ニシオニストによる聖杯戦争、あるいはただの蛇足   作:堂升

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初戦、あるいはただの小手調べ

 3,

 

 失敗したのは行動したから

 成功しないのは何もしないから

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 ちょうどその頃。私立穂群原学園校舎屋上にて。

 彼のマスターである遠坂凛の下した命令はほとんどのところを達成し、アーチャーは満足していた。

 彼の持つ二挺一対の『刀』炎刀・銃を使っての遠距離からの一方的な奇襲。

 それは凛の指示した威力偵察の任を真っ当に達成させた。サーヴァントと思しき白斑の少年とそのマスターであるスーツの女。どういうわけだか、アーチャーの攻撃は全て弾き躱し逸し、いなされたがそれはアーチャーにとってどうでもいいことで、収集すべき情報の一端に過ぎなかった。

 

 彼らの風貌とその特徴を頭に入れアーチャーは、わずかに照らされる月光を頼りに撤退の準備を始める。

 魔力の痕跡もそこにいたという足跡すらも残さぬ、隠密術。

 

 彼の習得した相生忍法は戦闘術から変装術、または遁走術までその技術は多岐にわたり、敵の魔術師が張ったと思しき結界を突破したのも、そのひとつであった。

 

 年月と共に研鑽され、そして敵対組織により壊滅させられた相生忍軍唯一の伝承者であるアーチャーはその技術を惜しげも無く使いそこにいたという存在すらも消す。

 

 仮に後数秒あれば、いったいどこから撃たれたのとも知らず、アーチャーは撤退を完了させていただろう。

 

 しかし、そうはならなかった。

 

「『不及(およばず)』。間に合わなかったか」

 

 アーチャーの視線の端で動くものを感じる。どうやら、体育倉庫に隠れた敵が反撃に転じたようだった。

 白斑のサーヴァントを先頭にし盾にするように敵のマスターは校庭を駆ける。

 その速度は早く、疾い。

 妨害が入らなかったら、すぐさまアーチャーの潜むこの校舎に辿り着く。

 そして、アーチャーを補足するまでは敵わずともわずかに残した痕跡を探られるかもしれない。

 彼らを見て一瞬でそこまで判断し、アーチャーは迎撃を選んだ。

 

 腰から二挺一対の『刀』を取り出す。

 六連装の回転式拳銃に十一連装の自動拳銃。四季崎記紀が完成形変態刀十二本の最後の一振り、『炎刀・銃』。

 

 その銃口が校舎に向かって駆け出すふたりに標準する。

 

 そして、発砲。

 ほのかに漏れるマズルフラッシュが闇夜のなかでアーチャーの仮面に浮かぶ『不忍』の二文字を際立たせる。

 

 ()()()した先ほどとは違い、それこそ機関銃のごとく二挺一対の『刀』から銃弾が吐出される。

 そして、それは装填数を大幅に超えても止まる余地はない。

 

 そも、四季崎記紀の作りしこの『刀』には装填作業などというまどろっこしいものは存在しない。

 狙い、撃つ。

 それだけで無数の弾が飛来し敵をズタズタに引き裂く。

 

 その性質を如実に表したように、『炎刀・銃』はアーチャーの己が魔力を持って弾丸を形作る。

 一発一発が致命の一撃。

 おおよそ、二小節相当の魔術に匹敵する威力の銃撃が、間断なく白斑のサーヴァントと女マスターのふたりを襲う。

 

 しかし、それに対してもふたりは足を止めなかった。白斑のサーヴァントが細い手に握る手のひらほどのナイフを器用に扱い、背に守るマスターに当てぬよう細心の注意を払って、弾きそらす。

 それは驚嘆に値する技術であり、まさに英傑と称して遜色のない存在だ。

 

 そう心のなかで賞賛しながらも、アーチャーはまさに自分の思い通りにことが進むのを感じて笑う。

 敵のサーヴァントにアーチャーの銃撃が効かないことは百も承知である。先ほどより鉄量が増したとはいえ、その程度で打ち取れる相手ならば苦労はしない。

 事実、白斑のサーヴァントは飛来する弾丸の全てを無力化している。

 

 しかし――――――それでも予想通りだと笑うしか無い。

 

 そも、アーチャーの任務は威力偵察であり、その任は最初の奇襲を行った時点でおおよそ達成されているのだ。ここにいるのは、あくまで敵が反撃を仕掛けてくる予兆があったための足止めであり、アーチャーにとって戦後処理的戦いであることは否定しようもない。

