28,
ただで転ぶな。他人を道連れにしろ
◆◇◆◇◆
「忍術って言葉はどういうわけか、男心をくすぐるよな。遁術、変装術、偵察術、それに武術。ありとあらゆる当時の最新技術を習得し、敵地に進入する現代の工作員兼誇り高き戦士………。それに憧憬を抱くのは、決して俺がこの国で産まれ育ったからじゃないと思うぜ。それは、世界的に某忍者漫画が盛況なのも証明している」
「………………」
「だから、俺はちょっとばかり期待してたんだぜ?手品みたいに敵を欺き、安々と敵地に進行し、摩訶不思議な奇術で敵を翻弄する―――そんな忍者と戦える可能性があるこの聖杯戦争に」
「………………」
マーダーの語る忍者への幻想に、元とはいえ確かに忍者であったアーチャーは物申したい気分に苛まれた。
彼の語る忍者像は確かに概ね間違っていないが、しかしそれが全てというわけではない。
その仕事の殆どは、情報収集や虚々実々の噂話を流すなど地味なものなのだ。
彼の語るような華やかな任務も無いとは言わないが、しかしそれはごく一部の限られたものである。
忍者とて、人間を超越した神ではない。
失敗することもあるし、というより暗殺などは失敗する確率のほうが高い。
もし百人が百人必ず敵を暗殺できる忍者だとすれば、この世から武士という存在は駆逐されただろうし、幕府の元に天下統一などしなかっただろう。
「だけど、蓋を開けてみりゃどうだ。クラス適正に見合うであろうアサシンは未だ引きこもり、元忍者だとか言うあんたは銃なんて無粋なものを使う始末。どう言い訳しても、忍者に対する憧れは無くなっちまう………いや、銃を使うのがいけないとは言ってないぜ。むしろ、確実な暗殺方法としては近づいて刀を振り回すより、遠くからズドンと一発殺るのが上策だ。時代の趨勢を見極めることが必須な忍者としては、至極当然な判断だと思う。だけど――――――」
そう語るマーダーは酷く残念そうで、その言葉にアーチャーは再び声を大にして講義したい感情に駆られた。
だがしかし、その他の不満をアーチャーはぐっと堪える。
否。
「だけど―――その銃を使ってもその
なぜなら彼は言葉を紡ぐことすら億劫なほど、切創を負っていたのだから。
彼が知覚しうるだけで体表面には四十二を超える切創。実際にどれだけの切創が刻まれているかは、意識的に痛覚を遮断して久しいアーチャーにはわからない。
が、その内七が人体における重要な血管まで達する多大な出血を伴う大きなものであり、その他細かい傷に至っては数えることさえ難しい。
放置したら、確実に死ぬ。
常人であれば数分で出血死するだろう傷を負って未だ存命しているのは、紛うことなく
彼がこれらの傷を負ったのは、別段目立ったミスをしたわけではなかった。
むしろ、マーダーの振るう暴力的な斬線の前にアーチャーは己の持つ技術と炎刀・銃を使い、上手く立ちまわった。
しかし、およそ十五分後。
隅まで追い詰められ、壁を背に荒く呼吸する負傷を抱えるアーチャーと、幾条もの弾丸が掠ったものの戦力的には減衰してない気力十分なマーダーを比べればどちらが勝者か一目瞭然だった。
故にこれはサーヴァントとしての
彼とマーダーの間に横たわる、隔絶した圧倒的な速度の問題だった。
初日の時点でわかっていた。
アーチャーが一歩下がる間に、彼は二歩詰められるのだ。
そして、戦いにおいて牽制しつつ引くことより、攻撃を防ぎつつ進むほうが遥かに困難であることは明白だ。
だというなら、こと接近戦においてマーダーの力量はアーチャーのそれを遥かに上回っていることに他ならない。
戦場も敵に利したはずだ。
教室という、狭くそして障害物が多くある場所では、先日のように二刀流でもって距離を盾にする戦いは難しい。
必然、アーチャーは遠距離武装である銃を使って、鬼神のごとく猛攻を加えるマーダーを防ぐほかなかった。
