ニシオニストによる聖杯戦争、あるいはただの蛇足   作:堂升

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きっかけ、あるいはただの邪魔者

 4,

 

あきらめたらそこで終了になるなんて、人生はどこまで楽なんだ!

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

さて。

ふたりのサーヴァントが私立穂群原学園校舎の屋上で死闘を繰り広げている頃。

学園の生徒である衛宮士郎は弓道場で掃除をしていた。

 

おおよそ一般的な人の感性からすると、衛宮士郎の一日は最悪なものだったに違いない。

早朝学校に着き元部活の友人に馬鹿にされたかと思えば、他の友人からは程のいい雑用として顎で使われる。その後、生徒会の友人の頼みで備品の修理に駆り出されようやく終えたら、朝あった友人に遭遇、そのまま既にやめた弓道部の道場の掃除を押し付けられる。雑巾を絞り軽く箒で掃いてからの水拭きと乾拭きの繰り返し。苦行とも思えるそれ終わった頃にはとうに日がとっぷりと暮れ、辺りは漆黒に包まれていた。

 

「うわ、随分と遅くなったな……。藤ねぇ心配してないかな」

 

掃除道具を片付けながら士郎はそう呟いてーーーー今日は彼女が家に来ないと言ってたことを思い出し、自分がそのことに寂しさを感じているのに気がついた。

どうやら、冬木の虎ーーーー愛すべき担任であり姉と慕う藤村先生のことを自分が思っている以上に必要としていたらしい。

脇によけてあった鞄を手に取り、そんなことを思う自分の子供らしさにわずかに赤面する。

 

弓道場に一礼してから外に出て鍵を閉めると、はるか遠方に見える街並みの光が星のように煌めき、月夜も相まって美しい夜景を演出していた。

これだけで最悪だった一日を精算できる。

そう思うほどの風景だった。

 

しかし、士郎にとってしてみれば今日という日は別段最悪と呼ぶものでものでもなかった。

衛宮士郎は正義の味方に憧れている。

それは士郎の養父から受け継いだ希望であり理想だった。

そんな彼にとって誰かの役に立つということは何にも代えがたい幸福だった。それは正義の味方とはまた違ったものなのかもしれないが、しかし彼にとっては満足の行くものでもあった。

そんな士郎には今日という日はいつもと変わらぬ日々であり、また最善とまではいかないものの比較的善い日だった。

 

「冷蔵庫には何があったかな………」

 

自身の夕飯と、明日健気な後輩が作りに来るだろう朝食の分が家にあったか、士郎は思い出しながら帰路につく。

雑木林の隣を抜け校庭に出ると、校門まではすぐそこだ。

特に急ぐ必要もない士郎はなにげなく空を見上げながら、ぶらぶらと校庭を歩いていた。

その時。

 

「――――――ん?」

 

閃光が夜闇に走った。

と同時に鋼と鋼がぶつかる甲高い金属音が耳に入ってきた。

奇妙な音である。通常の生活ではめったに聞くことのないそれに、士郎はすこしばかりの好奇心が顔をもたげ、音のする方向に視線を向けた。

 

間断なく響くその音はどうやら学園の校舎屋上から聞こえてきているようだった。元弓道部であり一般人よりも遥かに遠方を望める士郎はその目を凝らし屋上に注視した。

そして――

 

「――――――」

 

―――その光景に士郎は思わず息をするのを忘れた。

 

そこにいたのはふたりの男だった。

より正確には、白く斑に染められた髪を持つ少年と奇妙な仮面で覆う男がいた。

時節絡みあうようにして弾き離れる両者は、刻一刻と立ち位置を変える。掻き消えると思うほどの速度で腕が振られるたびになにかが月光を反射し、綺羅びやかな舞のようにも思えた。

 

―――しかし、すぐに違うと士郎は悟った。

彼の超人的と言ってもいい視力はその光の正体が何かを突き止めていた。

ナイフと刀。

人を殺すために極限まで研ぎ澄まされたそれ。

 

白斑の少年と仮面の男は人を殺すための凶器を振り回し、大立ち回りを演じていたのだ。

わずかに剣道をかじっただけの士郎でさえわかる剣戟の極地。

技量と才幹と研鑽とその他多くの結晶。

一目見ただけで常人では到底辿り着くことの出来ないと確信しうるほどの埒外の殺し合い。

 

