦々恐々と『あかいあくま』の采配を待つ士郎だったが―――あるいは、このまま爆発せずに時が流れるまま怒りが収まってくれないかと願う士郎だったが、はたしてその裁定は下される。

 

「………とりあえず、どういう処置をするのかは、その土蔵に行ってからね」

 

処置!?

処置と言ったのか、この『あかいかくま』は。

 

いったい、その言葉に何の意味が篭められているのだろう。

処置(惨殺)?それとも、処置(拷問)

 

最悪最凶の悪魔が高笑いを浮かべ、士郎をいたぶる姿を想像し―――ぶるりと身体を、そして心を震わせる。

想像は悪い方、悪い方へと突き進んでいき、やがて頭のなかの士郎は灰となり地に埋められた。

もちろん埋めているのは、哄笑上げる『あかいあくま』である。

 

―――ヤバい。

最低でもどんな責め苦を味合わされるか知らないと心が折れる………。

 

そう判断した士郎は抽象的かつ婉曲的に、それとなく気付かれぬよう、凛から『処置』の内容を聞き出そうとして―――

 

「………あの、『処置』って俺何をされるんでしょうか………?」

 

―――直接、言葉にした。

 

衛宮士郎。

備考、口下手。

駆け引きの出来ぬ男である。

 

それはともかく。

 

内心ビクビクとしながら問うた士郎に、凛はぴくりと身体を震わせた。

セーターの裾から覗く手は小刻みに震えていて、サーヴァントの攻撃に勇敢に立ち向かった士郎をして

 

(あぁ、もうこれダメだな………)

 

と諦めの境地に至らしめる。

 

たっぷり三秒。

士郎にとっては地獄のような沈黙が続き、そしてついに―――

 

「―――何言ってるのよ?セイバーとの魔力パスを戻すことに決まってるでしょ?」

「は?」

 

―――凛がため息混じりにそう言う。

 

「は?」

「間抜けな顔、晒してないでさっさと行くわよ。貴方が寝込んでたせいで、セイバーの現界可能時間までそうあるわけじゃないんだから」

 

再び呆ける士郎に凛は見切りをつけると颯爽と士郎の居室を出て行ってしまった。

後に残されたのは、勘違いの被害妄想に脅かされ、心身ともに喪失した士郎ただひとり。

 

遠坂凛は根は善良で優しい少女である。

困っている人を見過ごせず、失敗を他人のせいにできない。

士郎は初めて今日、凛の性格を掴んだような気がし―――そして、心の底から信頼できる『仲間』になったような気がした。

 

ちなみに。

その後、あまりにも来るのが遅い士郎を凛が呼びに戻るまで、彼はただ自分の身がそこにあることに喜び打ち震えてたという………

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「ふぅん。だいたいわかったわ」

 

凛は裾に付いた埃を払いながら立つと、ただ横で見るしか無かった士郎にそう言った。

 

場所は衛宮邸内にある、士郎が魔術の鍛錬によく使う土蔵である。

またセイバーが召喚された場所でもあり、冬木市内で彼との霊的親和性がもっとも高い場所でもある。

ちなみに、マーダーとの戦闘で破壊された入り口蝶番はそのままであり、ぶらりと垂れ下がり意味のないオブジェと化していた。

 

いるのは、凛と士郎、そしてセイバーの三人である。

 

今度は間違いなく怒っていた凛に耳を引っ張られながら連れられた土蔵で、言われるがままセイバーが召喚された場所を指さすと、士郎のやることはもう既になかった。

 

検分に移る凛を横目に、士郎は横から真剣そうにしたり顔で眺めるという大役を買って出たわけだが、どうやらその役目も終わりらしい。

ただ、ぼーっと眺めてたともいう。

 

「なにかわかったのか?」

 

問いかける士郎に凛は横に首を振る。

 

「なにもわからなかったわ」

「おい………。じゃあ、一体何のために俺は連れて来られたんだよ」

 

そう、文句を言ったのはセイバーである。

終始怠そうに体の力を抜き、まさにそこに立っているだけといった風情の彼も流石に文句を言いたくなったらしい。

ちなみに、士郎がセイバーの召喚地点と思しき場所を策定している最中、セイバーはただ黙って立っているだけで手伝いもしなかった。

内蔵魔力が少なくなってきているゆえだろう。

以外と限界のようだった。

 

「違うわ、なにもわからなかったということがわかったのよ」

「なんかその言葉、カッコ良いけど詭弁っぽくないか、遠坂」

「うるさいわね。事実そうなんだから仕方ないでしょ」

 

指摘する士郎に、凛は真っ赤になって反論する。

 

