27,
他人を信じろ、そののちに裏切れ
◆◇◆◇◆
さて、アサシンの奇襲を凌ぎ切り、セイバーの自身を囮にした援護もあって、一路間桐家に猛進する士郎とライダーだったが、しかし両者の間に立ち上る雰囲気は先ほどまでの和気あいあいとしたものではなかった。
それもそうだろう。
ライダーの推測によれば、間桐は彼以外のサーヴァントを有していないはずだったのだから。
その前提が崩れた今、桜を救出出来るかどうかすら怪しい。
そもそも、敵陣に取り残された彼女が無事かどうかの確たる証拠すら存在しないのだ。
焦り。不安。憤り。
その他負の感情が渦巻き、両者の口を貝のように重く変えるのも無理は無いことと言えた。
しかし、今更他のサーヴァントに助力を請うという選択肢は下策以外の何物でもない。セイバーという守りを失った彼らは他者の脱落を良しとする敵にとっては格好の獲物なのだ。
サーヴァントという核兵器がなければ、満足に交渉することすら敵わないのが聖杯戦争。
その苛酷さと無情さに士郎は反吐が出そうになった。
と。
彼が自分の無力さを噛み締めていた時である。
「………なぁ。本当にセイバーを置いてきて良かったのか」
そう不安そうに問うたのはライダーだった。
士郎は、こと戦闘において彼ほど頼りになるサーヴァントはいないと思っていたため、欠片も心配していなかったが、しかしライダーから見るとまた違うのだろう。
「なんというか………敵であるアサシンも酷く厄介そうなやつだったし。もしかして、僕も残って一緒に戦ったほうが良かったんじゃないか?」
「俺らが残ったって何が出来るんだよ」
魔力供給の切れたサーヴァントに、未熟なマスター。
セイバーにとってはお荷物でしかない、と言外に言う士郎に、ライダーは渋面を作った。
「そこを突かれると何も言えないけどさ。だけど、心配じゃないのか?」
「なにが?」
「なにが………って………」
「セイバーなら大丈夫だ。あいつは十把一絡げで数えられるサーヴァントに負けるようなやつじゃない。それに―――」
約束もした。
とは、さすがに口には出さなかったが。
しかし、それに続く言葉をライダーは察したのか、少しだけ憧憬の篭った目で士郎を見やると、苦笑して言った。
「………信用してるんだな」
「―――信頼してるのさ。だから俺は自分ができることをするまでだ」
そう言って、士郎は前を向く。
その表情に焦りの色は、もう無かった。
◆◇◆◇◆
「『信頼しても信用するな』『信用しても信頼するな』『なんて、相反する言葉があるけど』『あれってどういうことだかイマイチ僕には理解できないんだよね』『勉強熱心で優等生だった僕が過去に調べたところでは』『信用ってのは信頼があって成り立つものらしいんだけど―――』『けど、信頼だって信用してないと出来ないことじゃない?』『だって、信じて頼るって書くんだぜ?』『なかなか出来ることじゃないだろ?』『それに比べて、
と。
意気揚々と語るアサシンに対して、セイバーは。
「知るか」
にべもなく切り捨てた。
愛想も何もないセイバーの反応に、しかしアサシンは楽しそうに能面じみた気味の悪い笑みを浮かべる。
「『酷い』『さっきから酷いじゃないか』『せっかく君との会話を試みようとしてるのに』『だめだよ』『ほら、言うだろ?』『人生の価値っていうのは』『いったいどれだけの他人を『
「言わねえよ。誰から聞いたんだ、そんな歪んだ価値観」
「『ん?』『僕の小学生時代の先生だけど』『友達がひとりもいなかった僕を心配して言ってくれたんだ』『優しい先生だったよ』『とても親身になって僕を助けてくれた』『恩を返さなきゃって思ったんだ』『だから―――』」
「――――――」
「『―――だから、僕は友達を百人創った』『脅して、揺すって、騙らせて』『宥めて、
「………………」
この少年は、最低だ。
どう聞いても強制連行に近い、有無も言わせぬ最低な行動を、まるで古き良き思い出のように語る彼を見て、セイバーはそう直感する。
いったいどんなことがあれば、これほど曲がることができるのか。
