ニシオニストによる聖杯戦争、あるいはただの蛇足   作:堂升

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実力、あるいはただの家族愛

 35,

 

 僅かに託した希望は断たれ、乾坤一擲の策は塵と消える。

 脇役なんてそういうものさ

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「零崎一賊の本領を見せてやろう――老若男女、容赦なし、だ」

 

などと。

零崎一賊の長兄たる零崎双識が威勢よく鼓舞したところで『人類最強』との勝敗の影響するわけがない。

もし相手がそこらにいる有象無象ならば、家族愛や勇気、根性論で打ち破れるかもしれないが、しかし相手はあの哀川潤。

両者の実力には贔屓目に見ても、天と地ほどの隔絶した実力差が存在している。

そんな、気休めじみた気力源など歯牙にもかけぬ力関係なのだ。

 

『負けるものは須らく敗北し、勝つものは自ずと勝利を定められている』だなんて、戦う意義を持つ者の前では口にすることすら憚れる、どうしようもないほどの暴論ではあったが、しかしことこの戦いに限って言えばそれは真理であり、覆しようのない事実でもあった。

 

零崎一賊が誇る武闘派四人が力合わせたところで、所詮『人類最強』の前には塵芥に等しく、そして塵が積り山と成る前に崩されるのは自明の理。

通常のプレイヤーであれば既に心が折れていても当然だと言うことを考えると、健闘したと言っても過言ではないだろう。

しかし、それでも彼らの敗北は時間の問題で。

 

この戦いはずるずると引き伸ばされた、サインを残すまでとなった死刑宣告と同じものなのだと、誰もが思っていた。

 

そう。

 

当の零崎達以外には。

 

彼らは最後まで諦めなかった。

ひとり、またひとりと無力化され、死に体に成り果てようとも戦い続けた。

 

そこに迷いはなく。

そこに一片の悔いだってありはしない。

 

なぜなら、彼らは零崎。

我欲のために殺し、家族のために死ぬ。

東に放浪する弟あれば行って愛を教え、西に疲れた兄あれば行ってその重荷を背負い、南に死にそうな妹あれば、行って代わりに死ぬまで戦う。

 

人を殺す故に人と繋がれなかった、精神異常者の集団。

そんな彼らが得た、血脈でなく流血で繋がる唯一無二の家族。

 

そのためなら、命を投げ出すことすら当然のことで。

 

ゆえに、か細い可能性の糸をたぐり寄せることができたのではないだろうか。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

しゃらん、しゃらん、と。

曲識の持つマラカスの音が戦場に響き渡った。

不思議と清涼感を覚える、綺麗な音である。

マラカスは子供でも扱える、別段特殊な技能を必要としない楽器だが、しかし本物が扱うと全くの別物になると言うことだろう。

零崎曲識。自称、音楽家。

彼の鳴らすマラカスは、戦場を支配する剣戟の音と調和しある種の演奏会染みてすらいた。

 

だが、生死を懸ける『人類最強』との戦いにおいて彼の演奏を聞くものはひとりとして――否、曲識本人を除いて誰もおらず。

そして、追い詰められたこの戦況で音楽にうつつを抜かす曲識を責める零崎は誰ひとりとしていなかった。

 

それも当然である。

なぜなら、曲識はすでに戦っている。

 

零崎軋識の武器が巨大な釘バットであるように。

零崎人識の武器が膨大なナイフであるように。

 

零崎曲識の武器は、この音であるのだから。

 

零崎曲識。別名、『少女趣味(ボトルキープ)』。

天然で、思い込みが激しく、そしてなによりも音楽家極まりない殺人鬼。

 

暴虐的な戦闘力で直接的に人を殺す『零崎』でありながら、『殺し名』の対極に位置する非戦闘集団『呪い名』のように間接的に人を殺すことに長けた『音使い』。

 

彼の奏でる音色に敵は酔いしれ、例外なく死を選ぶ。

音を媒介にした思考と人体の操舵。

防ぐ手段は限られ、打ち破る方法はもっと少ない。

 

