今年も土佐さんをどうぞよろしくお願い致します。
今年はきっと新規着せ替え、あるよね?
「昂ってきたな…今度こそ暴れさせてもらう!」
「そう来なくっちゃ!私だって遠慮しない…さあ、来なさい!!」
俺は一体何を見せられているんだろう。
武士の一騎打ちも盛んに行われていたであろう戦国時代にタイムスリップしてしまったのか?いや、そんなことは断じてないはずだ。
今は科学技術の進んだ令和の時代。武士の一騎打ちは愚か、剣を持って歩くことすらできない時代である。
だが、目の前の光景はおよそ現代では考えられない。
和装を身にまとった2人の女性が、己の磨き上げてきた剣技を披露せんとしているのだ。
「これだから猪突猛進型は…ご迷惑をおかけします、カイト殿」
俺の隣では、山羊を思わせる角を生やした軍服の女性がバツが悪そうにしている。…見えてる景色も隣も状況が混沌としている。
「家が破壊されるよりは全然いい…ただ誰も来ないことを祈るよ…」
何故こんなことになっているのか。
時は数時間前まで遡る。
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「ただいまー、帰ったぞ」
俺は普段通りに仕事を終えて帰宅した。
今日は土佐が料理を並べて待ってくれているのか、はたまた母港から帰ってきていないのか…そんなことを考えながらリビングへ向かうと、初めて聞く声が耳へ飛び込んでくる。
「お、あなたがカイトさんね!初めまして、私は戦艦・紀伊、よろしく!!」
黒髪に、もはや来客には当たり前のように付いている獣耳。ただ常連である加賀や天城とはまた雰囲気の違う、快活で元気のいい印象を受ける。
「おっと…あっちからの来客も慣れてきたとはいえ、初対面でいきなり大きい声で挨拶されたのは初めてかもしれないな。紀伊、だな。見ての通り何もないところだけどゆっくりしてくれ。土佐の仲間…見たところ重桜の艦船、だよな?」
「当たり!カイトさん、凄いね!所属はまだ名乗ってないのに当てちゃうなんてさ!!」
「あはは…土佐繋がりでの訪問客は重桜の関係者が多いからな。最近は格好とか名前でも何となく察しがつくようになってきたよ」
動物の特徴に加えて日本っぽい名前、和装と来れば大方は重桜の人物だろうなと予想がついた。今となっては、以前に別勢力のプリンツ・オイゲンがやってきたのがかなりレアなケースだったなと感じる。
「ようやく貴様も、私の同志の判別が少しばかりはできるようになってきたという訳だ」
「お、土佐。彼女はお前が連れて来たのか?」
「紀伊と互いに意見が一致したからな。久しく
腕を組んで、不敵な笑みを浮かべながら俺を見据える土佐。
別に俺は土佐を軽んじて見ている気は無いのだが。彼女がどこか抜けているのを心配しているだけである。まあ、上から目線なのはいつもの事だ。
「そりゃ楽しみだ…で、
紀伊の快活な挨拶で家の変化にまで目が回っていなかった。
何故かテーブルや家具の位置が移動している。一体何が始まるというのだ。
「当たり前だ。場所はある程度広くないと面白くない」
「だね。派手に動くにはそうでなくっちゃ。じゃあはじめよっか土佐!負けないからね!!」
「ふん、暴れさせてもらう!!」
向かい合う2人は…腰の剣を抜いて構える。
「「でやああああああッ!」」
ギィィィインッ!!
叫び声と共に距離を詰めた2人の剣が激突、なんて激しい鍔迫り合いだ…
「って室内でそんな危ない物振り回すなこのバカ!!やめろ!!!」
あれ、とはどうやら「剣の手合わせ」の事だったらしい。
俺の悲鳴も、戦闘モードに入った2人の耳には全く届いていないらしい。
このままではマンションを追い出されかねない。でもどうやって止めれば?
