29,
同情するな、憐れむな。共感するな、理解るな。それは彼の努力を無に帰す行為だ。
◆◇◆◇◆
アーチャーとマーダーの戦いは一瞬で決着が付いたが、しかしそこに両者の数限りない思惑のぶつかり合いがあったことは否定しようのない事実である。
命を対価に仕掛けた様々な策略が。あるいは生き残るための狡猾な知恵が。
そこにはあった。
一瞬を限りなく引き伸ばした極限の世界で、マーダーとアーチャーは凌ぎを削っていたのだ。
そこにあったのは彼らの勝利への執念であり、生への執着であり、はたまた譲れぬサーヴァントとしての矜持だったのかもしれない。
しかし、誰がどれだけ望もうとも、永遠はこの世に存在せず、形あるものは朽ち果て、先延ばしにされた戦いに決着はつく。
ゆえに彼は、その一瞬を痛烈に生きて。
そして、誰かの決意を踏みにじり否応なしに物語へと飲み込まれていったのだ。
そこは、サーヴァントであるかどうかなど―――人の身を超えた英霊であるかどうかなど関知せぬ領域で。
弱者も強者も最狂者も、富者も貧者も乱入者も。
足掻き、苦しみ、悶えた先で、ただ漫然と受け入れがたい結果を抱きとめるしか選択肢はない。
だからこそ、世界は残酷で。
それでも懸命に戦い抜いた彼らの結末を余すところなく克明に描写し伝えることのみが。
彼らの生き様を表現することだけが。
それに報いる数少ない報酬に他ならないのではないだろうか。
◆◇◆◇◆
アーチャーが宝具を開帳する時にはもうマーダーは動き出していた。
ナイフを携え、目の前の敵を斬り殺すために突貫する。
さもありなん、彼が己がナイフの間合い外の―――そして、アーチャーを刺激しない程度の距離を保っていたのは、この時のためだったのだから。
必殺の間合い。
それでいて、敵を刺激しないギリギリの距離。
それを見極め、マーダーはアーチャーと対峙していた。
なるほど、マーダーの選択は与えられた情報の中で、現状取りうる中で最良のものだったに違いない。
そして、それを実際にやってのけた彼の感性も、筆舌尽くしがたい絶技であったことは疑いようもない。
しかし、その情報がそもそも間違いであったのなら?
思考の隙間に滑りこませるように埋没された毒であったのなら?
その可能性にマーダーは先の独白まで気づくことが叶わず。
そして、それはこの戦いにおいて致命的な遅れになった。
「―――『断罪炎刀』」
「………………っ」
アーチャーの宝具が開帳された瞬間、マーダーの内心にあったのは驚愕であった。
(―――前回よりも早い)
初戦よりも幾分か速度の増した展開速度。
魔力が溜まりきってない状況での、宝具使用。
否、そうではない。
元から、これだけの魔力量で宝具を使用できたのだ。
ただ、それを偽っていただけのこと。
それこそが、アーチャーが仕込んだ一つ目の毒。
宝具の能力を知り、勝てると踏んで向かいに来た愚か者を噛み殺す致命的なズレ。
それは近接戦で戦うほか優位を保ちづらい彼の能力と見事にマッチしている。
遠距離戦であれば、僅かな早さなど一考だにしないものだろう。
十分な距離があれば、決め手にもならぬ下らぬ細工だろう。
しかし、ことここにおいては。
それは、思い上がったものを殺す必殺の罠と化す。
だが、そんな状況に置かれてもなお、マーダーは冷静だった。
否―――
(これがあんたの仕掛けか。少し拍子抜けだぜ、アーチャー)
失望さえ、していた。
確かにアーチャーの潜ませた毒により、マーダーの作戦は瓦解した。
しかし、それがどうしたというのだ。
そんなことで勝ったつもりか。
実力が伯仲している一流同士の戦いにおいて、当初の策が見事成功するなどまれな事態だ。
もし、崩れた時点で負けと決まる程度の実力ならば、そいつは二流以下である。
一流の一流たる所以は、想定外の状況からの立て直しできる即応力にあるのだから。
そして、マーダーは間違いなく一流のプレイヤーだ。
この程度の状況を覆せなくて、どうやって今の今まで生き恥を晒せたというのか。
だからこそ、マーダーは絶体絶命のピンチにも関わらず至極冷静にナイフを振るい、いずれ拡散し四方八方から襲いかかる―――しかし未だ密集し迎撃しやすい十七発にも及ぶ銃弾を弾き、いなし、躱し、逸し、一時的に自分の身の安全を確保し。
―――そして、アーチャーから注意を離した。
それこそが、アーチャーの狙いだったとも知らずに。
「―――『断罪炎刀』」
「………………っ」
再び、宝具開張を告げる冷たい声がした。
―――『相生拳法・背弄拳』。その合わせ技。
背中越しに聞こえる圧縮された十七発の発砲音。空を裂く音まではっきりと聞こえる。
放たれたそれはすぐさま拡散し、マーダーを覆う銃弾の檻と化すだろう。
(これがあんたの作戦かっ―――!)
