「さて、カブトムシやクワガタを狙えそうなポイントに来たけど…」
自宅から少し離れたのところにある雑木林。
もちろん人気はない。近くの田んぼからカエルの合唱が聞こえてきたり、雑木林からは虫の鳴き声も聞こえる。
街の喧騒からは程遠いこのような空間もたまにはいいものだ。空気も美味しい。
目的は土佐の虫嫌いが嘘であることの証明(という名目での苦手克服の訓練)。肝心の彼女はというと…
「やはり車は慣れん…貴様の運転が荒いんじゃないか…?」
虫取りをスタートする以前に、車の助手席でぐったりだった。
そう、この狐は車酔いしやすい。以前にショッピングモールへ向かうために車に乗せたこともあったが、その時もダウンしていた。
「戦艦なのに酔うのか」などとからかえば刀で一刀両断にされるから言わないが、自分の運転のせいにされるのは心外である。
「サラっと俺の運転のせいにしないでくれ!山道だったから仕方ないだろ…とりあえず外に出たらどうだ?外の空気を吸えば体調も良くなるだろうし」
トランクから虫かごや虫網を出しながら、土佐に外へ出るように促した。
やはり外の空気を吸うのが一番手っ取り早いだろう。
「…海ならば慣れた場所だが、同じ自然でも森はなかなか慣れないな…だが、都会の喧騒よりは私好みかもしれん」
ドアを開けて降りてきた土佐は、まず伸びをすると、深く深呼吸をする。
耳と尻尾も行動に合わせて立ったり、リラックスしたり。こうしてみると、彼女は森の中でリラックスをする狐そのものである。
「どうだ、空気が美味いだろ?車酔いも治るといいけど…」
「…空気が綺麗で助かったな。でなければ貴様の運転には付き合えん…よし、気分も良くなってきた」
「まーた俺の運転のせいにする…まあ体調が治ったならよしとするか。じゃあ、探索と行きますか」
懐中電灯を持った俺を先頭に、虫網と虫かごを持った土佐が後ろをついてくる形である。…土佐が荷物持ちなのはよく考えたらどこかおかしい気がするが。
「暗いのは平気なのか土佐?足元気をつけろよ」
「海で夜戦の経験もある、暗さなど私の敵ではない。弱者の貴様はどうか知らんが、私の足を引っ張るんじゃないぞ?」
「あー、はいはいっと…」
振り返って確認することはしないが、おそらくドヤ顔を決めていることだろう。全く、この狐はどこか調子に乗りやすいのだ。それが面白いところでもあるのだが。
「’む?甘い匂いが漂っているが…貴様、灯りを寄越せ」
土佐に懐中電灯を強奪され、虫網と虫かごと交換する形になる。
男女で虫取りに来れば普通こうなるはずなので、どこかモヤモヤしていたところがスッキリした。
土佐は、懐中電灯を持って周囲を見回していた。何かの匂いを感じ取ったらしいが…樹液の匂いだろうか?土佐は狐なだけあって鼻が効くらしい。
「この辺りだな?幹のあたりだが…!?」
土佐は一瞬だけ懐中電灯を右に当てたが、直ぐに電気を消して俺の裾を無言で掴んできた。
「…なんで灯り消して俺の裾掴んでるんだ?」
「う…うるさい!なら貴様が照らしてみるがいい!!」
今度は懐中電灯を押し付けられた。一体何を見てしまったのだろうか?今までの経緯から推察するに、土佐が見たであろう光景は何となく想像はできるが。
俺も土佐が光を当てた方向に光を向けると…やはり、樹液に多くの虫たちが群がっている。種類もたくさんいるらしい。
「カブトムシとクワガタに…カナブンが数匹、カミキリムシもいるか?あとはスズメバチと…デカいムカデがいるな」
くじ引きを引いて、当たりとハズレを全て引いたようなラインナップの昆虫酒場である。
光を当ててデカいムカデが目に飛び込んできたら、懐中電灯消したくなる気持ちもわからなくはない。デカすぎんだろあのムカデ。
スズメバチも危険な昆虫筆頭である。しかもアレはスズメバチの中でも特に凶暴なやつだったと記憶している。これまたデカいし。
「…別のところを探そう。流石に危ないし、土佐も寄りたくないだろ?」
無言で頷く土佐。こればかりは怖いとかそういう問題ではないので仕方ない。
