30,
全てが失われようとも、まだ今が残ってる
◆◇◆◇◆
幾度目かのアサシンの猛攻を凌ぎ切り、仕切りなおしと互いに距離をとったところで、セイバーは思わず膝をついた。
喘ぐように身体が酸素を求めている。
頭から指の先までまるで鉛を流し込まれたかのように、重く鈍い。
敵の攻撃を敏感に感じ取っていたはずの感覚も今や錆付き使い物にならなくなっていた。
「くそっ!」
酷く、息苦しかった。
何度も何度も肺を膨らまし身体に酸素を巡らせるも、未だ乱れた呼吸は収まらず体中が次から次へと酸素の供給を求めるばかり。
まるで肺を直接掴まれて無理矢理拍動させられているかと錯覚するほど。
この程度で音を上げる自身の体たらくさを叱咤し身体を起こすも、その動きも緩慢で更に苛立ちが増した。
まるで身体が自分のものじゃないみたいだと、セイバーは思う。
しかし、そんなものは大したことではない。
問題なのは………………
「『どうだい、気分は』」
と。
ようやく体勢を整え構え直したところで、アサシンが底意地の悪そうな笑みを浮かべて問うた。
「『最低で最悪な、どうあっても勝てない僕の世界を』『ほんの一部でも体験した感想をぜひとも聞かせてくれよ』」
「………………っ」
そんなもの―――最悪に決まってる。
『却本作り』。アサシンの
それを喰らったセイバーが直面したのは、これ以上なく残酷で無慈悲な世界だった。
すなわち。
何をやっても『
技を使えば機を外し、奥義を放てば間合いすら外れる。
どれだけめげずに頑張ろうと、堂々巡りの空回り。
およそ『
そんな、残酷で無慈悲で、心が折れそうになる世界。
セイバーは確かにそれを体感していた。
「………………」
意思が揺らぎそうになる。
心が張り裂けそうだ。
勝つイメージが欠片でも沸かない。
いったいどうすれば勝ちに繋がるのかがわからない。
どんな技を繰り出せばいいのか想像できない。
そもそも、勝利とはなんなのかすら見えてこない。
セイバーほどの実力があれば、どんな敵だとしても戦う以上勝つ可能性というのは―――たとえそれが僅かなものだったとしても―――見えてくるものだが、しかし今回に限ってはそれがぷつりと途切れてしまったように、真っ暗なのだ。
セイバーの心の奥底で諦めが鎌首をもたげ始め―――
「………………っ」
しかしそれに流されぬよう気をしっかりと持ち直し、敵を見据える。
アサシンの宝具により、状況は五分に引き戻された。
セイバーの技は螺子伏せられ、アサシンの攻撃もいなされ防がれる。
一進一退の攻防戦。あるいはアサシンの言葉を借りるなら、終わることのない最低で最悪な、泥まみれの殴り合いか。
互いに決定打ならずも有効打すら決められない状況は、確かに泥沼の様相を呈してきている。
酷く、息苦しい。
先が見えない戦いに心が疲弊してきているということなのだろうか。
―――いや、違う。
その考えは、違う。
と、セイバーは必至で否定する。
アサシンと同じ身体能力になって、虚刀流の技に身体がついていってないためだ。
決して、目の前の敵に気圧され、
そんなわけが、ない。
と。
「『おいおい』『黙りかよ』『もうちょっと、僕との会話を楽しんでもいいんじゃないかな』『どうせ、この戦いに』『勝者なんてものはいないんだから』『勝つとか』『負けるとか』『そんなものはくだらない自己満足に過ぎないんだから』」
なんて言葉を吐くアサシンに、セイバーは拳を握りしめ
「…………違う、勝つのは俺だ!」
呼吸をむりやり整え気炎を上げると、アサシンに向かって駆け出す。
放つのは虚刀流の手技のひとつ、『柘榴』。
他流派ではいわゆる掌底と言われる、比較的扱いやすいものだ。そして、応用が効く技でもある。
それをぶつけるため、いつもより幾分か鈍い足取りでアサシンに接近するが―――
「『遅えよ』」
「くっ……!」
有効範囲に入る前にアサシンの穿つ螺子にあっさり阻まれる。向かい来る幾つもの螺子をいなしながら、セイバーは方策を転換し、手法を新たにするため構え直した。
虚刀流の投技がひとつ、『菫』。仕掛けるアサシンの呼吸に合わせると、足を絡ませそのまま彼の身体を押すことで敵を引き倒さんとする。
しかし技を仕掛けた瞬間、まるで運命に阻まれたかのように、セイバーの攻撃は呆気無く破綻した。
力点と支点の崩壊。
投技の肝要であるそれらが上手く機能しない。
こんなこと虚刀流を習い始めた直後の彼ですら失敗しないような単純なミス。
なぜか成功の兆しが見えない自身の攻撃に苛立ちを募らせながらも、しかしセイバーは諦めない。
打撃投技が駄目なら、次は武器破壊。
虚刀流の真髄はどんな敵にも各種様々な対応技を繰り出せることこそにあるのだから。
「虚刀流、『菊』!」
技のタイミングは完璧だった。そして、完成度も。
セイバーは穿つよう放たれた螺子を背中越しに避け、両腕と腰を使ってテコの原理を応用してへし折ろうとした。
しかし、それは失敗する。
まるで定められていたかのように。成功するという事象がそもそも存在しなかったかのごとく。
セイバーの技は決まらなかった。
確実に折れると確信したにも関わらず、決定的ななにかを外してしまったかのようにセイバーの技は尽く決まらない。
「くそっ。なんなんだよ、さっきからっ」
単純な技も成せぬ苛立ちと困惑を顔に出しながらも、このまま接近しているのはマズいとセイバーは防御に専念し螺子を次々に繰り出すアサシンから距離をとった。
先ほどからこれの繰り返し。
全てが無意味で、無価値なもののように思えてくる。
どうして勝てない?