が、しかし。

それも敵が『人類最強』でなかったら、の話。

暴虐に身を染め、理不尽な命令に弱体化しながら、それでも朱くあり続ける彼女は曲識の音を歯牙にもかけないのであった。

 

「僕の音が()かないとは。さすがは、『人類最強』と言ったところか」

 

と。

曲識が苦々しげに呟いた。

否、()いてないわけではない。

 

バーサーカーと成った彼女に曲識の攻撃を防ぐという考えはないのだろう。

曲識の奏でる死の音色は、彼女の耳にしかと届いている。

そして、身体の制御を奪うことすら出来ている。

 

しかし、それでも彼女は止まらない。

一瞬曲識に肉体の制御を奪われ――そして、すぐにでも奪え返し戦闘を続ける。

 

その一瞬は、間違いなく他の兄弟達を救っている得難い時間であったが、しかしこちらから仕掛けるには少しばかり心許ない。

 

一進一退の攻防戦――までもっていけない。

精々、命を永らえさせる隙を作る程度。

 

零崎一賊の腕利きたちの全力を結集し、連携し、補いあってなお足りない。ここにもうひとり増えた程度では押し切れないに違いない。零崎一賊総出だとしても、勝ち目は限りなく薄い。

それほどまでに『人類最強』は強い、ということだろう。

 

兄弟の誰かが息切れした時が、辛うじて創りだした均衡の崩壊する瞬間だ。

そしてその時はもうそこに迫っているのを、後方から戦場を俯瞰できる曲識にはよくわかった。

 

零崎人識――マーダーに召喚された零崎三天王たちは未だ余力を残しているものの、当の本人はすでにぼろぼろ。

更に彼は固有結界も展開している。

一番早く消耗するのは彼なのは明白。それを他の零崎たちもわかっているのか、徐々に開きつつある人識の穴を必至で埋めようとしているが、厳しい状況だと言わざる得ない。

 

 

一手ミスをしたら。

あるいは、一瞬動くのが遅れたら。

その瞬間、崩壊する。

 

そうなれば、後は掃討戦だ。

なし崩し的に全滅するに違いない。

 

とはいえ、曲識はそこまで悲観していたわけではなかった。

勝つ見込みがほぼ存在しない戦いに達観しているわけでも、ない。

ただ、楽観していた。

 

どうにかなるだろう。

どうにもなるだろう、と曲識は思っていた。

 

そもそも自分らを喚び出したのは、あの零崎人識である。

彼は勝手気侭無謀無策で敵に当たるような馬鹿者ではあるが、しかし自殺行為に一賊を巻き込むような家族不孝者ではない。

もし、勝機がないならひとりで死ぬようなやつだと、曲識は知っている。

ああ見えて家族想いなのだ。

 

それに――――

 

「………………」

 

と、『人類最強』の攻撃で態勢を崩した人識の制御を無理やり乗っ取り、安全圏に退避させながら、曲識は思う。

 

所詮この身は、人識の展開する宝具によって与えられた仮初めの肉体。

人識からの魔力供給が止まれば塵と消える存在だ。

吹けば飛ぶような実体だ。

 

そんな身体になっても、家族のために戦えるというこの状況は零崎曲識にとって――

 

「……悪くない」

 

と思うに足る、十分満たされたもの。

 

だから、自分は己の領分を果たしていればいい。

ただ、戦闘を引き伸ばし、解りきった結果を遅延させ、決着の時を放り投げればいい。

 

ゆえに、曲識は手に持つマラカスで曲を紡ぎ続け――

 

「家族のために戦うのも――悪くない」

 

と、もう一度呟いたのだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

赤色のバーサーカーが繰り出すは、受け止めれば砕け、受け流しても弾ける、そんな強力な一撃だった。

こと、技の攻撃力においては超一流と自負している軋識からみても、比べることすらおこがましい埒外のそれである。

戦ったことはないが、殺し名第一位殺戮奇術集団『匂宮雑技団』に所属する、『強さ』に主眼が置かれたという『人喰い(マンイーター)』匂宮出夢でさえもこれほどの攻撃力を発揮することは難しいのではないか。

