19,
未来とは空想した時点で、ただの夢想に成り下がる
◆◇◆◇◆
さて。
『あかいあくま』こと、遠坂凛が士郎とセイバー対してあまりにも酷い、まさしく悪魔のような所業を仕掛けているまさにその時。
戯言遣いこと、キャスターは夜の新都を歩いていた。
特に理由があるわけではない。
ただの散歩である。
いや、理由が無いわけではない。
あわよくば、他のサーヴァントかマスターに出会うかもしれないという自分も考えてないような薄い希望はあったし、この聖杯戦争の裏にいる『誰か』をおびき出せないかというまさか起こるわけない事態を願っていた。
実際、イリヤたちには前者の理由で説明していた。
どうにも、戦闘力のない彼が外にでることを渋り、護衛までつけようと心配気だったが、しかし戯言遣いはその全てを断った。
彼の固有スキル、戯言:Aは伊達じゃない。
詐略、口論、商談、コネクション形成、はたまた政論にすら使える言葉の才をふんだんに使い、脅し、だまし、いなし、なだめすかし、あるいは泣き落とし、説得した。
そうして、彼はこの新都を悠々と歩いているわけである。
ただ目的もなく。
ぶらぶらと。
「いや、目的がないわけじゃないんだけど………………でもそれも結局、戯言だよな」
彼の想像通りの相手がこの聖杯戦争の背後にいるなら、まず間違いなく『彼』は姿を表さないだろう。
最後の最後まで、戯言遣いの前に顔を見せないということは無いにしても、『物語』的に言うなら、およそ中盤から終盤まで隠れ続けるはずだ。
「いや、さすがにそこまで隠れ潜むことが出来る人じゃないか………」
そうでなくとも『彼』としては、バーサーカーの脱落までは―――つまり、『彼』の娘の敗退までは待つ腹づもりだろう。
それは哀川潤の最強性というものを知る人からしたら当然の行為だし、納得できる行動だ。
もし、万が一、あるいは世界がまかり間違って、戯言遣いがバーサーカーと敵対するようなことがあったとしたら同様の戦術を取る。
「とはいえ、そんな事態になった時点でぼくは諦めるから、そんなこと実現すらしないけど」
なんて、戯言遣いは嘯く。
しかし、その直後ふと考えるように手を顎に当て
「いや、だけど、今の哀川さんなら、可能性はあるか………?」
思案にふける。
理性を失った人類最強。
あるいは、ただの暴力装置としての紅き制裁。
それをカケラでも想像した戯言遣いはぶるりと震えた。
「なんて、恐ろしいことだ、全く………。そんなの最悪一歩手前じゃないか。いや、本当にぼくが
何の気もなしに虚空を見つめて戯言遣いは言う。
まるで、バーサーカーにかけた令呪はもとより強化する気などなく、
そして、戯言遣いは何の気なしに虚空を見やり、そこには誰も居ないはずなのに、確かにそこに誰かがいると確信して戯言遣いは問いかけた。
「―――そうは思わないかい、人間失格」
「―――かはは、全く同感だな、欠陥製品」
そして、ちょうどまさに戯言遣いの見ていた空間が歪み、はたしてその少年は現れた。
白く斑に染められた髪。
顔全体に凶悪な刺青。片耳には三連ピアスにもう片耳には携帯ストラップというファッションを超えた奇抜な風貌。
その左手にはとある京都の連続殺人事件で使われた見覚え深い、薄い、刀子のようなナイフ。
―――マーダー、だった。
彼は霊体化を解き、まるでそれをするのが当然のように、戯言遣いの横に並んで歩き始めた。
「いやはや、しかし驚いたぜ。まさか、あの赤い最強まで出張ってくるなんてな―――俺からしてみりゃ、最悪一歩手前ってところか。さながら、熱した鉄板の上でタップダンスを踊っているような気分だぜ」
「鯛焼きくんかよ。そんな、可愛い存在でもないだろ」
「いやいや、この零崎人識。世の流れに乗るなら、萌えキャラのひとつ、目指してみるのが常道ってやつだ」
「情動で人殺す殺人鬼が言う台詞とはどうにも思えないね」
「傑作だろ」
「戯言さ」
戯言遣いもマーダーがここに来ることを召喚される前から知っていたかのごとく、平然と言葉を返す。