前方に意識を集中させてからの、背後への強襲。
それも、直前まで気配を微塵も感じさせない徹底した隠密射撃。
さすがは忍者、とでも言うべきだろう。
アーチャーの最大限能力を引き出し、緻密に編まれた攻撃に驚愕し―――しかしそれでもマーダーは冷静に対処する。
驚かされたのは確かだが、彼の技量と速度をもってすればギリギリ対処できるものだ。
足りぬ手数を補うため、すでに空いていたもう片方の手には新たなナイフが握られている。
それと無理矢理引き戻した合計二本のナイフを振るえば、少しばかり出遅れたとて狭く銃弾の軌道が限られるこの場所ならば斬り抜けることは可能だ。
「おらっ!」
振り返りながら、向けられた殺意を感じ取り適切な軌跡にナイフを添える。
断続的に鋼が鋼を撃つ音。アーチャーとの戦いで何度も聞いた音が響き渡るのを聞いて、自身の狙いが正確だったことを知り、マーダーは安堵し―――そして、絶句した。
振り返ったそこに
散らされた銃弾と、己の腕が見えるのみ。
そこでマーダーはある疑念を抱く。
まさか。
まさか、彼は。
まだ放つ気でいるのか―――
「―――『断罪炎刀』」
―――そして、その疑念は当たった。
振り返ったマーダーの肩越しに聞こえる発砲音。再び、背後をとったアーチャーの宝具展開。
背筋が凍る。手先が震える。掠れた喉から出る驚愕は引き攣っていた。
展開速度が早いなんてものではない。
一連の流れのいったいどこに魔力を貯める暇があったというのだろう。
魔力を貯めることなく開放した宝具。ということは、先ほどの宝具開張すらマーダーの油断を誘うものだった、ということか。
『唯一誇れる点といえば、その燃費性能ぐらいのものだが―――消耗を考えず通常攻撃と同じように使える点ぐらいだが』
アーチャーがそう言っていたのを思い出す。
それは紛うことなき真実で。
そして、今までの宝具開張はこの時にためのものだったのだと、今更ながらマーダーは気がついた。
しかも、
殺気を読み、銃弾が引き裂く軌跡を読めるマーダーだから理解できた。
アーチャーの宝具はマーダーを
放たれた銃弾はそのどれもがマーダーが二度散らし、各所を跳弾し周囲を跳ねまわる銃弾を狙っていて―――
中空でそれらにぶつけることで、マーダーを引き裂かんと狙い済ましていた。
―――跳弾、曲弾、遅延弾。
アーチャーの磨け上げられた殺意がマーダーを狙わずに、しかし銃弾を届ける。
まさしく研鑽の極地。ただしく至高の境地。
マーダーの矢避けの加護を突破するためにアーチャーが考えぬいた、ただひとつの答え。
殺気を感知しそれらが描く軌跡にナイフを滑らせることにより、銃撃に無類の強さを持つマーダーの守りを無力化する、冴えたやり方。
(………………間に合わない)
危機的状況で際限なく極限まで加速された脳裏で、マーダーは冷静にそう判断を下した。
殺気を頼りに銃弾を迎撃することができないマーダーが、この窮地を乗り越えるためには三手必要だ。
すなわち。各所に散りばめられた弾丸を視認し。それが辿る軌跡を想定し。散らすためにナイフを振るう。
そして、それはもはや不可能な事柄だった。
既に銃弾は発射されている。空中を走る弾丸に跳弾した銃弾が上げる甲高い悲鳴を、マーダーの耳はしかと聞いていた。
(前方に身体を投げ出すか?)