 

軋識の持つ全鉛製の釘バット『愚神礼賛(シームレスバイアス)』ならば、一度なら受けることも不可能ではないだろうが、しかしそんなことをしたら本体である軋識が無事でいられるはずもない。

 

ゆえにバーサーカーの攻撃は全て躱さざるを得ないのが、現状だった。

 

「……まったく。そんな相手と正面切って戦うなど、正気の沙汰じゃあないっちゃね」

 

と、ぼやくように軋識は呟く。

同時に、なぜこんな戦いに身を投じているのかと怒りさえ湧いた。

 

原因は決まってる。

あの馬鹿で、恩知らずで、世間知らずの愚弟のせいだ。

 

零崎に身をやつしながらも、他の兄弟とはどこか違う雰囲気を持った弟。

自分のホームはここじゃないと思い、ふらふらと長兄たる零崎双識に心配をかけながらも、放浪を繰り返していた、零崎人識のせいなのだ。

 

それでいて、ちゃっかり零崎であり続ける(零崎由来の宝具を持つ)彼に苛立ちを通り越して、呆れすら出てくる。

 

お前はそんなやつじゃなかっただろう、と。

もっと淡白で、零崎一賊なんて家族とも思っていないような、自由気侭なやつだっただろう、と軋識は思う。

 

けど、まぁ。

 

「……それは俺にも言えることっちゃね」

 

軋識には唯一無二の家族である零崎一賊にすら、明かせない関係がある。

いや、英霊となった今は、あった、と表現するほうが適切かもしれないが、しかし。

 

彼もまた人識と同様に、自分の居場所は他に存在していると思っていた。

 

決して、零崎一賊に不満を抱いているわけではない。

居心地が悪いと思っているわけではない。

むしろ、一緒にいてこれほど楽しい奴らはいないとすら思っている。

 

しかしそれでも、ここは違う、と。

ここは自分の居場所ではない、と。

そう思ってしまう自分がいる。

 

さながら、零崎一賊は居心地の良い止まり木で。

自分の戻るべき巣は、どこまでも蒼く、そして愛らしい『暴君』の下にあるのだと。

 

そう認識してしまう。

 

だから、通常の価値観に則って考えれば、零崎一賊のために命を張る必要性が軋識には無いのかもしれない。

 

しかし、それでも。

 

「俺は零崎、だっちゃね」

 

零崎であること。

その事実だけはどうあっても変わることのない、普遍の法則であり、束縛でもある。

 

だとしたら、やることはひとつ。

 

「零崎は、絶対に家族を見捨てない」

 

例え戦っているのが、自由気侭の恩知らずで、ふらふらと出歩く信頼出来ないやつだとしても、彼は零崎であり、軋識の家族。

だから見捨てて逃げたりしない。

 

「きひひ――――そんな当たり前のことに頭悩ませるなんて、俺も焼きが回ったっちゃね」

 

人識に迫るバーサーカーの一撃を受け止め、ボロボロになった軋識はそう自嘲気味に呟き――

 

一賊史上最も荒々しく、最も容赦のない手口で、最も多くの人間を殺した殺人鬼は、再び家族のために戦うことを選択したのだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

零崎双識にとって人類最強の請負人哀川潤は、尊敬の対象であり、畏怖の対象であり、崇拝の対象でもあった。

その感情はなみなみならぬものであり、また酷く複雑で、およそ数ページにも及ぶ説明を要するため割愛するが、しかし。

 

彼がもし、ひとりで哀川潤と敵対することになったら、いの一番で逃げ出すことだけは間違いない。

 

零崎一賊が忌避されるのは、一人殺したら一賊全てが殺しに来るという最悪さに起因することは先にも述べた通りだが、それは彼の存在を加味した結果に過ぎないのだ、ととあるプレイヤーは述べる。

零崎と敵対すれば、零崎双識と敵対するから誰も手を出せず。

彼の持つ暴圧的な戦闘力と圧倒的な家族愛により、零崎一賊は成り立っている。

と、つまりはそういうわけだ。

 