陰謀渦巻き、誰かが暗躍するこの新都で、彼らだけが世界から切り離されたように、平穏に普遍的な関係を続けていた。
「ただ、萌えキャラと言ってもそう一口には語れないだろ。鯛焼きくんなんて、今の考えからすれば、空飛ぶ気味の悪い鯛焼きなだけだ」
「その話続くのか………いや、擬人化っていうのはある意味使い古されたものだとは思うけど、だからこその原点回帰だ。とりあえず、擬人化しときゃ上手くいくっていうのはあるだろ。もしくは女体化」
「なるほど、殺人
「だから、萌え属性だろ。ちょいとしたお茶目で人殺し、人のように笑いながら惨殺し、生娘のごとく慄きながら虐殺する。なんて新しい属性を得られるってわけだ」
「結局、変わらず人殺しかよ。分不相応な願いなんて持たず鬼ヶ島にでも帰ってろよ」
「わかってねえな。人殺しに躊躇いがあるっていうのが、ポイントなんじゃねえか」
「そんなニッチな産業、この世界にはない」
というより、人間ならそれが通常だ。
とまで、戯言遣いは言わなかったが。
得も知れず、対面する相手は、殺し名第三位零崎一賊が鬼子、零崎人識その人である。
人の常識を今更説いてどうなるものでもあるまい。
「それで、お前はなんでこんなところを散歩なんてしてるんだ?」
「実地検分―――もしくは、証拠集めってやつ。どうにも、今回の名探偵は不在のようだからね」
「随分と頼りないホームズだな」
「頼りにしてるよ、ワトソン君」
「かはは―――俺は軍医でもなけりゃ、三つの大陸に跨る女性遍歴も持ち合わせちゃいねえよ」
が、しかし。
どうにも、奇妙な光景だった。
マーダーとキャスター。
互いに聖杯に従い、それを奪うために顕現した敵同士であるにも関わらず、旧来の友人のごとく、あるいは路端の他人のごとく、互いにある種の信頼を置いている。
不用意に踏み込まないという信頼を。
簡潔に言えば、ここで殺されないだろうという未来予知にも似た何かを。
だが、それも当然なのかもしれない。
彼らは互いに鏡合わせの存在で。
しかし、表裏一体では無いのだから。
アインツベルン陣営が優勢を保つ中、どこのマスターも弱点足りうる彼を狙うだろうタイミングで、戯言遣いが、不用心に、そして不必要にも新都を出歩くことなど、十年前からマーダーは知っていたのだろうし。
そのまた逆も然りで。
このタイミングの逃せば、マーダーとこうして無事に話し合えることはないだろうことを、戯言遣いは生まれる以前から知っていた。
だからこそのこの邂逅。
誰にも邪魔されず、何にも縛られはしない。
最初で最後の、欠陥製品と人間失格の出会い。
そしてその予感は見事的中するのだが………。
これはまだ、語られるべきことではないだろう。
「それで、どこに行こうっていうんだ、何か目星ぐらいついてんだろ?今宵ぐらいは、お前の手伝いでもしてやろうじゃねえか」
「ただ暇つぶしがしたいだけだろ」
「そうともいう」
あっけからんと答えるマーダーに戯言遣いはため息をついた。
「………いや、まぁいいけどさ………。ぼくとしては、協会辺りが怪しいと思うんだけど」
「協会って言うと………あの丘の上にある胡散臭い場所か。ふぅん、狙いは悪くないんじゃねえか。鬼が出るか蛇が出るか―――行ってみなきゃわからないけれど、しかしどうあれ事態は動くと思うぜ」
「まぁ、ぼくは最悪が出てくると睨んでいるんだけど………………そっか、零崎は事態が動くと見るか」
マーダーがなんの気なしに言った言葉に、戯言遣いは思案げにその目を細めた。
「それは、ちょっと――――――
「まぁ、こっちとしてもそのほうが助かるっちゃ助かるんだが………『
「当然だよ。今の哀川さんには
「ふぅん………俺は敵対したことしかないからわからないけど、人類最強っていうのはやっぱり頭脳も飛び抜けてるのか」
「もちろん。そして、その行動も。こっちは、螺が飛んでいってると言ったほうが適切かもしれないけれど―――だけど、予想外で、規格外だってことにはそう変わらない」
