ニシオニストによる聖杯戦争、あるいはただの蛇足   作:堂升

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死闘、あるいはただの悪あがき

 5,

 

 成し遂げんとした志をただ一回の敗北によって捨ててはいけない

 だから君を殺す

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「――――――『断罪炎刀』」

 

 先手をとって宝具発動前に出先を潰す作戦は失敗した。

 眼前でアーチャーの宝具が開帳されるのを見てマーダーは内心で舌打ちをしていた。

 

 しかし、苛立ちが戦いにおいてプラスになることなんて滅多にないのだということをマーダー

 は経験から知っている。

 ゆえにマーダーはすぐさま思考を切り替える。

 

 凛の攻撃によりわずかに崩れた体勢をむりやり立て直そうとはせず、逆に崩れる勢いを利用し

 てその場から飛び退る。

 そうしながら、マーダーはアーチャーの宝具について思考していた。

 

 アーチャーというクラスから鑑みても、またその手に持つ二挺の拳銃からみてもまず間違いな

 くその宝具は放出系の遠距離攻撃の類に違いない。

 だとするなら、マーダーは普通のサーヴァントに比べて有利である。なぜなら、彼の持つスキ

 ル『矢よけの加護』は飛び道具に無類の効果を発揮するもの。

 絶対不可侵の結界とまではいかないが、ある程度の優勢は保てるはずだ。

 

 しかし、そのスキルも万全ではない。そも、マーダーの『矢よけの加護』は魔術的な守りでは

 なく、あくまで彼自身の技量によるもの。

 

 彼の出自に関係する、攻撃に篭められた殺意を鋭敏に感じ取る直感と、銃弾が撃たれてから動

 き出してもなお余裕がある身体能力と技能。

 そのふたつが合わさって効果を発揮しているのだ。

 

 必然、その守りを突破する弱点と言うべきものはいくつか存在する。

 

 そして、アーチャーはマーダーに射撃が効かないことは承知のはずである。それはマーダーと

 相対する際に愛用の銃ではなく有象無象の刀を使ったことからも伺えた。

 

 その彼が発動すればこの場を切り抜けられると確信するに足る宝具。

 それは多分アーチャーの今まで培われた戦闘経験が導き出した、マーダーの弱点をつけるもの

 に違いない。

 

 ゆえにマーダーは己が全力でその場から離脱しようとする。

 

 だが―――

 

「遅い」

 

 ―――宝具がマーダーを捉えるほうが速かった。

 二挺一対の『刀』炎刀・銃から放たれる弾丸。それ自体はアーチャーが奇襲に使った銃撃の威

 力とそう変わるものではなかった。そう、それがもし一発だけならば。

 六連装の回転式拳銃と十一連装の自動拳銃から放たれた弾丸の総数は合わせて十七発。

 その全てがわずか一度の銃声とともに銃口から吐き出され、跳弾曲弾直弾遅延弾などありとあ

 らゆる方法でマーダーを囲み、多角的多点同時攻撃を顕現させる。

 

 それは正しく銃弾の檻。

 多重次元屈折現象にすら匹敵するアーチャーの絶技の粋。

 いかに逃げても確実に致命傷を与えるそれは獲物を捉えて離さないトラバサミのようでもあっ

 た。

 

(こりゃ逃げられねえな―――)

 

 下以外の全ての方位から迫る銃弾に篭められた殺気を感じ取り、その軌道を細部に至るまで把

 握したマーダーはそう結論づける。

 

 彼の限界を超えた俊敏性を持ってしても、落とせる銃弾は精々五発。それをうまく逸し別の軌

 道にある銃弾に当てるという妙技を披露してみても更に二発が限度。

 そうしてむりやりこじ開けた檻の入り口に飛び込んだところで、どんなに頑張っても三発は被

 弾する。

 それがマーダーの直感がもたらした結果であり―――変えがたい真実だった。

 

 だからこそ、彼は―――

 

(殺す―――)

 

 ―――己が敵を今ここで殺すと決めた。

 危機回避に動いていた身体を強制的に方向修正。アーチャーに向かって全力で飛ぶ。

 捨て身の特攻。保身なき突破。後先考えぬその行動。

 マーダーの俊敏性を最大限に至るまで活用したその疾走に、しかしアーチャーはわずかに眉を

 潜めたのみ。

 