いささか、誇張が過ぎるとは思うが、しかしその評判に違わない程度に彼は強く――そして、家族思いである。

 

零崎双識。

二つ名、『自殺志願(マインドレンデル)』『二十人目の地獄』。

零崎一賊きっての特攻隊長。

零崎双識あっての零崎一賊であり、零崎一賊とは零崎双識のことである、とまで言わしめた最強最悪の殺人鬼。

 

しかし、そんな双識から見ても、哀川潤と敵対するのは何に変えても避けるべき最悪の事態のひとつだった。

 

零崎一賊は身内が殺されれば、下手人を殺し返し、そのついでとばかりに親類縁者関係者も尽く皆殺しにする。

そこに一切の例外はなく、躊躇すらない。

 

だが、零崎を総動員しても殺しきれぬ相手ならば、どうだろう。

一賊総出でかかってもなお及びつかぬ相手ならば、どうなるだろう。

 

結論は簡単だ。

無茶無謀にも復讐戦を挑み――そして、無為に全滅する。

最強である彼女の前には零崎の狂気は塵芥に等しく、全戦力を集中させたとしても零崎は全滅するだけの哀れな野良犬に過ぎない。

文字通り、駆除されるだけなのだ。

 

だから、双識は哀川潤と敵対しない。

敵対したとしても、何が何でも殺されるわけにはいかない。

万が一彼が哀川潤に殺されてしまったら、力量差に関係なくただひとりの例外を除いて特攻し命を散らす羽目になるのは明白なのだから。

家族が全滅してしまうのだから。

 

「だけど、これが逆なら話は別だね」

 

逆。

原因と結果が逆ならば。

双識が哀川潤と敵対するよりも先に、一族が敵対してしまったのなら。

 

彼は喜び勇んで人類最強の請負人に戦いを挑む。

家族の敵を討たんと命を差し出す。

 

勝てないのはわかってる。自殺と同値だと知っている。

 

けれど、だけれど。

もしその時になったら、彼は

 

「弟妹たちを見捨てる兄。そんなものはもう存在としては兄と呼べないのさ」

 

なんて戯けてみせて、命を顧みず哀川潤に挑みかかるに違いないのだ。

 

それこそ双識が零埼そのものと言われる所以なのだから。

彼が長兄であるための家族愛に他ならないのだから。

 

零埼一賊が長兄、零埼双識。

自称、平和主義者。

零埼のために命を削り、零埼の理念を体現する男。

零埼一賊の最後の砦にして、最強のプレイヤー。

 

「ふふ、ふふふ。身体が軽い。こんな満たされた気持ちで戦うのは久しぶりだ。もう、怖いものなんてないね――――」

 

…………などと戯言をほざきつつ。

彼は愛する家族(おとうと)のためにバーサーカー(哀川潤)に勝負を挑むのだった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

人識(マーダー)が零埼一賊の中でも異端で、純粋な零埼とは呼べないことは先に触れたとおりであり、ゆえに家族のためなら命さえ投げ出す狂気じみた愛を彼は持ち合わせていなかった。

 

だから一度零埼が全滅した際にも人識(マーダー)は何食わぬ顔で生き恥を晒せたし、哀川潤と結んだ人殺しをやめる誓約も特に苦も無く履行できた。

それはつまり人識(マーダー)は零埼でありながら、様々な点で一般的な零埼とは大きく(おもむき)を逸するということなのだろうが、しかし。

 

それは彼一賊を嫌っているというわけでは、勿論ない。

嫌悪など一切ない。

 

彼が零埼内で家族と認めるのは零埼双識のみだが、一賊という居場所を彼は嫌いではなかった。

むしろ、好いていた。

 

だから、彼がこの場に彼らを召喚したのは、頭に血が上り判断が鈍ったわけでも、逃げる合間を稼ぐ肉の壁にするためでも決してなかった。

そんなことのために家族を喚ばない程度には、零埼一賊を大事に思っていた。

……もっとも、面と向かって尋ねたところで憎まれ口しか返ってこないだろうが。

 

それはともかく。

 

つまるところ、人識(マーダー)には確かな勝算があった。

 

人類最強の請負人に――否、バーサーカーに勝つだけの自信があった。

彼は戯言遣いがバーサーカーに仕込んだ毒にもしっかりと気が付いていたし、弱体化したバーサーカーの力をもとに勝算の高い戦略を組み立てていた。

この点は零埼曲識が推察したとおりだったと言えるだろう。

 

が。

 

(なんというか…………この女、さっきよりも強くなってねえか?)