「わからなかったというのは、どうして召喚の手順も踏んでないセイバーが召喚されたのか、よ。どうやって召喚されたか、はわかったわ」

「本当か?」

「えぇ、ここ見て。うっすらと書いてあるこの魔方陣………聖杯戦争用に調整された召喚陣よ、私が使ったものとほぼ同じだから間違いないわ」

 

凛の指差す先に目を凝らすと、確かになにか円形陣の中に文字のようなものが見え隠れしていた。

 

「これでセイバーは呼ばれたんでしょうね………。描いたのは衛宮くんじゃないってことだから………多分、貴方のお養父さまが描かれたものなんじゃないかしら」

「爺さんが………?」

「えぇ」

 

万が一の事態に備えて準備していたものかもしれないわね、と凛は付け加えた。

 

「衛宮くんとセイバーの魔力供給が不自然な流れだったから、てっきり魔法陣に面白い細工でもしてあるのかもと思ったのだけど、とんだ期待はずれだったわ」

「ふぅん?俺にはわからない話だな。それで、結局セイバーとの魔力パスを戻すにはどうすればいいんだ?」

 

尋ねる士郎に凛はわかってるとばかりにひとつ頷いた。

 

「それを始める前に、まず衛宮くんの魔術を使って見せてくれる?」

「俺の?」

「そう。貴方がどの程度の魔力供給出来るかの目安になるし、私としても予め衛宮くんの程度がわかっていれば、再契約の手間もかからないわ」

「なるほど………何でもいいのか?」

「うーん………衛宮くんの場合そう選択肢があるわけじゃないんだけど………とりあえず、『強化』をお願いできる?」

「わかった」

 

凛の差し出した鉄棒を士郎は受け取り、魔術を発動するための準備を始めた。

 

「じゃあ、始めるぞ」

「お好きにどうぞ」

 

その言葉に士郎はただひたすら、己が内に埋没していく。

深く、より深くまで潜っていく。

『人間』衛宮士郎を裁断し、細分化し、自分という存在が希薄になるまで分類する。

そこに手心はない。

あるいは、自分という存在がそこで終わってしまっても止まることはない。

定められた手順をこなす機械のように、ただ無感情に、ただ無感傷に、ただ無感動に作業をこなす。

 

沈黙だけがそこにはあった。

 

更に次の工程に士郎は進もうとして―――

 

「………………って、それ魔術なんかじゃない!」

「うわっ―――!」

 

集中していたせいか、何処から聞こえたいきなりの大声に驚き、思わず士郎は持っていた鉄棒を離してしまう。

我に返ると、どうやらそれは凛の出した声だったと知り、士郎は呆れたように睨みつけた。

 

「遠坂………。集中してるんだから、すこし静かにしていてくれよ」

「衛宮くん………私、間違いなく『魔術を使って』って言ったわよね………?」

「おう。だから、魔術を使おうとしてるんだろ?」

「え、いや、でも………………あれ………?………私が間違ってるのかしら………………もしかして、そういう魔術師の家系もあるの………?」

 

なにやら、ブツブツわけのわからぬことを呟く凛に、士郎はため息をつくと再度忠告した。

 

「なんでも良いけど、集中が切れると魔術ってのは危ないんだ。遠坂も知ってるだろ」

「え、えぇ………言われるまでもなく知ってるけど………………けれど、『強化』程度ならそんな集中しなくてもいいんじゃ――――――」

「だったら、静かにしていてくれ。早くしないと、セイバーが現界できなくなるかもしれないんだ、こっちは真剣なんだよ」

「う、うん………。―――わかったわ。ごめんなさい、邪魔しちゃって。今度は邪魔しないわ」

「―――たっく、ホントに頼んだぞ?」

 

士郎は疑わしげに凛を一瞥し、先ほどは半ばで中断された工程を初めからやり直し始めた。

 

士郎はただひたすら、己が内に埋没していく。

深く、より深くまで潜っていく。

『人間』衛宮士郎を裁断し、細分化し、自分という存在が希薄になるまで分類する。

そこに手心はない。

あるいは、自分という存在がそこで終わってしまっても止まることはない。

定められた手順をこなす機械のように、ただ無感情に、ただ無感傷に、ただ無感動に作業をこなす。

 

やがて、揺蕩う心の海に『人間』衛宮士郎のの部分が薄まり拡散し、どこが腕でどこが脚でどこが頭なのかわからなくなるほどの混濁が訪れる。

その瞬間、士郎はすかさず『魔術を精製する機械(魔術師)』として欠かせぬ―――されど、普通には存在しない回路とでも言うべきものを埋め込む。

あるいは、抉じ開ける。

その際、熱に溶かされた鉄が背中を流れるような激痛が走るが、全て無視する。

そんなことに気を取られてしまったら、失敗してしまうのを士郎は経験として知ってた。

 