いったい何が起きれば、これほど腐ってしまえるのか。
理解らないし、理解りたくもない。
ただ話を聞いてるだけで脳髄が犯されていくような不快感。
セイバーは衝動的にアサシンを殴りたい気分に襲われたが、鉄の自制心でそれを抑えこむ。
意味がないからだ。
不死身の理由を解明しないことには。
迂闊に近づけない。
「………………」
と、セイバーはアサシンに向かって構える自分の身体を見た。
右脚に突き刺さる大きな螺子。
アサシンに無理やり奥義を叩き込んだ代償として、セイバーが貰った攻撃。
痛みや出血はなく、動くのにも支障はない。
しかしだからこそ、気味が悪い。
セイバーの野生児じみた直感がこれ以上この螺子を喰らうのはマズいと悲鳴をあげていた。
故に、セイバーは仕掛けない。
彼の仕事はアサシンを倒すことになく、士郎たちを無事に間桐家に向かわせることなのだから。
足止めに終始するだけでいいのだから。
しかし、それは敵も同様だ。
アサシンの目的が間桐家へと向かわせないと見るならばすでに失敗しているが、しかし戦力を削るという意味ではこれ以上ないほど成功している。
三者のうち、最大戦力であるセイバーは足止められ、向かうものは消滅間近の英霊一騎と平凡にも届かぬ三流マスターのふたりのみ。
既に間桐臓硯をセイバーが抑えてその隙を突き桜を奪還する、という当初のプランは跡形もなく砕け散っている。万全の状態のライダーが敵わなかった相手に、士郎ひとりが加わった程度で勝てると思うほどセイバーは馬鹿ではない。
アサシンを足止めしなければという思いと、かなぐり捨てても助けに行かなければという相反する想いが渦巻く。
焦りをひた隠しアサシンに対峙するセイバー。
両者の間に流れる、深く張り付くような沈黙。
薄気味悪く貼り付けたような、それでいてどこか不敵な笑みを浮かべていたアサシンは、疲れたようにため息をつくと、手にあった螺子を突きつけた。
「『なんだか』『睨み合うのにも飽きちゃった』『話し合いもどうやら乗り気じゃないようだし』『さっさとこの戦いに』『ケリをつけちゃおうぜ』」
「それは、こっちの台詞だ!」
巫山戯た物言いに、気炎を上げるセイバー。
その瞬間、場が動いた。
一歩、先んじたのはアサシンだった。
巨大な螺子を振りかざし我武者羅に特攻する姿は、セイバーから見れば弱点だらけである。
慌てず騒がず、地面にどっしり構えたセイバーは敵の呼吸に合わせ拳をひねり出す。
虚刀流一の奥義、『鏡花水月』。
虚刀流奥義の中で最速を誇る一撃は、防御というものを放棄しているかのようなアサシンの心臓に見事命中し、余すところなく衝撃を伝え、その身体を貫いた。
「『がはっ』」
しかし、セイバーの攻撃はこれで終わらない。
この程度で死なないのは既に把握済みだ。
ならば、動かなくなるまで叩くのみ。
「虚刀流、『柘榴』から『百合』まで混成接続!」
アサシンの身体に突き立つ腕に沿わせるように繰り出した左掌底の衝撃により、心臓から右腕を抜くと、抜いた勢いを利用し頭蓋に回し蹴りを叩き込む。
ゴム毬のように飛んでいきコンクリート塀に磔になる彼を見送りながら、しかしそれでも気を抜かずセイバーは再び構えを取ろうとして―――
「―――な」
自分の左脚を見て、絶句する。
そこには、深々と突き刺さる螺子があった。
痛みもなく、違和感すらない。
ただそこにあるだけ、というように存在するその螺子はしかし戦い始める前には確かに無かったもののはずだった。
なぜ気が付かなかったのか。
攻撃が無痛であることを踏まえても、疑問が残る。
なぜなら、セイバーは常にアサシンの持つ螺子に注意していたのだから。
それだけは避けねば、と思っていたのだから。
困惑するセイバーを横目に、がらりと砕けたブロックを押しのけ、無傷のアサシンが気味悪く立ち上がった。
「『
「………………っ」
宝具。
サーヴァント秘中の秘。最後の切り札。そして、逆転の一手。
その言葉を聞いたセイバーはアサシンが体勢を立て直す前に―――宝具を使う前にケリをつけるため、疾走する。
幸い、アサシンの位置は近い。
