「えっと…土佐さん、でいいのかな?」
「ああ、私はそれで構わないが」
今はとりあえず海美を落ち着かせる目的もあって喫茶店で一服している。
「アズールレーンの土佐さん…本当にコスプレイヤーさんじゃなくて…?」
「こすぷれ…とな?私にはよく分からんが、貴様はわかるのかカイト?」
「なんだ、ゲームのキャラクターと同じ格好をしてなりきりを楽しむこと、かな?お前の場合本人だから当てはまない…と思う」
「はあ…こっちの世界の人間はよく分からんな…」
そりゃよくわからんだろうな。自分の耳とか尻尾まで真似た格好して楽しむ文化も、その世界から来た本人からしたら未知との遭遇だし。
「というわけだ海美。こいつはコスプレイヤーでもなんでもない。こっちの世界のことをまるで分かってないからそれが何よりの証明だな、食器洗剤の代わりに油を使ったり、コーラを飲みきっただけで得意げになったり…」
「貴様、帰ったら覚悟しておけよ?」
「おっと、剣があったら切られてたな…」
同居してからしばらく経つが、彼女の世界の信憑性がやっと持てたと言ったところか。実在のゲームの世界観のようだし。
まあ、ここ最近は彼女が何者かなど気にすることも忘れていたのだが。
「私、まーだ全然信じられないんだけど…帽子被ってるのも耳を隠すため、とかだったりするわけ?尻尾は見当たらないけど…」
その辺にはうるさい海美なので、なかなか信じ難いらしい。
俺は周囲に客がおらず、人にも見られずらい席なのを確認すると、土佐の帽子を取ってやる。
「当たり。流石にこれで外で歩くと不味いだろうしな…」
「なっ!?貴様、急に取るんじゃない!」
隠れていたグレーの垂れ耳を目にすると、海美の目が一気に変わる。
「本当の獣耳!?土佐さん土佐さん、ちょっとだけ!ちょっとだけでいいから触ったりしてもいいですか!?」
「み、耳を触るのか!?それは──」
「土佐さん、ごめんなさいっ!!」
席を立った海美の手が土佐の耳へと伸びる。
…俺ですら土佐の耳には触ったことがないのだが、初対面でなんという妹だろうか。
「ちょっと待…ひゃうっ!」
土佐の耳、予想はしてたけどやっぱり敏感なんだな…
それはそうと土佐も流石に辛そうなので、妹を止めなければ。
「うーみ!ストップストップ!!」
「ご、ごめんなさい、私としたことが…」
「はぁ…触られたことはなかったが…結構辛いものだな」
「まさか本当に敏感だなんて…というか私、初対面の人になんてことしてるんだか…でも、これで確信できた、その土佐さんは本物に間違いないって。土佐さん、本当にごめんなさい!」
「ううっ…頼むから急に触ることだけは辞めてくれよ…?」
軽く涙目の土佐。
海美は初対面だからかキツく怒ったりはしていないらしい、優しいなおい。
「…見ての通りこいつはコスプレイヤーでもなんでもない。海美、落ち着いた?」
「うん、とりあえず。驚かせちゃったお詫びになるかわかんないけど、服選び全力で手伝うから!」
土佐の服選び、スタートである。
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「ワンピースとか似合うんじゃないかなぁ?さっきのと合わせて…」
「ワンピースとな。向こうでは着る機会もなかったからな…興味はあるな」
服屋巡りをして2時間程度。
俺はこの辺りの話題にはついていけないので、試着した土佐を見るのと荷物を持つだけの役割になっていた。
(俺と土佐の二人じゃ土佐もこんなに長く服見れなかっただろうし、助かったな)
服を見て回る二人は、傍から見てもショッピングを楽しむ友人にしか見えない。二人の相性は割といいのかもしれない。
「お兄ちゃん、どっちの方が土佐さんに似合ってるかな?ピンクと水色なんだけど…」
「両方似合ってると思うけど…やっぱり水色かな。土佐の着物も青基調でよく似合ってるし、土佐には青っぽい色が合うと思う」
「そっか!あの着物もお兄ちゃんの家にあるんだ!土佐さん、今度お兄ちゃんの家に行く機会あったら見せて貰えない?」
「別に構わん。見せて嫌になるものでもないからな」
「やった!お兄ちゃんの家に行く日作らないとな〜!」
ふんふーん、と鼻歌を歌う海美に微笑む土佐。
二人を会わせて上手くいくかどうかは正直予想しきれていなかったところがある。しかし、この土佐の表情から分かる。
今日の買い物に海美を呼んで正解だった。
(どうなるかと思ったけど、もう心配ないな。何なら土佐のやつ、俺と話してる時より楽しそうじゃないか?)