そこで戯言遣いは憂鬱そうに言葉を切った。
「今回の問題は、それを使うぼくが
「………………」
「予想外なら予測すればいい。規格外なら、自分の分かる部分だけ枠に嵌め込めばいい―――なまじ、
「………………」
「?どうした、零崎」
「………いや………お前みたいなやつが自分のことを常識的過ぎるなんて………ちょっとは鏡でも見たほうがいんじゃねえか?」
「余計なお世話だ」
鏡写しの存在に苦言を呈され、そのナンセンスさに戯言遣いは顔を歪めた。
しかしまぁ状況は分かった、と本当にわかっているのか疑わしいほどマーダーは誤魔化すように何度も頷いた。
過ぎれば何事も信憑性が無くなるという好例である。
いや、マーダーが理解してないという意味ではないが、ともかく。
「それで。話は逸れたけど、結局どこに向かうんだ。協会はダメなんだろ、他にあてでもあるのか?」
「一応、万が一の事態に備えて、零崎に今後のことを話しておくのもひとつの目的だったんだけど―――まぁ、それは後でもいいか。とりあえずはこのまま真っ直ぐだ」
「真っ直ぐ?」
戯言遣いが指さした、先ほどまでだらだらと歩いていた道にマーダーは少し思案すると、思い出したように手筒を叩く。
「なるほどね、お前も底意地が悪いというか………追い打ちをかけるのが得意というか………いや、これ褒めてるんだぜ?」
「ありがとう。だけど、その言葉のせいで責めてるようにしか聞こえなくなった」
「かはは―――傑作だ。感謝だけは貰っとくぜ」
「戯言だろ―――批判も胸に抱けよ」
なんて、くだらないことを話しつつ。
二騎のサーヴァントは真っ直ぐ歩いていった。
真っ直ぐ真っ直ぐ。
間桐の本拠に繋がる道を。
◆◇◆◇◆
「たっく、本当に使えないサーヴァントだな、お前は!!」
「………………」
「なにが『ここでセイバーは倒す』だよ!倒すことはおろか、惨めったらしく負けて敗退してるじゃないか!」
「………………」
「カッコいい決め台詞言えて、お前は満足かもしれないけどな!僕はお前みたいな愚図を引きずって、おめおめとお祖父様の前に行かなきゃいけないんだぞ!サーヴァントなら、少しはマスターの気持ちぐらい考えたらどうなん―――」
「あぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!!もう、うるさいな!僕と似たような声音でグチグチと弱音吐いてるんじゃねえ!鬱陶しんだよ!勝てもしない蛇神と戦った時の僕なんてなぁ、もっと毅然と胸張って、さながら英雄の凱旋のように帰り着いたぞ!なぁ、忍?」
「いや、それは主様の妄想じゃと思うのじゃが………というか、慰めるのも大変なぐらいボコボコだったと思うのじゃが………」
夜半。
仮マスターである間桐慎二とそのサーヴァントであるライダーは(後、ついでにその宝具の忍野忍)敗戦の傷跡を残しながらも、遅まきに撤退を続けていた。
ずるずると。
あるいは、とぼとぼと。
戦闘自体は随分と前に終わっていたのだが、探知能力をほとんど持たないライダー達はアーチャーの狙撃を警戒しながら、ゆっくりと後退していったため、これほど時間がかかったのだ。
それだけでなく、吸血鬼の治癒能力でも回復しきれてなかったライダーの状態も加味するべきだろう。
あの戦いの最後、三階から大太刀・『心渡』を突き刺し忍の援護したのは紛れも無くライダーだったが、しかしそれは這う這うの体でどうにか成し得たことである。
サーヴァントとの戦闘を繰り広げての撤退戦など埒外で、そも自力で立つこともできぬほどの大怪我だったのだ。
虚刀流奥義の威力は伊達ではない。
もしあの瞬間、士郎が追撃の決断を迷わなかったら、あるいは忍が気を引くのに失敗していたら、今頃彼がここにいなかったのは疑いようのない事実だ。
「だからといって、セイバーに―――衛宮に負けたことが正当化されるわけ無いだろ、ライダー!お前は勝てると言ったじゃないか、それがあのざまか!むざむざとやられて、あまつさえマスターである