セイバーの身体能力ならば、ものの一瞬で届く距離だ。
そして、敵は未だ立ち直ったばかり。
どう見積もっても、セイバーの追撃が二手以上早い。
「虚刀流、『薔薇』!」
そう判断したセイバーが繰り出した一撃は―――しかしこれ以上なくあっさりとアサシンの螺子に受け止められた。
「なっ………………」
己の策が失敗したことを見て取り、それでも諦められずセイバーは更に追撃を繰り出そうとする。
が。
「虚刀流、『ひな―――」
「『遅えよ』」
「くっ」
機先を制するよう放たれた螺子にセイバーは力なく後退し、先ほどと同じ距離を保った。
―――疾い。
相手は間違いなく、疾くなっている。
しかもその速度は己と同等か、それ以上。
先ほどまでなら、アサシンが一撃撃つ間に三撃は入れられていたはずのセイバーの動きについてきていた。
「あんたも趣味が悪いぜ。この期に及んで、出し惜しみをしてたなんてよ」
ゆえにセイバーはそう判断した。
数少ない情報から、彼の攻撃を受け止めたアサシンへの説明として。
しかし、それは誤りである。
何を見当違いな、とばかりに彼の発言をアサシンは鼻で嗤った。
「『僕が?』『出し惜しみ?』『おいおい、勘違いも程々にしてくれよ』『君相手にそんなこと出来るわけないじゃないか』『いつだってどこだって僕は全力全開』『手加減なしの本気だぜ』」
「………じゃあ、いったい俺の攻撃を受け止めたのは」
「『僕が君の攻撃を受け止めた』『だから、僕が力を隠していたに違いない―――』『その結論は少し急ぎすぎってもんだぜ』『認めたくないのもわかるけど』『よく考えれば』『もう一つ、可能性はあるだろ?』」
「………まさか」
示唆された回答に、セイバーは驚愕し確かめるように身体を動かす。
そして実験の結果は、彼の答えが正しい証左に他ならなかった。
つまり―――
「『
―――弱体化。
アサシンが強くなったのではなく、セイバーが弱くなったということ。
だから攻撃を防がれたし、技の精彩も欠いた。
「『ついでだから、僕と同じ気分を味わってもらうために特性も追加してあげたよ』『―――感動してむせび泣いても良いんだぜ?』」
「………………っ」
自分を強くするのではなく、戦況を変えうる決定打でもなく。
敵を自分と同じ
それが、アサシンの切り札。
「『さぁて』『続きを始めよう』『今度は同じ身体能力と、同じハンデを抱えた同士』『ただひたすらに』『終わることのない最低で最悪な、泥まみれの殴り合いだ』『さながら青春漫画のように最後には互いの健闘を讃え合って』『どっちが勝者かもわからない、有耶無耶の馴れ合いで終わらせようじゃないか』」
そして。
ひとつの強みを失い、更には欠点を負ったセイバーの長く苦しい戦いが幕を開けたのだった。
◆◇◆◇◆
「確かに、衛宮の言うとおりだな。セイバーなら大丈夫だろう。実際に戦った僕が言うんだから間違いはないよ」
ライダーは努めて明るくにそう言った。
先ほどと言ってることが間逆だと士郎は思ったが、士郎の不安をあえて口に出させ向後の憂いを無くすためだったと考えれば納得も行く。
英霊である以上、自分よりこういった切羽詰まった状況に慣れているだろう。だから、その気遣いに感謝し、また彼のことが頼もしくも感じた。
「ありがとうな」
「ん?何のことだかわからないな」
そうやってニヒルに笑う彼に、評価を一段上げ―――
「小僧。感心しているところ悪いのじゃが、こやつ本当に何のことだかわかっとらんぞ」
「忍、てめえ!そういうことは黙ってろよ!」
―――再び、評価を下げた。
わからないことがあれば、とりあえず思わせぶりな台詞を吐くこと。
士郎はまたひとつ、使い道のない処世術を学んだ気がした。
それはともかく。
「ようやく、ここまで来たな」
「………あぁ」
呟く彼らの目の前には、間桐宅の正門があった。
淀んだ空気に満ちるそこは、見るだけで吐き気を催し今すぐにも立ち去りたい感傷に駆られる。
しかし、そうするわけにもいかない。
それだけの理由が、士郎にはある。
「ここに、桜がいるのか」