そして、銃弾はマーダーに対して決定打になりえない。
彼が振るう銃弾より早いナイフは安々と銃撃を散らし、一瞬の隙をついてひとつずつアーチャーの身体に切創を刻みこむ。
じわじわと真綿で括られるように追い詰められていったアーチャーはついに膝を着いた。
最初の頃とは立ち位置も変わっている。
徐々に追い詰められたアーチャーは四隅のひとつに追いやられ、マーダーは教室の中央に陣取り油断なく監視している。
今のまま、状況を打開しようとしたならば、すぐさまアーチャーの首筋にナイフを叩き込むだろう。そのぐらいはアーチャーにもわかる。
絶体絶命。
これ以上この言葉が合う状況を、彼は知らなかった。
「どうした、アーチャー。なにか反論は無いのかよ」
と。
壁を背に足を投げ出し、荒い息を吐きながら、それでも銃口を敵に向け続けるアーチャーに、マーダーはつまらなさそうに言う。
失望したと言わんばかりに、大きなため息混じりに言い放つ。
「あんたの銃撃と格闘術を混ぜ合わせた戦闘術は確かに大したものだったけれど、しかし俺には効かなかったみたいだな―――悪いけど、そういう手合とはやりあったことがあるからさ」
「………『
マーダーとの会話で―――と言っても一方的なものだがそれはさておき―――わずかに回復したなけなしの体力を振り絞り、アーチャーは身体を起こす。
もちろん、銃口はマーダーに向けたままだ。
彼が無闇に突っ込んで来ないのは、
殺気を感じ狙いすましたように銃弾を迎撃する彼にとって拳銃は脅威に値しないが、しかしそれは一般人―――ないし銃器の
マーダーの目の前にいるのは手負いなれど忍者。あらゆることに精通した
いったいどういう行動に出るか読めたものではないし、そうでなくても彼の銃撃はマーダーを傷つける可能性が十分ある。
「………………」
と。
マーダーは躱しきれず掠った頬の銃創に手を当てる。
一見、マーダーがアーチャーを追い詰めたように思える場面だが、しかし
拳と銃の合わせ技は確かにマーダーにとって克服した戦法であったが、だからといって油断できるものではない。
アーチャーの倍の速度を引き出す彼でも銃拳入り交じる極至近に身をおくのは、ためらわれる。
故に、拳の範囲外で―――かつ己がナイフの届く距離である前後僅か十数センチの間合いを維持し一撃離脱せざる得なかった。
だからこそ、マーダーに慢心は存在しない。
一歩間違えば、負けるのは自分だと理解しているからだ。
そして、そんな彼の考えをわかっているからアーチャーも隙をつけない。
ゆえに戦況は硬直した。
最後の抵抗を警戒するマーダーに、致命的な一撃を叩き込むべく隙を伺うアーチャー。
その両者に、酷く不安定な均衡が生まれていた。そして勝利の天秤はわずかだがマーダーに傾きつつある。
しかし、アーチャーは諦めてなかった。
結局のところ、ある程度拮抗した戦いなんてものは、結局時の運だ。
ちょっとしたきっかけで注意が逸れることもあるし、つまらぬミスで命を落とす可能性だって捨てきれない。
だからこそ、辛抱強く耐え、好機を見逃さず幸運の女神の前髪を掴んだものが唯一人勝者になりえるのだ。
とはいえ。
「………このままでは私が不利か」
アーチャーは自分に不利であることを認めると、頬を伝って落ちる汗と血の混じりあった混合液を鬱陶しそうに拭い去る。
そして、にわかに傷だらけの全身へ気力を充実させると、ぼそりと一言呟いた。
「………忍法『筋肉騙り』」
その瞬間、彼の身体から止めどなく流れでていた血液が止まった。
否。それだけではない。
体中に負っていたはずの怪我が影も形も無くなった。
あまりにあまりな光景に、傷をつけた張本人のマーダーですら驚き、呆れる。