―――否。正面にはアーチャーが放ちマーダーが迎撃した弾丸が、各所の配置された机にぶつかり跳弾して銃弾の壁を作っている。ゆえに却下。
(相打ち狙いで特攻するか?)
―――否。アーチャーがその程度で倒せるなら、マーダーはここまで苦戦していない。それに、アーチャーが再び背後を取らないとなぜ断言できる。ゆえに却下。
(宝具を使うか?)
―――否。事ここに至っては、マーダーの宝具など役に立たない。そもそも、銃弾がマーダーを殺す前に展開しきれる自信がない。ゆえに却下。
八方塞がりだった。
もはや、どう転んでもマーダーの負けは確定だ。
アーチャーの言葉は正しかった。
マーダーは、宝具を攻略出来ると踏んで挑みに来る愚か者だった。
これだけの飽和攻撃。
いくらアーチャーの技量が確かなものだと言っても、その場で作り上げるには無茶が過ぎる。達成するには、ひとつふたつばかりの奇跡が必要だ。
だとするならば、アーチャーは読んでいたということだろう。
ここで戦いになるということに。
マーダーが仕掛けてくるということに。
いや、慎重な彼のことだ。
もしかしたら、ここ以外でも―――襲撃されそうなポイント全てで迎撃プランの策定を終えていたのかもしれない。
全てはアーチャーの手のひらの上。
ゆえに、マーダーの敗北は必定。
こうなることは、避けがたい運命だったのだとも言える。
「かはは、傑作だぜ」
だからこそ、マーダーは勝ちを諦め、全てを受け入れ、負ける決意とともに全身の力を抜き―――
―――そして、世界は爆発した。
◆◇◆◇◆
三半規管がねじ切れた。あるいは、天地が逆転したのかもしれない。
英霊たるマーダーをして、そんな馬鹿馬鹿しい想像を信じるにたる衝撃だった。
身体の各所が痛みで悲鳴を上げてる。
痛みのあまり触覚が機能していない。
自分は立っているのか、座っているのか。
それとも、臓物を投げ出して瀕死なのか。
それすらもわからない。
しかし、まだ自分は生きてる。
それだけはわかった。
辛うじて無事だった視力をもって状況の把握に努めようとするも、見える範囲は粉塵が舞っていて見透かすことすら不可能。
わずかに読み取れたのは、どうやら自分は教室の壁に叩きつけられているようだということ。
アーチャーの仕業か。
すぐさま思いついた考えをマーダーは一考だにしないまま棄却する。
もしそうなら、マーダーが生きてることが不可解だ。彼は既にチェックメイトをかけていたのだ。マーダーも打つ手なしと諦めるほど完全な、詰み。
それをわざわざ台無しにすることを彼が行うはずもない。
それにアーチャーの宝具はこんな惨状を引き起こすものではない。
彼の宝具は周りの環境を破壊するほどの威力はなく、むしろ周囲の状況を利用する類のもののはず。
彼にこのような芸当が出来ないと断言するわけではないが、しかし意味がない。
メリットが、ない。
であるなら、マーダーが?
いやいや、それも違う。
利点という意味ではこれ以上なくマーダーにプラスの状況だが、しかしそんな彼自身も一時的に戦闘不能に陥っている。
そもそも、彼はこのような災害じみた暴力は振るえないし、まさかここに至って自覚なき力に覚醒したなんて失笑ものの事態が起きたわけでもないだろう。
そんな漫画じみた都合のいい展開は、所詮空想の中だけである。
では、第三者が?