どうして勝ち切れない?
セイバーの強さは身体能力の高さにあるわけではない。
一念を以って研鑽し、修練し、完成へと至った虚刀流ことが彼の強さの源泉である。
この世に存在するありとあらゆる技に対抗し、それを崩し、弱所を突き―――そして勝つ。
虚刀流のどんな技ひとつとってみても不要なものなど存在せず、その全てが噛みあうように互いを補完しあう。
そして、その全てを知り尽くし相手の動きに見事対応する技を繰り出すことにより無敗を誇るのだ。
そこに至るまで並ならぬ努力が必要とはいえ、しかし完成すればおおよそ負けることはありえない。
身体能力など虚刀流そのものに比べたらついでの後付でしかないのだから。
虚刀流を修めた剣客に対抗するにはそれ相応の技量を以って臨むか、あるいは埒外の暴力で捻じ伏せるか。
その程度しか選択肢はないはずだ。
だからこそ、理解できなかった。
眼前で薄気味悪い笑みを浮かべるアサシンの技術は到底強者のものには思えない。
足運びは稚拙、間合いの取り方すらお座なりで、この少年が果たして英霊に準ずる存在なのかも疑わしい。
かつて戦い―――そして負けた、極寒の地に住む戦いのイロハも知らない腕力だけは人外の、とある凍空一族を思い起こさせる。
しかし、あの時とはセイバーも違う。
戦闘経験をふんだんに積んだ今の彼にビギナーズラックを成功させるにはいささか奇跡が足りない。
だからこそ、その原因は明白で―――
「………あんた、いったい俺に何をしたんだ」
だから、セイバーは素直に問うた。
そうする以外の手段が思いつかなかった。
そんな彼の問いにアサシンは呆れたような笑みを浮かべた。
「『おいおい』『記憶喪失かい?』『最初に言ったろう』『僕と同じ気分を味わってもらうために特性をひとつ追加した』『ってね』」
「………………」
「『却本作り』『この宝具は対象者を限りなく僕そのものへと弱体化―――いや、弱退化させる』『セイバーくんは僕のことをよく知らないから、それが何を意味するのかわからないと思うけど―――』『そしてそれがどれだけ侮辱的で、恥辱的で、屈辱的なことか、かけらも理解できないと思うけど―――』」
そう、前置いて彼は言う。
薄気味悪い笑みをさらに深くして彼は言う。
「『断言しよう』『君はもう勝てない』『勝つことはない』『だって君は僕と同じになったんだから』」
「あんたと、同じ…………」
「『そう』『僕と同じ』」
繰り返すアサシンの言葉にセイバーは詰まった。
先に行った士郎たちのためにも勝たなくてはいけない。彼らの前に待つは万全のライダーですら勝てなかった強敵。なればこそ、自分が駆けつけなければならない。
そう思うも手足は勝利に怯えたように動かない。
「『足掻いたって意味は無い』『諦めないことが美徳だなんて』『そんな言葉で飾り立てる価値すらない』」
気力が泥沼のように沈んでいく。勝利を求めることそのものが意義のないことのように思えてくる。
「『そもそも勝ち負けなんてものは』『これ以上ないほど誰かを見下した』『勝者による勝者のための勝者の自己過信を塗り固める行為でしかないと、僕は思う』」
誰かに勝つなんてなんておこがましいことだろう。敗者はただ敗者らしく、避けようがない敗北を噛みしめるほかない。
「『君と僕はきっと友達になれる』『そう、思わないかい?』」
それもいいのかもしれない。
こんな戦いになんの意味がある。
彼女が死んだ時点で自分の戦う意味は既に一度喪失している。
所詮はただの延長戦。限りなく低い可能性に賭けた蛇足に過ぎない。
「『だから、こんなくだらない戦いは終わりにして』『敵味方集まって、過去の遺恨なんてゴミ箱へぽいと捨てて』『だらだらぐだぐだぺちゃくちゃ、と』『どうしようもなく締りのない、さながらスピンオフ作品のように』『僕らも洒脱して逸脱して脱線した日常編を始めちゃおうぜ』」
きっと、そういう未来もある。
全てを諦め、全てを受け入れ、そして全てを忘れて歩んでいく道だってそう悪いものではない。