ことさら『この僕の』という部分を強調して、詰問する慎二にライダーは迷惑そうな顔をした。
「だから、うるさいって言ってるだろ………こっちは鼓膜破られてんだから、うだうだと喚くなよ」
「な、な、なっ!おい、お前!サーヴァントの分際で、マスターであるこの僕になんて口の利き方をするんだ!」
「………………」
「………………なぁ、おい?聞いてるのか、ライダー?無視しないで、こっち見ろよ!」
「………………こやつ、小悪党もここまで極まるといっそ滑稽じゃな」
「あぁ、同情の念すらおこるぜ」
「まるで、主様と一緒じゃな」
「それは僕が、調子に乗って主人公に戦いを挑んだ割に何もせず自分は安全なところから見てるだけで、たいした結果を残せないまま、苛立ちを他人にぶつけるこいつと一緒だと言いたいのか!?」
「あまりに正確な状況説明に、儂としても驚きを隠せん………」
「なんだ、それは僕のこと言ってるのかよ!この、役立たずのサーヴァントのくせして!」
「うるさいな!何もせずに縮こまってた魔術回路も持たないマスターは黙ってろよ!」
「お主ら、よくそこまでして同レベルで争えるのう………」
ぎゃんぎゃん喚き立てる神谷ボイスが二人に増え、頭痛を感じ忍は頭を抱える。
しかし、よくよく考えて見れば最初からそうだったと思い直す。
初めて会った時もそう。
その後、義臣の書を作成し、マスターとしての訓示とやらを宣った際も同様。
ふたりは決して交わらぬ水と油のごとく反発を強め、だというのに必至で互いを溶け合わせようと無駄な努力をする。
そのたびに、頭を痛めるのは周囲だ。
そして、特性上ライダーから離れることはできない忍が、その最たる被害者だと言っても過言ではなかった。
忍ははいはい、と注意を引くため手を叩き、ふたりを諌める。
「そんなくだらない争いを続けてる場合じゃないと、儂は思うのじゃが。セイバー陣営は追撃してこぬとはいえ、しかし気を抜いていい状況では無いじゃろ。まだまだ、隠れ潜んでいるアサシン含め、他四騎がどこぞに居るのじゃからな」
「全く………そこのちっちゃい子の言うとおりだ。そのことにも気が付かないなんて、サーヴァントとしてどうなんだよお前」
「うわぁ、ズル………。忍に言われるまで何も気が付かずに喚き散らしてたくせに………こんなやつがマスターでほんとに聖杯戦争勝ち残れるのかよ………」
「てめ、ライダー!役立たずの分際で、マスターであるこの僕に好き勝手言ってくれるじゃないか!そこに直れよ、上下関係ってものを教えこんでやる!」
「いいぜ、かかってこいよ!全部が全部、借り物のくせしてさぁ!」
「いい加減にしろよ」
怒りを越して口調が素に戻るほど呆れた忍は、学習しない両者に拳骨を叩き込んだ。
気分はさながら、幼稚園の先生である。
それはともかく。
「まったく………。それぐらいにしといたらどうじゃ。目的は違うとはいえ、今この時に限って言えば、手を携えねばやっていけんじゃろうが………それぐらいの計算はお主たちでもできるじゃろ」
「「だってこいつが………」」
「口答えするじゃない」
「「はい………」」
再び、素に戻った忍の言葉にマスターサーヴァント揃って項垂れる。
その姿に忍は思わず笑みが溢れた。
そう。
確かに彼らは水と油なのかもしれない。
その出自から決して交じり合うことはなく、ただ
しかし、そのふたつはどちらも液体だ。
出自を超えた、本質の部分では共通している。
であるなら、決して手を取り合えないと誰が言えよう。
全てを受け入れることは敵わないかもしれないが、しかし一部でも共有し合えないとなぜ言えよう。
彼らはきっと産まれた環境が違っただけで、根元は同じなのだ。
もしかしたら、手を取り合うことを超え、互いが互いに良いように影響し合い、交じり合うかもしれない。
乳化するかもしれない。
聖杯戦争という胡蝶の夢のごとし戦いを経て、ひとりの少年が成長するというのは、きっと美談だ。
そのために夢か現かわからぬこの世界へと召喚されたのであれば、それもまた一興。
