「弱さ」を他人に見せたのは、初めてだった。
母港では戦いに明け暮れ、重桜を代表する艦船の妹として気高く振る舞い続けていた。弱者であることは恥ずかしいことだと考えていたし、自分はそうであるまいと確信していたのだ。
しかし、母港から離れてみて分かった。
「私にも、弱さがあるのではないか」と。
『暫く会っていない母港のお姉さんや仲間が恋しくなってきたのか…?』
弱さなど持ち合わせていないと確信していたあの頃の自分なら、一笑して済んでいただろうが、そんなことはできなかった。
「ふふ…貴様にまでそう言われるならばそうなのかもしれんな。恋しくない、と言えば嘘になる。母港を離れて数ヶ月。戦線はどうなっているのか、仲間たちは無事なのか…彼女たちの実力は私が1番知っている。きっと何も起きていないとは思うが、長期間離れると多少心配にもなるさ」
戦うための存在であった私にとって、共に戦う仲間が身近にいないことにはやはり慣れないのだった。
この世界に来てからは砲撃の音は聞いていないし、海すら見ていない。
もし、ずっとこのままであれば私の存在意義は何になるというのか。
「戦うため存在」である私が、戦うことを縛られるなど。
「いつもお前は無理しすぎなんだって。たまには楽にしてもいいんだぞ?ここは戦場じゃないんだし」
(ここが戦場ではないのに、なぜ無理をしている…とな?)
心配そうにこちらを見つめるカイトの発言には、そのような意図を感じ取ることができた。
彼が私のことを気にかけてくれていることは、もはや「この世界で生きる私」の数少ない支えと言えるかもしれない。
彼と過ごしている時間は決して嫌ではない。
ただ、自分の存在意義と矛盾したことを続けている私が、まだこの世界に適応しきれていない部分があるのではないだろうか。
(しかし、奴となら少しずつでも前に進めるかもしれない。戦場ではできない体験も、母港へ帰還した時に役立つはずだ)
まだ完全にすっきりした訳では無いが、少し気持ちが楽になったように感じる。
「ふん、貴様が何もできぬから、私が無理をしているのだ」
「…そりゃどーも。憎まれ口を言えるぐらいなら大丈夫だな」
私もカイトも軽く笑って、この話は終わった。
今日の一件で、仕事で忙しくしながらでも、彼は彼なりに私のことを心配してくれていることが改めてわかった。
カイトは、私を助けようと努力してくれている。
「…ありがとう」
無意識に言葉が零れたが、恥ずかしさから慌てて口を抑える。
「…?今何か言ったか土佐?」
「…なっ!何も言ってなどいない!!」
幸い、聞こえていなかったらしい。
素直になれない自分に心の中で苦笑いした。
「そうか、今日は早く寝ろよ。残りの家事は全部やっとくからさ」
「…すまん、貴様に残りは任せよう」
「おやすみ、土佐」
「ああ…また明日だ。カイト」
色々考えたせいか、カイトに背を向けた途端に疲れがどっと出てきた。
彼には悟られないように寝室へ向かう。
(決してここの生活は嫌ではない。今は私にできることをやるだけ、だな)
私はいつか帰る場所である母港、また母港の仲間たちに思いを馳せながら布団を被った。
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(…?やけに騒がしいな…?カイトはまだ寝ていないのか?)