横から隙を伺っていたサーヴァントの横槍ならば?
なるほど、これまでの考えよりは現実的だ。
しかし、もしそうであるならばそいつの頭はいささか足りてないように思える。
端的に言えば、ただの馬鹿だ。
放置しておけばマーダーは負け、残るは負傷したアーチャーのみ。
漁夫の利を狙うにしてもタイミングが早過ぎる。
だったらなんだ。
何が起こった?
「くそっ………」
悪態をつきながら、ようやく動くようになった身体に鞭打ちマーダーは全身に覆いかぶさる何か重いものを―――それはひしゃげた机だった―――退かし、壁に縋りながら立ち上がる。
一応、身体に目立った傷はない。
しかし、受けた衝撃は確かにマーダーの身体に蓄積して、その足はわずかにふらついていた。
そして、己が攻撃力の生命線である握力を確かめながら、そう言えば持っていたはずのナイフは何処へ行ったのかとマーダーが辺りを見渡した瞬間。
一陣の風が吹き、立ち込めていた粉塵が消え去った。
「………………は?」
そして、眼前に現れた光景に絶句した。
―――そこは廃墟だった。
窓という窓が割れ、窓際の、先ほどまでアーチャーとマーダーが交戦していた壁には測るのもバカバカしくなるほどの大穴が開いている。
その影響か、教室のおよそ三分の一はヒビ割れ崩落し、ここが教室であった証拠など半ばで絶ち砕けた黒板ぐらいのもの。未だ、この建物が崩壊してないのが不思議なぐらいである。
無数にあった勉学のための机や椅子は四方八方に撒き散らされ、その大半が砕け、折れ、原型を留めていない。マーダーの身体に覆いかぶさっていたものもどうやらそのひとつのようだった。
マーダーが呆然と立ち尽くしているそこはどうやら廊下側の壁際のようだが、しかしそことて砲撃でも受けたような幾つもの穴が開いていた。マーダーが逆側の教室まで投げ出されなかったのは運が良かった以外の何物でもない。
そして―――
「おい、お前………………」
―――すぐ傍にあったアーチャーを視認して、マーダーは思わず声をかける。
マーダーと同じように壁に吹き飛ばされ、ぐったりとした彼は、忍法『筋肉騙り』とやらに限界が来たのか身体の随所から血を吹き出し、呼吸すらしていない。
いや、そもそも生きているのかどうかすらも、定かではなかった。
左腕も
まだ現界しているということは霊核を損傷したわけではなさそうだが、しかしこのまま療養したとて戦線への復帰はもはや不可能だ。
それほどの、負傷。
もしくは、死傷。
凌ぎを削りあった強敵にマーダー自身なにか思うところがあったのか、せめて身体にのしかかるコンクリート塊を退けようと、アーチャーに近づき―――
「………………」
たんっと。
背後で軽い着地音がした。
ふと手を止め、マーダーは緩慢な動作で振り返る。
そこにいたのは、紅き狂人と白き魔術師と、その
酷く億劫そうにマーダーがひとりひとりの顔を確認していると、白い魔術師が一歩踏み出てて、これまた白い外套の裾を持ち上げると綺麗に礼をした。
「どうも、はじめまして、マーダー。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン。バーサーカーのマスターよ。こっちのメイドはリズって言って………まぁ、お目付け役みたいなものだから、気にしなくていいわ」
「………………」
「―――貴方を殺しに来たわ」
丁寧な自己紹介と宣戦布告をするイリヤをマーダーは一瞥すると、それだけで興味を失ったように背を向けた。
そして、アーチャーの身体に伸し掛かるコンクリート塊を退かしに掛かる。
その対応に、イリヤは慌てた声をあげた。
「ちょ、ちょっと! なにか言いなさいよね! 懇切丁寧に戦いに来たって言ってあげてるんだから、何か反応しなさいよ!」
「………………」
背後で喚く少女を無視して、マーダーはアーチャーの身体に乗っていたコンクリート塊をひとつどかした。