忍は頭を下げながらも、下でこそこそと責任のなすりつけ合いをする慎二とライダーの姿にその未来を確かに感じ―――
「やぁ、お三方。楽しそうなところで悪いけど、少し道を聞きたいんだ」
―――次の瞬間、浮かべた笑みが一瞬で凍りつくのを感じた。
「主様っ!!」
何処から聞こえた声に忍は警告の声を張り上げる。
が。
「がはっ―――」
背後から現れた人物に腕を
「―――ちょいと気がつくのが遅いんじゃないか。行きはよいよい帰りはこわい、ってな。どこかに通りすがりの殺人鬼がいないとも限らないんだ―――油断するとこうなっちまうぜ?」
―――と言ってももう遅いけど。
カハハ、と。
背後から忍を強襲したサーヴァント―――マーダーはひとつ笑い、忍の血に濡れたナイフを弄ぶ。
「主、さ、ま………」
血流とともに抜けていく力を感じつつ、忍はわずかに動かせる顔を後ろにいたはずのライダーたちの方を見やって―――力なくふらつきながらも、大きな怪我はないライダーの姿に心の底から安堵した。
しかしその隣にいたはずの慎二の姿が見えず、忍は困惑する。
「マスターを探してるなら、こっちだぜ」
と。
声に従い、戯言遣いの隣に立つマーダーの方を向けば、足元に横たえてある慎二の姿があった。
わずかに額を血で濡らしてるものの、それは忍の流血が少しかかっただけで外傷は無いと見えた。
しかし、気を失っている。
まず間違いなく、この現状を作り上げたのは目の前にいる二人だろうが、しかし地に伏し、腕を斬られた忍は何もできない。
吸血鬼のよる治癒能力を持ってしても、動けるようになるまでもうしばし時間がかかるだろう。
その変わりに、彼らに対面したのは唯一自由がきいているライダーだった。
「………あんたら、何が目的だ?」
絞りだすように言うライダーの額には冷や汗が散見していた。
ただでさえ、セイバーとの戦闘で疲弊しているところをサーヴァント二騎による強襲。さらに、敵はこちらの最大戦力であるところの忍を真っ先に狙い、無力化した。
それほど情報を得ているにも関わらず役にもたたないマスターも気を失わせ、なぜかこの三者の中では危険度が二番目のライダーだけが無傷といったこの現状。
一方的な、恐喝という名の交渉しか思い至らないのは当然だろう。
しかし。
しかし、
今、目の前にいるこの少年に比べれば。
怖気の走る、気味が悪くて、気持ち悪い少年の醜悪さに比べれば。
小さすぎる問題で。
否―――問題ですらない。
目の前にいる少年を始めてみたライダーだったがしかし。
彼が、この聖杯戦争で一番の敵であることを確信した。
それは強さや強度の問題でなく。
むしろ、弱さや弱度。
弱すぎて、誰よりも弱点を抱えていて、欠点まみれで生きることすら困難なはずなのに、
そんな彼に対して、ライダーは気を引き締め、せめて気持ちだけは負けないでいようと―――毅然としようと胸を張った。
「別になんの目的というわけじゃないさ。最初に言ったとおり道を聞きたかっただけだ。と言っても、それは比喩なんかじゃない―――暗喩でもなく直喩ですらない。別に君たちに人生を説いてほしいってわけじゃないんだ」
「………………」
そんなライダーの内面を知らず、戯言遣いは宣う。
むしろこちらから、人生の何たるかを説きたいぐらいの、厄介さとくだらなさと奇妙さと心地悪さを発しながら、戯言遣いはそう言う。
いったい、なんの冗談だろう。
この現状で、戦力を奪い、サーヴァントにとっては命であるマスターを握ったこの現状で、こんなことを言うなんて。
馬鹿にしてるんだろうか。
そう思うライダーだが、しかし検分するように眺める戯言遣いの視線は真剣そのもの。
どうにも得体のしれない存在を相手にしているような気がして、ライダーは頭が痛くなるが、状況はそれを許さない。
「………つまり、あんたらはわざわざ道を聞くために初撃で忍の腕を切り裂き、あまつさえマスターを人質にとったってことか」
言葉にすると、苛立ちを越して既に意味不明だ。