あと少し。

わずかに見えた終わりの光明に、士郎は折れそうになる自分を叱咤激励し―――

 

「―――だから、それ、魔術なんかじゃないから!」

 

―――再び、凛の大声に邪魔された。

しっかりと忠告し、危険性も伝えた上、確約も取り付けたというのに、邪魔されたのだ。

流石に温厚な士郎だったとしても、これを許せるほど心は広くない。

 

「遠坂………邪魔しないでくれって言ったろ………まさかお前、俺のことが嫌いなのか………?」

「そうじゃない!そういう問題じゃないわよ!好きか嫌いかで言えば好きだし!」

「えっ、あ、そ、それはどうも………」

「あ、あの、こ、こちらこそ、ありがとう………」

「………………」

「………………」

「じゃ、じゃなくて!」

「そ、そうよ!そんな話じゃなかったわ!」

「―――あの、割りこむようで悪いんだけどさ、魔力が不足してるためか、どうにも調子が出ないんだよな………言いにくいけど、夫婦漫才するならまた別の機会に―――」

「「夫婦漫才じゃない!」」

「あ、はい………すいません………」

 

心底うんざりしながら口を挟んだセイバーはふたりの剣幕に押し切られ、すごすごと引き下がる。

その背中は小さく煤けていた。

至極真っ当な正論を吐いたはずなのに、なぜか負けたような気がしたセイバーだった………。

不憫な男である。

 

閑話休題。

 

凛の顔が赤いのははたして羞恥故か、怒り故か。

それは定かでないが、彼女は顔を熟れたトマトのように真赤にして士郎を怒鳴りつけた。

 

「私は魔術を使えって言ったの!しっかり聞いてたの、衛宮くんは!?」

「わかってる!だから、使おうとしてたんだろ!?それを邪魔したのは遠坂じゃないか!」

「あぁ………もう、この三流魔術師は………!」

 

地団駄踏む勢いで、苛立ちを余すところなく表現すると凛はびしっと士郎を指さし言った。

 

「いい?貴方がやろうとしてたのは、()()()()()()()じゃないわ」

「じゃあなんだよ」

「貴方はただ、()()()()()()()()()()だけよ」

「―――なに?」

 

士郎は凛の言葉に思わず聞き返す。

もちろんそれはまさかの事実に自分の耳を疑ったわけではなく、魔術回路って何?という意味である。

さすがにここまで士郎と付き合っていればそのことに気がついたのか、凛はどんな馬鹿(衛宮士郎その人)にでも理解るよう噛み砕いて、説明を始めた。

 

「―――魔術回路っていうのは、魔術師が魔術師であるための特殊な器官のこと。ようは、魔術を使うために必要な変電器(コンバーター)みたいなものよ。生まれた時点でその数は決まっていて、減ることはあっても増えることはない魔術に関する才能の指標とも言えるわね―――」

「へぇ………」

 

ほんとにこいつはわかってるんだろうか。

感心したように生返事を返す士郎に、凛先生は頭を抱えたくなる気持ちに駆られた。

 

「―――必然、多いほうが有利だし、そもそもこれを持ってない人は魔術師になることが出来ないわ。だからこそ、魔術師の家系はその本数を増やすことを目的として、自家に他の優秀な魔術師の血を入れたりするんだけど………今は関係ない話だし割愛するわよ」

「ん?うん」

 

絶対わかってないなこいつ………。

そんな感想を抱きながら、凛は白けた目で士郎を睨みつけた。

 

「魔術師なら誰もが持っている魔術回路なのだけど、しかし最初から『開いている』わけじゃないわ。『閉じている』―――つまりは眠っているわけだけど、魔術師を志した時点でそれを使えるようにしなきゃいけないの。その方法っていうのが―――さっき貴方がやっていたことよ、衛宮くん」

「お、俺?」

 

話を聞き流して、いきなり自分の話になったのが驚いたのか、士郎は驚いた声を上げた。

 

「そう、貴方がやっていたのは魔術じゃなくて、その前段階。しかも、幼少のころに一度開けば二度とする必要のない、命を落とす可能性さえある非常に危険なことだわ」

「そ、そんな危ない行為なのか、これ!?」

「………はぁ。貴方を三流魔術師と呼んだのは間違いだったわ………貴方、魔術師以下よ」

「………………」

 

