ピピッ!ピピッ!
朝7時、目覚まし時計の音が鳴る。
今日からまた平日、憂鬱だが仕事に行かなければならない。
重たい身体を起こし、リビングへと向かう。
「…なんだ、流石に起きるのが早いな」
リビングには既に食事が並べられていた。
俺は一人暮らし…だったが、最近は心強い同居人が食事を作ってくれたり、家事を手伝ったりしてくれているのだ。
「仕事の前日にあれだけ飲酒してよくけろっと起きれる…酔った貴様の世話には手を焼くんだぞ?」
声の主は、キッチンで片付けをしていた。
今時は見かけないであろう着物を羽織り、淡々と洗い物をするグレーの髪をした女性(いや、狐か)は大きくため息をつく。
「もう貴様は私ありきの生活しかできない体とな?一人暮らししていた時の覇気どこに行ったのだ」
「いや、元々覇気なんてなかったぞ!?」
加賀型戦艦二番艦・土佐。
重桜という別世界から紆余曲折を経てここにたどり着いたこの狐が、再びやってきた…いや、正確には「戻ってきてくれた」だろうか。
数日前に彼女は故郷へ帰還し、それが永遠の別れになるだろうと俺は確信していた。しかし、彼女は割とすぐにここへ戻ってきたのだ。
土佐曰く重桜に戻ってから色々とあり、なんとこちらと向こうの世界を往復する許可が出たらしい(明石とかいう子がエネルギーは1回分とか言っていたのはなんだったのか…)。
誰もいないであろう自宅に仕事から帰ってくると、土佐が食事を並べて待っていたから俺も腰が抜けてしまった。
また、お互いに別れの際の(今考えたらかなり恥ずかしい)やり取りが糸を引いており、なんとも気恥しい空気がここ数日間流れていたのであった。
それも、ようやく落ち着いてきたところである。
「それで…まだ話してくれないのか?故郷であった諸々の詳しい部分は」
朝食を頬張りながら土佐に尋ねる。
実は、まだ彼女の故郷でどのような紆余曲折があって今に至ったのかを詳しく聞き出せていなかった、
「…上の命令だ、それ以上それ以下でもない」
「またそれかよ!?…物好きな上司なもんだよ全く…」
聞き出せない理由は、土佐が「上の命令」の一点張りで何も話してくれないことが原因であった。
向こうではおそらく「戦い」が行われているはずなのに、未知の世界での生活を許す上司とは全く物好きなで上司である…
「それについては私が回答しよう」
突然響く第三者の声に俺も土佐も驚いてしまった。
玄関の方からリビングへ入ってきたのは白い狐の女性。
「加賀…だったよな?」
「そうだ。覚えていてもらって良かった」
「姉上!?どうしてこっちに…」
「お前が家事をするところなど見たこともなかったのでな…今日は暇もあったので明石の奴に頼んで様子を見に来たんだ。しかし、まだカイトに事情を話していなかったとはな…らしくないぞ土佐?」
加賀は土佐の方を見て微笑む。
そんな姉の笑顔を見て土佐は慌てふためいていた。
「こ…こいつが私が戻ってきた途端に酒を飲み出したから悪いんだ!姉上はこいつの酒癖の悪さを知らないから…そのままタイミングを見失って数日間ずるずると…」
(まあ実際、それはあるんだよな…嬉しさで結構飲んじゃったし…)
酒は好きだが、あまり強い訳では無い。
正直、これに関しては土佐にも迷惑をかけている自覚はある。
「なんだ、カイトも酒が好きなのか…またの機会私とも一杯やらないか?重桜の話をたくさん聞かせてやる」
「あ、ああ頼む…話がズレたけど…結局、お前たちの故郷で何があったんだ?土佐どうして戻ってきたのか…」
「単刀直入に言うと、土佐がカイトに恩を返しきれていない、と言い出したからで…」
「あ、姉上えええ!!!」
土佐が顔を真っ赤にして叫ぶ。
こんな表情で取り乱す土佐は初めて見た。天然を披露して顔を赤くするのは何度も見てきたが、堅物の彼女がここまで叫ぶのは珍しい。
「対セイレーンも現状は落ち着いていてな。ちょうど明石の奴が往復できるキューブが完成した!と走ってきたものだから、長門も定期的に戻ってくるなら、と許可を出したのだ。もちろん戦線が激しくなってきたらこちらに戻ってきてもらうが…しかし驚いたぞ?あの堅物だった土佐があんな感情的に…な?」
「もういいだろう姉上!!たとえ姉上だろうとそれ以上は…!!」
気付けば土佐は加賀にすごい勢いで詰め寄っていた。
加賀も流石にこれ以上はまずいと思ったらしい。
「まあ、そういうことだ。これ以上言うと妹が爆発しかねない」
(もう爆発事後じゃないか…?)