 銃弾に囲まれた現状を考えれば、良くても相打ち、悪ければ致命打を受けて現界を維持できな

 いだろう。

 そこに理屈はない。

 ただ、殺意のみが濃厚に凝縮されていた。

 

 そしてその突貫は当然の結果に落ち着いた。

 

 一撃。二撃。

 

 飛来する弾丸が右肩と左足を穿ち貫く。

 

 更に、三撃。四撃。五撃。

 

 捕らえて離さない銃弾は次々とその身体に食いつかんとマーダーに迫る。

 それにマーダーは―――

 

「邪魔だ」

 

 ―――そう呟くと左手を盾にするように打ち払う。

 その結果、左手がズタズタになったとしても気にしない。

 

 マーダーは止まらない。

 ―――止まるべくもない。

 なぜなら彼は殺人鬼。目の前に獲物が―――殺すと決めた相手がいるというのにどうして止ま

 れよう。

 

 だからマーダーはシニカルに笑う。

 獰猛にそして凶悪に笑う。

 

「かはは」

 

 次の瞬間。

 ―――二体のサーヴァントが戦う戦場は爆炎に包まれた。

 

 そして―――

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 

「不及(およばず)。逃げられたか」

 

 爆炎を利用し凛を抱えて空に飛びながらアーチャーはポツリと呟いた。

 宝具が決まるあの瞬間。

 マーダーの足元が爆発し、足場の一部が崩壊した。そのためわずかに宝具の狙いがずれ、マー

 ダーにとどめを刺すことが敵わなかった。

 おそらく彼のマスターの仕業だろうとアーチャーは当たりをつける。

 完璧なタイミングでの援護。もし、マーダーがあの場に留まりアーチャーの宝具を受けること

 に専念していたなら、マーダーは傷ひとつ負うことなかっただろう。それは取りも直さず、英

 霊と魔術的に繋がているマスターでなくては適いようもない絶技だ。

 

「――――――」

 

 だからこそ、アーチャーには理解できない。

 最後の瞬間のマーダーの行動が。

 

「不解(わからず)。なぜ、貴様はわたしに向かってきた?」

 

 そう。

 それが不可解だった。

 宝具の出だしを抑える戦法に失敗した時点で、マーダーは逃げる気だったはずだ。

 それは一度アーチャーから飛び退ったことからも明白だった。

 しかし、その後に彼はわざわざ軌道修正してまで我が身を省みぬ特攻をアーチャーに仕掛けて

 いる。

 リスク無しに宝具をいなせたというのになぜ。

 

「マーダー………。殺人鬼。狂人のたぐいか」

 

 自身の思考に無理やり結論付ける。そう考えでもしないと答えが出そうになかった。

 風を切り学園より距離をとる。

 

「ぅわっぷ………。どうなったの、アーチャー」

 

 なされるがままにアーチャーの腕で空中を舞っていた凛が問いかける。

 アーチャーは答える前に学園を望める位置に着地すると凛をその側へおろした。

 危なげなく着地した凛を横目で見つつ、辺りの警戒を怠らないままその問に答える。

 

「マーダーからの逃走には成功した。手傷も負わせたし、追撃は無いだろう」

「そう………。よくやったわ。そ、それと―――」

 

 凛はわずかに言いよどむ。

 そして―――

 

「―――さっきは助かったわ。もしかしたら、私一人じゃマーダーの精神干渉に打ち破れない

 かもしれなかったし………………。だ、だから一応、礼を言っておくわ」

「――――――」

「ありがとう、アーチャー」

「『不及(およばず)』。礼には及ばない、阿呆姫よ」

 

 顔を赤らめながら言う自身のマスターにアーチャーは答える。

 その言葉は簡潔簡素なもので。

 しかし、そこに篭められている感情の色を凛は正確に読み取れた。

 それに思わず凛は顔を綻ばせる。

 最初は無愛想なやつだと思っていたけれど、実はそうでもなくて。

 そして、そのことを理解できた自分がすこしだけ誇らしくて。

 

「ふふ………」

 