 

人識(マーダー)は徐々に鋭くなるバーサーカーの一撃を躱し、己の推察が間違ってないことに気が付いた。

 

信じたくもないが。

目の前にいる狂った人類最強(バーサーカー)は刻一刻と強くなっているのだ、と。

人識(マーダー)は認める。

 

おそらく、あの戯言遣いにだってこんなことになるなど予測してなかったに違いない。

人類最強という名がこれほど重いものだと、思わなかったに違いない。

どこまでいっても、彼は所詮少し特異なだけの一般人。日常的に命のやり取りをするプレイヤーではないのだから。

 

…………いや。

戦いの中で強くなるなんて、お前どこのサイヤ人だよ! とか、バトル漫画の主人公か! とか、あんただけ絶対ルール違うだろ! とか、色々突っ込みたいことはあるのだが、それを人識(マーダー)はグッと堪え、飲み込んだ。

 

零埼人識。

備考、殺人鬼。

 

存外大人なのであった。

 

閑話休題。

 

以上のように言いたいことは多々あるが、しかし泣き言を言う暇は彼に残されていなかった。

辛うじて創り出した均衡もすでに綻びはじめ――というより、人識(マーダー)の身体がうまく動かなくなってきていた。

 

彼が死んだら、独立サーヴァントとして召喚された零埼一賊の面々も露と消える定め。

いや死なずともこのまま消耗していけば、いずれ固有結界を維持できなくなり、負けは確定するだろう。

 

進むも地獄、戻るも地獄。

脇道なんてありはしない。

どれもこれもが、破滅への一方通行。

 

ゆえに人識(マーダー)は考える。

想定外の事態にか細くなった可能性を再び引き寄せるため、足りない頭を総動員して勝利の道筋を模索する。

 

とはいえ。

 

「かはは。なんて言ったところで、やることは変わらねえんだけどな」

 

と。

人識(マーダー)が疲れを滲ませぼやいたところで、一端バーサーカーが後退した。

これは後ろにいるマスターの指示だろう。いったいどういうつもりなのかは知らないが、人識(マーダー)としては好都合だった。

それに合わせ、零埼一賊以下四名も後退して距離をとる。

 

「さて。いよいよもって追い詰められた、ということかな」

「あん?」

 

額に汗を流しつつ呟く双識を人識(マーダー)は怪訝そうに辺りを眺める。

 

そこで初めて気が付いた。

彼らの背には、おどろおどろしい死体の壁が存在していた。

位置関係からしておそらく、崩壊しそこねた黒板だろう。

どうやら、知らず知らずのうちに追い込まれていたということらしい。

 

「ま、気づいてなかったのはお前ぐらいだっちゃね」

「それならなんとか回避しろよ」

「それができたら苦労はしない。僕たちの力を合わせたところで主導権はおろか移動先すら選択する余地がないのだからな」

 

軋識と曲識に指摘され、納得する人識(マーダー)

つまりあの少女がバーサーカーを下げたのは、死に際の抵抗に万全を期すためということか。

 

「なるほど。かはは、相手のマスターも結構考えてるんだな」

「笑い事じゃねえだろ。俺たちにゃ後がないってことだっちゃよ」

「まぁそりゃそうだけどよ、大将。よくよく考えれば、あの哀川潤を相手にして後なんてあるわけないじゃん」

「そりゃ、そうだが……って、巻き込んだお前が言うなっちゃ!」

 

掴みかかる勢いで怒鳴り込む軋識を受け流し、人識(マーダー)は笑った。

 