「あぁ。僕が見た時はここの地下室にいた」
地下室、という言葉に士郎は顔を顰めた。
外から見るのでさえこれほど嫌な気持ちにさせるのに、さらに空気が重く伸し掛かる地下とは。
彼女はいったいどんな気持ちで、長い年月を過ごしてきたのだろう。
想像しようとして、しかしすぐにやめた。
実際に過ごした桜の気持ちなんて、その欠片でもわかってやることなど出来ないと気づいたから。
ましてや、肩代わりするなんてもっての外だ。
ただ、自分は桜を助け、ほんの少しだけその辛さを共有してやればいいのだ。
「ライダー。ここの結界は?」
だから、できるだけ早く助けないといけない。
使命感とも義務感とも、あるいはただの正義感ともとれる複雑な感情を胸に士郎は目の前の居城に向き合った。
士郎の問いにライダーはひとつ頷くと、黒く重たい門に手を当て、少し探ると小首を傾げた。
「確か、侵入者感知と簡単な迎撃が組まれてたはずだけど………。おかしいな。結界が壊れている………いや、というよりも―――」
「無くなっている、と言ったほうが正しいじゃろうな。跡形もなく、消え去っておるの。さすがにあからさま過ぎて呆れるわ」
つまりは、誘い。
士郎たちがここに来ることはとうにわかっていたはず。アサシンのマスターが間桐臓硯であるなら、足止めに失敗したことも当然知っていてしかるべきである。
だというのに、結界をわざわざ解除してあるということは誘い以外に考えられない。
奴からしてみれば、手負いのサーヴァントに未熟なマスターなど取るに足らないというわけだろう。
「………舐めやがって」
「ま、侮ってくれるならそれだけ楽になる。こっちは臓硯を倒す必要なんて無いんだ。気付かれぬ内に忍び込んで、さっさと終わらせちゃおう」
思わず漏れた士郎の言葉を拾い、ライダーは気負わずに言った。
「問題といえば、確実に遭遇戦になることじゃが………」
「セイバーが動かせなくなった時点で、さっき話し合った作戦は破綻してるんだ。臓硯にぶつかったほうが足止め。もう片方は、彼女の探索を続けることにすればいい。それでいいか?」
「あぁ、問題ない」
士郎は決意を込めて高くそびえる間桐の邸宅に目をやった。
小さく呟き、心渡を投影することも忘れずにやっておく。
臓硯に心渡が効かなかったことは、ライダーから聞き及んでいたが、しかし士郎が投影したことのある武器のなかで魔術師に一番効果があるのはこの宝具だ。
お守り代わりも同然だが、ないよりはマシだろう。
「………よし。ライダー、行くぞ」
「あぁ………。必ず、助け出す」
士郎の確認にライダーが深く頷き、警戒しながら間桐邸の門に手をかけた、その時だった。
「ちょっと待ちなさい、士郎!!」
「なっ―――衛宮!」
遠方から走り来る誰かの制止に驚き、思わず手を止め注意をうながすライダー。
しかし、徐々にこちらに近づいてくる声の主を知っていた士郎はライダーとは別の意味で驚き―――
「と、遠坂!?」
「敵か!?」
「あ、いや。大丈夫だ、ライダー。多分味方だ。それよりもなんで、こんなところに―――げふぅっ!?」
「え、衛宮ぁぁあああ!!?」
ライダーを止めた声の主―――凛は向かい来る勢いを殺さぬまま、驚愕と困惑に顔を染めた士郎に飛び膝蹴りを叩き込んだ。
流れるようなその動きは隣にいたはずのライダーが止める暇もないほどだった。
人って人形のように吹き飛ぶんだなぁと彼が思ったのは内緒である。
「よしっ!」
疾走の勢いを全て士郎に叩きつけ、綺麗に着地した凛は会心の笑みを浮かべながら、小さくガッツポーズした。
凛の加速度を引き受け、派手に吹き飛んだ当の士郎と言うと、電灯にぶつけたのか頭部を擦りながら、立ち上がった。
生きてたのかとライダーが思ったこともまた、内緒だ。
「いってぇ………。いきなり何するんだよ、遠坂! 死ぬかと思ったぞ!?」
「それはこっちの台詞よ、衛宮くん?」
その言葉は、酷く丁寧でこれ以上なく優しい声音だったが―――しかし、聞いたものに例外なく恐怖を植え付けるに足るものだった。
『あかいあくま』再誕である。