 

 なればこそ、アーチャーに勝つ気はなかった。

 少々の足止めをして、その隙に逃げ去ればいい。足を止めずに進んでいると言っても、幾重にも飛来する弾丸をいなしながらのその進みは遅々としたもの。

 アーチャーが痕跡を消し、悠々と立ち去るには十分の時間がある。

 

 少しずつ這うように進む敵に二挺一対の『刀』を差し向け、銃弾を放つだけの簡単な作業。

 それをこなすだけで、アーチャーの目的は達成されるのだ。

 

 なればこそ――――――

 

 ――――――滅多に気を緩めない彼が少しばかり油断したのは、否定しようのない真実であり、必然でもあった。

 

 瞬間、アーチャーの視界の端で何かが動いた。

 全身を駆け巡る悪寒と嫌な直感。彼の豊富な戦闘経験がそこにいるべきではないと告げていた。

 

 とっさの回避行動。銃撃をやめ我が身を投げ出さんばかりのそれは、しかし結果としてアーチャーの命を救った。

 

 かすかに見える銀閃。それは月明かりに照らされて薄く光るナイフのもの。

 

 転がりながら目に入ったそれに銃撃を加えるが、あえなく失敗。その全てを無情にも撃ち落とされる。

 

 かわりに追撃は、なかった。

 

 アーチャーが距離を測るように立ち上がると、それは笑った。

 

「――――――傑作だぜ」

 

 小柄な身体に白く斑に染められた髪。片耳に三連ピアス、片耳に携帯ストラップ、顔面に刺青という奇妙や風変わりという言葉ではとても形容しきれぬその装い。笑みからチラリと覗く犬歯は、その手に持つナイフのように、小さく―――そして鋭い。

 

 さきほどまで校庭にいたはずの白斑のサーヴァントだった。

 彼は器用にナイフを取り回しながら、その笑みを獰猛に、そして凶悪に深くした。

 

「遠方から攻撃だけして帰ろうなんて、ちょっと礼儀がなってねえよ。もう少し、ここで遊んでいこうぜ」

 

「わからないな。なぜ貴様がここにいる?」

 

 軽口に付き合わず率直に尋ねるアーチャーに、白斑のサーヴァントはたいそう犯しそうに笑った。

 

「あんた、嵌められたんだよ。校庭でだらだらと歩いてるのは、俺のマスターだけだ。魔術ってのは便利なもんだな。詳しいことはよくわからねえが、魔術的および光学的欺瞞用のデコイだってよ。暇ありゃ、通信教育で習ってみるか検討しちゃうぜ」

 

「――――――バカな」

 

 彼の言葉にアーチャーは驚愕した。

 もし、それを信じるならさきほどアーチャーが放った銃撃はそのマスターとやらが全てをいなしたということだ。敵の存在を見間違うことはあっても、己が放った銃弾の軌跡を違うことはない。

 音速以上で飛来する弾丸を、確かに校庭にいた二人組は弾き、逸し、いなし、躱していた。

 

「………………『不得禁(きんじえず)』」

 

 それは驚嘆に値することだ。サーヴァントとならともかく、生身の魔術師があれほどの銃撃を防ぐなぞ――――――

 いや、そのサーヴァントにしたって簡単にできることではない。

 気配の悟られていない完全な奇襲だった。

 獣じみた直感や、それに相当する心眼とでも言うべきものがなければ、攻撃されたことすらわからないだろう。そして、その銃撃を防ぐための類まれなる技術もだ。

 

 それが一介の魔術師にできることか。

 

 アーチャーは心のなかで自問自答するが答えは出ない。

 

 ―――否。

 答えは出ているのだ。

 白斑のサーヴァント。

 彼が屋上にいてアーチャーと相対していることがその証左。

 逃れられえぬ真実である。

 

 ゆえに、アーチャーはその事実を淡々と認めた。そして、彼らに対する戦力評価を上方修正する。

 

「なるほど。貴様はわたしが我がマスターの元に帰ろうとするのを妨害する役目か」

 

「そんなちんけなことしねえよ―――アーチャー。あんたはここで殺す」

 

「『不及(およばず)』。貴様にできるとは思えんよ」

 

 失笑を浮かべるとアーチャーは『炎刀・銃』ではなく腰に佩いた大小二刀の刀を抜き放ち構える。

 それに対応するように、白斑のサーヴァントも右手に構えたナイフの切っ先をアーチャーに向ける。

 そして――――――

 