犬以下で魔術師以下。

でははたして自分はいったいなんなのだ。

そう声を大にして主張したかったが、しかし士郎は沈黙を保った。

 

「だいたい魔術を使うたびに、魔術回路を開きなおしてたら日が暮れたって終わらないでしょ?」

「………いや?毎日ずっとこの方法でやってきたし、俺は二十分もあればできると思うぞ」

「二十分!?確かにそれは凄いけど………」

 

どう考えても、努力の方向性が間違っている………。

 

はたして命を落とすほどの危険な行為を毎日続けていた士郎の精神性を褒めるべきなのか、疑うことを知らない彼の無垢なる愚直さを笑うべきなのか、凛には判断がつかない。

いよいよ持って、彼の師であるという切嗣なる人がいったい何を考えて士郎に魔術を教えていたのかわからなくなった凛だった。

 

「だけど、そうするといったいどうやってセイバーへの魔力供給を戻すか、が問題よね………普通に再契約するのは、どう考えてもリスクが高すぎるし………」

「そういえば、そんな話だったな」

「そういえば、ってしろう、あんた………」

 

地味に忘れ去られていたセイバーはがっくりと肩を下した。

凛があーでもないこーでもないと魔力供給の方法を考えている間、悪い悪い、と全然反省してない、気持ちの篭っていない謝罪をセイバーに士郎はする。

それを背景に、凛はやおらため息を付いたと思うと、ようやく考えが纏まったのか、表を上げた。

 

「よし、方法を思いついたわ」

「さすが、遠坂。それで、俺は何をすればいいんだ?」

「普通に魔力を送れない以上、場当たり的にだけど衛宮くんとセイバーの霊的親和性を高めて擬似的に魔力パスを創るのが一案簡単なんだけど―――」

「それってつまり、どうするんだ?」

 

いまいち言ってることが理解できなかった士郎は、噛み砕いてくれと凛をせっつく。

与える餌をただ待つひな鳥のごとき士郎の対応に、しかし凛は嫌な顔ひとつせず、その答えを言ってのけた。

 

「簡単にいえば―――性交よ」

 

その瞬間。

士郎の世界が凍った。

 

ギギギッと、軋む音を上げながら振り返る士郎。

その目に入るは、鎮痛そうな顔をした凛の姿。

 

「あの、トオサカサン………?冗談、ですよね………?」

 

その問いかけに。

凛は。

その首を。

確かに降った。

横に。

 

「いやいやいやいやいやいやいやいやイヤイヤイヤイヤイヤイヤ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌厭厭厭厭厭厭厭厭厭いやいやいやいや!それはない!それだけはない!どう考えても、選択肢としてありえないって!」

 

士郎は後ずさりをしながら、全力で拒絶の意思を表明する。

しかし、凛はそれに答えない。ただ、申し訳無さそうな顔をするだけで………

 

「おい、ふざけんな!なに仕方なかったんだみたいな顔してるんだよ、遠坂!お前のことだ、どうせ代案があるんだろ!?なぁ、そうだと言ってくれ!!」

「………………衛宮くん。私にできるのは、貴方とセイバーが男色家であることを祈ることだけだわ………」

「なんでさ!!そんなこと祈るな、願うな、想像するな!!諦めずに他の方法を考えてくれよ、遠坂!!」

「………………ごめんなさい」

「謝らないでくれ!!」

 

士郎の必至の叫びもしかし届かない。

責められた凛はもうこれ以上いうことは無いとばかりに背を向けるのみ。

それに士郎の防衛本能がその場から立ち去れと警告している。

今すぐ逃げ出せと叫びあげている。

 

それはそう。

直感というものだ。

幾度と無く死戦をくぐり抜けてきた士郎は知っている。

そして、それに従わなかった時の末路も。

 

士郎は直ぐ様その場を離脱しようと後ずさりを続け―――どん、と何かにぶつかった。

 

―――いや。何かではない。

それが誰か、士郎は知っている。

 

「せ、セイバー………?」

「………………これはとがめのため………とがめのため………とがめのため………だから、大丈夫………俺なら耐え切れる………俺なら乗り切れる………」

「セイバー!!?」

 

士郎の後ろでぶつくさ何事かを呟いているセイバーに本能的恐怖を感じ、士郎は逃げ出そうとし―――失敗した。

がっしりと。

士郎の肩が、セイバーに掴まれていた。

捉えるように。

あるいは、逃さぬように。

 

士郎は必至に身体を動かすが、しかし相手は腐っても―――弱体化しても英霊。

所詮ただの人間である士郎の力では逃れられるはずもない。

 

