「カイト様…我が重桜の者たちが大変なご迷惑を…」
天城は、両隣の黒狐と銀狐の頭を両手で押さえつけながら頭を下げる。
これには、流石の赤城も土佐も無抵抗であった。
「だ、大丈夫大丈夫!!こういう場面は会社で仕事しててもあるし…あはは…」
怒り心頭の天城と、それにひれ伏す狐たちを前に「迷惑だった」などと言えるはずもなかった。…まあ、彼女たちにとってはこの喧嘩も日常茶飯事っぽいし、あまり怒る気もなかったが。
向こうの世界での土佐の日常の一部を垣間見れたと考えれば、あながち悪いことでもない気がする。
「赤城と土佐にはよく言っておきますので…あちらの部屋をお借りしても宜しくて?」
「あ…ああ、いいですよ」
「申し訳ありません…少し時間を頂きますね」
天城は、項垂れる赤城と土佐を引っ張るように別室へと連れていく。
刑務所へ連行される囚人のような2人の頭には、大きなたんこぶができていた。
ドアが静かに閉じると、残された俺と加賀は一息つく。
「…2人が喧嘩したらいつもこうやって止まるのか?」
イスに腰掛けた加賀にお茶を出しながら尋ねると、加賀は軽く笑いつつ、「大体な」と答える。
「重桜は情報が回るのが早くてな。喧嘩を見かけた駆逐艦の子達が天城さんのところまで走る。天城さんがどこからともなく飛んでくるという構図だ。まさかここまでやってくるとは思わなかったが…」
喧嘩の開始を天城に知らせる術などなかったのにも関わらず、天城はなぜ最高のタイミングでやってきたのか気になるところである。
「しかし、凄まじい威力のげんこつだったな…漫画で見るようなたんこぶをはじめて見たよ」
「私も何度か喰らったことがある。数日は痛みがひかない…セイレーンの攻撃の直撃と同等かもしれん」
「天城さん、見た目からは想像できないほどの剛腕なんだな…ん?加賀も喰らったことあるのか?」
「なんなら土佐より回数は多いだろうな…土佐の立ち位置は、少し前までは私だったのだから」
なんと、それは驚きである。
赤城とこちらの加賀の仲は良好そうに見えるし、喧嘩などするようには思えなかったからだ。
「喧嘩の内容は?」
嫌なところを突くなという顔をする加賀だったが、苦笑いしつつ答えてくれる。
「土佐と同じ…私も、姉さまを腰巾着と呼んでいた時期もあったのさ」
「それがこうも関係性が良くなるもんなんだな…って今、赤城のこと姉さまって言ったか?」
しまった、という感じの加賀。
どこか抜けているのは姉妹共々ってところだろうか。
「血は繋がっていないさ。だが尊敬の意味を込め、2人だけの時はこうやって呼んでいる。だが、私たちは重桜の前に立つ一航戦だ。公の場では赤城と呼ぶように努めている」
腰巾着と呼んでいた女を姉と慕うまでに変わった赤城と加賀の間には何があったのかも気になるところだが、土佐がこちらの加賀と気まずくなる理由もはっきりしてきた。
「土佐とはなかなか会えていないのか?さっきも久々だなーって言ってたけど」
「一航戦として公務が忙しいのは本当だ。だからなかなか会えなかった…しかし、土佐が行方不明となったと聞いた時は何にも手がつかなかった。妹を無事に保護、そして一回り成長させてくれたお前には感謝しなければいけないな」
対面に座る加賀が軽く頭を下げる。
戦艦の加賀にも同じようなことを何度言われたか分からない。妹への思いは空母も戦艦も変わらない、か。
「私も、妹とは奇妙な距離感を生み出してしまって申し訳ないと思っている…だが、姉さまも土佐と同じぐらい大切。お前も知っているように、土佐ももう子供ではないし、彼女のそばには戦艦の私もいる。私は、遠くからしっかりと妹を見ているさ」
そう語る加賀は、どこか寂しげであった。
彼女も彼女でまた、土佐との距離感に悩んでいるらしい。