加賀も土佐に負けず劣らず天然なところがあるのかもしれない。
このようなところはやはり姉妹である。
「…貴様はさっさと仕事に行け!!間に合わなくなるだろう!?」
「あーもうこんな時間か…行くって行くって。じゃあ行ってきま…加賀、忙しいところありがとう、土佐の姉貴なんだ、いつでも遊びに来てくれ」
「そうさせてもらう!私もこっちの世界に少し興味が湧いてきたのでな」
「じゃあ、またの機会に!行ってくるぞ土佐…」
笑顔で手を振る加賀の後ろでは、刀を抜きそうなぐらいの剣幕立っている土佐。
加賀の奴、気づいた上でスルーしてるのかそれとも全く気づいていないのか…(なんとなく後者な気がするが…)
とにかく、楽しい日常が戻ってきた。
家に帰れば、楽しみがある。それだけで十分である。
さて、仕事頑張るか…
朝の1件で色々土佐を弄ってやりたいので、どうやって弄ろうかなどと考えながら、俺は仕事へ向かった。
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「カイトは仕事へ行ったか…なるほど、お前はいつも彼のために朝食を作っているわけだな…」
「姉上!!なんの脈絡もなくやってきて私に恥をかかせないでくれ!!」
朝から酷い目にあった。
まさか、姉上の口から母港での一件を暴露されてしまうとは…
「恥、だと?」
真っ赤になった私の怒声をひらりと交わし、姉上は私に微笑んだ。
「何も恥じることはないじゃないか。世話になった人に恩を返す…私はいい妹を持てて光栄だ」
そして、私の頭を軽く撫でる姉上。
恥ずかしいから辞めて欲しい。
「撫でるのは…辞めてくれ…くっ…」
姉上に撫でられていると、母港での一件を暴露した姉上への怒りよりもカイトの前で大きく取り乱した自分が今更になって恥ずかしくなってきた。
(奴が帰ってきたら何を言われるかわからん…加賀型戦艦ニ番艦・土佐とあろう者があんなに取り乱すとは…)
姉上は撫でる手をそっと離すと、それにだ、と続ける。
「土佐。感情を表にしっかりと出してくれるようになって私は嬉しい。今取り乱したことも、母港に帰って恩を返しきれていない、と口に出したこともだ」
「…堅物で悪かったな」
「私もよく言われることだ。それに関してはお前を見習わないとな」
「姉上は堅物というか…周りが見えていないだけな気もするが…」
「…?何か言ったか?」
「いや、何でもない…」
とにかく、奴への恩返しという気持ち自体には偽りはない。
それを完遂してさっさと母港に戻るとしよう。
「それと。キューブのことだが…明石が量産に成功したらしい。それを使って私もこっちに来たわけだ。明石にはあまり広めるなとは言ってあるが…私たち以外でもこちらにやってくるものが現れるかもしれん」
「なっ!?明石の奴、余計なことを!!」
端島海斗の家が土佐を通して様々な艦船の憩いの場になるのは、まだ少し先の話である。
さて、一旦シリアスを挟んだ理由ですが…
他の艦船を後々出していこうと考えていたのですが、その理由付けをしっかりしたいなと考えたからです。
また、一旦区切りを挟むことで海斗と土佐の関係性も整理できるかなーと。
それだけです。
この後からは、今のところそんなにシリアスを書く予定はないです。
他の艦船もちょくちょく出てくると思いますので、これからもどうぞよろしくお願いします。