「――――――殺して解して並べて揃えて晒してやんよ」

 

「それも―――『不及(およばず)』、だ。そんな口上を吐いだだけでわたしを殺したつもりか」

 

 両者は激突した。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 第五次聖杯戦争、初戦。

 殺し名序列第三位零崎一賊が鬼子零崎人識VS尾張幕府直轄内部監察所総監督補佐にして元忍者

 左右田右衛門左衛門。

 改め、マーダーVSアーチャー。

 いざ尋常に――――――勝負始め

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 最初に動いたのはマーダーだった。

 周囲を置いていかんばかりの疾走。後の先など考えぬ先の先。自然体でナイフを流しマーダーは走る。

 それは当然の行為であった。

 

 マーダーの獲物は刃渡り十五センチばかりの薄い刀子のようなナイフ。その殺傷圏は手を目一杯広げた範囲とほぼ同じであり、それは長さにしておおよそ八十センチと言ったところである。

 

 それに対するアーチャーが構えるその日本刀は各々長さが違うも、マーダーとアーチャーの身長差も相まってマーダーのそれとは違い、その殺傷圏は遥かに広い。

 

 ただ黙って待っているだけでは手の届かぬところから嬲り殺しにされるまでである。しかも、相対する敵はアーチャー。なぜだか今は日本刀を両の手に構えているが、それがいつ拳銃に変わるともしれない。

 

 なればこその突貫。マーダーの歩幅にして十歩。かなりの距離があったはずの両者の間をマーダーは一瞬にして詰める。

 

 それに対するアーチャーの選択は、暴力的とまで言えるリーチの差を活かした一撃離脱戦術――――――では無かった。

 

 彼もマーダー同様に両者の距離を詰めた。

 

「――――――なッ!?」

 

 一瞬で消える間合い。マーダーにとっては果てしなき要害であり、アーチャーにとっては己を守る盾であったはずのそれ。

 

 そこにいるだけでマーダーの攻撃をいなせる重要な利点を、しかしアーチャーは一瞬の判断の元に捨てた。

 その行動にマーダーは一瞬困惑するも、その身体はそれとは無縁にナイフを振るい、必殺の一撃を繰り出す軌跡を描く。

 

 しかしそれは決まらない。

 キンっという済んだ音と共にマーダーの手に伝わるは、己がナイフが何かにぶつかり中途に止まった感触。

 戦闘中にもかかわらず、マーダーは一瞬だけ意識をナイフの先に向けてしまう。

 

 そこにあったのはアーチャーの握る長刀。その鍔でナイフは止められていた。

 マーダーのナイフを受けその鍔も無事では終わらない。ナイフの一瞬の停止とその運動量の引き受た変わりに、長刀の鍔は小気味の良い甲高い音をたて砕け散り、両者の視界を奪った。

 

 そしてそれは更にマーダーの意識を奪う要因になる。

 

 そこを見逃すアーチャーでは無かった。

 もう一方に保持する短刀を水平に構え技を放つ。

 

 平突き。

 幕末、京都の治安を保ったとある剣客集団の副長が考案したとされる妙技。

 

 地面と水平に刀を構え、一息の呼吸とともに突き、躱されたとてそのまま払い斬ることにより、本来隙の多い突きの弱点を克服した技術にして、研鑽の証明。

 

 無音で放たれる銃撃の速度に比肩しうるそれを、しかしマーダーは冷静に刃先を見極めて躱す。

 

 弱点を克服したとはいえ、アーチャーの扱う刀剣は日本刀。両方に刃の着いている西洋剣とは違い、日本刀特有の弱点というものが存在する。

 それは日本刀が片刃であり払い斬るのに適さない峰側に逃げられた際に対処しきれないということだ。

 

 刀と言っても刃の無い峰なら軽量な鈍器とそう変わらない。むしろ、切り断つことを主眼とする日本刀では重厚な西洋剣とは違い通常の鈍器としての役割にも満たないほど。

 

 そのことを知識ではなく直感で察したマーダーは己が身体をアーチャーを回りこむように捻り込む。

 

「――――――ッ!」

 

 次の瞬間に訪れる衝撃。

 サーヴァントの力で振るわれた短刀の思わぬ衝撃にたたらを踏みそうになるが、マーダーはグッと堪えた。

 

 ―――大丈夫、峰側だ。打撲意外に怪我はない。

 

 今こそがマーダーにとって最大の好機であった。

 振るわれた短刀は未だ戻らず、鍔を砕くことでナイフを止めた長刀はこれほどの超至近距離ではその力も十全に引き出せまい。

 

