ニシオニストによる聖杯戦争、あるいはただの蛇足   作:堂升

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勝利、あるいはただの敗北

 32,

 

 この世には、勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

威勢よく啖呵をきった士郎だったが、しかし封印指定執行者であるバゼットに勝つ可能性は限りなく低いと言わざるを得ない。将来英霊に辿り着くほどの素質を持つ士郎だが、今この時を限って言えばようやく孵化した殻付きの雛の如き存在でしか無いのだ。

 

バゼットと比べ以下の点で後塵を拝している。

すなわち、身体能力、戦闘技能、交戦経験の三点である。

そのどれもが一般人に毛が生えた程度でしかない士郎とは対照的に、バゼットは達人の域に達しており、勝利を争うことは愚か戦うことすら無謀と言ってもいい。

 

それでも、士郎は考える。

自分の手札と相手の戦力を分析し、突破しうる可能性を引き出さんとする。

ステータスでは負けている。今更そこにケチを付けるつもりはないし、負けてもいいとすら士郎は思っていた。

ただひとつ。ある一点で相手を上回れればそれでいい。そして勝っている分野で戦えばいい。

後はどうやってそこに相手を落としこむかだ。

そのためにはどのような手でも使う。

意外性。予想外。奇を衒う。

様々な点で劣っている自分が勝つには、そういった相手の予測を超える一撃でなければならない。

 

「――投影、開始」

 

だから、まず攻撃を捨てた。

保持していた心渡を放り投げ、新たに一振りの刀を投影する。

 

それはいつか夢で見た奇妙な刀。

四季崎記紀の完成形変体刀十二本のひとつ、斬刀・(なまくら)

切れ味に主眼が置かれた、ありとあらゆる存在を一刀両断にできる、鋭利な刀。

 

間桐宅の塀を背に、鞘ごと投影したそれを腰だめに構え、バゼットを正眼に捉えた。

 

「……イアイ、と言うやつですか」

 

居合。

バゼットの確認に士郎は小さく肯定した。

しかし、そんな士郎の反応にバゼットは眉をひそめた。信じられないと言わんばかりである。

その理由は士郎の選択した居合術そのものにあった。

 

居合術、もしくは抜刀術と呼ばれるこれらは、一見剣術と似通った部分を感じさせるものの正確には全く別の武術である。敵との間合いを測りつつ、時には防御を行ったり駆け引きの要素が多分に含まれる剣術と違い、本来奇襲や意図せぬ戦闘における反撃に主眼が置かれている。

 

当然のことだが、納刀状態より抜刀状態のほうが多種多様な扱いが可能であり、普通であれば剣速も早い。居合術が強いと言われる要因に鞘走りと呼ばれるものがあるが、いわゆる『納刀状態における蓄えられた力を開放することにより通常より早く触れる』というそれは眉唾でしかなく、無理やり解釈するならば、相手が納刀してることによる気の緩みと間合いの取りづらさに起因する程度のものでしかない。

 

更に言えば、その難度も非常に高い。

棒を振り回す延長感覚で扱える剣術よりも、居合術は抜刀、斬撃、納刀の動作を一瞬でこなさなければならず、実践レベルまで習熟させるのは至難の業である。見たところ士郎は一般人よりはできるようだが、居合術にとりわけ精通しているとは思えない。

 

長々と語ったが、居合術はあくまでも奇襲された時の保険であり、バゼットの牽制程度も受け切れない力量ならば扱うことすら困難、なのである。

 

決して未熟者が敵を正眼に捉え、向き合った状態で扱う武術ではない。

 

だからこそ、バゼットは驚いたし――更に士郎の構えがまともであったことを訝しんだ。

見よう見まねのそれではない。少々不格好ながら、しかし経験に裏打ちされた実践的な構えでだった。

 