いきなり、飛び蹴りを喰らうという理不尽な事件に、自分が彼女にしたことを忘れて憤っていた士郎は、そこでようやく、はたと気付いた。
「あの、トオサカサン………?もしかして、怒ってます………?」
「いいえ? 怒ってなんてないわ」
「だ、だよなー。学園一の美少女で、あれほど優しい遠坂が怒るわけないよな………?」
「えぇ。怒るわけなんてないじゃない。昨日あれほど言ったにも関わらず敵のサーヴァントと邂逅して、あまつさえ説明もなしに突っ走って、苦労して電話しても出なくて、まるで関係ないと言わんばかりに話も聞かなくて、ついでに怒られると思ったら取って付けたような褒め言葉並べ立ててっ! その程度で、この私が怒るわけないじゃない」
「すみませんでした、遠坂様」
直ぐ様、土下座体勢にする士郎。
そんな彼に少し親近感を覚えるライダーだった。
それはともかく。
土下座する士郎に、凛はため息をつくと顔をあげるように言い、立ち上がる士郎に手を貸した。
「貴方、前から馬鹿だと思ってたけど、これほど馬鹿だとはね」
「返す言葉もございません………」
「………………もっと、私を頼りなさいよ、バカ」
「え?今、なにか」
「っ! なんでもないわよ、このバカ士郎!」
ドスッという鈍い音とともに再び呻き声を上げる士郎を横目に、さて、と凛は辺りを見渡し―――その目がライダーで止まる。
「貴方が、ライダーね………………ふぅん………………先日はどうも」
「先日………ということは、あんたがアーチャーのマスターか」
剣呑な目で睨む凛に、知らぬ間にライダーは警戒態勢を取っていた。
先ほどのやりとりから、目の前の少女が士郎の友人かそれに類する人物だと洞察していたが、しかしだからといって彼女がライダーの味方とは限らない。
内在する魔力量は少なく魔術師ひとり倒せるかどうかも怪しいが、それでもここで倒されるわけにはいかない。
悲壮な覚悟を胸に心渡の柄を握りしめるライダーと、警戒の色を緩めない凛に、ようやく痛みから立ち直った士郎が慌てて割って入った。
「待った待った!ふたりとも待て!こんなところで争ってる場合じゃないだろ!ここは敵地の目の前なんだぞ!?」
「そんな場所に、敵かもしれないサーヴァントと一緒にいる衛宮くんには言われたくないわ」
「うぐっ………」
痛いところを突かれ言葉に詰まった士郎だが、はいそうですかと引き下がるわけにもいかない。
「冷静になれ、遠坂! ほら、ライダーも武器から力を抜け! 取り敢えず、話し合いをしよう!」
「話し合いなんてしなくてもいいわ」
そんな決意とともに宥めに掛かる士郎を凛はばっさりと切り捨てた。
「遠坂!」
士郎が懇願混じりの怒声を上げるが、凛は簡潔に首を横にふる。
「勘違いしないで。必要ないってこと。ここに来るまでにある程度のことは把握してるわ」
凛は平然と言った。
たっぷり十秒かけて言葉の意味を飲み下した士郎は思わずほっと息をついた。
そして、改めて驚かされてしまう。
士郎から聞き取った言葉は時間にして一分程度。加え、混乱していた士郎の言葉に含まれていた情報量は少なかったはずだ。
ほんの一握りの情報で、細部は違えどおおよその事情をつかむ事のできる彼女は評判に違わず『優等生』であることは疑いようもない。
それが例え作られた虚構の仮面だったとしても、付随する能力は確かなものだということだろう。
「それで?」
「それで、っていうのは?」
しきりに感心していた士郎は話の展開についていけず、もしかして自分が聞き逃しをしたのではないかと疑ったがそんなことは無かったらしい。
凛がため息混じりに問いかけた言葉は士郎にとっては許しがたいものだった。
「もちろん、間桐さんを助けるか、どうかよ」
「そんなのっ………」
今更ながらの問いに激高する士郎とは対照的に、凛はどこまでも冷静だった。
「貴方が間桐さんを助けたいのはわかってるわ。けど、これが罠だって可能性を考えた?ライダーに載せられてるってことはないの?」
「そんなこと、あるわけ無いだろ! 遠坂は見てないから知らないかもしれないけど、ライダーはボロボロで、今にも消滅間際なんだぞ!?それでも―――」