「それで、どうするんだい」

「どうするもこうするも、レン。こうなったら腹を括るっちゃ」

「最後に華々しく散るのも――悪くない」

「いやいや、兄貴たち待てよ。何諦めてんの。まだ負けてないだろ。諦めたら試合終了なんだぜ?」

「お前、それ言いたかっただけっちゃね……」

 

小馬鹿にしたため息をつく軋識に、人識(マーダー)は首を振って否定すると、辛うじて動く指先をバーサーカーのマスターに向けた。

 

「この状況から勝つのは確かに無理かもしれないけど、バーサーカーのマスターを殺れば引き分けぐらいには持ち込めるだろ。どうせ派手にやるなら、そっちのほうでいこうぜ」

「なるほど……。本来の人類最強ならともかく、か弱い少女に頼るバーサーカーなら……うん、私は人識の意見に賛成だ。万が一ということもあるかもしれないしね」

「結局自殺行為なのは変わんないっちゃけど、レンがそういうなら俺も従う」

「最後に人類最強を出し抜くのも、悪くない」

「よし、じゃ全会一致ってことで」

 

軽い作戦会議を終え、彼らは己が獲物へと向き直った。

 

すでに誰もが満身創痍。五体無事なものはひとりとしていない。

だが、彼らの瞳は煌々と燃え盛っていた。

家族のため。あるいは、譲れぬ何かのため。

 

まだまだ戦えると、ここで零埼は在るのだと、その存在感を示していた。

 

「お別れは告げられた?」

 

と。

図ったようなタイミングで――というか見計らっていたのだろうが――イリヤが無邪気な声で問う。その声に悪意は一切感じられなかった。

各々が最後の戦いに向けて準備を進めるなか、ナイフをとうに失い手持無沙汰だった人識(マーダー)はその問いに答えることにした。

 

「あぁ、いろいろと決まった」

「最後の死に方が、かしら?」

「最後の殺人対象が、さ」

「へぇ。ちなみに誰なのか聞いてもいい?」

「それはお前だ。バーサーカーのマスター」

「そう、なんとも怖いことだわ。私、恐怖で震えちゃいそう」

「抜かしてろ――――お前は俺が殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」

 

人識(マーダー)が凶悪な笑みを浮かべて、そう宣言した瞬間。

ほぼ同時に零埼たちが弾かれたように疾走した。

 

先頭を軋識が務め、後ろに続く人識(マーダー)を守るように双識と曲識が並走する。

向かう先は、バーサーカーのマスター、イリヤのもと。

 

彼らの移動速度は他のサーヴァントと比べて遜色ないものだったが、しかしそれを阻むは最強最大のサーヴァント、バーサーカー。

対応するように飛び出したバーサーカーは容易に彼らの先頭を抑え込む。

 

が、しかし。

 

「おらッ!!」

 

軋識が降りぬいた全鉛製の釘バット『愚神礼賛(シームレスバイアス)』により、進行を一瞬阻害される。更にその一瞬を引き延ばすために、曲識が音による肉体の乗っ取りを試みる。

 

 

――これで一歩。

目的に近づいた。

 

 

しかし、バーサーカーも黙ってやられるばかりではない。

すぐさま、身体の支配を取り返した彼女はお返しとばかりに両手で挟み込むような平手をふるう。

赤子がする幼稚な拍手のようなそれは、殺戮奇術集団匂宮雑技団団員№18『匂宮出夢』の

最終技『暴飲暴食』。

全体重を乗せて放たれたその一撃は容易に人体を破裂させる。

 

「これで家族のために死ねなかった心残りはなく――――」

 

技後硬直により動けなかった軋識はなすすべなくバーサーカーの放った技を喰らい、あっけなく、あまりにもあっけなく圧潰(あっかい)した。

 

 

――その間にさらに一歩。

バーサーカーより先んじる。

 

 

先行する形になった双識と人識(マーダー)に追いつけないと判断した曲識は、時間を稼ぐため再度バーサーカーに肉体支配を試みた。

しかし、いつもならするりと浸透するはずの音が上手く到達しない。

 