「おい、正気に戻れ、セイバー!血迷うなよ、まだ引き返せるんだ!」

「―――いいや、俺はもう引き返せないさ。他のあらゆるすべてを犠牲にしても、とがめにもう一度会いたい―――そのためには俺が犠牲になることも織り込み済みだ………その気持ちは今でも変わってねえ、そのためなら、この程度の困難、乗り越えなくてどうするっていうんだよ!!」

「いや、カッコ良いけど!無駄にカッコ良いけど!だけど、絶対それ使いどころ間違ってるから!強敵(ラスボス)にぶつかったときにでも取っておけよ!!」

「いいぜ―――ただしその頃には、あんたは八裂きになってるだろうけどな」

「決め台詞言う場面じゃないだろ!今日、少しだけセイバーのことわかったような気がしたけど、また遠くなったよ!!」

「落ち着けよ、しろう。お前の考えてるようなことにはならないだろうからさ」

「せ、セイバー………お前、正気に―――」

「大丈夫、八裂きって言ったけど、痛いようにはしないから」

「そういう問題じゃねえって言ってるんだ!!あああああああああああぁあぁあああああぁっ!顔が近い、息を吹きかけるな、肩をつかむな気持ち悪い!!」

 

この世に地獄があるとするならば。

ここがまさにそうなのだ、と士郎は悟った。

堪えきれぬ笑いを押し殺す『あかいあくま』の目の前で。

 

一生懸命頑張って、他のあらゆる全てを犠牲ににしてまで踏ん張って、それでも行為がまったく結果に繋がらず、努力はまったく実を結ばず、理不尽に、あるいは不合理に、ただただ無残に、ただただ無様に、どうしようなく後悔して死んでいった者達の―――

 

地獄。

あるいは、ただの墓場。

 

この場所が地獄でないとすれば、それは嘘だ。

士郎はそう思う。

 

この可愛らしい忍び笑いが更に受刑者たちの心を粉々に砕くのだ。

お前は所詮その程度だったと。

到底、及ぶべくもなかったのだと。

忍び笑いこそが貴様らには相応しいと。

 

そして、彼らはそこで全てを受け入れ―――

 

「………………」

 

と。

そんな考えを現実逃避気味に巡らせてた時、士郎はとあることに気がついた。

 

「くっ………くふふふふふっ、あはははっ………うぷぷぷぷっ………!」

 

彼女が―――あの『あかいあくま』が笑っている。

先ほどは申し訳無さそうに、これ以上の良案は無いのだと、思いつけない自分が恥ずかしいと言わんばかりだった彼女が。

聞こぬよう、声を押し殺してまで笑っていた。

 

「………………ちょっと待て、セイバー」

「なんだ、まだ諦めてないのか………。いや、その気持はわからなくないけどな。俺だってやだし。他に方法が無いっていうんじゃ仕方ないというか―――」

「いや、だから。ちょっとでいいんだ、待ってくれ」

 

士郎の発する静かな声に含まれた隠しきれぬ怒りに触れ、思わずセイバーは士郎を開放した。

ありがとう、と静かに―――ほとんど唇を震わせずこれ以上ないほど静かに士郎は感謝を告げると、士郎は未だ笑いをやめない『あかいあくま』に近寄っていく。

 

士郎がすぐそばにいるというのに、笑いの止めない凛をゴミ虫を見るかのような目で士郎は一瞥した。

 

「うくくくくっ―――あれ?どうしたの、衛宮く、くふふっ!もう、行為は終わったのっ、あははっ」

「―――あぁ、終わったよ。遠坂の頭がな!」

 

そして、士郎は力いっぱいに拳を振り下ろした。

 

遠坂凛。

備考、お茶目。

 

さて、本当に士郎の脳内にそう刻まれたかについては確かではないが―――しかし、士郎の中に先ほどまで確かにあった凛に対する信用がガタ落ちしたことだけは確かだった………

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

ちなみに、セイバーへの魔力供給の問題は士郎の魔術回路を移植するという方法で事なきを得た。

その後、およそ三時間に渡り、士郎とセイバーは凛を無視し続けたのだが―――

むしろ刑罰としては優しい部類だったろう。

 

それ以降、凛の容姿に騙されて寄ってくる男どもに「騙されるな、あれは本当の悪魔だ!」と事あるごとに警告する士郎の姿が散見されたが………

誰が聞いても、士郎はその元凶となった事件については頑なに話さなかったという………

 

 

 

 




説明回兼日常ギャグ回。
セイバー陣営の仲の良い様子を書こうと思ったのにどうしてこうなった………

ちなみにデータが飛ぶ前はもっと酷いものでした。どう酷いかは、ご想像にお任せしますが。
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