「―――それでも言うわ。えぇ、確かに私は全ての状況を見てるわけじゃない。把握したと言っても全てが伝聞形。微に入り細を穿つ、とはいかないわ。けど、
「………………っ」
凛の言葉は、どこまでも正論だった。
正論すぎて、一部の隙もない。
桜が危ないのも、ライダーから聞いた。ライダーの現界時間だって彼の口からだ。
ではどうして、彼を信頼できる。
ライダーが裏切っていないとなぜ言えるのだろうか。
当事者ではなかった彼女だからこそ、俯瞰して客観的に物事を見ることが出来た。
だからこそ、全てを後から知った彼女は疑い、それは多分紛れも無く正しいのだろう。
「ねぇ、士郎。もう一度聞くわ。貴方の考えを教えてほしい。
凛の言葉に、士郎はギリリと奥歯を噛んだ。
そう、彼女の言うことは正論だ。
反論の余地もなく、思いつくのは幼稚な感情論ばかりで、凛が求める論拠とは全く違うものだった。
だけど、それでも、士郎は―――
ライダーが反論しようと口を開けるのを横目で制しながら、士郎は冷たい視線を向ける凛に向き直った。
「確かに、遠坂の言うとおりだ。ライダーを疑うのも無理はないと思う。俺も客観的に見てたら、罠である可能性を捨てきれないと思う」
「………それじゃあ」
「だけどっ!」
凛の言葉を遮るように士郎は大声を上げた。いきなりの声に眉を潜める凛を見ながら、士郎の中に散りばめられた言葉を―――または感情をひとつひとつ拾っていく。
「………………」
「俺は、ライダーを信頼している。自分の命をかけてまで、敵である俺らに助けを求める彼を、信頼してる」
「それが罠かもしれないのに?」
「そうだ。それが罠であろうと、俺はライダーを信じる。それで騙されたって―――俺は構わない」
紳士に見つめ答える士郎に、凛は深くため息をついた。
「………士郎、貴方は本当のバカよ」
「知ってる」
「………善人に見えたら誰かれ構わず信頼して疑わない頭の抜けたお人好しよ」
「それも知ってる」
「………もっと、明確な根拠を聞いてるのに、口に出すのは楽観論と感情論ばかり。私でなきゃ、とっくに愛想を尽かしてるわ」
「それも知ってる。だけど、遠坂ならわかってくれるってことも、俺は知ってるよ」
「………………っ」
「―――だから、遠坂。俺達と一緒に戦ってくれ」
士郎の瞳に篭められた無自覚の信頼を直視できなくて、凛は目をそらした。
「………はぁ。全くこっちの気も知らないで………。だけどそういう私も、どうしようもないお人好しか………」
そして、今度は諦めたようにため息をついた。
「―――いいわ。貴方達の馬鹿な行いを助けてあげようじゃないの」
「じゃあ!?」
「でも、勘違いしないで」
渋々といった首肯に対し顔を輝かせる士郎に凛は釘を刺した。
「私はあくまで衛宮士郎その人の協力者として手を貸すだけだわ。危なくなったら引くし、無理だとわかったら士郎の首根っこを引っ掴んでも逃げるわよ。それで、いいわね?」
「………あぁ、ありがとう。頼もしいよ」
そう答えたのは士郎だった。
余りにも素直な感謝に、思わず凛は朱に染まった顔を逸らす。
「それでっ!………どうする予定だったの?」
咳払いを一つすると、誤魔化すようにライダーに問うた。
急に水を向けられたライダーは驚き肩を震わせると、丁寧に筋道を立てて説明しだした。
それを凛は黙って聞くと、最後にひとつ頷いた。
「偶然性に寄ってるっていうのが少しだけ気に喰わないけど、これ以上の案は無いようだし………いいわ。それでいきましょう」
「ちょっと待ってくれ」
ライダーの策とも呼べぬ案を受け入れた凛にストップをかけたのはライダーだった。
「なに、ライダー?」
「手伝ってもらっていて、こんなことを言える立場じゃないことはわかってるんだが、あんたのサーヴァントが加わればもっと上手く行くんじゃないか」
「無理ね」
「無理だな」
当然とも言えるライダーの問いに、凛と士郎は無碍に切り捨てた。
自分が否定したのはともかく、士郎がそう答えたのは意外だったのか、凛は少しだけ驚く。