「なぜだ」

 

訳も分からず呟いた曲識の言葉は、しかし誰の耳にも入らなかった。

そこで彼は自分の鼓膜が破れていることにようやく気が付く。

 

――曲識の視界の先には大口を開けるバーサーカーの姿があった。

その口から発さられるは、瞬時に鼓膜を破っただろうただ単純な大声。

無理やり技と解釈するなら『猿叫』となるそれは、曲識の奏でる音を相殺し、肉体干渉を防いだ。

 

「この短期間で対応したのか。流石、僕がす――――」

 

曲識の言葉は最後まで続かなかった。一足飛びに接近したバーサーカーに霊核を破壊されたからである。大量の吐血とともに曲識は血に伏し、そしてそのまま起き上がることは無かった

 

 

――家族を犠牲に一歩。

振り返る余裕など、人識(マーダー)にありはしない。

 

 

曲識が死んだことを悟った双識は踵を返した。

その意は当然、最後の盾になるためである。

ふたりの死により稼いだ距離は、バーサーカーにすれば障子紙にも等しいだろう。

ゆえに彼が最後に残った。

 

零埼一賊が長兄、零埼双識。

零埼一賊最強の男にして、最後の砦。

 

一瞬でも早くバーサーカーに接近するため、そして一歩でも長く人識(マーダー)が距離を詰めるため、双識は背にした人識(マーダー)を壁にして垂直に跳躍した。

 

 

――兄の想いを背に、一歩。

これで人識(マーダー)に随伴者はいなくなった。

 

 

バーサーカーと相対した双識は圧倒的な暴力を相手に徒手空拳で挑みかかる。

バーサーカーの根こそぎ削り取るような一撃を前にする双識だが、躱すわけにはいかない。

一度でも正中線をずらしたら、その瞬間にバーサーカーは双識を抜き去り人識(マーダー)へと向かうだろう。その先は考える労力すら無駄だ。

 

ゆえに双識は抱擁するように手を広げ、己が身を投げ出した。

結果は寸断。

度重なる連戦に狙いでも狂ったのか、バーサーカーの一撃はわずかに正中線を逸れ、双識の左肩口から先を抉り取った。

 

 

――家族への自己犠牲を糧に、一歩。

振り返る勇気すら、もはやない。

 

 

双識は辛うじて生き残った。腕はなく、先ほどの戦いで身体はぼろぼろ。

しかしまだ動く。まだまだ家族のために戦える。

 

そう思う双識にバーサーカーが放つ二撃目は、軋識を屠った最終技『暴飲暴食』の片手版『人喰らい(イーティングワン)』。

これを躱す力は彼になかった。

 

ゆえに彼が最後に考えたのは、家族のことで。

そして、末妹に託した大鋏『自殺志願(マインドレンデル)』のことだった。

 

バーサーカーが振りかぶる一瞬の隙を突き、双識は懐から使い慣れた――しかし、使いこなすことのなかった自身の代名詞を取り出した。

 

が、彼にできたのはそこまで。

 

「ふふ。トキならこう言うのかな。『悪くな――――」

 

知覚することすら不可能なスピードで薙ぎ払われた平手は、双識の柔らかな腹を両断し、見るに堪えぬ躯へと変貌させた。

 

 

――これが瀕死になってなお、双識が稼いだ一歩。

人識(マーダー)を守る家族はいなくなった。

 

 

脳が焼き切れそうになるほど鋭敏化された世界で、人識(マーダー)は背後に迫る存在を確かに知覚した。

 

強烈な圧迫感。逃れられぬ恐怖。

己が亀ならば、あの最強はきっとジェット機に違いない。

そんな愚にもつかぬ戯言を聞いた気がした。

 

しかし、ここまで来て諦めるわけにいかない。

最後まで隠し持っていた切り札のひとつを切ることに、人識(マーダー)は決意する。

 

彼の指から伸びるは、視認することすら困難なほど細く、しかし人の肉を容易く切り裂く鋼糸。

齧った程度の拙いそれを必死に繰り、後方に糸の結界を創り出す。

 

