pSSR二枚目でもう引き返せない283プロ歪み勢に仲間入りした樋口さん
まぁ一枚目からもう色々ヤバかったけどギンコ・ビローバは追撃でしたね
とにかくなんで私の元に寝ぐせ樹里ちゃんは来ないんでしょうか?
4話
個人的に苦手だったステップを克服するために、午後からレッスン室に籠っていた。これで次のMV撮影に向けて残ってた不安要素は全部解消したし、新曲の話が出てもすぐにそっちの練習に専念できる。
「私が置いて行かれるなんて、それ、なんて笑い話?」
この夏で私たちは大きく変わった。
個人としても、ユニットとしても、良くも、悪くも。
同年代のファンが増えても、作る側の人間が使わないと言えば使われない。
そういう仕事だってことを、この夏は見せつけられた。
だけど、そのおかげでどこに向かえばいいのか、少しだけわかったような気がする。
個人としても、ユニットとしても、良くも…悪くも…
そこの折り合いはどうせあの人が何とかするから、私がそれでバランスを取ればいい。そもそも透を、私たちを焚きつけたのも元はあの人なんだから…それくらい付き合って当然でしょ?
消臭と着替えを済ませてレッスン室に鍵をかける。
鍵を返却するためにそのまま事務所に向かい、中に入る。
「お疲れ様です」
「でね…あ~!円香先輩おつかれさま~~!」
「お!円香お疲れ!鍵返しに来たのか?」
「ええ、まぁ」
「あは~~、円香先輩自主練?」
作業中のプロデューサーと、ソファーでスマホを触りながら話しかけていた雛菜が声を掛けてくる。どうもこの人はいつ見ても何か仕事をしている気がする、一体いつ休んでるのか…
こういうところがほんとにオールドタイプ。
「『あの花』のステップ、確認してただけ」
「へぇ~、円香先輩えら~い!」
「…雛菜はもう平気なの?」
「ん~?大丈夫~~」
「…あっそ、ならいいけど」
雛菜はいつも変わらない。
いつだって自分のしあわせ~の事しか考えてない。
皆で練習しようって時も気が向かなければ先に帰ってなぜか透の部屋にいるし、仕事中でも自分の興味がある事にしか本当の笑顔は見せない。
いつも変わらないという点においては透と似たタイプかもしれない。
ノクチルで初めてのテレビ番組の仕事、新人アイドルを発掘する番組で私たちは好き勝手やった。
次の仕事は花火大会、誰も見てない中でのミニライブ。
どっちも結果としては惨敗、けど私たちとしては得るものはあったと思う。
前に小糸と、流れで雛菜のアイドル活動に対する話になったことがあった。
『雛菜ちゃんは雛菜ちゃんのことしかわからないって…ま、円香ちゃんは意味、わかる…?』
『たぶんだけど、ネットの書き込みのことじゃない?』
『…あ、あの、頑張ってないとか、覚悟が足りないとか書かれてたこと…?』
『そう、他人の努力してるとこなんて見ても無いのにわかるのかってこと』
雛菜は自分しか知らない。
良く言えば自分の事はよく理解しているし、逆に自分のことしか理解していない。
だから「人に見せる為の努力」はやりたがらない。
それは雛菜にとってしあわせ~じゃないから、必要ないから。
でもその姿勢は今のアイドル業界においては逆風の的。
世間一般、大衆、業界が求めているのは「頑張っている」アイドルや「自分たちを幸せにしてくれる」アイドル、その中身が天然か作り物かなんて関係ない。アイドル自身が幸せかどうかなんて誰も考えやしない。
でもそれは当たり前。誰が知らない人間の幸せなんて願うだろう?
そんなのは聖人がすること…私たち普通の人間の役目じゃない。
だから雛菜の姿勢は世間には受け入れがたいし、業界も売れない商品に金なんて出さない。
そうわかっているから、私はそれなりにこなす。
それなりにこなして、それなりに笑っていれば、それなりに人気になる。
それが、今求められているアイドルの姿のはず。
なのに、自分のやりたくないことはやらないアイドルがいる
なのに、いつだっていつもの自分を見せられるアイドルがいる
なのに、誰よりも努力して「それなり」を越えようとするアイドルがいる
なのに、勝手に私たちに色を与えて、
勝手に私たちに踏み込んできて、
勝手に私たちを濁らせて、
勝手に私たちを変えて、
勝手に私たちを信頼してきて、
勝手に私に期待して、
勝手に私に風を与えて、
勝手に私を燃やして、
勝手に私に水を注いで、
勝手に私を二酸化炭素まみれにして、
勝手に私を錆びつかせて、
勝手に私に夢を抱かせて、
勝手に私に、誰かの期待を背負って空を舞える翼を与えて…
何もかも怖かった
W.I.N.G.で勝てたって怖いものは怖い
私の背中に勝手に涙を積まないで
こんな大きな翼なんて、私には要らなかった
ただ何もなく、透明でいれれば良かったのに
こんな気持ちを知らずに済むとわかっていたのに
「お疲れさまでした」
「お疲れ様、またな円香!」
「円香先輩またね~~!」
これから打ち合わせだったらしい二人を残して先に帰宅の途につく。どう見ても打ち合わせ前の様子ではなかったけど私以外とはあんな感じなのかもしれない。
まぁ二人がどう打ち合わせしようと私には関係ないけど。
少し夕陽がかった空の下を、両耳に『アルストロメリア』を流しながら歩く。
「アルストロメリア…幸福論…私たちに、私にとっての幸福論…」
何が幸せで、何が不幸か…
雛菜の言葉を借りれば、そんなものは自分にしかわからない。
なら私にとっての幸せはあの人が与えてくれるものじゃない、私が決めるもの。
みんなで透明な幼なじみでいるのが幸せ
みんなで海に行くのが幸せ
私の錆が剥がれないのが幸せ
そもそも錆びつかないのが幸せ
もうわからない
私は変わってしまったから、もう透明ではいられないから…
「はぁ…ほんと、面倒…」
柄にもなく答えを求め続けることに疲れてため息を漏らした時、視界の端に映る見慣れた公園の真新しいブランコに、誰かが座っているのが見えた。
「あれ…浅倉…?」
微かな夕焼けすら自分のものとしているような、纏う雰囲気が少し儚げな幼なじみ。
「あ、樋口、やっほー。」
今日は一日オフだったはずの浅倉透がそこに座っていた。
【インヴァリアブルχ】
樋口「今日オフでしょ」
浅倉「うん、透くんの試合見てきた」
樋口「…で?」
浅倉「勝ってたよ、活躍してたし」
樋口「…久我じゃなくて、浅倉はなんで公園にいるの」
浅倉「ふふっ、家の鍵、部屋に置いてきちゃったから」
樋口「はぁ…いつも通りじゃん…うち、来るんでしょ?」
浅倉「やった」