「しかし、鼻が効くんだな土佐?やっぱり狐の鼻だからか?…これなら別の樹液探しも頼れるな」
「私はただの戦艦だ…今は緊張も最高潮だから索敵能力が上がっているのかもな」
「夜の雑木林もお前にとっては戦場、ってことか。…待て、緊張が最高潮ってことはやっぱりこの場にいることが楽じゃないってことだよな?」
「…緊張の話は聞き流せ。次の場所が見つかりそうだ、正面の木を照らしてみろ」
大事なところをはぐらかされた気もするが、どうやら土佐のセンサーに反応があったらしい。
言われた通りに正面の木の幹を照らしてみると、そこにも多くの虫たちが集まっていた。
今回はカブトムシ・クワガタムシはいるが、ハチやムカデのような危険な虫は見当たらない。これはチャンスである。
「ここなら安全に捕まえにいけるんじゃないか?さて、どっちが取りに行くかだが…」
「…なんだその目は!?私に行けというのか!?」
「だって今日の名目は…お前の苦手克服だろ?」
土佐さん、どうやら自分に振られるとは思っていなかったらしい。
かなりあたふたしており、表情も困惑顔でなかなか面白い。
「お前を信頼して言ってるのもあるさ。俺が行ったら物音で逃げられるかもしれないし、隠密行動の経験もあるならお前が適任と思ったんだ」
「ふん…よくわかっているな?虫けらの1匹や2匹、相手にもならんことを見せてやろう」
この狐、やはりちょろい。
少し持ち上げたらこうである。まあ嘘を言っている訳では無いが。
土佐はゆっくりと光の先へと足を進めていく。
足音はほとんど聞こえないし、やはり彼女に任せたのは正解だったのではないだろうか。目的の虫たちは動かずに樹液を囲っていた。
そして、無事に土佐は虫たちに手の届く範囲へと辿り着いた。
あとは手で掴むだけ…なのだが。
土佐は持っていた虫網を刀を振る勢いで振り下ろす。
木が倒れんばかりの勢いである。
(いや手掴みしないのか…あと虫網を振り下ろすのに力入れすぎだろ!?)
そして、振り下ろした網をぎゅっと抑えた土佐はこっちを振り向く。
「カイト、網で手が塞がっていて掴めん…癪だが貴様が捕まえろ」
「その距離なら直接掴めたんじゃないか?まあいいや、そっち行く」
後方で待機していた俺も土佐の方へ合流する。
虫網の中を見ると、カナブンが飛び回っていたり、クワガタムシが網を登ってきたりとハチャメチャなことになっていた。
土佐は…あまり虫網の中を見たくないらしく、目を背けていた。
虫網を持つ手も、よく見たら震えているらしい。
「ホント虫、無理なんだな…よく頑張ったよ土佐」
彼女にもプライドがあるし、聞こえないよう小声で言っておく。
虫網の中で暴れている虫たちをみると、虫網を被せてから捕まえにいった土佐の判断は正解だった。
掴みにいって飛ばれたりしたら逃げられた可能性もある(何より土佐の精神がもたなかったかも)。
俺は虫網の上からカブトムシの上角を掴み、虫かごに入れる。
「ほら、土佐の手柄だ。こうしてみると可愛いもんだぞ?」
カブトムシの入った虫かごを土佐に近づける。
カブトムシはのそのそと這い回っているが、こういうのを見てて飽きないのは少年だけなのか?
「可愛い、とな…?虫けらのどこが…いや、可愛くはないが、見ていて飽きないのはあるか…」
どうやら戦艦も、カブトムシが動いているのを見ていて飽きないらしい。
さて、飼うために昆虫ゼリーと昆虫マットも買いに行かないとな…と零すと、土佐に「この虫けらの世話をするのはどこの誰だと思っている!」と言われ、これには反論の余地もなくカブトムシは逃がして帰ることになった。
帰り道の車中、土佐はすやすやと眠ってしまった。
雑木林も彼女にとっては戦場、1つの海戦を終えたような感覚かもしれない。
土佐よ、苦手な相手とよく真っ向から戦った。
どこまでも真っ直ぐなこの戦艦は、苦手に対しても背中を見せないのである。
第2部と大々的に言ってますが、今回のように海斗土佐の2人で完結する回も書いていく予定です。