リビングから何やら話し声が聞こえ、目が覚めてしまった。
深夜だと言うのに、来客だろうか。
「全く、騒がしいな。まだ朝になっていないだろうに…」
リビングのドアを開け、様子を見に行く。
まだ眠気が抜けていないし、髪も尻尾も整っていなかったが、こんな時間に来る来客の方が気がかりである。
「…悪い、土佐。起こしちゃったか。でも喜べ、お前の仲間が…」
「土佐!!」
声をかけて胸へと飛び込んできたのは…この世界にいるはずのない姉であった。
「あ…姉上!?」
「良かった、私は信じていた…お前がセイレーンなどに負けるはずないと…!」
「あ、姉上!離して!!恥ずかし…」
何が何だかわからないまま姉に抱きつかれ、顔が赤くなる。
私の尊敬する姉上・加賀は…常に冷静沈着な艦船である。それがこんなにも感情を露わにしているところなど、生を受けてから初めてであった。
しばらくすると姉上も落ち着いたのか、抱きしめた腕が緩んでいく。
私もそれで冷静さを取り戻すも共に、姉との再会に目が潤んで来る。
「心配をかけてすまなかった、姉上…」
「本当に再会できてめでたしめでたし、にゃ!」
奥にははしゃぐ明石もいた。
おそらく、彼女の技術でここをつきとめてやってきたといったところだろうか。彼女の顔も久々に見れて嬉しい。
その隣には、笑顔で抱擁を見ていたカイトの姿があった。
しかしその笑顔は満面のものではなく、寂しさも混じった笑顔であることを私は見逃さなかった。
「姉上…再会早々すまないが、身嗜みを整えてきてもいいだろうか?姉上と話すのにこんなにもだらしない格好のままでは…」
「…!すまない、私も気持ちがはやってしまった。突然で驚いているだろうし、身嗜みを整えつつ心も落ち着かせるといい」
「ああ…少し待たせる」
加賀に許可を取って寝室に戻り、着替えを済ませて髪・尻尾を整える。
(カイトとあんな話をした途端、姉上たちに会えるとは、な)
もちろん嬉しい。
明石のことだから、母港へ帰還する用意までしてここまでやってきたはずである。久しぶりに、母港の仲間と会えるだろう。
御狐様や天城さんをはじめ、多くの仲間たちとまた海に出れる。
私はまた、戦える。
「戦うための存在」である私の血が騒いだ。
身支度を済ませ、リビングに戻る。
リビングに戻ると、姉上が私がなぜここに飛ばされたかについてや、対セイレーンの近況、母港の様子などを教えてくれた。
戦線は現在は安定しており、母港も変わりないようだ。
「あちらの世界」の話を聞くのは久しぶりだったので、懐かしさで心も踊った。しかし、楽しそうに話す姉上越しに見えるカイトの顔がどうしても気になってしまった。
カイトは明石と何かを話しており、話が終わると更に表情は曇っていた。
直接聞こえてはいないが、何となく察しはつく。
私と、二度と会えなくなってしまうのではないかということだろう。
彼は、私と何の関係もないにも関わらず私に居場所を提供してくれた。
何もこの世界について知らない私を助けてくれた。
私の弱さも受け入れてくれた。
彼と生活していたからこそ、この世界でも頑張っていこうと思えた。
先程は伝えられなかったが、今度はちゃんと伝えたい。
「すまない、話し込んでしまった…そろそろ失礼するとしよう」
姉上が帰るぞ、という合図をする。
「このキューブに、重桜の座標が登録されてるにゃ!」
明石が掲げたキューブが発光し、私たちを包み込んでいく。
別れは一瞬…カイトにはまだ何も言えていなかった。
絞りだせ。
絞りだせ。
伝えなければ。
「…明石、少し時間はあるか?」
「あんまり時間はないけど、少しにゃら!!」
私は、光の外にいるカイトの方へ足を踏み出すを
「…世話になったな、カイト」
「こちらこそ世話になったよ、土佐」
「なんというか…こういう時に何を話せばいいのか分からないな」
「奇遇だな、実は俺もなんだよ」
何を話せばいいのか分からない、とな?
土佐よ、一つしかないだろう。
向き合って沈黙して数秒…この時は永遠にも思えた。
「土佐!もう時間が無いにゃ!戻ってくるにゃ!!」
明石が私を呼ぶ。その声で我に返った。
「カイト!!」
「な、なんだ?」
「時間が無い、一言だけだ!“ありがとう“!!」
「…!俺も一言だ!“ありがとう“!!」
伝えられた。
一言しか伝えられなかったが、これが全てだ。
ここに来た意味はあった。
「戦うための存在」だけの私でなくても、受け入れてくれる人に出会えたから。
それだけで、十分だ。
拳を突き出す
最終回…みたいだけど全くそんなことは無いので大丈夫です。
このような展開にしたのにも理由はあるので、次回以降のあとがきで触れたいなと思います。