「………おいおい、忍法ってのはなんでもありかよ。まさか、傷ついた身体を瞬時に回復する技があるなんて、そんなの聞いてねえぞ」
「ふん………『
「ふぅん。まるで、どこぞのバトル漫画のようなことやりやがって。全くもって開いた口が塞がらないぜ」
「どうだ?貴様の幻想を崩さずに済んだかな?」
「………まさしく、傑作だ」
―――いや、同じではない。
同じでいられるはずがないのだ。
アーチャーは言った。
先ほどの忍法はあくまで出血を抑えるもので怪我を治すものではない、と。
忍法『筋肉騙り』。
筋肉を無理やり収斂させ出血を抑える、忍法とも呼べぬ下らぬ技。
しかし、戦闘において―――特に一対一の接戦において出血を止められるというのはそれだけで値千金の技術のはずだ。
僅かでも血を流せば集中力は鈍り、腕に力が入らなくなる。
そして、体内にある四割の血液を失えば容易に死に至る、時限爆弾。
だというのに、アーチャーはこの土壇場になるまでその忍法を使いもしなかった。
それが意味することは明白である。
使えば、不都合が生じる。
あるいは、事前準備が必要な容易に使えぬ技か。
おそらく、前者であろうとマーダーは睨んだ。
彼の説明によれば、その忍法は筋肉によって出血を止めているらしい。
ではここで疑問だ。
全身の傷から出血しないよう筋肉を引き締めた状態で、万全の力を出せるだろうか。
おそらくは、否。
そんな酔狂なことを、マーダーは試したことが無かったため断言できるわけではないが、しかし意識的に筋肉を収斂させている状態での戦闘は相当に集中力を消耗するはずだ。
だからこそアーチャーは今の今まで使わなかった。
―――だからこそアーチャーは今、使った。
「………………」
それが意味することもまた―――明白だった。
明らか、すぎた。
「乾坤一擲………最後の一撃ってことか」
己の力を出しきるための前準備。
あるいは、機を伺うために残る体力を温存しにかかったか。
聞こえがしに呟いたマーダーの言葉に、しかしアーチャーは答えなかった。
変わりに質問で返す。
「………ところで、殺人鬼。貴様は疑問に思わなかったのか、初戦
「………なに?」
「聖杯戦争の最序盤に―――情報を秘匿して敵を討つことに我らが心血を注ぐ期間に、あけすけに宝具を開帳したことに疑問を抱かなかったか、と問うたのだ、殺人鬼」
「………………」
それは。
マーダーとて考えないではなかった。
対サーヴァント戦において、宝具とは一発逆転の一撃だ。
ハマれば一撃封殺。その後対応しようともおおよそ拮抗まで持ち込むのは難しい、言葉通り最後の切り札。
だから、皆その取り扱いには最新の注意を払うし、相手の宝具を知るということはチェスで言うチェックをかけた状態に近い。
どんな宝具にも弱点があるからだ。
多大なエネルギーで敵をかき消す対城宝具なら、接近戦に持ち込み、宝具を抜く暇を与えなければいい。
放たれればどんなことがあろうと必中する対人宝具なら、敵の見えぬ遠方から嬲り殺しすればいい。
サーヴァント本人の持つ力量でとれる戦術に違いはあれど、敵の切り札を知ればそれだけ選択肢は増える。なんなら、弱点となる能力の持つ他のサーヴァントに情報を流してやってもいい。
聖杯戦争はバトルロワイヤル。
苦手な相手とは戦わなければいいだけなのだから。
誰が殺そうと最後に残るのが自分であればいいのだから。
そして、事実マーダーも対策を講じてこの場にやってきてる。
教室という逃げ場の限られた狭い空間。
射出兵装の利点を殺しきる直近の間合いからのスタート。
アーチャーに比べ速さで勝る己の身体能力。
この条件ならば、宝具を出先で抑えアーチャーを打破できる。
だからこそ、マーダーは敵が最序盤に宝具を開帳したことに感謝し―――そして同時に疑問に思っていた。
なぜここなのだ。なぜこのタイミングで切り札を使うのだ、と。