 かすかに笑う。

 そんな凛の様子にアーチャーはわずかに眉をひそめる。

 

「何を笑っている。だから阿呆姫と言うのだ」

「阿呆言うな!というより、そう呼んでるのアンタしかいないでしょうが!」

「不能(あたわず)。マーダーのやつもそう呼んでいた」

「え、ホント!?」

「………『不答(こたえず)』」

「それってウソってことじゃないの!」

「………『不答(こたえず)』」

 

 やっぱりまだ理解しきれてないのかもしれない………。

 アーチャーに軽くあしらわれた凛の頭の隅にそんな考えが生まれる。

 

「しかし、阿呆姫。実際に気を抜いていい局面ではないぞ」

「………どういうこと?」

 

 さきほど凛をからかったのは誰だと詰問したくなる気持ちを抑え凛は問う。

 その言葉にアーチャーは一度頷くと自身が確認した情報を口にした。

 

「マーダーが動き出した。どうやら、マスターと思しき女性とは別行動をとるらしい」

「………どういうこと?撤退したんじゃないの?」

「『不解(わからず)』。ただ、推測はできる――――――目撃者だ。わたしたちの戦いを見ていた男が

 いただろう。おそらくその男を処理しに行ったのだと思われる」

 

 タフなことだ、とアーチャーは呟く。

 しかし、その声は凛に届いてはいなかった。

 目撃者の処理。

 それは魔術の神秘性を保つために必須な行為だ。

 魔術というのは人に知られれば知られるほど、その神秘が薄れ効力が弱まる。

 だからこそ、一般人に魔術を知られてはいけないし、広めてはいけない。

 その考えに違わず、この聖杯戦争も暗闘を暗黙の了解にしている。実際、マーダーのマスター

 も学園に人払いの結界を貼っていた。これも魔術が漏洩しないようにするためである。

 

 そして、この冬木の地の管理者である凛にとって、それは当然課せられる責務のうちひとつで

 ある。

 相手としても魔術が漏洩し聖杯戦争そのものが破綻しないためにも、実力行使による目撃者の

 排除という選択肢をとることに決めたのだろうが―――

 

「――――――」

「どうかしたか、阿呆姫」

 

 尋ねるアーチャーの言葉に凛は答えない。

 いや答えられない。

 それほどまで考えることに集中して没頭しているためである。

 

 ―――そう、その目撃者というのが問題だ。

 

 衛宮士郎。

 凛の同学年の生徒であり、お人好しとして知られる好青年然とした男。

 ついでに言えば、凛の元妹にして、今は間桐の後継者である間桐桜の想い人でもある。

 

 彼を死なせてしまっていいのか。

 魔術師同士の利己的な戦いを偶然目撃したというただそれだけの理由で、その生命を奪ってし

 まっていいのか。

 そして、何から何まで不幸だった凛の妹、桜の想い人である彼をここで見捨てて自分は今後胸

 を張って生きれるのか。

 

 そんな思考が凛の頭をグルグルと回る。

 どうする。

 どうすればいい。

 魔術師としての自分と学園での優等生としての自分。

 その常識が衝突し、火花を散らす。

 

 そして―――

 

「さっきから黙ってどうした、阿呆姫」

「アーチャー」

「うん?」

「衛宮くんを助けるわよ」

 

 ―――そう凛は結論を出した。

 

 魔術師たちの夜は、まだ終わらない。

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 第五次聖杯戦争、初戦。

 殺し名序列第三位零崎一賊が鬼子零崎人識VS尾張幕府直轄内部監察所総監督補佐にして元忍者

 左右田右衛門左衛門。

 改め、マーダーVSアーチャー。

 

 その戦いは引き分けに終わった――――――

 

 

 

 

 ◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 校庭から、そしてその先の校舎にいた人外から逃げ出した士郎は雑木林の脇を駆け抜け弓道場

 に隠れ潜んだ。

 そして、開ける度わずかに軋む戸を厳重に閉めると息を潜め追跡者がいないか耳を済ませる。

 矮小な心臓がどくどくと鼓動を鳴らす。

 それは己が生命の危機に対する危険信号であり、もしかしたら、未知なる戦闘の煌めきへの憧

 憬の音だったのかもしれなかった。

 