滑稽さすら感じられる。
「まぁ、そう言われるとどうしようもないやつみたいだけどね。だけどまぁ、道を訪ねたかった
どうでも良さげに呟くと、戯言遣いはジロジロと内面を這いずりまわるような観察を続ける。
「………な、なんだよ」
「ふぅん………………なるほどね………………いやいや、気を悪くしたなら謝るよ。………もしかして、君なら
彼は何事か呟いた後、勝手にひとりで納得し、勝手にひとりで話を終わらせた。
「………なんなんだよ、あんたは………」
会話とも呼べぬドッチボールについていけず、ライダーは苦悶の表情を浮かべる。
その問に戯言遣いは困ったような表情を浮かべた。
「なんだと聞かれても、簡単には答えられないな………というより、どう答えていいものやら………」
「………訳の分からない言葉で煙に巻かれるのは、ゴメンだ。今度は僕の質問に答えてもらう」
「ふぅん………この状況で随分と強気なことだ。ちょっとそこの殺人鬼に指示を出せば、忍ちゃんとやらの命は無いんだよ」
「―――この状況を作ったのがあんただって言うなら、それはつまり僕に聞きたいことがあったんだろう。もし、忍に傷ひとつつけてみろ。僕は何も喋らないぞ」
邪悪な笑みを作る戯言遣いに、ライダーは啖呵を切った。
それは、嘘だ。
仮に忍が死ななかったとしても、ライダーはただ目の前で彼女が傷付けられることを黙って見ていられないだろう。
可能ならば、実力行使。不可能ならば、知る情報全てを吐き出してでも、彼女の安全を図る。
だから、それは嘘。
いつ割れるとも知れない虚勢という薄氷の上で、ライダーは踊る。
その言葉の真意を確かめるように、戯言遣いは震えを必至に隠すライダーを眺めると
「………………結構。頭の出来はそう悪くないみたいだ―――しかし、その対応は及第点とは言えないな。虚勢を張ることが相手を苛つかせることだってある―――おい、零崎。心は痛むがその子を殺さない程度に痛めつけろ」
「………ッ!やめろ―――ッ!」
戯言遣いの言葉に思わず、ライダーは走りだそうとする。
振るわれる斬閃。煌く銀刃。
それを受けた忍は布を割くような悲鳴とともに血しぶきをあげ―――なかった。
目の前で行われるはずの惨劇を止めたのは、他ならぬマーダーだった。
戯言遣いの言葉が聞こえていた筈にもかかわらず、平然平素、変わることなく突っ立っていた。
「………おい、零崎」
「は?やだよ。なんで、俺がお前の指示なんて聞かなきゃいけないんだ。別に抵抗力は奪ったしそれでいいだろ」
「………お前、今宵だけはぼくと協力するとか、耳障りのいいこと言ってなかったか?」
「だから、協力しただろ。言われたとおり、そこの嬢ちゃんを無力化した、それも殺さずにな。かはは、殺人鬼であるこの俺に人を殺すなって言ったんだぜ。協力の内容としては破格じゃねえか」
「………………………いや、なんというか。お前ってそういう奴だったよな」
「落ち込むなよ、その様余りにも傑作だぜ」
「どう考えても、戯言の類だよ………」
どうやら、両者の間で齟齬が生じたらしい。
惨劇が起こらなかったことにライダーはほっと一息つき、そしてそれはともすれば、微細な穴かも知れないがしかし突破口になるかもしれないと、ライダーは両者の齟齬を頭に入れておく。
しばし、いたたまれない空気がこの場を流れたが、それを払しょくするように戯言遣いは咳払いをひとつすると言葉を続けた。
「ともかく!………少しだけ、ぼくの予測とは違った展開になったけど、しかしとりわけ君が有利になったわけじゃないということを理解してくれたかな」
「………あぁ、わかったよ。あんたらが一枚岩でないこともな」
そう苦し紛れに言い返すライダーを戯言遣いは鼻で笑った。
「まるで鬼の首を取ったような言い様だけど、しかしそれは錯覚というものだよ。確かに零崎はぼくのいうことを聞かなかったけれど、それはつまりぼくの想定とは外れることを意味する」
「………あんたの、思惑」