止めに入れば間違いなく切り刻まれるし、放置しても、家具と家を借りる権利が破壊される…
頭を抱えたその時だった。
鍔迫り合いに飛び込んできた、第3の人物。第3の剣が土佐と紀伊の鍔迫り合いを引き離した。
「この脳筋があ!!!何やってるの!!!!!」
「「駿河!?」」
「2人っきりでこっちに向かったって聞いて嫌な予感したから来てみればこのザマ!!こんな狭いところで剣の手合わせなんてバカなの!?いや、バカよ!!あーもうついてない!!なんで私はいつもこんなのに立ち会うハメに…」
駿河と呼ばれた新たな来訪者。
むちゃくちゃな剣の手合わせを止めてくれたし、土佐と紀伊をバカ呼ばわりしているので常識人…のはず。とにかく助かった…
「私たちならこの程度の空間があれば十分だ。家や家具を傷つけないように配慮もしたぞ?外でやる方がこちらでは迷惑…そうだろう、カイト?」
「そうそう!家具動かすの結構大変だったんだからやらせてよ駿河〜!何なら駿河も一緒にやってもいいよ!!」
土佐と紀伊も、どうやら彼女たちなりに気を使ってはいたらしい。
…明らかに気遣いのベクトルがおかしいが。
「いや剣の腕前も配慮も何も無いんだよ!!マンションの一室で剣を振るな!!あと、ここ俺の部屋!せめて許可取れ!!絶対OK出さないけど!!!」
「全くその通りよ、外でやりなさい外で!あと、私はやりませんから!!すみません、ウチのバカがご迷惑を…」
駿河は、俺の方へ向き直ると頭を深深と下げる。
彼女が謝ることではない。今回に関しては何かのネジが抜けている土佐と紀伊に非がある。
「頭下げないで!!むしろ俺が頭下げないと…家がめちゃくちゃになるところを止めてくれたんだし、感謝するよ。俺はこの部屋の持ち主の海斗。土佐には世話になってるけど…今日のはどうしようもなかったな」
どうしようもなかったとはなんだ、と土佐の声が飛んできたがスルーする。
だって本当にどうしようもなかったし。
「感謝なんてとんでも…名乗るのが遅れました、戦艦・駿河です。お見知り置きを」
どことなく苦労人の匂いが漂う駿河。
立ち振る舞いから見ても生真面目な彼女だ。おそらく破天荒な仲間たちにいつも振り回されているのではないだろうか。
…これは少し同情してしまうな。
「土佐、どうしよ?私はこのまま何もせずに帰るなんてやだな〜、土佐もカイトさんにかっこいいところ見せたいでしょ?」
「か、かっこいいところを見せたい訳では無いが…!剣は振りたい、こちらでは機会に恵まれないのでな」
紀伊がサラッと土佐の言って欲しくなさそうなところを悪意なく言ってのけ、土佐も少し慌てたらしい。顔が赤い。
しかし、剣を振り回して許される場所などあるのだろうか。子供のチャンバラならともかく、彼女たちの振るう物はれっきとした本物である。…それが許されるような場所はないだろう。
だが、紀伊はこのまますんなり帰るとは思えない表情だ。何なら「バレないように外でやるしかないか」と言って道路で剣を振りかねない。どう考えてもバレる。どうしたものか。
「あの…人気がない静かな場所とかありませんか?とても言いづらいのですが、あの
深くため息をつく駿河。
彼女たちとの付き合いも長いであろう駿河が言うのだから、「すんなり帰りそうにない」という俺の推測も当たっているようだ。
「…ないことも、ないか?」
剣を振っていいという許可が降りている場所ではないが人気はない場所、誰にも見られないであろう場所が一つだけ思い当たった。
いつぞや虫取りに向かった山である。子供の夏休みの期間も終わっているし、ましてや明日は平日である。観戦側が周りに注意していればセーフ…かもしれない。
「…1回やったら気は済むか?」
「いい場所あるんだ!それなら早く言ってくれれば良かったのに、ありがとうカイトさん、1回全力でやれればいいから!そうと決まったらここ元に戻して出発しよう!!土佐も駿河もほら手伝って!!」
そうだな、と手伝う土佐となんで私までと肩を落とす駿河。
…駿河に関しては本当に申し訳ない。
率先して家具を元に戻そうとする紀伊。この子は本当に体を動かすのが好きなのだろう。家具をすぐに戻そうとしてくれているあたり悪い子ではないんだよな、間違いなく…
俺も手伝いに加わり、すぐに家を元に戻す作業は終わった。
俺は周りに人がいないことを確認した後、3人を車に乗せて例の山へと向かった。
車中では母港での3人の関係性や土佐の天然エピソード、駿河の苦労話などで話が盛り上がった。なかなか楽しい時間である。
こうして、夜の山中で土佐と紀伊の模擬戦が行われることとなった。
周りへの警戒は怠らないが、折角の機会なので2人の剣さばきに注目するとしよう。