 ―――未だに覚えてる。

 あの戦いの一閃に至るまでの全てを。

 素人一歩手前程度の剣の腕しか持たない士郎ではとうてい及び着かぬほどの剣戟。胸躍る命の

 やりとり。

 彼の持つ夢である『正義の味方』とは似ても似つかぬものだったが、しかし士郎は確かにそこ

 に憧憬を感じていた。

 

 ややあって、追跡してくる気配がないことに士郎安堵するようにホッと一息ついた。

 しかし、次の瞬間には緩んだ顔を引き締めた。

 もしかしたら、まだ彼らが周辺にいるかもしれない。

 万が一の場合を考えて士郎は武器になりそうなものを探しはじめた。

 士郎が掃除した弓道場は光を反射するほど磨き上げられていて、実際窓の隙間から降る月の光

 が反射して仄暗い明るさがあった。

 士郎はそのわずかな光源を頼りに弓を保管するロッカーを見つけ開ける。

 どうやら、そのロッカーは他に分類できない雑多なものが押し込まれていたらしい。

 なにか使えそうなものはないかと物色し始めた士郎は、その中にあったあるものを見て、一瞬

 固まった。

 

 そこにあったのはひとつの弓だった。

 それは弓道部をとうの昔にやめたはずの士郎の弓であり、その側面には『シロウ』と名前が彫

 られていた。

 士郎はそれを取り出しーーーー弦の具合を確かめる。

 ピンと張られたそれは今から張り直す必要ないほどの出来で、今すぐ使っても申し分ない。

 彼の後輩である桜あたりが無理を言って保管して貰っていたのかもしれない。

 士郎が弓道部に戻ってくると信じて手入れを欠かさなかっただろう後輩に感謝を述べつつ、そ

 の弓と数本の矢、ついでになぜか中に入れられていたポスターを手にする。

 そして士郎は得られた武器とは名ばかりな玩具を手にすると、瞳を閉じ、自身の体内にある回

 路に意識を集中した。

 

「――――同調(トレース)開始(オン)

 

 その言葉とともに士郎の身体にある通常の人間とは異なる神経に、火傷したと錯覚するほどの

 熱が篭る。焼ききれんばかりの激痛。それに必死で耐えながら、士郎は魔術を使う。

 イメージするは上げられた撃鉄。

 いつもなら長い時間かけてやる魔術の工程を一から九を飛び越えて、十《けっか》だけを獲得する暴挙。

 それは失敗の可能性を多分に孕んだ無謀な行為。しかし、ここでやらねば士郎の腕であの人外

 たちに太刀打ち出来るはずもない。

 

「――――構成材質、解明」

 

 まずは構造把握。その細部に至るまで正確に、そして緻密に捉えていく。

 

「――――構成材質、補強」

 

 そして、強化。どこをどうしたら固くなるのか。どうすれば壊れにくくなるのか。その全ての

 構造を把握した士郎による魔術を使った存在そのものの強化。

 それは魔術師の基礎的な術でありながらも素人に毛が生えた程度の魔術師である士郎にとって

 は至難の業。

 

「――――全工程(トレース)完了(オフ)

 

 そして、成功率一割を切るそれを士郎はどうにかやり遂げる。

 

「………ふう」

 

 額に汗を流しながら、強化した丸められたポスターと矢の具合を見る。

 士郎程度の腕力でも軽く曲げられたはずのそれらは強靭にその頑強さを士郎の腕に伝えた。

 どうやら、成功のようだ。

 ポスターを丸めて作った簡易的な棒も、今や鉄板を丸めた程度の強度を誇る。

 いつもなら失敗することの多かった『強化』の魔術を成功させたことに満足し――――――し

 かし、これがさきほどの人外たちにどれだけの意味があるのかを想像し肩を下した。

 

 いくら、鉄パイプ程度の強度があるからといって、それを扱うのはあくまで士郎。彼の実力で

 は彼らに太刀打ち出来るとは到底思えなかった。

 受けれて一太刀。無様に逃げまわっても三太刀が限度だろう。

 

「―――だけど、これしか無いんじゃあな」

 

 あくまで護身用。

 そう割り切り、悪い方へ流れいく思考を切り替えると武器を手に持ちわずかに開けられた窓か

 ら外を伺った。

 