その下から、果たしてヒビ割れた『不忍』の仮面が顔を覗かせる。図ったように砕けた仮面から覗くアーチャーの瞳は白色に濁って、もはや何も映してないことが伺えた。
「ふ、ふーん? そんな態度に出るならこっちにも考えがあるわ………。マーダー、なんで私達がこの場所を知ったと思う?そこのアーチャーの結界に守られていたはずのこの場所を」
「………………」
マーダーは大きく息を吐くと、アーチャーの濁った瞳を閉じる。そして、辺りを探し欠けた仮面の破片を見つけると、彼の顔に被せるようにそっと置いた。
「―――間桐から情報をもらったの。貴方がここでアーチャーと戦ってるっていう情報をね。つまり、貴方達は間桐に捨て駒にされたのよ」
「………………」
これで用は済んだとばかりに立ち上がろうとした彼の目に入ったのは、歪んだ一本の刀子のようなナイフだった。いや、彼女らが来る前はここまで歪んではなかった。ただ、衝撃を受けて曲がってしまったのだろう。
爆風で体中に仕込んであった武装の大半を失ったマーダーはありがたく、それを手にとった。
「どう? 貴方の状況はわかってもらえたかしら? 遠坂も戦闘を始めたし、貴方のマスターも動けない………加えて、唯一味方だった間桐の助けも来ないわ。孤立無援、ってことね」
「………………」
歪んだナイフ片手に、のろのろとマーダーは立ち上がる。
そして、さきほどから何やら捲し立てていたイリヤに向き直った。
「更に言えば、貴方の相手をするのはバーサーカー―――アイカワジュンよ! 貴方がどんな力を持ってるのか知らないけど、彼女の前では塵にも等しいわ」
「………………」
マーダーはバーサーカーを一瞥した。
なるほど、彼女ならば納得できる。
こんな無茶苦茶で災害じみた惨状を創りだしたのも。
アーチャーがマーダーを仕留めてから動き出せば良かったにも関わらず、全てを台無しにするような攻撃を行ったのも。
全てに、納得がいく。
しかし、マーダーの頭にあったことはそんな下らないことではなかった。
「………………こいつ」
「?」
マーダーは嘗てアーチャーであった存在を指さした。
「こいつは遠坂家のサーヴァントで、更に言えば元忍者らしいんだけどよ」
「………………」
「あんたらが来るまで、俺はこいつに追い詰められてたんだ」
「………知ってるわ。ずっと見てたもの」
いきなり喋りだしたマーダーを怪訝そうな目で見るイリヤ。
そんな視線も気にせず、マーダーは続けた。
「結構、ギリギリの戦いだった。あんたらの乱入が無かったら、俺はきっと死んでたんだろうぜ」
「それは………感謝の言葉かしら?」
「感謝? いや、違う」
マーダーは鼻で笑った。
全身傷だらけの彼の笑いは、ともすれば死人が痙攣したかのごとくイリヤの目には映った。
「きっと、そう………俺はあの時覚悟したんだ。負けてもいいって。いや、ここで死ぬ覚悟を。確かに、した」
「………貴方、何が言いたいの?」
己が胸中を確かめるように呟くマーダーにイリヤは怪訝そうに尋ねる。
しかし、マーダーは答えなかった。
「かはは、傑作だぜ。死ぬ覚悟をした俺が生き残って、勝ちを手に入れかけた奴が死んじまうんだからよ。これほど傑作なことがあるもんか」
「………………」
「くそっ! ふざけやがって! 俺はこの下らねえ戦争をまだ続けなくちゃなんねえんだぞ!! 世界を終わらせるだの、それを阻止するだの、そんな言葉遊びみたいなままごとに俺を巻き込むんじゃねえよ!!」
いきなり激高したマーダーに、イリヤはビクリと肩を震わせ、襲ってくると思ったのかリズはイリヤを庇うように前に出た。
しかし、マーダーは動かない。今まで溜まり溜まってきたものが噴出するように、言葉を紡ぐ。
「あーあーあー! 傑作だ傑作だ、傑作すぎる! なんで俺はこんなとこにいんだよ、なんで呼び出した!好きな奴らだけで好きなだけ殺し合ってりゃいいじゃねえか!」
懐から、更に一本。
肉厚のアーミーナイフを取り出し、マーダーは続ける。