彼女と過ごしたあの掛け替えのない一瞬はやがて記憶となり、思い出となる。昔、こんなことがあったと、喜びも楽しみも哀しみも怒りも苦笑交じりに語れるような、そんな未来もきっとある。
そして、その情景は今の彼には心が痛むことだとしても、遠い未来にはなんともないその時の自分を構成するたったひとつの情報になってしまうのだろう。
「『さぁ』『僕の手を取りなよ』」
そう宣い、一歩一歩少しずつ歩み寄るアサシンに、セイバーは構えを解いた。
彼と手を取り合うのもやぶさかでなかった。
『却本作り』を喰らい、アサシンと同化しつつある今だから理解る。
きっと、彼は全てを受け入れるだろう。
不条理を。理不尽を。嘘泣きを。言い訳を。いかがわしさを。インチキを。堕落を。混雑を。偽善を。偽悪を。不幸せを。不都合を。冤罪を。流れ弾を。見苦しさを。みっともなさを。風評を。密告を。嫉妬を。格差を。裏切りを。虐待を。巻き添えを。二次被害を。
この世にあるありとあらゆる罪悪を。
愛しい恋人のように受け入れることだろう。
全てを受け入れ、そして何もしない。
それらを内包し、そして偽悪的に笑うだけだ。
なればこそ、セイバーのことだって受け入れるに決まっている。
だからセイバーは近づくアサシンに自分の一歩踏み出して――
『―――必ず、勝てよ。勝って、また俺に稽古をつけてくれ』
『――――――あぁ。極めて了解。俺は必ず勝って、あんたに稽古をつけよう』
「…………っ」
――――アサシンめがけて拳を大きく振りぬいた。
虚刀流の技ですらない。歪で失笑ものの無様なそれ。
当然、アサシンには躱すまでもなく当たらない。
しかし、セイバーは確かに自分の意思で攻撃をした。
「『…………これはいったいどういうつもりかな』『セイバー君』」
「――――誰が、受け入れるか」
何かを吐き捨てるよう呟くと、セイバーは構え直した。
戦う気迫は既に失われた。勝つイメージも一部だって想像出来やしない。
己が頭の片隅で無謀なことだと、誰かが笑っている。
それでも、戦う意義は――戦い続ける意味まで失ったわけじゃない。
そんな彼にアサシンは冷ややかな視線をぶつけた。
「悪いけど、俺は帰って持ち主に稽古をつけてやらなきゃいけないんだ。負けを認めるわけにはいかない」
「『…………交渉は決裂ということかな』」
「もとから、交渉する気なんて無かっただろうが。あんたはただ自分と同じ地平に引きずり落として、悦に浸りたかっただけだ」
「『そう思われるのは』『酷く心外だぜ』『確かに悪意がなかったとは言わないけれど』『だけどそれでも』『君が勝てないっていうのは嘘偽りない真実さ』」
螺子を両手に構えるアサシンをセイバーは鼻で笑った。
「勝てなくたっていいんだよ。やっと思い出した――――いや、やっと思い至ったんだ。俺はひとりじゃない」
「『…………』」
「そうだ、あの時とは違う。とがめと一緒だったあの時とは」
いや、よくよく考えて見れば、彼女が持ち主であった時でさえセイバーはひとりで戦っていたわけではなかった。彼女が奇策を練り、その助けを借りて強敵らを打破していったのだ。
誰もが皆戦っている。
勝ち目が無かろうと、気迫が足りなかろうと、それでも前を向いて戦い続けている。
セイバーがかつて戦った強敵たちは結果だけ言ってしまえば残らず全て負けてしまったのだけど、しかしそこには信念があった。
あるいは、勝つための希望が。
覚悟がそこにはあったのだ。
そんな当たり前のことにセイバーは今更ながらに気がついた。
「スピンオフ作品? 日常編? 大いに結構。そんなにやりたいならひとりで勝手にやってろよ!」
刀が持ち主を心配するなど言語道断。人間であっても、ともに戦う仲間の意思を慮るなど侮辱にも等しい。
心に罹っていた不可視の、気味悪いフィルターが薄れていくのを自覚した。
まだ完全に消えたわけではない。しかし、その色は確かに薄くなっていた。
「いくぜ、アサシン。あんたは俺が勝てないって言ったな。それが本当かどうか試してみようぜ!」
そう言い放った瞬間、セイバーの身体に突き刺さっていた螺子が粉々に砕け散った。