 瞬間。

 ―――屋上に爆炎が舞った。

 

 そして、その中から仮面をつけた男が離脱するのを目の良い士郎は見逃さなかった。

 

「………………今がチャンスか?」

 

 ふたりいたうちのひとりが逃げ出した。片方もあの爆炎に巻き込まれたのなら手傷を追ってい

 るのかもしれない。今が逃げ出す好機。

 それは後から考えればあまりに楽観的すぎる考えだったが、しかしその時の士郎にとっては名

 案に思えた。

 

「―――よしっ!」

 

 ひとつ気合を入れると、腰のベルトにむりやり強化した矢とポスターと押し込め、弓を構えな

 がら外に出た。

 

 辺りを照らす月は、依然として綺麗なまま。

 ほのかな月明かりを頼りに士郎は静かに、しかし素早く走りだした。

 

 補足されたらおしまいだ。彼我の実力差は痛いほど理解していた。

 

 雑木林の脇を抜け、校庭に出る直前で足を止める。

 ここから校門までは身を隠す場所は無い。

 なまじ月の光が明るいため、校庭を突っ切る姿は校舎からまるわかりだろう。

 

 しかし、だからといってここにとどまっているわけにもいかない。

 

 士郎は意を決してその身を校庭に踊らせて―――

 

「かはは。ビンゴ」

 

 ―――音符が聞こえてきそうな軽妙な声を聞いた。

 白斑の少年。

 顔全体に凶悪な刺青。片耳には三連ピアスにもう片耳には携帯ストラップというファッション

 を超えた奇抜な風貌。

 さきほどまで校庭には誰もいなかったはずなのに、しかし白斑の少年はまるで進路を防ぐよう

 に校門と士郎の間に立っていた。

 その右手には薄い刀子のようなナイフ。

 きりきりと胃が軋むようなこの重圧は彼が放つ殺気か。

 

「―――ッ!」

 

 少年の姿に士郎は思わず悲鳴を上げそうになる自身の声を済んでのところで飲み込んだ。

 そして、すぐさま動き始める。

 弓に魔術で強化された矢を番えて、問答無用の一射。

 彼我の距離は二十メートルほど。

 その距離ならば士郎にとって百発百中の距離であった。

 放つ前から当たると確信したその攻撃にしかし白斑の少年は獰猛にそして凶悪に笑った。

 

「―――傑作だぜ」

 

 風切音とともに飛来する矢を少年は容易くナイフで薙ぎ払う。

 否。

 ただ薙ぎ払っただけではない。

 慣性にひかれて落ちるその矢は無残にも何等分にも寸断されていた。

 

「なっ―――ッ!」

 

 目にも留まらぬそのナイフさばきに口から驚きが漏れるがしかしそこで止まるわけにもいかな

 い。

 白斑の少年は悠々と近づいてきている。

 

 士郎は己を押さえつけ、腰に挿した二の矢を取り出し番う。

 

 放たれる二射目。

 その結果を見届けることなく士郎は三の矢を放つ。

 素早き連射。

 その間わずかに一秒を切る速度。

 

 しかし、白斑の少年は嗤いながらそれも退ける。

 

「くッ―――!」

 

 さらに四の矢を番おうとして―――士郎は気がつく。

 士郎の眼前に、白斑の少年がいた。

 その手に銀閃が光る。

 

「なっ―――速い!」

「―――お前が遅えんだよ」

 

 振るわれるナイフを士郎が躱せたのは奇跡以外の何物でもなかった。

 士郎の身体をなぞるように振るわれたそれを士郎はわずかに上体を反らすことにより回避する。

 

 血液をどくどくと必死に全身に回す心臓の鼓動を感じながら、士郎はその手に握る弓を投げつ

 け牽制。

 その隙に腰から棒状に丸めてポスターを取り出す。

 

 強化されたそれは鉄板を丸めたものと強度的には相違ない。

 

 もし。

 もし、目の前にいるのが多少ナイフさばきに自信がある程度の少年だったら士郎の勝利は揺る

 がなかったはずだ。

 しかし、士郎は知らないが、彼は英霊。

 この世に生を受けた人類のなかで随一の功績を得たものに与えられる座におわす者。

 