「少し驚きましたね。それが貴方の切り札ということですか」

「こんなもの切り札なんて大層なものじゃない。ただの模倣で、本物には足元にも及ばない模造品さ。けど――――それでも、一本の刀だ」

「…………ふむ」

 

自嘲気味に笑う士郎に、バゼットは少しだけ警戒を強めた。

先ほどのように不用意には近づかない。バゼットをして慎重な行動を取らせるほどに、士郎の構えは整然としたものだった。

そのため、バゼットは口を回すことにより士郎の隙を誘うことにした。

 

「しかし、解せませんね。貴方のそれは攻撃のためのものではありません。壁を背に、死角を減らし眼前に敵を持ってくる…………。自身が移動することを念頭に置いてない防御のものです。しかも、常に私に気を配り続ける必要がある…………」

 

これは我慢比べだ。そうバゼットは断ずる。

一点に留まり敵が殺傷圏にはいるのをただ待つ士郎と、攻撃の隙を伺い続けるバゼット。

攻撃の主導権はバゼットにあるものの、目の前の牙城を崩すのはやや困難でもある。

ゆえにこれは我慢比べ。

先に集中を途切らせた方が負ける。

しかし――

 

「エミヤシロウ。それでは私には勝てない」

 

時計塔屈指の実力を持つバゼット相手に硬直状態を強いたのは、なるほど士郎の戦力的勝利と言っても過言ではない。

だが、戦場を俯瞰した時その評価は一変する。

 

バゼットの目標はあくまでも敵対陣営の弱体化。既に無力化した凛とライダーを倒すだけでもサーヴァントが二騎脱落する。

士郎が有するセイバーは難敵であるが、しかし仕切りなおして一対一ならば戦いようもある。

抗戦を続ける士郎に構うだけの理由は存在せず、戦略的にはバゼットの勝利は動かない。

 

「…………それは、どうかな?」

 

言外にそう告げるバゼットに、しかし士郎は不敵に笑った。

 

「この期に及んで、マーダーが姿を表さないということは、本当にこの近辺にやつはいないってことだ…………もしくはそれどころじゃないのか…………」

「…………それがなにか?」

「いや、別に」

 

今更の言葉にバゼットは不機嫌そうに答え、士郎は余裕そうに笑った。

 

「ただ、こっちに向かってるセイバーを邪魔するサーヴァントはいないってことだよ」

「…………っ!」

 

そして、その答えを口にした。

ようやく、バゼットは得心がいった。

士郎が防御偏重の構えをとっていることも、その余裕の理由も。

 

セイバーがこの場に登場すればその瞬間バゼットは一気に不利になる。

いかに時計塔屈指の実力を持つバゼットと言えどサーヴァントを相手にしながら、他の三人の動向を阻止するだけの余力はない。いや、むしろセイバー相手に勝てるかどうかも未知数である。

 

しかし、マスターからの魔力供給が途切れたら? 守るべき弱点が突かれたとしたら?

途端に戦況は一変する。

サーヴァントと対等に渡り合えるバゼットならば、消失するまで戦い続ける自信があった。そうでなくとも、撃退程度ならば可能だろう。

先のライダーとの戦いで終始圧倒していたセイバーが引いたことから、それは明白だ。

 

「なるほど…………。時間制限と言うわけですか」

「そういうことだ」

 

セイバーが来るまでに士郎を倒せたらバゼットの勝ち。耐え切れたら、負け。

つまり、士郎が仕掛けた戦いとはそういう類のものだ。

 

「いいですね。非常にわかりやすい」

「……単純で、簡潔だろ」

 

もしかしたら、セイバーがこちらに向かってるのは嘘かもしれない。

しかし、真偽はこの場合どうでもいい。

セイバーが乱入する可能性があるというだけで、バゼットには無視できない要因になる。

そのことをわかっていて士郎はその情報を口にした。

 

「……雛であろうと鷹の類、ということですか」

「時間はないぜ。どうする」

 