 そして、なにより攻撃を掻い潜り掴みとったマーダーの間合い。

 離すわけにはいかなかった。

 

 衝撃を堪えたマーダーのナイフが鈍色の軌跡を描きアーチャーの喉を狙う。

 一撃必殺。正確無比のナイフ捌き。致命の一撃。

 その疾さにアーチャーは対応しきれていない。

 迫るナイフの切っ先。

 それが触れるか触れないか、マーダーが勝利を確信したその時。

 

「――――――相生拳法、背弄拳」

 

 アーチャーの姿が消えた。瞬間、背後に強烈な殺意と濃厚な気配を感じる。

 

「――――――ッ!!」

 

 マーダーは警告を鳴らす己の直感を信じて、回避を選択する。

 後ろを確認したい気持ちを抑えて、前に飛び込むように前転。這うようにして距離を取ると、果たしてさきほどまでマーダーがいた空間に幾つもの残線が走るのが見えた。

 

 転がるマーダーを追撃しようとするアーチャーに手に持つナイフを投擲。

 鈍色の軌跡を描くそれは、しかし甲高い音とともに防がれた。

 

 その一瞬の隙を突き、マーダーは体勢を立て直しパーカーの裾から新たに二振りのナイフを取り出し、アーチャーに習うように両手に構える。

 

 ややあって、再び対峙したふたりの距離は最初の距離とほぼ同じになっていた。つまり、マーダーの歩幅にして十歩。それは走力測定にはあまりにも短い距離だったが、近接戦闘を旨とするマーダーにとっては途方もなく、長い。

 

「――――――あんた、奇妙な技を使うな」

 

不然(しかず)。奇妙な技ではない。長い年月をかけ研鑽され収斂した、今はなき相生忍軍がその秘奥の一端。相生拳法、背弄拳だ」

 

「忍軍………?拳法………?その刀捌きといい、あんたほんとにアーチャーなのかよ」

 

不得禁(きんじえず)。それ以外の何に見える? まぁ、わたしとしてもアーチャーとして召喚されたのは甚だ遺憾ではあるが」

 

「かはは。自分のクラスに不満だってか。俺も召喚されるならアサシンかと思ったんだけどな。いやはや、まさかマーダーなんてクラスで召喚されるとは思わなかったぜ」

 

不及(およばず)。マーダー………聞き覚えのない名前だ。エクストラクラスか」

 

「そういうことだな。――――――お喋りはおしまいだ。殺し合いの続きだ、アーチャー」

 

「――――――こい、マーダー。貴様の刃がわたしの届くのならな」

 

「抜かせ!」

 

 戦いの口火を切ったのは、今度はアーチャーからだった。先ほどとはうってかわって慎重に両者の距離を測りながら疾走し、大小二刀の刀を器用に扱う。

 

 それに対してマーダーが取りうる選択肢はそう多くはない。

 そも、獲物がナイフである。極至近距離では無類の力を発揮するそれも、近づかなければ無用の長物。先ほどのように投擲すれば、動体であろうと確実に死に至らしめる一撃を放てるとマーダーは自負していたが、しかしそれもアーチャーには効かないことは先ほどの戦闘で証明済み。

 回避しながら、しかも攻撃直後の隙を狙ったのにも関わらず、アーチャーは平然とした顔でそれを払いのけたのだ。

 

 距離を取ることは死を意味し、なればこそマーダーは愚直にただひたすらにアーチャーとの間合いを詰める。

 

 しかし、マーダーはどうにも最後の間合いを詰められないでいた。

 歩幅にして三歩。マーダーの身体能力なら一瞬と言ってもいい距離。しかし、それは頑強な要害のごとくマーダーに立ち塞がった。

 

 アーチャーの使う一瞬で背後を取る奇妙な拳法、背弄拳とやらを警戒しているのもある。

 しかし、あらかじめ背後に敵が現れるとわかっているなら、大した脅威になりえず、対抗手段などそれこそ無数に思いつくもの。

 初見故に、また攻撃直後だったため、回避を選択したが、マーダーにとってそれは、直近の脅威になりえなかった。

 

 彼が間合いを詰められない理由は単純明快。

 

(こいつ巧い―――ッ!)