 虚空を切り裂き士郎の振るうそれは全力の一撃。

 しかし白斑の少年は鼻歌交じりにその一撃を受け止める。

 

「おぉ。なかなか鋭い。剣道でも齧ってるのか」

「くそぉッ!!」

 

 薄い、触れれば砕けてしまいそうなナイフで受け止められた士郎の獲物に力を込めるがびくと

 もしない。

 

 獲物を引き戻し、再度振るう。

 しかしそれも無残に防がれる。

 

 一撃二撃三撃。

 

 繰り出される士郎の連撃を白斑の少年はその獲物で軽々と受け止める。

 士郎はその一撃一撃に全力を込めるが、徐々に集中力が落ちその精彩さも欠いていく。

 

 そして―――

 

「この程度か―――もうやめだ」

 

 ―――戦いは終わった。

 白斑の少年がすこし―――ほんのすこしだけ力を込め、鍔迫り合っていたナイフを振るうと、

 士郎の持つ獲物が寸断された。

 そして、獲物を振るう勢いを殺せずそのまま無様に地面に倒れ込む。

 

「………………ッ」

 

 急いで体勢を立て直そうと必死に這い上がろうとするが―――

 

「今更だぜ」

 

 ―――その言葉とともに延髄に叩きこまれた蹴りが士郎の動きをとどめた。

 鈍い痛みが頭を揺らす。

 なおも呻きながら逃げようとする士郎の腕を踏みつけ、白斑の少年は士郎を睨めつけた。

 

「かはは。逃げ出すなら、最初に俺らの戦いを見た時にするのが正解だ。今更、逃げようなん

 て虫がいいにもほどがあるぜ」

 

 右手でナイフを弄びながら白斑の少年は言う。

 その言葉の最中も士郎は逃げ出そうとどうにかその身を捩るが、思いの外拘束が強く芋虫のよ

 うに這いずるのみに終わった。

 地に伏す士郎を眺める白斑の少年を見上げながら、士郎は絶叫する。

 

「なんでさ!?なんで俺を殺そうとする!?」

 

「―――人を殺すのに理由がいるのか?」

 

「――――――ッ」

 

 絶叫する士郎に白斑の少年はわずかに首を傾げると心底不思議そうに尋ねる。

 

「俺だって好き好んで人殺ししてるわけじゃねえよ―――むしろ、人殺しに忌避感が無いって

 だけだ。かはは。こう見えても俺って好き嫌いが無い方なんだぜ?」

 

 ―――ナニヲ、言ッテルノカ、コノイキモノハ

 

「俺にとっちゃ、殺すのも息を吸うのも同じなんだ―――呼吸が嫌いだからって息止めて自殺

 する奴はいないだろ?種の多様性ってやつだ―――そういうやつがいたっておかしくない」

 

 ―――理解デキナイ

 

「強いていうならお前が魔術師で、俺の知らない十三種類目の人間かもしれないっていう可能

 性があったからなんだが―――だから、バラバラにして分類分けして解析しようとしたんだが

 ―――けどまぁ、それも後付でとりあえずの理由でしか無い―――」

 

 ―――理解シテハイケナイ

 

「―――だけど人間なんてそんなもんだろ? いつどこで死ぬかわからない脆くて弱い曲がり

 きった存在―――それが人間だ―――かはは、傑作だぜ」

 

 士郎の頭を警鐘が鳴らす。

 己が求め殉じる正義とは違うナニカの存在に―――

 

「お前は人殺しだ―――」

「―――俺は人殺しだ」

「狂ってる異常者だ―――」

「―――整ってる正常者だ」

「お前はこの世界にいちゃいけない―――」

「―――俺はこの世界にいる」

「だから必ずお前は俺が殺してやる―――」

「―――だからお前は俺が殺す」

 

 士郎にとって目の前の少年は悪だった。

 彼の掲げる正義の味方の対極的存在。

 それは士郎が無意識に追い求めていた存在。

 見逃す訳にはいかない。

 見過ごす訳にはいかない。

 俺が倒さないなら―――それは嘘だ。

 

 だからこそ士郎は望んでいた敵を得て―――

 