それが士郎の前で繰り広げられていた。

 

―――それは美しかった。

思わず見惚れる。

命の取り合いであるはずのそれは士郎に多大な恐怖心と潜むような感動を植えつけた。

 

「――――――」

 

―――こんな戦いがあっていいのか。

 

それは触れれば壊れてしまいそうな繊細さと、度肝を抜くような大胆さで構成されていた。その全てを目で追えたわけではないが、わずかに覗く技術だけでも士郎を驚愕させるのには十分だった。

 

いったいどれほどその戦いを鑑賞していたのだろうか。

それは一分にも満たない短い時間だっただろうが、しかし士郎には何時間にも感じられた。

魅入るというのはこのことを言うのだろうと士郎の頭のどこかが納得する。

ちょうどその時だった。

 

「そこにいるのは誰です!?」

 

校舎の中ほどからかけられた誰何の声。よく見ると二階部分にスーツ姿の女性がいた。士郎はビクリと身体を震わせ思わず硬直する。

その声に反応し屋上で戦っていた両者は動きを止め、士郎のいる辺りに視線を向けた。

瞬間―――

 

「――――――ッ!」

 

―――まるで身体が鉛になったと錯覚するほどの殺気が士郎を襲った。

 

「ぁ………………」

 

わずかに漏れる喉奥の声。それは急速に乾き、掠れ、潰れ、空気中に拡散した。

身体が重かった。瞬きすることすら億劫になるほどの重圧。身体に存在する間接の全てが動き方を忘れてしまったかのよう。

 

―――あの戦いはこれほどの重圧のなかで行われていたのか。

そんな驚愕を感じた瞬間、それが自身に向けられた意味を理解し、気がつくと士郎は走りだしていた。

 

後先構わぬ全力疾走。いや、そも自分に後などあるのか。

そんな自問自答をしながら士郎はその場から―――そして、殺気を放つ白斑の少年と仮面の男から逃げ出していた。

 

たしかにそう、今日一日は士郎にとって最悪の日では無かった。

衛宮士郎の最悪は今この時をもって始まりを告げる。

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

「そこにいるのは誰です!?」

 

敵のマスターと思しき声に凛はビクリとその肩を震わせた。

隠れていた自分に向けられたものかと思ったのである。しかし、どうやら違うようだった。

そもそも、敵のマスターは屋上にいない。凛が見えるはずもないのだ。

 

その声にアーチャーもマーダーも戦闘をやめたようだった。そして、その誰何の対象である校庭にいる某かに殺気を向ける。

 

凛もそれに釣られ、視線を校庭に向け――――――そして驚愕の声を上げた。

 

「―――衛宮くん!?」

 

そこにいたのは凛と同学年であり級友の衛宮士郎その人だった。

 

―――なぜこんな遅くまで残っている?衛宮くんは弓道部をやめていたはずだ。

 

そんな思考が凛の頭を駆け巡るが、今この時に限っては些細なことに違いなかった。

 

一般人に神秘の秘奥である魔術を見られた魔術師の対処はただひとつに集約される。

―――それは目撃者の抹消。

 

簡単に言えば口封じである。そして、その生死はは問わない―――というよりも殺す場合が殆どだ。

 

そして、凛は冬木の管理者。魔術の秘匿には人一倍神経を使わなければならない立場である。

そして、その後始末も。

 

(いやな………役目ね………)

 

己が手で級友を始末しなくてはならないという可能性に凛は思わずため息をついて―――

 

「つぅかもういいだろ、アーチャー。未だ見つかってないなんて思ってるあんたのお惚けマスターに教えてやれよ」

 

―――凛の隠れている場所に突き刺さる呆れの視線を感じ、己が失敗に気がついた。

 

(しまった―――!衛宮くんに目撃されて思わず声出しちゃったんだった!)