バゼットが取りうる選択肢はふたつある。

目的を放棄して今すぐ撤退する道。

セイバーが来る前に士郎を打破し、障害を排除してからセイバーと戦う道。

バゼットは少しだけ逡巡した。

現状、戦力、体調など様々な要因をそのふたつの両天秤にかけ――――

 

「逃げるのか?」

「――――」

 

投げかけられた士郎の言葉にバゼットは固まった。

そして、考えることに意味が無いことを悟る。

 

もはや、バゼットに後はない。

間桐がサーヴァントを手放し、そのサーヴァントが遠坂陣営と手を結んだことでアインツベルン、遠坂に対抗しうる陣営を築くことは不可能になった。

ここで引けば、確実に安全だろうがそれと同時に勝利の芽も無くなる。

 

そんな当たり前のことに思い至らなかった自分の臆病さに驚き、ただ冷徹に見つめ返す士郎に苦笑した。

 

「まさか。ここで雌雄を決して、おしまいです」

 

腹は括った。後は目の前の敵を倒すのみ。

頭から指先まで意識を張り巡らせる。数ミリ単位での制御を行う。気力を充実させ、身体を引き締める。

更に。

万が一のために備えて、切り札を用意する。

使うことは無いだろうが、これは敬意だ。

ここまでの戦いを用意した彼に対する感謝。

小さく口の中で呪文を唱え、貴重なそれを起動状態にする。

そして――

 

「――行きます」

 

バゼットは砲弾にも似た速度で士郎めがけて疾走した。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

世界がコマ送りに感じた。

音が消失し色すら失う、限りなく引き伸ばされたモノクロ世界で、士郎は腰だめに構える刀から可能な限り経験を引き出そうとしていた。

 

斬刀・(なまくら)

四季崎記紀の完成形変体刀十二本のうち一振り。

斬れ味に主眼が置かれた、ありとあらゆる存在を一刀両断にできる、鋭利な刀。

刀身によって物質の分子結合を破壊する、『斬る』という事象に関してはおよそ魔法の域に達している殺人刀。

――――想像理念、基本骨子、構成材質、製作技術、憑依経験、蓄積年月を再構成。一部失敗。衛宮士郎の実力では斬れ味の良い刀程度しか投影できない。

 

所有者、宇練銀閣。

32歳。身長五尺四寸二分。体重十四貫二斤。趣味は睡眠。

居合い抜きの達人で、目にも留まらぬ速さの抜刀術『零閃(ぜろせん)』の使い手。

――――所有者の蓄えてきた戦闘技術、経験、肉体強度を憑依再現。失敗。今の衛宮士郎では技術的に不可能。

 

ならば、技ひとつだけに絞る。

『零閃』。

抜刀し納刀する瞬間さえも相手に見せない超高速の居合術。

切られて後ようやく気付くほど疾い、時間の概念を置き去りにするほどの抜刀術。

本来の所有者は連撃を放つことも可能。

――――『零閃』の経験を読み込み。一部成功。衛宮士郎の肉体では再現出来て二度。『零閃』の範囲も本来のそれとは狭く小さい。一度で全身が悲鳴を上げ、二度でありとあらゆる筋肉が寸断される。魔術を併用しても、およそ三日は行動不可。

 

「――――――――――――」

 

呼吸を止め、斬刀・(なまくら)に意識を集中させる。

把握するのは、刀だけでいい。

バゼットが殺傷圏に入ったら振るう。

それ以外は何もいらない。

 

ただ機械のようにこなせ。

零閃を放つだけに機構になりきれ。

技を完成させる。

それだけのために全器官を集約させろ。

 

バゼットは近づいてきている。

――――残り三歩。

狙い澄ませ。

研ぎ澄ませ。

極限まで投影しろ。限りなく真に迫れ。

僅かでも外したら、その時が士郎の終わり。

 