「なぜだ?」
その視線を感じながら、士郎はライダーの疑問に対する答えをすらすらと述べ始めた。
「アーチャーは多分今動けないんだろう。でなきゃ、ライダーが暴発するかもしれない質問を投げかけているのにサーヴァントを侍らせないってのは少しだけ違和感があるからな。………なんだよ、意外か?」
未だ、驚きの視線を向ける凛に少し気恥ずかしくなってぶっきらぼうに士郎は問うた。
「えぇ、少しだけね」
小さく笑う凛に、やや憮然とした感情に流されながらも、士郎は咳払いをすると言葉を紡いた。
「………ともかく。現状ではライダーの案が一番いい。決まったのなら、早く行こう。桜が待ってる」
「だな。さすがに警戒してないとはいえ、敵陣前でのんびり喋り続ける気にはならない」
「早くせんと、状況は悪くなるばかりじゃからの」
「えぇ、そうね。じゃあ、さっさとあの子を助けて凱旋しましょうか―――」
そう、凛が答えた瞬間だった。
「―――そうはさせません」
「………………っ」
聞き覚えのない、第三者の声にその場にいた四人は弾かれたように散開し、声の方向を見た。
そこにいたのは、ひとりの女性だった。
肩口で短く切りそろえられた赤髪に、身体のラインが浮き出るほどぴっちりとしたスーツ姿。それだけならば会社帰りのOLかなにかと勘違いしたかも知れないが、しかし彼女が出す気配はひりつくような敵意。
なによりも、拳を覆う手袋にはケルト伝承を祖にした古代ルーン魔術がかけられていた。
「敵のマスターか!?」
「ここに来て………」
歯噛みする四者に、赤毛の女性―――バゼットはひとりひとりの顔を確認するように眺めながら、じりっと一歩前に出た。
「マスターがふたりと、手負いのサーヴァントが一騎………そちらのお嬢さんは報告にあったライダーの宝具ですか………。マーダーが拘束され、することなしにアーチャーのマスターを追っていたらこんな事態になるとは―――私にとっては好都合です」
「マーダーのマスターか………っ!」
士郎の噛み殺すような問いに答えず、バゼットはキュッと手袋を締め直し、拳を構えた。
「まさか、ここでやる気?こっちは四人よ。サーヴァントもいないのに勝てると思ってるの?」
気を引くように声を張り上げつつも凛の頬に冷や汗が垂れるのを士郎は見逃さなかった。
さもありなん、こっちは素人魔術師と戦闘力半減の死に損ないサーヴァントである。まともに戦えるのは凛だけと言っていい。
―――いや、それだけじゃない。
敵も問題だ。
彼女がマスターであることは疑いようのない事実だ。
しかし。
しかし―――この、気迫はなんだ。
まるで、セイバーと対峙した時のような、サーヴァントにも勝るとも劣らない殺意は、なんだ。
「数頼み。不意打ち。逃走。どれをとっても結構ですよ」
「………………っ」
バゼットの言葉に、不意打つため彼女の死角へ移動していた忍野忍が渋面を作り、後ろに重心を下げていたライダーが弾かれたように顔を上げた。
「どのみち、逃がす気は毛頭ありません―――代行者を舐めないで頂きたい」
「代行者!?『時計塔』の奴らはそんな化け物を送ってきたというの!?」
士郎は『代行者』という存在がどのようなものなのか、寡聞にして―――ちなみに謙遜ではなく本当に彼は寡聞だ―――知らなかったが、しかし凛の反応で敵が強いことだけは察せた。
投影した心渡に、不思議と力が籠もる。
そして―――
「さて、そろそろはじめましょうか。抵抗しないで頂けるとこちらとしてもありがたいのですが」
「来るぞっ!」
―――今次聖杯戦争において、単純な戦闘能力という点では一二を争う封印指定執行者という強敵との戦いは始められた。
◆◇◆◇◆
第五次聖杯戦争三日目。
第六戦。
鉄血にして熱血にして冷血の吸血鬼に憑かれた少年『
目的間近にして、思わぬ戦いに誰も彼もが否応なしに引きずり込まれていた。
一週間に届きませんでしたが、日時が同じであるので許してください………
ちなみ士郎が凛からの電話に答えなかったのは故意でなく、前々回で球磨川禊ことアサシンに破壊されたからです