いや、確かに初日の戦いはアーチャーに不利だった。
明らかに足手まといのマスターに、未だ本気の出さぬ敵。そして、いつ来るともわからない乱入者。
どれもが彼にとっては不利な条件で―――しかし、そのどれもが決定的ではない。
宝具を使うまでもない。
実際に戦ったマーダーはそう判断していた。
だが―――
「考えなしと侮ったか?無策だと嗤ったか?『
「………………」
「私の宝具は四季崎記紀が作りし完成形変体刀が最後の一本『炎刀』・銃。その射程は五十五間(約百メートル)………。私のクラスがアーチャーであることと、予想してしかるべき戦場がこの冬木での市街戦であることを考えると、召喚された全サーヴァントの中で最大の射程を持つだろうが―――」
「………なにを、いきなり」
「今更なことだが私の宝具は酷く、弱い。その能力は一度に篭められる全弾を射出するという単純なものだし、そもそもその弾丸にしても威力が低すぎる。大魔術や儀礼呪法を防ぎきれる対魔力性能を持つ者なら、歯牙にも掛けぬ程度の宝具だ―――あの虚刀流辺りなら躱すまでも無いだろう」
そう。
アーチャーは滔々と語りだした。
表情の読めぬ仮面越しに、自身の宝具を―――その弱点を語りだした。
「視界に入る魔弾を放つ言ってもその追尾性能はお座なりで、最大有効射程で素人が扱ったとて半分も当てられぬだろう―――静止対象にですら、だ。全く、私の宝具とはいえこれほど使い勝手の悪いものがあっていいものかと怒鳴りたくもなる」
なにを、考えているのか。
そもそも、己の弱点を晒すことに意味などあるのか。
マーダーには解らなかった。
最初は負けを認めたのか、とも思った。
しかし、それは違う。
彼の目を―――いや、仮面を被っているのだから目は見えないのだけど―――それでも風体を見ればすぐさま理解る。
―――この男はまだ勝つ気でいる。
「唯一誇れる点といえば、その燃費性能ぐらいのものだが―――消耗を考えず通常攻撃と同じように使える点ぐらいだが、それも敵を倒せぬ宝具ならむしろ無い方がマシというものだろう。というより、切り札として使えぬのなら宝具とは呼べぬ。そう、私は思っていたが―――」
自然とナイフを握る手に力が篭もるのを自覚する。
追い詰めているのは自分だと―――チェックをかけているのは己の方だと、そう言い聞かせているのに、しかし目の前の男の気迫に押されていた。
「―――しかし、今は逆に感謝している。その気軽さに。気概もなく誰にも使えることに」
「………感謝?」
「そうだ。貴様のような、私の宝具を攻略出来ると踏んで挑みに来る愚か者を釣り出せるのだからな」
そう、アーチャーは嗤った。
そして、二挺一対の刀『炎刀』・銃のトリガーに指をかけた。
「………俺が罠にかけられたとでも?」
「そう言ってるのだよ」
「………不利な閉所で戦うことになったのも、あんたが膾切りにされたのも、逃げ場のない四隅に追い詰められたのも、全部が全部―――」
「『
「―――ハッタリだな」
「―――ふん。ならば試してみるか」
「連れねえな。最後のネタばらしがまだだって言うのによ」
「それは次話のお楽しみ、というやつだ」
そう言ってアーチャーは笑い―――マーダーは笑わなかった。
少しずつしかし確実にアーチャーの身体へ宝具開張のための魔力が集まっていくのが見て取れた。
それにマーダーはより一層警戒を強め、どのような事態になろうとも対処できるよう気を配った。
そして。
「行くぞ、殺人鬼―――『断罪炎刀』」
アーチャーの宝具開帳とともに、三度両者はぶつかり―――その決着は一瞬だった。
◆◇◆◇◆
同時刻、冬木郊外の森深きところに忘れ去られたようにひっそりと存在するアインツベルンの居城にて。
戯言遣いは、靴に入りきらぬ己の足をどうにか収めようと悪戦苦闘していた。