――――残り二歩。

拳を引き締め放つ体勢に入る。

数瞬後にできるのは、かつて衛宮士郎だった肉塊。

陽動を多々含ませているが、今の士郎にそんなものは映らない。

ただ彼女の肉体を寸断する。

それだけのために待ち続ける。

 

――――残り一歩。

拳を打ち出す。空気を引き裂いて放たれるそれは弾丸よりも疾く――しかし、こちらのほうがもっと疾い。

しかし、まだ放たない。あと少しだけ引き寄せる。

今放てば全てが水の泡。超高速ゆえに放つことさえわかれば躱すことは容易い。

気取られるな。

見切られるな。

お前は所詮紛い物。

誰かの姿を借りて、誰かの理想を負って、誰かの幸せを願うだけの贋作者にしか過ぎない。

ゆえに心を殺せ。ゆえに肉体を騙せ。

偽物でしか無いと言うのなら、せめてその全てを見事投影してみせろ。

 

――――そして、踏み込んだ。

拳が空気を裂き、身体へと迫る。

通常ならば躱し得ない音速のそれ。

しかし、今の士郎には遅すぎる。

 

「――――零閃編隊・二機」

 

蓄えた技を解き放つ。抜刀した瞬間には既に納刀している。

目にも留まらぬその疾さ。

音速を超えた超光速。

技に耐え切れず身体が自壊する。

全身余すところなく筋肉が寸断され、振るった右腕はその速度ゆえに風に負けてズタボロ。

 

しかし、それでいい。

しかし、それはいい。

 

『零閃』の狙いは腕の大動脈と腰の脊髄。

攻撃手段と移動手段を奪う二段構え。

放たれた二連撃はほぼ同時。

超高速のそれらは既に役目を終えている。

斬られたことにすら気づかない超高速の抜刀術。

それこそが『零閃』なのだから。

 

「あ――――――――――――は」

 

と。

ある、違和感を感じた。

胸が熱い。焼けるように苦しい。

内奥をむりやり引っ掻き回されたような痛み。

世界に色が戻っている。脳内物質を溢れんばかりに吐き出している。

感覚が麻痺する。

何が起こった。

わけがわからない。

なんだこれは。

間違いなくバゼットより速く攻撃したはずだ。

なのになぜ――――

 

「――――――こふ」

 

口から吐血する。

わけも分からず自分の胸を見下ろした。

心臓より少し逸れた場所に小さな穴が空いている。

そこから滂沱のように血液が流れ出していた。

視線を前に戻す。

そこには既に構えの解いたバゼットの姿があった。

疑問符を並べる士郎に、ひたすら戦闘者に徹しきった彼女は冷たく言い放った。

 

「――――斬り抉る戦神の剣(フラガラック)。私の切り札です――――貴方の負けだ、エミヤシロウ」

 

パキリと。

投影した斬刀・(なまくら)の砕け散る音を聞きながら、士郎は無様に倒れ伏した。

 

 

 

 

 




少し短いですが、一旦これで。
一応、投影した斬刀のステータスを載せておきます。


 斬刀・鈍(ざんとうなまくら)
   ランク:C
   種別:対人宝具  
   レンジ:1~2
   最大捕捉;1人


 四季崎記紀が作りし完成形変体刀が十二本のうち一振り。斬れ味に主眼が置かれた、ありとあらゆる存在を一刀両断にできる、鋭利な刀。
 その実態は分子結合を破壊するという未来の超技術で作られた刀で、fate世界に則るならば、その能力は魔法の域に達する。
 本来Bランクだが、士郎が投影したことによりランクダウンしている。
 なお、同じ完成形変体刀である炎刀・銃よりランクが高い理由は、『拳銃』という概念が今の時間に存在しているため。宝具のランクは威力、効果、能力の目安であり、『拳銃』という概念が出回った今は炎刀・銃の特異性が失われ低下している。彼らの世界ではどれもこれもAランク相当の宝具であると推察される。
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