 

後悔がその胸中を占めるも、後の祭りである。

大事なところで大ポカをするその性質は、贔屓目に見ても凛を更なる最悪な状況に落とし込んだ。

 

「バレちゃ仕方ないわね!私はここよ」

 

「いや知ってるよ。さっき自分で場所バラしてたじゃねえか」

 

颯爽と登場した凛を迎えるはマーダーの白けた目。

否。それだけではない。彼女のサーヴァントであるアーチャーからも「何考えてるんだこのマスターは」という侮蔑の視線をも感じた。

 

「うぐっ………!こ、これはそう、そういう作戦なのよ!」

 

「へぇ」

 

「何よ、その気のない返事は………。―――それに場所が割れたからといえ私に出来ることはいっぱいあるわ」

 

「例えば?」

 

「魔術での援護とか―――」

 

「それ隠れててもできるよな」

 

「令呪の発動とか―――」

 

「それも隠れてたほうが効率いいだろ」

 

「戦闘の指揮とか―――」

 

「念話使え念話」

 

「―――ともかく、その、色々よ!」

 

「むりやり誤魔化したな………」

 

「『不得禁(きんじえず)』………」

 

凛の登場により脱力しきったマーダーとアーチャーは互いに目を見合わせ、同情の視線を凛に向けた。

いろいろと台無しである。

もはや戦闘という空気ではなかった。

 

「かはは。しかし、アーチャー。あんたのマスターは、なんだ、その、愉快だな」

 

「変に言葉を選ばないで。逆に悲しくなるから」

 

「『不留(とどまらず)』。我がマスターのミスはこれにとどまらない。ゆえにその名を阿呆姫という」

 

「それは名前じゃなくてアダ名よ、しかも貴方がつけたね!」

 

「かはは。元気のいいお嬢さんだぜ。アーチャー、あんたも苦労してんだな」

 

「………『不答(こたえず)』」

 

「だから、アーチャーのそれは肯定してるの同じなのよ!」

 

まるで十年来の旧友と離す世間話のような気安さで話を回す三者は、ともすれば今この時聖杯戦争最中であることを忘れてしまっているかのようで。

この一場面を切り取ってしまえば、聖杯戦争という血なまぐさい戦いに身を投じる者だとは到底思えなかった。

しかし、そんな和やかな時は終わりを告げる。

 

マーダーはアーチャーと凛の掛け合いにひとしきり笑うと、ナイフを構え直し鋭い眼光を両者に向けた。

 

「かはは。―――傑作だぜ。全くもって戦う空気じゃなくなったが、しかし俺としてはあんたらを逃すわけにはいかないんだ。ここで俺に殺されてくれねえか?」

 

「―――悪いけどお断りよ。むしろあなたが安全にお家まで帰れるか心配したほうがいいんじゃないかしら。 うちのアーチャーに苦戦していたようだけど?」

 

「犬か俺は。―――かはは。しっかし、そっちの嬢ちゃんにはそう見えたのか。それは重畳重畳―――。全く笑いが止まらねえぜ、なぁアーチャー?」

 

「………………『不答(こたえず)』」

 

凛の挑発にしかしマーダーは笑い、アーチャーは言葉を濁す。

それに凛は困惑する。

 

「………………どういうこと?戦いは拮抗していたじゃない」

 

「『不足(たらず)』。………………だから、阿呆姫呼ぶのだ、我がマスターよ」

 

「いや、疑問を敵の目の前で口にしちゃうなんてなかなか可愛いマスターじゃねえか。俺の好感度は高いぜ?」

 

自身が犯した失態に赤面する凛を見て、マーダーはまた笑うとナイフを手で弄ぶ。それを油断なく眺めながらアーチャーは重苦しいその口を開いた。

 

「………確かに拮抗はしていた。わたしの忍術と剣技に、獲物の長さ。それらはひとつひとつがマーダーに対する強力な防壁になっていた―――」

 

「―――ついでに姿の見えなかったマスターの存在も勘定に入れていい。かはは。良かったな、嬢ちゃん。思わぬところであんたは役に立ってたんだぜ?」

 

「―――だがそれも微妙な均衡の上にあった。そして、その均衡を保っていたのはわたしでは無い――――――そこにいるマーダーだ」

 

「だ、だけど、マーダーはアーチャーの猛攻をかいくぐるだけで精一杯だったじゃない!?」

 

叫ぶような凛の声は、縋るようでもあり、また懇願するようでもあった。

しかし、アーチャーは無情にそして非情に事実のみを淡々と述べる。

 