家主であり、聖杯戦争におけるアインツベルン家最大の切り札であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンに与えられた居室で、唯一人黙々と。
靴を履き直していた。
聖杯戦争のためだけに作られたこの城は、当然だが西洋出身の人物が使いやすいように作られており、つまるところ何が言いたいかというと、この城内では土足厳禁などというこの国特有のルールは存在しない。
玄関から自室まで土足で歩き、食事も靴を履いたまま食べる。靴を脱ぐタイミングと言えば、ベッドで横になる時ぐらいだろうか。
しかし、そんな気風に戯言遣いはどうにも居心地の悪い感覚が拭えなかった。
海外留学経験があり、土足で暮らすのがグローバルスタンダードであることは重々承知だったが、しかし自分は根っからこの国の人間だと言うことになるのだろう。なぜだか性に合わない。
だから、戯言遣いが城内を歩きまわる時は素足には劣るけれど開放感と清涼感で優れるスリッパを使用しており、とどのつまり彼が靴を履くということは外出を志した時に他ならなかった。
「キャスター」
「………セラ、さん」
ようやく窮屈なそれに足を通し、具合を確認していざ出陣と戯言遣いが顔をあげると、そこには側付きメイドのひとりであり、己がマスターでもあるセラが半開きのドアを塞ぐように立ってた。
きっちりとしたメイド服に袖を通し、一部の乱れもないその風体は正しく彼女の在り方を表しているようである。
そんな彼女が、不快感を露わに自分を睨みつけていることに気が付き、戯言遣いは困ったように頭を掻いた。
「どこに行く気ですか。イリヤ様は貴方の外出を許可してませんが」
「聞かなくてもわかっているでしょう、そんなこと」
「わかっているから、私はここにいるのです」
意図せず漏れた言葉はどこかぶっきらぼうになってしまう。
作戦は、失敗だ。
戯言遣いはひらひらと両手を上げた。
それは他意が無いことの証明だったし、降参の意でもあった。
しかし、そんなもの目に入らぬとばかりにセラは畳み掛ける。
「昨日の外出も、私はまだ納得していません。貴方は聖杯戦争というものを理解していないように思えます」
「そんなことはないと思いますよ」
少なくとも貴方よりは把握してる。
と、流石にそこまでは言わなかったが。
しかし彼の抱く不満は余すところなく伝わったようだ。
セラの顔つきが少しだけ厳しくなる。
「理解しているのなら、戦闘能力の持たない貴方がふらふらと街を出歩くのがどれほど危険な行為か、講釈を垂れるまでも無いということですね」
「………………」
それを言われると、痛い。
戯言遣いは何も言えなくなってしまう。
何も知らない彼女から見たら、昨夜出歩き敵のサーヴァントと仲良く散歩した戯言遣いの行動は支離滅裂で、あるいはアインツベルンに害意を持っているようにしか見えないのかもしれない。
ただ、もし彼の想像通りにことが進むのなら。
あの行動は最適解のひとつだったことは疑いようもない事実だ。
しかし、それをセラに説明してみせるのは少し難事だった。
いや、正確に期するなら―――
「イリヤ様にどのような方法で取り入ったのかは存じませんが、私は貴方を信用していません。そもそも、アインツベルン家の勝利はあの朱色のバーサーカーを引き当てた時点で決まっているのですから、私には貴方を引き込む意味すら見いだせませんよ」
「………………」
彼の思惑を―――
不可能に近い、なんて可能性が残っているような表現ではなく、一部の隙もなく不可能だろう。
「えぇ。わかってますよ。ぼくはイリヤちゃんの好意と、セラさんの温情によって生かされている。そうでしょう?」
「………わかっているなら、それでいいのです。貴方はただここで、私達に生かされていればいい」