 

 アーチャーの振るう刀捌きが所以である。

 いや、というよりマーダーとの相対距離を一定に保ち続けるその足捌きと言ったほうが正確か。

 

 マーダーの持つ獲物はナイフ。

 その刀身は手のひらほどであり、長さにしておよそ十五センチ。アーチャーと比較して背丈の低いマーダーの殺傷圏は八十センチほどだろう。

 

 それに比べてアーチャーの獲物は大小二刀の日本刀。

 長刀の刃は八十センチ。彼の長い手足を考慮すればその殺傷圏は百五十センチとマーダーのおおよそ二倍である。

 そして、長刀より遥かに小さい短刀もマーダーのナイフと比べるとその長さは五十センチと比べ物にならない大きさだ。その殺傷圏は百二十センチと長刀に比べ短いながらも、マーダーのそれより遥かに長い。

 

 マーダーがアーチャーにそのナイフの鋒を突き立てるためには、それら大きさの違う二刀から繰り出される斬撃の檻を超えなければならなかった。

 

 たかが、三歩。されど、三歩。

 たったそれだけの距離がマーダーには遠く、重い。

 

 一歩踏み出せばちょうど長刀の殺傷圏に入り、鋭い斬撃が繰り出せれる。

 それをいなし更に一歩踏みだそうとすれば、その侵攻を阻むように空間を割くように繰り出される短刀がマーダーの足を止める。

 

 そして、その一瞬の隙にアーチャーは一歩後ろに下がる。

 マーダーとアーチャーはその背丈に大きな開きがあり、必然その歩幅にも影響している。アーチャーの一歩はおよそマーダーの一歩半に相当していた。

 

 間合いを詰めても仕切りなおすかのように再び三歩の距離に落ち着く両者。

 

 それの繰り返しである。

 

 強引に詰めれば難なく手の届く位置を取れるだろうが、しかしアーチャーの繰り出す刀の鋭さがそれをさせない。せめて一刀貰う覚悟がなければ達成は不可能であろう。

 

 時節、思い出したように繰り出される、相生忍軍とやらの技と思しき気配の読みづらい斬撃もその硬直状態を助長していた。

 この状態を打破するには相手のミスを誘うしか他ない。

 

(これは永い戦いになる―――)

 

 マーダーは長刀から繰り出される重く鋭い斬撃をナイフの背で受けながら、苛立ちとともにそう予感していた。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 さて、苛立ちを募っていたのはマーダーだけではない。アーチャーもまた同様だった。

 

 両者の距離を一定に保ち、圧倒的な間合いを活かした一撃離脱戦法。

 それは功を奏し、未だマーダーは己が間合いに片足とて踏み入れてはいない。

 

 しかし、アーチャーはそこはかとない不安と不満を抱えていた。

 

 そもアーチャーにとってこの戦いは避けるべき類のものであり、彼の任務はとうに達成している。早々に決着をつけ、得た情報をマスターと共有しなければならないのだ。

 

 そのため、初撃は我が身を危険に晒してまで一刀を当てることに執着した。相生拳法、背弄拳に平突き。己が技術の粋を凝らした攻撃にしかしマーダーは飄々と躱した上で逆撃を仕掛けても来た。

 

 元忍者であり、彼の習得する忍術はあくまで初見の敵に相対したためのもの。披露するたびに種が割れ対抗策を打たれるそれは、ゆえに最初の一撃をもって決着しなければ意味がなかった。

 

 しかし、マーダーはそれをいなした。

 だとすればアーチャーの使う忍術は使い古した過去のそれであり、二番煎じ。初見ですら見事と言わざる得ないほどの対応をしたマーダーの有効打にはなりえない。

 

 だからこそ、基本に立ち戻って距離を盾とした一撃離脱。

 それは今のところ功を奏している。斬撃の檻を作り出すアーチャーにマーダーはその機動性を十全に活かしきることが出来ない。

 このまま戦えばまず負けることはない。勝負どころはどちらかの集中力が切れたまさにその時だが、しかしアーチャーにはそれを待つ余裕はなかった。

 

 校庭にいるマーダーのマスターが痺れを切らして動き出したのである。逃さぬとばかりに校庭に仁王立ちしていた彼女は奇襲を警戒しながらも、着実に校舎に向かっていた。

 はるか遠方からの銃撃とはいえ、アーチャーの攻撃をいなし、その身体能力はおおよそサーヴァントに匹敵するほどの猛者。

 もし彼女がこの戦いに加われば、薄氷の上で踊るような危ういこの均衡は一気に崩れ、マーダーの側に傾くであることは明白だった。

 

 なればこそ、アーチャーは攻めに転じるしかない。

 しかし、それも不可能に近かった。マーダーの類まれなる戦闘センスとそれに耐えうる技能はそれ単体だけでも厄介である。

 