常人ならば――いや、サーヴァントであっても致命傷を負わせられるそれは、しかしバーサーカーにとっては蜘蛛の巣にも等しかった。

己の負傷も顧みず強引に掻き崩すバーサーカーに遅延はない。

 

このままいけばきっと間に合わない。

彼がイリヤを殺す前に、バーサーカーが追いつくことだろう。

 

もはやこれまで。

 

そう諦めかけたその時、奇跡が起こった。

諦め悪く残った鋼糸を掻き集め展開していた防御網に、バーサーカーに押し砕かれた軋識の『愚神礼賛(シームレスバイアス)』の破片が、血塗られた曲識のマラカスが、結合部分が壊れ真っ二つになった『自殺志願(マインドレンデル)』が、絡みついたのだ。

 

さしもバーサーカーと言えど、蜘蛛の巣は容易く壊せても、即席とは言えそれなりに重量のある壁を壊せば速度を落とす。

 

死してなお人識(マーダー)を守ろうとする彼らの壁を、砕いたバーサーカーは苛立ったように咆哮を上げた。

 

 

――最後の一歩。

人識(マーダー)はようやく、目標にたどり着いた。

 

 

後は、殺すだけだ。

いつものとおりその腕を振るえばいい。

 

人識(マーダー)が持っていた目につく武装はほぼすべて使い果たしていたが、しかし最後に残っていたものもあった。

それは己の指に仕込んだ、ダイヤモンド紛で加工された鋭く尖った爪。

ナイフにも匹敵するその切れ味は、幼い少女を殺す程度造作もないだろう。

 

「とどけぇぇぇぇえええええ!!」

 

渾身の力を込めて、現界まで腕を伸ばして、彼らが紡いだ一撃を振るう。

最後の一撃を振るう。

 

しかし――

 

「残念ね。貴方がここに来るまで少し時間がかかりすぎちゃったみたい」

 

――その一撃は届かなかった。

その攻撃は無為に終わった。

 

距離してほんの数十センチ。

たったそれだけの距離を、人識(マーダー)がたどり着くまでイリヤが動いたのだ。

一歩後ろに、下がったのだった。

 

それで、おしまい。

 

彼らが命を懸けた意味も、懸命に頑張った意義も、それで無為になる。

 

「…………かはは、傑作だぜ」

 

背後から、バーサーカーがやってくる。

狂った人類最強がやってくる。

 

もはや、人識(マーダー)に残された時間は一秒だって無いに違いない。

さらに一歩詰め、もう一撃放つ余裕はなくなったのだ。

 

だけど、それでも。

 

「――俺の勝ちだ、お嬢ちゃん」

 

そして人識(マーダー)は笑い。

 

「も死か死て、忘れられてるんじゃないかと思ってたよ」

「えっ――――」

 

人識(マーダー)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()少年――石凪砥石は満を持して登場した。

 

己が獲物、デスサイスを持って。

イリヤめがけて振りかぶって。

 

姿を、現した。

 

「よろ死く、名も死らないお嬢さん。そ死て――さようなら」

 

ごとりと音がして。

次の瞬間、イリヤが見たのは黒く染まる、何も見えない暗黒だった。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

第五次聖杯戦争三日目。

第七戦。

殺し名序列第三位零崎一賊が鬼子零崎人識VS人類最強の請負人哀川潤。

改め、マーダーVSバーサーカー。

敗者バーサーカー。

勝因は家族愛、とでもしておくことにしよう――――

 

 

 

 




非常に遅くなって申し訳ありません!
リアルで忙しかったのと、パソコンが壊れたのが重なってこんなに伸びてしまいました……

次はもう少し早くあげられるように頑張ります。


ちなみに内容ですが、割とご都合主義的ところがあるので突っ込まないで頂けると嬉しいなぁと。

まぁ、砥石が最後まで姿を現さなかったのは、実のところバーサーカーが警戒していたのを人識が感じ取っていたとかなんとかそんな理由にしておきます。
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