「『不違(たがわず)』。精一杯だったのだろう。全力だったのだろう。もしかしたら、本気だったのかもしれない。しかし奴に、マーダーには―――」

 

―――殺す気は無かった。

 

アーチャーはそう語る。

あのままやっていたら負けるのは自分だったと。

自分が斃れるのは時間の問題だったと。

あの戦いを支配していたのは自分ではなく敵だと、言外に語る。

 

 

「かはは。その通り。遊びで戦った―――とまでは言わねえぜ? アーチャー、あんたは強敵だった。もし無理にでも殺そうとしたらその一刀は免れねえはずだ。―――だけど。しかし逆

に言えば、()()()()()()()()()()()()いつだって殺せる」

 

「――――――」

 

「一撃に耐えることだけできたら致命の一撃を見舞いできる。宝具を温存してもだ。けれど、未だサーヴァントは揃わず、聖杯戦争も序盤の序盤。俺が勝負に出なかった理由は単純。ただ、そこの弓兵にダメージ覚悟してまで殺すまでの価値は無かったってだけの話だ。生き残り引っ掻き回して貰ったほうが、こちらとしても楽できるしな。だがしかし―――」

 

「………………」

 

「―――今はある」

 

マーダーは右手に持つそのナイフを凛に向けると獰猛にそして凶悪に笑った。

 

「な、なんですって………………?」

 

「マスターの嬢ちゃん。あんたはここ一番ってところでうっかり大変な失敗をしちまうようだけど―――そして事実、俺の前に姿を表してから色々なミスをやらかしているようだけれど―――」

 

「余計なお世話よ!」

 

「―――しかし俺から言わせてもらえば、あんたが犯した最大の失態に比べればそんなものは可愛いもんだぜ」

 

凛の抗議を無視しマーダーはシニカルに笑う。顔面に入れられた刺青も相まってそれは凶相じみていた。

 

「―――あんたは戦いが始まった時点で逃げるべきだった。もっと言えば、俺らサーヴァントの戦いに手出しできないと判断した時点で尻尾を巻いて無様に恥も外聞もなく逃げ出すべきだったんだ。そうすれば、再起の道もあっただろう。アーチャーもここで俺に勝てなくても逃げ出すことぐらいは出来たはずだ。―――しかしそれももう叶わない。あんたがいる」

 

「――――――」

 

「今()()()いる。アーチャーを殺せばすぐさま俺の手の届くところにいる。どうあったって、マスターを守りながら先ほどの立ち回りは出来ない。守るものが自分の命の他にあるんだからな。―――アーチャーに出来るのは防戦であって足止めじゃない。嬢ちゃん。あんたは判断を誤ったんだ」

 

「――――――」

 

「だからここで死ぬ」

 

マーダーのそれは宣言だった。当たり前のことをただ口にしただけ。

気負いもなく自然体で放たれた言葉だが、しかし凛はそれに篭められた意味と殺意と暴力を感じて思わず震えた。

そしてその小さな矮躯から相対するだけで足が震えるほどの殺気が溢れ出す。

 

勝てない。

 

それは絶対的な人間の本能からの叫び。

目の前にいる『人を殺す』という概念を融かして煮詰めて固めたヒトガタのような存在に凛は恐れていた。

 

「アーチャーの意識外からの銃撃も俺には効かねえ。接近戦も俺の方に分がある。唯一の問題は弓兵のクラスに見合わぬ隠密性だが――――――しかしそれもわかってしまえばその利点も半減ってとこだ。初戦でいきなりの決着なんて、見せ場も花も存在しないが―――しかし俺はあんたらの引き立て役のためにここに立っているわけじゃない。諦めるんだな」

 

「アーチャー………………?」

 

嘯くように、しかしなんとなしにマーダーは言う。

凛が思わずアーチャーを見やったのはその言葉を否定して欲しかったからだ。しかし、アーチャーの面に浮かぶ悲壮な雰囲気がその言葉に説得力を持たせた。

 

自分の判断で、負ける。

その事実は凛の身体に重くのしかかる。

ただひたすらに、息苦しい。

牽制? 足止め? 致命傷は与えられずとも決定打にはなりうる?