 アーチャーの持つ豊富な戦闘経験と研鑽から導かれる予測は、受け手から攻め手に変じた時その隙を付いてマーダーが致命の一撃を放ち、それを避けられないという未来予知にも似た直感。

 

 ゆえにアーチャーは動けない。

 斬撃の檻にマーダーを閉じ込めているはずのアーチャーだったが、むしろ時間という檻に囚われているのは彼の方であった。そして、その檻は刻一刻とその範囲を縮めている。

 

 真綿で絞め殺されるような圧迫感。それをアーチャーは感じていた。

 

(これは短い戦いになる―――)

 

 奇しくもマーダーとアーチャーの戦闘に対する判断は真逆のものだった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

「………………ッ!」

 

 凛は目の前で繰り広げられる戦いに舌を巻いていた。

 自身のサーヴァントであるアーチャーと聞き覚えのないクラス名を名乗った敵のサーヴァント、マーダーの死闘。

 それは一介の魔術師である凛が割って入れる次元の戦いでなく、ただアーチャーの勝利を信じて見守ることしか出来ない。

(なによ………………アーチャーのやつしっかりと戦えるんじゃない………)

 

 弱気な発言を繰り返していた自身のサーヴァントに少しばかりの苛立ちを覚えるがそれを口には出さない。

 否。出せなかった。

 

 凛が今いるのは私立穂群原学園校舎屋上にある給水タンクの裏である。そこに隠れるように―――というか実際に隠れているのだが―――凛は潜んでいた。

 アーチャーはまるでマスターである凛がここにはいないように振る舞ったが、実際彼女はアーチャーのすぐそばにいたのだ。

 

 凛がここにいる理由。

 それはアーチャーの銃撃による一撃離脱。そしてその技量を見極めるために同行していたのである。

 彼の能力を疑っていたわけではない。ただ、その力量をはっきりとこの目で確認したかったのだ。

 七人七騎の殺し合い。

 その壮絶さから戦争とまで言われる聖杯を巡っての戦いに、唯一の味方と言える自分のサーヴァントの実力を把握しなければ、おちおち寝ることだって出来ない。

 

(だけど、完全に裏目に出たわね………………)

 

 そういった判断からアーチャーと行動を共にしたのだがそれがもたらしたのは凛にとって最悪の状況だった。

 未だ凛がマーダーに見つかっていないのはアーチャーが適度に殺気を撒き散らし注意を引いて戦っているからだ。

 

 考えたくもないが、アーチャーが倒れればマーダーに凛が見つかるのは必然。そうでなくとも、今はアーチャーに夢中になってるマーダーが凛に気がつくまでそう時間があるわけではなかった。

 

(どうにかしないと………………)

 

 不安と焦りが凛の心を支配する。ギリッと手の中で握った宝石が音をたてた。

 その宝石は凛の魔術師としての半生をかけて魔力を溜め込んだ貴重な逸品。たとえ、相手が驚異的な対魔力性能を持つセイバーだったとしても傷つけられる自信が凛にはあった。

 

 二小節の詠唱を必要とする魔術とほぼ同等の威力を持つアーチャーの弾丸を受けずに防いだことから、マーダーの対魔力はそう高くも無いのだろう。致命打になりうる可能性すらある。

 

 しかし凛は目の前の戦いに手を出せず、ただ隠れ潜むばかりだった。

 

 純粋にその戦闘速度が速いのだ。

 魔術師ながら、中国拳法を納める凛は一般人から見れば頭ひとつ飛び抜けて強い。武道にその青春を賭ける学生程度だったら鼻歌混じりで倒せるほどである。

 

 だが、彼らサーヴァントの戦いはまた別次元の世界だった。

 仮に凛が己が宝石を使い援護射撃をしたところで、それがそもそも牽制になるかすら怪しい。

 ともすれば、アーチャーにあたってしまうかもしれない可能性だって存在する。

 刻一刻と立ち位置を変え間合いを測り剣戟を振るう彼らに割って入ることは、凛には叶いそうになかった。

 

 だからこそ、凛は追い詰められているとわかっていても、ただ黙ってアーチャーを信じることしか出来ない。

 そして、そのアーチャーもどうやら攻めあぐねているようだった。

 

(なにかキッカケがあれば――――――)

 

 心からそう信じてもない神に願う。

 そしてその願いは皮肉なかたちで叶えられることになるのだ。

 

 

 

 

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