「くそっ!てめえら………………よくも、
「ひっ………………」
そんな支離滅裂な言葉をマーダーは吐き、イリヤを―――そして、その横にいるバーサーカーを睨んだ。
それに篭められるは、ただそれだけで人を殺せるのではないかと疑わんばかりの殺意。
正面から殺意を受けたイリヤの口から情けない悲鳴が漏れた。
たじろいだイリヤは恐る恐るマーダーを見るが、しかし彼は既にイリヤの方を見てなかった。
バーサーカーを―――人類最強を見据えていた。
「おいおい、人類最強さんよ。あんたが俺の覚悟を踏みにじったのはこれで二度目だぜ。京都での件は命も握られてたことだし俺も渋々従ったけど、今回ばかりは納得いかねえ」
マーダーは語りながら、己が内にある札を数える。
身体は既に満身創痍。足がふらつき、先程までの速度の一部だって出すことは敵わないだろう。
服の各所に縫い付けてあったナイフもその大半が失われた。残るは、衝撃で歪んだ刀子のようなナイフと、大ぶりのアーミーナイフ一本。
曲絃糸は未だ残っているが、しかし彼女に対して有効かと問われると疑問が残る。精々、陽動が関の山だろう。
そして、援護は期待できない。彼のマスターは既に戦闘状態に移行したと念話が入っていたし、イリヤの言を信じるならば彼を助けにこれる余力の残ったものは存在しないと考えていい。
であるなら、残された最後の手は
「全て全てを一切合切台無しにしやがって! 高みから見下ろして、無邪気に弄んで! それで終いには、狂ってるって!? 笑わせんなよ、人類最強!」
と、マーダーは一歩踏み出す。
無意識に口を付く言葉は、もはや自分でも何を言ってるのかわからない。ただ、感情に流されるままに言葉を紡ぐのみ。
「傑作だぜ、あぁ傑作だ! 馬鹿にしてんのかってぐらいふざけてんのか! 何が最強だ、どこが最高だ! ただの暴力装置でしか無いあんたなんて、全くもって
よろよろと一歩ずつ進みながら、己が心を世界に解き放っていく。
外から内へ。
内から外へ。
世界の全てが裏返っていく。
真水に墨を一滴垂らしたようにマーダーの心に世界が侵蝕されていく。
「これは………まさか、固有結界!?」
その光景にイリヤが絶句した。
しかし、そんな言葉などマーダーの耳には届かない。
ただひたすら、内へ。
ただひたすら、外へ。
自分の世界を現出し、その魂を表出させる!
「いい加減、あんたの影に怯えんのも飽き飽きだ。体裁は悪いが、ここらで決着といこうぜ!
―――果たして、世界は変貌した。
辺りに散逸した瓦礫はグズグズと溶け消え、変わりに誰とも知らぬ死体の山が出来上がる。
壁があったはずのそこには、見渡すかぎり死体で埋め尽くされた赤黒い広大な地平があるばかり。
天にはどす黒い血を流す太陽と、それに染められた真っ赤な空で埋め尽くされていた。
そのあまりの醜悪さにリズは顔をそむけ、イリヤは嗚咽を漏らす。
そこにマーダーはひとりで平然と立っていた。
―――否、ひとりではない。
彼には、いつだって家族がついている。
比喩ではなく、事実すぐ側に。
彼も寄り添うように、確かに存在していた。
「呼ばれて呼びでてじゃじゃーん!人識くんのたったひとりの妹、伊織ちゃんの登場ですよー!はい、皆拍手!」
「うるさいやつだっちゃ。一体いつから零崎は奇人変人の集まりになったんだっつぅの」
「それは割りと前からのような気もするよ、アス。しかし―――まさかまさか、『彼女』の前に喚んでくれるとはね! これはあれかい? 不器用な弟からのプレゼントだと思ってもいいのかい!?」
「ふむ、プレゼント。だとするなら、僕のはそこの白い少女でいいのかな? なるほどなるほど―――悪くない」
「いきなり出てきてうるせえよ、お前ら………」
するりと背後に現れた四人に、マーダーは苦言を呈する。
その言葉に、背後から四人四色の文句が帰ってくるのをげんなりした顔で聞き流す。