いい機会だ。この場なら、加賀と土佐の関係性に少し改善のヒントを提供できるのではないだろうか。
「…なあ加賀。それ、ちゃんと土佐に伝えてるか?」
「…何?」
「土佐だって子供じゃないし、そばには別のお前がいるかもしれない…けど、お前だって土佐の姉さんなんだろ?土佐視点だと、急に家族が遠い存在になってしまったような感じでモヤモヤしてると思う。赤城の存在が大切なのもわかる。だけど、もうちょっと土佐と話さないとさ」
加賀は俺がこんな話をするとは思っていなかったらしく、少々驚いているらしい。だが、話は真剣に聞いてくれている。
「ここはお前たちの母港じゃないし、重桜を引っ張るからって周りに気を使う必要も無い。ナイスタイミングだ、自分が土佐をどう思ってるか、伝えてみたらどうだ?」
「見ず知らずの男にそこまで言われるとは思っていなかったな。全く、お前と言う奴は…」
やられた、と言わんばかりの加賀。
しかし、表情はどこかすっきりしているようにも見える。
「お前の言う通りかもしれんな」
加賀がぽつりとこぼすと、ちょうど説教が終わったらしい。
こってり絞られた赤城と土佐が出てくる。次いで天城。
…天城さん、どうして満面の笑みなのだろうか。怖い。
加賀は立ち上がると、赤城を通り過ぎて土佐の目の前に立った。
赤城も天城も、突然の加賀の行動に驚いていた。
「…どうしたんだ?」
まあ、一番困惑しているのは目の前に立たれた当人である土佐だろう。
加賀は、いきなり土佐を抱き寄せる。
土佐も、姉の予想外の行動に一歩も動けない。
あれ…この光景、前にどこかで見たような…
空母だろうが戦艦だろうが、加賀は加賀ということか。
「土佐、本当にすまなかった…実の妹であるお前を、見てやれていなくて」
「なっ、姉上…!?何を急に…」
「行方不明になったと聞かされた時には、気が動転して何もできなくなった。こうして、今抱きしめられていることが本当に嬉しいんだ。でも、お前にそれを伝える努力を私はできていなかった…馬鹿だな、私は」
「これからも
土佐は、加賀を抱きしめ返すと爽やかに微笑む。
「姉上、ありがとう…空母の加賀も戦艦の加賀も、私にとっては大切な姉上だ。嫌いになどなったりするものか」
良かった。
加賀と土佐の距離も、これで少しは改善されると嬉しいのだが。
「ふん、あの灰色狐ったら私の加賀を泣かせて…」
「赤城、あなたも言えばいいじゃないですか。土佐が行方不明になった時は心配していたと。土佐の捜索の指揮を執ったり、キューブも開発を急がせたのは何を隠そう、あなたなんですから…」
「あ、天城姉さま!あれは加賀のためにやっただけでして…」
「重桜を背負う一航戦として頼もしくなりましたね、赤城。この天城、嬉しかったですよ」
「うう…天城姉さまぁ…」
天城が、赤城にとってはバラされたくなかったであろう情報を暴露し、膝から崩れる赤城であった。
この場面でこの情報を出す天城さん、やはり流石といったところか。
そんな赤城を尻目に、天城がこちらへやって来た。
「カイト様。また1つ、恩を作ってしまったようですね」
「加賀の行動力の賜物だと思いますよ、あそこまで直球にやるとは思ってなかったし…」
「でも、キッカケを作ったのはカイト様でしょう?また、お礼させてくださいね?」
「お礼なんてとんでもない!それより、天城さんはなぜこちらへ?」
「駆逐艦の子達が私のところへ来てですね。一航戦が土佐のところへ行ったよって聞きまして…念には念を、ということお邪魔させて頂きました。駆逐艦の子達の危機察知能力は目を見張るものがあります」
ふふふ、と笑う天城。あなたのげんこつだって目を見張るものがあると思う…などと言ったら俺も意識を失うかもしれない。
心の内に留めておくこととしよう。
天城が元気にしてるので、一航戦も平和です。
よって重桜も平和。平和が一番!