いったい何を勘違いしていたのだろう。

どうして目の前の化物に自分のような一介の魔術師が拮抗できるなど一瞬足りとも思ってしまったのか。

それは傲慢というものではないのか。

 

遠坂家の家訓、『遠坂たるもの優雅たれ』。

 

そこにあるのは無知蒙昧な驕りでも 無学浅識の誇りでは無かったはずだ。

しかし、実際に凛は自身の力に驕り、相手を見くびった。

それがこの、結末。

後にも先にも道はない、袋小路の今。

ここで、終わりだというのか。

目の前が暗くなる。

顔を上げることさえ億劫だ。

失意と絶望と情けなさが綯い交ぜにブレンドされた感情が凛を襲った。

 

瞬間。

 

「だから、阿呆姫だというのだ、我がマスターよ」

 

「アーチャー………………?」

 

ポンと叩かれた優しげな手に凛は顔を上げた。ニヒルに笑う自身のサーヴァントの姿が、そこ

にある。

 

「勝つと決めたのだろう? 聖杯を手に入れると決意したのだろう?どういう心持ちかは知らないが、しかしわたしは従者の身。例え、それが胡蝶の夢のごとし仮初めの主だとしても、この身この技この思考の一片に至るまで姫のもの」

 

「――――――」

 

「未だ、わたしの身体には傷ひとつ着かず、阿呆姫の体調も万全。この逆境で諦める通りはない。―――なれば、ただ命じればいいのです、我が姫よ。ただ勝てと。目の前の敵を打ち破れと」

 

「アーチャー………………」

 

アーチャーの言葉に凛の目の前が晴れたような気がした。

いったい何を私は悩んでいたんだろう。

今までの思考がまるで馬鹿げたもののように感じられる。

考えの全てを悪い方へ誘導されていたと感じるほど荒唐無稽なもの。

それはそう。

まるで精神干渉の魔術にでもあったかのような………………

 

「なんだ。打ち破ったのか」

「って、マーダー、貴方まさか!?」

 

はたと思い至った可能性を胸に凛は問い詰める。しかしマーダーはどことふく風のように平然としてた。

 

「別に意図してやったわけじゃない。どうにも、一般人にとって俺の殺気は毒になるようだな。前からその兆候はあったけど、しかし英霊として呼ばれてその側面が強化されたみたいだ―――精神干渉にも勝るとも劣らない性能になってるようだぜ。全く―――傑作だ」

 

「よく言うわ、ほんとに………………」

 

「かはは。怒んなよ。悪気も悪意も害意も多分にあったが―――けれど善意もあったんだぜ?

ちょっと心を引っ掻いた程度で臆しちゃうならここでリタイアしていったほうが身のためだ」

 

「それは―――あなたが決めることじゃないわ」

 

怒声を放つ凛に身体には先ほどとは違い気力が充実している。

敵は強大なれどそれに屈する謂れもない。

凛は完全にマーダーの殺気による精神干渉から脱していた。

 

そんな凛の姿にマーダーは面白くないようでわずかに眉根を潜めた。

 

「けど、粋がってみたところで状況は変わらねえよ。依然俺が断然有利。そっちは足手まといを抱えながらの逃避行。こっちは身元も本拠もわかってる相手に対する追撃戦。どっちが有利かは言わなくても明白だ―――つっても、ここから逃すつもりも無いけどな」

 

しかし、それも一瞬のことだった。すぐさま、その表情を笑みに変えるとナイフ片手にその間合いを測るようにジリジリとその距離を詰める。

 

緊迫する空気。わずかに帯びる死の匂い。

淫靡で麻薬のようなそれが辺りに充満する。

 

そして――――――

 

「『不得禁(きんじえず)』。随分と饒舌だな、マーダー」

「………なんだって?」

 

やおらアーチャーが話しかける。

 

「饒舌だと言ったんだ。わたしの銃撃も忍法も斬撃すらも意に介さぬその力量。それほどのものを持ちながら、なにを怯えている?」

 

「―――怯える?俺が?なにを?」

 

「貴様が言わないのならわたしが言おう――――――宝具だ。ただ一撃で戦場を一変させうる英霊に与えられた最後の切り札。相手に素性がバレる可能性すら孕む禁じ手―――それを警戒してるのだろう?」

「――――――」

 