最初は黙って聞いていたマーダーも、ついに我慢できなくなったのか、大声をあげた。
「あー! もうそんなことはどうでもいいだろ! 取り敢えず、今は目の前の敵だ! さっさと始めちゃおうぜ」
「えー、人識くん。満を持して登場した可愛い可愛い妹に何か一言ないんですかー」
「確かにそうだね。時間もそんなに無いことだし………というか、『彼女』は敵なのか………てっきり味方かと………」
「レンの思考はちょっとおかしいっちゃね。この固有結界に俺たち以外の人間が敵じゃなかったら、それは『零崎』だろ?」
「ふむ、そうだな。それに成長した『彼女』と戦うのも―――悪くない」
そう言うと、未だ状況が掴めぬイリヤたちに向かって、全員がそれぞれの獲物を構えた。
と同時に狂ったような人を狂わせるかのような、肌寒い殺気を解き放った。
そして―――
「―――殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」
「―――零崎を開始します」
「―――それでは零崎を始めよう」
「―――かるーく、零崎を始めるちや」
「―――零崎を始めるのも、悪くない」
―――その口上とともに、血だらけで血まみれの、血で繋がった彼らの戦いの火蓋は切って落とされた。
◆◇◆◇◆
第五次聖杯戦争三日目。
第七戦。
殺し名序列第三位零崎一賊が鬼子零崎人識VS人類最強の請負人哀川潤。
改め、マーダーVSバーサーカー。
どす黒い日を浴びながら死体に埋まるマーダーの世界で、血で血を洗う凄惨な戦いが始まろうとしていた。
ちょっと駆け足気味ですが、キリの良い所で終わらせたかったので
人識くんなにやら色々と捲したててますが、彼が怒ってるとどのつまりの原因はたったひとつです。
まぁ、彼はいわゆるツンデレですから。
以下サーヴァント情報
【元ネタ】零崎人識の人間関係
【CLASS】マーダー(エクストラクラス)
【マスター】バゼット・フラガ・マクレミッツ
【真名】零崎人識
【性別】男
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力D 耐久E 敏捷B+ 魔力D 幸運E 宝具C+
【クラス別スキル】
対魔力:E
魔術に対する守り。
無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。
【固有スキル】
人殺:A
人殺しに対する忌避感の喪失。または、目の前で人が死ぬことに対する単なる慣れ。
ここまでくると人殺しも、もはや嗜好や義務の域。
ただそこにいるだけで人を恐怖させる殺気による精神干渉。
必殺の一撃に命中の膨大な補正がかかる。
直感:C
戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力。
敵の攻撃を初見でもある程度は予見することができる。
矢よけの加護:C
飛び道具に対する防御。
狙撃手を視界に納めている限り、どのような投擲武装だろうと肉眼で捉え、対処できる。
ただし超遠距離からの直接攻撃は該当せず、広範囲の全体攻撃にも該当しない。
【宝具】←NEW!
『我殺す故に我あり(殺し名・零崎)』
ランク:C+
種別:対界宝具
レンジ:1~20
最大捕捉:1~3
人識が殺人鬼であることの証明。または、彼が零崎である絆の結晶。
またの名を固有結界。
展開の仕方によって二段階に分けられる。
一段階目は、周囲に表出させず己が内のみで完結する場合。
その際、敵が人間であるならば(元人間でも可)最速で殺せる手順がマーダーの視界に浮かび上がる。
二段階目は、周囲に表出させる場合。
展開される心象風景は、見渡す限りの死体でできた広大な地平と血を流し続けるどす黒い太陽。そこに彼の知りうる『零崎』の名のつく者を不可能がない範囲で独立サーヴァントとして召喚する。ただし、その能力は決してマーダーのステータスを超えず宝具の類も一切使えない。