「――――投影(トレース)、開始」

 

 ―――その真価を発揮する。

 

 強化でも走査でもない、彼が過去において一度も行ったことのないはずの魔術。

 

 ―――投影。

 異常以外の何でもない暴挙。失敗して当然の魔術。

 しかし、士郎はまるで主人公のような天性の補正(かみのあい)と適正により、その魔術を顕現する。

 

 投影されるはさきほど屋上で見た仮面の男が持っていた刀。

 とっさに浮かんだそれをたぐり寄せるように己の内の魔術回路をふんだんに使い、両手に投影。

 

「おっと………!?」

 

 驚くように眉根を顰めるマーダーを尻目に、起き上がる力を利用して二刀を振るう。

 名も無き大小二刀の刀。

 わずかに流れる持ち手の思念と経験を利用して最適化された斬撃を士郎は繰り出した。

 白斑の少年はその攻撃をいなしながら、たたらを踏むように士郎から離れる。

 

「はーッ、はーッ、はーッ………」

 

「オイオイ、まじかよ。それってアーチャーの………つかいったいどこから………………」

 

 なにか少年が言葉を口にしようとするが、士郎にはそれを聞く余裕はなかった。

 すぐさま起き上がり身体に付いた埃を拭う暇もなく、下がる少年を追撃する。

 

「―――ふッ―――ふッ!」

 

 達人と言える少年とのわずかな戦闘なれど、士郎の身は満身創痍。

 ぜひぜひと漏れ出る吐息は身体が酸素を求めている証拠。

 

 しかし、ここで止まるわけにはいかない。

 止まるべくもない。

 

 この身に宿る才覚直感経験を余すところなく活用し戦いを続行する。

 

 呼気とともに繰り出される連撃は、屋上で見た戦いにおける仮面の男の再現。

 士郎のそれは拙く、本物には遠く及ばないものだとしても、しかし少しでも似せようと懸命に

 腕を振るう。

 その歩幅は三歩。

 長刀が届くか届かないかのぎりぎりの距離は、一歩踏み込めば敵を囲う斬撃の檻と化す。

 本物(アーチャー)の長年培われてきた戦闘経験と研鑽の象徴たる刀の冴えが―――及ばずともその刃先に隠

 れて見えた。

 

「なんなんだよ、お前」

 

 叩き込まれる刀を受け流しつつ、苛つきの混じる舌打ちを少年(マーダー)はする。

 

「―――うぜえ」

 

 そして、前触れもためらいもなく剣戟の檻に足を踏み入れた。

 接近を阻止せんと士郎は長刀で囲い、短刀でけん制する。

 しかし―――

 

「バカにするなよ。アーチャーはもっと鋭かった」

 

 ―――士郎の攻撃を鼻で嗤いながら白斑の少年は更に一歩踏み込んだ。

 手の届く範囲。

 白斑の少年の殺傷圏。

 

 引きつる腕を必死に戻すが間に合わない。

 

 まずは一閃。

 士郎の右腕の付け根が半ばまで分たれた。

 切断されわずかな肉とひび割れた骨を残すのみになった右腕はもはや使い物にならなくなり、

 握力を喪失した右手は長刀を取り落とす。

 頭を焼き切れるような痛みが士郎を襲う。

 

「―――ッ―――ッ!」

 

 しかし、強靭な精神力でそれを無視する。

 少年の攻撃はそれで終わりではない。

 そんなものに気を取られている暇は士郎に無かった。

 

 続けて二閃目。

 守りを固めようと短刀を構えるが、しかし士郎の稚拙な刀捌きでは川の流れに身を任す流木の

 如き行為だった。

 掻い潜るように繰り出されたナイフに短刀を持つ左手に突き刺され、士郎は痛みのあまり最後

 の刀を取り落とす。

 

 無視していたはずの激痛が全身を襲う。それは諦めが生んだ敗北の証であり、魂の悲鳴だった。

 痛みに硬直した士郎を少年は見逃さない。

 武器も持たず、右手も分たれ現状戦闘能力を持たない士郎を間合いの届くぎりぎりの距離でそ

 の身体を切り刻むにする。

 