「そう、ぼくの思惑だ。君たちと少し話をして、気分よく、機嫌よく、怪我もなく、帰ろうとそういう―――明るい未来の想定から外れることになる」
「………………」
「多分、理解しきれてないと思うから補足するけど、ここにいる男はマーダー………つまりは殺人鬼のサーヴァントだ。いやはや、全くここまでくる際に『いっそのことここでバラしちゃおう』と言う彼を宥めるのに苦労したよ」
「………………いや、実際この聖杯戦争って
「………………わかってくれたかな」
不満気に問い返すマーダーを、呆れたように肩をすくめ、戯言遣いはライダーに同意を求める。
確かに。
確かに彼の言うとおり、隣の男も大概におかしい。
彼の―――戯言遣いの異常性に隠れてはいるものの、しかし逆に言ってしまえば
殺意。
人を殺すという意思。
あるいは、人を死に至らしめることに対する迷いのなさ。
ライダーはその鋭敏化された吸血鬼の感覚は、マーダーから放たれるそれを確かに感じ取っていた。
「………それで、あんたは何が聞きたいんだ?」
そこで、ライダーは折れた。
戦う意志を。あるいは、状況に流されるに甘んじるしかない弱さに。
ぽっきりと。
目の前の彼らに、心のなかで敗北した。
そんなライダーの心情変化を汲み取ったとかどうかはともかく。
戯言遣いはライダーの言葉にひとつ頷き、言葉を紡いた。
「ありがとう、というとなんだか押し付けがましい気もするけれど―――しかし、ここはしっかり謝意を伝えておこう」
「………別にあんたに感謝されることを僕はしてない」
「確かに。むしろ、君から責められるはずの現状だ―――しかし、そうだな。そういえば、自己紹介もまだだったな………」
まるでたった今思いついたとばかりに言うと、戯言遣いは懐から一枚の札を取り出した。
名刺、だった。
「この前のことを踏まえて、名刺を作っておいたんだ―――」
「いいや、いらない。別に名前なんて知りたくもないしな」
「そう言わないでくれよ、さすがにそろそろ『あんた』なんて呼び方じゃこちらとしても居心地が悪いんだ―――せっかく名刺まで作ったんだ、ぜひとも受け取って欲しいね。それとも、このままこの状況を続けるかい?」
「………………くそっ!どっちみち僕に選択肢なんて無いわけか………もうわかったから、さっさと名刺とやらをくれよ」
「ありがとう。では改めて―――ぼくはこういうものです。短い付き合いでしょうが、どうぞよろしく」
なんて丁寧な言葉を使いながらも、戯言遣いはぞんざいにその名刺をライダーに向かって投げた。
ライダーを警戒しての行動なのだろう。
しかし、それはどうなんだ。
と内心、状況にそぐわぬ感想を抱きながら、ライダーは空を切る名刺を掴みとった。
そして、渋々ライダーはその名刺にある名を呼ぼうとして―――断念した。
「………えっと、あんたの名前は読みにくいな。どう読めばいいのかわからないんだけど」
「その隣に振り仮名が振ってあるだろ。そこを読めば理解るんじゃないかな」
「………ちょっと待て。振り仮名………あぁ、これか、ふぅん………随分と変わった名前だな―――」
「………………」
その言葉にライダーは闇夜に紛れて見づらい横に振られた文字に目を凝らし―――そして。
「―――『***』って言うのか、あんたは」
ライダーは特に気負わず、戯言遣いの本名を呼んだ。
―――読んでしまった。
「だけど、俺としてはキャスターって言う方が―――」
―――この聖杯戦争においてはしっくり来ていていいと思うけど。
そう、ライダーが続けようとした時だった。
「―――ッ!」
瞬間、ライダーたちをまんべんなく照らしていたはずの電灯がなんの
辺りにはライダー含めて五人の人物がいるにも関わらず。
そして、電灯の下にはちょうど戯言遣いがいたにも関わらず。
あまりに予想外な事態にライダーはとっさに顔を庇い、避けようと動き出した瞬間。
「な―――っ」
そして、当然のごとく、降り注いだガラスを全身に受けた。
「なんなんだ、今のは………。もしかして、キャスター!あんたの仕業か!」