土佐もこちらの世界で少しでも友達を作った方がいいに決まっている。
海美は土佐のいい友人になってくれるはずだ───
「お兄ちゃん!土佐さんが呼んでるよー!….あと私、御手洗行ってくるね!」
「りょうかーい。土佐が俺を?…あーどうしたんだ土佐?」
「ふん、さっきから貴様が暇そうにしているものでな。海美殿の服選びに貴様程度では口を出せないだろう?」
「本当に海美様々だな…お前一人で服選びするよりよっぽど良かったんじゃないか?」
「…わ、私が服選びが全くできないような言い方をするな!…しかし、海美殿の力はもちろんあるな」
「なんだ、やけに素直だな?」
「私とて敬意を表したくなる時ぐらいある…って、そんなことを言うために貴様を呼んだのではない!貴様に選んで欲しい物が一つだけある」
「俺に?服選びに口出せないとか散々言っておいて急に何を選べって言うんだよ?」
「服選びではないからな、ここだ」
土佐が指さしたのは頭に被っている帽子だった。
今は季節に合わないニット帽を被っている土佐である。
「海美殿が帽子は貴様に選んでもらった方がいいと言ってきたのでな。仕方なく貴様に選ばせてやる」
やれやれと言った様子の土佐。
この狐、完全に海美の言うことを信頼しきってやがる…
俺に帽子選びのセンスがあるかだと?ある訳ないだろう!
おそらく、海美が「お兄ちゃんに最後ぐらい花を持たせてやろう!」などと考えたのだろう。…全く大きなお世話である。
「さあ、早く選べ!私を楽しませろ…!!」
(土佐の奴、ノリノリになって言っても聞きそうにないな…海美が戻ってくるまで待つか…)
そろそろ戻って来ないか、と振り向くと、海美が店の入口の影にさっと隠れたのが見えた。完全に目が合ったのだが…
どうやら、海美は意地でも俺に選ばせる気らしい。参った。
(土佐に似合う帽子、土佐に似合う…?あれ、これがいいんじゃないか?)
俺が手に取ったのは…青いリボンの付いたシンプルなデザインの麦わら帽子。
「俺はこれが一番お前に似合うと思う…。まあ気に入らないか、ハハ…」
やはり貴様の選択は所詮この程度か──そんな言葉が返ってくる…ことはなかった。土佐の顔は…ぽかーんとした今までにない顔だった。
「…土佐?」
「これで…いい。いや、これしかあるまいな」
「そ、そうか。…会計行ってくるぞ?」
こくりと頷く土佐。なんだ、あんな表情の土佐は初めてである。
とりあえず会計を済ませに、俺はレジへと向かった。
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「今日はありがとうな、海美」
「ううん、私も楽しかった!お兄ちゃんの家、また遊びに行くね。土佐さんにも会いたいし!土佐さんも、またね!」
「今日は助かった。また機会があったらよろしく頼む、海美殿」
「もう、海美でいいよ!私、殿なんて付けられるほど偉くないから…対等な立場で話してくれると嬉しい、かも」
「…それは失礼した。世話になった、海美」
「うん!また買い物しよっ土佐さん!じゃ、私はこんな所で!またねっ!」
手を振りながら駆け出す海美を見送る。
本当に今日は助けられたな。
「さて、俺らも帰るか」
「カイト、一つだけいいか?さっき買った帽子なんだが、今被ってもいいか?」
「…?いいけど。ほらこれ」
麦わら帽子を土佐に渡す。
土佐はニット帽を脱ぐと、深々と麦わら帽子を被った。
「…似合うか?」
照れ気味に似合うかどうか聞いてくる土佐。
服の試着の時もこんな風に聞いこなかったのだが。
ただ、本当によく似合っていた。我ながらいいチョイスだったんじゃないか?
「…凄く似合ってる。気に入ってくれたなら良かった」
「…がとう」
今小声でありがとうって言ったか?…それを確認する前に、土佐は歩き出してしまう。
「ほら、帰るのだろう?夕飯の支度もある。急ぐぞ!」
「待て待て!そんな早足だとまた迷子になるぞ!駐車場のどこに停めたか覚えてもないくせにっ!」
「な、何故それを…」
「やっぱりどっか抜けてんだわ、土佐さんよ…」
土佐は土佐である。それは何も変わらない。
そして夜に、海美からのLINEが一通。
「お兄ちゃん、ぐっじょぶ!」
あの麦わら帽子は海美だったら選ばなかったかもしれない。それを見越してのあの行動なら、海美は大したものである。
麦わら帽子の土佐さん、見たくないですか?