「『まさかこのタイミングで』『僕の『却本作り』を――――』」
身体が軽くなる。指先に血が通った。
以前、勝てると断言できないが問題ない。
だが、戦いなんてもとからそんなものだ。
それでも譲れぬものがあるからこそ人は戦う。戦い続ける。
そして、自分はどうしようもなく人間だったのだ。
驚き慌てふためくアサシンに向け、セイバーは一足飛びに踏み出す。
放つ技を決まってる。
一度で駄目なら二度。それでも駄目なら強制接続を以って、一瞬で七度必殺技を叩き込む。
必然その対象は八つ裂きにされる。
故にその技の名は――――
「虚刀流最終奥義、『七花八裂』!!」
目にも留まらぬ速度で繰り出された奥義の数々にアサシンの身体は無残に破壊され、薄暗い闇夜へと吹き飛ぶ。
確かに決まった。
確かめる必要すらない。
この勝負がセイバーの勝ちかどうかなど、どうでもいい。
最初からこんな戦いなどただの乱入戦。戦う意味なんてセイバーにはなかったのだから。
残心のまま拳を引き、セイバーは士郎たちの元へと急ぐため踵を返し――
「そういや、あんた。バラバラになっても追うとか言ってたな――――やってみろよ。ただそのころにはまた八つ裂きにしてやるからさ」
振り返ってそう付け加えると、今度こそ振り返らず次なる戦いが待つ間桐家に急いだのだった。
◆◇◆◇◆
第五次聖杯戦争三日目。
修正、第五戦。
旧日本最強にして虚刀流七代目当主鑢七花VS全てを台無しにする混沌より這いよる『
改め、セイバーVSアサシン。
勝敗は誰にもわからず、敗退すら読めない。そんな有耶無耶の無茶苦茶な決着に終わった…………
遅くなりすぎて胃に穴が開きそうです。一週間の縛り守れなかったなぁ
以下サーヴァント情報
【元ネタ】めだかボックス
【CLASS】アサシン
【マスター】???
【真名】球磨川禊
【性別】男
【身長・体重】172cm・58kg
【属性】悪・混沌
【ステータス】筋力E 耐久D 敏捷E 魔力E 幸運E 宝具C
【クラス別スキル】
気配遮断:D
サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。
ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。
【固有スキル】
心眼(負):B
驚異的な洞察力。または弱さゆえの共感性。
相手の肉体・精神を探り、高い確率で相手の弱点を見抜く
負屈:B
諦めの悪さ。往生際の悪さ。それによる精神・肉体的頑強さ。
重傷でも戦闘を可能とし、致命的な傷を受けない限り生き延びる。戦闘続行:Bに相当。
見苦しいほど意地でも負けを認めない。
過負荷:A
およそ実生活では役に立たない有害な能力・破綻した人格を併せた後天的才能。または人間としての致命的欠陥。
勝負と名のつく事象に対して多大なマイナス判定を追加する。
ランクAともなれば、およそあらゆる勝負事において勝つことはありえない。
【宝具】
『大嘘憑き(オールフィクション)』
ランク:C
種別:対界宝具
レンジ:1~99
最大捕捉:∞
現実(すべて)を虚構(なかったこと)にする宝具。
因果律に干渉することにより、あらゆる事象・能力などを“なかったこと”にすることができる。
本来の能力より大幅に弱体化しており、三ターンごとに対魔力適正により継続成否判断のロールをする。失敗すれば解除される。
自分の存在感を“なかったこと”にすることにより、擬似的に気配遮断:A相当のスキルを得ることが可能。
『却本作り(ブックメーカー)』
ランク:E
種別:対人宝具
レンジ:1~10
最大捕捉;1人
球磨川禊の真骨頂。あるいは彼の起源の結晶。強さ(プラス)を弱さ(マイナス)にし、相手の『心を折る』宝具。その実態は大きなマイナス螺子である。
螺子で貫かれた者のステータスを球磨川禊と同ランクまで落とし、強制的に過負荷:Aを追加する。
本来の能力より大幅に弱体化しており、三ターンごとに対魔力適正により継続成否判断のロールをする。失敗すれば解除される。