「かはは。武器を落としたから―――腕が千切れそうだからって俺は油断しないぜ。さっきも

 なにもないところから剣を生み出したしな。悪いがこの距離で膾切りにさせてもらう」

 

 言葉とともに幾重にも刻まれる斬閃。

 懐から出された新たなナイフが刻むそれは着実に士郎の身体と心を蝕む。

 

「クソ―――ッ!」

 

 投影開始―――。

 瞬時に模倣された短刀が士郎の左腕に形成される。

 しかし―――

 

「それは悪手だ。その技は完成するまで隙がある。ついでに言えば、できかけのそれは脆くて

 壊しやすいぜ―――」

 

 形成途中の刀を狙い少年がナイフを振るう。

 甲高い音とともにヒビ割れ砕け散った破片が戦場を舞い、士郎の肌を更に傷つけた。

 その隙に少年は士郎の腹に蹴りを叩きこんだ。

 ちょうどみぞおちに入ったそれは士郎の呼吸を乱す。

 

「――――――ぁ」

 

 わずかに漏れ出る声にある色は無念か後悔か。

 吹き飛ばされるままに受け身も取れず地に伏す士郎の目はもはやなにも写していなかった。

 

 そして士郎は―――

 

「じゃあ、これで終わりだ。名前も知らない魔術師」

 

 ―――ここで何もできず、死んだ。

 




【CLASS】アーチャー
【マスター】遠坂凛
【真名】左右田右衛門左衛門
【性別】男
【身長・体重】185cm・56kg
【属性】混沌・中庸
【ステータス】筋力C 耐久D 敏捷C 魔力E 幸運E 宝具C 
【クラス別スキル】
対魔力:D
 一工程(シングルアクション)による魔術行使を無効化する。
 魔力避けのアミュレット程度の対魔力。

単独行動:C
 マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
 ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。

【固有スキル】
忍法:B
 相生忍軍が長い年月と研鑽をかけて育て上げた間諜の秘術。
 魔術と間違うほどの精巧に形作られた技術はまさに神秘そのもの。
 変装術から逃走術、はたまた戦闘術まで、その種類は多彩。

心眼(真):C
 修行・鍛錬によって培った洞察力。
 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
 逆転の可能性が数%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。


【宝具】
炎刀・銃(えんとうじゅう)
   ランク:C
   種別:対人宝具  
   レンジ:1~99
   最大捕捉;1人

 四季崎記紀が作った完成形変体刀12本の最後の一振り。炎の模様があしらわれた回転式連発拳銃と自動式連発拳銃からなる、一対の「刀」。回転式は装弾数六発、自動式は装弾数十一発。
 連射性と速射性に加え高い命中精度を持っている、視界に入るならば必ず当たる魔弾を一瞬うちに打ち出す。
 撃ちだされた合計十七発の弾丸は跳弾曲弾直弾遅延弾などありとあらゆる方法で敵を囲みほぼ同時に到達する銃弾の檻を作り出す。


【CLASS】マーダー(エクストラクラス)
【マスター】バゼット・フラガ・マクレミッツ
【真名】零崎人識
【性別】男
【属性】混沌・悪
【ステータス】筋力D 耐久E 敏捷B+ 魔力D 幸運E 宝具C+
【クラス別スキル】
対魔力:E
 魔術に対する守り。
 無効化は出来ず、ダメージ数値を多少削減する。

【固有スキル】
 人殺:A
 人殺しに対する忌避感の喪失。または、目の前で人が死ぬことに対する単なる慣れ。
 ここまでくると人殺しも、もはや嗜好や義務の域。
 ただそこにいるだけで人を恐怖させる殺気による精神干渉。
 必殺の一撃に命中の膨大な補正がかかる。

 直感:C
 戦闘時、つねに自身にとって最適な展開を”感じ取る”能力。
 敵の攻撃を初見でもある程度は予見することができる。

 矢よけの加護:C
 飛び道具に対する防御。
 狙撃手を視界に納めている限り、どのような投擲武装だろうと肉眼で捉え、対処できる。
 ただし超遠距離からの直接攻撃は該当せず、広範囲の全体攻撃にも該当しない。


【宝具】

????
   ランク:―――
   種別:―――
   レンジ:―――
   最大捕捉;―――
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