「籠の中の鳥、というわけですか」
「無闇矢鱈に鳴いて、撃たれたくはないでしょう?」
セラはにべもなく言い放つ。
そんな彼女に、戯言遣いは苦笑した。
彼女は思った以上に、戯言遣いのことを警戒しているようで、取り付く島もなかった。
どうにも、こちらの方面では分が悪いらしい。
だから、戯言遣いは切り口を変えることにした。
「そう言えば、イリヤちゃんの姿が見えないのですけど、彼女はどこに?」
交渉相手なら、セラよりイリヤのほうが与し易い。
と、戯言遣いは考えていた。
実のところイリヤが戯言遣いに向ける感情は、セラが感じているような協力者に対する好意なんてものではなく、むしろ捨て駒に与える幾らかの興味、と言ったほうが近い。
一般人なら履き違えることのないほど隔絶した感情だが、しかしホムンクルスであり、他人という存在を殆ど知らず他者への感情の振れ幅が極端であるイリヤに限って見ると、それは十分好意に類するものと考えても良いだろう。
それでいて、大事に囲っておくほど執着しているわけではない。
だから、イリヤならば戯言遣いが外に行きたいと告げても、二つ返事で了承するだろうことは考えるまでもないことだった。
戯言を、使うまでもないことだった。
そう思っていた彼だったが、その考えはセラの言葉により容易く打ち砕かれた。
「残念ですが、イリヤ様は外出中です」
「………今、なんと?」
「ですからイリヤ様は今この城に居らっしゃらない、と言っているのです」
突き放すように述べたセラの言葉に、戯言遣いは耳を疑い問い返したが、その結果は変わらなかった。
彼は信じられないものでも聞いたように、慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってください。イリヤちゃんは外出中なんですか?」
「そう、申し上げました」
「ひとりで?」
「リズが付いています。もちろん、バーサーカーも一緒です」
「………いったい何のために?」
「これは聖杯戦争なのですよ、キャスター。マスターがサーヴァントを伴って戦場に赴く。その行動の意図など口にするまでもないでしょう」
何をバカなことを、と鼻で笑いながら答えるセラ。
徐々に明かされていく状況に、いよいよもって戯言遣いは頭を抱えたい思いに駆られた。
しかし、直ぐ様思い直す。
そのように事態が動くならば、ここで漫然と時を過ごしているわけにはいかない。
いそいそと外着を着こみ、忘れ物が無いか各種点検をし始める戯言遣いに、今度慌てたのはセラだった。
「何をしているのですか?」
「もちろん、イリヤちゃんを追います」
今までの会話が何だったのか、と思うほど平然と言った彼の腕を、セラが引き止めるよう握った。
「させると、お思いですか」
「させない理由が思いつきません」
「何を根拠に………」
鋭い剣幕で睨むセラに、戯言遣いは手を止めて(というより、腕を握られている以上止めざるを得なかったという方が正しいが)見返した。
そして、畳み掛けるように彼は言う。
「今のままではイリヤちゃんが危ない。というよりも―――」
―――哀川さんが危険だ。
そして語れた内容は、主を思い行動するひとりのメイドが、戯言遣いの腕を離すに足る十分な理由だった。
忍法『筋肉騙り』は原作には登場しない、全くの創作です。
能力はただ筋肉に力を入れて血を止めることです。全く忍術じゃねえ。
別に無くても話の展開上問題なかったのですが「アーチャーの忍法スキルってわかりにくいなぁ」と思ったので、わかりやすく表現してみました。
この作品では創作技はあまり出したくなかったのですが、苦渋の決断というわけです。
なので、後々見直して、気に入らなかったらその下りを削除するかも知れませんが、ご了承ください。