思ったより強い風に煽られ、体に食い込むガラス片を適当に払いながら、ライダーは問うた。
しかし、いきなり訳の分からぬ展開になったとて、ライダーは冷静に状況を分析していた。
今がチャンスだ。
と、ライダーは直感する。
近くに一つだけあった電灯が壊れた今、ライダーと戯言遣いの両者間は闇に沈んでいる。
夜目の聞くライダーはともかくとして、マーダーと戯言遣いにはこの暗闇で足元も覚束ないはずだ。
そう確信し、傷が治っているにも関わらず地に伏せ続けている―――欺き続けている忍を見やる。
僅かな間に交わされるアイコンタクト。
それに篭められた意思は強襲からの慎二を確保しての離脱。
幸い今この場所は本拠地である間桐の屋敷にほど近い。
一撃入れてすぐさま離脱すれば問題ないはずだった。
無言で動く両者。
ライダーは戯言遣いへ。忍はマーダーへ。
それぞれがそれぞれの相手に闇討ちをかけようとして―――
「ぶへ―――っ!」
「きゃんっ!」
「お、おい………いったい何躓いてるんだよ!奇襲が台無しじゃないか!」
「馬鹿者!それ言ったら、相手にバレて奇襲の意味がないじゃろうが、この馬鹿主様が!」
「あ、やべ………」
そう口を抑えても、もう遅い。
ライダーたちの裏切りに戯言遣いらはそのナイフで持って報復を仕掛けて―――
「もういいよ、零崎。そのマスターも開放してやってくれ」
「なんだ、随分あっけないな」
―――こなかった。
あまつさえ、人質のごとく足元に確保していた慎二をおざなりに蹴り飛ばすと、ふたりしてさっさとどこかへ去っていこうとしてしまう。
「まぁ、だけど、なんだ。やっぱり、道具は実際使ってみるまではよくわからないものなんだなって、ぼくは今日改めて実感したよ」
「切れるハサミとか言いつつも、実際に人が切りやすいかといったら、そうじゃないみたいなことだな」
「………………いや、その理解の仕方は、多分に不満だけど。というか、使ったことあるのかよ、加工用道具を殺人に」
「若気の至りってやつ?」
「いくら若くとも、そんな状態に至りたくねえよ」
「―――待てっ!」
「ん?」
もう戦いは終わりだと言わんばかりにくだらない話に花を咲かせるふたりを、ライダーは思わず呼び止めてしまう。
そして呼び止めてから、このまま行かせたほうが良かったんじゃないか、というよりむしろこちらとしては都合がいいんじゃないかと思い直すが、しかしそれはすでに遅い。
倒れたままの忍の批判するような視線に耐えながら、ライダーは言葉を探す。
「えーっと………そうだ!僕たちになにか用があったんじゃかなったのか!?」
「うん?あぁ………用ね。いいよそれは。
「………は?」
平然とそう宣う戯言遣いに思わず疑問符をつけることしかできないライダー。
それらを見やり、戯言遣いは億劫そうに続けた。
「強いて言うなら、君たちのその化け物じみた正体についても興味があったんだけど………………それも強靭な再生能力に、電灯が割れてすぐに動き出せた夜目を考えればそう選択肢は多くない―――
正解。
完全に把握されてる。
自分の不甲斐なさにライダーは歯軋りを立てた。
「………質問はこれでいいかな」
「まだだ!」
面倒そうに問う戯言遣いに、ライダーは食い気味に答えた。
「キャスター!僕たちに―――いや、
そう。
これだけは聞かなければいけない。
他の何を差し置いても、今この現状。
明らかに運が狂ったとしか思えないナニカの正体を掴まなければ―――
「
そう思って問うた言葉を戯言遣いはそう切って捨て、これで終わりだとばかりに後ろ手に手を降った。
「それじゃあ、ぼくはそろそろマスターもうるさいし帰ることにするよ―――では、
そう言って去っていくふたりを、ライダーは地に伏しながら、ただ呆然と、ただ漫然と、ただ悄然と―――見送るしかなかった。
そして。
彼の言う曰くつきという意味を、ライダーが知るのは、そう遠くない明日のことだった………
分割しようと思ったのですが、切りどころがわからなかったのでこのまま。