マーダーのその顔に初めて焦りのようなものが垣間見える。それはすぐに取り繕われともすれば見落としそうになるほど一瞬だったが、しかし凛は見逃さなかった。

 

アーチャーは不敵に笑い、言葉を続ける。

 

「もしくは、わたしの宝具の情報を持ち帰る気か。それもいいだろう―――なればこそ見せよう。その価値を。その真価を。わたしの最後の武器にして、四季崎記紀完成形変体刀が十二本の最後の一振り『炎刀・銃』の真贋を!」

 

その瞬間。

 

場が動いた。

アーチャーの言葉が言い終えるか否かというタイミングでマーダーは走りだす。その狙いは宝具開帳の阻止。真っ直ぐ、ただ愚直にマーダーは疾走する。

 

対してアーチャーは両手に持つ大小二刀の日本刀をマーダーに向かって投擲した。

 

マーダーに投擲武装は通用しない。それは敵を冷静に観察していたアーチャーにはわかっているはずのことである。

とすれば、それは牽制だ。

実際、いともたやすくマーダーは飛来する日本刀を打ち据え叩き落とす。

しかし、その行動が僅かな時間を生む。

 

その隙にアーチャーはすでに懐から二挺一対の『刀』炎刀・銃を取り出してた。

撃鉄を上げ、その照準を未だ追いつかないマーダーに合わせる。

そして、アーチャーはその内包する魔力の密度を段々としかし素早く上げていく。

 

凛はとっさにマーダーとアーチャーの距離と宝具発動までの時間とを頭のなかで計算する。そして、それはわずかに宝具発動のほうが速い。

 

(勝った―――ッ!)

 

そう思ったのは誰だったろうか。

それはわからない。しかし、その確信は次の瞬間霧散した。

 

「――――――ッ!」

 

マーダーがその足を地面につけ――――――爆発させたように疾走する。

たった一歩で最高速へ。我が身を省みぬ特攻。

己の俊敏性を最大限に引き出したそれは今までの速度のおおよそ倍。

アーチャーの言うとおり、マーダーは殺す気では無かった。先の戦いではその実力を隠していた。

このまま行けばマーダーは辛うじて、アーチャーの宝具発動前にその首を狩ることの出来る。

それを察したのか、アーチャーの顔にわずかな焦りが浮かぶ。

一瞬の油断。その瞬間にマーダーはアーチャーの一歩前まで肉薄していた。

それはマーダーの手の届く位置。己が殺傷圏の範囲。

 

「貰った―――ッ!」

 

振るわれる細い腕。煌く銀閃。身体をたわませて繰り出した攻撃は刺突。

それは一直線にアーチャーの喉を狙わんとする。

そして―――

 

「私を忘れてないかしら?」

「――――――ッ!」

 

今まさにつき出そうとナイフを構えるマーダーを狙って、横合いから凛が持つ宝石を使った魔術が放たれた。

 

ガント撃ち。

 

初等呪術のひとつであり、物理的破壊力を持たないはずのそれは、しかし凛の類まれなる才能と膨大な魔力密度により、拳銃弾並みの威力を持っていた。

それがマーダーに雨あられのように降り注ぐ。

まるでそのさまは即席のマシンガンのようだった。

 

「かはは!甘えよ!」

 

しかしそれすらも天性の直感により感じ取っていたマーダーはナイフの鋒を変えるとその全てを打ち払う。

 

「飛び道具の類は俺に効かねえ。殺気の方向と来るタイミングさえわかってれば簡単に打ち落とせるぜ!」

 

「そうみたいね。だけど―――」

 

吠えるマーダーにしかし、返す凛の言葉は冷静だった。

 

「―――時間と距離は稼げたわ」

 

「礼を言う。阿呆姫」

 

「――――――ッ!」

 

マーダーは確かに凛の攻撃をいなしきった。

しかし、その衝撃を受け流すために一歩、後方にたたらを踏んでいた。

そしてその一歩は――――――凛が稼いだわずかな時間はアーチャーの利となり、マーダーの害となす。

 

「クソッ―――!!」

 

「――――――『断罪炎刀』」

 

そして、マーダーの苦悶の声を背景にアーチャーの宝具が開帳された。

 

 

 

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